ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクが『ヒーロー』になるまでの物語   作:猫禰捏涅

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29.『脳無』 / 職場体験②

一年生達が職場体験に勤しむ傍らで、雄英高校には一人の来客が訪れていた。

 

「DNA検査?脳無の?」

「捜査協力をしているでもないし、情報漏えいになるが…君には伝えなくちゃと思ってね。黒幕への手がかりだ」

 

仮眠室にて、本来の姿(トゥルーフォーム)で来客___塚内に対応するオールマイトは、齎される情報に真剣に耳を傾けていた。

 

「あれから色々試したんだが、奴は口がきけないとかじゃない。何をしても無反応…思考停止状態。素性を調べるためDNA検査をしたところ、傷害・恐喝の前科持ち、まァ…チンピラだ」

 

塚内が掲げたのはマグショット、警察が容疑者を逮捕した直後に撮影する写真だ。

 

「奴の身体には、全く別人のDNAが少なくとも4つ以上混在していることが分かった」

「…………人間か、それ…?」

 

全く別人の肉体を混ぜ合わされた人間が生きていられるとは思えないが、塚内は頷いた。

 

「全身薬物等でいじくり回されているそうだ。安っぽい言い方をすれば、『複数の“個性”に見合う身体』にされた改造人間。脳の著しい機能低下はその負荷によるものだそうだが、まァ本題は身体の件よりDNA…“個性”の複数持ちのほう」

 

オールマイトは嫌な予感にたらりと冷や汗を流した。

 

「DNAを取り入れたって、“馴染み浸透する”特性でもない限り、“個性”の複数持ちなんてことになりはしない。ワン(O)フォー(F)オール(A)を持った君なら分かるだろ…恐らく…“個性”を与える“個性”がいる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いざとなりゃ保須市に跳んで(・・・)いく。覚悟しとけよ?」

 

ミルコはそう言ったが、一日目はそれ以上の事故も事件もなく、平和にパトロールだけで終わった。

 

そして終業後は貸しオフィスではなくホテルに案内され、職業体験の期間中は、その一室丸々とルームサービスも自由に使っていいと伝えられた。この好待遇はさすがトップクラスのヒーローである。

 

「ふう、気持ちよかった」

 

広々としたバスルームでしっかりと湯に浸かり、疲れを洗い流したネリエルは、シャツとハーフパンツだけの軽装に着替える。

 

柔らかなカーペットの上で髪を拭きながらストレッチをしていると、ピンポン、と部屋のインターフォンが鳴った。

 

「はーい」

「おう、私だ!」

「あれ、ミルコ?」

 

ルームサービスで夕飯を届けてもらえるよう頼んでいたのでホテルのスタッフかと思ったのだが、ネリエルの部屋を訪ねてきたのはミルコだった。

 

「雄英を襲撃したっつー(ヴィラン)連合とやらのことが聞きたくてよ。飯食いながら話そうぜ」

 

バスローブ姿のミルコを部屋に招き入れると、そう言いながら備えつけのソファに腰掛ける。

 

「でも、その(ヴィラン)について詳細なことは話せないんだけど…」

 

警察から『詳細を口外しないように』と言われたこともそうだが、USJで『脳無』の腕を吹き飛ばしたのはヒーロー的(・・・・・)ではなかった、とネリエルも反省している。

 

「じゃあ、お前から見た印象とかでいいからよ!」

「うーん…まあ、それぐらいなら」

 

話を渋るネリエルにミルコは食い下がった。ネリエルが了承すると、「やりィ!」と歓声を上げ、ルームサービスのメニュー表を眺め始める。

まさか職業体験でスカウトを入れたのはこれが目的ではないだろうか、と思われる喜び様に苦笑しながら、ネリエルも向かいのソファに腰掛ける。

 

「それで…私からあの(ヴィラン)への印象、ね」

「おうよ。どうだった?」

「どう……そうね、子供のようだった(・・・・・・・・)…かな」

「ほー?」

 

言葉を選びながら話すネリエルを、ミルコの視線が促している。

 

(ヴィラン)連合の目的は、『オールマイトを殺すこと』。No.1ヒーローである彼を殺すことでどれだけ混乱が起きるか、得をする裏の人間がどれほどいるかは想像もつかない」

「だろーなぁ」

「……でも、あの主犯らしい死柄木とかいう男は、そういう…ある意味で合理的な考えじゃなくて……殺したいから殺す(・・・・・・・・)。…そんな、幼稚な動機で動いてるように見えた」

