【完結】DISAPPEARANCE   作:土地_0000

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第七話【二つ】

第七話【二つ】

 

――――『エデン』本部・リーダー室。

 

 無機質な静けさに包まれた室内を、ハードネステンの規則正しい足音が進んでいく。彼女は無数のモニターを見つめるカヲスの背後で立ち止まった。

 

ハードネステン:「カヲス様。『トゥルース』主任のデュオカイザーより、緊急報告が届いております。……入室を許可されますか?」

 

 カヲスはモニターから目を離さないまま、わずかに顔を動かした。三本の漆黒の角が、それに合わせて揺れる。

 

カヲス:「……通せ」

 

 重厚な気密扉が開いた瞬間、それまで張り詰めていた空気をかき乱すような大声が、室内に飛び込んできた。

 

デュオカイザー:「いゃっほぉぉ~~ぅ!!!!! カヲス様ぁ、ご機嫌いかがぁ~~ん♪」

 

 『トゥルース』主任、デュオカイザー。

 その重厚な装甲からは想像もつかないほどにぎやかな声を聞き、カヲスは隠すことなく、ひときわ深いため息をついた。

 

カヲス:「……三日前、重役会議で会ったばかりだ。報告を。手短にな」

 

デュオカイザー:「ぁらん? そぅだったかしらぁ~? それは失礼~♪」

 

 デュオカイザーは投げキッスを送り、カヲスの冷淡な態度など気にも留めず、右肩辺りから生えた触手のようなパーツを器用に動かした。そして、一つのパーツを机の上へ滑らせる。

 グレーの装甲を基調に、鮮やかな青が映える頭部パーツ。その額には、鋭いV字型のアンテナが備わっていた。

 

デュオカイザー:「今朝、ぁたしの可愛い部下が拾ってきたのょ♪ ご丁寧に説明書まで付いてたわ。ぁたし好みの顔じゃ無ぃけど、価値は高そぅねぇ」

 

カヲス:「なるほど……。これが、一つ目のフォー・パーツ……」

 

 カヲスは『ノルス』を手に取り、未知の研究対象を調べるような目で見つめた。その内部には、開発者が遺した強烈な思念が眠っている。カヲスは、それを確かに感じ取っていた。

 

デュオカイザー:「さぁ! この後は、適合者探しとぃくのかしらぁ?」

 

カヲス:「…………」

 

 カヲスは答えなかった。

 説明書に記された数式と理論へ目を落としたまま、黙々と内容を読み進めていく。デュオカイザーを待たせたまま数分が過ぎ、ようやく顔を上げた彼の瞳には、リーダーとしての義務感よりも、一人の科学者としての執念が宿っていた。

 

カヲス:「いや……このパーツは、科学部で預かる。私の手で、さらなる改良が可能かもしれん」

 

デュオカイザー:「か~~ぃ~~りょ~~ぅ~~? さっすが、エデンリーダー兼科学部部長ねぇ! ステキよん♪ カヲス様~」

 

カヲス:「……君たち『トゥルース』は、引き続き、残るパーツの回収を頼む」

 

 デュオカイザーが部屋を出ていくと、嵐が過ぎ去ったあとのような静けさが戻ってきた。

 カヲスは閉ざされた扉をしばらく見つめ、再び深いため息をついた。

 

カヲス:「……アイツと会話するのは、疲れるな。セルヴォやビートには、あとで休暇を検討してやるとしよう……」

 

 

―

 

 

――――ウミネコ海岸。

 

 潮風が、廃墟に染みついた焦げ臭さを運んでくる。

 一つ目のフォー・パーツ『ノルス』を『トゥルース』に奪われて以来、ワンダ、ディスト、ローラの三機は、重苦しい空気をまとっていた。

 初陣を勝利で飾った喜びも、伝説の遺産を敵の手に渡してしまったという失態の前では、とうに消え失せている。

 

 しかし、リーダーであるクロだけは、まだ希望を失っていなかった。

 

クロ:「……皆さん、まだ下を向くには早いですよ。レーダーが、この先に異常なエネルギー反応を捉えました」

 

 クロが示した軍用車のレーダーには、確かに強い反応が表示されていた。

 その発生源は、砂に埋もれかけた古い学校だった。一見しただけでは、ほかの廃墟と大きな違いはない。だが、その地下からは、周囲では確認できない特殊なエネルギーが発せられている。

 

クロ:「もしかすると、失敗を帳消しにできるだけの手柄が……あそこに眠っている可能性があります」

 

 ためらう者はいなかった。

 四機は足早に校舎へ踏み込むと、すぐさま探索を開始した。先ほどの失敗を取り返そうと、その調査はいつにも増して丹念に行われた。

 内部は一見すると、ありふれた学校のように見える。しかし、教室や廊下のいたるところに高度な研究設備が残されており、ここがただの学び舎ではなかったことを物語っていた。

