第七話【二つ】
――――『エデン』本部・リーダー室。
無機質な静けさに包まれた室内を、ハードネステンの規則正しい足音が進んでいく。彼女は無数のモニターを見つめるカヲスの背後で立ち止まった。
ハードネステン:「カヲス様。『トゥルース』主任のデュオカイザーより、緊急報告が届いております。……入室を許可されますか?」
カヲスはモニターから目を離さないまま、わずかに顔を動かした。三本の漆黒の角が、それに合わせて揺れる。
カヲス:「……通せ」
重厚な気密扉が開いた瞬間、それまで張り詰めていた空気をかき乱すような大声が、室内に飛び込んできた。
デュオカイザー:「いゃっほぉぉ~~ぅ!!!!! カヲス様ぁ、ご機嫌いかがぁ~~ん♪」
『トゥルース』主任、デュオカイザー。
その重厚な装甲からは想像もつかないほどにぎやかな声を聞き、カヲスは隠すことなく、ひときわ深いため息をついた。
カヲス:「……三日前、重役会議で会ったばかりだ。報告を。手短にな」
デュオカイザー:「ぁらん? そぅだったかしらぁ~? それは失礼~♪」
デュオカイザーは投げキッスを送り、カヲスの冷淡な態度など気にも留めず、右肩辺りから生えた触手のようなパーツを器用に動かした。そして、一つのパーツを机の上へ滑らせる。
グレーの装甲を基調に、鮮やかな青が映える頭部パーツ。その額には、鋭いV字型のアンテナが備わっていた。
デュオカイザー:「今朝、ぁたしの可愛い部下が拾ってきたのょ♪ ご丁寧に説明書まで付いてたわ。ぁたし好みの顔じゃ無ぃけど、価値は高そぅねぇ」
カヲス:「なるほど……。これが、一つ目のフォー・パーツ……」
カヲスは『ノルス』を手に取り、未知の研究対象を調べるような目で見つめた。その内部には、開発者が遺した強烈な思念が眠っている。カヲスは、それを確かに感じ取っていた。
デュオカイザー:「さぁ! この後は、適合者探しとぃくのかしらぁ?」
カヲス:「…………」
カヲスは答えなかった。
説明書に記された数式と理論へ目を落としたまま、黙々と内容を読み進めていく。デュオカイザーを待たせたまま数分が過ぎ、ようやく顔を上げた彼の瞳には、リーダーとしての義務感よりも、一人の科学者としての執念が宿っていた。
カヲス:「いや……このパーツは、科学部で預かる。私の手で、さらなる改良が可能かもしれん」
デュオカイザー:「か~~ぃ~~りょ~~ぅ~~? さっすが、エデンリーダー兼科学部部長ねぇ! ステキよん♪ カヲス様~」
カヲス:「……君たち『トゥルース』は、引き続き、残るパーツの回収を頼む」
デュオカイザーが部屋を出ていくと、嵐が過ぎ去ったあとのような静けさが戻ってきた。
カヲスは閉ざされた扉をしばらく見つめ、再び深いため息をついた。
カヲス:「……アイツと会話するのは、疲れるな。セルヴォやビートには、あとで休暇を検討してやるとしよう……」
―
――――ウミネコ海岸。
潮風が、廃墟に染みついた焦げ臭さを運んでくる。
一つ目のフォー・パーツ『ノルス』を『トゥルース』に奪われて以来、ワンダ、ディスト、ローラの三機は、重苦しい空気をまとっていた。
初陣を勝利で飾った喜びも、伝説の遺産を敵の手に渡してしまったという失態の前では、とうに消え失せている。
しかし、リーダーであるクロだけは、まだ希望を失っていなかった。
クロ:「……皆さん、まだ下を向くには早いですよ。レーダーが、この先に異常なエネルギー反応を捉えました」
クロが示した軍用車のレーダーには、確かに強い反応が表示されていた。
その発生源は、砂に埋もれかけた古い学校だった。一見しただけでは、ほかの廃墟と大きな違いはない。だが、その地下からは、周囲では確認できない特殊なエネルギーが発せられている。
