ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクが『ヒーロー』になるまでの物語   作:猫禰捏涅

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24.最終トーナメント:ネリエルvs飯田

「……オー……、……っ」

 

口に出しかけた言葉を、寸での所で飲み込む。

 

「怖かったぜ緑谷ぁ。あれじゃプロも欲しがんねーよ」

「塩塗り込んでくスタイル、感心しないわ」

「超パワーは見せられてただろ。どっかからはスカウトくるよ」

「でもそうじゃんか」

 

峰田が正直すぎる感想を漏らし、蛙吹からは舌で、耳郎からは『イヤホンジャック』の先端で制裁されている。

他の友人らの注目は緑谷に集まっているが、ネリエルはそちらに集中しきれず、チラチラと金髪の男性を伺った。

 

(……オールマイト、だよね………?)

 

ネリエルの優れた嗅覚は、痩せこけたその男性と、マッシブな大男であるNo.1ヒーロー、オールマイトが同一の人物であることを訴えている。

あまりにも外見が異なるので、視覚情報だけであれば分からなかっただろうが、ほんの少しだけ聞こえた男性の声もオールマイトのそれに非常に似ていたことも合わせて、ネリエルはその事実を確信していた。

 

「うるさいよホラ!心配するのはいいが、これから手術さね」

「シュジュツー!!?」

 

リカバリーガールがそう言って生徒達を追い出そうとする。

 

「緑谷、パワーマジすごかった!でもあんま怪我しすぎんなよー!」

「緑谷くん!残念な結果になっちゃったけど、いい試合だったよ!ゆっくり休んで!あと………」

 

耳郎と共に救護所から追い出されながら緑谷に声をかけ、ネリエルは最後にオールマイトと思しき男性をちらりと見る。

男性も入り口のほうへと顔を向けており、ネリエルと視線が合った。

 

「……………分かりました。では、また(・・)

 

それだけ言って頷いたネリエルが廊下へ出ると、救護所の扉がさっさと閉じられ、廊下へと締め出される。

 

「手術までやることになるとは…」

「心配やね……」

「病院行きにはなってないから、救護所だけで大丈夫みたいで少し安心かしら。ひとまずは、次の試合ね」

 

蛙吹がネリエルと飯田を見る。

 

「うむ!彼のことは心配だが…今は切り替えよう!」

「そうだね。頑張ろ、飯田くん」

「ああ、お互いにな!!」

 

互いに頷き合い、控室へ向かうためにそれぞれ別の方向へと足を向ける。

 

「行ってくるね!」

「二人とも、応援してるわ」

「ネリエルッパイに負けんなよ、飯田!!オイラなら飛び込んじまうがな!」

「君は何を言っているんだ、峰田くん」

「飯田くんもネリエルちゃんも、あんまり怪我せんようにね…!」

 

次々と友人達からの声援がかけられる中、耳郎が片手を上げる。

 

「ウチの分まで…って、変かな」

「ううん、響香ちゃんの分も頑張るよ。相棒でしょ?」

「ん、ありがと!ファイト!!」

 

騎馬戦前の時のように、耳郎とハイタッチを交わす。ネリエルは皆に向かって力強く微笑んでから、控室へと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

緑谷のことを心配してやってきた生徒達が去った後の救護所は、一気に静かになった。

緑谷が手術のために麻酔で眠りについた姿を、金髪の男性_____オールマイトが見つめている。

 

「リカバリーガール………」

「ああ、うん……気づいてたね(・・・・・・)

「やはり……そう、ですかね?」

 

オールマイトの顔からはだらだらと冷や汗が垂れている。

ネリエルと視線が合った時、彼女は何かを察した顔をしており、かけられた「また」という言葉に含みが持たせられているのは明らかだった。

 

「ウシ科の動物は、種類によっては犬よりも鋭い嗅覚を持っているさね。あの子も“個性”の影響で、ハウンドドッグのようにそれが形質として現れているなら……まあ、誤魔化せないね」

「あぁああ〜……」

 

頭を抱えたオールマイトに、リカバリーガールが手術の準備をしながら話を続ける。

 

