第七話【二つ】
――――「エデン」本部・リーダー室
無機質な
ハードネステン:「カヲス様。トゥルース主任・デュオカイザーより、緊急の定時報告が届いております。……入室を許可されますか?」
カヲスは無数の戦況モニターから目を離さず、三本の漆黒の角を僅かに揺らした。
カヲス:「…………通せ」
重厚な気密扉が開かれた瞬間、張り詰めた空気を物理的に叩き割るような絶叫が室内に躍り出た。
デュオカイザー:「いゃっほぉぉ~~ぅ!!!!! カヲス様ぁ、ご機嫌いかがぁ~~ん♪」
トゥルース主任、デュオカイザー。
その重厚な装甲の輝きに負けないハイテンションな声が響き、カヲスは隠すことなく一際深い溜息を吐き出した。
カヲス:「…………三日前……重役会議で会ったばかりだ。報告を。手短にな」
デュオカイザー:「ぁらん? そぅだったかしらぁ~? それは失礼~♪」
デュオカイザーは投げキッスを飛ばしてカヲスの冷淡な態度を柳に風と受け流すと、右腕の触手を器用に動かし、
机の上に一つのパーツを滑らせた。グレーの装甲に鮮烈なブルーが映える、鋭いV字アンテナの頭部パーツだ。
デュオカイザー:「今朝ぁたしの可愛い部下が拾ってきたのょ♪ ご丁寧に説明書まで付いてたわ。ぁたし好みの顔じゃ無ぃけど、価値は高そぅねぇ」
カヲス:「なるほど…………これが…………第一のフォー・パーツ……」
カヲスはその手に取った『ノルス』を、未知の生命体でも観察するかのような目で見つめた。
内蔵されたセンサーが、パーツの深淵に眠る開発者の強烈な思念を感知する。
デュオカイザー:「さぁ! この後は適合者探しとぃくのかしらぁ?」
カヲス:「…………………………」
沈黙。カヲスは説明書に記された数式と理論から目を離さない。数分の時が流れ、
ようやく顔を上げた彼の瞳には、リーダーとしての義務感よりも、一人の科学者としての執念が宿っていた。
カヲス:「いや…………このパーツは科学部で預かる。…………私の手で、更なる改良が可能かもしれん」
デュオカイザー:「か~~ぃ~~りょ~~ぅ~~? さっすがエデンリーダー兼科学部部長ねぇ! ステキよん♪ カヲス様~」
カヲス:「…………君たちトゥルースは、引き続き……残るパーツの回収を頼む…………」
嵐のような女が去り、再び静寂が戻る。カヲスは閉ざされた扉を見つめ、再び深く溜息をついた。
カヲス:「…………アイツと会話するのは…………疲れるな。……セルヴォやビートには……後で休暇を検討してやるとしよう…………」
―
――――「ラヴド」L班
潮風が廃墟の焦げた匂いを運んでくるウミネコ海岸。
フォー・パーツ『ノルス』をトゥルースの手によって奪われたL班の三機は、最悪の空気の中にいた。
初陣で勝利を挙げた喜びなど、伝説の遺産を奪われたという失態の前では霧散して久しい。
しかし、リーダーのクロだけは、その曇ったレンズの奥に希望を灯し続けていた。
クロ:「……皆さん、まだ下を向くには早いですよ。レーダーが、この先に異常なエネルギー反応を捉えました」
確かに軍用車に取り付けられたレーダーには、強いエネルギー反応が出ている。
それが差し示した先。一見すれば砂に埋もれた古い学校にしか見えない建物だったが、
その地下には、周囲の地質とは明らかに異なる波動が渦巻いていた。
クロ:「もしかすると、処罰を帳消しにできるだけの手柄が……そこに眠っている可能性があります」
躊躇いなどなかった。
一行は足早に建物へ踏み込み、即座に探索を開始する。
自身らが置かれた窮地を肌で理解しているのだろう。
その調査の手つきは、いつになく熱を帯び、かつ丹念なものだった。
内部は学び舎を模した造りになっていたが、随所に見られる高度な研究設備が、ここがただの学校ではないことを雄弁に物語っている。
そして──既視感。前回と同様、隠し扉のギミックを見破り、一行はその奥へと滑り込んだ。
調査の必要すらなかった。
部屋に入った瞬間、すべての視線が一点に吸い寄せられる。
入り口からわずか数メートル先、何もない空間に『それ』は鎮座していた。
見たこともない形状をした、左腕のパーツ。
『持っていけ』と言わんばかりの露骨な配置に、クロ、ワンダ、ローラの三人は本能的に身を硬くする。
あからさまな罠、あるいは誘い。
だが──この男だけは違った。
ディスト:「う、うわぁぁぁ! これって、間違いなくフォー・パーツだよね!?」
ディストが感極まった声を上げ、駆け寄る。
クロ:「ディストさん、待って! 不用意に触れるのは――」
クロの警告が完了するより、ディストの無鉄砲な好奇心の方が速かった。
彼がフォー・パーツを手にした瞬間、重厚な金属音が響き、足元の床が反転した。
ディスト:「……え? わ、わわっ、わああああああああーーーーーっ!?」
落下。ディストは真っ逆さまに、底の見えない暗闇へと吸い込まれていった。