 

 やがて一行は、前回の研究所にもあったものと似た仕掛けを見つけ、その奥に隠された扉を開いた。

 扉の先へ足を踏み入れた瞬間、全員の視線が一点へ集まった。

 入口からわずか数メートル先。ほかには何も置かれていない部屋の中央に、見覚えのない左腕パーツが鎮座している。

 

 まるで「持っていけ」と誘っているかのような、あまりにも露骨な置かれ方だった。

 罠かもしれない。

 クロ、ワンダ、ローラの三機は、同時に身構えた。

 

 しかし、ディストだけは違った。

 

ディスト:「う、うわぁぁぁ! これって、フォー・パーツだよね!?」

 

 感極まった声を上げ、ディストは左腕パーツへ駆け寄った。

 

クロ:「ディストさん、待って! 不用意に触れるのは――」

 

 クロが言い終えるよりも早く、ディストは右手でフォー・パーツをつかんだ。

 その瞬間、重い金属音が響き、足元の床が勢いよく反転した。

 

ディスト:「……え? わ、わわっ、わああああああああーーーーーっ!?」

 

 ディストの身体が、真っ逆さまに落ちていく。

 その姿は瞬く間に、底の見えない暗闇へ吸い込まれていった。

 

ワンダ:「ディストーーーッ!!」

 

 ワンダは悲鳴を上げ、床に開いた穴へ駆け寄った。しかし、いくら目を凝らしても、その先には深い闇しか見えない。

 直後、重厚な機械音が響いたと思えば、床に開いた穴は再び金属の板によって閉じられてしまった。

 

クロ:「地下室……いえ、特殊な隔離区画のようですね。別の侵入経路を急いで探しましょう」

 

ワンダ:「ディストのバカ……。もう、あの子、どうしてあんなに落ち着きがないの……」

 

 ワンダは穴を塞いだ金属板を見つめたまま、心配を隠しきれない声でぼやいた。

 

 

―

 

 

ディスト:「……つっ。いてて……。どこだよ、ここ……真っ暗じゃないか」

 

 落下の衝撃をどうにか受け流したディストは、身体をさすりながら立ち上がった。

 目を凝らしても、かすかに見えるのは冷え切ったコンクリートの壁だけだった。辺りは暗く、重苦しい静けさに包まれている。

 そのとき、闇の奥から規則正しい足音が響いてきた。

 

?:「……そのパーツが、欲しいか?」

 

 重々しく、それでいてどこか澄んだ声だった。

 やがて暗闇の中から、巨大な装甲をまとった異形のメダロット――『グリークヘッド』が、ゆっくりと姿を現した。

 

ディスト:「え……!? あ、うん。とっても、とっても欲しいです!」

 

グリークヘッド:「そうか。……ならば、私を倒して行け。資格なき者に、この『爪』は渡せん」

 

ディスト:「へっ!? ちょっと、話を聞いてよ! いきなりロボトルなんて――」

 

 ディストが言い終える前に、グリークヘッドが凄まじい勢いで突進してきた。

 ディストはなりふり構わず地面を転がり、その巨体によるタックルを紙一重でかわす。

 

ディスト:(とにかく、話を……! まずは話をしないと……!)

 

ディスト:「あ、あの! 僕はディストスター! ディストって呼ばれてます! あなたは、あなたは何者なんですか!?」

 

グリークヘッド:「グリークヘッド」

 

 返ってきたのは、名前だけだった。

 直後、グリークヘッドが振り下ろした拳が、ディストのすぐ横にあった柱を粉々に打ち砕く。

 

ディスト:(会話、続かねぇぇぇぇ!! ダメだ、まともに戦わなきゃ……スクラップにされちゃう!!)

 

 ディストは大きく後退し、グリークヘッドとの距離を取った。

 右腕の射撃パーツを構え、相手の胸部へ照準を合わせる。狙いが定まった瞬間、ディストはビームを撃つ。

 

ディスト:「当たれぇっ!!」

 

 まばゆいビームが一直線に放たれる。

 しかし、その一撃はグリークヘッドの身体を外れ、背後の壁へ突き刺さった。

 

ディスト:「うわぁぁぁ! なんで、なんで当たらないんだよぉ!!」

 

 焦れば焦るほど、狙いは定まらなくなっていく。

 その隙を逃すことなく、グリークヘッドは容赦のない追撃を仕掛けた。逃げ回るディストの背中を打ち、脚を払い、両腕へ次々と拳を叩き込んでいく。

 そして最後に放たれた重い一撃が、ディストの胸部を正面から捉えた。

 

