ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクが『ヒーロー』になるまでの物語 作:猫禰捏涅
「ハンカチは!?ティッシュは持ったか!?忘れ物はないか!?」
「持ったよ!持ち物も大丈夫!」
「ホントにお弁当持っていかなくていいでヤンスかー!?」
「お昼までなんだってば!お腹空いたら食堂で食べて帰ってくるから」
「バスに乗る時は絶対!最後部座席に座るんだぞ!!」
「もー、何回も言わなくても分かってるよ!いってきます!」
「いってらっしゃいでヤンス〜〜〜!!!」
「気をつけてな〜〜〜!!!」
「バワ!バワバワ!」
「バワバワも!いってきます!」
雄英高校ヒーロー科、入学初日。
賑やかな『家族』の見送りを背に、ネリエルは軽い足取りで家を出た。
「ふん♪ふふーん♪」
高校指定の制服は、グレーのブレザーに赤いネクタイ、青緑色のスカートだ。
靴下と靴は自由という校則のため、ネリエルは白いラインの入った明るいグリーンのハイソックスに、パステルグリーンのハイカットスニーカーを合わせている。
タン、タタン、と真新しいスニーカーがステップを刻む。
楽しげなその様子と、小さく飛び跳ねるたびにゆさゆさと揺れる大きな胸が何人かの通行人の目を釘付けにしていく。
「今日から学校、楽しみ〜!」
暖かな春の陽気の中で明るく微笑み、ネリエルは彼女のヒーローアカデミアへと歩み出した。
◇
「おい、あの子めちゃ可愛くね?」
「見たことないけど、もしかして一年!?発育良すぎだろ!?」
「なあお前声かけてこいよ!」
「すごいなあ、
ネリエルはブレザーのポケットから事前に印刷してきていた雄英高校の地図を取り出して広げる。
今時の学生であればスマートフォンでマップを開いているところだが、ネリエルは電子機器の扱いに未だ慣れていなかった。
「こっちで合ってる!1-A、1-A…あった!」
『1-A』と全体に書かれている教室の扉は、“個性”により体格に差がある生徒も多いため、横幅も縦幅も大きい。
ネリエルは前方の扉が開いているところに見覚えのある髪色を見つけ、ぱっと顔を輝かせて小走りになった。
「あ!そのモサモサ頭は!地味めの!」
「ひょ」
「プレゼント・マイクの言ってた通り受かったんだね!!そりゃそうだ!!パンチすごかったもん!!」
「いや!あのっ…本っ当、あなたの直談判のおかげで…ぼくは…その……」
「へ?なんで知ってんの?」
「素敵な“個性”の人っ!」
「わ!?」
緊張に震えてこけそうになっていた男子生徒を助けた、茶髪をショートボブにした女子生徒にネリエルが声をかける。
「あ、試験の時の!」
「合格したのね、おめでとう!あ、それにあの時こけそうになってた子!あなたもおめでとう!」
女子生徒のすぐ後ろには、あの日こけそうになっていたモサモサの黒髪の男子生徒が立っていた。彼の顔は茹で上がりそうなほど真っ赤で、ネリエルとも女子生徒とも目が合わない。
「あぁああああわわわわ」
「あれ、もしかしてあなたもA組?」
「うん、私も今日から1-Aよ。ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンク。長いから、ネリエルかネルって呼んで!」
ネリエルが名乗ると、女子生徒の目が見開かれた。ネリエルの名前を聞いたものによくある反応である。
「が、外国の方!?日本語上手やねえ!私、麗日お茶子。私もお茶子でいいよ!」
「よろしく、お茶子ちゃん。私、名前はともかく日本育ちの日本人よ」
「そうなんだ。えと、ネリエルちゃん…でいい?」
「もちろん!私もお茶子ちゃんって呼ぶわね」
「はわ…!綺麗系かと思ってたら可愛い系や…!」
早速友達ができた、とネリエルは嬉しそうに微笑む。
「ねえ、君は…」
「お友達ごっこしたいなら他所へ行け」
モサモサ頭の男子生徒にも名前を聞こうとしたネリエルの言葉を、低い声が遮る。
「わっ」
ずいぶんと低い位置からかけられた声の元を見ると、寝袋で全身を包み込んだボサボサの黒髪の男が廊下に寝転んでいる。巨大なイモムシのようなシルエットだ。
