ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクが『ヒーロー』になるまでの物語   作:猫禰捏涅

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23.最終トーナメント:一回戦④

「次、ある意味最も不穏な組ね」

「ウチ、なんか見たくないなー」

 

蛙吹が不安げな表情で呟き、耳郎が腕をさすった。

補修が完了したステージ上には、麗日と爆豪が上がっている。

 

『一回戦最後の組だな……!中学からちょっとした有名人!!カタギの顔じゃねえ、ヒーロー科、爆豪勝己!!(バーサス)……俺こっち応援したい!!ヒーロー科、麗日お茶子!!』

 

「プレマイ先生…」

「まー気持ちは分かるぜ」

「な。女子相手でも爆豪は手ェ抜かないだろうしさー」

 

麗日を贔屓気味の実況に皆が苦笑いし、上鳴や切島が爆豪を性格面から批評する。

 

「お前浮かす奴だな、丸顔」

「! まる…」

「退くなら今退けよ。「痛ぇ」じゃすまねぇぞ」

 

低い声で麗日に恫喝同然の言葉をかける爆豪に、ネリエルは眉を顰めた。

 

「先程言っていた、爆豪くん対策とは何だったんだい?」

「ん!本当、たいしたことじゃないけど…かっちゃんは強い!本気の接近戦はほとんど隙なしで、動く程強力になってく“個性”だ。空中移動があるけど…とにかく浮かしちゃえば、主導権を握れる。だから…」

 

緑谷が観客席から離れたのは、麗日に爆豪対策を伝えに行っていたからだったらしい。

 

START(スタート)!!』

「速攻…」

「速攻!!」

 

小さく呟いたネリエルの声と、緑谷の結論がほぼ重なった。

 

「退くなんて選択肢ないから!」

 

そう強く言いながら一気に爆豪へと向かっていく麗日に、ネリエルは祈るように手を組んで握った。

 

「…頑張れ、お茶子ちゃん」

「よしっ!事故でも触れられたら浮かされる!間合いは詰められたくないハズ!だからかっちゃん的には…回避じゃなくて、迎撃!!」

 

緑谷の解説通り、爆豪は右手の大振りと共に大きな爆風を起こして麗日を襲う。

 

「ぶわっ!!」

「じゃあ死ね」

 

煙幕のようになっている箇所からバックステップで距離を取り、爆豪が構える。

 

「お茶子ちゃん…多分、爆豪くんの攻撃は読んでたけど」

「避けるのが間に合っていなかったわね」

 

爆豪の攻撃の直前、麗日は爆豪の右手側を警戒してしっかりと防御(ガード)をしていた。

それでも避けきれなかった『爆破』が起こした煙幕が徐々に薄れていく中、黒い影が爆豪の足元に忍び寄る。

 

「ナメっ…」

 

素早く反応した爆豪が、黒い影を叩き伏せる。だが、その背後に突然麗日が現れた。

 

『上着を浮かせて這わせたのかぁ、よー咄嗟に出来たな!』

 

黒い影の正体は、麗日が浮かせて囮としたジャージの上着だった。

麗日は両手を突き出し、爆豪に触れようとしている。

 

だが、爆豪の動きは素早かった。

 

「わ゛っ!!」

 

地面すれすれで発動された『爆破』で、細かな瓦礫を巻き込んだ爆風が麗日を吹き飛ばす。

 

「…たっ…!」

 

「見てから動いてる…!?」

「あの反応速度なら、煙幕はもう関係ねえな…コエー」

 

瀬呂と上鳴が、爆豪の野生動物染みた動きに驚愕する。

 

「触れなきゃ発動できねぇ麗日の“個性”、あの反射神経にはちょっと分が悪いぞ…」

『麗日、間髪入れず再突進!!』

 

麗日は爆豪よりも一歩早く動いたにも関わらず、既に爆豪は手を振り翳していた。

 

「おっせえ!!」

 

大規模な『爆破』を再びもろに喰らう麗日だったが、それでも進み続けている。

 

「おらあああああ!!!」

 

距離を詰めようとする麗日の眼前に再度爆豪の手のひらが翳され、『爆破』が巻き起こった。

 

「お茶子ちゃん…!」

「爆豪、まさかあいつそっち系の…」

 

蛙吹が声を震わせ、耳郎が見ていられないとばかりに手で顔を覆う。

峰田が何やら考察しているが、それをステージを見つめたまま聞きつつ、ネリエルは内心で首を振った。

 