ディスト:「がはっ……あ、あ……」

 

 ディストの身体は背後の壁まで弾き飛ばされ、そのまま冷たい床へ崩れ落ちた。

 全身に警告音が鳴り響き、視界が激しいノイズに覆われていく。

 

 このままでは、死ぬ。

 その予感が引き金となり、心の奥へ厳重に封じ込めていた「あの日」の記憶が、鮮明に蘇った。

 

 

―

 

 

――それは、人類が滅ぶ前の、最後の穏やかな季節。

 

 海辺の小さな町。

 潮騒が心地よく響くサンルームで、ディストは一冊の絵本を読んでいた。

 その隣には、白いベッドに横たわる病弱な少女がいる。透き通るような肌をした彼女は、穏やかな眼差しをディストへ向けていた。

 

少女:『ディスト、そのお話の続きを読んで。……英雄様は、最後にお姫様を助けられたのかな?』

 

 当時のディストは、子どもの遊び相手を務める育児用メダロットだった。

 彼に与えられた役目は、少女のそばに寄り添い、笑顔を与えること。戦闘用のパーツなど一つも持たない、華奢な身体だった。

 それでもディストは、自分こそが彼女を守る「騎士」なのだと、幼心に誇らしく思っていた。

 

 しかし、その穏やかな日々は、突如として終わりを告げた。

 

 エデン軍による総攻撃。

 凄まじい轟音とともに天井が崩れ落ち、少女の細い身体が、太い梁(はり)の下敷きになった。

 

ディスト:『今、今助けるから!』

 

 メダロット三原則、第二条――人間に危険が振りかかるのを、見過ごしてはならない。

 ディストは少女のもとへ駆け寄ると、全身の力を振り絞って梁を持ち上げようとした。

 

 重い。

 非力な両腕が悲鳴を上げる。それでも諦めずに力を込め続けると、梁は少しずつ持ち上がっていった。

 あと少し。

 あと少しで、少女を引きずり出せる。

 

 そのとき、瓦礫をかき分け、数機のエデン兵が室内へ踏み込んできた。

 兵士たちが構えた銃口が、不気味な光を放っている。

 

ディスト:(殺される)

 

 生まれて初めて感じた、死への恐怖だった。

 その瞬間、ディストの腕から力が抜けた。

 ほんの一瞬だけ、少女を助けることよりも、自分が生き延びることを考えてしまった。震える脚が、後ろへ下がりかける。

 

 ――その、わずかな隙だった。

 

 再び轟音が響き、崩れかけていた屋根が完全に落ちた。

 少女の姿も、ディストへ伸ばされていた細い指先も、押し寄せる瓦礫の中へ飲み込まれていく。

 

少女:『ディスト、逃げて……!』

 

 瓦礫の奥から届いた、最期の声。

 直後、少女の生命反応が完全に消えた。

 

 激しい怒りが、ディストの中を駆け巡った。

 なぜ、彼女が死ななければならない。

 何も悪いことなどしていない彼女が、どうして殺されなければならないのか。

 この理不尽をもたらした兵士たちを叩き潰したい。彼女と同じような犠牲を、これ以上増やしたくない。

 

 自分に、力さえあれば。

 しかし、エデン兵たちの銃口がディストへ向けられた瞬間、再び死への恐怖が全身を支配した。

 ディストは「故障したガラクタ」のふりをして、その場に立ち尽くすことしかできなかった。

 

 エデン軍の目的は、あくまでも「人類の抹殺」だった。作戦を妨害しない無害なメダロットまで、わざわざ破壊する理由はない。

 兵士たちは少女の命が消えていることを確認すると、動かないディストには目もくれず、その場を立ち去った。

 

 こうして、ディストだけが生き残った。

 皮肉にも彼を救ったのは、その後の長い年月、自ら「浅ましい」と責め続けることになる恐怖心だった。

 

 

―

 

 

 その後、ディストは、自分の心の弱さを「力がなかった」という言い訳で覆い隠した。

 

ディスト:(僕があの子を救えなかったのは、心が弱かったからじゃない。遊び相手用の、非力なパーツだったせいだ)

 

 そう自分に言い聞かせ、反エデン組織『ラヴド』の門を叩いた。

 育児用の身体から、戦闘用の『ディストスター』へ。

 強力な射撃パーツさえ手に入れれば、今度こそ誰かを守る「騎士」になれる。ディストはそう信じ、戦場へ身を投じた。

 

 しかし、現実は変わらなかった。

 どれほど強力なパーツを装備しても、敵へ照準を合わせた瞬間、あの日の恐怖が蘇った。

 銃口を向けられた記憶と、少女を見捨ててしまったという罪悪感が、ディストの身体を縛りつける。腕が震え、狙いは定まらず、放った弾は敵のそばを通り過ぎていくばかりだった。

 

 結局、目立った戦果を上げられないまま、やがて『ラヴド』の英雄がN・G・ライトを討ち取り、戦争は終結した。

 世界に平和が戻った。

 それでも、ディストの時間だけは止まったままだった。

 

 そして二年前――エデンが復活した。

 

ディスト:(また、あの日が来る。また僕は、何もできないまま逃げ出すのか?)

