ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクが『ヒーロー』になるまでの物語   作:猫禰捏涅

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33.期末テスト①

時は流れ、六月最終週。

期末テストまで、残すところ一週間を切っていた。

 

「全く勉強してねーー!!」

 

冷や汗を流しながら叫ぶ上鳴の隣で、何かを悟ったかのように芦戸が穏やかに微笑んでいる。

 

「体育祭やら職場体験やらで、全く勉強してねーー!!」

「確かに」

 

常に冷静な常闇も焦っている様子だ。

 

「中間はまー入学したてで範囲狭いし、特に苦労なかったんだけどなー」

「行事が重なったのもあるけどやっぱ、期末は中間と違って……」

「演習試験もあるのが辛えとこだよな」

 

最も嘆いている上鳴は、中間テストの結果ではクラス内で最下位の21位だ。芦戸はその次の20位である。

対して、峰田は9位という好成績であり、上鳴に睨まれ芦戸から指を突きつけられている。

 

「あんたは同族だと思ってた!」

「おまえみたいな奴は、バカで初めて愛嬌出るんだろが…!どこに需要あんだよ…!!」

「“世界”かな」

 

峰田は机に肘をついて椅子の背に腕をかけ、ポーズを決めている。

 

「アシドさん上鳴くん!が…頑張ろうよ!やっぱ全員で林間合宿行きたいもん!ね!」

「うむ!」

「普通に授業うけてりゃ赤点は出ねえだろ」

「言葉には気をつけろ!!」

「うっ…」

 

轟が悪気なく言った言葉に、上鳴がダメージを負っている。その近くでネリエルも流れ弾に当たっていた。

 

ネリエルの成績は21人中10位である。

全体的に見れば悪くはないが、得意教科と苦手教科の差が激しいタイプで、特に文系科目の教科を苦手としている。

 

「お二人とも、座学なら私もお力添え出来るかもしれません」

「ヤオモモーーー!!!」

「演習のほうはからっきしでしょうけど…」

 

何故か自虐的な笑みを浮かべた八百万の成績はこのクラスでトップ、つまり全国レベルでもトップクラスという才女である。

 

「お二人じゃないけど…ウチもいいかな?2次関数ちょっと応用つまずいちゃってて……」

「わりィ俺も!八百万、古文わかる?」

「モモちゃん、ごめん私も!読解が苦手で…」

「おれもいいかな?」

 

そんな八百万を頼りにしてネリエルを含むクラスメイト達が寄っていくと、彼女は本当に嬉しそうに笑顔を弾けさせた。

 

「良いデストモ!!」

「わーい!」

「ありがとう、モモちゃん!」

「では週末にでも私の家で、お勉強会催しましょう!」

「まじで!?うん、ヤオモモん家楽しみー!」

「ああ!そうなるとまず、お母様に報告して講堂を開けていただかないと…!」

「講堂!?」

 

聞き慣れない単語に全員が驚いていると、八百万は張り切った様子でさらに言葉を続ける。

 

「皆さん、お紅茶はどこかご贔屓ありまして!?我が家はいつもハロッズかウェッジウッドなので、ご希望がありましたら用意しますわ!」

 

ハロッズはかなりレアな紅茶で、ウェッジウッドの茶葉は比較的リーズナブルだが、ティーセットは高級品だ。

家に関しても、講堂があるとなるとおそらく屋敷と言えるレベルであり、八百万の育ちの良さが伺える。

 

「必ずお力になってみせますわ…!」

 

しかし八百万からは、ただ純粋に役に立ちたいという気持ちが溢れ出ている。

 

「なんだっけ?いろはす?でいいよ」

「ハロッズですね!!」

 

言動にも全く嫌味な部分がないため、皆が温かく見守っていた。

 