クロ:「もしかすると、失敗を帳消しにできるだけの手柄が……あそこに眠っている可能性があります」
ためらう者はいなかった。
四機は足早に校舎へ踏み込むと、すぐさま探索を開始した。先ほどの失敗を取り返そうと、その調査はいつにも増して丹念に行われた。
内部は一見すると、ありふれた学校のように見える。しかし、教室や廊下のいたるところに高度な研究設備が残されており、ここがただの学び舎ではなかったことを物語っていた。
やがて一行は、前回の研究所にもあったものと似た仕掛けを見つけ、その奥に隠された扉を開いた。
扉の先へ足を踏み入れた瞬間、全員の視線が一点へ集まった。
入口からわずか数メートル先。ほかには何も置かれていない部屋の中央に、見覚えのない左腕パーツが鎮座している。
まるで「持っていけ」と誘っているかのような、あまりにも露骨な置かれ方だった。
罠かもしれない。
クロ、ワンダ、ローラの三機は、同時に身構えた。
しかし、ディストだけは違った。
ディスト:「う、うわぁぁぁ! これって、フォー・パーツだよね!?」
感極まった声を上げ、ディストは左腕パーツへ駆け寄った。
クロ:「ディストさん、待って! 不用意に触れるのは――」
クロが言い終えるよりも早く、ディストは右手でフォー・パーツをつかんだ。
その瞬間、重い金属音が響き、足元の床が勢いよく反転した。
ディスト:「……え? わ、わわっ、わああああああああーーーーーっ!?」
ディストの身体が、真っ逆さまに落ちていく。
その姿は瞬く間に、底の見えない暗闇へ吸い込まれていった。
ワンダ:「ディストーーーッ!!」
ワンダは悲鳴を上げ、床に開いた穴へ駆け寄った。しかし、いくら目を凝らしても、その先には深い闇しか見えない。
直後、重厚な機械音が響いたと思えば、床に開いた穴は再び金属の板によって閉じられてしまった。
クロ:「地下室……いえ、特殊な隔離区画のようですね。別の侵入経路を急いで探しましょう」
ワンダ:「ディストのバカ……。もう、あの子、どうしてあんなに落ち着きがないの……」
ワンダは穴を塞いだ金属板を見つめたまま、心配を隠しきれない声でぼやいた。
―
ディスト:「……つっ。いてて……。どこだよ、ここ……真っ暗じゃないか」
落下の衝撃をどうにか受け流したディストは、身体をさすりながら立ち上がった。
目を凝らしても、かすかに見えるのは冷え切ったコンクリートの壁だけだった。辺りは暗く、重苦しい静けさに包まれている。
そのとき、闇の奥から規則正しい足音が響いてきた。
?:「……そのパーツが、欲しいか?」
重々しく、それでいてどこか澄んだ声だった。
やがて暗闇の中から、巨大な装甲をまとった異形のメダロット――『グリークヘッド』が、ゆっくりと姿を現した。
ディスト:「え……!? あ、うん。とっても、とっても欲しいです!」
グリークヘッド:「そうか。……ならば、私を倒して行け。資格なき者に、この『爪』は渡せん」
ディスト:「へっ!? ちょっと、話を聞いてよ! いきなりロボトルなんて――」
ディストが言い終える前に、グリークヘッドが凄まじい勢いで突進してきた。
ディストはなりふり構わず地面を転がり、その巨体によるタックルを紙一重でかわす。
ディスト:(とにかく、話を……! まずは話をしないと……!)
ディスト:「あ、あの! 僕はディストスター! ディストって呼ばれてます! あなたは、あなたは何者なんですか!?」
グリークヘッド:「グリークヘッド」
返ってきたのは、名前だけだった。
直後、グリークヘッドが振り下ろした拳が、ディストのすぐ横にあった柱を粉々に打ち砕く。
ディスト:(会話、続かねぇぇぇぇ!! ダメだ、まともに戦わなきゃ……スクラップにされちゃう!!)
