ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクが『ヒーロー』になるまでの物語   作:猫禰捏涅

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挿絵はがんばって描きました。


37.林間合宿:1日目② / WHITE DREAM

「や…った、かな?」

「やめろ緑谷、そういうのフラグだっての…」

 

何時間戦い続けていただろうか。木々の隙間から覗く空が赤く染まり始めている。

魔獣の襲撃が止んだことに対して迂闊なことを言った緑谷も、止める切島も声に力がない。

魔獣はただ大きいだけのものだけでなく、蛇や鰐のような形をした小型のものも度々襲撃してきていた。単に撃破すればいいというわけではなく全方位に気を張らなければならず、全員の神経が削られていた。

 

「はあ……」

 

ネリエルは周囲を見回しながらパイプを構え直すが、八百万に作ってもらったそれは既にひしゃげかけている。

八百万は途中で取り替えることを申し出てくれたが、予想以上の長丁場になりそうだったため、武器よりも水分や補給物資を創ってもらった方がいいと判断して断っていた。

 

プッシーキャッツらに言われた12時前後という刻限は既に過ぎており、八百万が創る経口補水液と塩分や糖分のタブレットがなければ、誰かが脱水や熱中症あたりでダウンしていただろう。

 

(器子の身体って、本当に重い…)

 

倒しても倒しても湧いて出てくる魔獣に対処し続け、さすがのネリエルも息を切らして内心の思考が突飛な方向にいっている。

 

「遅れてる人は…青山くんね」

「一応、はぐれてはないよーぅ…」

「ウ…ウィ☆」

「うぷっ…」

 

最後尾にいるのは腹を押さえている青山で、その近くを歩く葉隠と麗日が気にかけている。

先頭は変わらず爆豪だが、積み重なる疲労で足は鈍って徒歩になり、また『爆破』を使いすぎると皮膚が痛むのか手を庇っていた。

 

「一応、もう周囲に魔獣の影はないぜ」

「皆、この先がゴールだ!」

「もう少し、頑張りましょう」

 

木の上から攻撃にも参加しつつ偵察にあたっていた三人も疲弊した様子だが、ゴールが見えたことで声が少し元気になっている。

 

「うぁ〜……」

「やっと、着いた…」

「キチィよぉ」

 

「とりあえず、お昼は抜くまでもなかったねえ」

 

森を出た先には、広大な広場と宿泊施設が佇んでいた。

そこで待ち受けていたピクシーボブとマンダレイ、相澤、小さな男の子の姿を見て、ネリエルは警戒と共に変身をようやく解いた。

 

「何が『三時間』ですか…」

「腹へった…死ぬ」

「悪いね、私たちならって意味、アレ」

 

マンダレイが悪びれた様子もなくそう言う。

 

「実力差自慢の為か……」

「ねこねこねこ…でも、正直もっとかかるかと思ってた。私の土魔獣が、思ったより簡単に攻略されちゃった。いいよ君ら……特に、そこ5人」

 

ピクジーボブが先頭集団を指差す。ネリエルを含め、特に積極的に攻撃に参加していた、爆豪、轟、飯田、緑谷だ。

 

「躊躇の無さは経験値(・・・)によるものかしらん?三年後が楽しみ!ツバつけとこーー!!!」

 

ハンターのような目をしているピクシーボブは、爆豪や轟にプップッと唾をつけようとする。半分冗談のようで実際にはかかっていないが、目は半分本気だった。

 

「マンダレイ…あの人あんなでしたっけ」

「彼女焦ってるの、適齢期的なアレで」

「適齢期と言えば__……」

「と言えばて!!」

 

案外遠慮なく物を言う緑谷は、プッシーキャッツと共に来ていた小さな男の子のほうに視線を向けている。

 

「ずっと気になってたんですが、その子はどなたかのお子さんですか?」

「ああ違う、この子は私の従甥だよ。洸汰!ホラ挨拶しな、一週間一緒に過ごすんだから…」

 

緑谷が洸汰と呼ばれた男の子に手を差し出す。

 

「あ、えと僕、雄英高校ヒーロー科の緑谷。よろしくね」

 

だが緑谷は握手の代わりに、股間を思いきり殴られて悶絶した。

 

「きゅう」

「緑谷くん!おのれ従甥!!何故緑谷くんの陰嚢を!!」

 

スタスタと歩き去る洸汰は、幼いにも関わらず表情がひどく荒んでいる。

 

「ヒーローになりたいなんて連中とつるむ気はねえよ」

「つるむ!!?いくつだ君!!」

「マセガキ」

「おまえに似てねえか?」

「あ?似てねえよつーかてめェ喋ってんじゃねえぞ舐めプ野郎」

「悪い」

 