「美味しいよね、ハロッズの紅茶」

「飲んだことあるの、ネル?」

「うん、前に何回か。輸入品で供給が安定しないものだから、常備してるのはすごいよ」

「おお…さすがヤオモモ。てか、もしかしてネルもけっこうお嬢様?」

「そんなんじゃないよ!ただ、ペッシェ…料理担当の兄がスイーツにも凝ってて、紅茶もたまに取り寄せてくれてるんだ」

 

ペッシェが飲み物にまでこだわるのも、スイーツ作りまで極めてきているのも、全てネリエルのためだ。ドンドチャッカも仕事の関係であちこちに行く傍ら、見つけた美味しいお土産を買ってきてくれる。

優しい兄達のことを思い出し、ネリエルは微笑んだ。

 

「へー、じゃあ贔屓?の紅茶とかあんの?」

「色々買ってきてくれるし、色々試してるけど…普段よく飲んでるのはアレ…確か、ロンリーフェルト?」

「ああ、ロンネフェルトのことでしょうか?」

「そうそれ!」

「ちょっと惜しかったな」

 

紅茶にはそれほど詳しくないネリエルは、銘柄を間違えて覚えていた。

 

「ロンネフェルトというと、アイリッシュモルトでしょうか?」

「ううん、確かもっとシンプルなやつだよ。うちはおやつのほうがメインだから。名前は忘れたけど」

 

つまり食い気のほうが優先というわけである。

 

「そうだ、ペッシェにスイーツをお願いして、お土産に持ってくよ!」

「まあ、お兄様の手作りですのね?」

「そう、美味しいから皆にも食べてほしい!私も手伝って、いっぱい作ってくね」

「ありがとうございます、心待ちにしておりますわ」

「やった、おやつー!」

「お兄さん料理上手なんだよね、楽しみ!」

 

友人の家にお邪魔するのだから、手土産は必須だ。ネリエルは早速自分でも手伝えるお菓子のラインナップを思い浮かべた。

 

そして、HRと午前の授業が終わり、昼休憩の後に食堂から帰ってきた緑谷達が、B組の拳藤から聞いたという情報をクラスにもたらした。

 

「んだよロボならラクチンだぜ!!」

「やったあ!!」

 

一般入試と同じロボットを使った実践演習と聞き、上鳴と芦戸が盛大に喜ぶ。

 

「おまえらは対人だと“個性”の調整、大変そうだからな……」

「ああ!ロボならぶっぱで楽勝だ!!」

「あとは勉強教えてもらって」

「これで林間合宿バッチリだ!!」

 

ネリエルは一般入試は受けていないため、障害物競走で相対したロボットを思い出す。確かに単なるロボット相手であれば、今更A組の面々が遅れを取ることは無いだろう。

 

だが、喜ぶ上鳴達に水を差すように、爆豪が鼻を鳴らした。

 

「人でもロボでもぶっとばすのは同じだろ。何がラクチンだ、アホか」

「アホとは何だアホとは!!」

「うるせえな、調整なんて勝手にできるもんだろアホだろ!」

 

“個性”の出力調整となると苦労する人間はかなり多いのだが、爆豪の天才性が垣間見える言葉だ。

 

「なあ!?デク!」

「!」

「“個性”の使い方…ちょっとわかってきたか知らねえけどよ、てめェはつくづく俺の神経逆撫でするな」

 

爆豪が言っているのは、『救助訓練レース』で見せた緑谷の動きのことで間違いないだろう。

 

「あれか…!前のデクくん、爆豪くんみたいな動きになってた」

「あーーー、確かに…!」

 

「体育祭みたいなハンパな結果はいらねえ……!次の期末なら個人成績で、否が応にも優劣つく…!完膚なきまでに差ァつけて、てめェぶち殺してやる!」

 

緑谷を指差してそう宣言してから、轟のほうを睨みつける。

 

「轟ィ…!!てめェもなァ!!」

 

爆豪はネリエルのほうも振り返った。憎しみすらこもった目だが、ネリエルがニコリと笑うと、大きな舌打ちと共に視線が外される。

 