(違う。……やっぱり、お茶子ちゃんも…爆豪くんも、諦めない(・・・・)のね)

 

「まだまだぁ!!!」

 

大声を上げながら向かっていく麗日に、何度も何度も『爆破』が襲いかかる。

 

『休むことなく攻撃を続けるが…これは……』

 

ハイテンションだったプレゼント・マイクの声が沈んでいる。

観客達にも眉を顰めたり、小さく悲鳴を上げている者がいる。その中で、コスチュームを着たプロヒーローらしい男性が勢いよく席から立ち上がった。

 

「おい!!それでもヒーロー志望かよ!そんだけ実力差あるなら、早く場外にでも放り出せよ!!女の子いたぶって遊んでんじゃねーよ!!」

「そーだそーだ!!」

『一部から…ブーイングが!』

 

プロヒーローの男性の周囲を中心に、爆豪に向かってのブーイングが広まっていく。

 

『しかし正直俺もそう思…わあ肘っ!!何SOON(スーン)…』

『今遊んでるっつったのプロか?何年目だ?』

 

相澤の冷淡な声がマイクを通して降りかかり、男性と周囲の観客達の熱を冷ましていく。

 

『シラフで言ってんなら、もう見る意味ねえから帰れ。帰って転職サイトでも見てろ。ここまで上がってきた相手の力を、認めてるから警戒してんだろう。本気で勝とうとしてるからこそ、手加減も油断もできねえんだろが』

 

ネリエルは実況席をちらりと見てから、すぐに『爆破』を何度も受けてぼろぼろになっている麗日へ視線を戻す。そして、ふいと顔を上空へと向けた。

 

「そろそろ…か…な…」

 

麗日の小さな声は、途切れ途切れでマイクに拾われた。同時に、ネリエルはクラスメイト達に教示するように麗日の頭上を指差す。

 

()、ね」

「え……?」

「何、ネリエル…上…?」

 

周囲の生徒達がつられて視線を上に向け、そして目を見開く。

 

「ありがとう、爆豪くん……油断してくれなくて」

「あ……?」

 

麗日が、両手の指先をぴたりと合わせた。彼女の“個性”を解除するための動作だ。

 

「はぁ……!?」

「えぇっ!!?」

「あれ、まさか…!!」

 

ネリエルとクラスメイト達、そして同じように気づいて上を向いていた観客達の視線の先には、浮いている(・・・・・)瓦礫の群れ(・・・・・)があった。

 

「あれが、お茶子ちゃんの武器(・・)。低い姿勢から攻め続けていたのは、あれから爆豪くんの目を逸らさせるためね。そして今、浮かせていたのを解除したということは……」

 

無重力状態を解除された瓦礫の群れが、重力の軛に囚われ一直線に地面へと向かう。

 

「勝あアアァつ!!!」

 

殺到する瓦礫の群れが、ステージの上空全てを覆い尽くす。

 

『流星群ー!!!』

『気付けよ』

「こ…っこんな捨て身の策を……麗日さん!!」

 

緑谷が悲鳴のような声を上げた。

 

麗日の『無重力(ゼログラビティ)』は、触れた物を浮かせることはできても、その行き先を細かに操作できるわけではない。

そのため瓦礫での攻撃は無差別で、自身に当たる可能性もあるにも関わらず、麗日は真っ直ぐに爆豪を睨んで走っていく。

 

「爆豪くんは……」

 

ネリエルは素早く視線を走らせて爆豪の動きを見る。爆豪は右手で支えながら左手を高く頭上に掲げている。

 

その左手から、ボォオオオオオンッ!!!と、これまでで最も大きな『爆破』が起きた。

 

「デクのヤロウとつるんでっからな、テメエ……何か企みあるとは思ってたが…」

「…………っ…、一撃、て…」

 

観客席まで爆風が届くほどの大規模な『爆破』で、瓦礫の流星群は全て砕け散った。

その爆風に押され、麗日の体は吹き飛ばされてしまっている。

 

『会心の爆撃!!麗日の秘策を堂々____正面突破!!』

 

プレゼント・マイクの実況を背景に、爆豪は仁王立ちのまま麗日を睨みつける。

 

「危ねぇな」

「…うう゛……」

 