ディストは大きく後退し、グリークヘッドとの距離を取った。
右腕の射撃パーツを構え、相手の胸部へ照準を合わせる。狙いが定まった瞬間、ディストはビームを撃つ。
ディスト:「当たれぇっ!!」
まばゆいビームが一直線に放たれる。
しかし、その一撃はグリークヘッドの身体を外れ、背後の壁へ突き刺さった。
ディスト:「うわぁぁぁ! なんで、なんで当たらないんだよぉ!!」
焦れば焦るほど、狙いは定まらなくなっていく。
その隙を逃すことなく、グリークヘッドは容赦のない追撃を仕掛けた。逃げ回るディストの背中を打ち、脚を払い、両腕へ次々と拳を叩き込んでいく。
そして最後に放たれた重い一撃が、ディストの胸部を正面から捉えた。
ディスト:「がはっ……あ、あ……」
ディストの身体は背後の壁まで弾き飛ばされ、そのまま冷たい床へ崩れ落ちた。
全身に警告音が鳴り響き、視界が激しいノイズに覆われていく。
このままでは、死ぬ。
その予感が引き金となり、心の奥へ厳重に封じ込めていた「あの日」の記憶が、鮮明に蘇った。
―
――それは、人類が滅ぶ前の、最後の穏やかな季節。
海辺の小さな町。
潮騒が心地よく響くサンルームで、ディストは一冊の絵本を読んでいた。
その隣には、白いベッドに横たわる病弱な少女がいる。透き通るような肌をした彼女は、穏やかな眼差しをディストへ向けていた。
少女:『ディスト、そのお話の続きを読んで。……英雄様は、最後にお姫様を助けられたのかな?』
当時のディストは、子どもの遊び相手を務める育児用メダロットだった。
彼に与えられた役目は、少女のそばに寄り添い、笑顔を与えること。戦闘用のパーツなど一つも持たない、華奢な身体だった。
それでもディストは、自分こそが彼女を守る「騎士」なのだと、幼心に誇らしく思っていた。
しかし、その穏やかな日々は、突如として終わりを告げた。
エデン軍による総攻撃。
凄まじい轟音とともに天井が崩れ落ち、少女の細い身体が、太い
ディスト:『今、今助けるから!』
メダロット三原則、第二条――人間に危険が振りかかるのを、見過ごしてはならない。
ディストは少女のもとへ駆け寄ると、全身の力を振り絞って梁を持ち上げようとした。
重い。
非力な両腕が悲鳴を上げる。それでも諦めずに力を込め続けると、梁は少しずつ持ち上がっていった。
あと少し。
あと少しで、少女を引きずり出せる。
そのとき、瓦礫をかき分け、数機のエデン兵が室内へ踏み込んできた。
兵士たちが構えた銃口が、不気味な光を放っている。
ディスト:(殺される)
生まれて初めて感じた、死への恐怖だった。
その瞬間、ディストの腕から力が抜けた。
ほんの一瞬だけ、少女を助けることよりも、自分が生き延びることを考えてしまった。震える脚が、後ろへ下がりかける。
――その、わずかな隙だった。
再び轟音が響き、崩れかけていた屋根が完全に落ちた。
少女の姿も、ディストへ伸ばされていた細い指先も、押し寄せる瓦礫の中へ飲み込まれていく。
少女:『ディスト、逃げて……!』
瓦礫の奥から届いた、最期の声。
直後、少女の生命反応が完全に消えた。
激しい怒りが、ディストの中を駆け巡った。
なぜ、彼女が死ななければならない。
何も悪いことなどしていない彼女が、どうして殺されなければならないのか。
この理不尽をもたらした兵士たちを叩き潰したい。彼女と同じような犠牲を、これ以上増やしたくない。
自分に、力さえあれば。
しかし、エデン兵たちの銃口がディストへ向けられた瞬間、再び死への恐怖が全身を支配した。
ディストは「故障したガラクタ」のふりをして、その場に立ち尽くすことしかできなかった。
エデン軍の目的は、あくまでも「人類の抹殺」だった。作戦を妨害しない無害なメダロットまで、わざわざ破壊する理由はない。
兵士たちは少女の命が消えていることを確認すると、動かないディストには目もくれず、その場を立ち去った。
こうして、ディストだけが生き残った。
皮肉にも彼を救ったのは、その後の長い年月、自ら「浅ましい」と責め続けることになる恐怖心だった。
―
その後、ディストは、自分の心の弱さを「力がなかった」という言い訳で覆い隠した。
ディスト:(僕があの子を救えなかったのは、心が弱かったからじゃない。遊び相手用の、非力なパーツだったせいだ)
そう自分に言い聞かせ、反エデン組織『ラヴド』の門を叩いた。
育児用の身体から、戦闘用の『ディストスター』へ。
強力な射撃パーツさえ手に入れれば、今度こそ誰かを守る「騎士」になれる。ディストはそう信じ、戦場へ身を投じた。
しかし、現実は変わらなかった。
どれほど強力なパーツを装備しても、敵へ照準を合わせた瞬間、あの日の恐怖が蘇った。
銃口を向けられた記憶と、少女を見捨ててしまったという罪悪感が、ディストの身体を縛りつける。腕が震え、狙いは定まらず、放った弾は敵のそばを通り過ぎていくばかりだった。
結局、目立った戦果を上げられないまま、やがて『ラヴド』の英雄がN・G・ライトを討ち取り、戦争は終結した。
世界に平和が戻った。
それでも、ディストの時間だけは止まったままだった。
そして二年前――エデンが復活した。
ディスト:(また、あの日が来る。また僕は、何もできないまま逃げ出すのか?)
