【完結】DISAPPEARANCE   作:土地_0000

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第八話【三つ】

第八話【三つ】

 

 

――――ラヴド本部・兵士住宅エリア。

 

 

 硝煙とオイルの匂いが染み付いた前線から離れ、ワンダは自室のソファに深く身を沈めていた。

 先日のウミネコ海岸での一件は、軍上層部に衝撃を与えていた。

 失われた『ノルス』の痛手を埋めて余りある、二つ目のフォー・パーツ『エアスト』の発見。

 そして何より、適合者として覚醒したディストの存在。

 クロとディストが報告に向かった今、自分たちに下されるはずだった処罰は、事実上の白紙撤回となっていた。

 

 かつて、パートナーと共に平和な日常を歩んでいた頃、自分がこんな泥沼の戦争に身を投じることになるとは想像さえしていなかった。

 ――そんな感傷に浸っていた時だ。静寂を切り裂くように、鋭いノックの音が部屋に響いた。

 

ローラ: 「ワンダ。次の任務だ。すぐに準備しろ」

 

 返事を待たずに室内へ踏み込んできたローラの声には、既に戦士としての冷徹な響きが戻っていた。

 ワンダは重い溜息を吐き出し、ソファから這い出す。

 

ワンダ:「……休憩時間、まだ三十分残ってるんだけどなぁ」

 

 戦争という巨大な歯車の中にいる以上、休息を惜しむことさえ許されない。それが今の彼女たちの現実だった。

 

 

クロ: 「言うまでもありませんが、ディストさんの目覚ましい活躍により、我々L班への処罰は完全に回避されました」

 

 本部の作戦会議室。クロが少しだけ表情を和らげ、メンバーの顔を見渡す。

 その視線には、部下への信頼と、リーダーとしての厳格さが同居していた。

 

クロ: 「ですが、エデンとの戦力差は依然として埋まっていません。 ……次なる標的は、三つ目のフォー・パーツ。場所は――『メダロッ島』です」

 

 

 

――メダロッ島。

 

 

 

 かつて世界中から観光客が押し寄せ、歓喜の声が絶えなかったその島は、今や潮風にさらされる巨大な鉄の墓標と化していた。

 錆びついた観覧車の骨組みが、湿った風に吹かれて「ギィ……ギィ……」と、死者の呻きのように軋んでいる。

 

ディスト: 「おお! ジェットコースターが止まってる! こっちはお化け屋敷かな? うわー、全然怖くなーい! あはははは!」

 

 不気味な静寂を切り裂くように、ディストが幼子のように無邪気にはしゃぎ回る。

 先日の覚醒が嘘のように、今の彼はいつもの落ち着きのない少年だ。

 

ワンダ: 「……よくこの状況で楽しめるよね、あの子」

 

ローラ: 「……あの馬鹿者が」

 

 ローラは苛立ちを隠さず、ディストの頭部装甲に重い鉄拳を落とした。鈍い打撃音が廃墟に響く。

 

ディスト: 「い、痛いなー! ローラ、いきなり殴ることないじゃんか……」

 

 なぜ、自分はここまで彼に苛立つのか。

 ローラは自問する。

 無邪気に笑うディストの姿が、一年前、自分の判断ミスで死なせてしまった親友――フェニの影と、どうしようもなく重なるからだろうか。

 あの日から、彼女の心は厚い氷に閉ざされていた。

 他人を信じることも、守ることも、二度と過ちを繰り返さないための「冷徹」という名の鎧で、自身の脆弱さを隠し続けてきた。

 

 

 一行は島の中央にそびえ立つ、城を模した巨大なアトラクション施設へと侵入した。

 一見すれば華やかなアトラクションの一部。

 だが、その城の深奥には牢獄が設えられていた。

 漂う空気は、娯楽のそれではなく、明確な陰謀の臭気を孕んでいる。

 

 予感は的中した。

 地下へと続く階段を見つけ出し、足を踏み入れた彼らを待っていたのは、侵入者を拒む無数の罠だった。

 それらを潜り抜け、ようやく辿り着いた最深部。

 そこは、かつて研究室であったはずの場所だ。

 散乱する機材、破壊の痕跡。

 ここで何らかの戦闘が行われたことは想像に難くない。

 

クロ: 「とりあえず、手分けして探ってみましょう」

 

クロの号令で調査が始まる。だが、しばらくして異変に気付く。ディストが部屋の隅、巨大な装置の前で石像のように固まっているのだ。 訝しげにローラが問いかけると、彼は忌々しそうに床を睨んだ。

