ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクが『ヒーロー』になるまでの物語   作:猫禰捏涅

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38.林間合宿:2日目

「___そうだ、起きなきゃ」

 

周囲の景色が遠くなり、視界が真っ暗になる。

それが自分が目を閉じているからだと気づいて、ゆっくりと瞼を開ける。

 

「……ふぁあああぁ〜……」

「ん〜……あと5分だけ……」

「ダメですわ、起きなければ…」

「むにゃ…」

 

あちこちから上がる眠そうな声と、それぞれで設定したアラームの音。

 

「ふ、ぁ……」

 

ネリエルも大きく欠伸をしながら、枕元で鳴り続けているアラームを止めようと身を起こす。

 

「…おはよ、皆」

 

布団に座りながら、周囲で寝転ぶ友人達を見回す。

 

「……おはよ、ネル…寝起きいいね…」

「響香ちゃんは…ダメそう?」

「いや、起きる…ちゃんと起きるよ」

 

自分に言い聞かせるようにそう言いながら、耳郎もふらふらと起き上がる。一番最初に立ち上がっていたのは八百万で、布団の中に潜り込もうとする芦戸を揺り起こしていた。

 

ネリエルも立ち上がり、洗面所に顔を洗いにいく。冷たい水でしゃっきりとしてから、髪をいつも通りにゆるいツインテールにしようとして、やめる。

昨日のように激しく動くことを想定して、より邪魔にならないようポニーテールにしようと、髪は高い位置で一つにまとめた。

 

「ケロ…あら、髪型を変えたのね、ネリエルちゃん。似合ってるわ」

「ありがと、梅雨ちゃん。寝癖を直してる時間もないし…って、梅雨ちゃん、髪サラサラだね!全然寝癖ついてない」

「ふふ、ありがとう。長いから管理は大変だけど、気に入ってるの」

 

洗面所に来た蛙吹は眠そうにしながらもそう言って笑い、長い髪をまとめ、慣れた手つきでまとめていく。

 

「あら、ちゃんと起きてるわね。感心感心」

「マンダレイ」

 

女子達の部屋をノックして顔を出したのはマンダレイで、手にはおにぎりと味噌汁、バナナが乗った大きなトレイを抱えている。

 

「はいこれ、朝ごはん。ちゃんと食べておかないと体保たないわよ」

「ありがとうございます」

「トレイは置いておいていいから。じゃ、集合時間には遅れないようにね!」

 

全員が眠たそうな生徒達と違い、既にコスチューム姿のマンダレイはてきぱきと机も準備し、そう言ってあっという間に去っていった。

 

昨日のような調子で訓練が続くのならば、確かに絶対に朝食を抜くことはできない。

全員で揃って朝食を詰め込んでから、まだ眠気の残る目を擦りつつ、集合場所へと向かう。

 

「お早う、諸君」

 

A組の生徒達を迎えた相澤も、普段通りだるそうだがしっかりとコスチュームを着ている。

 

「本日から本格的に強化合宿を始める。今合宿の目的は、全員の強化及びそれによる“仮免”の取得」

 

正式なヒーロー免許の前段階として取得する『仮免』、本格的にヒーロー活動を行う未来が見えてきたことに、全員の気が引き締まる。

 

「具体的になりつつある敵意に立ち向かうための準備だ。心して臨むように。というわけで爆豪、こいつを投げてみろ」

 

相澤はポケットからボールを取り出し、爆豪にぽいと投げた。

 

「これ…体力テストの…」

「前回の…入学直後の記録は702.5m(メートル)…どんだけ伸びてるかな」

 

距離測定の機能つきのボールを握り、自信ありげに腕を振る爆豪にあちこちから声がかかる。

 

「おお!成長具合か!」

「この三か月色々濃かったからな!1km(キロ)とかいくんじゃねえの!?」

「いったれバクゴー!」

 

「んじゃよっこら……___くたばれ!!!」

 

罵声と共に『爆破』が炸裂し、ボールが恐ろしい勢いで吹き飛んでいく。ボールは遠い森の中に落ちていき、相澤の手の中でピピッと機械が鳴った。

 

「709.6m(メートル)

 

ざわ、とクラスメイト達が騒めく。期待に反して伸びていたのは7メートル程度、風向きが悪かったとしても大幅に伸びているとは言えない記録だ。

 

「あれ…?思ったより…」

「約三か月間、様々な経験を経て確かに君らは成長している。だがそれは、あくまで精神面や技術面。あとは多少の体力的な成長がメインで、“個性”そのものは今見た通りでそこまで成長していない。だから_____」

 

にやり、と相澤が悪どい顔で笑う。

 

