ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクが『ヒーロー』になるまでの物語 作:猫禰捏涅
ネリエルとハウンドドッグが話していると、近くのスピーカーからノイズが走った。
『報告だよ。条件達成、最初のチームは…ネリエル・心操チーム!』
「最初だったんだ」
「こんな放送されるのか…」
放送の内容に心操が少し嫌そうな顔をしている。
「競争心を煽るためにな。これも
「私の相手がハウンドドッグ先生で、他の皆と違って『救助』だったのも…ですよね」
「ああ」
試験中とは打って変わって冷静なハウンドドッグが頷く。
「同じ動物系の“個性”。嗅覚や走力に優れているのも似通っている。お前の課題である『救助』の姿勢を見ながら、限りなく地力を出させるための采配だ」
「それと…たぶん私は、スタミナでは先生に負けています」
「…
「ありがとうございます」
「かかった時間は…およそ8分か」
ハウンドドッグはスマホを取り出して時間を見る。
「この組は短期決戦になるだろうとは思っていたが、かなり時間が余ったな」
「校舎に戻りますか?」
「いや、怪我が無いようなら待機場所のほうに戻る手筈だ。モニターで他の組の試験を見られる」
「ああ、あの『OZASHIKI』ですか」
ネリエルが返事をして、スマホでバスを操作するハウンドドッグについていく。
しかし、後ろにいる心操の足取りが重いことに気がつき、途中で振り返った。
「心操くん?行こう?」
「あ、ああ。でも、いいのかな」
「ん?」
「待機場所って…ヒーロー科のためだろ」
「え、気にしなくていいと思うけど」
ネリエルは首を傾げ、ハウンドドッグに「先生!」と呼びかける。
「心操くんもずっと私の背中に乗ってて、疲れてると思うんです。一緒に観戦しながら休んでもらっていいですよね?」
「ああ、構わん」
「ほら!」
「…あ…りがとう、ございます!」
あまり表情を動かさない心操だが、明らかに嬉しそうな様子だ。
バスに乗り込むと、小さいが中に設置されたモニターでも他の組の演習が見られるようになっており、心操は身を乗り出してそれを見ていた。
走行中に、『轟・八百万チーム、条件達成!』というアナウンスが入る。
八百万が作り出したのだろう捕縛布が、空中の相澤の周囲にぶわりと広がったかと思うと、轟の炎が発されて急激にそれが収縮し、相澤が捕縛されるという結末だった。
「あの布、何だろうね?」
「分からない…熱で縮む素材とか?」
「そうかも。後でモモちゃんに聞いてみようかな」
『OZASHIKI』と書かれた高床式の待機場所に着くと、巨大モニターには戦っている他の組の様子が流されている。
「あ、緑谷くんのところ…」
「相手、オールマイトだっけ。…ヤバくないか?」
「ヤバいね。爆豪くんが頑張ってるけど…」
緑谷と爆豪が組まされたのは、二人仲の悪さが原因であることは明白だ。
だが、さすがに対オールマイトの難易度の高さで協力しないとは言っていられなくなったのか、爆豪がオールマイトに向かって攻撃しながら背に緑谷を庇い、緑谷は必死の表情でゴールゲートを目指している。
「うわ…」
「やっぱり、強いね…」
「そりゃ、オールマイトだし…」
爆豪がオールマイトの手で地面に叩きつけられる。それでも爆豪は抵抗し続け、ゴールに背を向けて戻ってきた緑谷が、オールマイトの顔を殴り飛ばした。
「緑谷くんが、オールマイトを殴った!」
「え。どういう感想…?」
「オールマイトオタクなんだよ、緑谷くん。触れるのも畏れ多いってぐらいに思ってそうだったのに」