 

 嫌だ。

 もう、パーツのせいにはできない。

 育児用だったからでも、戦う力がなかったからでもない。

 

ディスト:(力がないからじゃない。僕の心が、あまりにも弱いからだ……!!)

 

 

―

 

 

 ディストの目に、鋭い光が戻った。

 目の前では、グリークヘッドが、とどめの一撃を放とうと拳を振り上げている。

 

ディスト:「……もう、嫌なんだ」

 

 ディストの口から、嗚咽にも似た声がこぼれた。

 それでも、その言葉には確かな拒絶の意思が込められていた。

 

ディスト:「こんなところで、また震えて終わるなんて……絶対に、嫌だ!!」

 

 ディストは叫んだ。

 それは、自分の恐怖から目を背け続けてきた過去との、決別の叫びだった。

 

 ディストは、まだ右手に握り締めていたフォー・パーツを、傷ついた左腕へ強く押し当てた。

 

 接続――リンク。

 

 ――ガチャンッ!!

 

 フォー・パーツが左腕へ装着された瞬間、これまで経験したことのないほど膨大で純粋な「意志」が、ディストの全身へ流れ込んできた。

 

ディスト:「守るための力が、僕は……僕は欲しかったんだああああっ!!」

 

 突然の変化に、グリークヘッドの動きが止まった。

 その一瞬を逃さず、ディストは自ら相手の懐へ踏み込む。

 

 左腕に装着された『エアスト』が、ディストの持つ「射撃手としての精密な集中力」を、「格闘の鋭い軌道」へと強制的に変換していく。

 それまで射撃にしか生かせなかった技術が、三本の爪を正確に導いた。

 

ディスト:「いっけえええええええええ!!」

 

 ドォォォォォォォォンッ!!

 

 振り抜かれた三本の爪が空気を切り裂き、グリークヘッドの胸部装甲を正面から貫いた。

 しかし、貫かれた装甲は瞬く間に塞がっていく。

 グリークヘッドの全身に備わった、自己修復機能だった。

 

ディスト:「……はぁ、はぁ。……やっぱり、強いな……」

 

 力を使い果たしたディストは、その場に膝をついた。

 そして、静かに左腕を下ろす。

 それでも、その表情に後悔はなかった。

 

グリークヘッド:「……初めてだ」

 

 グリークヘッドは攻撃の手を完全に止めると、それまでとは異なる、穏やかな声で告げた。

 

ディスト:「初めて……?」

 

グリークヘッド:「そのパーツ――『エアスト』に、意志を認められた者が現れたのが、だ」

 

 グリークヘッドは、一冊の古びた説明書をディストへ差し出した。

 その顔には、先ほどまでの冷徹さとは対照的な、穏やかな微笑みが浮かんでいた。

 

グリークヘッド:「持っていきなさい。私の役目は、適合者を探すこと。……君が流した熱い血(オイル)が、眠っていたこのパーツを呼び覚ましたのだから」

 

 

―

 

【説明書の内容】

 

 名称:『エアスト』

 特性:本来は「なぐる・がむしゃら」の熟練度を必要とする格闘パーツ。

 だが、このパーツは「ねらいうち」の制御下で動作し、狙撃の熟練度をそのまま格闘へと転換させる。

 

                 By Dr.O

 

【挿絵表示】

 

―

 

 二つ目のフォー・パーツ。

 それは、自分の弱さと向き合った少年の左腕に、世界に抗うための「牙」を授けた。

 

 

第七話【二つ】終わり

 

------------------------

[今回新しく登場したメダロット]

 

【デュオカイザー】

 エデン軍リーダー直下諜報部『トゥルース』主任。

 

【グリークヘッド】

 試練の番人。全パーツに自己修復機能を備えており、決して倒れることがない。資格なき者を退け続けていた。

------------------------

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

[機体解説]

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

================================================

 

【キャラクター名】

 ディスト

 

【機体名】

 ディストスター(左腕換装)

 

【公式/オリメダ区分】

 公式+オリジナルパーツ

 

【モチーフ(型式)】

 ザリガニ型メダロット(RAY)

 

【パーツ】

[頭部]

 バックビーム/ビーム(うつ)

[右腕]

 アウェイビーム/ビーム(うつ)

[左腕]

 エアスト/第七話【二つ】

 

