ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクが『ヒーロー』になるまでの物語   作:猫禰捏涅

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体育祭編
14.前準備


「ネルー、相澤先生から電話で伝言が来たんだが」

「え、先生から?というか、いつの間に連絡先交換してたの!」

「そりゃ昨日だよ。それより、今日の朝HR(ホームルーム)に行く前に保健室に寄って、リカバリーガールに体調を診てもらってから教室に行ってください、だってさ」

「ああ、なるほど。オッケー!じゃあ行ってきます!」

「バワバワ!」

「はーい、行ってらっしゃい」

 

退院して夜は自宅で過ごした翌朝、ペッシェから相澤の伝言を伝えられ、ネリエルは軽く返事をして家を出た。

バスで終点の雄英高校まで行き、停留所に降りる。バスの中でもそうだったが、バスを降りて保健室に向かう時も、いつもより向けられる視線が多いような感覚をネリエルは覚えていた。

 

(1-Aが(ヴィラン)に襲われたこと、もう噂になってるんだろうな。取材とかもあったのかな?)

 

できる限り気にしないようにしながら保健室へと向かい扉をノックすると、「はい、いらっしゃい」とすぐにリカバリーガールが迎えてくれた。

 

「昨日の夜ご飯と今日の朝ご飯はしっかり食べてきたかい?」

「はい、食べてきました。おかわりもしちゃいました」

「うん、いいことだね。どこかおかしく感じる場所はないかい?」

「どこもないです」

「それならよろしい。これからもしっかり三食食べるんだよ。ほら、ペッツも持っておいき」

「わーい!ありがとうございます」

 

簡単な問診と触診だけでリカバリーガールからは問題なしとのお墨付きが出た。

ころんと手に持たされたペッツはおやつにしようとポケットに入れると、保健室の扉がトントンとノックされる。

 

「はい、お入り」

「失礼します、リカバリーガール。…それと、ネリエル少女」

「オールマイト!?あっ、相澤先生も!」

 

保健室に入ってきたのは大きな体をどことなくきゅっと縮めているオールマイトと、その後ろでまだギプスの外れていない両腕を吊るしている相澤だった。ネリエルは慌てて椅子から立ち上がる。

 

「朝早くからすまない、ネリエル少女。どうしても謝らせてもらいたくてね」

「え、そんな…」

「君が爆豪少年の次にあの怪人のターゲットになってしまった時。助けに入るのが遅くなってしまって、申し訳なかった。そもそもUSJへと行くのが遅くなったことも、大変申し訳ない」

 

ぺこりとオールマイトの頭が下げられる。金色をした二本の触角もどこか萎れているような気がした。

 

「……わかりました。私も、相澤先生の指示を無視して飛び込んでしまったので…ごめんなさい」

「しかしそれは…いや、やめておこう。ではお互いありがとうということにしようか!」

「はい、そうですね。オールマイト、来てくれてありがとうございました。あの時、すっごく安心しました」

「そうか…!それならよかった!!」

 

顔を上げたオールマイトがパッと笑顔になる。白く光る歯が眩しい。ネリエルはオールマイトに一歩近づき、そっと手を差し出す。

 

「握手、いいですか?オールマイトのファンになっちゃったので」

「ああ!もちろんいいとも!」

 

オールマイトはネリエルの手をしっかりと握り、「頑張ってくれてありがとう」と笑顔で言った。分厚く温かなヒーローの手のひらだった。

 

「話は終わったな?オーデル、さっさと教室に行くぞ」

「相澤くん…!情緒ってものを…!」

 

淡々とした声をかけられオールマイトが悲しそうにしながら振り返るも、相澤は包帯の取れた顔で呆れた表情をした。

 

「それよりクラスメイトと話したいでしょうよ」

「ウッ…!そ、そうだよね。引き留めてすまない、ネリエル少女!」

「あはは…そんなことないですよ、オールマイト」

「遅れる。はよ」

「はあい。じゃあまた、授業で!」

「ああ!」

 

相澤に急かされ、オールマイトに挨拶をして保健室を出る。

すたすたと前を歩いていく相澤に、本当に両腕以外は元気であることが分かってネリエルはそっと安堵の息を吐いた。

 

「皆ー!!朝のHR(ホームルーム)が始まる席に着けー!!」

「あ、飯田くんだ」

 