「ああ、そういう……やる時はやるね、アイツ」
緑谷はオールマイトの手から救出した爆豪を抱えて引きずりながら、ゲートを潜った。
それと同時にその場で倒れ込んでしまい、オールマイトが慌てて二人に駆け寄っていく。
オールマイトは緑谷と爆豪を抱え、猛ダッシュで臨時救護所のほうへと向かっていった。
それを見届けていると、『OZASHIKI』の上に轟と八百万が登ってきた。
「あっ、ネリエルさん!」
「モモちゃん!轟くん!」
「オーデルか。お前のとこ早かったな。それと…心操」
「…お邪魔、してます?」
八百万はパッと顔を輝かせ、ネリエルのそばに寄ってきて座った。
「お二人がこちらで観戦していると聞きまして参りましたの。ネリエルさんの組は早かったですわね」
「『救護』が目的だからね。一応逃げ切りもあったけど…もしかしたらそのあたりの判断とかも見られてたかも?」
「確かに、『救護』であればいかに早く要救護者を送り届けるかが最も重要ですわ。時間をかけすぎると減点もあり得たかもしれませんわね」
「うわ、ありそう〜!あ、そうだ」
ネリエルは気になっていたことを聞こうと身を乗り出した。
「モモちゃん達の戦い、ちょっとだけ見てたよ!あの布気になってるんだけど、何で出来てたの?」
「あれは、ニチノール合金を織り込んだ布ですわ。形状記憶合金でして、熱を加えると元の形状に戻ろうとする性質がありますの」
「そういうことかー!それで轟くんの炎だったんだ!」
「ああ。八百万の策がうまく決まった」
「さっすがモモちゃん!」
ネリエルが褒めると、八百万は「いえ…」と俯いた。
轟は心操の近くに座り、さすがに疲れたのかため息をついていたが、八百万のほうを少し心配そうに見ている。
「前半のほうは、私何もできなくて…轟さんに頼ってばかりでしたの」
「いや…俺も八百万と話ができてなかったし、悪かった。でも、後半はずっと八百万の独壇場だったろ」
「…ありがとうございます」
轟に向かって礼を言い、八百万が小さく微笑む。
「…そうだ、ネリエルさんも!ありがとうございます」
「え?」
唐突に八百万からお礼を言われ、ネリエルはきょとんとした。
「あの時の催涙スプレーがヒントになりましたの。相澤先生の
言われて、更衣室で見せた催涙スプレーの缶を思い出す。
「…え、あれが?でも、私は見せただけだよ。それを実戦で作って使えたのはモモちゃんの実力でしょ?」
ネリエルの言葉に八百万は頬を赤く染め、「そ、そうでしょうか…」と小さく呟いた。
「俺もそう思う。咄嗟に爆弾にして先生にぶつける発想力と判断力は、八百万の実力だ」
「……ありがとうございます」
轟にも太鼓判を押され、八百万は嬉しそうに微笑んだ。
「…ん、あと10分か」
モニターに表示されている残り時間を見て、轟が呟く。映像を見ると、そろそろ決着が着きそうな組もいくつか出てきていた。
「あ、梅雨ちゃんと常闇くんが!」
「ああっ!捕まってしまっておりますわね…」
「エクトプラズム先生か…強いな」
蛙吹と常闇はエクトプラズムの巨大な分身に飲み込まれ、身動きが取れなくなってしまっている。
唯一動ける『
「でも、まだ諦めてないね」
「いけるか…?これほぼ詰みなんじゃ」
「いや、見ろ心操。蛙吹が何かしてる」
見ていると、蛙吹が何かを口から吐き出し、一瞬だけ常闇の元へ戻った『
『
「ハンドカフスを掛けたってことは、これでヒーロー側が勝利か」
「梅雨ちゃんチームも合格だね!」
「ですわね。…あ、ですが、これで期末試験は合格、とは言えないのでしたわ…」
「え?」
八百万の言葉に、轟も「ああ」と頷く。
「条件達成したら合格、とは誰も言ってなかったな」