 

積まれた積み木を壊したがる幼児のように、その時々の衝動で動いている。(ヴィラン)連合と名乗ったUSJ襲撃犯、その首魁の男へのネリエルの印象はそんなところだった。

 

「なるほどなぁ」

「あの、参考になる?ただの一生徒の意見なんだけど」

「なってるなってる。雄英に忍び込むなんてめんどくさそうなことやってデケェ事件起こしたわりに、やたらと影に潜みやがって。ミョーにチグハグなのが気持ち悪かったんだ。ただの子供(・・・・・)っつーんなら納得だぜ」

「そう……」

 

ミルコは頷きながらタブレットからルームサービスを注文している。

 

「んじゃ、次そっちな!何が聞きたい?」

 

一方的ではなく、ネリエルの疑問にも答えてくれる気はあったらしい。プロヒーローの生の声を聞ける機会に、ネリエルは遠慮なく質問をすることにした。

 

「じゃあ、ソロのヒーロー活動についてなんだけど。サポートの人って…」

「ああ、ソレか。ヒーロー公安からの紹介と…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オールマイト。それと、『脳無』の腕についてなんだが」

「腕……っそうか、ネリエル少女の」

 

『脳無』の“個性”についてオールマイトと塚内が話し終えた後のことである。

 

吹き飛ばした(・・・・・・)という箇所は、跡形もなく再生していたよ。これで、ネリエルさんが仮免許も持たない身で(ヴィラン)を欠損させたという、物的証拠は一切ないわけだが…」

「……だが?」

 

含みのある言い方に、オールマイトは嫌な雰囲気を感じ取る。

 

「あまりにも不可解なことが出てきてしまってね」

「それは、どういう…」

「どう検証しても、どう計算しても、明らかに足りない(・・・・)んだよ」

 

塚内はオールマイトの拳を指差した。

 

「君が打ち込んだ拳は約三百発。それだけの破壊力を受けても、『脳無』は吹き飛んだだけだったんだろう」

「……ああ」

「轟君の“個性”による氷結で細胞が壊死し、肉体が損壊した。こちらはまだ分かる。だが、ネリエルさんの投擲(・・)による破壊力は、いくらサポートアイテムによって回転の推進力が加わっていたとしても、あの『脳無』を損壊させるには至らないはずなんだ」

 

オールマイトは黙り込む。それは、彼自身もネリエルの攻撃による結果に、薄々ではあるが違和感を感じていたことの証明だった。

 

「どういった仕組みで『脳無』の肉体を損壊させられたのかが、分からない(・・・・・)そうだ」

「…警察の科学捜査は優秀だ。それが、そういう結論になるか…」

 

塚内の視線が鋭くなる。

 

「……ネリエルさん、内通者(・・・)として疑われているそうだね」

「___っそれはっ!!」

 

がばりとオールマイトが顔を上げた。

 

「根津校長から情報の連携があったよ。容疑者ですらない段階ではあるが、一部不審な点があるため雄英高校内で監視する、と」

「……っ私は、ネリエル少女を疑いたくなどない!彼女は…心優しい、ヒーローを目指すに相応しい人物だ。それに彼女は、私の秘密を知ったのだぞ!?だというのに、誰にも言いふらすことなどなく、胸に秘めてくれているのだ!!」

「それも聞いたよ。匂い(・・)での個人の特定とはね…どうにも避け難い事例だ」

 

熱く語るオールマイトに対し、塚内はどこまでも冷静だ。

 

「悪いが、オールマイトの秘密を流出させていない、というのはシロと見る根拠にはならない。(ヴィラン)のほうにも、オールマイトの弱体化を世間に知られるのは何かデメリットがあるのかもしれないだろう」

「…ネリエル少女は、あえて黙っていると?」

「それも、分からない(・・・・・)。だが、最悪を想定するのが警察の仕事なもんでね」

 

そこで言葉を切り、塚内が微笑んでオールマイトの肩を気安く叩く。

 

「そして、理想を追うのがヒーローの仕事だ。君がネリエルさんを信じてあげればいい。君の人を見る目は信頼できると、私は思っているよ」

「……ああ、そうだね。もちろん、そうするとも!」

 

オールマイトは腕を掲げ、拳を握り込む。今はガリガリに痩せ細っているが、No.1ヒーローの力強い腕が重なるような気迫だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

