ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクが『ヒーロー』になるまでの物語   作:猫禰捏涅

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3.入学初日③:体力測定《2》

「危ないから、できるだけ離れててね。私に踏まれたら太い脚の骨でも折れちゃうから」

「ヒェ…!?」

「すごいパワーですわね…」

 

ネリエルの言葉を聞いて、三人はできる限りネリエルの近くから離れた。

 

「このあたりでいいかしら。じゃあ、行くわよ」

「うん!」

「よーい、スタート」

 

蛙吹の号令と同時に、ネリエルは横に軽く跳ぶ。

ラインとラインの間に前脚と後ろ脚のそれぞれ内側で着地し、外側の脚をラインの外へと踏み出す。

外側の脚を体に引き付けると同時に、内側になっていた脚で軽く跳んで反対側のラインとラインの間に着地、四足で中央のラインを跨ぐ。

 

「あ、でき…そう!」

「よかった!」

「素晴らしい敏捷性ですわ!」

 

同様のことを反対側でも繰り返し、ラインを踏み越えてまた中央へと戻る。

それを数回やってテンポが掴めたネリエルは、少しサイドステップのスピードを上げた。

 

体重がある分、ドガガッ、ドガガッ、という重い音が大きく響いており、クラスメイト達の視線がネリエルに集まっている。

 

(もう少しいけそう!)

 

ネリエルがそう思ってまた少しスピードを上げた瞬間、「ストップ」と蛙吹から声がかかった。

 

「あっ、もう終わり!?」

「20秒だからね!」

「大丈夫ですわ、2回行ってより良い結果のほうを採用いたしますから」

「ネルちゃんは53回だったわ。コツが掴めたなら、2回目はもっといい記録になりそうね」

「ありがとう!そうね、もっと早くできそうだなって感じてる」

 

ネリエルがそう言って笑っていると、ビュン!という音と共に人影が走り込んできて、「ネリエルくん!」と声がかけられた。

 

「飯田くん?」

「かなり重い音がしていたのだが、地面は大丈夫だろうか!?」

「あ……確かに!」

 

駆け寄ってきた飯田の指摘に、ネリエルはハッとして足元を見た。

 

「……ヒビ入れちゃった!?」

「えっホントに!?ちょっとヤバいかな…?」

「まあ…!」

 

よく見てみるとグラウンドに細かなヒビが入り、土がネリエルの蹄の形にベコベコに抉れている。

 

「どうしよう、」

「“個性”バンバン使うヒーロー科だぞ。その程度日常茶飯事だから放っておけ」

「あ…先生!」

 

いつの間にか近くにいた相澤が地面を一瞥して言った言葉に、ホッと息を吐く。

 

「明日にはもう直ってる。踏み込みにくいっていうなら場所変えてやれ」

「分かりました!ありがとう、先生!」

「失礼いたしました!ネリエルくん、余計なことを言ってすまなかったな」

 

相澤に向かって九十度に頭を下げてから、ネリエルにも頭を下げる飯田に、ネリエルは笑って首を振った。

 

「ううん、ありがとう。“個性”を思いきり使えるからちょっとはしゃいじゃってた。気をつけないとね」

「いや、折角なのだから君の全力でやったほうがいいだろう!反復横跳びを見ていたが、素晴らしい敏捷性だ。俺は急な方向転換は苦手だから、見習うべきだと思ったよ」

「飯田くん、『エンジン』ってことは…もしかして加速するほうが得意なの?」

「ああ!時間をかけるほど『エンジン』が温まるし、ギアが入るんだ」

「へえー!じゃあ長距離のほうが得意なのね。私は持久力はそこそこだから、私のほうも見習わなくちゃ」

 

『エンジン』と『カモシカ』、どちらも走力に自信がある“個性”でありつつも、話してみるとそれぞれ違った部分に特徴があることが分かる。

 

「おい、お前らくっちゃべってないで早よやれ」

「失礼しました!すまない邪魔をしてしまって!また次の機会に!」

「うん、またね!」

 