余計なことを言った轟は爆豪に怒鳴られていた。爆豪が轟に掴み掛かる前に、相澤がぬっと前に出てくる。

 

「茶番はいい、バスから荷物降ろせ。部屋に荷物を運んだら食堂にて夕食。その後、入浴で就寝だ。本格的なスタートは明日からだ。さァ早くしろ」

 

夕食と聞いて、ネリエルのお腹がぐうと大きな音を鳴らした。近くにいた耳郎が軽く吹き出す。

 

「っふ、ネル、マジでよく食べんね」

「だって響香ちゃん、もうすっごくお腹すいちゃって!」

「ウチもウチも。早くいこ!」

 

夕食と聞いて周りのクラスメイトも少し元気になり、早く食堂に行こうとバスから荷物を降ろしていった。

 

食堂にはとにかく大量のご飯が用意されており、席は出席番号順だ。

既に全員の目がその食事に釘付けで、手を合わせていただきますを言うなり、一斉に口の中へとかき込み始める。

 

「んんんんん…!!美味しい…!!」

「沁みる〜…!」

 

隣に座る麗日と揃って味噌汁を飲んで堪能し、大皿に盛られたおかずを好きなだけ取る。

 

「へえ、女子部屋は普通の大きさなんだな、じゃあ」

「男子の大部屋見たい!ねえねえ見に行ってもいい、後で!」

「おー来い来い」

「魚も肉も野菜も…ぜいたくだぜえ!!」

 

絶えず土の魔獣に襲撃されていたため、何時間も緊張状態だったところから解放され、一気に賑やかになる。

 

「美味しい!!米美味しい!!」

「五臓六腑に染み渡る!!ランチラッシュに匹敵する粒立ち!!いつまででも噛んでいたい!」

 

頬いっぱいに白米を詰め込んでいたネリエルは喋れなかったが、切島と上鳴の叫びには同意だ。

 

「土鍋…!?」

「土鍋ですか!?」

「うん。つーか、腹減りすぎて妙なテンションなってんね。まー色々世話焼くのは今日だけだし、食べれるだけ食べな」

 

ピクシーボブがそう言いながら追加のおかずを運んでくる。

 

「ネリエルちゃん、お米を吸い込むみたいに…!」

「っん、だって美味しいしお腹空いてるし!おかわりしてくる!」

「おお!?い、いってらっしゃい!?」

「なるほどそのメロンの原産はそれか……」

 

茶碗を持って席を立ったネリエルの背後で、峰田が斜め向かいの蛙吹から舌で頬を張られていた。

 

「はー、全部美味しい!」

「ネ、ネリエルさん、そんなに食べて大丈夫…?」

「全っ然、平気!あと三杯はいけるよ!」

「すごいね!?」

 

緑谷に心配されたが、構わずぱくぱくと食べ進める。

 

唐揚げやコロッケ、アジフライ、鮭のムニエル、ポテトサラダ、野菜サラダ、その他諸々を存分にお腹に詰め込み、最終的に白米は茶碗に山盛り四杯食べた。

 

ネリエルとしてはもっと食べられたのだが、他の友人達と共に大量に炊かれていた米を全て食べてしまったため、そこで打ち止めとなった。

 

ご馳走様でした、と声を合わせた後は入浴である。

森の中を歩き続け、土魔獣を倒したことで頭から土と小石を被って身体中が汚れ、髪は軋んでいる。

 

「あ…外すの、忘れてた」

 

制服を着ている時のネリエルの髪型は、ゆるくまとめたツインテールである。

そこに飾り付けていたオレンジ色のリボンが、土でどろどろに汚れてしまっていた。

 

「手で洗って乾かしておこう」

「ああ、リボンか。ネルは近接だから頭から土被ってたもんな」

「うん、ちょっと汚れちゃった」

「そのぐらいであれば、石鹸で落ちると思いますわ」

「ほんと?よかったあ」

 

服を脱いで大浴場に入り、自分の髪を洗うのもそこそこにリボンを石鹸で洗う。

隣でピンク色の肌を擦っている芦戸がにやにやと笑っていた。

 

「ソレ、大事にしてるねえ!」

「だって、ドンドチャッカが買ってくれたものでもあるし…」

「でもある、ねえ〜?へえ〜?」

「もう、三奈ちゃん!」

「あはは、ごめんって!」

 

芦戸に揶揄われ、熱いお湯を被ったことだけが原因ではなく、ネリエルの頬が赤くなる。

 

「よかった、綺麗になった」

 

幸いお湯と石鹸だけで土汚れは綺麗に落ちた。リボンは持ち込んだタオルに挟んでおき、髪と体を洗って一足先に湯船に浸かっている皆の後を追う。

 

