ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクが『ヒーロー』になるまでの物語 作:猫禰捏涅
9.USJ①
少し時は過ぎ、『ヒーロー基礎学』のカリキュラムが行われる水曜日。
「今日のヒーロー基礎学だが…俺とオールマイト、そしてもう一人の三人体制で見ることになった」
諸注意のため教壇に立つ相澤に、瀬呂が手を挙げる。
「ハーイ!なにするんですか!?」
「災害水難何でもござれ、
『RESCUE』と書かれたカードを相澤が掲げる。教室が一気に騒がしくなった。
「レスキュー…今回も大変そうだな」
「ねー!」
「バカおめーこれこそヒーローの本分だぜ!?鳴るぜ!!腕が!!」
「水難なら私の独壇場、ケロケロ」
「おいまだ途中」
ギロリと相澤に睨まれ、今度は一気に静かになる。
「今回コスチュームの着用は各自の判断で構わない。中には活動を制限するコスチュームもあるだろうからな。訓練場は少し離れた場所にあるからバスに乗っていく。以上、準備開始」
壁から棚がせり出し、コスチュームのアタッシュケースが現れる。各々ケースを取りに行き、本校舎内の更衣室へと向かう。
「今日は一緒に着替えれるね!」
「うん!」
「ネリエルちゃん、全部着ける?私、今日はヘルメット無しで行こうかなあ」
「そうなの?あれすごく可愛いのに」
「レスキューなら、視界は広くしといたほうがいいかと思って!」
「それもそうね。私は…」
麗日がヘルメットはケースに仕舞ったまま、ジャンプスーツや手足の装備だけ身につけていく。
ネリエルはその隣でレオタードに着替え、鎧やブーツ、ゴーグルは身につけたものの、槍を装備するかどうかで少し迷っていた。
「それ、武器よな?」
「そう…ね。刃はないんだけど……うん、やっぱり装備していく。無いとちょっと落ち着かないから」
「いいと思う!なんかしっくりくる!」
背中に槍をくっつける。アタッチメントは向きを変えられるので、邪魔にならないよう槍を斜めにしてから更衣室を出た。
「バスはこちらですわ!」
「ヤオモモ張り切ってんねー」
「カワイイ!」
やる気に満ち溢れた様子の八百万に先導され、男子達と合流しつつバスが停まっている場所へと向かう。
「ん、デクくん体操服だ。コスチュームは?」
「戦闘訓練でボロボロになっちゃったから…修復をコスチューム会社がしてくれるらしくてね、それ待ちなんだ」
「バスの席順でスムーズにいくよう番号順に二列に並ぼう!」
「飯田くんフルスロットル……!」
飯田に言われた通り番号順で並んでバスに入ったものの、ネリエルが通学で使っている路線バスと同じ、壁沿いにも座席があるタイプだった。
「こういうタイプだったくそう!!!」
「イミなかったなー」
ネリエルは麗日と八百万が並んで座った後ろの席に耳郎と一緒に座った。耳郎がスマホを取り出し、音楽アプリを開いて見せてくる。
「ネル、これ聞いたことある?」
「ないかも…何の曲?」
「最近リリースされた新曲でさ、めっちゃいいんだよね」
「へー、聞きたい!」
「あ、ごめんイヤホンないや。自分の“個性”でいつも聞いてるからなー…てかネルってイヤホン持ってる?」
「えーと…持ってないね。必要な時は兄のを借りてる」
「……今度オススメのイヤホン教えるよ……ちっちゃい音で聞こ」
「ありがとう」
バスの中ではそれぞれ好きに喋っており、前方の向かい合っている座席では蛙吹が「私思ったことを何でも言っちゃうの、緑谷ちゃん」と緑谷に話しかけていた。
「あ!?ハイ!?蛙吹さん!!」
「梅雨ちゃんと呼んで。あなたの“個性”オールマイトに似てる」
「そそそそそうかな!?いやでも僕はそのえー」
「待てよ梅雨ちゃん、オールマイトはケガしねえぞ。似て非なるアレだぜ。しかし、増強型のシンプルな“個性”はいいな!派手でできることが多い!」
切島が腕を上げ、その部分をガチンと『硬化』した。
「俺の『硬化』は対人では強えけど、いかんせん地味なんだよなー」
「僕はすごくかっこいいと思うよ。プロにも十分通用する“個性”だよ」
「プロなー!しかしやっぱプロも人気商売みたいなとこあるぜ!?」
「僕の『ネビルレーザー』は派手さも強さもプロ並み」