職業体験二日目も、一日目と同様にパトロールだった。

 

だが、一日目のように軽犯罪や事故が起きることはなく、横断歩道を渡るのに手間取っている老婆を助けたり、迷子の手を引いて親を探したりと、実に平和な出来事ばかりだった。

 

この日も、終業後にミルコはネリエルの部屋へとやってきて、夕飯を食べながらソファで駄弁っていた。それでも第一線で活躍するプロヒーローの話であるので、ネリエルにとっては非常に有益だ。

 

「ミルコ、次に行く街は決まってるの?」

「んあ、まだ決めてねー。悪いヤツがいそうなとこだな!」

「その基準って…?」

「勘」

「勘なんだ」

 

適当なことを言っているように聞こえるが、ミルコの『勘』を甘く見ることはできない。

まだ二日しか共に過ごしていなくても、ミルコの感覚が非常に鋭く、危機察知能力が優れていることは実感している。

転けかけた子供を寸前でキャッチし、道路に飛び出しそうになった犬をひとっ跳び(・・)で捕まえる。『野生の勘』とでも呼ぶべき感覚はネリエルよりも鋭いようだった。

 

「昨日はちょっとザワついてる(・・・・・・)感じがあったから留まったけど。明日も今日と同じ調子なら、移動してもいいかもな!」

「それも、勘?」

「おうよ!こういうのはさっさと見切らねーと!」

 

あっけらかんと笑うミルコに、ネリエルは疲労と諦めの滲む表情で苦笑いをしていたジムを思い出す。

『十分な給与をもらっているし、担当シフトの時は確かにハードだが、休みもちゃんと取っている』とジムは言っていたものの、やはりミルコの活動は周りを振り回しがちなようだ。

 

「じゃ、明日の午後は移動すっかもしんねーから。荷物は一応まとめとけよ!」

 

ミルコはそう言い残してネリエルと別れ、ネリエルは言われた通り部屋に広げていた荷物を、すぐにチェックアウトすることになっても大丈夫なようにまとめてから就寝した。

 

 

 

そして、三日目。

夕方から夜にかけての薄暗い時間になると、どこであっても治安は多少悪化するものだが、この日は輪をかけて騒動が多かった。

 

「チッ!そっちに逃げた!!蹴っ飛ばせ!!」

「ええっ!」

 

ミルコとネリエル、そしてこの街を拠点にして動くヒーロー事務所の面々は、街のあちこちで頻発する犯罪や事故への対応に追われていた。

 

「はあっ!!」

 

小さな商店から現金袋を奪った強盗犯に追いつき、その肩に強烈な蹴りを叩き込む。背骨を狙わなかったのはネリエルの温情だ。

それでも強盗犯は激痛によって動けなくなり、現金袋が道に放り出された。

 

「っこれを!」

「はっ、はい!預かります!!」

 

近くに走ってきた警察官に現金袋を投げ渡しつつ、どこかへと跳び出していくミルコを視界の端に捉えたネリエルは、『カモシカ』のままそれを追って走り出す。

インカムからは次の事件現場の位置が警察無線から流れてきていた。

 

「ミルコ!」

「私は商店街のほうに行く!お前は向こうの通りに行け!私が許可する(・・・・・・)!!」

 

ここまでミルコとネリエルは共に行動し、ネリエルはミルコの指示に従って動いていた。

それを崩し、ネリエルを一人のヒーローとして扱うという宣言だ。

 

「了解…!」

「やれんだろ!?」

「当然!」

 

ネリエルの返答に、ミルコは歯を見せて挑発的に笑った。ネリエルはすぐに体を翻し、事件が起きている位置をスマートフォンで確認しながら駆けていく。

 

「通り魔だーっ!!」

「っ、嘘でしょう…!?」

 

歩道に、腕や体を押さえて呻く市民が何人か倒れている。あちこちに血も飛び散っており、鋭い刃物で切りつけられたようだった。

 

「傷口を強く押さえて!すぐに警察と救急が来ます、無理に動かないで!」

 

そう声をかけながら、『カモシカ』のまま人混みの間を縫って走る。

一日目は不慣れだったが、ミルコが「トレーニングだ!」と言ってネリエルを『カモシカ』の状態で歩道や商店街を走らせたので、今ではうまく人を避けていくことができた。

 

「あれか…!」

 