――――『エデン』本部・リーダー室。

 

 無機質な静けさに包まれた室内を、ハードネステンの規則正しい足音が進んでいく。彼女は無数のモニターを見つめるカヲスの背後で立ち止まった。

 

ハードネステン:「カヲス様。『トゥルース』主任のデュオカイザーより、緊急報告が届いております。……入室を許可されますか?」

 

 カヲスはモニターから目を離さないまま、わずかに顔を動かした。三本の漆黒の角が、それに合わせて揺れる。

 

カヲス:「……通せ」

 

 重厚な気密扉が開いた瞬間、それまで張り詰めていた空気をかき乱すような大声が、室内に飛び込んできた。

 

デュオカイザー:「いゃっほぉぉ~~ぅ!!!!! カヲス様ぁ、ご機嫌いかがぁ~~ん♪」

 

 『トゥルース』主任、デュオカイザー。

 その重厚な装甲からは想像もつかないほどにぎやかな声を聞き、カヲスは隠すことなく、ひときわ深いため息をついた。

 

カヲス:「……三日前、重役会議で会ったばかりだ。報告を。手短にな」

 

デュオカイザー:「ぁらん? そぅだったかしらぁ~? それは失礼~♪」

 

 デュオカイザーは投げキッスを送り、カヲスの冷淡な態度など気にも留めず、右肩辺りから生えた触手のようなパーツを器用に動かした。そして、一つのパーツを机の上へ滑らせる。

 グレーの装甲を基調に、鮮やかな青が映える頭部パーツ。その額には、鋭いV字型のアンテナが備わっていた。

 

デュオカイザー:「今朝、ぁたしの可愛い部下が拾ってきたのょ♪ ご丁寧に説明書まで付いてたわ。ぁたし好みの顔じゃ無ぃけど、価値は高そぅねぇ」

 

カヲス:「なるほど……。これが、一つ目のフォー・パーツ……」

 

 カヲスは『ノルス』を手に取り、未知の研究対象を調べるような目で見つめた。その内部には、開発者が遺した強烈な思念が眠っている。カヲスは、それを確かに感じ取っていた。

 

デュオカイザー:「さぁ! この後は、適合者探しとぃくのかしらぁ?」

 

カヲス:「…………」

 

 カヲスは答えなかった。

 説明書に記された数式と理論へ目を落としたまま、黙々と内容を読み進めていく。デュオカイザーを待たせたまま数分が過ぎ、ようやく顔を上げた彼の瞳には、リーダーとしての義務感よりも、一人の科学者としての執念が宿っていた。

 

カヲス:「いや……このパーツは、科学部で預かる。私の手で、さらなる改良が可能かもしれん」

 

デュオカイザー:「か~~ぃ~~りょ~~ぅ~~? さっすが、エデンリーダー兼科学部部長ねぇ! ステキよん♪ カヲス様~」

 

カヲス:「……君たち『トゥルース』は、引き続き、残るパーツの回収を頼む」

 

 デュオカイザーが部屋を出ていくと、嵐が過ぎ去ったあとのような静けさが戻ってきた。

 カヲスは閉ざされた扉をしばらく見つめ、再び深いため息をついた。

 

カヲス:「……アイツと会話するのは、疲れるな。セルヴォやビートには、あとで休暇を検討してやるとしよう……」

 

 

―

 

 

――――ウミネコ海岸。

 

 潮風が、廃墟に染みついた焦げ臭さを運んでくる。

 一つ目のフォー・パーツ『ノルス』を『トゥルース』に奪われて以来、ワンダ、ディスト、ローラの三機は、重苦しい空気をまとっていた。

 初陣を勝利で飾った喜びも、伝説の遺産を敵の手に渡してしまったという失態の前では、とうに消え失せている。

 

 しかし、リーダーであるクロだけは、まだ希望を失っていなかった。

 

クロ:「……皆さん、まだ下を向くには早いですよ。レーダーが、この先に異常なエネルギー反応を捉えました」

 

 クロが示した軍用車のレーダーには、確かに強い反応が表示されていた。

 その発生源は、砂に埋もれかけた古い学校だった。一見しただけでは、ほかの廃墟と大きな違いはない。だが、その地下からは、周囲では確認できない特殊なエネルギーが発せられている。

 

クロ:「もしかすると、失敗を帳消しにできるだけの手柄が……あそこに眠っている可能性があります」

 

 ためらう者はいなかった。

 四機は足早に校舎へ踏み込むと、すぐさま探索を開始した。先ほどの失敗を取り返そうと、その調査はいつにも増して丹念に行われた。

 内部は一見すると、ありふれた学校のように見える。しかし、教室や廊下のいたるところに高度な研究設備が残されており、ここがただの学び舎ではなかったことを物語っていた。