嫌だ。
もう、パーツのせいにはできない。
育児用だったからでも、戦う力がなかったからでもない。
ディスト:(力がないからじゃない。僕の心が、あまりにも弱いからだ……!!)
―
ディストの目に、鋭い光が戻った。
目の前では、グリークヘッドが、とどめの一撃を放とうと拳を振り上げている。
ディスト:「……もう、嫌なんだ」
ディストの口から、嗚咽にも似た声がこぼれた。
それでも、その言葉には確かな拒絶の意思が込められていた。
ディスト:「こんなところで、また震えて終わるなんて……絶対に、嫌だ!!」
ディストは叫んだ。
それは、自分の恐怖から目を背け続けてきた過去との、決別の叫びだった。
ディストは、まだ右手に握り締めていたフォー・パーツを、傷ついた左腕へ強く押し当てた。
接続――リンク。
――ガチャンッ!!
フォー・パーツが左腕へ装着された瞬間、これまで経験したことのないほど膨大で純粋な「意志」が、ディストの全身へ流れ込んできた。
ディスト:「守るための力が、僕は……僕は欲しかったんだああああっ!!」
突然の変化に、グリークヘッドの動きが止まった。
その一瞬を逃さず、ディストは自ら相手の懐へ踏み込む。
左腕に装着された『エアスト』が、ディストの持つ「射撃手としての精密な集中力」を、「格闘の鋭い軌道」へと強制的に変換していく。
それまで射撃にしか生かせなかった技術が、三本の爪を正確に導いた。
ディスト:「いっけえええええええええ!!」
ドォォォォォォォォンッ!!
振り抜かれた三本の爪が空気を切り裂き、グリークヘッドの胸部装甲を正面から貫いた。
しかし、貫かれた装甲は瞬く間に塞がっていく。
グリークヘッドの全身に備わった、自己修復機能だった。
ディスト:「……はぁ、はぁ。……やっぱり、強いな……」
力を使い果たしたディストは、その場に膝をついた。
そして、静かに左腕を下ろす。
それでも、その表情に後悔はなかった。
グリークヘッド:「……初めてだ」
グリークヘッドは攻撃の手を完全に止めると、それまでとは異なる、穏やかな声で告げた。
ディスト:「初めて……?」
グリークヘッド:「そのパーツ――『エアスト』に、意志を認められた者が現れたのが、だ」
グリークヘッドは、一冊の古びた説明書をディストへ差し出した。
その顔には、先ほどまでの冷徹さとは対照的な、穏やかな微笑みが浮かんでいた。
グリークヘッド:「持っていきなさい。私の役目は、適合者を探すこと。……君が流した
―
【説明書の内容】
名称:『エアスト』
特性:本来は「なぐる・がむしゃら」の熟練度を必要とする格闘パーツ。
だが、このパーツは「ねらいうち」の制御下で動作し、狙撃の熟練度をそのまま格闘へと転換させる。
By Dr.O
―
二つ目のフォー・パーツ。
それは、自分の弱さと向き合った少年の左腕に、世界に抗うための「牙」を授けた。
第七話【二つ】終わり
------------------------
[今回新しく登場したメダロット]
【デュオカイザー】
エデン軍リーダー直下諜報部『トゥルース』主任。
【グリークヘッド】
試練の番人。全パーツに自己修復機能を備えており、決して倒れることがない。資格なき者を退け続けていた。
------------------------
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
[機体解説]
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
================================================
【キャラクター名】
ディスト
【機体名】
ディストスター(左腕換装)
【公式/オリメダ区分】
公式+オリジナルパーツ