ギリ、と歯を食いしばる音が聞こえてきそうなほど、麗日の表情は悔しげだった。

 

「いいぜ……こっから本番だ、麗日」

 

瞳をギラつかせ、爆豪が笑う。

 

「笑った……」

 

爆豪が戦いの中で笑みを浮かべたことに、ネリエルは誰にも聞かれないほどの音量で小さく呟いた。

 

笑顔というには凶悪な表情の爆豪に向かって、麗日は立ち上がろうとする。

しかし、その膝が唐突にカクリ、と折れた。

 

「ハッ……ハッ…ん、のっ……体、言うこと…きか、ん……」

 

それでも尚起きあがろうとしている麗日だが、手足は震えるばかりになっている。

 

「………許容重量(キャパ)、とっくに…超えて…!」

 

爆豪の動きを手で制しながら、ミッドナイトが麗日のそばにかがみ込む。

 

「まだ……」

 

何事かを小さく呻きながら、麗日は這ってでも進もうとしている。しばらくそれを見ていたミッドナイトだったが、静かに宣言する。

 

「……麗日さん…行動不能。二回戦進出、爆豪くん___!」

 

これまでは決着の時にはほとんど沸き起こっていた歓声は、どこからも上がらなかった。

 

「……っ」

「…緑谷くん?」

「っごめん、次の準備のためにもう行くね!」

「あ、ああ…頑張ってくれ」

 

麗日と同じぐらい悔しそうに顔を歪めた緑谷が、俯きながら観客席から早足で出ていった。

 

「リカバリーガールの元へ」

I know(アイ ノウ)…』

 

ミッドナイトがロボットを呼び寄せ、担架に乗せた麗日を運ばせて行く

中、まばらな拍手が起きる。

 

『ああ麗日…ウン、爆豪一回戦とっぱ』

『だから、やるならちゃんとやれよ…』

 

爆豪は無気力なプレゼント・マイクの実況も、称賛の歓声がないことも気にした様子はなく、さっさと退場していく。

結果として、爆豪は全くの無傷で試合を終えていた。

 

『さァ気を取り直して』

『私情すげぇな………』

『一回戦が一通り終わった!!小休憩挟んだら、早速次行くぞー!』

 

気分を切り替えたらしいプレゼント・マイクが明るい声で叫ぶ。

 

「ふう……緑谷は、麗日と同じぐらい悔しそうだったな。最初に何か言っていたが、もしや麗日の動きは緑谷からの献策だったのか?」

 

一息ついて観客席の背にもたれかかりながら、常闇が飯田に尋ねた。

 

「む?いや、違うぞ!確かに緑谷くんは、爆豪くん対策を麗日くんに教えようとしていたが、彼女はきっぱりとそれを断ったのだ」

「そうか……いや、麗日に対して礼を欠いた質問だったな。あれほどの捨て身の策を自分で…中々に豪胆だ」

 

常闇と飯田の会話を聞き、ネリエルはパッと顔を明るくした。

 

「やっぱり!すごいね、お茶子ちゃん!」

「ああ、俺も見習わなくてはならん!何せ次の相手は……他ならぬ君だからな、ネリエル君!!」

 

振り返った飯田と、ネリエルの視線がかち合った。

 

「おお…っ!!」

「A組きっての走力持ち二人だ!」

「ぜってえ見応えあるじゃん!!」

「コレ超楽しみだなー!」

「ネリエルっ、ファイトー!!」

「飛ばしてけよ、飯田ァ!」

「走るということは……揺れる……飯田ァ!!ネリエルッパイの躍動を引き出してくれ…!!!」

 

若干一名煩悩に塗れた声援があったが、飯田とネリエルは合わせた視線の間で静かな火花を散らす。

 

「ふふ。今は休憩…ね?」

「……ああ、そうだな!英気を養うとも!」

 

不敵に笑ったネリエルに、飯田も視線を逸らした。そのやり取りを見ていた芦戸が、ネリエルのそばに近寄ってきて耳元に手を当て、こそこそと囁いた。

 

「ネリエル、元気になったね」

「うん、さすがに切り替えられたよ。ありがとう」

 

ネリエルは前の列に座る、だぼだぼのズボンを履いた耳郎の様子をそっと伺う。

 

「あれだけ動いて戦えているところを見たのも、あるかな」

「そっか、よかった」

「ケロケロ…」

 