「でもお腹壊しちゃうのはヨクナイね!」
青山の肩を芦戸がポンと叩く。
「派手で強えっつったら、やっぱ轟と爆豪だな」
「ケッ」
「爆豪ちゃんはキレてばっかだから人気出なそ」
「んだとコラ出すわ!!」
「ホラ」
蛙吹の鋭い指摘に爆豪が大声を出したため、耳郎のスマホから小さい音で流れていた曲が遮られた。耳郎が眉を顰めてスマホを仕舞う。
「あーもー。爆豪マジで瞬間湯沸かし器だね」
「あぁ゛!!?」
「クソを下水で煮込んでる感じだよな。この付き合いの浅さで既にそんな性格って認識されるとかすげえよ」
「てめぇのボキャブラリーは何だコラ殺すぞ!!」
「低俗な会話ですこと!」
「あっはっは!でもこういうの好きだ私」
「爆豪くん君本当口悪いな」
「もう着くぞ、いい加減にしとけよ…」
自動運転席の後ろから振り返った相澤に睨まれ、ほぼ全員が「ハイ!!」と声を揃えた。
「ここだ。さっさと降りろ」
バスが到着したのは、ガラスドームで覆われた超巨大施設の前だった。
大きな鉄扉を潜ると、広々としたエントランスに出る。そしてドームの中には、倒壊したビル群、土砂の山、険しい山岳、燃え盛る街、瓦礫混じりの水流や大きな滝等々、様々な災害現場が再現されていた。
「すっげーーー!!USJかよ!!?」
「水難事故、土砂災害、火事…
出迎えたのは宇宙服のようなコスチュームのヒーローだ。生徒達がわあっと盛り上がる中、『USJ』という単語に馴染みのないネリエルは首を傾げていた。
「スペースヒーロー「13号」だ!災害救助で目覚ましい活躍をしている紳士的なヒーロー!」
「わーーー私好きなの13号!」
麗日が嬉しそうに小さく飛び跳ねている。
13号は近寄った相澤と何事か話した後、生徒達の前に立って話し始めた。
「えー始める前にお小言を一つ二つ…三つ…四つ…。皆さんご存知だとは思いますが、僕の“個性”は『ブラックホール』。どんなものでも吸い込んでチリにしてしまいます」
「その“個性”でどんな災害からも人を救い上げるんですよね」
コクコクと麗日が激しく首肯している。
「ええ…しかし、簡単に人を殺せる力です。皆の中にもそういう“個性”がいるでしょう」
13号の言葉に、シンと生徒達が静まり返る。
「超人社会は“個性”の使用を資格制にし厳しく規制することで、一見成り立っているようには見えます。しかし、一歩間違えれば容易に人を殺せる、“いきすぎた個性”を個々が持っていることを忘れないでください。相澤さんの体力テストで自身の力が秘めている可能性を知り、オールマイトの対人戦闘でそれを人に向ける危うさを体験したかと思います」
黒いヘルメットで表情は分からないが、13号の声が明るくなる。
「この授業では…心機一転!人命の為に“個性”をどう活用するかを学んでいきましょう。君たちの力は、人を傷つける為にあるのではない、救けるためにあるのだと心得て帰って下さいな。以上!ご清聴ありがとうございました」
「ステキー!」
「ブラボー!!ブラーボー!!」
ペコリと深くお辞儀をした13号に、生徒達から大きな拍手が贈られる。
「カッコいいヒーローね!」
「でしょ!?」
「そんじゃあまずは……」
麗日はうっすらと上気した頬でネリエルの言葉に勢いよく振り返った。
クラスは和やかな雰囲気だが、合理主義が極まっている相澤は淡々と次に進めようとどこかを指差している。
しかしその言葉が不自然に途中で止まり、欄干にもたれ掛かっていた体に一気に力が入った。
「一かたまりになって動くな!!!」
「え?」
「13号!!生徒を守れ!!」
鋭い声で飛ばされた指示に、13号が生徒達を背に庇って構える。
「何だアリャ!?また入試ん時みたいなもう始まってんぞパターン?」
「アレ何かな、黒いモヤ…?」
「………」
生徒達はざわざわと騒めき、黒い靄が広がってそこから誰かが這い出すのを眺めている。ネリエルは視線を鋭くし、背中の槍に手をかけた。
「動くな、あれは
生徒の演習のためにしては、禍々しすぎる外見の者達。
相澤がゴーグルをかけながらそう断言した時、黒い靄の中に黄色く光る眼が現れ、
「13号に…イレイザーヘッドですか…。先日
「やはり先日のはクソ共の仕業だったか」
黒い靄から出てきた
(まるで、悪意そのもののような……!)