【モチーフ(型式)】
ザリガニ型メダロット(RAY)
【パーツ】
[頭部]
バックビーム/ビーム(うつ)
[右腕]
アウェイビーム/ビーム(うつ)
[左腕]
エアスト/第七話【二つ】
――――『エデン』本部・リーダー室。
無機質な静けさに包まれた室内を、ハードネステンの規則正しい足音が進んでいく。彼女は無数のモニターを見つめるカヲスの背後で立ち止まった。
ハードネステン:「カヲス様。『トゥルース』主任のデュオカイザーより、緊急報告が届いております。……入室を許可されますか?」
カヲスはモニターから目を離さないまま、わずかに顔を動かした。三本の漆黒の角が、それに合わせて揺れる。
カヲス:「……通せ」
重厚な気密扉が開いた瞬間、それまで張り詰めていた空気をかき乱すような大声が、室内に飛び込んできた。
デュオカイザー:「いゃっほぉぉ~~ぅ!!!!! カヲス様ぁ、ご機嫌いかがぁ~~ん♪」
『トゥルース』主任、デュオカイザー。
その重厚な装甲からは想像もつかないほどにぎやかな声を聞き、カヲスは隠すことなく、ひときわ深いため息をついた。
カヲス:「……三日前、重役会議で会ったばかりだ。報告を。手短にな」
デュオカイザー:「ぁらん? そぅだったかしらぁ~? それは失礼~♪」
デュオカイザーは投げキッスを送り、カヲスの冷淡な態度など気にも留めず、右肩辺りから生えた触手のようなパーツを器用に動かした。そして、一つのパーツを机の上へ滑らせる。
グレーの装甲を基調に、鮮やかな青が映える頭部パーツ。その額には、鋭いV字型のアンテナが備わっていた。
デュオカイザー:「今朝、ぁたしの可愛い部下が拾ってきたのょ♪ ご丁寧に説明書まで付いてたわ。ぁたし好みの顔じゃ無ぃけど、価値は高そぅねぇ」
カヲス:「なるほど……。これが、一つ目のフォー・パーツ……」
カヲスは『ノルス』を手に取り、未知の研究対象を調べるような目で見つめた。その内部には、開発者が遺した強烈な思念が眠っている。カヲスは、それを確かに感じ取っていた。
デュオカイザー:「さぁ! この後は、適合者探しとぃくのかしらぁ?」
カヲス:「…………」
カヲスは答えなかった。
説明書に記された数式と理論へ目を落としたまま、黙々と内容を読み進めていく。デュオカイザーを待たせたまま数分が過ぎ、ようやく顔を上げた彼の瞳には、リーダーとしての義務感よりも、一人の科学者としての執念が宿っていた。
カヲス:「いや……このパーツは、科学部で預かる。私の手で、さらなる改良が可能かもしれん」
デュオカイザー:「か~~ぃ~~りょ~~ぅ~~? さっすが、エデンリーダー兼科学部部長ねぇ! ステキよん♪ カヲス様~」
カヲス:「……君たち『トゥルース』は、引き続き、残るパーツの回収を頼む」
デュオカイザーが部屋を出ていくと、嵐が過ぎ去ったあとのような静けさが戻ってきた。
カヲスは閉ざされた扉をしばらく見つめ、再び深いため息をついた。
カヲス:「……アイツと会話するのは、疲れるな。セルヴォやビートには、あとで休暇を検討してやるとしよう……」
―
――――ウミネコ海岸。
潮風が、廃墟に染みついた焦げ臭さを運んでくる。
一つ目のフォー・パーツ『ノルス』を『トゥルース』に奪われて以来、ワンダ、ディスト、ローラの三機は、重苦しい空気をまとっていた。
初陣を勝利で飾った喜びも、伝説の遺産を敵の手に渡してしまったという失態の前では、とうに消え失せている。
しかし、リーダーであるクロだけは、まだ希望を失っていなかった。
クロ:「……皆さん、まだ下を向くには早いですよ。レーダーが、この先に異常なエネルギー反応を捉えました」
クロが示した軍用車のレーダーには、確かに強い反応が表示されていた。
その発生源は、砂に埋もれかけた古い学校だった。一見しただけでは、ほかの廃墟と大きな違いはない。だが、その地下からは、周囲では確認できない特殊なエネルギーが発せられている。