1-Aの教室に近づくと、元気な飯田の声が廊下にまで聞こえてきた。相澤がギプスの先から出ている指で扉をスッと開けて入っていく。

 

「お早う」

「相澤先生復帰早えええ!!!」

 

相澤の姿に驚いているクラスの中に、ひょこりと顔を出す。

 

「皆、おはよう!」

「ネル!!」

「ネリエルちゃん!!?」

「ネルちゃんっ!!!」

 

ガタガタガタッ、と何人かが席から立ち上がった。壁側の端の席から椅子を蹴り倒す勢いで立ち上がって駆け寄ってきたのは葉隠だった。

 

「ネルちゃん!!」

「わ、っと!」

 

勢いよく飛びついてきた葉隠の体を受け止める。透明の頭がぐりぐりと肩口に押し付けられている感触がする。

 

「…透ちゃん。心配かけてごめんね。もうすっかり元気だから」

「うぅ〜!!あの時ネルちゃんを見送っちゃった私の心は元気じゃないんだよう!!」

「ああ…ごめんなさい。どうしたら元気になってくれる?」

「……一緒にカフェ行ってお茶して、おしゃべりしてくれたら…」

「うん、分かった。早速今日の放課後にでも行く?」

「行くぅ……」

「おい、もうHR(ホームルーム)始めるぞ。休み時間に話せ」

 

相澤の低い声に葉隠が渋々とネリエルから離れる。「また後で」と声をかけて振り向くと、席から半分立ち上がりかけている芦戸や蛙吹、耳郎、麗日が不満そうな顔をしていた。

 

「相澤先生、私も声をかけたかったのに…」

「ウチも…」

「ありがとう。また後で話そ?」

 

自分の席に向かいながら彼女達にそう約束する。

 

「ぐだぐだやってる暇はないぞ。次の戦いがすぐそこだ」

「戦い?」

「まさか…」

「まだ(ヴィラン)がーーー!!?」

「雄英体育祭が迫ってる!」

「クソ学校っぽいの来たあああ!!」

 

『戦い』という言葉に何人かは怯えた反応をしたが、続く相澤の言葉にホッとした空気になる。だが、何人かは慌てて手を挙げた。

 

「待って待って!(ヴィラン)に侵入されたばっかなのに大丈夫なんですか!?」

「逆に開催することで、雄英の危機管理体制が万全だと示す…って考えらしい。警備は例年の五倍に強化するそうだ。何より雄英(ウチ)の体育祭は……最大のチャンス(・・・・・・)(ヴィラン)ごときで中止していい催しじゃねえ」

 

あの凶悪な怪人や不気味な『手』の(ヴィラン)を「ごとき」と断言した相澤に、目を丸くした麗日がネリエルを振り返った。

 

「あれ、ネリエルちゃん驚いてないね…!?」

「あ、うん。昨日病院で先生達と話した時に聞いてたの。私は楽しみにしてたからすごく嬉しい」

「そうなんや…。全国からスカウトも来るって話やもんね…」

「ウチの体育祭は日本のビッグイベントの一つ!かつてはオリンピックがスポーツの祭典と呼ばれ全国が熱狂した。今は知っての通り規模も人口も縮小し形骸化した…そして日本に於いて今「かつてのオリンピック」に代わるのが、雄英体育祭だ!」

資格取得(そつぎょう)後はプロ事務所にサイドキック(相棒)入りが定石(セオリー)だもんな」

「そっから独立しそびれて万年サイドキックってのも多いんだよね。上鳴あんたそーなりそう、アホだし」

「くっ!!」

 

耳郎になかなかに辛辣なことを言われ、上鳴が机に沈んだ。

 

「当然、名のあるヒーロー事務所に入った方が経験値も話題性も高くなる。時間は有限、プロに見込まれればその場で将来が拓けるわけだ。年に一回…計三回だけのチャンス。ヒーロー志すなら絶対に外せないイベントだ」

 

クラスメイト達の顔が引き締まる。ネリエルも顔を引き締めながらも少し微笑み、髪につけたリボンを指先でくるりと弄った。

 

「ここから二週間は体育祭への準備期間になる。基本的にはそれぞれ個人で“個性”訓練と基礎的な訓練をしてもらう。まずは___……」

 

 

 

 

 

 

 

 

HR(ホームルーム)の後、ネリエルの机の周りには人だかりができていた。

 

