ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクが『ヒーロー』になるまでの物語 作:猫禰捏涅
「軽い
救護所のベッドに寝かされ、リカバリーガールの診察を受けたネリエルは、そう診断を下された。
「それって…!」
「大丈夫なんですか!?」
ベッドのそばに立ってネリエルと共に話を聞いているのは、ひどい頭痛でまともに歩けなかったネリエルをここまで抱えてきた砂藤と、それに付き添って一緒に来た耳郎だ。
他のクラスメイトもネリエルを心配していたものの、救護所に全員で詰め掛けては迷惑になるからと八百万が止め、観客席のほうで待機している。
「重篤な症状は見られないから、処置はここで済むよ。脳震盪の治療に一番効く薬は、ゆっくり休むことさね」
「…っよかった〜…」
「めちゃくちゃビビったぜ……」
はぁああ、と大きくため息をついた二人に、ネリエルは横になったまま頭を下げた。
「ごめんね、また心配かけちゃって…」
「いや、確かにびっくりしたけど…重症じゃないならよかったよ」
「でもよ、ゆっくり休むってなると…」
砂藤がちらりとリカバリーガールを窺う。リカバリーガールはゆっくりと首を横に振った。
「準決勝への出場はダメだね」
「やっぱりか〜!」
「まあ、そうなるよね…」
はっきりとこれ以降の試合への出場を禁じられ、ネリエルはぐっと唇を噛んだ。
「試合の映像を少し見たけどね、そりゃあんな戦い方をしてれば脳震盪も起こすさね。直後はなんともなかったとしても、後から症状が出ることもあるんだ。しばらくは安静にしないといけないよ」
「……はい」
ネリエルの小さな返事に、リカバリーガールが頷く。
「さっき担任に連絡をしておいたから、もうすぐ来るはずだよ。そのまま休んでいていいから、何か体調に異変があったらすぐに言いな」
ちょうどその時、突然バタン!という大きな音と共に救護所の扉が開け放たれた。
「オーデル!」
「あ……先生」
「体調は」
端的に尋ねながら早足でベッドに近づいてきた相澤が、ネリエルの様子をざっと検分する。
「大丈夫です。頭痛もかなり治りました」
「電話でも言ったけど、軽い脳震盪だよ。搬送の必要はないが数日…いや、一週間は様子見がいるね」
「えっ、そんなに…」
目を見開いたネリエルに、リカバリーガールと相澤が揃って厳しい表情をする。
「頭の怪我は軽く見ちゃダメさね」
「準決は辞退、このまま救護所で安静だ、いいな。帰りも学校のバンで家まで送る」
「…わかりました」
「お前らがオーデルを運んだのか」
相澤が砂藤と耳郎を振り返る。
「あっ、ハイ!」
「ウチは案内と付き添いス」
「対応してくれて助かった。他の奴らは?」
「八百万がまとめてくれて、観客席のほうにいます」
「あ、でも今戦ってる切島と爆豪と、飯田と緑谷はまだ戻ってなかったっス」
「緑谷なら少し前に出て行ったよ。観客席に戻ってるんじゃないかね」
「じゃあ後で伝えねえと…あっ、そういや轟はずっといないっす!」
「わかった、ありがとう。俺は観客席のほうに事情を説明しにいくから、砂藤も一緒に戻って切島達にはお前から説明してやってくれ。轟は後で俺が探しておく」
「ウッス!」
「耳郎、悪いが女子更衣室からオーデルの荷物を持ってきて、ここに届けてもらえるか。観客席に戻るのは急がなくていい」
「分かりました!」
相澤からの指示を受けた二人は張り切っている様子だが、ネリエルは申し訳なく思って眉を下げた。
「すみません…」
「いいから、休んでいろ。……USJでも頭を打っていたんだ。こんな短期間で、頭部への連続の負傷は大事を見たほうがいい」
「そーだよ、ちゃんと休んでなよ、ネル!」
「クラスの奴らには説明しとくからよ」
「…ありがとう」
ネリエルは淡く微笑み、ぼんやりとした様子で視線を中空へと向けた。
その様子を体調があまり良くないためだと判断したのだろう、リカバリーガールがネリエルの体にブランケットをかけて休むよう促す。
相澤は小さく手を振る耳郎と砂藤を連れてすぐに出ていき、救護所はしんと静まり返った。
(……なんで、こんなに大事なことを忘れてたんだろう)
ネリエルがぼんやりとしていたのは体調不良のためではない。
頭痛はとうに鎮痛剤によって抑えられ、体は元よりどこも悪くはない。