 

ディスト:「これに近づいたら、また床が抜ける……なんてオチ、ありそうじゃない?」

 

 ローラは鼻を鳴らし、嘲笑とともに彼を追い越した。

 先日の失態が、よほど骨身に染みているらしい。

 呆れながら、ディストの代わりに装置へと歩み寄る。

 その巨大なカプセルの中には、赤い装甲に鮮やかな青い宝石(コア)が埋め込まれた、右腕パーツが安置されていた。

 間違いない、フォー・パーツだ。 確信と共に、ローラは開閉スイッチを押し込む。

 

確かに、そこには求めていたパーツがあった。

だが──眠っていたのはそれだけではない。 開放されたカプセルから、とんでもない『オマケ』が這い出てきた。

 

 

 

「オンギャアアアアアアアアアアアアアア!!!!! オギャアアアアアアアアアアア!!!!!」

 

 

 

 鼓膜を直接引き裂き、回路を直接焼き切るような、凄まじい絶叫が部屋中に充満した。

 

クロ: 「一体、何事ですか!?」

 

 駆けつけたクロとワンダが見たのは、耳を抑えてのたうち回るディストと、その中央で激しく泣き叫ぶメダロット――『プリミティベビー』の姿だった。

 

ワンダ: 「うっ……! 何、この声……頭が、真っ白に……っ!」

 

 ただの音量ではない。

 それは聴覚を通じて思考回路を直接麻痺させる、拡散性の高い強力な混乱行動だった。

 あまりの苦痛に、ディストが制御を失った右腕の狙撃パーツを構えようとする。

 

ディスト: 「うわぁぁぁ! 撃って、撃って止めなきゃ……!!」

 

クロ: 「ディストさん、落ち着いて! ……くっ、攻撃して鎮圧するしか……っ!」

 

 混乱に呑まれ、防衛本能のままに迎撃を試みようとする仲間たち。

 

 

 ――だが、ローラの意識だけが、強制的に引き戻された。

 その甲高い泣き声が、彼女の記憶の奥底に眠る、最も忌まわしく、最も「美しい」と信じていたあの日の光景を呼び覚ましたのだ。

 

 

 

――それは、人類が滅ぶ直前。この世にまだ「安寧」が存在していた、最後の記憶。

 

 

 華やかなメダロット展示会会場。

 まばゆいスポットライトを浴びて、ローラ――『オーロラクイーン』は、観客たちの感嘆を一身に受けていた。

 彼女はその「美しさ」から人間の美術家たちを魅了した特別な機体だった。

 

 ミスメダロットコンテストを総なめにした美しいフォルム。

 彼女に跪き、布を手に取って自身の白銀の装甲を磨き上げる人間たち。

 自分は彼らに(かしず)かれ、愛でられるべき、神に等しき存在なのだと。彼女は一分の疑いもなく、そう信じていた。

 

 けれど、地獄は拍手喝采の中に、突如として割り込んできた。

 

 エデンの急襲。

 轟音。爆煙。美しく磨き上げられた会場は一瞬で、血と(すす)が混ざり合う阿鼻叫喚の地獄絵図へと変わった。

 泣き叫び逃げ惑い、踏み潰される人々。

 瓦礫の下から、一人の赤ん坊が、火傷を負った小さな喉を枯らして必死に泣いていた。

 

(……騒々しい!なんと目障りなことか)

 

 当時の彼女の脳裏に浮かんだのは、慈悲ではなく、剥き出しの焦燥だった。

 自分の美しさを讃える者が、いなくなる。自分のためのステージが、汚されていく。

 ただそれだけのことが、彼女には何よりも許しがたかったのだ。

 メダロット三原則に従い、彼女は形だけの救出を試みた。けれど、本気ではなかった。

 純白の体を、煤けた瓦礫で汚すことを(いと)い、本気で力を込めることを躊躇した一瞬――。

 

 背後で大規模な二次崩落が起きた。

 赤ん坊の泣き声は、鈍い衝突音と共に、永遠に途絶えた。

 彼女は振り返りもせず、崩れゆく会場を後にした。惜しんだのは他人の命ではなく、自分が美しく輝ける場所だけ。

 

 その後、彼女は「あの輝かしい、女王のような生活を奪ったエデンに復讐する」という、薄汚い不純な動機で、反エデン組織『ラヴド』に身を投じた。

 