「絶対ェ、ツブす」

 

そう言い捨て、爆豪は荒々しく教室のドアを開けて去っていった。

 

「…久々にガチなバクゴーだ」

「焦燥…?あるいは憎悪……」

 

「さすがに…脅し、だよな?」

「うん、そうだと思うよ」

 

口元を引き攣らせた耳郎に、ネリエルは安心させるように軽く笑う。

実際、爆豪の言葉にはいくらかの殺気は篭っていたものの、本気のそれではなかった。そもそも、『ヒーロー』を目指す生徒が人殺しなどするはずもないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ネルが、ご友人の家に…!?お土産にお菓子を!それは張り切らねばな!!」

「私も手伝うー!」

 

家に帰って、八百万家での勉強会のことを伝えると、ペッシェが大いに喜んだのは言うまでもない。

健啖家のネリエルも満足できるように様々な種類のお菓子を用意することになり、ネリエルも手伝って大量のお菓子を焼き上げたり冷やし固めたりと忙しく動いた。

 

週末、招かれた八百万の家はやはり屋敷と呼ぶべき規模だった。

そして、勉強会をするのは八百万の部屋でもダイニングでもなく、別館の講堂。

 

「美味しいですわ、ネリエルさん!」

「めちゃうま!」

「おいしーい!優しいバターの味…!」

「ふふ、よかった!」

 

八百万が供した香り豊かな紅茶に合う、砂糖とバターたっぷりのフィナンシェ。ほろ苦さと甘さのバランスが絶妙なガトーショコラ。甘いものばかりにしないためか、ピリッとスパイスの効いたジンジャークッキー。

合間に食べやすいようにと小さめに作られたそれをつまみながらの勉強会は、大いに捗った。

 

「うまい…!うめぇよ…!!」

「ババロアとティラミスもあるんだっけ!?やる気が出るぜ!」

「フルーツポンチもあるよ!」

「うおおおおお!!」

 

冷蔵庫には勉強会後のご褒美として、冷たいデザートも用意されている。

もちろん勉強会はお菓子だけで進んだわけではなく、八百万という優秀な教師役がいたのが大きい。彼女が知識の蓄積だけでなく、それらを分かりやすく他者に伝えることにも長けていたために、参加した者は一気に実力の底上げがされた。

 

「そう、『作者の意図』とは、おおよそ文脈の中に紛れているものですわ。つまりここで読み取るべきは、文章ではなく質問の意図」

「そっか、問題で何を聞かれてるかが分かれば…!」

「自ずと、何と答えるべきかは見えてまいりますわ。あとは文章の中から要素を拾い上げて、組み立てるだけですのよ」

「わ〜〜!」

 

ネリエルもまた例外ではなく、『作者の考えを読み解け』や、『この英文の意図を述べよ』といった、読解力を求められる問題を特に苦手としていたのだが、八百万のおかげでいくらかその苦手意識も解消された。

 

勉強会で得たきっかけを元に、復習を繰り返し、通常の授業も受ける。

そんな風に忙しくしていれば、筆記試験当日がやって来るのはすぐであり、試験の時間割が過ぎ去るのもあっという間だった。

 

ネリエルは苦手科目は得意科目でカバーするとある程度割り切っており、得意科目に関しては大きな手応えを感じていたので、それ以上気にすることもない。

それよりも、未知の領域である実戦(・・)での演習試験という部分に意識を向けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、演習試験当日。

 

雄英高校は広大な敷地を持ち、いくつもの運動場や訓練施設があるため、そこに向かうバス乗り場まで兼ね備えている。

A組の生徒達はそこに集められ、ずらりと並ぶ十人近くいる教師達の前に揃っていた。

 

「それじゃあ、演習試験を始めていく。この試験でももちろん赤点はある。林間合宿行きたきゃ、みっともねえヘマはするなよ」

 