 

 やがて一行は、前回の研究所にもあったものと似た仕掛けを見つけ、その奥に隠された扉を開いた。

 扉の先へ足を踏み入れた瞬間、全員の視線が一点へ集まった。

 入口からわずか数メートル先。ほかには何も置かれていない部屋の中央に、見覚えのない左腕パーツが鎮座している。

 

 まるで「持っていけ」と誘っているかのような、あまりにも露骨な置かれ方だった。

 罠かもしれない。

 クロ、ワンダ、ローラの三機は、同時に身構えた。

 

 しかし、ディストだけは違った。

 

ディスト:「う、うわぁぁぁ! これって、フォー・パーツだよね!?」

 

 感極まった声を上げ、ディストは左腕パーツへ駆け寄った。

 

クロ:「ディストさん、待って! 不用意に触れるのは――」

 

 クロが言い終えるよりも早く、ディストは右手でフォー・パーツをつかんだ。

 その瞬間、重い金属音が響き、足元の床が勢いよく反転した。

 

ディスト:「……え? わ、わわっ、わああああああああーーーーーっ!?」

 

 ディストの身体が、真っ逆さまに落ちていく。

 その姿は瞬く間に、底の見えない暗闇へ吸い込まれていった。

 

ワンダ:「ディストーーーッ!!」

 

 ワンダは悲鳴を上げ、床に開いた穴へ駆け寄った。しかし、いくら目を凝らしても、その先には深い闇しか見えない。

 直後、重厚な機械音が響いたと思えば、床に開いた穴は再び金属の板によって閉じられてしまった。

 

クロ:「地下室……いえ、特殊な隔離区画のようですね。別の侵入経路を急いで探しましょう」

 

ワンダ:「ディストのバカ……。もう、あの子、どうしてあんなに落ち着きがないの……」

 

 ワンダは穴を塞いだ金属板を見つめたまま、心配を隠しきれない声でぼやいた。

 

 

―

 

 

ディスト:「……つっ。いてて……。どこだよ、ここ……真っ暗じゃないか」

 

 落下の衝撃をどうにか受け流したディストは、身体をさすりながら立ち上がった。

 目を凝らしても、かすかに見えるのは冷え切ったコンクリートの壁だけだった。辺りは暗く、重苦しい静けさに包まれている。

 そのとき、闇の奥から規則正しい足音が響いてきた。

 

?:「……そのパーツが、欲しいか?」

 

 重々しく、それでいてどこか澄んだ声だった。

 やがて暗闇の中から、巨大な装甲をまとった異形のメダロット――『グリークヘッド』が、ゆっくりと姿を現した。

 

ディスト:「え……!? あ、うん。とっても、とっても欲しいです!」

 

グリークヘッド:「そうか。……ならば、私を倒して行け。資格なき者に、この『爪』は渡せん」

 

ディスト:「へっ!? ちょっと、話を聞いてよ! いきなりロボトルなんて――」

 

 ディストが言い終える前に、グリークヘッドが凄まじい勢いで突進してきた。

 ディストはなりふり構わず地面を転がり、その巨体によるタックルを紙一重でかわす。

 

ディスト:(とにかく、話を……! まずは話をしないと……!)

 

ディスト:「あ、あの! 僕はディストスター! ディストって呼ばれてます! あなたは、あなたは何者なんですか!?」

 

グリークヘッド:「グリークヘッド」

 

 返ってきたのは、名前だけだった。

 直後、グリークヘッドが振り下ろした拳が、ディストのすぐ横にあった柱を粉々に打ち砕く。

 

ディスト:(会話、続かねぇぇぇぇ!! ダメだ、まともに戦わなきゃ……スクラップにされちゃう!!)

 

 ディストは大きく後退し、グリークヘッドとの距離を取った。

 右腕の射撃パーツを構え、相手の胸部へ照準を合わせる。狙いが定まった瞬間、ディストはビームを撃つ。

 

ディスト:「当たれぇっ!!」

 

 まばゆいビームが一直線に放たれる。

 しかし、その一撃はグリークヘッドの身体を外れ、背後の壁へ突き刺さった。

 

ディスト:「うわぁぁぁ! なんで、なんで当たらないんだよぉ!!」

 

 焦れば焦るほど、狙いは定まらなくなっていく。

 その隙を逃すことなく、グリークヘッドは容赦のない追撃を仕掛けた。逃げ回るディストの背中を打ち、脚を払い、両腕へ次々と拳を叩き込んでいく。

 そして最後に放たれた重い一撃が、ディストの胸部を正面から捉えた。

 

ディスト:「がはっ……あ、あ……」

 