クロ:「もしかすると、失敗を帳消しにできるだけの手柄が……あそこに眠っている可能性があります」
ためらう者はいなかった。
四機は足早に校舎へ踏み込むと、すぐさま探索を開始した。先ほどの失敗を取り返そうと、その調査はいつにも増して丹念に行われた。
内部は一見すると、ありふれた学校のように見える。しかし、教室や廊下のいたるところに高度な研究設備が残されており、ここがただの学び舎ではなかったことを物語っていた。
やがて一行は、前回の研究所にもあったものと似た仕掛けを見つけ、その奥に隠された扉を開いた。
扉の先へ足を踏み入れた瞬間、全員の視線が一点へ集まった。
入口からわずか数メートル先。ほかには何も置かれていない部屋の中央に、見覚えのない左腕パーツが鎮座している。
まるで「持っていけ」と誘っているかのような、あまりにも露骨な置かれ方だった。
罠かもしれない。
クロ、ワンダ、ローラの三機は、同時に身構えた。
しかし、ディストだけは違った。
ディスト:「う、うわぁぁぁ! これって、フォー・パーツだよね!?」
感極まった声を上げ、ディストは左腕パーツへ駆け寄った。
クロ:「ディストさん、待って! 不用意に触れるのは――」
クロが言い終えるよりも早く、ディストは右手でフォー・パーツをつかんだ。
その瞬間、重い金属音が響き、足元の床が勢いよく反転した。
ディスト:「……え? わ、わわっ、わああああああああーーーーーっ!?」
ディストの身体が、真っ逆さまに落ちていく。
その姿は瞬く間に、底の見えない暗闇へ吸い込まれていった。
ワンダ:「ディストーーーッ!!」
ワンダは悲鳴を上げ、床に開いた穴へ駆け寄った。しかし、いくら目を凝らしても、その先には深い闇しか見えない。
直後、重厚な機械音が響いたと思えば、床に開いた穴は再び金属の板によって閉じられてしまった。
クロ:「地下室……いえ、特殊な隔離区画のようですね。別の侵入経路を急いで探しましょう」
ワンダ:「ディストのバカ……。もう、あの子、どうしてあんなに落ち着きがないの……」
ワンダは穴を塞いだ金属板を見つめたまま、心配を隠しきれない声でぼやいた。
―
ディスト:「……つっ。いてて……。どこだよ、ここ……真っ暗じゃないか」
落下の衝撃をどうにか受け流したディストは、身体をさすりながら立ち上がった。
目を凝らしても、かすかに見えるのは冷え切ったコンクリートの壁だけだった。辺りは暗く、重苦しい静けさに包まれている。
そのとき、闇の奥から規則正しい足音が響いてきた。
?:「……そのパーツが、欲しいか?」
重々しく、それでいてどこか澄んだ声だった。
やがて暗闇の中から、巨大な装甲をまとった異形のメダロット――『グリークヘッド』が、ゆっくりと姿を現した。
ディスト:「え……!? あ、うん。とっても、とっても欲しいです!」
グリークヘッド:「そうか。……ならば、私を倒して行け。資格なき者に、この『爪』は渡せん」
ディスト:「へっ!? ちょっと、話を聞いてよ! いきなりロボトルなんて――」
ディストが言い終える前に、グリークヘッドが凄まじい勢いで突進してきた。
ディストはなりふり構わず地面を転がり、その巨体によるタックルを紙一重でかわす。
ディスト:(とにかく、話を……! まずは話をしないと……!)
ディスト:「あ、あの! 僕はディストスター! ディストって呼ばれてます! あなたは、あなたは何者なんですか!?」
グリークヘッド:「グリークヘッド」
返ってきたのは、名前だけだった。
直後、グリークヘッドが振り下ろした拳が、ディストのすぐ横にあった柱を粉々に打ち砕く。
ディスト:(会話、続かねぇぇぇぇ!! ダメだ、まともに戦わなきゃ……スクラップにされちゃう!!)