 高飛車で、他者を見下す傲慢な新人。当然、仲間たちに好かれるはずもなかった。

 周囲と馴染もうとせず、孤高を気取る彼女の隣に、ただ一機、人懐っこく寄り添い続けたのがフェニだった。

 

フェニ: 『ねぇローラ! さっきの訓練、最高にカッコよかったよ!でも、もっとこう……笑ったほうがいいよ。君は綺麗なんだからさ!』

 

 最初は、ただうっとうしいだけだった。こんな低俗な子供が、特別な自分に馴れ馴れしく触れることが許せなかった。

 だが、何度冷たく突き放し、暴言を吐いても、フェニは翌日には何事もなかったかのように笑って隣に座った。

 

フェニ: 『ローラって、本当は凄く優しいよね。君と一緒にいたら僕もみんなから嫌われるとか思ってない?』

 

 そうしているうちにローラはフェニに心を開き始めていく。

 軍内部で孤立を深めていた彼女の高慢な態度は鳴りを潜め、いつしか周囲には信頼できる仲間が集うようになっていた。

 当時のフェニの献身が、一点の曇りもない純粋な善意だったのか、それともローラの美貌に惹かれた故の打算だったのか──それは今となっては分からない。

 だが一つ確かなのは、彼のおかげでローラが凪のような安らぎを手に入れたという事実だ。

 

 平穏は、彼女に痛みを伴う気づきをもたらした。

 ローラは悔いる。

 かつて自分が、本気で人間たちを救おうとしなかった事実を。その冷酷だった過去の己を。

 

 ある夜、ローラは耐えきれずに吐露した。

 自分がかつて、赤ん坊を見捨てたこと。

 美しい装甲の下には、救いようのないほどに醜い心が隠れていることを。

 軽蔑されると、罵倒されると思っていた。

 けれど、フェニはそっと彼女の冷たい手を、自らの温熱を帯びた手で握ったのだ。

 

フェニ: 『いいじゃん。気づけたんだから。僕が、君が震えた時に手を引いてあげる。あの日止まらなかった泣き声……これからは僕たち二人で、止めてあげようよ。ね?』

 

 あの日、ようやく見つけた「汚れ、傷ついても守るべき理由」。

 なのに、その理由を与えてくれた最愛の親友さえ、一年前に自分は守れなかった。

 

 

 

 

 現実の世界。

 苦痛に歪む視界の中で、ローラの聴覚が、目の前で泣きじゃくるベビーの声を捉える。

 ベビーに悪意は見られない。ただ、純粋に驚き、戸惑い泣き叫んでいるだけだ。

 

 

ローラ: (……(わらわ)はまた、救えるはずの命を、見捨てるのか!?……いいや、違う。今度こそ……今度こそッ!!)

 

 それは絶叫だった。かつて見捨てた赤ん坊への、そして守れなかった親友への償い。

 

ローラ: 「この泣き声を、力でねじ伏せてはならぬッ!! この声は……妾が、止めてみせるッ!!!」

 

 その強烈な「意志」に呼応するように、台座に安置されていた三つ目のフォー・パーツが激しく輝いた。

 パーツは自ら意志を持っているかのようにローラの右腕に激突。

 かつての傲慢と虚栄の象徴であった、美しい装甲を木っ端微塵に粉砕し、剥き出しのフレームへと強引に、接続された。

 

 ――ガチャンッ!!

 

 衝撃の中、ローラは目を見開いた。

 右腕に装着された『ダブレスト』。その武骨な本体は、燃えるような「赤」に染まっていた。

 中央に埋め込まれた青い宝石(コア)から、凄まじい熱量が全身へと駆け巡る。

 

ローラ: (この赤……まるで、フェニの炎のようだ……!)

 

 

 

 四角形の半透明なエネルギー障壁が、ローラの前に展開される。

 

 『ダブレスト』は、ローラの「何があっても守り抜く」という"がむしゃら"な気迫を純粋なエネルギーへと変換し、場を支配していた混乱の渦からローラを守った。

 

ローラ: 「下がっていろ、皆。……この子は、妾が救う。誰にも、指一本触れさせん」

 

ディスト: 「ローラ……!?」

 

クロはローラにだけ、プリミティベビーの放つ混乱行動を無効化されていることに気が付いた。

そして、なによりもローラの精神面での変化を感じ取っていた。

 

クロ: 「……分かりました。ディストさん、ワンダさん。退避しましょう。 今の彼女からは……かつてないほど強い『熱』を感じます。……彼女を信じましょう」

 

 