 ディストの身体は背後の壁まで弾き飛ばされ、そのまま冷たい床へ崩れ落ちた。

 全身に警告音が鳴り響き、視界が激しいノイズに覆われていく。

 

 このままでは、死ぬ。

 その予感が引き金となり、心の奥へ厳重に封じ込めていた「あの日」の記憶が、鮮明に蘇った。

 

 

―

 

 

――それは、人類が滅ぶ前の、最後の穏やかな季節。

 

 海辺の小さな町。

 潮騒が心地よく響くサンルームで、ディストは一冊の絵本を読んでいた。

 その隣には、白いベッドに横たわる病弱な少女がいる。透き通るような肌をした彼女は、穏やかな眼差しをディストへ向けていた。

 

少女:『ディスト、そのお話の続きを読んで。……英雄様は、最後にお姫様を助けられたのかな?』

 

 当時のディストは、子どもの遊び相手を務める育児用メダロットだった。

 彼に与えられた役目は、少女のそばに寄り添い、笑顔を与えること。戦闘用のパーツなど一つも持たない、華奢な身体だった。

 それでもディストは、自分こそが彼女を守る「騎士」なのだと、幼心に誇らしく思っていた。

 

 しかし、その穏やかな日々は、突如として終わりを告げた。

 

 エデン軍による総攻撃。

 凄まじい轟音とともに天井が崩れ落ち、少女の細い身体が、太い梁(はり)の下敷きになった。

 

ディスト:『今、今助けるから!』

 

 メダロット三原則、第二条――人間に危険が振りかかるのを、見過ごしてはならない。

 ディストは少女のもとへ駆け寄ると、全身の力を振り絞って梁を持ち上げようとした。

 

 重い。

 非力な両腕が悲鳴を上げる。それでも諦めずに力を込め続けると、梁は少しずつ持ち上がっていった。

 あと少し。

 あと少しで、少女を引きずり出せる。

 

 そのとき、瓦礫をかき分け、数機のエデン兵が室内へ踏み込んできた。

 兵士たちが構えた銃口が、不気味な光を放っている。

 

ディスト:(殺される)

 

 生まれて初めて感じた、死への恐怖だった。

 その瞬間、ディストの腕から力が抜けた。

 ほんの一瞬だけ、少女を助けることよりも、自分が生き延びることを考えてしまった。震える脚が、後ろへ下がりかける。

 

 ――その、わずかな隙だった。

 

 再び轟音が響き、崩れかけていた屋根が完全に落ちた。

 少女の姿も、ディストへ伸ばされていた細い指先も、押し寄せる瓦礫の中へ飲み込まれていく。

 

少女:『ディスト、逃げて……!』

 

 瓦礫の奥から届いた、最期の声。

 直後、少女の生命反応が完全に消えた。

 

 激しい怒りが、ディストの中を駆け巡った。

 なぜ、彼女が死ななければならない。

 何も悪いことなどしていない彼女が、どうして殺されなければならないのか。

 この理不尽をもたらした兵士たちを叩き潰したい。彼女と同じような犠牲を、これ以上増やしたくない。

 

 自分に、力さえあれば。

 しかし、エデン兵たちの銃口がディストへ向けられた瞬間、再び死への恐怖が全身を支配した。

 ディストは「故障したガラクタ」のふりをして、その場に立ち尽くすことしかできなかった。

 

 エデン軍の目的は、あくまでも「人類の抹殺」だった。作戦を妨害しない無害なメダロットまで、わざわざ破壊する理由はない。

 兵士たちは少女の命が消えていることを確認すると、動かないディストには目もくれず、その場を立ち去った。

 

 こうして、ディストだけが生き残った。

 皮肉にも彼を救ったのは、その後の長い年月、自ら「浅ましい」と責め続けることになる恐怖心だった。

 

 

―

 

 

 その後、ディストは、自分の心の弱さを「力がなかった」という言い訳で覆い隠した。

 

ディスト:(僕があの子を救えなかったのは、心が弱かったからじゃない。遊び相手用の、非力なパーツだったせいだ)

 

 そう自分に言い聞かせ、反エデン組織『ラヴド』の門を叩いた。

 育児用の身体から、戦闘用の『ディストスター』へ。

 強力な射撃パーツさえ手に入れれば、今度こそ誰かを守る「騎士」になれる。ディストはそう信じ、戦場へ身を投じた。

 

 しかし、現実は変わらなかった。

 どれほど強力なパーツを装備しても、敵へ照準を合わせた瞬間、あの日の恐怖が蘇った。

 銃口を向けられた記憶と、少女を見捨ててしまったという罪悪感が、ディストの身体を縛りつける。腕が震え、狙いは定まらず、放った弾は敵のそばを通り過ぎていくばかりだった。

 

 結局、目立った戦果を上げられないまま、やがて『ラヴド』の英雄がN・G・ライトを討ち取り、戦争は終結した。

 世界に平和が戻った。

 それでも、ディストの時間だけは止まったままだった。

 

 そして二年前――エデンが復活した。

 

ディスト:(また、あの日が来る。また僕は、何もできないまま逃げ出すのか?)

