ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクが『ヒーロー』になるまでの物語   作:猫禰捏涅

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11.USJ③

「___っ!!!」

 

跳ぶよりも、走り出すよりも、反射的に素早くできること。

ネリエルはほとんど無意識のうちに“個性”を解除しながら身を丸めた。

 

「っあ゛ぁっ!!」

 

怪人の拳は“個性”が解ける直前の後ろ脚を掠った。そのごく僅かな接触だけで体が吹き飛ばされる。

 

「先生!!!ネリエルさん!!!」

 

勢いよく地面に叩きつけられ、意識が遠のく。二本に戻った脚の左からついにバキリと骨が完全に砕けた音がして、その痛みが意識を現実に引き戻した。

 

「ぐ、ぅ___!」

 

背から放り出された相澤がそばに倒れている。ネリエルは歯を食いしばりながら相澤の服を掴み、地面を蹴って横に転がった。

一瞬前までネリエルと相澤がいた場所に追撃の拳が突き刺さり、地面が大きく陥没する。

 

「やめなさい!!!」

 

オールマイトがネリエルの前に現れ拳を受け止めたことで、怪人の動きが止まる。

 

「卑怯な…!!!」

「仲間を救ける為さ、しかたないだろ?」

「……『抹消』が解けましたね」

 

爆豪と相澤を排除し、『ワープゲート』の奪還という命令は達成されたからか、怪人は一度退いた。

『ワープゲート』が起き上がりながら黒い靄を展開し始めている。『手』の(ヴィラン)が緑谷を指差した。

 

「さっきだって、ホラそこの…あー……地味なやつ。あいつが俺に思いっきり殴りかかろうとしたぜ?他が為に振るう暴力は、美談になるんだ。そうだろ?ヒーロー?」

 

ヘラヘラとした態度で、オールマイトに向かって手のオブジェに彩られた腕を広げる。

 

「俺はな、オールマイト!怒ってるんだ!同じ暴力がヒーローと(ヴィラン)でカテゴライズされ良し悪しが決まる、この世の中に!!何が平和の象徴!!所詮抑圧の為の暴力装置だおまえは!!暴力は暴力しか生まないのだと、おまえを殺すことで世に知らしめるのさ!」

 

(ヴィラン)の演説に、口元の血を拭ったオールマイトが笑う。

 

「めちゃくちゃだな。そういう思想犯の眼は静かに燃ゆるもの。自分が楽しみたいだけだろ、嘘つきめ」

「バレるの、早…」

 

哄笑する声は悪意に満ちていた。

 

「先生…!」

 

ネリエルは(ヴィラン)の動向から目を離さないようにしながら腕で体を起こし、相澤の元へ這っていく。

 

「…ざ、がれ…!」

 

相澤の意識はあった。うわごとのような呟きは、ネリエルにも緑谷達四人にも向けたものだろう。

だがネリエルは無視して相澤の下に肩を入れ、体を持ち上げて無理矢理頭を上向かせた。広げた『ワープゲート』を霧散させられた黒い靄が、苛立ったように揺らぐ。

 

「しぶとい……!」

「いいさ…どうせインターバルがある」

「先生、あんな状態で…!っでもこれでモヤは対処できる!!」

「3対5だ」

「とんでもねえ奴らだが、俺らでオールマイトをサポートすりゃ…やれる!!」

「ダメだ!!!逃げなさい」

 

構えた轟と緑谷、切島の前にオールマイトが一瞬で移動し、その背に生徒達を庇った。

 

「……さっきのはサポート入らなけりゃやばかったでしょう」

「オールマイト、血……それに時間だってないはずじゃ、……」

「それはそれだ轟少年!!ありがとな!!しかし大丈夫!!プロの本気を見ていなさい!!」

 

「脳無、やれ。俺は子どもをあしらう。クリアして…帰ろう!」

 

『手』の(ヴィラン)と怪人が駆け出す。

同時に恐ろしいほどの気迫を纏ったオールマイトが飛び出し、怪人の拳に自身の拳を真正面からかち合わせた。

 

「『ショック吸収』って…さっき自分で言ってたじゃんか」

「そうだな!」

 

『手』の(ヴィラン)がオールマイトを避けるようにバックステップして退く。言葉通り、オールマイトの拳は完全に勢いを殺されて受け止められていた。

だが、オールマイトは怪人に何発もの拳を叩き込み始めた。怪人もまたそれに対応して連続でパンチを放つ。

 

「真正面から殴り合い!?」

 