「どこだよ…せっかくこんなに、大勢引きつれてきたのにさ…オールマイト…平和の象徴…いないなんて…」
ネリエルの
「子どもを殺せば、来るのかな?」
『手』に遮られ、男の顔は見えない。だがその悪意に満ち満ちた視線が、戦闘態勢に入ったイレイザーヘッドではなく生徒達のほうへと向けられたことは明白だった。
「
「先生、侵入者用センサーは!」
「もちろんありますが…!」
「現れたのはここだけか、学校全体か…何にせよセンサーが反応しねぇなら、向こうにそういうこと出来る“
数十人の
「校舎と離れた隔離空間、そこに
「13号避難開始!学校に
捕縛布を握るイレイザーヘッドが、
「上鳴、お前も“個性”で連絡試せ」
「っス!」
「先生は!?一人で戦うんですか!?あの数じゃいくら“個性”を消すっていっても!!イレイザーヘッドの戦闘スタイルは敵の個性を消してからの捕縛だ、正面戦闘は……」
緑谷の言葉に、ざわりと髪の毛を逆立てたイレイザーヘッドがほんの少しだけ振り向いた。
「一芸だけじゃヒーローは務まらん。13号!任せたぞ」
13号の返答を待つことなく、イレイザーヘッドはエントランスから飛び降り、真正面から
その姿に、
穴の空いた指先や頭を向けているのは遠距離に届く“個性”持ちだろうが、その“個性”は発揮されなかった。
捕縛布が複数の
ゴツゴツとした肌の異形型“個性”の
よろめいた足は捕縛布で巻き上げ、後ろから殴りかかってきていた
「先生、通信ダメだジャミングされてる!」
「ともかく皆まとまって動いて!」
「すごい…!多対一こそ先生の得意分野だったんだ」
「分析してる場合じゃない!早く避難を!!」
「緑谷くん、早く___、ッ!」
イレイザーヘッドの戦闘に気を取られてしまっている緑谷に声をかけた瞬間、ぞわりと嫌な予感がしたネリエルは、“個性”を発動して四足になりながら飛び退いた。
「させませんよ」
ブワリと広がる闇。
「初めまして、我々は
丁寧な口調で『平和の象徴』の殺害を示唆した黒い靄___
「本来ならばここにオールマイトがいらっしゃるハズ…ですが、何か変更あったのでしょうか?まあ…それとは関係なく…私の役目は、これ」
「っ、来る…!」
靄が広がり始める。13号が“個性”を使う為にか指先を構えるが、その眼前に二人の人影が飛び出す。
そのまま『爆破』と『硬化』した腕で靄に攻撃を浴びせたのは、爆豪と切島だ。
「その前に俺たちにやられることは考えてなかったか!?」
「危ない危ない……そう、生徒といえど優秀な金の卵」
だが、効いていない。靄は何の問題もなく広がり続けている。
「ダメだ、どきなさい二人とも!」
「散らして、嬲り、殺す」
「下がって!!」
近くにいる生徒の腕を掴んで退がろうとしたネリエルの手は、大きく広がった黒い靄に阻まれた。
「く…っ!」
槍で靄を振り払おうとするも、全身が靄へと吸い込まれていく。ふわりと浮かぶような感覚と共に、靄の中を体がすり抜けていく。
「っ、な」
靄を通り抜けて晴れた視界の先に広がっていたのは、エントランスから遠くに見えていた土砂災害の再現現場だった。
ネリエルの体はその上空に放り出されており、靄の“個性”の正体を悟る。
「ワープの“個性”…!」
空中で体勢を整えつつ、素早く周囲を見回す。すぐそばにもワープゲートができており、赤と白の髪___轟が吐き出されたところだった。
眼下の土砂災害ゾーンには、何十人もの
「
近くを共に落ちている轟が低く呟いた。
「っ…ちょっと…!」
「へっへっへ、来た来た!」
「おっとぉ、カワイ子ちゃんもいるじゃねぇか!こりゃ当たりだな」
轟よりも、ネリエルのほうがほんの少しだけ地面への到達が早い。
ドガン!!と四足で地面を陥没させながら着地したネリエルは、落下のエネルギーをそのまま上に持ち上げるようにすぐさま高く跳び上がった。
「凍っとけ」
「ヒヒヒ…っぎゃぁああ!!?」
「氷ィイイイイ!!?」
足からの冷気の放出により落下速度を緩めながら、同時に数十人の
効率的かつ、無慈悲。だが、隣にいたネリエルのことは目に入っていなかったのか、入っていても考慮していなかったのか、無差別で大雑把な攻撃だった。
