ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクが『ヒーロー』になるまでの物語   作:猫禰捏涅

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34.期末テスト②

ヒーロー役のネリエル、要救助者役の心操、そして(ヴィラン)役のハウンドドッグの組に割り当てられたフィールドは、あちこちに高い岩山があり、小高い丘による起伏があってぱらぱらと茂みや樹木が生えている荒地である。

 

「山の中腹か、麓あたり…って感じかな」

 

ネリエルは足元を踏み締めて確かめ、一通り辺りを見回した。

 

「心操くん、早速だけど背中に乗ってもらえる?少しでも慣れてもらったほうがいいと思うし、結構足元が危ないから」

「えっと……わかった」

 

心操は少し逡巡していたが、頷く。

 

ネリエルは“個性”を使い、今度は救助訓練レースの時のような半分(・・)ではなく、下半身を完全な四足歩行へと変形させる。

そして、体育祭の後に雄英高校を通じてコスチューム会社に要望を出していた、とある機能を作動させた。

 

「これを、こうして…ん、出た!」

「えっ?あ、これって…」

「そう、『鞍』だよ!」

 

ミルコの元で職場体験をしている間は使う機会がなく、また二足での変身の訓練に時間を割いていたため活用していなかったが、体育祭での反省を活かし、ネリエルのコスチュームの腰部分には『鞍』のサポートアイテムが追加されている。

 

普段は円筒状のケースに収納されており、ワンタッチで蛇腹状のカバーが背中の上に展開され、自動でベルトが四足の胴に巻きついて固定される。四足の解除をセンサーで感知し、収納も自動という優れものだ。突起が出ているだけの簡易的なものだが、(あぶみ)もある。

柔らかいが丈夫な素材で作られており、乗り心地も劇的に改善された。

 

「あ、でもどうしよう」

「え?」

「背中に乗せてもいいんだけど、一応腕でも運搬できるから。どっちがいいかなって」

 

ネリエルを見上げている心操に向かって、腕を広げてみせる。心操はふいっと視線を横に逸らした。

 

「……ちなみに、腕だと運び方はどうなるの?」

「横抱きかな。腕を首に回してもらえれば一番安定するからね」

「…背中で。背中でお願いします」

「分かった。私もそのほうがバランスは取りやすいし。じゃ、乗って」

 

ネリエルは前脚を折り、後脚も折って、心操が乗りやすいよう小さく屈む。

そろそろと心操が背中に跨ったのを確認して、後ろ手に回した腕で支えながらゆっくりと立ち上がった。

 

「わっ…」

「高いところは平気?」

「あ…それは、大丈夫」

「よかった。じゃあ後は(あぶみ)に脚を置いて、このベルトを掴んでてね」

 

『鞍』のサポートアイテムに付属しているベルトを引っ張って取り出し、心操に握らせる。

シートベルトと同じように、強く引っ張るとストッパーがかかる仕組みになっているものだ。そのため、ある程度体を固定する効果はあるが、全力で駆けるとなると、ネリエル自身が腕で補助するのは必須である。

 

「じゃあ向かうね」

「ああ」

 

ネリエルは軽い駆け足でフィールド中央へと向かう。

しばらくの間、心操は緊張で体を固くしていたが、極力揺れを殺したネリエルの走りに感嘆の息を吐いた。

 

「安定感すごいな、全然揺れない」

「私にとっては苦手なフィールドってわけじゃないから。でも、それはハウンドドッグ先生も同じかな」

「そうか…」

 

プロヒーローとしても活躍するハウンドドッグは、『犬』の異形型の“個性”である。

鋭敏な嗅覚だけでなく、犬の身体能力がそのまま人の大きさになったとなれば、当然ハウンドドッグの身体能力も非常に高い。荒れて高低差のある足場など、ネリエル同様に物ともしないだろう。

 

「この辺りだね」

 

ネリエルはフィールドの中央で足を止めた。体のバランスは右腕で取ることにして、心操を支えるために左腕を後ろに回す。

 

「これ、俺だいぶ邪魔だよね」

「そうじゃないって言ったら嘘になるけど…でも、そういう試験だから」

 

ネリエルは肩越しに心操を振り返る。心操は申し訳なさそうな顔をしていたが、にこりと笑ってみせた。

 

「守るよ。安心して」

 

 

 

 

 

『皆、位置についたね』

 

少しして、設置されたスピーカーからリカバリーガールの声が流れてきた。

 

『それじゃあ今から、雄英高校一年、期末テストを始めるよ』

 