「ネリエルちゃん、本当に元気になってよかった」

「体調はほんとに大丈夫?」

「うん!どこも痛くないしすごく元気。昨日の夜はトンカツ三枚食べたよ」

「それは元気だね。でも入院したって聞いてめちゃくちゃ驚いたんだよ」

「緑谷くんは保健室だったのに、頭打ったから病院行ったって、ほんともうどうなるかと…」

「ちょー心配したんだよー!」

「ごめんね。でも皆がメッセージいっぱいくれたのすごく嬉しかった!それと響香ちゃんのプレイリスト、すごくよかったよ」

「マジ?よかった。どの曲が好きだったか後で教えてよ」

「うん!」

 

10分休みはあっという間に終わり、英語担当のプレゼント・マイクが『A組Say Heeey!!』と声をかけながら入ってきた。

その後も昨日のことなど無かったかのように、ごく普通に授業は進んでいく。どの授業でも教壇に立つのはUSJに救援に来ていたプロヒーロー達なのだが、あえてその件については触れすぎないようにしているようである。

日常へ帰ってきた実感と、次の非日常のイベントへの期待と緊張が入り混じった空気がクラス内に漂っていた。

 

「あんなことはあったけど…なんだかんだテンション上がるなオイ!!活躍して目立ちゃ、プロへのどでけぇ一歩を踏み出せる!」

「ふふ、楽しみね!」

「おおネリエル!おまえもやる気満々だな!」

「けっこうな怪我したって聞いたけどよ、マジに大丈夫か?」

 

昼休みになって歓声を上げる切島に、ネリエルも賛同する。砂藤からは心配されたが、トントンと脚で床を蹴って問題ないことを見せた。

 

「もう完治してるよ。お医者さんからもリカバリーガールからも問題ないってお墨付き。体育祭は入学する前からずっと楽しみにしてたの!」

「それでも心配なものは心配なんだよー!」

「あら、透ちゃんがひっつき虫になっちゃった」

 

ネリエルに葉隠がぎゅっと抱きつく。それを抱きしめ返して、ネリエルはにこにこと笑顔になった。

 

「ネルちゃん、今日は食堂?」

「ううん、お弁当。透ちゃんは?」

「私もお弁当!あ、梅雨ちゃんいつもお弁当だよね?」

「ええ。一緒に食べましょう」

「うん!」

 

蛙吹がお弁当を持っている近くで、麗日が何故かやたらと険しい顔をしている。

 

「お茶子ちゃん?」

「皆…頑張ろうね体育祭」

「顔がアレだよ麗日さん!!?」

「どうした?全然うららかじゃないよ麗日」

「生…」

 

何かを言いかけた峰田は蛙吹の舌で叩かれ言葉を遮られた。

 

「皆!!私!!頑張る!!」

「おおーーーけどどうした、キャラがフワフワしてんぞ!!」

 

麗日は拳を突き上げて自身のことを鼓舞しているようであった。

 

「お茶子ちゃん、すごく張り切ってたね」

「そうね。やる気があるのはいいことだわ」

「ネル、机寄せていい?」

「あたしもあたしもー」

「私もよろしいでしょうか?」

「もち!一緒に食べよー」

 

決まってお弁当の者以外は持ってくるかどうかはまちまちなのだが、今日はほぼ全員がお弁当を持ってきていた。

ネリエルもスクールバッグの中から三段重ねの大きなお弁当箱を取り出して、寄せた机の上に広げる。

 

「ネルの弁当でっか!」

「いっぱい食べなさいっていっぱい詰めてくれたの。唐揚げとトンカツ」

「揚げ物ばっかじゃん!?大丈夫!?」

「全然平気。でも多めに作ってもらったから、皆もつまんでいいよ。透ちゃん、何が好き?」

「えっ、めちゃくちゃ美味しそうー!唐揚げ大好きなんだけど…ほんとにいいの?」

「はい、どうぞ」

「やった!ありがとー!」

 

冷めても美味しいままになるよう作ってあるペッシェ特製の唐揚げを葉隠のご飯の上に置く。

 

「葉隠、だいぶ元気になったねー!」

「唐揚げめっちゃ美味しい…あ、まだ元気じゃないから!ネルちゃんと一緒にカフェデートするまでダメだから!」

 