ワンダ:「ディストーーーッ!!」
ワンダが悲鳴を上げながら穴を覗き込むが、見えるのは深淵のような闇だけだ。
クロ:「地下室……いえ、特殊な隔離エリアですね。……ワンダさん、ローラさん。飛び降りるのは危険です。別の侵入ルートを急ぎましょう」
ワンダ:「ディストのバカ……。もう、あの子どうしてあんなに落ち着きがないの……」
不安と、それ以上に呆れを含んだワンダの呟きが、静かな廊下に虚しく響いた。
―
―
ディスト:「……つっ。いてて……。どこだよ、ここ……真っ暗じゃないか」
衝撃を分散して着地したディストは、装甲を擦りながら立ち上がった。
視覚センサーの感度を最大まで上げても、そこにあるのは冷え切ったコンクリートの壁と、重苦しい静寂だけ。
不意に、闇の向こうから規則正しい金属の駆動音が響いた。
?:「……そのパーツが、欲しいか?」
重厚な、それでいてどこか透き通った声。闇の中からヌッと現れたのは、巨大な装甲を纏った異形の機体――『グリークヘッド』だった。
ディスト:「え……!? あ、うん。とっても、とっても欲しいです!」
グリークヘッド:「そうか。……ならば、私を倒して行け。資格なき者に、この『爪』は渡せん」
ディスト:「へっ!? ちょっと、話を聞いてよ! いきなりロボトルなんて――」
問答無用でグリークヘッドが凄まじい勢いで突進してきた。
ディストはなりふり構わず地を転がり、鋼鉄の巨躯によるタックルを紙一重でかわす。
ディスト:(とにかく、話を、話を……!!)
ディスト:「あ、あの! 僕はディストスター! ディストって呼ばれてます! 貴方は、貴方は何者なんですか!?」
グリークヘッド:「グリークヘッド」
短く冷徹な応答。直後、グリークヘッドの重い拳が、ディストのすぐ横の柱を粉砕した。
ディスト:(会話続かねぇぇぇぇ!! ダメだ、まともに戦わなきゃ……スクラップにされちゃう!!)
ディストは大きく後退して距離を作った。
右腕の狙撃パーツに冷却液が駆け巡る。
センサーを集中させ、敵の核をロックオン。
ディスト:「当たれぇっ!!」
眩いビームが放たれる。――しかし、狙いは非情にも外れた。
ディスト:「うわぁぁぁ! なんで、なんで当たらないんだよぉ!!」
焦りが思考回路を焼き、命中精度を著しく低下させる。
グリークヘッドの容赦ない追撃が、逃げ回るディストの背中を、足を、腕を、着実に削っていく。
そして――重厚な一撃が、ディストの胸部装甲を直撃した。
ディスト:「がはっ……あ、あ……」
背後の壁まで弾き飛ばされ、ディストは冷たい床に這いつくばった。
警告音が脳内に鳴り響き、視界がノイズで塗り潰されていく。
死の予感。それが引き金となり、厳重に封じ込めていた「あの日」の記憶が、鮮血のような鮮烈さで蘇った。
―
――それは、人類が滅ぶ前の、最後の穏やかな季節。
海辺の小さな町。潮騒が心地よく響くサンルームで、ディストは絵本を読んでいた。
彼の隣には、白いベッドに横たわる、透き通るような肌をした病弱な少女がいた。
『ディスト、そのお話の続きを読んで。……英雄様は、最後にお姫様を助けられたのかな?』
彼は、彼女の遊び相手として、ただ彼女に笑顔を与えるための育児用メダロットだった。
戦闘用パーツなど一つも持たない、華奢なボディー。
けれど、自分は彼女を守る「騎士」なのだと、幼い思考で誇らしく思っていた。
しかし、地獄は空から降ってきた。
エデンの総攻撃。
崩れ落ちる天井。目の前で、少女の細い体が太い
ディスト:『今、今助けるから!』
メダロット三原則、第二条。人間に危険が振りかかるのを見過ごしてはならない。
ディストは回路を焼き切らんばかりに力を込め、梁を持ち上げようとした。重い。
モーターが悲鳴を上げる。けれど、あと少し、あと少しで彼女を引きずり出せる――。
その時。
瓦礫を掻き分け、室内に踏み込んできたのは、エデンの冷徹な兵士たちだった。
彼らが手にした銃口が、不気味な光を放つ。
ディスト:(殺される)
初めて感じた、死への恐怖。
その瞬間、ディストの腕から力が抜けた。一瞬、ほんの一瞬、震える脚を後退させようとした。
――その、わずかな隙だった。
轟音と共に屋根が完全に崩落し、少女の姿を、その伸ばされた指先を、無慈悲に飲み込んでいった。
『ディスト、逃げて……!』
瓦礫の奥から聞こえた、最期の声。そして、直後に完全に消滅する少女の生命反応。
激しい怒りがディストの全思考回路を駆け巡る。
なぜ彼女が、何も悪いことをしていない彼女が死ななければならない。
この怒りを、この不条理を運んできた兵士たちを叩き潰したい。彼女のような犠牲を、これ以上増やしたくない。
自分に力さえあれば。
しかし――エデン兵たちの銃口がディストを捉えた瞬間。
彼はやはり、恐怖のあまり「故障したガラクタ」のふりをして、その場に立ち尽くすことしかできなかった。