「ここは…ヒーロー科だぞ」
ヂュッ!と口に咥えていたゼリー飲料のパックを吸い込んだ男は、寝袋のままモソモソと起き上がる。
「ハイ、静かになるまで8秒かかりました。時間は有限、君たちは合理性に欠くね」
思わず後ずさったネリエルの前に、寝袋から半分だけ体を出した男が立つ。
(___あ、この人。すごい鍛えてる)
猫背とだぼっとした服装で分かりにくいが、男が戦うものとして完成された体つきをしていることをネリエルは一眼で見抜く。
ネリエルには戦闘種族である『
「てことは…この人もプロのヒーロー…?」
背後から聞こえてきた男子生徒の声に、やっぱりと思ったネリエルは小さく頷いた。
「担任の相澤消太だ、よろしくね。早速だが、
男___相澤の寝袋からバサリと取り出されたのは、雄英高校の指定ジャージである。相澤はそれだけ告げるとまたモソモソと寝袋に戻り、寝袋のまま歩いて行ってしまった。
「あ、あれが担任の先生…!?」
「寝袋…」
「ジャージは…うん、持ってきてる。お茶子ちゃん、行こ!更衣室って運動場の近くだよね」
「えっ、ちょ、ネリエルちゃん!ひとまず荷物は置いていこ!?」
「あっ、そっか。カバンは邪魔よね」
麗日の言葉に納得し、ネリエルは教室の中へと足を踏み込む。前の黒板には座席表が貼られており、ネリエルの席は麗日の真後ろだった。麗日の出席番号が5、ネリエルが6である。
「あ、お茶子ちゃんの後ろだ。嬉しい!」
「うん、私も。てか、あれ?私らの列だけ六人…?」
麗日が首を傾げたとおり、麗日とネリエルが並ぶ廊下側の列だけ机が六つ並んでいる。
机が五つの他の列と比べて少しだけ前後間隔が狭くなっているが、それでもネリエルの席だけが後方に飛び出ている。
「お茶子ちゃん、行かないの?」
「あ、ごめん!行くよ!」
ネリエルは特に気にすることなく自分の机に向かい、スクールバッグを置いて中からジャージと運動靴が入った袋を取り出す。
麗日も慌てて机にリュックを置いてジャージの袋を取り、片手に地図を広げてさっさと歩き出したネリエルの後を追った。
相澤のインパクトの強い登場にしばらくぽかんとしていた他のクラスメイトも、ネリエル達につられて次々と動き出す。
「雄英って、一クラス20人じゃなかったっけ…?」
「そうなの?」
「うん、そのはず…」
「見た感じ、21人いたね」
「そうだね。もしかして今年は特別だったのかな?」
更衣室へと向かいながら首を傾げた麗日に、ネリエルも首を傾げる。
「それは本年度のみ、推薦枠が一つ増えたからですわ」
後ろから聞こえてきた凛とした声に、揃って振り返る。
「あ、久しぶり!モモちゃん!」
「お久しぶりですわ、ネリエルさん」
ネリエルが気さくに手を振り、黒髪をポニーテールに結い上げた女子生徒が上品に微笑む。
「元からお知り合い?私、麗日お茶子!よろしくね」
「八百万百と申しますわ、よろしくお願いいたします。
「推薦!!?ネリエルちゃんも八百万さんも!?」
麗日は元から丸い目をさらに丸く見開き、八百万とネリエルの間で二人を見比べた。
「ええ。あともう一人、男子に推薦枠の方がいらっしゃいます。そのためA組には推薦枠が3人、合計で21人となっておりますの。例年であれば推薦枠はA組とB組でそれぞれ2枠のところ、今年だけ特例として増えていると伺いましたわ」
「そうなんや!?はえー二人ともすっごいねえ!」
「えへへ、ありがとう!お茶子ちゃんすごくいい人ね、好きー!」
「わっ!?」
素直に二人を賞賛する麗日に、ネリエルは嬉しそうに笑って軽く抱きついた。
むにゅ、と麗日の肩で胸が柔らかく潰れて変形する。
「やわ……、…!?」
「本当、素敵な方ですわね。ああ、更衣室に着きましたわ」
ちょうど女子更衣室に到着したため、ネリエルはすぐに麗日から離れた。麗日は肩に残った感触を確かめるように手をやり、「やぁらかかった…」と小さく呟いた。
「さあ、早速着替えましょう」
「はぁーい」