もぐもぐと唐揚げを咀嚼しながら言う葉隠に、耳郎が吹き出した。

 

「ふは、そっかそっか。いーじゃんカフェデート」

「で、デートですか!?」

「お友達同士でもデートと呼ぶことはあるのよ」

「あ…そ、そうなんですのね!てっきり交際している方々だけのものかと…」

「ピュアだあ」

 

驚いた声を上げた八百万は蛙吹に教えられ、頬を赤くした。顔は見えないが葉隠が体ごと八百万のほうを向く。

 

「ヤオモモともいつかデートするからね!お出かけしよ!」

「お出かけ…!はい、もちろんですわ!」

「じゃあ指切りしよ、はい!」

「はい!……ええとその、小指はどちらに…」

「あ、これこれ。指切りげーんまん、嘘ついたら針千本のーます!指切った!」

「指切った、ですわ!」

 

差し出された葉隠の透明な指に戸惑いながらも、八百万は手を誘導されて小指同士を引っ掛け、指切りをした。

 

「出かけるとしたら体育祭後になっちゃうけどね!」

「あと二週間しかないもんなー」

「てか色々ありすぎてなんか感覚おかしくなってるかも」

「そうね。入学してまだそれほど経っていないのに」

「とりあえず体育祭がんばろうね!」

「そうだね!」

 

皆と雑談をしていると時間が過ぎるのはあっという間で、昼休憩の終わり際になって食堂へ行っていた者達が戻ってくる。

ネリエルが最後のプチトマトをもぐもぐと食べていると、教室に戻ってきた麗日と飯田を見て蛙吹が「あら?」と首を傾げた。

 

「二人とも、緑谷ちゃんと一緒じゃなかったの?」

「途中でオールマイトにお昼誘われてたよー」

「USJのことか、『個性』のことでも話しているんじゃないか?」

「そうなのね。やっぱり二人の『個性』、少し似ているものね」

「うむ。オールマイトにアドバイスをもらって緑谷くんが自傷することが少なくなるといいのだが!」

 

ネリエルはお弁当を食べ終えて「ごちそうさまでした」と手を合わせ、空っぽになった弁当箱を片付け始める。

 

「自分も傷つけちゃう『個性』って、きっと大変だよね」

「あーね。たまにいるよね、反動がくるとか体調崩すとか」

「あたしも『酸』の濃度上げすぎたら皮膚痛めるしね」

「私も、補給をせずに『個性』を使いすぎてしまえば、身体機能に異常をきたしますわ」

「でも、一回使うだけであそこまでボロボロになっちゃうのは初めて見るよー!」

「ええ。何事も管理と調整が大切ですのに、見ていて痛々しいです」

「あの調子で体育祭大丈夫かな?」

「まー何とかするんじゃない?あ、予鈴鳴った」

「じゃーネルちゃん、放課後ぜったいカフェ行くからね!」

「うん、もちろん!」

 

葉隠と改めて約束し、机を戻して授業の準備をする。

 

放課後のデートの約束は、ネリエルを午後の間中ずっと上機嫌にさせていた。帰りのHR(ホームルーム)が終わってすぐに教室を出る準備をする。

葉隠がスマホの画面を見せながらネリエルに駆け寄ってきた。

 

「ネルちゃん、これ見て!このカフェめっちゃよくない?」

「素敵!パンケーキがすごく美味しそう!」

「えっ、お昼めっちゃ食べてたのにいける!?」

「平気よ、晩ご飯もちゃんと入るから」

「すごいねえ!」

「このカフェ、駅も近いのね。私も電車で帰れるし。ここにする?」

「うん!じゃー早速……あれ?」

「…?なんだか、騒がしい?」

 

廊下のほうからザワザワと人の騒めきが聞こえる。

何事かと行ってみると、扉の前に人だかりが出来て通路が塞がれてしまっていた。

 

「何ごとだあ!!?」

「すごい人」

「えー、何これ!」

 

男女問わずたくさんの生徒達が集まって教室の中を覗き込んだり、A組のクラスメイト達の顔をじろじろと見たりしている。その無遠慮な視線に、ネリエルは少し眉を顰めた。

 

「出れねーじゃん!何しに来たんだよ」

「敵情視察だろ、ザコ。(ヴィラン)の襲撃を耐え抜いた連中だもんな。体育祭(たたかい)の前に見ときてえんだろ」

 