二人の話の内容を察したらしい蛙吹も、ネリエルの隣で微かに笑っている。

 

(みんな…本当に、優しいな)

 

ネリエルは胸中でそう呟きながら、補修が進んでいくステージを見る。

 

「おーう、何か大変だったな、悪人面!!」

「組み合わせの妙とはいえ、とんでもないヒールっぷりだったわ、爆豪ちゃん」

「うぅるっせえんだよ、黙れ!!」

 

戻ってきた爆豪が瀬呂と蛙吹からの言葉に暴言を返す。

 

「まァーしかし、か弱い女の子によくあんな思い切りの良い爆破できるな!」

 

爆豪を指差した上鳴が、チラッとネリエルを見た。

 

許容量(キャパ)のこともあるけど、俺はつい遠慮しちまって…」

「敵と戦っている時に、あまりそれは感心しないのだけれど…」

「いやだからネリエル、敵て!確かにそうなんだけどさ、それ以前にクラスメイトだし、女の子じゃんよ!?」

「フンッ!!」

 

爆豪がドカリと音を立てながら席に腰掛ける。

 

「どこがか弱えんだよ」

 

荒い仕草とは裏腹に、どこか落ち着いた静かな声であった。

 

「お茶子ちゃんは強いよね」

「だよね!あの攻撃はマジでヤバかったよー!アタシじゃ対処できないもん!」

「私も…難しいわね。ビジョンが浮かばないわ」

「私も透明だけど物は透過されないから、ホントに逃げるしかないよー!」

「ウチは音でいくつか砕けても、あんだけの量はなあ…」

 

麗日の作戦を褒める声が次々と上がる中、いそいそと麗日が観客席に戻ってきた。

 

「二人、まだ始まっとらん?」

「うら…」

「見ねば」

「目を潰されたのか!!!早くリカバリーガールの元へ!!」

 

麗日の目は赤く腫れ上がり、普段のくりんとした瞳の半分も開いていない。明らかに泣き腫らした顔だったが、飯田は天然な勘違いで叫んでいた。

 

「行ったよ、コレはアレ…違う」

「違うのか!それはそうと、悔しかったな…」

「今は悔恨より、この戦いを己の糧とすべきだ」

「うん。あの氷結、デクくんどうするんだ…?」

 

急いで席に着く麗日の背中に、ネリエルが声をかける。

 

「お茶子ちゃん、お疲れ様!」

「お疲れ麗日ー!マジすごかったよ!!」

「あの作戦には驚いたわ」

「あ…あはは!ありがとう!負けてもーたけど…」

 

赤い目を擦りながら言う麗日に、A組の女子生徒達は小さく拍手を贈った。麗日は「どーもどーも」と照れながら頭を掻く。

 

『今回の体育祭、両者トップクラスの成績!!まさしく両雄並び立ち、今!!緑谷、(バーサス)、轟!!』

「あ、もう始まる!」

 

熱の入ったプレゼント・マイクの実況に、会場が盛り上がっていく。

 

「ここも見応えありそーだな…!!」

「緑谷くんの自損が心配ではあるが…」

「どっちも頑張れよー!!」

 

クラスメイト達全員、そして会場中からの視線と声援がステージへと向けられる。

 

START(スタート)!!!』

 

号令の直後、冷気が噴き上がる。

聳り立っていく氷壁が緑谷を飲み込まんとするが、手をデコピンの構えにした緑谷の指先から、轟音と衝撃波が放たれた。

 

「やっぱ、そう来るか……」

 

『おオオオ!!破ったあああ!!』

 

確かに緑谷の攻撃は、轟の攻撃を相殺している。

次弾の攻撃も、緑谷はデコピンで氷の波を吹き飛ばす。

 

『まーーーた破ったあ!!!』

 

「ちょ、あれ…!!」

「うむ…!破ってはいるが…緑谷くん!指を…!!」

「うひ〜…!痛そう…」

 

モニターに映し出されている緑谷は、右手の人差し指と中指がぐしゃりと潰れている痛みによって、顔が真っ青だった。

轟による三度目の氷結攻撃も緑谷の攻撃が退けるが、それは緑谷の右手の薬指も砕けたことを意味する。

 

「うげ……」

「爆豪、おめーもだけどよ…轟も強烈な範囲攻撃ポンポン出してきやがってよお」

「ポンポンじゃねえよ、ナメんな」

 