髪型がブドウの房のようになっている小柄な男子生徒が、ふらふらとした足取りで女子更衣室に入っていくネリエルの後に着いていこうとしていたが、背後から伸びてきたセロハンテープのようなものに巻き取られて男子更衣室の中へと回収されていき、その姿にネリエルが気づくことはなかった。
「おー、めちゃキレー」
「さっすが雄英!設備整ってんねえ」
他の女子生徒達も更衣室に到着し、各々着替え始める。
「よっ、と」
「でっっっっ…」
ネリエルがネクタイを解いてブラウスのボタンを開けていくと、ばるん、と大きな胸が飛び出す。ブラウスとブレザーの上からでも大きいことがわかるのに、それでも押さえられていた状態だったのだ。
麗日は真横でそれを見てしまい、思わず絶句する。
「お茶子ちゃん?どうしたの?」
「や!いや!なんでもない!ごめん!」
「何か謝ることあった…?」
「ううん大丈夫!ネリエルちゃん、私守るからね!」
「? ありがとう?」
「うん!!」
険しい表情で何かを決意した麗日に首を傾げながら、ネリエルはジャージの中に胸を押し込んでチャックを上げる。
「急いだ方がよさそうですわね」
「そうだね。お茶子ちゃんも行こー」
「うん!」
靴も運動靴に履き替え、グラウンドへ向かう。相澤が端末を片手に生徒達を待っていた。
「さ、『個性把握テスト』を始めるぞ」
「個性把握…テストォ!?」
「入学式は!?ガイダンスは!?」
「ヒーローになるなら、そんな悠長な行事出る時間ないよ」
「そうなのね」
「いやでも、さすがにこれは…」
ネリエルは相澤の言葉に頷いたが、隣では麗日も八百万も訝しげにしている。
「雄英は“自由”な校風が売り文句。そしてそれは先生側も然り」
長い黒髪の隙間から覗く相澤の視線は厳しく、鋭い。
「ソフトボール投げ、立ち幅跳び、50m走、持久走、握力、反復横跳び、上体起こし、長座体前屈。中学の頃からやってるだろ?“個性”禁止の体力テスト」
「皆やってるの?」
「え、ネリエルちゃんやったことないの…?」
「うん、ないわ」
実はネリエルは家庭の事情により、小・中学校の課程は通信教育で修了している。それ故に、体力テストや他の学校行事も参加したことが無かった。
「国は未だ画一的な記録を取って平均を作り続けている、合理的じゃない。まぁ文部科学省の怠慢だよ」
相澤はそこで言葉を切り、生徒の一人___ツンツンと尖った金髪で鋭い目つきの男子生徒に目をやった。
「爆豪。中学の時ソフトボール投げ何mだった」
「67m」
「じゃあ“個性”を使ってやってみろ。円から出なきゃ何してもいい、早よ」
「ソフトボール投げって何?」
「あの円の中からボールを投げて、投擲距離を測る種目ですわ」
「へえ〜」
ネリエルが八百万に説明を受ける中、爆豪と呼ばれた男子生徒がボールを受け取って円に入る。
「思いっ切りな」
「んじゃまあ……死ねえ!!!」
FABOOOM!!!!!
爆豪の掌から爆発が起き、投げる勢いに爆風が乗せられてボールを遥か遠くまで運んでいく。
「わっ、すごい!」
目に見えて高火力の“個性”だ。ネリエルが目を輝かせて「これが“ソフトボール投げ”なのね!」と言うのを、麗日がぶんぶんと首を振って否定した。
「まず自分の「最大限」を知る。それがヒーローの素地を形成する合理的手段」
相澤の手の端末が、『705.2m』という記録を表示している。
「なんだこれ!!すげー
「705mってマジかよ」
「“個性”思いっきり使えるんだ!さすがヒーロー科!」
「………面白そう…か。ヒーローになる為の三年間、そんな腹づもりで過ごす気でいるのかい?」
相澤の表情が変わり、ビリ、と空気が震える。ネリエルが少し身構えてしまうほどの威圧感。
「よし。トータル成績最下位の者は見込み無しと判断し、除籍処分としよう」
「はあああ!?」
「先生ってそんなことできるの?」
「できないはずですわ!そんな権限があるなんて聞いたことがございません!」
「生徒の如何は
○八百万百
推薦入試の会場でネリエルと知り合っていた。ちなみにネリエルがスマートフォンも携帯電話も持っていなかったため、連絡先の交換ができなかった。発育の暴力。
○麗日お茶子
とっても素直ないい子。現在ネリエルと八百万という発育の暴力二人に挟まれている。