「走るね。脚に力を入れてて」

「…ああ」

 

左手を心操の体に回しつつ、しっかりと地面を踏みしめる。

 

『レディイイ_____…ゴォ!!!』

 

号令と同時に、ネリエルはタンッ、とその場から飛び退いた。

 

「ガルルルルル゛ァァァッ!!!」

 

一瞬前までネリエルが立っていた場所に、ハウンドドッグの拳が打ち込まれた。

 

「っわ、ぁっ!!」

「大丈夫よ」

 

できる限り軽い動作で、体が激しく揺れないよう気遣ったが、背後で心操が悲鳴を上げた。

優しく冷静に言葉をかけつつ、視線は襲いかかってきたハウンドドッグから一瞬たりとも外さない。

 

(少し離れたところにいるのは、匂い(・・)で気づいてた。こんなに一瞬で距離を詰められるのは、ちょっと予想外だけど)

 

「心操くん、もっと近くに!」

「ぅわっ!?」

 

心操の体を背中にもっと寄り掛からせつつ、横っ飛びに跳ねる。

雄叫びを上げたハウンドドッグが、さらにネリエルを追撃せんと地面を蹴っている。

 

「潰すぅう゛ウ゛ウ゛ルルル゛ッ!!!」

 

「少しだけ我慢して!」

「……っ!!」

 

体を左に傾け、後ろ脚一本のみの力で急旋回する。

 

(グリップ力は私のほうが上!)

 

進行方向を変えた瞬間、力強く地面を蹴って飛び出す。

狙った通り、ハウンドドッグは荒れた小石だらけの地面をザザザッ、と大回りに滑りながら向きを変えた。

“個性”が『犬』では、その巨体と犬科の脚の構造、手は人間のものに近く肉球は無いゆえに、より荒地での機動に特化した蹄を持つ『カモシカ』ほど急激な方向転換はできない。

 

「このまま行くよ!」

 

ネリエルの目的は小高い丘が連なっている所に、まばらに樹木が生えているエリアだ。

その背後には高めの岩山があり、そこに辿り着けばハウンドドッグを振り切れることを、ネリエルは確信している。

 

「待てェエ゛エ゛!!バウゥ゛ウ゛ウ゛!!」

 

(ヴィラン)役に入り込んでいるハウンドドッグの怒鳴り声を引き離し、岩山の麓に駆け込む。

 

「ふ___…っ!」

 

短く息を吐きながら、タン、タン、と跳躍して岩山を登っていく。

 

「ガルルル…ッ!!!」

 

ハウンドドッグは逃げていくネリエルを睨みつけてから、ザフッと近くの茂みに飛び込んだ。

 

「…っ、逃げ、切った?」

「一応は。でも、ゴールからは引き離されたね」

「あ……」

 

フィールドに設置されたゴールは、ネリエルが登った岩山とは真逆の方向にある。ハウンドドッグの攻撃によって追い込まれ、ゴールから遠くに行かざるを得なくなったのだ。

 

「30分か…」

「どう……いや…」

 

心操は何か聞きかけたのだろうが、余計に喋るのも禁止と言われたのを思い出したのか黙り込む。

しかしネリエルがちらりと横目で見たところ、忙しなく視線をあちこちに動かしているので、自分の中で思考するのは止めていないようだ。

 

「…先生はたぶん、防衛線を決めて、そこから先に私を行かせないようにしてる」

「……防衛、線」

「所々にある茂みと、小さいけど木が密集している場所。それが先生の()になってる」

 

心操に向かって話しているようで、自身の思考を整理するためにネリエルは情報を言葉にする。

 

「壁の近くに茂みと林はないし、先生の嗅覚ならフィールド全体くらいカバーしてるはずだから、実質隠れられるところはゼロ」

 

岩山の上からであれば、フィールドのほぼ全体を見渡せる。

 

「こっそり大回りで行くのは現実的じゃないね。やっぱり正面突破か、逃げ切りしかないかな」

「そうか……」

「心操くん、脚は痛くない?」

「え?」

 

急に問いかけられて呆けた声を出した心操は、自身の脚を見下ろした。

 

「特に、痛くはないけど」

「よかった。どこか痛かったらすぐに言ってね」

「……ああ」

 

心操は何か言いたげだったが、返事だけして黙り込む。

ネリエルは後ろに腕を回した腕の位置を調整しつつ、ハウンドドッグが飛び込んだあたりの茂みを睨んだ。

 

「……来る」

 