「…そういえば、確かに!」
「ええ。おそらくですが、達成したとしても、内容によっては赤点になる可能性はあるのだと思いますわ」
「そっかあ…私、大丈夫かな?」
「ネリエルさんはお一人だけ内容が違いますものね。どういった基準になるのか分かりませんし…」
うーん、と八百万と揃って考え込む。心操がそっと口を開いた。
「…大丈夫じゃない?俺、怪我一つしてないし。判断もずっと最善だったと思うし…」
「本当?ありがとう!」
「いや、まあ、素人の意見だけど…。あ、プレゼント・マイクのチーム…」
心操は話を逸らすようにモニターを見る。
耳郎と口田のチームは、耳郎がプレゼント・マイクの音による攻撃を相殺しながら何とか突破口を開こうとしている。
最後は口田が耳郎の割った岩の下から出てきた虫の大群に『生き物ボイス』で呼びかけてプレゼント・マイクを襲わせ、虫嫌いだったのかプレゼント・マイクはそれで気絶した。
「マイク先生、虫がお嫌いでしたのね…」
「アレは誰でもキチィんじゃねえか…?」
「ゾワッとするね…」
ネリエルも鳥肌が立った自身の二の腕をさする。気絶するほど虫が嫌いというわけではないが、あんな大群に集られては生理的な嫌悪感が勝つだろう。
その次に条件を達成したのは、飯田・尾白チームだ。
飯田が囮になって走り回ってパワーローダーを引き付け、その隙に尾白がゴールのゲートを潜った。
障子・葉隠チームもまたゴールのゲートを潜って条件を達成する。スナイプの弾に追い回されながらも、障子の索敵と葉隠の隠密性を活かして何とか逃げ切っていた。
残るは切島・砂藤チーム、上鳴・芦戸チーム、麗日・青山チーム、瀬呂・峰田チームである。
「あと5分もねえ…全員いけるか?」
「どうだろう…峰田くんが諦めちゃってるような感じがするんだよね」
「逃げ回っておりますわね。麗日さんのチームも危ないですわ」
峰田はゲートとは逆方向に逃げ出してしまっている。
麗日と青山はゲート近くまで進めていたものの、あとほんの少しというところで13号に捕捉され、『ブラックホール』で引き寄せられていた。
青山の『ネビルレーザー』も『ブラックホール』に吸い込まれる。
しかし、引き寄せられないよう掴んでいた柵から手を離してしまった麗日が、バトルヒーローのところで身につけた体術を駆使し、13号を制圧した。
「お茶子ちゃん、すごい!」
「見事な体捌きですわ!」
「おお…あ、峰田がミッドナイトを捕まえたぞ」
「えっ!?」
別の画面では峰田は『もぎもぎ』をミッドナイトに投げ、鞭と手を地面にくっつけてゲートから離れたところに釘付けにする。
そのまま峰田が瀬呂を担いでゲートを潜ったところで、残り時間が0となった。
「これでタイムアップか」
「残念ながら、上鳴さん・芦戸さんチームと切島さん・砂藤さんチームは条件達成ならず、ですわね」
「林間合宿、一緒に行けないのかなあ…」
ネリエルにとっては、林間合宿のような外泊する学校行事は初めてのことであり、ずっと楽しみにしていた。
「ネリエルさん、もしかしたら逆に条件を達成していなくても内容は良くて、赤点は免れるということもあるかもしれませんし!」
「そうだね…そう思おう!」
ネリエルが八百万に励まされていると、『OZASHIKI』の階段を登ってきた相澤が顔を出した。
「お前ら、今日はこれで解散だ。起き上がれていない奴もいるしな。着替えたらそのまま帰っていい」
「分かりました!」
「結果発表は明日だ。体休めとけ」
相澤がそう言って去り、それぞれ着替えようと動き出す。ネリエルは心操のほうを振り返った。