瀬呂が苦々しげな表情をし、切島も似たような表情で爆豪に話しかけたが、爆豪は即座に否定した。

 

「ん?」

「筋肉酷使すりゃ筋繊維が切れるし、走り続けりゃ息が切れる。“個性”だって身体機能だ。奴にも何らかの“限度”はあるハズだろ」

「考えりゃ、そりゃそっか。じゃあ緑谷は瞬殺マンの轟に耐久戦を…!」

 

切島が表情を明るくして身を乗り出すが、爆豪は「ハッ」と馬鹿にしたように鼻を鳴らす。

 

「ポキポキ指をへし折る雑魚が、耐久戦?できるわきゃねーだろ」

 

爆豪の言葉は厳しいが、真実を突いている。

緑谷はまたもや轟の氷壁を砕いたものの、その時点で右手の指全てが自身の超パワーの反動で折れてしまっていた。

 

「……アレじゃ、駄目でしょう」

「そうね……」

「治るからって無茶しすぎだよ〜…緑谷…」

「痛そうすぎ…!」

 

ネリエルと蛙吹は冷静に判断を下し、芦戸と葉隠はステージから目を逸らしてしまう。

 

『轟、緑谷のパワーに怯むことなく、近接へ!!』

 

「っくしょっ…!」

 

轟は駆け出しながら足元から冷気を放出し、氷の上に乗ることで自身の加速と攻撃を両立させながら、悪態をつく緑谷に向かって一気に距離を縮める。

 

緑谷は使い物にならなくなった右腕をだらりとぶら下げ、左手の指で轟が作り出した氷の足場を破壊した。

 

「っぶなっ!!」

 

轟の上段からの攻撃はなんとか避けたものの、さらに氷の波濤が緑谷を追撃する。轟は情けも容赦もなく、USJの時と同じように敵を確実に仕留めるための動きをしていた。

 

ドウ、と轟の攻撃が一際大きな緑谷の攻撃によってかき消される。

轟はその風圧によって距離を取らされたが、同時に緑谷は左腕までボロボロになっていた。

 

「うう゛う゛…」

 

二人の攻防のやり取りは互角でも、ダメージの程度が全く違う。轟は全くの無傷であり、緑谷は両腕に力を入れることすら出来なくなっている。

 

「守って逃げるだけでボロボロじゃねえか」

 

白い息を吐きながら、轟が緑谷に近づいていく。

 

「緑谷、もう両腕が…!!オイラ見てられねえ!!」

「やべェぞ、凍らされちまったら終わりだ!」

「お前よく分かってんもんな」

「っるせ!」

 

観客席も緑谷の戦い方の痛々しさと、轟の圧倒的な力量にざわついている。

 

「悪かったな。ありがとう、緑谷。おかげで…奴の顔が曇った」

 

(………奴?)

 

戦いの最中にも関わらず(・・・・・・・・・・・)、轟は緑谷から視線を外している。彼が見ているのは明らかに観客席であり、その一角だった。

 

「ね、ネリエル、なんか顔怖いよ?」

「……ちょっと、ね。轟くんが…緑谷くんを見ていない(・・・・・・・・・・)ものだから」

「あー…『奴』って言ってたね。誰のことなんだろ」

「ケロ。あまり気持ちのいい話題ではなさそうだわ」

 

芦戸に指摘され、ネリエルは無意識のうちに険しくなっていた表情を少し柔らげる。

 

「その両手じゃ、もう戦いにならねえだろ。終わりにしよう」

『圧倒的に攻め続けた轟!!とどめの氷結を___…』

 

冷酷な言葉と共に、氷結攻撃が緑谷へと放たれる。

 

「どこ見てるんだ…!」

 

緑谷の小さな声は、不思議とよく聞こえた。

 

___SMASH!!!!!

 

バキバキバキバキッ!!と氷が全て(・・)砕かれる。

 

「ぐっ……!てめェ…」

 

爆風に押された轟は、体を氷の壁で受け止めて場外へ出るのを防ぐ。

これまで轟の攻撃のみ(・・)を相殺してきた緑谷の攻撃が、轟自身に届いた瞬間だった。

 

「何で、そこまで……」

「震えてるよ。轟くん」

 

その代償に緑谷の右手は既に潰れていた指がさらに砕け、ぐちゃぐちゃになってしまっている。それでも緑谷はしっかりと立って、轟に向かい合っていた。

 