「あの子は聡いし、賢い子だ。たぶん、アンタが何かの事情があってトゥルーフォーム(その姿)を隠してることにも気づいてたよ」

「ハイ……そのようです……」

「それとも何かい、あの子は人の秘密をベラベラ言いふらすような子なのかい?」

「いえ、それはありません」

 

オールマイトは即座にきっぱりと否定の言葉を返した。

 

「接した時間はまだ短いですが、それでも分かります。ネリエル少女は、誠実で心優しい。私の秘密に察しがついたとしても、周囲に言いふらすようなことは絶対にしないでしょう。ただ……」

「ただ?」

「そう、ですね……彼女に、その秘密を背負わせてしまったことが、心苦しいのです。緑谷少年との関係には、さすがに気付けていないでしょうが……」

「それなら、あの子とも後でしっかりと話をするんだね。背負わせて終わりになんて、するんじゃないよ」

「はい。…ありがとうございます」

 

リカバリーガールとの会話で気持ちを立て直せたオールマイトは、背を正して先達へと頭を下げた。

落ち窪んだ眼窩の中で気弱に揺れていた瞳は、既になかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

(うん……私も、前世(アランカル)の記憶だけじゃなく、この人生でも周りに言えないことはあるし……)

 

ネリエルは控室でストレッチをしながら、内心で自分をそう納得させる。

オールマイトのことは考えないようにしながらそれを続けていると、プレゼント・マイクの『補修完了!次の組、いくぜ〜!』という陽気なアナウンスが聞こえてきた。

 

「よしっ」

 

気合いを入れ、控室を出て廊下で『カモシカ』へと変身する。

 

『二回戦、二組目はこの二人!!ヒアウィゴーー!!』

 

四足で軽く駆け足になり、通路からスタジアムへと飛び出す。

わぁああああっ、と巨大な歓声がネリエルと、反対側の通路から出てきた飯田に降りかかった。

 

『大・注・目の、走力対決!!圧倒的なパワーとスピードでライバルを蹴散らしてきた_____ネリエル・トゥ!!』

 

ネリエルはにこっと笑い、観客席に手を振る。野太い雄叫びと黄色い悲鳴があちこちから上がった。

 

(バーサス)!!全てを抜き去る加速力のF-1エンジン!!飯田天哉!!』

 

飯田は観衆の声には応えず、生真面目な表情で眼鏡を押し上げ、真っ直ぐにネリエルを見ている。

 

ネリエルも静かに凪いだ表情へと切り替えて二人が向かい合うと、ピリッとした緊張感と共に、スタジアムが一瞬の静寂に包まれる。

 

『___…START(スターート)!!!』

 

ド、という轟音は同時に発生した。

 

「はぁああああっ!!」

 

二人の体は、全く同時にスタートラインから飛び出している。

 

『先に攻撃を仕掛けたのは飯田!!スピードの乗ったイイ蹴りだあ!!』

 

飯田が吠えながら加速した足を軸にしてもう片足を振り回し、ネリエルの上半身の胴を狙い澄ましている。

ネリエルは片腕を立てて脇を締め、その蹴りを受け止めながらさらに前進した。

 

「ふ、っ!!」

 

真正面からのネリエルの体当たりは、飯田がさらに加速したことでかわされる。

ドリフトする車のように地面を滑って円を描いた飯田に対し、ネリエルは前脚で急制動をかける。

 

『一瞬の攻防!!初手はどっちもいなす!!』

 

遠心力を利用してさらに加速した飯田が、くるりと後ろ足を軸にして振り向いたネリエルに再度突進する。

 

「おぉおおお!!」

「よ、っと!」

 

真正面から走ってくる飯田に向けて、ネリエルはぐわりと前脚を持ち上げた。

 

「ぬォオ!!?」

 

ドガン!!という重い音と共に地面を陥没させた踏みつけは、ギリギリのところでかわされた。

 

だが、飯田はネリエルの横をすり抜けて背後に行ったことが仇となる。踏み込んだ前脚をそのまま支えにして、思いきり振り上げられたネリエルの後ろ脚が、飯田の顔面をかすめた。

 

「さすが、早いね!」

「くっ、君こそ…!恐ろしい反応速度だ!」

 

『ネリエル、容赦ないカウンター!!あれに踏んだり蹴ったりされたら、骨が逝っちまうぜ!』

 