「今日はありがとう、心操くん」
「いや…こっちこそ。いい経験になった」
「それならよかった!…ヒーロー科、目指すんだよね」
「ああ」
ネリエルの問いに、心操が迷いなく頷く。
「応援してるよ!」
「一緒に授業を受けられる日を楽しみにしておりますわ」
「頑張れ」
「……ありがとう」
三者三様の激励を受け、心操は少しだけ嬉しそうに笑う。
こうして、雄英高校での初めての期末試験は終わりを告げた。
◇
期末試験翌日、朝の
「皆…土産話っひぐ、楽しみに…うう、してるっ…がら!」
「三奈ちゃん…!」
「まっまだわかんないよ、どんでん返しがあるかもしれないよ…!」
「緑谷、それ口にしたらなくなるパターンだ…」
特に林間合宿を楽しみにしてはしゃいでいた芦戸がぼろぼろに泣いている。ネリエルが肩をさするも涙が止まらない。
「試験で赤点取ったら林間合宿行けずに補習地獄!そして俺らは実技クリアならず!これで分からんのなら貴様らの偏差値は猿以下だ!!」
「ええええ」
「落ち着けよ、長え」
妙なテンションになっている上鳴は、せっかく励ました緑谷に目潰しを仕掛けてキレている。
「わかんねえのは俺もさ。峰田のおかげでクリアはしたけど、寝てただけだ。とにかく、採点基準が明かされてない以上は…」
「同情するならなんかもう色々くれ!!」
瀬呂の励ましも効いていない。
その時、カァン!!と高い音を立てて教室の扉が開いた。
「予鈴が鳴ったら席につけ」
よく訓練されているA組の生徒達は、瞬時に自席に戻っている。静まり返った教室で、紙束を抱えてきた相澤が前に立った。
「おはよう。今回の期末テストだが、残念ながら赤点が出た。したがって…」
カッ、と相澤が目を見開く。
「林間合宿は全員行きます」
「どんでんがえしだあ!!!!」
相澤の宣言に、実技をクリアできなかった四人が大喜びする。
「筆記の方はゼロ。実技で、切島・上鳴・芦戸・砂藤、あと瀬呂が赤点だ」
「行っていいんスか俺らあ!!」
「確かに、クリアしたら合格とは言ってなかったもんな…」
「わ…モモちゃんの言ってた通りだ」
八百万が危惧していた通り、条件を達成していても内容がよくなかったという部分で、ミッドナイトに眠らされてしまっていた瀬呂も赤点になったということである。
「今回の試験、我々
「本気で叩き潰すと仰っていたのは…」
「追い込む為さ。そもそも林間合宿は強化合宿だ。赤点を取った奴こそ、ここで力をつけてもらわなきゃならん。合理的虚偽ってやつさ」
「ゴーリテキキョギィイー!!」
悲しんでいた面々は飛び上がって喜んでいる。
「またしてやられた…!さすが雄英だ!しかし!二度も虚偽を重ねられると信頼に揺らぎが生じるかと!!」
「わあ、水差す飯田くん」
真っ直ぐに挙手をしながら立ち上がった飯田に、麗日が冷静なツッコミを入れた。
「確かにな、省みるよ。ただ、全部嘘ってわけじゃない。赤点は赤点だ。おまえらには別途に補習時間を設けてる」
踊り回っていた赤点組がピタリと止まる。
「ぶっちゃけ、学校に残っての補習よりキツイからな。じゃあ合宿のしおりを配るから後ろに回してけ」
先程までの喜びようはどこへやら、五人は沈んだ顔で席へと戻っていった。
その日の授業が終わり、放課後になるとやはり話題は林間合宿のこと一色になった。
「まあ、何はともあれ全員で行けて良かったね」
「一週間の強化合宿か!」
「けっこうな大荷物になるね」
「水着とか持ってねーや。色々買わねえとなあ」
「あ、そっか。水着いるんだ…」
ネリエルもしおりに書いてある持ち物を見て、持っていないものをいくつか数える。