「気持ちいいねえ」

「温泉あるなんてサイコーだわ」

 

湯の中に身体を滑り込ませ、思いきり手足を伸ばす。

 

「ふわぁ〜〜……!」

 

疲労した体に、温かさがじんわりと染み渡っていく。

 

「気持ちいい〜…人間だなあって感じ…」

「ふは、何言ってんのネリエル!」

「ちょっと分かるよ。生きてるって実感するよね」

 

芦戸は周りの岩の上に腰掛けて足を湯の中で遊ばせ、耳郎は肩までしっかり湯に浸かっている。

 

「_____壁とは超えるためにある!!“Plus(プルス) Ultra(ウルトラ)”!!」

「速っ!!」

「校訓を穢すんじゃないよ!!」

 

突然、仕切り壁の向こうから峰田の叫びが聞こえてきた。

 

「峰田さんですわ!」

「おい、まさか…」

 

嫌な予感に、女子生徒達が身構える。

だが仕切り壁の間から突然、角がついた帽子を被った人影___洸汰が出てきて、壁の上に登ろうと手を伸ばしていた峰田を突き落とした。

 

「ヒーロー以前に、ヒトのあれこれから学び直せ」

「くそガキィイイィイ!!?」

 

怨嗟の籠った悲鳴が遠ざかっていく。

 

「やっぱり峰田ちゃんサイテーね」

「ありがと洸汰くーん!」

 

仕切り壁の上にいる洸汰に、芦戸がサムズアップする。ネリエルもひらひらと手を振ると、洸汰はおたおたと後ずさった。

 

「あ、危ない…!」

「わっ…あ…」

「落ちた!?」

「ちょ、大丈夫ー!?」

 

男湯側に洸汰の姿が落ちていってしまい、全員が慌てる。

 

「だっ、大丈夫!キャッチしたよ!一応医務室に連れてくね!」

「あ、デクくん…!ありがとー!」

 

どうやら緑谷が無事に受け止めてくれたらしい。男湯のほうも少し騒然としていたが、すぐに落ち着きを取り戻した。

 

「よかったですわ」

「あぶねー。頭打ったら大変だよ」

「そもそも峰田くんがヘンなことしなければいーんだよ!」

「それはそうね。普通に覗きは犯罪よ」

「…ヒーローを目指してるんだよね?峰田くんも」

「の、はずなんだけどねー?」

 

ネリエルは首を傾げつつ、ほつれて落ちてきた髪をかき上げる。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ふう、私ちょっとのぼせちゃいそう…先に上がるね」

「ケロッ、私も上がるわ」

 

頬が真っ赤になっている麗日がふらりと湯船を出る。蛙吹もそれに続いて脱衣所に向かっていった。

 

「ウチもそろそろ上がるかな…さっさと歯磨きして寝ないとヤバそう」

「明日の集合時間は朝5時半ですわ。確かにすぐ就寝するべきですわね」

「うあー、朝早すぎ!誰か起こしてえー!」

「皆で頑張って一緒に起きよっか」

 

皆もぞろぞろと湯船から上がり、ネリエルは忘れずタオルとリボンを回収して、脱衣所で部屋着のシャツとショートパンツに着替える。

男子の大部屋を見にいくというような話が夕飯の際に出ていたが、風呂から上がると全員疲労から口数は少なくなり、すぐに就寝の準備をし始めた。

 

「これ、即寝れるわ……」

「もーめっちゃ眠い…おやすみィ…」

「電気を消しますわ、皆様お休みなさいませ」

「ありがと〜、モモちゃん…おやすみ…」

 

広い部屋に布団を適当に敷いての雑魚寝だが、ほぼ全員がすとんと即眠りに落ちた。

元々寝つきのいいネリエルも例外ではなく、布団に横になればすぐに眠気が襲ってくる。

 

(この体だとまだスタミナが足りない…疲れたなあ……)

 

破面の頃であれば、数時間ぶっ通しで戦ったとてそう疲労はしなかった。人間となった肉体に積もった、ずしりとした疲労の重みを感じながら、ネリエルは瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

そして、不可思議な夢を見た。

 

 

 

「……え。ここ、って……」

 

ふと気がつくと、ネリエルは白い砂漠の只中にぽつんと立っていた。

 

「…(ウェコ)(ムンド)…!」

 

どこまでも広がる白い砂の海。動かない月。石英の樹木。

どれほど人間として過ごそうとも、ネリエルの記憶の根底に横たわり続ける、(ホロウ)としての原風景の中に立ち返っている。

 

「ペッシェ?ドンドチャッカ?いないの?」

 

