ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクが『ヒーロー』になるまでの物語 作:猫禰捏涅
温かな拍手に手を振り返しながら退場したネリエルは、薄暗い通路に誰かが佇んでいるのを見つける。
ネリエルを見て片手を挙げたのは、緑谷と共に救護所にいた、金髪に痩躯の男性だった。
「ネリエル・トゥさん。少し…話せないかな?」
「_____はい」
男性に誘導されてたどり着いたのは、観客席の後方にある屋外の通路だった。人気は無いが、前は開けていて手すりの向こうにステージがよく見える。
「あー…その……」
「普段通りの呼び方でいいですよ、オールマイト」
「……やはり気づいていたのか、ネリエル少女」
どう話を始めたものかと唸っていたところをネリエルが促すと、男性___オールマイトが、へなりと眉を下げる。
「気づいたのは、匂いでかな?」
「そうですね。あとは、声も」
ステージ上で戦う常闇と塩崎から目を離し、オールマイトの造作をまじまじと見つめる。
「間近でよく見たら、顔も同じですね」
「…顔もかい?そこはかなり違うと思うんだが…」
「でも、骨格は変わらないでしょう?」
「ああ…そうだね」
オールマイトが頷くと、ネリエルが黙って試合の観戦を始めたため、二人の間に沈黙が下りる。
深く事情を聞くつもりはない、というネリエルの意思の表れだ。
「……この姿は、昔大怪我を負ったことが原因の後遺症でね」
しばらくの無言の後、オールマイトが話し出す。
「マッスルフォーム…と、私は呼んでいるのだが、世間の皆が知るあの姿は、わずかな時間しか維持できないようになってしまった」
ネリエルはオールマイトに視線を戻す。
「…普段の生活に支障は?」
「普通に過ごす分には、さほど。ただ、無理をすれば傷ついた臓器に負担がかかってしまう。…USJでも、かなりの無茶を押していた」
言葉を切ったオールマイトは、真っ直ぐにネリエルを見る。
「あの時、生徒の皆が私を助けてくれなければ、『平和の象徴』が無くなってしまうところだったんだ。改めて、本当にありがとう」
「……いえ。社会にオールマイトが必要なのは、理解しているつもりです。あなたの秘密を誰かに言いふらしたりはしません」
そう言ったネリエルに、オールマイトがにこりと笑って軽く首を振る。
「いいや、その点については心配していないさ。君に伝えたいのは、雄英の教師達のことだ」
「先生達は、もしかして…」
「ああ。皆、私の秘密を知っている」
「そうなんですね。じゃあ相澤先生も…」
「知っているよ。相澤くんにも君がこの秘密を共有していることは伝えておくから、何かあれば頼りなさい。もちろん私でも構わない」
「わかりました」
ネリエルはこくりと頷いた。
「オールマイト、緑谷くんもこのことを知っているんですか?」
「え……ああ、いや、そうか。救護所にいたんだものな。そうだね、彼は偶然が重なって、私の秘密を知ることになった一人だ。今は手術中で眠っているが…君が知っているということは、後で伝えておこう」
「いいんですか?」
「あまり話題にしすぎるのは、できれば避けてほしいけれどね」
「それは、もちろん」
そう答えてから、悩みながらも口を開く。
「緑谷くんとオールマイトは…親戚なんですか?」
「………えっ!!?」
オールマイトはビクッと肩を跳ねさせた。そんなに大袈裟に反応することだろうかとネリエルが思っていると、首だけでなく手まで大袈裟に振って否定される。
「い…いやいやいや、違うよ!!緑谷少年は……その、弟子のようなものでだね!ああもちろん、生徒は皆、私の弟子とも言えるわけだが…!」
「いえ……興味本位で聞いちゃってごめんなさい」
「なんだか誤解が生まれそうな気がするな!?本当に違うからね、その、そう思った理由を聞いてもいいかな!?」
オールマイトにそう問われ、ネリエルは少し考えてから話し出す。
「オールマイトと緑谷くん、“個性”が全く一緒なんじゃないかな、って思って」
「_____!!」
「二人の……
ごくり、と息を呑む音がオールマイトの喉から鳴った。
「入学初日の身体測定の時、緑谷くんがボール投げで“個性”を使う前、すごく強い
「えぇッ!!?え、ぁ…えっ、気づいて…!?もしや、マッスルフォームになったあの瞬間のことかい!!?」
ネリエルは曖昧に頷く。
「その場面を私は見ていませんけど、多分そうだと思います。急に強い気配を感じて、そのすぐ後に緑谷くんが使った“個性”からも、同じ気配がしました」