「あ、じゃあさ!明日休みだしテスト明けだし……ってことで、A組みんなで買い物行こうよ!」
「わー!賛成!」
「わーー!!」
葉隠の提案に、ネリエルは真っ先に賛同した。葉隠と手を取り合い、ぴょんぴょんと飛び跳ねてはしゃぐ。
「おお良い!!何気にそういうの初じゃね!?」
「おい爆豪おまえも来い!」
「行ってたまるか、かったりィ」
「轟くんも行かない?」
「休日は見舞いだ」
「ノリが悪いよ空気を読めやKY男共ォ!!」
◇
「ってな感じでやってきました!県内最多店舗数を誇る、ナウでヤングな最先端!木椰区ショッピングモール!」
林間合宿に行けるようになったことにより、さらにはしゃいでいる芦戸が拳を突き上げる。
「腕が6本のあなたにも!ふくらはぎ激ゴツのあなたにも!きっと見つかるオンリーワン!」
「“個性”の差による多様な形態を数でカバーするだけじゃないんだよね、ティーンからシニアまで幅広い世代にフィットするデザインが集まっているからこの集客力」
「幼児が怖がるぞ、よせ」
緑谷の“個性”フリークぶりは、“個性”そのものだけでなく関連するアイテムにも及んでいるらしい。
「お!アレ雄英生じゃん!?1年!?体育祭ウェーイ!!」
唐突に見知らぬ通行人から声がかけられる。麗日が「うおお」と身を引いた。
「まだ覚えてる人いるんだぁ…!」
「とりあえずウチ、大きめのキャリーバッグ買わなきゃ」
「私も、新しいカバン欲しいんだよね」
「あら、では一緒に回りましょうか」
「俺アウトドア用の靴ねえから買いてえんだけど」
「あー私も私もー!」
「靴は履き慣れたものとしおりに書いて……あ、いやしかしなる程、用途に合ったものを選ぶべきなのか…!?」
「ピッキング用品と小型ドリルってどこ売ってんだ」
全員がバラバラに好き勝手に言うため、切島の「目的バラけてっし時間決めて自由行動すっか!」という一言で、昼頃にフードコートに集まることで合意し、それぞれ行きたい場所ごとに分かれる。
「じゃーカバン屋さん行くか!」
「おー!」
「私もポーチを買いませんと」
ネリエルは耳郎と八百万と行動することになり、三人でモールの中のショップへと向かう。
「あ、楽器屋。そういえば替えのピック…」
「楽器屋さん?もしかして、響香ちゃん何か演奏できるの?」
「まあ、一応…バンド楽器は、一通り?」
「え、すごい!」
「まあ、素晴らしいですわね!私はピアノだけですわ」
「いや十分っしょ。ウチはただの趣味だし…」
途中で見えた楽器店に入る。目当てはカバンを売っている店だが、こうして寄り道をするのも友人とのショッピングの醍醐味だ。
「すごいなあ、楽器がいっぱい」
「キーボードがございましたわ。家にはグランドピアノとオルガンがありますが、大きくて動かせないのでこれぐらいコンパクトなものもいいですわね」
「モモちゃんも演奏できるのすごいね!私、楽器はからっきしだなあ…」
「何かやってみたいのあんの?ウチが教えられそうなやつなら教えるよ。楽器も貸せるし」
「え、いいの!?」
ネリエルは顔を輝かせた。耳郎は少し照れくさそうに頬を染めながら頷く。
「いいよ。まあ、もし興味あるならだけど…」
「あるよー!え、嬉しい!」
「よかった。じゃあ今度遊びにきなよ。ウチの家、楽器色々あるから」
「勉強会では楽しむ余裕がありませんでしたし、私の家にも今度はゆっくり遊びにきてくださいませ」
「行く行く!二人共、うちにも遊びにきてね!」
そんな約束を交わしながら、耳郎がギター用のピックを購入するのに付き合う。店を出ると、耳郎が「喉乾いたなあ」と呟いた。
「最近、暑くなってまいりましたものね」