相澤にそう脅すように言われるが、既に肝が据わり始めているA組の面々は臆さない。

葉隠が指差して教師達の数を数えており、耳郎が「先生多いな…?」と疑問を呈した。

 

「諸君なら事前に情報仕入れて、何するか薄々わかってるとは思うが…」

「入試みてぇなロボ無双だろ!!」

「花火!カレー!肝試ーー!!」

 

気の早い芦戸は既に林間合宿のことしか考えていないようだ。

 

「残念!!諸事情あって、今回から内容を変更しちゃうのさ!」

 

相澤の首元に巻きついている布がずっともぞもぞと動いていたのだが、その中からひょこりと顔を出したのは、人語を喋る熊のようなネズミのような生き物こと、校長だった。

 

「校長先生!」

「変更って…」

「それはね…」

 

相澤の肩から布をロープのようにして降りつつ、根津が説明する。

 

「昨今、(ヴィラン)の活動が活発化してきている。そうなれば対(ヴィラン)の動きをより深く学ぶ必要があるが、ロボットとの訓練ではそれは学べない!つまり…」

 

ネリエルも障害物競走でのロボットの動きを思い出す。確かに人を模したものはあったが、やはり動きは機械的で実戦に近いとは言い難かった。

ミルコの元で対(ヴィラン)、対人の戦闘経験を積んだ今は、より強くそう思う。

 

「これからは対人戦闘・活動を見据えた、より実戦に近い教えを重視するのさ!というわけで…諸君らにはこれから、二人一組(チームアップ)で、ここにいる教師一人と戦闘を行ってもらう!」

 

根津が居並ぶ教師達を指す。

 

「先…生方と…!?」

「尚、ペアの組と対戦する教師は既に決定済み。動きの傾向や成績、親密度……諸々を踏まえて独断で組ませてもらったから、発表してくぞ。まず、轟と八百万がチームで、俺とだ。そして緑谷と、爆豪がチーム」

「デ……!?」

「かっ…!?」

 

緑谷と爆豪が同時に目を見開く。

 

「で…相手は___…」

 

「私が、する!」

 

驚愕の余韻から抜け出し切れていない二人の前に、巨大な壁の如き人影___オールマイトが立ちはだかった。

 

「協力して勝ちにこいよ、お二人さん!!」

 

緑谷と爆豪は声も出せずに驚いて、オールマイトと互いのペアの顔を見るばかりだ。

そんな二人をよそに、相澤が淡々と話を進める。

 

「次に、芦戸と上鳴がチームで、相手は校長」

「うぇいっ!?」

「校長…!?」

「青山と麗日がチームで、相手は13号」

「わ!?あ、青山くん、よろしく!」

「メルスィ☆」

「口田と耳郎がチーム、相手がプレゼント・マイク。蛙吹と常闇、お前らはエクトプラズムが相手だ」

 

続々とチームが発表され、自然と発表されたペアごとに固まっていく。

 

「瀬呂と峰田がチーム、相手がミッドナイト」

「うっひょぉおおお!!?」

「おい試験だぞ!」

「葉隠と障子がチームで、相手はスナイプ。砂糖と切島はセメントスが相手だ。そんで、飯田と尾白がチームで、パワーローダーが相手。最後に…」

「あれ?ネル、呼ばれてない?」

「うん、まだだね」

 

ネリエル以外の生徒は二人一組で固まり、ネリエルは一人ぽつんと取り残された。

相澤がネリエルを見て、「オーデル」と静かに呼ぶ。

 

「はい」

「お前は、実質一人だ」

「……えっ!?」

「先生、なんでネリエルだけ!?」

 

ネリエルが聞くよりも先に、クラスメイト達が驚きの声をあげる。相澤はそれを手で制し、何故かA組のさらに背後に視線をやって、「早よ出てこい」と誰かに向かって呼びかけた。