人々の視線や被害者の倒れた順を追っていくと、道の先に走っていく男が見える。

男は何故か首に赤い布を巻いており、長いそれをはためかせながら片手に握ったナイフを振り回していた。

 

「粛清を!!粛清を!!」

 

半狂乱になりながら全速力で走っているが、そのスピードは到底ネリエルには及ばず、みるみるうちに男の背中が近くなる。

 

「止まりなさい!!」

 

そう叫んだネリエルの声と蹄の音に気づいたのか、男がナイフを構えながら振り返る。その目はひどく血走っていた。

 

「ヒーロー…!!ヒーローなんて!!ヒーローなんて死んじまえぇえ!!」

「何を…」

「おるぁあぁぁぁぁ!!!」

 

ネリエルをギラギラとした目で凝視しながら、振り向いた男がナイフを振り上げて走ってくる。

 

「いやぁあっ!!」

「逃げろぉおおお!!」

 

周囲で逃げ惑っていた市民から悲鳴が上がる。だが、ネリエルはその場に止まり、男を真正面から睨みつけた。

 

「死ねえええぇぇぇ!!」

 

男がナイフを振り下ろす。その切先はネリエルの胴体へと吸い込まれていく。

 

「効かないわ」

「ぇ……え?」

 

構え方も、振り下ろし方も素人の動きだった。ろくに力も込められていないナイフで切りつけられたところで、ネリエルの分厚い被毛と皮膚には傷一つつかない。

 

「ふっ!!」

「ぅぐえぇえ!!?」

 

動きの止まった男のナイフを持っている手を掴み、体ごとひねり上げて叩き落とす。

男はナイフを取り落とし、地面に叩き伏せられて白目を剥いた。

 

(ヴィラン)、確保!」

 

逃げられないよう男の背中に前脚を乗せ、体重をかけて押さえつける。落ちたナイフは後ろ脚で蹴り、男の手には決して届かない場所へと滑らせた。

 

「おぉおおお…!!」

「すげぇ、強えー!」

「知らないヒーローなんだけど!誰!?」

 

男が逃げないよう押さえたままでいると、少しして警察官も駆けつける。その中に初日の事故に対応していた警察官もおり、ネリエルの姿を見て目を見開いた。

 

「あっ!?あなた、職業体験の学生ですよね!?」

「ええ、でもミルコに自己判断で動いていいと許可を貰ったので」

 

警察官は「そ、そうですか」と一応納得した様子で、通り魔の男を確保するために動き出す。

 

その時、近くのビルから人影が飛び降りてきた。

 

「おっ、と!もう終わってたか!」

「ミルコ!」

 

人影はミルコで、商店街の事件を早々に片付けて駆けつけてくれたようだった。

 

(ヴィラン)はこいつか」

「ええ、通り魔よ」

「通り魔ァ!?また変なヤツが出たな!って……」

 

ミルコは連行されていく男を見て、「こいつもかよ!」と声を上げた。

 

「『も』って…どういうこと?」

「模倣だよ、『ヒーロー殺し』の!ほら、首の赤い布!」

「…ああ!」

 

確かに『ヒーロー殺し』はボロボロの黒い装束を纏い、首に赤い布を巻いているという目撃情報があった。

 

「でも、通り魔?“ステイン”はヒーローを殺しているから、『ヒーロー殺し』でしょう?」

「ンなことは知らね。チキンなんじゃねえの?」

 

ミルコは馬鹿にしたように鼻を鳴らす。通り魔の男をパトカーに押し込んだ警察官が、汗を拭いながらミルコとネリエルのほうに駆け寄った。

 

「協力、感謝します!」

「おう。私らは市民のほうに行くから、通り魔はキッチリ捕まえてろよ。『ヒーロー殺し』に影響されたバカをな!」

「確かに、最近は『ヒーロー殺し』を模倣したような格好の犯罪者が全国的に増えているようです。これ以上そんな奴は増えないでほしいものですが…」

 

ミルコは警察官の愚痴には興味がないようで、スマホを取り出して眺め始める。そのミルコの顔が、みるみるうちに険しくなった。

 

「ミルコ?」

「……『ヒーロー殺し』だ」

「え」

「『ヒーロー殺し』が、捕まったってよ」

 

ニュース記事が表示されたスマホの画面が向けられる。

記事のタイトルは、『ヒーロー殺し、保須市にて逮捕』となっていた。

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