飯田がネリエルから走って距離を取る。リーチで勝るネリエルに対して普通は不利な選択だが、助走の分『エンジン』にギアを入れられる飯田にとっては、むしろ利点になる。

 

「っ!」

 

先程よりも重い蹴りが、立てた左腕に叩き込まれる。

しっかりと防御すればさほどダメージは受けないが、首や頭に受ければネリエルとて無事では済まないだろう。

『今』のネリエルには、破面(アランカル)の持つ、文字通り鋼のような皮膚である鋼皮(イエロ)は存在しないのだ。

 

「これで…っ小揺るぎも、しないとは!!」

 

そう唸る飯田の足を振り払い、逆に身体を掴もうと手を伸ばすが、すぐさま腕が届く範囲から離脱されていく。

 

ネリエルは後ろ脚を踏み込み、軽く跳躍してその後を追った。

対して、飯田は深い前掲姿勢を保ち、ステージ上を大きく使って逃げる。

 

『飯田、ネリエルの手を回避して素早く逃げる!!やたらと姿勢が低いな!!?』

『オーデルは体がデカくなった分、手の位置が普段よりも高い。蹴りや踏みつけへの警戒は必要だが、低い体勢なら掴みや殴りを警戒しなくてよくなるからな』

『なーるほど!!?ネリエルは飯田の後を追っちゃいるが、このステージじゃ飯田のほうが有利か!!』

 

完全な平面であるステージの上では、ネリエルの手の下を潜るように飯田が攻撃をかわし続ける。

 

飯田はその間にもどんどんスピードが上がり続けているが、ネリエルが最高速度に乗るためには、より長い助走距離が必要だ。

飛び出す際の瞬発力はあるものの、その後のスピードを維持するにはフィールドが狭すぎる。

 

(やっぱり、加速力じゃ飯田くんにはまだ(・・)敵わない!!)

 

ネリエルはそう思いながらも、口元には薄っすらと笑みを浮かべた。

 

何度目かの飯田の蹴りが、今度は足元を崩そうと低い位置から放たれる。

それを跳躍でひらりと避け、そのまま脚を踏み潰すべく前脚を振り下ろす。

 

「うわぁあっ!!?」

 

驚愕に目を見開いた飯田が体勢を崩し、ごろごろと横に転がった。不意の転倒だったため、ネリエルにも行き先が予想できず一度攻撃の手が止まる。

 

「……幸運ね。次は潰すわ」

 

転がっていく勢いのまま立ち上がった飯田は、ネリエルの言葉に目を見開く。

 

「っ…かなり性格が変わるんだな、君は!」

「そう?」

 

短く応えて、ネリエルが駆け出す。上半身を前傾にして低く沈み込むような姿勢だ。

 

『ネリエルのほうも姿勢を低くした!転びそうで…転ばない!!』

『リスクは承知で、転ぶ前に脚を前に出してるんだろうな』

 

解説された通り、ネリエルは前傾になると同時に脚の回転を早め、ほとんど転ぶような勢いで前に行く体に追い付かせている。

 

「っぐ、!!?」

 

今度は掴むのではなく、殴りかかる。飯田が半身を逸らしたことでミートは外されたが、左肩に拳が入った。

 

『おおお!!ここでステゴロ!!一発入ったが、決定打にはならず!!』

 

体勢を立て直した飯田は、短い気迫の声を上げながら『エンジン』の推進力を活かした蹴りを放つ。

 

「はぁっ!!」

 

ネリエルはトン、と軽く跳躍してそれを避ける。飯田の爪先が起こす風圧がネリエルの髪を翻した。

 

「! そういうこと…」

 

ドルンッ、という低い音と共に、飯田が大きくネリエルから距離を取った。蹴りを避けられることは織り込み済みだったようだ。

 

だが、真面目で実直な飯田の動きは読みやすい。今も体の前に腕を構え、体当たりでネリエルを押し出そうとしている狙いが丸わかりだ。

 

その初々しさに微笑みながら、ネリエルは飯田の攻撃を受け止めるべく脚を止め、四足でしっかりと地面を踏み締めた。

 

『ネリエルは突っ込んでくる飯田を迎え撃つ構え!!飯田、このネリエルを崩せるかどうか___!?』

 

「おおぉおおっ!!レシプロ・バーストっ!!!」

「!」

 