「今日から君らの、“個性”を伸ばす。死ぬほどキツイがくれぐれも、死なないように___…」

 

絶対に過酷な訓練になることが確定して慄く生徒達の前に、四人の人影がザッ!と現れた。

 

「さあさあ早速やっていくにゃん!」

 

「煌めく眼でロックオン!!」

「猫の手手助けやって来る!!」

「どこからともなくやって来る…」

「キュートにキャットにスティンガー!」

『ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!!!』

 

マンダレイとピクシーボブに、緑色の髪の女性と筋骨隆々の男性を加えた四人組のヒーローが揃ってポーズを取った。

 

「そうか!ラグドールの『サーチ』で…!」

「よく知ってるみたいだにゃん!そう、あちきの『サーチ』で見れば、100人まで居場所も弱点も丸わかり!」

「そして私が『土流』でそれぞれに合うように足場を作るわ!」

「私の『テレパス』なら一度に複数の人にアドバイスができる。それで虎が…」

「殴る蹴るの暴行よ…!」

 

ポップな印象の三人に比べて、『虎』はコスチュームこそポップだが雰囲気が渋い。

 

「単純な増強型の者、こちらへ!!我と共に我ーズブートキャンプを始めるぞ…!」

「緑谷、行け」

「はっ…はいぃ!!」

「オーデル、一応お前も該当するがどうする。山岳地帯の機動とスタミナ作りのほうを優先するか?」

「そうですね…私はそちらでお願いします」

「ん。じゃあそれぞれ振り分けるぞ。砂藤、八百万___…」

 

相澤が手元の資料を見ながらA組の生徒達を各々の鍛錬場所へと振り分けていく。

 

ネリエルの“個性”は、一部異形型の複合型だ。最近実感しているスタミナ不足を補うことを優先し、蛙吹と共にピクシーボブに崖や山の地形を作ってもらってそこを踏破するという訓練内容になった。

 

山の麓には洞窟が空いており、そこに放り込まれた常闇の悲鳴が聞こえ、近くの岩山の頂上では上鳴や青山が許容上限の底上げのためにひたすら“個性”を使い続けている。

 

「うぷ…」

「お茶子ちゃん、大丈夫?」

「だ、大丈夫。まだいける…ネリエルちゃんも、平気?」

「大きいけど重くないから大丈夫だよ!運搬の訓練にもなるし…っと!」

 

さらにネリエルは、アクティビティであれば『ゾーブ』や『バブルボール』と呼ばれる、空気の詰まったボールに入った麗日を運ぶという追加の内容もある。

麗日が地面まで到達したところに居合わせるとは限らないので、タイミングが合った時のみだが、ネリエルは腕が塞がったままでの機動力の上昇と筋力の強化が見込め、麗日はネリエルの運搬時も山の上から転がり落ちる時も“個性”を使い、酔いに慣れて限界重量を増やすのが目的だ。

 

また山の上から悲鳴を上げながら落ちていく麗日を見送るのもそこそこに、ピクシーボブの『土流』でまた変化した地形の踏破に挑む。

 

「っ、はぁ……、っ来た!」

 

不安定な足場を蹴り、岩山をどんどん登っていく。その途中で上の方の土が動き、ネリエルに向かってボウリングの球大の岩が降ってきた。

 

「っ、くっ!」

 

上半身は腕を交差させて守りつつ頭を振り、張り出した角で岩を砕く。これもネリエルに課された訓練の一つだ。

 

《今のはタイミング良かったよ!そのまま集中を乱さずに!》

「はい…!」

 

マンダレイからの『テレパス』でアドバイスが届く。マンダレイから伝えられてくるだけの一方通行だが、反射的に返事をしつつ、ネリエルは一気に岩山を駆け登った。

 

「ふぅ……あ、これ、抜けるかも」

 

ネリエルが岩山の頂上で軽く頭を振ると、ぼろっ、と左側頭部から角が抜けた。

地面に落ちる前にキャッチし、ざっと状態を見る。

 

「わ、傷だらけ!まあこれだけ酷使すればそうなるか…。あとは、岩落としをどうするか聞きに行かないと」

 

角を小脇に抱えて、今度は岩山を一気に駆け降りる。B組の生徒達も“個性伸ばし”の訓練に合流し、プッシーキャッツの四名それぞれが提供するメニューに振り分けられていた。

 

「先生、ピクシーボブ!」

「どうした?…お」

「左の角が抜けちゃって。ちょっと岩落としが危なくなりそうなんですが」

「あら。それなら頻度を少なくするわね。ちなみに、どのぐらいで生えるものなの?」

「以前よりちょっと伸びるスピードが早くなってるので、一日半ぐらいで元通りになりそうです」

「じゃ、左は使わないようにして、右の角は引き続き使ってけ。危なくなったら避けて怪我はしないように、ここにリカバリーガールはいねえからな。角は俺が一旦預かっとく」

「分かりました!」

 