「“個性”だって、身体機能の一つだ。君自身、冷気に耐えられる限度があるんだろう…!?で、それって…左側の、『熱』を使えば、解決できるもんなんじゃないのか………?」

 

爆豪の考察をさらに発展させたことを緑谷が述べる。

 

「……っ!!皆…本気でやってる……勝って…目標に、近付く為に…っ、一番になる為に!半分(・・)の力で勝つ!?まだ僕は、君に傷一つつけられちゃいないぞ!」

 

言いながら、緑谷は右手がさらに潰れるのも構わず、拳を握り込んでいく。

 

全力(・・)でかかって、来い!!」

 

骨折の痛みに冷や汗を垂らしながら、緑谷が拳を轟に向かって突き出す。

 

「何の……つもりだ」

 

それまでほとんど表情を変えていなかった轟の顔が歪む。

 

「全力…?クソ親父に、金でも握らされたか…?イラつくな………!」

 

憎悪の表情を浮かべながら、轟が駆け出す。だが、その足取りは明らかに最初の頃より遅くなっていた。

 

「遅い…!体が冷えたからかな…」

「これが、轟ちゃんの弱点ね」

 

動きの鈍った轟の懐に、緑谷が潜り込む。

しっかりと腰の入ったパンチが放たれ、轟が殴り飛ばされた。

 

『モロだぁーーー!生々しいの入ったあ!!!』

「ぐぅう!!」

 

緑谷は痛々しいうめき声を上げた。既に潰れていた右手からは血が噴き出している。

 

「緑谷……!!」

「あの轟に、一発入れた!!っけど…」

「手ェヤバいだろ、あれ…!」

「ひぃい〜……!」

 

咳き込みながら立ち上がった轟の右足から、また冷気が溢れ出す。

だがその規模は小さく、緑谷は軽々とそれを避けた。

 

「氷の勢いも、弱まってる」

 

体が冷えている轟は、一つ一つの動作が重い。万全であれば緑谷を上回っていた身体能力は見る影もなく、氷結攻撃は全て避けられている。

 

「ううっ!!」

 

血塗れの指を頬に引っ掛け、緑谷が轟の攻撃を打ち消す。

 

「何で、そこまで…」

「期待に、応えたいんだ…!」

 

轟の声は、迷子になった子供のようだった。対する緑谷の声には、ボロボロになっていく体に反してどんどん力強くなっていく。

 

「笑って、応えられるような…カッコいい(ヒーロー)に……、なりたい(・・・・)んだ」

 

緑谷の言葉に、ネリエルは小さく息を呑んだ。

 

「だから全力で!やってんだ、皆!!」

 

緑谷の頭突きが直撃し、轟がたたらを踏む。

 

「君の境遇も、君の決心(・・)も…僕なんかに、計り知れるもんじゃない………でも……全力も出さないで、一番になって、完全否定なんて…フザけるなって、今は思ってる!」

 

緑谷が叫ぶ。轟は、冷気の影響だけではない様子で体を震わせている。

 

「うるせぇ………」

「だから……僕が勝つ!!君を、超えてっ!!!」

 

ドゴッ、と再び緑谷の右手でのパンチが轟の体を吹き飛ばした。

 

「親父を___…」

「君の!力じゃないか!!」

 

小さな轟の呟きを、緑谷の言葉がかき消した。

 

『これは_____…!?』

 

数瞬の後、緑谷への返答の代わりに上がったのは炎だった。

 

「使った……!」

「轟くんの…左側…!」

 

『半冷半燃』であるにも関わらず、これまで試合では一切使われることのなかった()の力が吹き上がり、観客席にまで熱波が到達する。

 

「勝ちてえくせに……ちくしょう……敵に塩送るなんて、どっちがフザけてるって、話だ……」

 

炎の膜の中から、泣きそうに震えた轟の声が響く。

 

「俺だって、ヒーローに…!!」

「___…!!」

 

轟の顔は、歪に微笑んでいた。

 

「焦凍ォオオオ!!!」

 

観客席の一角から突然上がった雄叫びに、ネリエルはぴくっと反応した。

 

「やっと己を受け入れたか!!そうだ!!いいぞ!!ここからがお前の始まり!!俺の血をもって俺を超えていき……俺の野望を、お前が果たせ!!」

 