一発ごとに突風が起きるほど強烈なパンチの撃ち合いが続く。

 

「『無効』でなく『吸収』ならば!!限度があるんじゃないか!?私対策!?私の100%を耐えるなら!!さらに上からねじふせよう!!」

 

さらに殴り合いはより速く、より強くなっていく。

 

「ヒーローとは常にピンチをぶち壊していくもの!」

 

怪人が徐々に押されている。オールマイトのラッシュを捌ききれなくなり、体がのけ反る。

 

(ヴィラン)よ、こんな言葉を知ってるか!!?」

 

オールマイトは大きく右拳を後ろに引きながら、怪人の懐に潜り込んだ。怪人の拳は指が解け、ボディはがら空きになっている。

 

Plus Ultra(更に 向こうへ)!!」

 

ドッ、と怪人の腹に拳が突き刺さり、巨体が天井のガラスドームを突き破る。

飛んでいくのが見えないほどの速度で殴るオールマイトの埒外のパワーをもって、脅威は彼方に吹き飛んだ。

 

「やはり衰えた。全盛期なら5発も撃てば充分だったろうに……300発以上も撃ってしまった」

 

オールマイトはあちこちから血を流しながらも、笑みを絶やすことなく立っている。

 

「さてと(ヴィラン)、お互い早めに決着つけたいね」

「チートが…!」

 

『手』の(ヴィラン)は忌々しげに低く唸った。

 

「衰えた?嘘だろ…完全に気圧されたよ……よくも俺の脳無を…チートがぁ…!全っ然弱ってないじゃないか!!あいつ(・・・)…俺に嘘教えたのか!?」

 

ガリガリと首筋を引っ掻く(ヴィラン)の足は止まっている。だがその隣で、「黒霧」と呼ばれていた『ワープゲート』の靄が再び広がり始めていた。

 

「っ先生、意識は……っ、だめか!」

 

相澤は意識を落としてしまっていた。ダメージを考えれば、何故ここまで保てていたのか不思議なほどだ。

ネリエルは片腕と片脚で体を起こし、何とか相澤を担ぎながら立ち上がる。

 

「どうした?来ないのかな!?クリアとかなんとか言ってたが…出来るものならしてみろよ!!」

「うぅうぉおおぉおおぉおおぉお……!!」

 

『手』の(ヴィラン)の腰が引けているうちに、相澤の体を引きずりながらジリジリと動き出す。

ちらりと視線を向けた先、彼らもまたオールマイトに気圧されたのか足が止まってしまっていた生徒四人のうち、轟と切島が動き始めていた。

 

「さすがだ…俺たちの出る幕じゃねえみたいだな…」

「緑谷!ここは退いたほうがいいぜもう!却って人質とかにされたらやべェし…」

 

ネリエルはふらつく体でエントランスに続く階段の麓にたどり着いたが、そこでドウ、と倒れてしまった。

何度も無理に動かしたせいで、左脚が骨折以上に潰れて使えなくなっている。朦朧とする意識の中、階段の上から顔を出した麗日がネリエルに気づいて目を見開いた。

 

「ネリエルちゃん!先生!!」

「お茶、子…ちゃん…」

「今浮かせるから!!」

「ケロ、運ぶわ」

 

階段を駆け下りてくる麗日の後ろには蛙吹も続いている。

泣きそうな表情になった麗日の指先が、ネリエルと相澤に触れる。

ふわりと体が浮き上がり、体重がかからない分ほんの少しだけ痛さがマシになったネリエルは僅かに微笑んだ。

 

「私たちのことは逃がしたのに…」

「うぅう〜〜…!!」

「……っ、う……」

 

蛙吹が悲しげに眉を下げ、麗日が言葉にならない声を上げている。

 

(私って、こんなに痛みに弱かったかな)

 

鋭い痛みのせいか、思考が散らばる。ネリエルは二人に何か答える余裕すら無くなってきていた。

その時、エントランスの鉄扉がガゴリと重い音を立てる。

 

「えっ、…!」

 

扉の奥から銃口が突き出される。目にも止まらぬ速さでトリガーが何度も引かれ、あらゆる方向に向けて銃弾が放たれる。

 

「来たか!!」

「ごめんよ皆、遅くなったね。すぐ動ける者をかき集めてきた」

 

油断なく銃を構えているのはテンガロンハットのヒーロー___スナイプでその側に扉の奥から飯田が飛び出して来た。

 

「飯田くん…!」

「1-Aクラス委員長飯田天哉!!ただいま戻りました!!」

 