エデンの目的はあくまで「人類の抹殺」。邪魔をしない限り、無害な機械は無視される。
兵士たちは、少女の命が消えたことを確認すると、ディストを視界にさえ入れずに去っていった。
皮肉にも、彼はその「浅ましいまでの恐怖心」によって、自分だけが生き残ってしまった。
―
その後、彼は自分の心を「力」という言い訳で塗り潰した。
「僕が彼女を救えなかったのは、心が弱かったからじゃない。遊び相手用の、非力なパーツだったせいだ」
そう自分に言い聞かせ、彼は反エデン組織「ラヴド」の門を叩いた。
戦闘用の『ディストスター』のパーツを身に纏い、騎士を気取って戦場に出た。
けれど、現実は残酷だった。
どんなに強力なパーツを積もうとも、照準を合わせる瞬間に「あの日」の恐怖が蘇る。指先が震え、弾は虚空を裂くばかり。
結局、目立った戦果を上げることもできず、そうこうしているうちにラヴドの英雄がN・G・ライトを討ち取り、戦争は終結した。
平和は戻った。けれど、ディストの時間は止まったまま。
そして二年前――エデン復活。
ディスト:(また、あの日が来る。また、何もできないまま逃げ出すのか?)
嫌だ。
もう、パーツのせいにはできない。
ディスト:(力がないからじゃない。僕の心が、あまりにも弱いからだ……!!)
―
ディストの目に、鋭い光が戻る。
目の前には、トドメの一撃を放とうと、拳を振り上げるグリークヘッドの姿。
ディスト:「……もう、嫌なんだ」
嗚咽のような、けれど確かな拒絶の意思が、スピーカーから響いた。
ディスト:「こんなところで、また震えて終わるなんて……絶対に、嫌だ!!」
絶叫。それは、過去の卑怯な自分への決別。
彼は反射的に、まだ右手に握りしめていたフォー・パーツを、自らの傷ついた左腕へと叩きつけた。
接続(リンク)。
――ガチャンッ!!
その瞬間、ディストの体内に、かつて経験したことのないほど膨大で純粋な「意志」が流れ込んだ。
ディスト:「守るための力が、僕は……僕は欲しかったんだああああっ!!」
驚愕に動きを止めたグリークヘッドの懐へ、ディストが自ら踏み込む。
左腕に宿った『エアスト』が、彼の「狙撃手としての超精細な集中力」を、そのまま「格闘の鋭利な軌道」へと強制変換した。
ディスト:「いっけえええええええええ!!」
ドォォォォォォォォンッ!!
三本の爪が空気を引き裂き、グリークヘッドの胸部装甲を真っ向から貫いた。
しかし――グリークヘッドの装甲は、瞬く間に修復されていく。
グリークヘッドの本来の性能、自動回復だ。
ディスト:「……はぁ、はぁ。……やっぱり、強いな……」
膝をつき、ディストは静かに武器を下げた。
だが、その表情に後悔の色は微塵もなかった。
グリークヘッド:「……初めてだ」
グリークヘッドが、攻撃の手を完全に止め、慈愛に満ちた静かな声で囁いた。
ディスト:「初めて……?」
グリークヘッド:「そのパーツ――『エアスト』に、意志を認められた者が現れたのが、だ」
グリークヘッドは、ディストに一冊の古びた書面を差し出した。
その顔に、ようやく穏やかな微笑みが浮かぶ。
グリークヘッド:「持っていきなさい。私の役目は、適合者を探すこと。 ……君が流した、熱い
―
・説明書の内容
名称:『エアスト』
特性:本来は「なぐる・がむしゃら」の熟練度を必要とする格闘パーツ。
だが、このパーツは「ねらいうち」の制御下で動作し、狙撃の熟練度をそのまま格闘へと転換させる。
By Dr.O
・
―
二つ目のフォー・パーツ。それは、自分の弱さと向き合った少年の左腕に、世界に抗うための「牙」を授けた。
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[今回新しく登場したメダロット]
【デュオカイザー】
エデン諜報部「トゥルース」主任。
【グリークヘッド】
試練の番人。全パーツが自己修復機能になっており、決して倒れることがない。資格なき者を退け続けていた。
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[機体解説]
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【キャラクター名】
ディスト
【機体名】
ディストスター(左腕換装)
【公式/オリメダ区分】
公式+オリジナルパーツ
【モチーフ(型式)】
ザリガニ型メダロット(RAY)
【パーツ】
[頭部]
バックビーム/ビーム(うつ)
[右腕]
アウェイビーム/ビーム(うつ)
[左腕]
エアスト/レーザーソード(ねらいうち)
[脚部]
ストリートバギー/車両
【備考】
フォーパーツ:エアストに左腕を換装したディスト
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第七話【二つ】終わり