最終話【神】
私、ワンダは今、生きている。
一ヶ月以上もの間、深い眠りに沈んでいたとナギサさんに聞かされた時は、自分の内部時計が故障したのではないかと耳を疑った。
私があの深い森の迷宮で、ヴァレンやルクちゃんと過ごした時間は、ほんの僅かな『奇跡』のようなひとときだったというのに。
目覚めてからの数日間は、ナギサさんによる精密なバイタル調整が続いた。
私が眠っている間、肉体的な修復は完了していたものの、心が戻らなかった私を繋ぎ止めるため、ナギサさんの提案で『黒メダリア』を使用したのだという。
あの夢の中でヴァレンに再会し、彼に手を引かれて暗闇から帰ってくることができたのは、間違いなく彼が遺した『力』と『意志』のおかげだった。
そして、それから一週間が経った――。
――――ラヴド国・仮設首都『ビッグブロック』。
かつての戦場は、今や平和条約の締結と新国家建設のための政治の拠点へと変貌していた。
エデン国の女王となったコスモスが、ラヴドとの首脳会議を終え、十二使徒たちと共にエデンへと帰還する時が近づいている。
ワンダとローラ、そしてディストは、彼女の門出を見送るために広場へと集まっていた。
コスモス: 「出発まであとどのくらいですか?」
コスモスが、随行するエデンの一般兵へと静かに問いかけた。
その立ち振る舞いには、かつての冷徹な副官の影はなく、一国の民を背負う者としての高貴さと慈愛が満ち溢れていた。
エデン兵: 「ハッ! 申し訳ありません! 輸送機の運転手に微細なエラーが見つかり、現在緊急メンテナンス中でして……。そ、その、予定より遅れております!」
上官の、それも女王への失態に激しく動揺する一般兵。かつての『ハードネステン』であれば、一瞥で切り捨てていたかもしれない。
だが、今の彼女は、驚くほど柔らかく微笑んだ。
コスモス: 「そうですか。つまり私には、少々の暇が与えられたようですね。……大切な友人たちと別れを惜しむための。……感謝しますよ」
彼女の優しさに救われた兵士が深く頭を下げ、メンテナンスへと戻っていく。
その様子を少し離れた場所から眺めていた十二使徒たちが、口々に感想を漏らした。
タイン: 「ヘッ。早くもさり気にエデンリーダーが板についてきたなぁ、コスモスのヤツ」
リーブ: 「エデンリーダー? ちゃうちゃう、エデン国の『女王陛下』やろ? 雰囲気が全然違うわぁ」
竜: 「……どうやら、その女王様とお話をする最後の機会を得られたようですね」
レッド: 「………………。」
ナギサ: 「権力を手に入れ、そしてその権力という名の鬼に、自らも飲まれてしまう者は多い。……けれど、今の彼女なら大丈夫だね」
ワンダ: (相変わらずナギサさんは長台詞ね……。でも、確かに)
ワンダはナギサのポエムを半分聞き流しながら、こちらへ歩み寄ってくるコスモスを見つめた。
彼女が纏う空気は、かつての『お堅い』空気を残しつつも、周囲を包み込むような温かな『秩序』に満ちていた。
ローラ: 「来たぞ。……女王殿のお出ましだ」
ディスト: 「うわぁ~……。なんか、こっちまで緊張しちゃうね。なんて呼ぼうか? やっぱり『女王陛下』とか言わないとダメかな?」
ディストが落ち着きなく装甲を鳴らす。
一ヶ月前まで死線を共に潜り抜けた「仲間」が、今は遠い存在のように感じられる。
そんなディストたちの戸惑いを透かして見たかのように、コスモスは照れくさそうに目を伏せて言った。
コスモス: 「い、いえ……。今まで通り、コスモスとお呼びください」
女王の冠を戴いていても、その内側にある魂は、やはり私たちが知っている彼女のままだった。
穏やかな陽光が降り注ぐビッグブロックの広場に、どこか気だるげな二つの足音が重なった。
一機はスマートな青、一機は無骨な黄。かつては戦場の闇に潜み、あらゆる陣営から恐れられた諜報員――トゥルースのセルヴォとビートが、悠然とした足取りで女王の背後に並び立った。
セルヴォ:「さて、ビート。俺達の今回の任務は?」
ビート:「女王陛下の護衛」
セルヴォ:「さて、つーわけだから勝手にブラブラすんの止めてくれるか? 女王さん。あんたが一人で歩き回るたびに、俺たちの『仕事』が何気に増えるんだわ」
セルヴォは首の後ろに手をやり、深く溜息を吐き出した。
暗殺や潜入といった命懸けの極限任務を渡り歩いてきた彼らにとって、この白日の下で行われる護衛任務は、あまりに「ヌルい」平和の象徴に感じられたのだろう。
その不遜な口調に、随行する一般兵たちは顔を青くしたが、コスモスは気にする様子もなく優しく微笑んだ。
コスモス:「申し訳ありません。……ですが、もう少しだけ時間を頂けますか?」
コスモスはそう断りを入れると、隣で呆然としていたワンダに歩み寄り、その耳元で周囲には聞こえぬほどの小さな声を囁いた。