ビュオッ!!と、風を切る音と共に、拳大の石がネリエルに向かって飛んできた。

 

「わっ!?」

「下りるね、掴まって」

 

心操の体をしっかりと支えながら、次々に飛んでくる石礫を避けつつ、岩山を飛び跳ねて降りる。

 

「は、っ!!」

「…っ!」

 

途中、心操の近くに飛んできた石礫を防ぐべく、腕を伸ばす。

パァン!と乾いた音と共に、前腕のアーマーで石礫は弾き返された。

 

「ここに…!」

 

麓にあった小さな林に駆け込む。石礫の投擲は止んだが、さらにゴールからは離れることになった。

 

「動物系の“個性”で人型だと、投擲力が厄介だなあ…」

 

そう独り言つつ、脚を止めることなく駆け足を続ける。

ハウンドドッグの嗅覚からは逃れられないとは分かっているものの、ネリエルも同じく嗅覚によってハウンドドッグの位置は分かっているので、そこからできるだけ距離を稼ぐ位置を取り続ける。

 

「…! スピード上げるね!」

「あ、ああ!」

 

ザザザザ、と茂みを掻き分け、荒地の石を跳ね飛ばしている音が近づいている。

 

「___…グルルルァァアア゛ア゛!!!」

 

少し離れたところからハウンドドッグの唸り声が上がる。

 

「振り切る!掴まって!」

 

心操がしっかりと肩を掴んでいるのを確認し、左腕で支えながら脚の回転を早くする。

 

(おそらく、速さだけなら私が勝ってる。でもやっぱり巧い(・・)か)

 

ハウンドドッグは、ネリエルに追いつくことは目的にしていない。ジグザグに走ることで、ネリエルの逃げる進路を的確に制限している。

獣のような言動をしているが、至極冷静なハンターのような動きだ。

 

「壁際に追い込まれることは避けないと…」

 

ゴールへの道は塞がれていても、それだけは意識して走る。

 

しばらくそのまま逃げていると、ハウンドドッグはゴールを背後に、フィールドのほぼ真ん中の林を陣取って止まった。

 

「心操くん、怪我はしてない?」

「…っ、ああ、大丈夫」

 

ネリエルは小さな岩山の陰で足を止め、振り返って心操の状態を確認する。

心操は怪我もなく、脚も痛めていない様子だが、少し息を切らしていた。

 

「少し考えてたんだけど…」

「何…?」

「ここまででだいたい5分。ここから25分間ハウンドドッグ先生から逃げ切るのは、現実的じゃない。多分、その前に心操くんのほうに限界がくると思う」

「……っ」

「鞍上にいるだけでも体力はかなり消耗するから。だから…」

 

ネリエルは言葉を切り、軽く駆け足で走り始める。

耳がじりじりと距離を詰めようとしているハウンドドッグの足音を捉えていた。

 

「一瞬だけトップスピードを出す。心操くん、抱えていい?」

「抱える、って…」

「腕で。……いや」

 

心操は言葉に詰まっているが、ネリエルはちらっと後ろを見て顔を険しくした。

 

「ごめん、もう抱えるね!」

「っ!?」

 

体を捻って腕を伸ばし、心操の体を抱え上げる。

 

「目は瞑ってて!」

 

石が跳ね飛んで目に入るのを防ぐためのネリエルの指示に、心操が慌てて目を固く閉じた。

 

「そこにいたなァァルルル゛ァア゛ッッッ!!」

 

背後の茂みからハウンドドッグが飛び出してくる。血走った目がネリエルを睨み、巨体と共に腕が振りかぶられる。

 

「は…っ!」

「バウゥ゛ウ゛ァア゛!!」

 

心操をしっかりと抱え込みながら、四本の脚全てで一気に体を押し出す。

 

(分かっていても、対処が難しいことを!)

 

同時に、ネリエルは“個性”を半分だけ(・・・・)瞬時に解除した。

 

「ガァァア゛ッ!!?」

「ふっ!」

 

小さくなったネリエルの身体を捉え損ね、大きく空振ったハウンドドッグの腕の下をすり抜けた瞬間、二本(・・)のカモシカの脚で地面を力強く蹴り出す。

 

「っ、このォオ゛オ゛ッッ!!」

 

ネリエルの“個性”の使い方はハウンドドッグも知っているだろうが、それでも大振りの攻撃が外れれば、体勢が崩れるのは避けられない。

 

「はぁっ!!」

 

その隙にネリエルは再度四足(・・)となり、そのパワーで以って一気に加速した。

 