 

「え?」

「何…?」

「いや、出てこいって…気まずいんですけど……」

 

いつの間にか生徒達の後ろに立っていたのは、紫色の髪を逆立てたジャージ姿の男子生徒___心操だった。

 

「心操!?」

「え、心操くん!?」

「いつの間に!てかおめえも演習試験受けんの!?」

「い、いや、知らない!何も聞かされずに、とりあえず来いって言われて…!」

 

他の生徒は全員がA組、普通科のC組は一人だけとなると居心地が悪いらしく、心操はたじろいでいる。

 

「わざとだ」

「わざと!?」

「何せ…お前は今回、『何も知らずに(ヴィラン)戦に巻き込まれた一般市民』、だからな」

「は…!?」

「ええーっ!?」

「…なるほど」

 

他の演習試験とは全く異なる内容に誰もが驚く中、ネリエルは小さく頷いていた。

 

「おまえらも分かってきているだろうが、実戦での戦闘力や応用力って点じゃ、このクラスではオーデルが頭ひとつ抜けてる」

 

「ミルコのせいでもあるが」と相澤は苦い表情になる。

爆豪のほうからギリギリと歯を食い縛る音がしており、緑谷とオールマイトがあわあわと似たような仕草で慌てていた。

 

「そんでもって、オーデル。おまえは戦闘にばかり意識を向けすぎだ」

「うっ…それは、その」

 

ぎろりと鋭い眼光に射抜かれ、いくらか心当たりのあるネリエルは視線を明後日の方向に向ける。

 

「言い訳はいらん。おまえの“個性”は、人を救ける(・・・・・)ことに高い適性がある。望むと望まないとに関わらず、プロになった時におまえに求められるのは戦闘面以外では、『救助』の役割だ」

「………はい」

「だから今日の試験では、おまえは心操を救けろ(・・・)

「…分かりました」

 

相澤は頷いたネリエルから視線を外し、心操のほうに目を向けた。

 

「で、心操」

「え、あ…はい!」

「お前は今回、“個性”の使用は禁止、オーデルと余計に喋るのも、アドバイスも禁止な」

「…えっ!?」

「当たり前だ。要救助者の一般市民に徹しろ。それにおまえはまだ実戦なんざ何一つやってないだろうが。ただし、常に目は動かして自分の“個性”を使うタイミングを考えとけ。後でレポート書かせるから忘れるんじゃねえぞ」

「は……はい!」

「そんで相手は…」

「グルル……俺だ」

 

教師陣の中から、ハウンドドッグが一歩前へと進み出て来た。

 

「ネリエルとハウンドドッグ先生かァー!」

「確かに“個性”の系統は似てるかも」

「心操はどうなるんだ?」

「ゴールまで運ぶってことかな?難しそう…」

 

一組だけ違う試験内容に、他の生徒達は興味津々といった様子である。相澤が小さくため息をついた。

 

「簡単に言うと、(ヴィラン)はオーデルを捕縛、あるいは戦闘不能にする、もしくは要救助者の心操を人質にしようと狙ってくるというシチュエーションだ。オーデルの目的は、時間いっぱい逃げ切るかゴールに辿り着くこと。あるいは、ハウンドドッグを戦闘不能にするかだな」

「心操、プリンセスじゃん」

「攫われる姫だ」

「ネルちゃんが騎士だね!」

「やめて!!?」

 

女子生徒達に好き勝手なことを言われ、わずかに顔を赤くした心操が慌てて否定する。

 

「それぞれステージを用意してある。11組一斉スタートだ。基本の試験の概要については、各々の対戦相手から説明される。時間押してるから速やかにバスに乗れ」

「はーい!!」

 

相澤に急かされ、それぞれの組がそれぞれの対戦相手である教師達に先導されてバスに乗り込んでいく。

 

「じゃーネル、頑張ってな!」

「響香ちゃんも!」

「ネリエル!絶対林間合宿行くぞー!!」

「おー!」

 