抜け落ちた角は相澤に預け、鍛錬の場へと戻る。

しばらく訓練を続けていると、確かに岩が落ちて来る頻度は減ったが、その分足場の険しさが増したのは気のせいではないだろう。

 

「なるほど、“Plus(プルス) Ultra(ウルトラ)”ね…!!」

 

上等、とネリエルは唇を舐める。

疲労で重くなる体を叱咤し、意識して脚を高く上げ続ける。

高低差が激しくなった足場を巧みに駆け抜け、落ちてくる岩は角、もしくは体を反転させて後ろ脚の蹄で砕く。

間に合わなくて避ける際は、時折二足形態になり、四足と二足の切り替えスピードを上げていくことも狙う。

 

「は___…っ!」

 

少しの衝撃でも崩れる足場で自在に飛び跳ね、一歩間違えれば頭が砕ける重量の岩を砕き、時に躱し、進み続ける。

 

「はぁ、はぁ…っぱすげーな、ネリエル…」

「うん…とんでもないね。はあ、どんな身体能力と判断力があれば、あんな地獄を走れるんだろ」

 

眼下の広場でそう噂されていることも知らないまま、ネリエルは学生の範疇から逸脱している(・・・・・・・・・・・・・)としか思えない内容の訓練をこなしていく。

しかしそんなことには気づかず___気づいたとしても気にも留めない___ネリエルは、ただひたすら強さを得るために邁進し続ける。

 

「………」

 

そのネリエルの背を相澤がじっと観察していることにも、気づかずに。

 

 

 

 

 

「さァ昨日言ったね、「世話焼くのは今日だけ」って!!」

「己の食う飯くらい己でつくれ!!カレー!!」

 

夕方になり、訓練を終えてぐったりとしているA組の生徒達の前に並べられたのは、大量の野菜と肉、そして調理器具だ。

 

「イエッサ…」

「アハハハハ全員全身ブッチブチ!!だからって雑なネコマンマは作っちゃダメね!」

「確かに…災害時など避難先で消耗した人々の腹と心を満たすのも、救助の一環……さすが雄英無駄がない!!世界一旨いカレーを作ろう、皆!!」

 

飯田の号令がかかるも、皆の声には明らかに覇気がない。

土まみれになったジャージでは衛生的に問題があるため、それぞれ私服に着替えてから飯盒炊爨を始める。

ネリエルは初めての体験に、体は疲労しているもののワクワクと心躍らせていた。

 

「これにお米を入れるの?」

「そーそー!飯盒ってやつ!」

「すごいね!キャンプは行ったことあるけど、パックご飯使ってたよ。これだと炊き立てが食べられるんだ」

「失敗したらべっちゃべちゃかパッサパサになるけどね。うまくいけばいいんだけど…」

 

芦戸や耳郎に教えてもらいつつ、飯盒に米と水を入れてセットする。

 

「おー、火ィ入った!」

「轟の“個性”便利だなー」

「皮剥き終わんねー!!」

「おーい、肉分けるぞー」

「ルーないんだけどどこ?」

 

手分けして食材をカットし、同時にカレーも並行して作っていく。

しばらくすると野菜と肉を炒めるいい匂いが漂い始め、ネリエルは火の番をしながらぐうとお腹を鳴らした。

 

「うーっ、お腹すいた!」

「もう少しよ、頑張りましょ」

「轟ー!こっちも火ィちょーだい」

「爆豪、爆発で火ィつけれね?」

「つけれるわクソが!」

「ええ…?」

「皆さん!人の手を煩わせてばかりでは火の起こし方も学べませんよ」

 

そう注意している八百万だが、当の本人はチャッカマンを創り出してワンタッチで火を着けている。

 

「いや、いいよ」

「わー!!ありがとー!!」

 

左半身の『炎』であちこちに引っ張りだこの轟だが、嫌な顔一つせず次々にかまどに火を入れて行く。

 

しばらくすると、飯盒からは炊き立ての米、大鍋からはカレーのいい香りが辺りに充満し始める。

誰もが腹を空かせてギラギラとした目でカレーを取り分け、いそいそと席に着いた。

 

『いただきまーす!』

 

ネリエルも挨拶はそこそこに早速カレーにスプーンを突っ込む。

 

「んん!」

「店とかで出たら微妙かもしれねーけど、この状況も相まってうめー!!」

「言うな言うな、ヤボだな!」

 

米には少し芯が残っているし、カレーは誰でも食べられるようにか甘口で、スパイシーさは物足りない。

確かに絶品というわけではないが、友人達と共に作り上げたカレーの味には、何にも変え難いものがある。

 