ディストは大きく後退し、グリークヘッドとの距離を取った。
右腕の射撃パーツを構え、相手の胸部へ照準を合わせる。狙いが定まった瞬間、ディストはビームを撃つ。
ディスト:「当たれぇっ!!」
まばゆいビームが一直線に放たれる。
しかし、その一撃はグリークヘッドの身体を外れ、背後の壁へ突き刺さった。
ディスト:「うわぁぁぁ! なんで、なんで当たらないんだよぉ!!」
焦れば焦るほど、狙いは定まらなくなっていく。
その隙を逃すことなく、グリークヘッドは容赦のない追撃を仕掛けた。逃げ回るディストの背中を打ち、脚を払い、両腕へ次々と拳を叩き込んでいく。
そして最後に放たれた重い一撃が、ディストの胸部を正面から捉えた。
ディスト:「がはっ……あ、あ……」
ディストの身体は背後の壁まで弾き飛ばされ、そのまま冷たい床へ崩れ落ちた。
全身に警告音が鳴り響き、視界が激しいノイズに覆われていく。
このままでは、死ぬ。
その予感が引き金となり、心の奥へ厳重に封じ込めていた「あの日」の記憶が、鮮明に蘇った。
―
――それは、人類が滅ぶ前の、最後の穏やかな季節。
海辺の小さな町。
潮騒が心地よく響くサンルームで、ディストは一冊の絵本を読んでいた。
その隣には、白いベッドに横たわる病弱な少女がいる。透き通るような肌をした彼女は、穏やかな眼差しをディストへ向けていた。
少女:『ディスト、そのお話の続きを読んで。……英雄様は、最後にお姫様を助けられたのかな?』
当時のディストは、子どもの遊び相手を務める育児用メダロットだった。
彼に与えられた役目は、少女のそばに寄り添い、笑顔を与えること。戦闘用のパーツなど一つも持たない、華奢な身体だった。
それでもディストは、自分こそが彼女を守る「騎士」なのだと、幼心に誇らしく思っていた。
しかし、その穏やかな日々は、突如として終わりを告げた。
エデン軍による総攻撃。
凄まじい轟音とともに天井が崩れ落ち、少女の細い身体が、太い
ディスト:『今、今助けるから!』
メダロット三原則、第二条――人間に危険が振りかかるのを、見過ごしてはならない。
ディストは少女のもとへ駆け寄ると、全身の力を振り絞って梁を持ち上げようとした。
重い。
非力な両腕が悲鳴を上げる。それでも諦めずに力を込め続けると、梁は少しずつ持ち上がっていった。
あと少し。
あと少しで、少女を引きずり出せる。
そのとき、瓦礫をかき分け、数機のエデン兵が室内へ踏み込んできた。
兵士たちが構えた銃口が、不気味な光を放っている。
ディスト:(殺される)
生まれて初めて感じた、死への恐怖だった。
その瞬間、ディストの腕から力が抜けた。
ほんの一瞬だけ、少女を助けることよりも、自分が生き延びることを考えてしまった。震える脚が、後ろへ下がりかける。
――その、わずかな隙だった。
再び轟音が響き、崩れかけていた屋根が完全に落ちた。
少女の姿も、ディストへ伸ばされていた細い指先も、押し寄せる瓦礫の中へ飲み込まれていく。
少女:『ディスト、逃げて……!』
瓦礫の奥から届いた、最期の声。
直後、少女の生命反応が完全に消えた。
激しい怒りが、ディストの中を駆け巡った。
なぜ、彼女が死ななければならない。
何も悪いことなどしていない彼女が、どうして殺されなければならないのか。
この理不尽をもたらした兵士たちを叩き潰したい。彼女と同じような犠牲を、これ以上増やしたくない。
自分に、力さえあれば。
しかし、エデン兵たちの銃口がディストへ向けられた瞬間、再び死への恐怖が全身を支配した。
ディストは「故障したガラクタ」のふりをして、その場に立ち尽くすことしかできなかった。
エデン軍の目的は、あくまでも「人類の抹殺」だった。作戦を妨害しない無害なメダロットまで、わざわざ破壊する理由はない。
兵士たちは少女の命が消えていることを確認すると、動かないディストには目もくれず、その場を立ち去った。
こうして、ディストだけが生き残った。
皮肉にも彼を救ったのは、その後の長い年月、自ら「浅ましい」と責め続けることになる恐怖心だった。
―
その後、ディストは、自分の心の弱さを「力がなかった」という言い訳で覆い隠した。
ディスト:(僕があの子を救えなかったのは、心が弱かったからじゃない。遊び相手用の、非力なパーツだったせいだ)
そう自分に言い聞かせ、反エデン組織『ラヴド』の門を叩いた。
育児用の身体から、戦闘用の『ディストスター』へ。
強力な射撃パーツさえ手に入れれば、今度こそ誰かを守る「騎士」になれる。ディストはそう信じ、戦場へ身を投じた。
しかし、現実は変わらなかった。
どれほど強力なパーツを装備しても、敵へ照準を合わせた瞬間、あの日の恐怖が蘇った。
銃口を向けられた記憶と、少女を見捨ててしまったという罪悪感が、ディストの身体を縛りつける。腕が震え、狙いは定まらず、放った弾は敵のそばを通り過ぎていくばかりだった。
結局、目立った戦果を上げられないまま、やがて『ラヴド』の英雄がN・G・ライトを討ち取り、戦争は終結した。
世界に平和が戻った。
それでも、ディストの時間だけは止まったままだった。
そして二年前――エデンが復活した。
ディスト:(また、あの日が来る。また僕は、何もできないまま逃げ出すのか?)