峰田を貶しながらではあったが、爆豪の言葉で納得がいく。

 

「意味ねェからどけ、モブ共」

「知らない人のこととりあえずモブって言うのやめなよ!!」

「それは本当にそう!」

 

飯田のもっともな指摘と葉隠の同意も、爆豪は全て無視している。

 

「どんなもんかと見に来たがずいぶん偉そうだなぁ。ヒーロー科に在籍する奴は皆こんなのかい?」

「ああ!?」

「こういうの見ちゃうとちょっと幻滅するなぁ」

 

人混みの中から、逆立った紫色の髪の男子生徒がそう言いながら進み出てきた。

 

「普通科とか他の科って、ヒーロー科落ちたから入ったって奴けっこういるんだ、知ってた?体育祭のリザルトによっちゃ、ヒーロー科編入も検討してくれるんだって。その逆もまた然りらしいよ…」

 

肩章のボタンや制服のラインで普通科と分かるその男子生徒は、爆豪に睨みつけられても一切怯まずに話し続ける。

 

「敵情視察?少なくとも普通科(おれ)は、調子のってっと足元ゴッソリ掬っちゃうぞっつ___宣戦布告しに来たつもり」

 

「…ふふ、いいね」

 

ネリエルはくすりと笑った。

 

「隣のB組のモンだけどよぅ!!」

 

人混みの奥から、皮膚も髪も全て金属質になっている男子生徒が背伸びをして大声を上げている。

 

(ヴィラン)と戦ったっつうから話聞こうと思ってたんだがよう!!エラく調子づいちゃってんなオイ!!!本番で恥ずかしい事んなっぞ!!」

「む。そんなことないのに!こーいうのはムシだよムシ!」

 

葉隠がむっとした様子でネリエルの腕に絡んでくる。ネリエルも腕を絡め返して、「そうだよね」と言った。

爆豪もまたそれらを無視して人混みをかき分けていこうとしており、後ろから切島が焦った声で叫ぶ。

 

「待てコラどうしてくれんだ、おめーのせいでヘイト集まりまくっちまってんじゃねーか!」

「関係ねえよ……」

「はあ_____!?」

「上に上がりゃ、関係ねえ」

 

爆豪はらしくない(・・・・・)静かな声でそう言った。

 

「く……!!シンプルで男らしいじゃねえか」

「上か……一理ある」

「騙されんな!無駄に敵増やしただけだぞ!」

 

集まった生徒達を肩で押し除けながらも、特に誰かを怒鳴りつけることもなく爆豪は教室を出て行った。

 

「間違ってはいないね」

「確かにそうだけどさー!もー行こ、皆また明日ねー!」

「じゃあまた!」

 

教室の中に手を振って、はぐれないように腕を組みながら葉隠とネリエルも人混みの中に突っ込んでいく。

 

「失礼シマース!」

「わっ」

「ごめんね」

「…ああ……」

 

明確に暴言を吐いた爆豪ではないからか、はたまた男子生徒並みに身長が高いネリエルがいるためか。それほど労せず二人は揃って人混みをすり抜けることができた。

 

「びっくりしたねえ!」

「うん、ヒーロー科だとああいうこともあるのね」

「良くも悪くも有名人だ。でもここからは切り替えていくぞー!」

「おー!カフェ楽しみ!」

 

先ほどまでのことは一旦忘れて、二人で何気ないことを話しながら駅方面へと向かう。

 

葉隠が調べていたのは駅近くの道を一本横に入ったところにあるカフェだ。こぢんまりとした佇まいで、レトロな雰囲気が素敵な店である。

 

「ここね?すごく可愛いお店!」

「ちょーおしゃれ!入ろ入ろ!」

 

ドアベルをカランコロンと鳴らしながら入ると、「お好きな席にどうぞ」と案内される。少し奥まったところにあるソファ席を選んで座り、二人で揃ってメニュー表を開いた。

 

「どれも美味しそう…!」

「迷っちゃう!飲み物何にするー?」

「紅茶にしようかな。あ、パンケーキはセットがあるんだ」

「あーいいね!私は…ミニケーキセット!飲み物はアイスココアにしよっと」

「うん、じゃあ決まりかな。すみませーん」

 

それぞれの注文を店員に頼んで待つ間、ネリエルはポケットから最近はちゃんと毎日持ち歩いているスマホを取り出した。

 