「オ ン ギ ャ ーーーーーーー!!オ ギ ャ ーーーー!!!オ ギ ャーーーーーーーーーーー !!!」

 

 絶叫は止まらない。ベビーは孤独という暗闇に怯え、その恐怖を叫びに変えてローラへ突進を繰り返す。

 

ローラ: 「……怖かったのだな。ずっと、独りで。……あの日、妾が手を差し伸べる事を躊躇した子も、お前のような声を上げていたのか」

 

 ローラはその猛攻を避けなかった。

 フェニの魂を宿したかのような「赤い腕」を掲げ、エネルギー障壁でベビーの突進を真っ向から受け止める。

 

ローラ: 「来い!! お前の痛み、すべて妾が受け止めてやる!!」

 

 激突。鈍い衝撃が走る。だが、ローラはそのまま、ベビーの小さな体を両腕で優しく包み込んだ。

 赤い装甲が、ベビーのオイルで汚れ、傷ついていく。けれど、今の彼女にとってそれは、何より誇らしい勲章だった。

 

ローラ: 「大丈夫だ……。妾がここにいる。もう、お前を独りにはさせん。お前の泣き声は……妾が、慈しみと共に、止めてみせるッ!!」

 

 最初は理解できずに暴れていたベビーだったが、ローラの力強く、生命力に満ちた温かな抱擁に触れ、次第にその強張った力が抜けていく。

 絶叫は小さなすすり泣きに変わり、やがて――深い安心感と共に、安らかな寝息へと変わった。

 

 

 

――数十分後。島を望む船着き場。

 

 

 

 眠るベビーをその胸に抱え、汚れを隠さぬ戦士の顔で戻ってきたローラの姿を見て、ワンダたちは息を呑んだ。

 

ワンダ: 「……なんか、クロさんの言った通りだね」

 

ローラ: 「……クロ殿が、何か言っていたのか?」

 

クロ: 「あなたから強い熱が……いや、氷が溶けた……という感じですかね、ローラさん。貴女は今日、誰かを守るための本当の『気高さ』を手に入れたようです」

 

 自責と傲慢に凍りついていたローラの心は、かつての罪と向き合い、一つの小さな命を救うことで、ようやく解け始めた。

 右腕に宿る「赤い盾」を愛おしげに見つめ、ローラは静かに誓う。

 失った親友への償いは、過去を嘆くことではない。目の前の哀しき命を、二度と見捨てないこと。

 その瞳には、かつての冷徹な光ではなく、優しく、けれど決して消えることのない慈愛の火が「情熱的に」灯っていた。

 

 

・ベビーが持っていた説明書の内容

 名称:『ダブレスト』

【挿絵表示】

 

 特性:守護(シールド)系統。

 「まもる」の熟練度を必要とするが、「がむしゃら」に呼応して性能が跳ね上がる特異パーツ。

 青い宝石から展開される四角形の防壁は、物理攻撃のみならず、マイナス症状をも遮断する。

                 By Dr.H

 

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[今回新しく登場したメダロット]

 

【プリミティベビー】

 メダロッ島の秘密施設に遺された謎の個体。孤独と恐怖から強力な混乱行動をまき散らしていたが、

 ローラによって救われ、彼女を「親」のように慕うようになる。

 

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◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

[機体解説]

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

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【キャラクター名】

 ローラ

 

【機体名】

 オーロラクイーン(右腕換装)

 

【公式/オリメダ区分】

 公式+オリジナルパーツ

 

【モチーフ(型式)】

 雪の女王型メダロット(QUN)

 

【パーツ】

[頭部]

 ブリザード/フリーズ(なぐる)

[右腕]

 ダブレスト/ぜったいガード(がむしゃら)

[左腕]

 フリーズ/フリーズ(がむしゃら)

[脚部]

 ソリスキー/二脚

 

【備考】

 フォーパーツ:ダブレストに右腕を換装したローラ

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【キャラクター名】

 ベビー

 

【機体名】

 プリミティベビー

 

【公式/オリメダ区分】

 公式(メダロット2、4など)

 

【モチーフ(型式)】

 赤ん坊(BAY)型メダロット

 

【パーツ】

[頭部]

 フラクチャー/フォース制御(そのほか)

[右腕]

 パストタッチ/混乱(そのほか)

[左腕]

 パストフィール/補助チャージ(おうえん)

[脚部]

 アンビリカル/浮遊

 

【備考】

 泣き声によって混乱行動を全方位に拡散する特殊個体

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第八話【三つ】終わり

 

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