ネリエルは小さくため息をつきながら空中で“個性”を解き、氷結がそれほど及んでいない轟の背後にストンと着地する。
「子ども一人になさけねぇな」
「っ…!」
「しっかりしろよ。大人だろ?」
「………」
ネリエルが一度“個性”を解き、体重の軽い姿で着地したのは
注意深くあたりを見回しながら耳を澄ませ、氷結が及んでおらず動ける
「…奥に一人。轟くん」
「……何だ」
「ここは任せていい?奥の岩陰に誰かいるから、確認するわ」
「…問題ねえ。俺は
微かにした足音が動く様子はない。それでも油断なく槍を構えながら『カモシカ』の四足となったネリエルを、轟が一瞥する。その目は昏く沈んでおり、クラスメイトに向けるような視線の温度ではなかった。
「轟くん。
「……競争相手だ。間違っちゃいねえだろ」
「…そう」
(できれば仲良くしたいんだけどなあ)
無理かもしれないとネリエルは内心でため息をつきながら、氷結を割らないよう気をつけつつ歩き出した。
「おんっ…なァアアアアアアアア!!!」
「!」
ネリエルが傍を通った瞬間、大柄な男が筋肉を隆起させて氷結を割り砕き、襲いかかってきた。
無理に足を氷から剥がしたことで血が噴き出しているが、気にする様子もなく目を血走らせている。
「女女女女女女ァアアアア!!!」
ネリエルは表情を変えることなく、巨体を冷静に見据えて槍を構える。
「はっ!」
穂先の狙いを男の顎に定め、一閃。
「ぉ、がぁ…っ!」
脳を揺らされた
振り向くと、足先を
「……俺でも対処できた」
「私がやるほうが早かったでしょう。そのままお願いね」
トン、と地面を蹴って駆け出す。轟からは対抗意識を持たれているようだったが、ネリエルにとって今はそれどころではない。
槍を腰の位置に構えたまま、足音が聞こえた場所へと早足で進む。いざとなれば突撃できる構えだ。
「あっネルちゃん!ネルちゃーん!私だよー!」
ネリエルが近づいた先、岩陰から飛び出してきたのは宙に浮かぶ手袋と靴、葉隠だった。
「あっ!透ちゃんだったのね!足音がしたから来たんだけど…」
「うん!この辺にはもう
足音の正体が分かってからも周囲の警戒は続けていたが、確かに葉隠以外の人の気配はしない。ネリエルはほっと息を吐き、葉隠に体の側面を向けて、そちら側の前脚を曲げた。
「よかった…!体も冷えちゃうから早く離れましょう。乗って、透ちゃん」
「わーい!こんな時に不謹慎かもだけど、乗ってみたかったんだよね!」
葉隠は足をネリエルの蹄にかけ、腕を掴んで体を引き上げられてネリエルの背に跨る。
「よい、しょと!オッケー!あ、でも轟くんはいいの?」
「
「相澤先生も、まだ戦ってるのかな…心配だよ」
「ええ。…透ちゃん、このまま崖を降りるから私の腰に手を回して。絶対離さないでね!」
「分かった!」
見えないが葉隠の腕が腰に回されたことを感触で確認して、右手の槍でバランスを取り、左手を後ろに回して葉隠の体を支えながら駆け出す。
「わ、わ…、すごっ!」
「舌を噛まないように!」
「うん!」
土砂災害ゾーンはその名の通り崩れた土砂が全体に広がり、所々に落石を再現したらしい大岩が置かれている。
ネリエルは、
ゾーンを区切っている柵も軽く飛び越え、コンクリート造りの平坦な地面にたどり着いた時には、背中の葉隠がほっと安堵の息を吐いた。
「うーっ今更震えてきた…。
「怪我がなくて良かった。エントランスは…あっちね」
葉隠を背に乗せたまま、ネリエルはエントランスを目指して再び駆け出す。
土砂災害ゾーンからエントランスの間にはセントラル広場があり、噴水を中心に植木が並んでいるため、二人が降り立ったところからはエントランス方面はよく見えない。
ネリエルはセントラル広場の花壇に沿って駆けて行き、
「___っ!」
「ぅわ!?」
イレイザーヘッドが戦っていた場所を視認した瞬間、急停止した。
「っ、なん」
「静かに!」
咄嗟に横に跳び、植木の後ろに身を隠す。背中の葉隠が動いてネリエルの肩越しに広場とエントランスの間を見たらしく、彼女が息を呑む音が聞こえてきた。