「あ、ジューススタンドあるよ!」
「お、いーじゃん。並ぼ並ぼ」
皆考えることは同じなのか、ジューススタンドには大勢の人が並んでいる。三人でその最後尾に並ぶと、少し前に並んでいた市民が何気なく振り返り、八百万を見て驚いた顔をした。
「ヤっ、ヤオヨロズ…!?ほ、本物…!?」
市民の男性は目を見開き、チラチラと八百万を伺っている。
「あら…」
「あー、やっぱ注目されてんね」
「モモちゃん、CMに出てたもんねえ」
「ネルも雑誌出てたじゃん」
職場体験から約一ヶ月が経った頃、スネークヒーロー《ウワバミ》のスポンサー企業の新CMがテレビで流れたのだが、その背後に八百万とB組の拳藤が出演していたのだ。
全国区のCMであり、八百万の知名度は体育祭との相乗効果もあって劇的に向上した。
ネリエルも雑誌に出演はしたものの、読者層が限られるスポーツ誌であり、写真が2枚と数行の紹介記事のみでメインはミルコだったため、それほど拡散はされていない。
「やはり、あのCMですか…」
「ミルコが言ってたけど、もらえるもんはもらっとけ、だよ!」
「そーだよ、知名度はあるに越したことないじゃん。ほら、ファンサ!」
正道のヒーロー活動の結果ではないから、と八百万はCM出演したことを放映されるまで誰にも明かしていなかった。そんな八百万の背を押し、どうやら八百万のファンであるらしい男性に手を振らせる。
「わ、わぁ!?え、えと、応援してます!!」
「ありがとうございます」
男性はぺこぺこと頭を下げ、八百万に激励の言葉を贈った。八百万もにこりと笑い、お礼を言う。
「ヤオモモ、有名人だ」
「もう少し、正当なヒーロー活動で有名になりたかったですわ。いえ、副業がいけないというわけではないのですけれど…」
「まあまあ。ほら、ジュース何にする?私はバナナジュースにしようかな」
「ウチ、りんごジュースにしよ。ヤオモモは?」
「あ、では私は…ミックスジュースにいたしますわ」
それぞれ好きなジュースを買い、たまにそれを吸い込みながらショッピングを続ける。
「あら、素敵なブラウスですこと」
「いいね、モモちゃんに似合いそう!あ、こっちのスカートは響香ちゃんにどう?」
「いや、ウチはそういう系統のは…ネルのが似合うっしょ」
「じゃあこっちのシャツ!」
「あ、いいかも。そういう文字Tは好き」
三人の格好は、八百万がブラウスに膝丈のスカート、パンプスと上品な令嬢風で、耳郎がボーダー柄のアウターに網タイツとブーツのロックガールなコーディネート、ネリエルは淡いグリーンのポロシャツにトラックショートパンツ、スニーカーというスポーティな服装である。
好みのファッションはバラバラだが、お互いに似合いそうな服を探して勧め合う時間は楽しいものだ。
「おっ、カバン屋さんあった。キャリケもたくさん!」
「何色にするの?」
「黒か、グレーかなあ。ネルは?」
「大きめのリュックが欲しくて。白とかあるかな?」
「あら、ではこちらはいかがでしょう」
耳郎は並べられているキャリーバッグを物色し、ネリエルは八百万と共にリュックを探す。
「モモちゃんはポーチだっけ」
「ええ、ですが雑貨屋さんで探しても良いかもしれませんわね」
「それアリだなー。歯ブラシセットとかも買いたいし。……ん?」
「どうしたの、響香ちゃん。…あれ?」
「お二人とも?」
耳郎は“個性”故の索敵能力で、ネリエルも野生動物のそれに近い聴覚で、店の外がざわついていることを聞き取る。
「どうしたんだろ」
「確かに、何か騒がしいですわね」
ピンポンパンポーン、とどこか間抜けな館内放送のチャイムが鳴った。
『お知らせします。指名手配中の