叫んでいるその男性の姿には、ネリエルも見覚えがあった。

 

「あれって、No.2ヒーローの…」

「ええ。フレイムヒーロー、エンデヴァーさんね。轟ちゃんのお父さんでもあるわ」

「なんか言ってんね。野望がどうとか…」

 

『エンデヴァーさん、急に“激励”…か?親バカなのね』

 

実の父親の声も、会場のざわめきも無視して、轟は顔を拭いながら緑谷だけを見ている。

 

「凄……」

「何笑ってんだよ。その怪我で…この状況でお前……イカれてる。どうなっても知らねぇぞ」

 

緑谷と轟が身構える。

同時に、ステージの外で控えていたセメントスとミッドナイトが動きを見せていた。主に重傷である緑谷のこれ以上の無茶を止めるためだろう。

 

そんなことは目に入っていない様子で、緑谷は轟に向かって一直線に駆け出し、轟は左半身に纏う炎を急速に大きくしていく。

 

最後に轟は何事かを緑谷に向かって呟いていたが、直後、全てが爆風にかき消された。

 

体の軽い者であれば、吹き飛ばされてしまうほどの大規模な爆発。

 

実況解説席はガラスの窓が貼られているが、その中にまで届いた衝撃でプレゼント・マイクがひっくり返っていた。

 

『何今の…おまえのクラス何なの……』

『散々冷やされた空気が、瞬間的に熱され膨張したんだ』

『それでこの爆風て、どんだけ高熱だよ!ったく何も見えねー、オイこれ勝負はどうなって…』

 

徐々に爆風が晴れると、セメントスが張ったコンクリートの防壁は全て破壊され、ステージの全面が粉々になっている様相が顕になる。

そしてその奥、スタジアムの壁に緑谷が叩きつけられ、力無く崩れ落ちていた。

 

「緑谷くん………場外。轟くん___…三回戦進出!!」

 

自身も吹き飛ばされてしまっていたミッドナイトだったが、そう宣言してすぐに緑谷へと駆け寄る。

 

「み……っ緑谷くん!!」

「で、デクくん!アレ大丈夫なん…!?」

「少し動いたから、意識はあるみたい。でも心配ね」

「やっぱヤベェ奴だぜ緑谷…!!」

「運ばれていったわね。大丈夫かしら…」

 

搬送ロボに乗せられた緑谷は、担架の上で呻きながらもがいていた。

 

『ステージ大崩壊!こりゃまた補修が必要だな…!小休憩かねて補修タイムだ!!セメントス〜!過労死しない程度に頼むぜ!!』

 

プレゼント・マイクの言葉を聞いて、ネリエルは席から立ち上がった。

 

「次の用意があるから控室のほうに行くけれど、途中で救護室に寄ろうかな。緑谷くんのお見舞いに」

「俺もそうしよう!!」

「わっ、私も!心配だから…!」

「USJのよしみだ、見舞ってやらあ!」

「私も行くわ」

「ウチも行こっかな」

 

二回戦の次の組であるネリエルと飯田が揃って立つと、麗日と蛙吹、峰田、耳郎もそれに続いた。

 

「冷気ヤバかったね。ネル、足冷えてない?」

「うん、大丈夫だよ。私、寒さには強いんだ」

「ならよかったけど…次、飯田に勝ったら轟とだから気をつけてね」

「ありがと」

 

通路での耳郎との会話で、少し後ろを歩いていた飯田が「むっ!」と声を上げる。

 

「俺にはもう勝ったつもりかい、ネリエルくん!?」

「まさか。飯田くん対策もずっと考えてるよ」

「そうか!ではくれぐれも油断しないでくれたまえ!」

「もちろん」

 

ネリエルが笑顔で飯田にそう答えたところで救護所の近くに着くと、峰田が真っ先に扉に手をかけ、ノックもせずに開け放った。

 

「緑谷ー!!!」

「デクくん!!」

「緑谷くん!!」

 

入り口の近くに立っていた金髪の痩躯の男性が、突然開いた扉に驚いたのか心臓のあたりを押さえている。

 

「みんな…次の試合…、は」

「びっくりした…」

「? 初めまして」

 

麗日が礼儀正しく挨拶をし、飯田が緑谷に次の試合はステージ補修待ちであることを伝えている。

そんな中、ネリエルの目は大きく見開かれ、その金髪の男性を凝視していた。

 

「……オー……」

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