(ハリベル……グリムジョー………)
頭が割れそうなほどの痛みと共に思い出したのは、かつての同胞の姿だった。
◇
「ここにいたか、轟」
「っ!?」
クラスメイト達から離れ、薄暗い通路からステージを眺めていた轟は、唐突に背後からかけられた声に肩を跳ねさせた。
相澤は轟のごく近くにまで来ていたにも関わらず、全く足音も気配も無かったのだ。
「相澤、先生……」
「すまん、驚かせた。だが急ぎでな、準決勝のことなんだが…オーデルが脳震盪を起こして、辞退になった」
「………え、」
ぽかん、と轟が口を開ける。
「お前は不戦勝で決勝に上がる、ってことだ。どうせなら一個ずつ勝ち上がっていきたかっただろうが、オーデルにはドクターストップがかかってる。対上鳴の時に頭を打ちつけたのが原因だと」
「そう…ですか」
事態をようやく呑み込めた轟が、少し顔を歪めて俯いた。
「…納得できねえか」
「……いえ、体調が優先なのは、分かります」
静かに問いかけた相澤に、轟は首を横に振る。
「でも……一つ、オーデルシュヴァンクに…謝らなきゃいけねえって思ったことが、あって」
「…クラスメイトなんだから、これから話す機会なんざ山ほどある。お前のそれは、この後でも遅くねえはずだ」
「……はい」
こくりと頷いた轟の顔を見て、相澤は外から見ても分からない程度に、僅かに表情を緩めた。
(憑き物が落ちた顔をしているな……緑谷の時か)
表情は暗いものの、険が取れている。相澤はそんな轟の肩にぽんと手を置き、通路の奥へ戻るよう促した。
「先に爆豪と常闇の準決だ。控室で待っとけ」
「はい…ありがとうございます」
◇
予備のタオルを取ってくると言い残して、リカバリーガールは救護所から一度出て行った。
一人になった部屋の中で、ネリエルは懐かしい名前を小さく呟く。
「ティア・ハリベル……グリムジョー・ジャガージャック……」
死神達の間では『霊王護神大戦』と呼ばれているという、
どういうわけなのか、ネリエルは今の今まで二人のことをほとんど忘れていた。
正確には、
記憶に靄がかかっていたような、薄いベールがかけられていたような状態だった。
「なんでだろ……そもそも……」
そもそも、何故ネリエルがこの世界に単なる人間___“個性”という特異な部分はあるものの___として生まれているのかすら、理由が分かっていない。
その辺りのことも含めて考えていると頭痛がぶり返してきたような気がして、ネリエルはぎゅっと目を瞑った。
コンコン、と救護所の扉がノックされる。
「……はーい?」
「ネルー、荷物持ってきたよ」
「あ、響香ちゃん!」
「起きなくていーから。はい、これ」
救護所を尋ねてきたのは、ネリエルの通学鞄と着替えを入れたバッグを持ってきた耳郎だった。
「体調は大丈夫?」
「うん、今はどこも痛くないよ」
「よかった。リカバリーガールは?」
「予備のタオルを取りに行ったよ。そうだ響香ちゃん、そこに置いてあるズボン!」
「ああ、これウチのか。洗濯終わってたんだ」
リカバリーガールが椅子の上に置いて行っていたジャージのズボンを指し示す。耳郎はそれを手に取ると、ささっと履いていたネリエルのズボンを脱ぎ、自分のズボンへと履き替えた。
「あっネル、このまま返していいの?洗濯とか」
「いいよ、そんなの!」
「そっか、ありがと。じゃあここに入れとくね」
耳郎はネリエルのズボンを畳み、バッグに入れて通学鞄と一緒に椅子の上に置く。
「帰りは先生に送ってもらえるんだったっけ」
「うん、学校のバンって言ってた」
「で……あ〜……」
そこから耳郎は何か話を続けようとしたようだったが、意味のない呻き声を上げるだけになっている。
「……あ」
ふら、ふらと耳郎の『イヤホンジャック』が所在無さげに揺れている姿に、ネリエルはピンときた。
「…もしかして、私の独り言、聞こえてた?」
「っいや、その…ごめん。盗み聞きするつもりじゃなかったんだけど……」
気まずそうに俯いた耳郎の、『イヤホンジャック』と指先がちょんちょんと合わせられている。
「ううん。響香ちゃん、耳がいいもの。仕方ないよ」
「……ごめん。話したくないなら、聞かないけど…すごい深刻そうだったからさ…」
顔を上げた耳郎の目には、純粋にネリエルを心配する色が表れている。ネリエルは柔らかく微笑んだ。