「もう大丈夫!このままゴールまで…!」

「っ、ぐ…!」

「ごめんっ、どこか痛い!?」

「だっ、大丈夫…っ!」

 

腕の中で呻いた心操を気遣いつつ、それでもスピードは落とさない。

背後から全速力で迫ってきているハウンドドッグの足音が聞こえるが、徐々にそれは遠くなっている。

 

全速力で岩山を飛び越え、丘の合間をすり抜けて走り続ける。

 

「よし…!」

 

そのまま、ネリエルは一気に『Escape Gate』と書かれたゴールのゲートを駆け抜けた。

 

その直後、四つ足で駆けるハウンドドッグもまた、ゲートの外に滑り込んでくる。

 

「バウ…ッッ!!」

 

鋭い視線がネリエルを睨むが、ふっとその目が閉じられる。それがスイッチだったかのように、ハウンドドッグから跡形もなく闘志が消えた。

四つ足の状態から立ち上がり、ハウンドドッグがぱんぱんと手を叩く。

 

「グルル……目標、達成だ。…よくやった」

「ありがとうございます!」

 

ネリエルはぱっと顔を輝かせ、お礼を言う。

そのネリエルの腕の中で、そろそろと目を開けた心操はどこか悔しげに唇を噛み締めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雄英高校一年、普通科C組に所属する男子生徒、心操人使はヒーロー科のA組、もしくはB組への編入を希望している。

 

雄英高校体育祭にてベスト16に残った実力と、ヒーロー科の入試では発揮できなかったが、対(ヴィラン)に非常に有効な“個性”。

それらを武器になんとかその希望が通らないかと、教師陣に相談していた矢先のことだった。

 

『この日のこの時間な。ジャージに着替えてバス停に来い』

 

ある日A組の担任である相澤にそう一方的に告げられ、もしや抜き打ちの編入試験かと少し期待していた気持ちがあったのは否めない。

 

だが心操に課されたのは、何かと話題になるA組の中でも一際存在感を放つ、若草色の髪をした女子生徒の荷物役(・・・)だ。

 

何とかポーカーフェイスは保ったつもりだが、その扱いに心操は密かに歯噛みした。

ヒーロー科の生徒達は何歩も先に進んでいる。普通科でごく普通の学校生活を送っていた自分と実力がかけ離れているのは仕方がない。

そう()では理解できていても、()の底から悔しさが込み上げてくるのは止められなかった。

 

 

 

そして。

 

 

 

「守るよ。安心して」

 

優しく微笑んだネリエルの背の上で、心操はヒーロー活動がなんたるかを()で理解した。

 

体勢を保とうとするだけで、体力が持っていかれる。

ただ鞍を脚で挟んでいるだけで、筋肉が悲鳴を上げる。

飛んできた石礫には思わず目を瞑ってしまい、ネリエルの腕で庇われた。

そして、何も分からないままに腕の中に抱え込まれ、いつの間にかゴールしていた。

 

ヒーローになるためには、今の心操にはあらゆるものが足りていないと、目の前にその課題を突きつけられた形だ。

 

「……っあの…オーデル、さん、そろそろ…」

「あ、ごめんね心操くん」

 

ネリエルが身じろいだ心操を下ろすべく、“個性”を解除して人型に戻る。

そっと地面に足を下ろされたが、心操はほぼ走りっぱなしだったはずのネリエルよりも息が切れており、少し体がふらついた。ネリエルが素早く心操の腕を掴んで支える。

 

「っと…!大丈夫?どこか痛かったりしない?」

「だ、大丈夫。どこも痛くないよ」

「本当?脚も?擦れたりしてない?」

「マジで、大丈夫だから…」

 

やたらと怪我を気にされるのも、要救助者(・・・・)としか見られていないことを実感させられる。心操は密かにギリッと歯を噛み締めた。

 

「最初から腕で抱えなかったのはバランスのためか?」

「そうですね。重傷・重病者の設定ではなかったので、ひとまず自分でバランスを取ってもらおうかと」

「ふむ…悪くはない。だが、実際の救助現場では腕を使うほうが多くなるだろうことは理解しておけ。腕に荷物を抱えたまま走る訓練などが有効だな」

「確かにそうですね!ありがとうございます」

 

俯いている心操をよそに、ネリエルはハウンドドッグからアドバイスを貰い、頷いている。

そのプロヒーローに(・・・・・・・)助言を貰える立場(・・・・・・・・)こそ、心操が欲しているものだ。

 

(俺は、全然…まだまだなんだな)

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