「透ちゃんに見せようと思ってた写真があって」

「え、なになに!?」

「うちで飼ってる子を見たいって言ってたの思い出したんだ。最近ようやくブレずに写真が撮れるようになったから」

「あー!バワバワって子!見たい!」

「ふふっ、はいこれ」

 

写真を画面に出してテーブルに置く。葉隠がずいと身を乗り出してスマホを覗き込み、「かわいいー!」と声を上げた。

 

「大型犬だー!しかも長毛!」

「ちょっと抜け毛が大変だけど、もふもふだよ」

「うわー羨ましい!ねえ、なんでバワバワって名前なの?」

「思い出の名前っていうのと、鳴き声が『バワバワ』って感じなんだ」

「そうなんだ!えーかわいい、撫でたーい」

「人懐っこいから誰でも撫でられるよ」

 

画面をスワイプして、ネリエルが操作に四苦八苦しながらもうまく撮れたバワバワとのツーショットを出す。

 

「めちゃくちゃ笑顔!ネルちゃんに懐いてるんだね」

「うん、すごく懐いてくれてる。賢いから指示もちゃんと聞くよ」

「お手してるー!」

 

その時ちょうどパンケーキセットとミニケーキセットが運ばれてきたため、ネリエルはスマホを仕舞う。逆に葉隠は店員に「写真大丈夫ですか?」と尋ね、OKをもらうとスマホを取り出してカメラを起動していた。

 

「ネルちゃん撮らないの?写真オッケーらしいよ」

「食事の写真…その前に食べたくなっちゃうから撮らないかも」

「あはは!そういう感じかー!」

 

ネリエルは早速フォークとナイフを手に取って、二段重ねのふかふかのパンケーキに取り掛かる。ごろりと乗せられていたフルーツも一緒に大きめに切り分け、一口で頬張った。

 

「ん〜!おいひい!」

「ケーキもすっごく美味しい!」

「ん、何ケーキにしたんだった?」

「オレンジケーキ、手作りなんだって!食べる?」

「えっ、いいの?ありがとう、じゃあパンケーキ分けるね」

「交換ねー!」

 

ベリーとクリームをのせたパンケーキの一切れと、オレンジケーキの一切れをお互いの皿に乗せる。

 

「うん!オレンジケーキもおいしい、甘酸っぱい!」

「美味しいよね!ちょっとほろ苦いからココアでぴったりだったかも。パンケーキもふわふわで優しい甘さ〜」

「柔らかくて軽いからいくらでも食べられちゃう。紅茶もすごく美味しい」

「ほんとよく食べるねー!」

「食いしん坊なんだよね…」

「全然!いいと思うよ!」

 

葉隠がけらけらと笑う。

 

(元気になったみたいでよかった)

 

ネリエルはこっそりとそう思いながら、パンケーキにホイップクリームを絡めて口に運ぶ。

 

「おいしーい…」

「すごい幸せそう…食べるの好きなんだ?」

「大好き。家のご飯も好きだし、外食も好き」

「唐揚げ美味しかったもんね。お兄さん料理上手だね!」

「うん。ペッシェ…兄の一人がご飯係なんだけど、いつも私が好きなもの作ってくれるんだ」

「ネルちゃんって逆に嫌いな食べ物あるの?」

「………あ、ないかも」

「ないんかーい!そりゃいつも好きなものだよ!」

「あは、そうだね!透ちゃんは?何か好きなものとか嫌いなものとか」

「好きなものはねえ、キャラメル!ご飯系はがっつりめが好きかな!揚げ物とか、お肉とか」

「キャラメル好きなんだ、かわいいね。私もがっつりご飯大好き」

 

パンケーキの最後の一口を食べ終え、ネリエルはカトラリーを置く。残った紅茶は少し冷めてしまっていたがそれでも美味しかった。

 

「ん、透ちゃん」

「なあにー?」

「ついてるよ」

 

前に座る葉隠の頬あたりに、オレンジケーキのナパージュがくっついている。ナプキンでそれを拭うと、葉隠は「ありがとー!」と笑った。

 

「いいカフェ発掘しちゃったね!」

「そうだね、また来たいな」

「来よう来よう!体育祭の後にでも!」

「うん!」

 

午後の穏やかな日差しと同じくらい、ネリエルは柔らかく笑った。

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