少し声を張り上げるが、すぐ近くには誰の気配もないことは分かりきっていた。

探査回路(ペスキス)にも、何の反応も引っかからない。本来、虚圏(ウェコムンド)には霊子の満ちた大気を餌として生きる爬虫類や昆虫類じみた姿の弱い虚が、砂の下にぽつぽつといる。

それすらも一切ないとなれば、これは普通の虚圏ではないということだ。

 

「…やっぱり、夢…かな?」

 

そう呟きながら、ネリエルは自身の姿を見下ろす。

白い装甲で覆われた体は下半身が四足歩行の『カモシカ』に似た体躯で、右手が騎士槍(ランス)そのものと融合している。

ネリエルからは見えないが、頭上の仮面は後頭部までほとんどを覆い、太く頑丈な角が攻撃的に突き出しているだろう。

圧倒的な突進力で()騎士槍(ランス)で貫くことに特化した、最上級大虚(ヴァストローデ)時代の姿である。

 

「夢だとして、なんでこの姿なんだろ?」

 

『人間』としてのネリエルの力は、最上級大虚(ヴァストローデ)時代にも、破面時代にも全く及ばない。

合宿の洗礼(・・)を受けて力不足を実感したが故に、その渇望が夢として現れた___のならば、最上級大虚(ヴァストローデ)の力がより昇華した破面としての姿でいいはずだ。

 

「分かんないな。どうしよう」

 

考えても分からず、ネリエルは当てもなく歩き出す。

虚でありながら戦いはそれほど好まず、できる限り避けながら白い砂漠を彷徨う。奇しくも、大虚(メノス)時代と同じことをしていた。

 

「……はあ…」

 

遥か昔から付き従ってくれているペッシェもドンドチャッカもいないとなれば、なかなかに気が滅入る。

雄英高校の1年A組で青い時期(・・・・)を過ごす楽しさを知ってしまった今は、より堪えた。

 

「…ただの大虚(メノス)の時なんて、何にも難しいこと考えてなかったなあ」

 

虚としてのネリエルの転機は二つある。一つは、藍染惣右介の配下になった時。もう一つが当然、黒崎一護に出会った時だ。

その転機が訪れるまでは、ネリエルは虚圏で永い永い時間を過ごしていたわけだが、内容の密度が段違いすぎてあまり記憶に残っていない。

 

「……覚めない。どうしよっかな。練習でもするとか…?」

 

逆に転機が訪れた後のことが夢だった、とは微塵も思わない。それほどに密度が濃く、ネリエル自身の想像力を超えたことが何度も起きた。

故にこの何も起きない時間が過ぎるのがひたすらに遅く感じるのだが、ネリエルは一応“個性”の練習に繋がるだろうかと考えながら騎士槍(ランス)の右手を構えた。

 

穂先に赤い光が集まる。霊力が一点に凝縮されていく。

 

「_____虚閃(セロ)

 

唸るような低い音と共に、破壊を齎す閃光が発射された。

 

遠く離れた砂丘の上に着弾し、爆炎と共に砂丘が大きく抉り取られる。

 

「……“個性”の範疇には、収まらないよね。そもそも使えるようになる可能性はなさそうなんだけど」

 

クレーターのように陥没した遠くの砂丘を見ながら、ネリエルはそう呟く。

 

人間になって、“個性”を使うようになってから、ヒーローになるべく様々な能力を伸ばしてきた。

幼い頃は四足の筋肉の密度が低かったのを、鍛錬によって強靭に鍛え上げた。皮膚も元はそれほど厚くは無かったのだが、鍛えると共に強度も上がった。角や蹄は酷使して生え変わる度に頑丈になった。

 

最近は『カモシカ』の体を維持したまま二足になるという技術を習得したが、この夢の中では自然に使えている探査回路(ペスキス)虚閃(セロ)を使えるようになる気配は、一切ない。

 

「やっぱり、ただの人間になったってことなのかな」

 

そう言いつつ、脚を折ってその場にぺたりと座る。

 

「……ん?」

 

ネリエルの脚に、コツリと何かがぶつかった。砂の中に小さくて硬いものが埋もれている。

 

「え」

 

左手で砂の中から摘み上げたのは、モノクロの世界に似合わない鮮やかなオレンジ色___のカバーを被せた、ネリエルのスマートフォンだった。

 

ネリエルが困惑しているうちに、ピロリロリロリン、と高い音が鳴る。明るくなった画面には、時計とアラームが表示されていた。

 

「___そうだ、起きなきゃ」

 

 

 

 




ネリエルが最上級大虚(ヴァストローデ)だったかは定かじゃないんですが、元第3十刃だしということで。
大虚時代の姿は帰刃を参考にした捏造です。
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