友人達と束の間の別れを惜しみつつ、ハウンドドッグと心操と共にバスに乗る。三人の一番後ろを所在なさげについてきた心操に、ネリエルはにこっと笑いかけた。

 

「心操くん、よろしくね」

「あ……うん、よろしく」

 

心操は物珍しそうにバスの中を見回していたが、ネリエルの挨拶に素直に返事をした。

A組に宣戦布告に来た時は挑発的な態度だったが、本来は愛想の悪いタイプではないらしい。

 

「よかったら、ネリエルかネル…それか、オーデルって呼んでもらっていいよ。苗字が長いから」

「えっと、じゃあ…オーデルさんで」

「うん。私の試験に付き合ってくれてありがとう、心操くん」

 

ネリエルがお礼を言うと、心操は首を横に振った。

 

「いや、それは別に…先生の指示だし。むしろ、こっちの方がありがたいよ。ヒーロー科の試験を体験できる機会だから」

「そっか、ヒーロー科に編入を目指してるんだったよね」

「ああ。その件で先生達に相談してたら、なんか、この日にジャージ着てここに来いっていきなり指示されて。何事かと思った」

「あははは!そうだよね!」

 

何事もスピード感のある進め方をする雄英らしさにネリエルが声を上げて笑うと、緊張気味だった心操もようやく表情を緩めた。

 

「おい、もうすぐ着くぞ。降りる準備をしておけ」

「はい!」

「あ、はい」

 

前の方の席で進行方向を見ていたハウンドドッグから声をかけられ、ネリエルはコスチュームをちらりと見下ろして確認する。

自動運転のバスは、コンクリートの壁で囲われたフィールドの前に滑り込んだ。

 

「俺たちが使うフィールドはここだ。そして、イレイザーヘッドが言っていたとおり、この組だけは他の組と試験の内容が違う」

 

ハウンドドッグはそう言いながら、手錠型のアイテムを取り出した。

 

「他の組は、『このハンドカフスを(ヴィラン)役の教師にかける』か、『どちらか一人がこのステージから脱出する』のが目的だ」

「あれ、一人でいいんですね」

「ああ。だがお前たちは別だ。このハンドカフスは、俺が使う」

 

ハンドカフスはハウンドドッグのコスチュームの腰にぶら下げられた。

 

「改めて、この組のヒーロー側の目的は、要救助者を伴ったまま30分間俺から逃げ切るか、ゴールに辿り着くこと。俺を戦闘不能にしようと挑んできてもいい。だが、オーデルが行動不能になるか…お前ら二人のどちら(・・・)かでも(・・・)体のどこかにハンドカフスをかけられた瞬間、その時点で試験は終了だ」

「そんな…じゃあ、逃げるしか」

「ただし」

 

心操の言葉を遮り、ハウンドドッグは今度はリストバンドのようなアイテムを取り出した。

 

「俺はこの『超圧縮おもり』を装着する。重量は体重の約半分…つまり、戦闘に対するハンデだ」

「………」

 

手首や足首におもりを装着していくハウンドドッグを、ネリエルが冷静に見つめている。

心操はちらりとネリエルを見て、「これなら…?」と呟いた。ネリエルは小さく頷く。

 

「場合によっては、戦闘もアリかもね」

「それも自由だ。さて、ではそろそろ始めるぞ。お前たちはステージ中央で一旦待機しておけ。…ああ、事前の『変身』と、心操を背中に乗せるなり何なりはしておいてもいい」

「分かりました」

 

ハウンドドッグはそう言い置いて、さっと身を翻してフィールドの中に入っていった。

 

「じゃあ、私たちも行こうか」

 

ネリエルは、フィールドを見上げている心操のほうを振り返る。まだ少し緊張している様子の心操と目が合った。

 

「大丈夫だよ。…私が、守るから」

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