「そんな……ことが……」
「だから、二人は同じ“個性”なんじゃないかなって。“個性”はそのまま遺伝することもあるから、親戚なのかと思ったんです。ただ……この力の気配を感じるのは、なんというか本能的なものなので、理論立てて説明するのは難しいです」
(霊圧を感じ取る感覚とも違うから、たぶん“個性”由来なんだろうと思うけど)
内心でそう推測していると、オールマイトが納得したように何度も頷いた。
「そうか……ネリエル少女の“個性”なら、確かにそういうこともあるかもしれない。ああ、君のその感じ方は正しいよ。詳しく説明することはできないんだが、確かに私と緑谷少年の“個性”は非常に近しいものなんだ。親戚ではないけどね!!」
「やっぱり、そうなんですね。思い返すと…USJの時も、緑谷くんとオールマイトの気配はよく似ていました。あ、あとは梅雨ちゃんも、二人の“個性”が似てるってことには気づいてましたよ」
「あ、蛙吹少女もか!う、ううむ…彼女も冷静で聡明だからね……」
肩を落としているオールマイトを他所に、ネリエルは遠くのステージ上で塩崎に対して勝利を収めた常闇に向けて、パチパチと拍手をしていた。
「っと、これ以上は気にしても仕方ないか。ネリエル少女、長く引き止めてしまってすまないね」
「いえ。ではまた、オールマイト」
「ああ!」
小さく手を振るオールマイトに会釈をしてから背を向ける。
オールマイトも薄暗い通路の中へと消えていき、二人の短い会話は誰に聞かれることもなく静かに終わった。
◇
『『
常闇対塩崎の試合は、一方的な展開になっている。
自由自在に伸縮して体の大きさも変えられるため拘束ができない上に、『ツル』を引きちぎることができるパワーまで兼ね備えた『
常闇にとっては幸運にも“個性”の相性がよく、塩崎にとっては不運にも悪い相手であり、このまま順当にいけば常闇が勝つだろう。
故に、相澤は特に解説することもなく、体育祭後にフィードバックをするために試合は観ているものの、時折視線を手元の資料に落としていた。
一番上になっている資料は、今戦っている常闇のものでも塩崎のものでもなく、『ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンク』と題されているものだ。
その資料に目を通しながら、相澤は密かに考え込む。
(オーデルの“個性”は、大型哺乳類であるカモシカの特徴を下半身に発現する。高い機動力と強靭な肉体……それだけに頼った力押しなら、ただの『強“個性”の生徒』だ)
実際、第一種目の障害物競走と、第二種目の騎馬戦では、ネリエルはそれらの強みを存分に活かして暴れ回っていた。
だが、と相澤は内心で呟く。
(あまりにも、戦闘が
USJでのネリエルの行動と言動を思い出す。
『必要以上には
『この程度は何ともありません。…行きます』
『了解。常に視界に入れるよう動きます』
自身の特性と状態を客観的に把握した上で、相澤を背に負って最大の効果を出すための動きを迷いなく選び取る、優れた判断力。
『切島くん離れて!『手』の奴は触れられたらアウトよ!!』
『黒い怪人の腕を吹き飛ばしましたが肉体が再生しました、緑谷くんの超パワーのパンチも効きません!!『手』の敵は触れられたらアウト、黒いモヤは『ワープ』です!!』
相澤の肘が
特に、オールマイトに向かって一息で叫ばれたという、端的かつ正確に
(生死がかかっている場面で、正常な判断、思考、行動をするのは、訓練された人間でなければ不可能……いや、ごく稀にそういう
ネリエルのその『異質さ』は、体育祭の中でも徐々に発揮されてきている。
対上鳴との一戦で見せた、電気の性質と自身の角を利用した作戦は元より、言葉と行動にブラフを交えながら、ギリギリまでその作戦の気配すら悟らせない試合運び。
(アイツが転ぶと同時に角を折ったのは、上鳴との応酬がおおよそ三、四手目あたりの頃だ。となれば一手目か二手目あたりで、即座に肉体のみでは通じないと判断している。上鳴と直接戦う前から作戦を考えていたのかは分からんが…… )
対飯田との一戦では、完全に意識外になっていた『カモシカ』形態と人型形態の切り替え、さらに慣性を利用した巧みな体捌き。
(生真面目な飯田が、走力対決に集中しすぎたというのもある。だが、オーデルは
相澤は資料から目を上げ、ステージを睨みながら小さくため息をつく。
(………押し並べて、『老獪』という言葉が一番しっくりくる。……十六歳の、高校生に?)