「ありがとう。実はね、ついさっきまで…昔の友達を忘れてたことに気づいたの」
「昔の、友達……てことは、『守ってくれた人』とは別?」
耳郎は『黒崎一護』のことは知らないものの、ネリエルがヒーローを目指す動機のことは知っている。
「うん、そう。その人とは別で、昔の友達は二人いて…一人は、私のことは友達なんて思ってないかもしれないけど。でも、ずっと一緒にいたから」
「へえ……それを、頭打って思い出したとか?」
「うーん…?どうだろ。なんだか、ふっと思い出したの」
「ああ、あるよね、そういうこと。なんかきっかけでもあったのかな」
「そうかもしれないね。忘れちゃってて申し訳ないけど…とにかく、思い出せてよかったなって」
「そっか」
ほっと耳郎が息を吐く。
「そういうことならよかったよ。マジ、あんま心配かけないでよ?」
「ごめんね」
「ハイハイ、そう言ってても、ネルは意外と無茶するんだからなー」
「無茶…のつもりじゃ、ないんだけど…」
「自分で自分の角を無理矢理折るとか、無茶以外に何なのさ」
反論できず、ネリエルは口をつぐんだ。
確かに、
「つーかネルならあれやんなくても、上鳴に勝てたんじゃないの?あんまし電気効いてなかったっぽく見えたけど」
「ううん、ちゃんと効いてたよ。ずっと電撃を受け続けてたら、たぶん体が動かなくなってた」
「はー…じゃあ、ポーカーフェイスだっただけなんだ。ウチは切島に
耳郎は改めて悔しそうな表情をしながら、『イヤホンジャック』をくるくると指に巻きつけた。
「っと、休まなきゃなのに長居してごめんね」
「全然、むしろ話してくれてありがとう」
「ん、じゃーネル、また学校で。ちゃんと体調良くなってから来なよ!」
「うん!またね」
明るく笑った耳郎が救護所を出ていくと、ネリエルは体を起こして耳郎が持ってきてくれたスクールバッグを引き寄せた。
中から小さなメモ帳とボールペンを取り出し、ベッドの上で横向きに寝転ぶ。
「……また忘れちゃうかも、しれないから……」
小さく呟きつつ、ネリエルはペンを走らせる。
記憶を確かめながら、意識の奥深くを辿りながら覚えていることをとにかく書き出していく。
その途中でリカバリーガールが救護所へと戻ってきて、ベッドの中で一心不乱にメモを書くネリエルを見て顔を顰めた。
「ゆっくり休みなって言っただろう。何を書いているんだい」
「思い出したこと、です。ついさっきまで、昔の友人を忘れてしまっていたことに気づいて」
「…それは、頭を打ったことに関係はありそうかい?」
「うーん……分からないです」
「そうかい。ちょっと目を診せな……。うん、頭痛がしたり、気分が悪くなるようならすぐに言うんだよ」
「はい」
リカバリーガールはネリエルの眼球の動きを少し診たものの、メモを書くことは止めなかった。
それをいいことにネリエルはカリカリとペンを動かし続ける。
(一護のことは……全部、覚えてる。……ううん、忘れていたことにも気づけないなら、それは……)
一護との思い出を書き連ねていくと、メモ帳のページは何枚も小さな文字で埋まった。
思い出せる限りのことを書き終え、ネリエルは最後に『一護と』と書きつける。
(私は、一護と会いたい。でも、ハリベルとグリムジョーとも会えたらいいな。グリムジョーは、私に会いたくはないでしょうけど……)
『一護と』の後に『会いたい』とは書かず、ページの余白に『ハリベル』『グリムジョー』と書き込む。
少し迷ってから『ハリベル』の文字を丸で囲み、ネリエルはメモ帳をパタンと閉じた。
(少しの寄り道ぐらい、いいよね。一護……)
目を閉じれば、優しく暖かなブラウンの瞳、太陽のように鮮やかなオレンジ色の髪、眉間に皺を寄せたしかめっ面がすぐに思い出せた。
くすりと笑って、メモ帳を握り込む。
体育祭の終了と共に相澤が救護所を訪れるまで、ネリエルはずっとそうしていた。
子供にはなりませんでした。何故なら巨乳でいてほしいからです。
次は職業体験編になりますが、ミルコにするかリューキュウにするかで迷ってます。アンケート結果でどちらに決まるというわけではないんですが、ご意見もらえると嬉しいです。
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