続々とヒーローであり教師である者達が現れる。全員が戦闘態勢を取り、広場の(ヴィラン)を睨む。

 

「あーあ、来ちゃったな…ゲームオーバーだ…帰って出直すか、黒霧……っぐっ!!!」

 

『手』の(ヴィラン)の両脚が撃ち抜かれた。

 

「この距離で捕捉可能な“個性(やつ)”は___…」

 

さらに銃弾が追撃するも、『手』の(ヴィラン)を守るように『ワープゲート』が広がっている。その時、突然靄が一方向に向かって引っ張られ始めた。

 

「!? これは…」

「僕だ…!!!」

 

コスチュームの背中が砕けて血塗れになっている13号が、うつ伏せのまま指先を『ワープゲート』に向けて『ブラックホール』で靄を吸い込んでいた。

 

「今回は失敗だったけど……」

 

だが、あと一歩足りない。『ワープゲート』の中に『手』の(ヴィラン)が飲み込まれていく。

 

「今度は殺すぞ……平和の象徴、オールマイト」

 

その言葉一つを残して、(ヴィラン)はかき消えた。

 

憎悪そのものが煮凝ったような言葉と声に、ほんの少しの間だけ全員が無言になっていた。

 

「なんてこった…」

「これだけ派手に侵入されて逃げられちゃうなんて…」

「完全に虚を突かれたね…。それより今は生徒の安否さ」

 

ネズミのようなクマのような生物___雄英高校校長である根津が、ブラドキングの肩から下ろされる。セメントスが「それと…」と言いながら階段を降りて行った。

 

「イレイザーヘッド…!酷い怪我だ!!」

「13号!意識はあるか!?」

「ネリエルさん、貴女もすぐリカバリーガールのところに!」

「コノ浮イテルノハ麗日ノ“個性”ダナ?」

「っは、はい…!…っう゛、ぅ〜…!」

 

無重力(ゼログラビティ)』状態の二人の服を掴んで引き留めながら、麗日の瞳に涙が浮かんで顔がくしゃりと歪む。

 

「…お茶子、ちゃん…」

 

泣かないで、という言葉は声にならなかった。麗日に向かって手を伸ばそうとしたが、腕に力が入らない。

 

「……ぅ……」

 

ネリエルはそこで意識を失った。

 

「……ネリエルちゃん?ネリエルちゃん!?」

「気を失っただけだ!すぐに運ぶ!」

「麗日さん、“個性”を解いて!大丈夫よ、あとはこちらで対応するわ」

「…ぅ、あ、はい…」

 

麗日が指先の肉球を合わせると『無重力(ゼログラビティ)』が解除され、相澤はブラドキングが、ネリエルはミッドナイトが受け止める。

13号はハウンドドッグが抱えて搬送ロボにうつ伏せのまま乗せていた。

 

「貴女達は集まって、点呼を取っていて!」

「もう大丈夫だからな!すぐに警察が来るから、そちらの指示に従っていなさい」

 

相澤は両腕の骨がぐちゃぐちゃに砕かれ、頭部からの出血もまだ止まり切っていない。ネリエルの左脚は、右脚に比べて明らかに短く見えるほど潰れていて血塗れになっており、生徒達にまじまじと見させられる状態ではなかった。

ブラドキングとミッドナイトは指示を出すとすぐさま踵を返して、生徒達の目から隠すようにしながら搬送ロボに二人の体を乗せた。

 

「頭部からの出血がある、出来るだけ揺らさずに」

「だが急いで運べ!」

『I know』

「俺が付き添います!!」

 

小声での命令に従い、搬送ロボが振動を抑えながら走行する。ロボのスピードについていける“個性”を持つハウンドドッグが付き添い、USJからの長い道のりを走破して本校舎一階の保健室に飛び込んだ。

 

「リカバリーガール!!」

「来たね。すぐやるよ」

 

搬送ロボに乗せられたままの三人にリカバリーガールが近づく。

 

「チユ〜〜〜!!!チユ〜〜〜!!!チユ〜〜〜!!!」

 

リカバリーガールの“個性”である『治癒』が全員に施された。

ネリエルの左脚が少し伸びて元の長さになる。相澤の頭部からの出血が止まり、両腕がぎりぎり腕の形を取り戻した。だが、13号の背中からの出血は止まったものの裂傷はほとんど塞がっていない。

 

「13号はここまでだ。これ以上やる前に外科的処置が必要だね、ガラス片がかなり刺さっちまってるよ」

「やはりですか…!!」

「それとこっちの二人は…」

 