「ヤオモモがっつくねー!」

「ええ、私の“個性”は脂質を様々な原子に変換して創造するので、沢山蓄える程沢山出せるのです」

「うんこみてえ」

 

食事時に相応しくない言葉を出した瀬呂は、耳郎によって制裁が下された。

そんな光景に笑いながら、ネリエルは飲み物のようにカレーを消費していく。

 

「やべえネリエルがまたおかわりしてんぞ!」

「無くなっちまう!急げ!」

「ちゃんと残すって!でもあとちょっとだけ…」

 

ネリエルが大食いであることは周知されてきており、四杯目のおかわりをしたことに男子生徒達が慌てだす。

ネリエルとしては全て食べ尽くすつもりはないのだが、食べる量において対抗しようとしてきているようだ。

 

「ウチもーむり。入んない」

「私もお腹いっぱいだわ。…あら、緑谷ちゃん。どうしたの?」

「あ、僕、ちょっと行って来る!すぐ戻るよ!」

 

どこか別の方向を気にしていた緑谷が、そそくさとカレーを一皿持って行く。

 

「食べ終わったなら片付けるにゃん!」

「ここからは全部自分らでやるようにね!朝ごはんもだよー!」

「へぇ〜…い」

「やるかあ…」

 

世話しないと宣言していた通り、プッシーキャッツ達は監督するだけで手伝わない。

満腹で眠くなってくる体を引きずり、鍋や皿、飯盒を洗う。朝食のために炊飯器は貸してくれるようで、研いだ米を朝に炊けるようにセットまで行い、ようやく解散となった。

 

さあ風呂だ、となった時にひょこりと顔を出した相澤が、赤点組の五人に無慈悲に告げる。

 

「補習組、お前らは今日から風呂の後に座学だ。寝るなよ」

「マジかよ!!?」

「うぇえ〜、朝ゆっくり起きられると思ったのに…!」

「キッツイぜこれ……」

 

風呂にゆっくりと入る時間は取られていたが、女子の中では芦戸だけがそのまま寝ることはできず、別室で補習授業を受けることになる。

 

「三奈ちゃん、無理はしないでね」

「頑張って!」

「部屋で待ってるからさ」

「めっちゃ眠いけどなんとかがんばる…」

 

そうやって芦戸を見送った後、昨日よりは就寝まで時間があったため部屋で集まり、訓練の情報交換をする流れになった。

 

「実際どう?“個性”伸びてる感じする?」

「あーそっか、葉隠は“個性”そのものより使い方を伸ばす感じだよね。ウチはちょっとずつだけど、『イヤホンジャック』の伸びる範囲と強度は上がってる気はするよ」

「私もちょっと酔いからの復活は早くなったよ!」

「ケロ、私も少し跳躍力が上がったと思うわ」

「私も物を作る速度が、ほんの少しですが早くなりましたわ。ネリエルさんはいかがですか?」

「皆すごいねえ。私は……“個性”は伸びてないんだよね」

 

ネリエルのその言葉に、他の全員が目を丸くする。

 

「え……あれほどの訓練をしているのに、ですか…?」

「もちろん、体力とか筋力はついてきてるよ。でも、“個性”そのものが伸びてる感じはしないかな」

「ええ、意外だー!」

「あれは?二足歩行形態」

「うーん…あれって単に、変身を途中で止めてるだけなんだよね。むしろスピードもパワーも落ちるから、あんまり使ってないよ」

「それも成長ととらえて良いとは思いますけれど…ストイックですわね、ネリエルさん」

 

「そうかなあ」と言いながら、ネリエルは敷布団の上にごろんと寝転がった。

破面としての能力が理想にある分、ネリエルにとっての強さの基準は普通の人とは離れているだろう。

 

(人間(・・)としての肉体の限界なら、仕方ないけど……)

 

ぼんやりと考えるネリエルの横の布団に、小さな箱を鞄から取ってきた葉隠が座った。

 

「ネルちゃんっ、休憩も大事だよー!」

「透ちゃん」

「ってことでー、トランプやろ!持ってきてたんだー!」

「わ、いいね!」

 

ジャーン、と取り出されたのはトランプだった。

 

「あら、いいわね。何にする?」

「やっぱババ抜きじゃない?」

「大富豪はー?」

「ローカルルールでややこしくなるかも…」

「大富豪…?すみません、私、トランプのゲームはポーカーとババ抜きくらいしか分からず…」

「逆にポーカー分かんない。どうやってやんの?」

「でしたら、お教えしますわ!」

 

わいわいと騒ぎながら、夜は更けていった。

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