コスモス:(……ワンダさん。あの時、貴女を救うために『黒メダリア』の使用許可を偽造したのは……あそこにいる二人です)
ワンダ:「……!!?」
ワンダのセンサーが驚愕に大きく見開かれた。彼女は弾かれたように、背後に立つ青と黄の影を見つめ直した。
カヲスの命令ではなく、エデンの利益でもない。
ただ自分を救うためだけに、この「冷徹なプロ」たちが軍事規約という名の鉄の掟を破っていた。
ワンダは溢れ出しそうになる感情を抑え、セルヴォとビートに向き直ると、真っ直ぐに一言だけを贈った。
ワンダ:「……ありがとう」
その言葉を受けた瞬間、セルヴォはあからさまに視線を逸らした。
セルヴォ:「さて……。お前に礼を言われるようなことをした覚えはねぇよ」
ビート:「……すまないな。こういう奴なんだ、こいつは」
かつての「敵」が、今は女王を守る「影」としてそこにいる。
『トゥルース』という誇りを汚さず、けれどその内に新たな「情」を宿した二機の背中は、新しき世界の秩序を象徴するように、どこまでも誇らしげに見えた。
ナギサがいつもの穏やかな笑みを湛え、ワンダの瞳を覗き込むようにして問いかけた。
ナギサ: 「そうだ、ワンダ。……『彼』には会えたかい?」
ディスト: 「(……彼?)」
タイン: 「(おい、ナギサの言う『彼』ってさり気に誰のことなんだ?)」
ディスト: 「(僕だってわかんないよ!)」
ディストとタインが顔を寄せ合ってヒソヒソと囁き合うのを、竜が冷ややかな視線で一蹴した。
竜: 「そこ……さっきからコソコソとうるさいですよ」
二機がシュンとして口を噤む中、ワンダは遠い空を見上げるようにして答えた。
ワンダ: 「……うん。会えたわ。あんだけの事にしたくせに、相変わらずバカやってた。……ルクちゃんとセットで、ね」
ワンダの口元には、かつての罪悪感ではない、温かな諦めにも似た微笑が宿っていた。
ワンダ: 「……未だに分からないんだけど。もしかして、ヴァレンがやろうとした事は、何気に正しかったのかもしれない……。そう思う時があるの」
その言葉に、広場の温度が僅かに下がった。
全メダロットの消滅。人類滅亡という因果そのものを根元から断つための行為。
コスモスが、女王としての重みを湛えた声で、静かに答えた。
コスモス: 「全メダロットの消滅、そして人類の復活……。これらの『命の操作』については、私たちに結論を出すことはできないでしょう。たとえ一つの命を操作するだけでも、何億もの意志で議論し、何世代もの時間をかけてようやく正誤を決定できるものなのですから」
ローラ: 「左様だな。もし、独断で『命の操作』を行う権利を持つ存在があるとするならば……それはもはや、神のみ……と言ったところだろう」
ワンダ: 「神様……。神様って、何なんだろうね」
ワンダが零したその素朴な疑問は、その場にいるすべてのメダロットたちの思考に波及していった。
ナギサ: 「神の探求……興味深いテーマだね。神は『破壊』と『創造』を以て世界を支配する。命を創り、そして壊す、終わりのない輪環さ。そこに『消滅』や『復活』という概念は存在しない。……そう考えると、『DISAPPEARANCE』とは神をも越えた不条理だったのかもしれないね」
リーブ: 「神さんかぁ。僕らにはあんまり親しみのない存在やなぁ」
ディスト: 「うん……。でも、神様が友達だったら楽しそうだよね」
タイン: 「まあ、とりあえず神ってのはさり気に偉いんだろ? 」
竜: 「私はたとえ神がどんなに至高の存在だとしても……神の言葉ではなく自分を信じますね……」
コスモス: 「……そういえば、カヲス様は仰っていました。愛情や友情そのものが神なのだと」
レッド: 「……神……怖い…………。」
ローラ: 「神か。……この世で最も自由な者のことなのかもしれぬな」
少し離れた距離で護衛に就いていたセルヴォが、「ふん」と鼻を鳴らした。
セルヴォ: 「さて、お前ら何マジに考えてんだ? 神がどんなもんであれ、俺たちには関係ないだろ?」
ビート: 「同感だ。俺は神の存在は信じない。ただ、目の前の現実だけを信じる」
それぞれのメダルが、それぞれの『神』を定義する。
それは万能の力か。救済か。あるいは、ただのバグか。
神とは一体、何者なのか。
『 神 と は 破壊と創造で世界を支配する者ですか? 』
『 神 と は 我々に親しみのない者ですか? 』
『 神 と は 友達になれたら楽しいものですか? 』
『 神 と は 愛情や友情そのものですか? 』
『 神 と は この世で最も自由な者ですか? 』
『 神 の 存 在 を あ な た は 信 じ ま す か ? 』
誰も、正しい答えなど知り得ない。
すべての解は、生きるという名のギャンブルを続ける者たちの胸の内にのみ存在する。
では、最後。この問いはどうだろうか。
『 あ な た は 神 で す か ? 』
~THE END~