飯田のスピードが急激に上がった。脚部の『エンジン』がうるさいほどに唸りを上げている。

 

『飯田の必殺技!!騎馬戦で見せた急加速だあーーー!!』

 

ドォン!!という轟音を立てながら、飯田がネリエルに激突する。

 

「っ!!これが…!」

 

騎馬戦では氷の壁に遮られて見えなかったが、実況から飯田が何かの技を使ったのは分かっていた。

 

爆発的な加速力で突っ込んできた飯田の体当たりを、ネリエルは交差した腕で受け止めたが、体は後ろへ押され、蹄が地面に轍を刻む。

 

「ぬぅうう…!!まだ、まだっ!!」

 

飯田の『エンジン』からは高々と排煙が上がり続けている。ずるずるとネリエルの脚は後退り、場外を示すラインに近づいていく。

 

『ネリエル、押し込まれていく!!このまま場外になるかーーー!!?』

 

ネリエルはちらりと飯田の脚部を見た。

 

(恐らくは自壊、もしくはオーバーヒート覚悟の技で、時間制限がある。受け止め続けることはできるけど…その前に押し出される)

 

そう分析しながら、腕に込めていた力を少し抜く。

 

「もう、少し…っ!!」

 

飯田が気焔をあげながら、その隙に腕と体でさらに押し込んでくる。

だが、場違いなほど優しく微笑んだネリエルは、体からもフッと力を抜いた。

 

「な、っ?」

 

飯田の視点からは、目の前にあった分厚い被毛の壁が急に消えたように見えたことだろう。

 

能力が“個性”の『カモシカ』となったことで得られた利点の一つ、素早い形態変化。

約2メートルの体高が急激に縮小したことで、飯田のスピードとパワーは行き場を無くす。

 

「受け身は、取ってね!!」

 

そう言いながら、支えを無くして前につんのめった飯田の脚を掬い上げる。

 

「っうわぁああっ!?」

 

突進の勢いのまま投げられ、飯田がフィールドの外へと吹き飛んでいく。

 

「ぐっ!!?」

 

べしゃりとステージの一段下になったところに落ちていった飯田を見送り、ミッドナイトが鞭を鳴らした。

 

「飯田くん、場外!!三回戦進出、ネリエルさん!!!」

 

宣言の後、一拍置いてドワッと会場から歓声が爆発した。

 

『け……決着ーーー!!!“剛”の激突かと思いきや、勝負を制したのはネリエルの“柔”!!!』

 

ネリエルはすぐに飯田の元へと駆け寄る。

呆けた表情をして転がっていた飯田は、人型になっているネリエルを見て、ようやく得心がいったようだった。

 

「そうか…四足の形態から人型になりながら、僕のスピードをそのまま投げる力にしたのだな」

 

悔しげに唇を噛む飯田に手を差し出しながら、笑いかける。

 

「あのままだと押し出されちゃってたからね。強かったよ、飯田くん。怪我はしてない?」

「ああ、傷一つない!ネリエルくんこそ、さすがだ。君の形態の切り替えなど頭から抜けていたよ。その視野の広さも見習わねばな!」

 

手を掴んで飯田を助け起こし、そのままがっちりと握手をする。

会場からは万雷の拍手が降り注ぎ、二人の健闘を称えた。

 

『いやァーー見応えのある試合だったな!!どっちの良さも爆発してたぜ!!』

『それぞれ“個性”の長所を活かせてたが…一枚、オーデルのほうが上手だったな』

『てっきり最後までがっぷり四つで行くと思ったもんよ!こっちも意表を突かれちまった!!』

 

歓声が上がり続けている観客席に向かって手を振る。飯田はあちこちに向かって、几帳面な直角のお辞儀をしていた。

 

「私はこのまま観客席に戻ろうかな。飯田くんも一緒に戻る?」

「いや、俺は控室に携帯電話を置いているから、取りに行ってくる。先に戻っていてくれたまえ!」

「そっか。じゃあ、また後でね」

「ああ、また後で」

 

そう言って小さく笑った飯田は、くるりとネリエルに背を向けて退場していく。じわりと赤くなった飯田の目尻は、光を反射した眼鏡に隠されて誰にも見られることはなかった。

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