嫌だ。
もう、パーツのせいにはできない。
育児用だったからでも、戦う力がなかったからでもない。
ディスト:(力がないからじゃない。僕の心が、あまりにも弱いからだ……!!)
―
ディストの目に、鋭い光が戻った。
目の前では、グリークヘッドが、とどめの一撃を放とうと拳を振り上げている。
ディスト:「……もう、嫌なんだ」
ディストの口から、嗚咽にも似た声がこぼれた。
それでも、その言葉には確かな拒絶の意思が込められていた。
ディスト:「こんなところで、また震えて終わるなんて……絶対に、嫌だ!!」
ディストは叫んだ。
それは、自分の恐怖から目を背け続けてきた過去との、決別の叫びだった。
ディストは、まだ右手に握り締めていたフォー・パーツを、傷ついた左腕へ強く押し当てた。
接続――リンク。
――ガチャンッ!!
フォー・パーツが左腕へ装着された瞬間、これまで経験したことのないほど膨大で純粋な「意志」が、ディストの全身へ流れ込んできた。
ディスト:「守るための力が、僕は……僕は欲しかったんだああああっ!!」
突然の変化に、グリークヘッドの動きが止まった。
その一瞬を逃さず、ディストは自ら相手の懐へ踏み込む。
左腕に装着された『エアスト』が、ディストの持つ「射撃手としての精密な集中力」を、「格闘の鋭い軌道」へと強制的に変換していく。
それまで射撃にしか生かせなかった技術が、三本の爪を正確に導いた。
ディスト:「いっけえええええええええ!!」
ドォォォォォォォォンッ!!
振り抜かれた三本の爪が空気を切り裂き、グリークヘッドの胸部装甲を正面から貫いた。
しかし、貫かれた装甲は瞬く間に塞がっていく。
グリークヘッドの全身に備わった、自己修復機能だった。
ディスト:「……はぁ、はぁ。……やっぱり、強いな……」
力を使い果たしたディストは、その場に膝をついた。
そして、静かに左腕を下ろす。
それでも、その表情に後悔はなかった。
グリークヘッド:「……初めてだ」
グリークヘッドは攻撃の手を完全に止めると、それまでとは異なる、穏やかな声で告げた。
ディスト:「初めて……?」
グリークヘッド:「そのパーツ――『エアスト』に、意志を認められた者が現れたのが、だ」
グリークヘッドは、一冊の古びた説明書をディストへ差し出した。
その顔には、先ほどまでの冷徹さとは対照的な、穏やかな微笑みが浮かんでいた。
グリークヘッド:「持っていきなさい。私の役目は、適合者を探すこと。……君が流した
―
【説明書の内容】
名称:『エアスト』
特性:本来は「なぐる・がむしゃら」の熟練度を必要とする格闘パーツ。
だが、このパーツは「ねらいうち」の制御下で動作し、狙撃の熟練度をそのまま格闘へと転換させる。
By Dr.O
―
二つ目のフォー・パーツ。
それは、自分の弱さと向き合った少年の左腕に、世界に抗うための「牙」を授けた。
第七話【二つ】終わり
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[今回新しく登場したメダロット]
【デュオカイザー】
エデン軍リーダー直下諜報部『トゥルース』主任。
【グリークヘッド】
試練の番人。全パーツに自己修復機能を備えており、決して倒れることがない。資格なき者を退け続けていた。
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[機体解説]
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【キャラクター名】
ディスト
【機体名】
ディストスター(左腕換装)
【公式/オリメダ区分】
公式+オリジナルパーツ
【モチーフ(型式)】
ザリガニ型メダロット(RAY)
【パーツ】
[頭部]
バックビーム/ビーム(うつ)
[右腕]
アウェイビーム/ビーム(うつ)
[左腕]
エアスト/チャージブレード(ねらいうち)
[脚部]
ストリートバギー/車両
【備考】
フォーパーツ:エアストに左腕を換装したディスト
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