ペンライトを取り出したリカバリーガールが、相澤とネリエルのの瞼を順に開けて光を当て、顔を顰める。

 

「二人とも恐らく頭を打ってる。体力もかなり消耗してるようだから、これ以上の『治癒』も危険だ。救急車は呼んでるね?すぐに三人とも搬送するよ」

「分かりました!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「16…17…18……、生徒はあの二人を除いて……ほぼ無事か」

 

ネリエルと緑谷を欠いて警察官らの前に並ぶA組の生徒達は、ほとんど全員の顔が暗く沈んでいる。

 

「ネルちゃん……先生……」

「葉隠さん…」

「…あの時、アレ(・・)を止めてれば…でも……」

 

途中までネリエルと行動していた葉隠は、透明であっても察せられるほど顔色を悪くして落ち込んでいた。

 

「僕がいたとこはね…どこだと思う!?」

「そうか、やはり皆のとこもチンピラ同然だったか」

「ガキだとナメられてんだ」

「どこだと思う!?」

「どこ?」

「秘密さ!!」

 

普段と変わらず妙なテンションの青山は、ほぼ全員からスルーされている。

 

「とりあえず生徒らは教室へ戻ってもらおう。すぐ事情聴取ってわけにもいかんだろ」

「刑事さん。先生達と、ネルちゃんは……」

「…少し待ってくれ。病院に確認する」

 

蛙吹に尋ねられ、トレンチコートを着た刑事が病院に電話をかける。ネリエル達の容態を聞き、音声をスピーカーにして生徒達に向ける。

 

『全員、命に別状はありません。

イレイザーヘッドさんは両腕粉砕骨折、顔面骨折…ですが、幸い脳系の損傷は見受けられませんでした。

ネリエル・トゥさんは、左脚の疲労骨折と一部開放骨折、筋肉の断裂がありますが、腱は傷ついていません。角に隠れていましたが頭部に傷があったので、念のため精密検査を行っています。

13号さんも背中以外に大きな怪我はなし、裂傷の処置も問題なく完了しました。

体力の回復を待つ必要はありますが、あとはリカバリーガールの『治癒』でほぼ完治します。三名とも、後遺症なく復帰できるでしょう』

 

「だ、そうだ」

「よかった……!」

「っほ、ほんとに、よかった〜…!」

「ケロ……」

 

刑事はスマートフォンを操作して、メッセージを読み上げる。

 

「保健室のほうからも連絡がきた。オールマイトも命に別状なし。彼に関してはリカバリーガールの『治癒』で十分処置可能とのことで、そのまま保健室で療養する。それと…生徒の、緑谷くんか。彼も保健室で間に合うそうだ」

「デクくん…!よかった!」

「緑谷くん……!」

「私も保健室に用がある。三茶(さんさ)!あと頼んだぞ」

「了解」

 

顔が猫そのものの刑事が敬礼し、A組の生徒達をUSJから出るよう誘導する。後には大人達だけが残った。

 

「セキュリティの大幅強化が必要だね」

「ワープなんて“個性”、ただでさえものすごく希少なのによりによって(ヴィラン)側にいるなんてね…」

 

根津校長のつぶやきに、ミッドナイトがぼやく。

 

「塚内警部!約400m先の雑木林で、(ヴィラン)と思われる人物を確保したとの連絡が!」

「様子は?」

「外傷はなし!無抵抗でおとなしいのですが…呼びかけにも一切応じず口がきけないのではと………」

 

警官の報告は、『脳無』と呼ばれていた怪人のことだ。

トレンチコートの刑事、塚内が根津校長に向かって身を屈める。

 

「校長先生、念の為校内を隅から隅まで見たいのですが」

「ああ、もちろん!一部じゃとやかく言われているが、権限は警察の方が上さ!捜査は君たちの分野!よろしく頼むよ!」

「協力感謝します。すぐに捜索部隊の編成を!……それと校長、もう一つ」

「ああ…あの件(・・・)だね?」

「はい。どう発表するかだけでも、決めておくべきかと」






イレイザーヘッドにはこれからもいっぱい活躍してもらいます!!


○『カモシカ』のデメリット
どこからともなく出て来ているように見える後ろ脚ですが、肉体を増強させているだけなのでダメージは当たり前に受けます。さらに、その状態で“個性”を解除すると、元の脚にダメージがフィードバックされてしまいます。
ヒビの入っていた脚の骨が“個性”を解除した瞬間にばっきり折れてしまったのは、後ろ脚に受けたダメージのフィードバックでトドメを刺されたためです。
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