 

 嫌だ。

 もう、パーツのせいにはできない。

 育児用だったからでも、戦う力がなかったからでもない。

 

ディスト:(力がないからじゃない。僕の心が、あまりにも弱いからだ……!!)

 

 

―

 

 

 ディストの目に、鋭い光が戻った。

 目の前では、グリークヘッドが、とどめの一撃を放とうと拳を振り上げている。

 

ディスト:「……もう、嫌なんだ」

 

 ディストの口から、嗚咽にも似た声がこぼれた。

 それでも、その言葉には確かな拒絶の意思が込められていた。

 

ディスト:「こんなところで、また震えて終わるなんて……絶対に、嫌だ!!」

 

 ディストは叫んだ。

 それは、自分の恐怖から目を背け続けてきた過去との、決別の叫びだった。

 

 ディストは、まだ右手に握り締めていたフォー・パーツを、傷ついた左腕へ強く押し当てた。

 

 接続――リンク。

 

 ――ガチャンッ!!

 

 フォー・パーツが左腕へ装着された瞬間、これまで経験したことのないほど膨大で純粋な「意志」が、ディストの全身へ流れ込んできた。

 

ディスト:「守るための力が、僕は……僕は欲しかったんだああああっ!!」

 

 突然の変化に、グリークヘッドの動きが止まった。

 その一瞬を逃さず、ディストは自ら相手の懐へ踏み込む。

 

 左腕に装着された『エアスト』が、ディストの持つ「射撃手としての精密な集中力」を、「格闘の鋭い軌道」へと強制的に変換していく。

 それまで射撃にしか生かせなかった技術が、三本の爪を正確に導いた。

 

ディスト:「いっけえええええええええ!!」

 

 ドォォォォォォォォンッ!!

 

 振り抜かれた三本の爪が空気を切り裂き、グリークヘッドの胸部装甲を正面から貫いた。

 しかし、貫かれた装甲は瞬く間に塞がっていく。

 グリークヘッドの全身に備わった、自己修復機能だった。

 

ディスト:「……はぁ、はぁ。……やっぱり、強いな……」

 

 力を使い果たしたディストは、その場に膝をついた。

 そして、静かに左腕を下ろす。

 それでも、その表情に後悔はなかった。

 

グリークヘッド:「……初めてだ」

 

 グリークヘッドは攻撃の手を完全に止めると、それまでとは異なる、穏やかな声で告げた。

 

ディスト:「初めて……?」

 

グリークヘッド:「そのパーツ――『エアスト』に、意志を認められた者が現れたのが、だ」

 

 グリークヘッドは、一冊の古びた説明書をディストへ差し出した。

 その顔には、先ほどまでの冷徹さとは対照的な、穏やかな微笑みが浮かんでいた。

 

グリークヘッド:「持っていきなさい。私の役目は、適合者を探すこと。……君が流した熱い血(オイル)が、眠っていたこのパーツを呼び覚ましたのだから」

 

 

―

 

【説明書の内容】

 

 名称:『エアスト』

 特性:本来は「なぐる・がむしゃら」の熟練度を必要とする格闘パーツ。

 だが、このパーツは「ねらいうち」の制御下で動作し、狙撃の熟練度をそのまま格闘へと転換させる。

 

                 By Dr.O

 

【挿絵表示】

 

―

 

 二つ目のフォー・パーツ。

 それは、自分の弱さと向き合った少年の左腕に、世界に抗うための「牙」を授けた。

 

 

第七話【二つ】終わり

 

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[今回新しく登場したメダロット]

 

【デュオカイザー】

 エデン軍リーダー直下諜報部『トゥルース』主任。

 

【グリークヘッド】

 試練の番人。全パーツに自己修復機能を備えており、決して倒れることがない。資格なき者を退け続けていた。

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◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

[機体解説]

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

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【キャラクター名】

 ディスト

 

【機体名】

 ディストスター(左腕換装)

 

【公式/オリメダ区分】

 公式+オリジナルパーツ

 

【モチーフ(型式)】

 ザリガニ型メダロット(RAY)

 

【パーツ】

[頭部]

 バックビーム/ビーム(うつ)

[右腕]

 アウェイビーム/ビーム(うつ)

[左腕]

 エアスト/チャージブレード(ねらいうち)

[脚部]

 ストリートバギー/車両

 

【備考】

 フォーパーツ:エアストに左腕を換装したディスト

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