ステージ上では常闇の『
常闇は塩崎の攻撃を受けることも、『ツル』に拘束されることもほぼなく、全くの無傷だ。これが
『『
「別にどうもこうもねえよ。クラスメイトだからって手加減するようなら補習は受けさせるけどな」
『シヴィーーー!!!』
爆豪と轟を筆頭に、ヒーロー科の生徒というものは上昇志向が強いものばかりで、今までそのような場面はほとんど無かった。
リカバリーガールが控えていて、大抵の怪我は治せると保証されているのもあるだろう。
(そういう要因に紛れて、今のところは目立ってねえが…オーデルの躊躇いの無さは、どこか違う)
相澤はガリガリと頭を掻いた。
(クソ……
実況を一区切りし、音響機器をミュートにして伸びをしていたプレゼント・マイクが、苛立った様子の相澤に首を傾げる。
『Ha-ah?どしたよイレイザー』
「いや………」
ネリエルの戦い方や言動について意見を聞こうと、プレゼント・マイクを見た相澤の懐で、スマートフォンが鳴る。
画面を見れば、着信はリカバリーガールからだった。
「___はい、相澤です。…はい。……は!?」
『うおっ!?』
ガタン、と椅子を蹴り飛ばしながら立ち上がる。
「オーデルが___倒れた!?」
◇
オールマイトとの会話の後、ネリエルは階段を降りてクラスメイト達の元へと向かっていた。
「……っ」
その途中、ツキン、とした鋭い痛みが右の側頭部に走った。
折った角が生えていたあたりだが、裂けた皮膚は既に治り、小さいながらも次の角も生え始めている。
「…?」
すぐに痛みも消えたため、ネリエルは首を傾げながらも気にしないことにして、観客席の下方へと降りて行った。
切島と爆豪の試合を見ていたクラスメイト達が、戻ってきたネリエルに気づいて振り返る。
「あっネル!おかえり!おめでとー!!」
「おめでとうございます、ネリエルさん」
「ケロ、すごく巧みな試合で見とれちゃったわ、ネルちゃん」
「ほんとすごかったよー!!ダイコーフン!!」
「迫力ヤバかったね!!でも最後は優しかった!!」
「やっぱスゲェな、ネリエル!」
「これでベスト4か、おめでとう!」
「俺の分まで頑張ってくれよー!!」
「ありがとう!準決勝も頑張るね」
次々にクラスメイトたちからかけられる祝福の言葉に一つ一つ礼を返しながら、ネリエルは耳郎の隣に座った。
耳郎の反対側の隣にに座っている八百万が、席から身を乗り出して話しかけてくる。
「やはり、ネリエルさんは戦い方がお上手でいらっしゃいますわ。どうすればそんな風に戦えるようになれるのでしょうか?」
八百万は、どこか縋るような必死な表情をしている。ネリエルはそれを見て、少し眉を顰めた。
(モモちゃんのこれは、あんまりよくない気がするなあ…)
八百万の今の表情には、見覚えがあった。
かつて
上位者の気まぐれ一つで魂魄がすり潰されかねない
そのような下衆な目的で近づいてくる者は、大抵ペッシェとドンドチャッカによって遠ざけられていたが、ネリエルも生き残るために必死な彼らの姿は見たことがある。
(もちろん、モモちゃんは私に媚を売るなんて思っていないだろうけど。でも、今のモモちゃんは……)
ネリエルは軽く首を傾げ、悩みながら口を開く。
「……モモちゃんなら…私よりももっとずっと、色んなことができると思う」
「? え、と……」
「それに、私とモモちゃんだと能力が違いすぎるよ。“個性”の性質も、使い方も。あとは、考え方もかな」
ネリエルがそう言うと、八百万は俯いてしまった。
「それは…そう、ですわね……」
「確かに、桃ちゃんとネリエルちゃんは、戦い方が全く違うものね。お互いにあまり参考にならないんじゃないかしら」
二人をフォローするように、蛙吹が話をまとめた。
「意外と突き放すなー、ネリエル」
「けっこう厳しいとこあんのね」
「まー、俺らってお互いライバルでもあるしさ!」
砂藤、瀬呂、上鳴もネリエル達の会話を聞いていたらしい。ネリエルは彼らの感想を聞いて、「そうかな」と口の中で呟きながら、ステージのほうへと目を向けた。
爆豪の『爆破』が切島を幾度も襲っているが、切島は『硬化』で真正面からそれらを防いでいる。
二人の“個性”も、戦い方も全く異なるものだ。それは別個の存在であるがために当然のことである。
(
ネリエルは無意識のうちに顎に手を当て、考え込む。
(何か参考になるものがあればいいんだけど、それも思いつかない、し……、……?)
ぐら、とネリエルが見ているステージが、唐突に斜めに傾いた。
「……ネル?っネル!?」
「ネルちゃん!?」
「ネリエルさんっ、どうされましたの!?」
「あ……れ……?」
周囲の声が遠のいていく。
「…あた、ま……いたい…ス……」
そう呟き、襲いくるひどい頭痛に耐え難くなって、ネリエルは固く目を閉じた。
ネリエル、誕生日おめでとう〜!
こんな不穏なエピソード投稿してすまない…。