相澤の低い声に飯田はまたペコリと頭を下げ、素早く走り去っていった。

 

「どっちも足が速いけど、色々違うところがあるんだねえ」

「飯田さんが加速力、ネリエルさんが瞬発力といったところでしょうか。興味深いですわね」

「ケロケロ、どちらも違ってどちらも良いところがあるわね」

「ごめんね話しちゃって!2回目やろう!」

「大丈夫だよー」

 

ネリエルは一度“個性”を解除し、タイマーの近くに座る。今度は二人ずつで蛙吹と八百万がライン上に立ち、ネリエルの号令と同時に反復横跳びを始めた。

 

「…55、56…ストップ!梅雨ちゃんは56回ね」

「ありがとう、ネルちゃん」

「八百万さん、59回!けっこう伸びたね」

「ありがとうございます。バネの性能を見直してみましたの」

「ホンマにすごい“個性”やねえ」

「次はお茶子ちゃんとネルちゃんね」

「後ろのほうにいくから、お茶子ちゃんは下がってこないようにだけ気をつけてね!」

「分かった!」

 

麗日から立っているところからかなり後ろのほうに離れ、さらに周りに人がいないかを確認してから“個性”を使う。

 

「よーい、スタート!」

「ふっ!」

 

地面のことは気にせず、思い切り踏み切る。ネリエルの優れた身体能力は一度掴んだコツのことは忘れず、1回目よりもずっと早いテンポでステップを踏んでいく。

 

「…64、65、66、67…」

「ストップ。お茶子ちゃん、45回ね」

「ネリエルさんは68回ですわ。すごい記録ですわね」

「そうなの?ありがとう」

「平均で45回前後ですから、梅雨さんと同じくトップアスリートレベルですわ」

「私、平均ジャストか〜」

 

このままじゃ除籍かなあ、と麗日が肩を落とす。

 

「雄英の教師の方がそんなことはしないと思いたいのですけれど…」

「なんか本当にやりそうな感じはあったよね」

「ケロッ。厳しい先生だわ」

「ひえ〜〜〜」

 

体を震わせる麗日を、人型に戻ったネリエルがぎゅっと抱き締める。

「あっ柔らか……」とだけ呟いた麗日がそのまま静かになったところで、少し下から強い視線を感じたネリエルはそちらを見下ろした。

 

「…? 初めまして」

「っめ、女神…!!?おおおおおオイラ、峰田実ってんです!!」

「ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクよ。よろしくね。ネリエルかネルって呼んで」

「い、いきなり名前呼びを許される…だと…!?」

「ええ、苗字が長いから」

 

小柄な男子生徒___峰田は、ぎょろりと限界まで目を見開いてネリエルの体をジロジロと眺めている。

そんな不気味な様子の峰田とネリエルの間に、するりと蛙吹が入り込んだ。

 

「ケロ…あなた、何だかずっとネルちゃんのことをジロジロと見てたわよね。人として失礼よ」

「そりゃ見るだろうよお!そんなたわわなモンが揺れてちゃあよお!!!」

「たわわ…」

 

きょとんとするネリエルと対照的に、蛙吹はわずかに不愉快そうな表情になった。麗日と八百万も背後で顔をしかめている。

蛙吹の口がぱかりと開き、ヒュン、と長い舌が空を切った。

 

「下品」

「んぎゅっ!!?」

 

ぐるんと峰田の体に蛙吹の舌が巻きつく。そのまま大きく振りかぶって遠くに峰田を放り捨てられるほどのパワーに、ネリエルと麗日、八百万がパチパチと拍手を送った。

 

「梅雨さん、ナイスですわ」

「ありがとう梅雨ちゃん、私が浮かせて投げるとこやった」

「すごいパワーね、梅雨ちゃん!」

「ケロッ。早く行きましょう」

 

蛙吹に促され、次の種目の場所へと向かう。

投げ飛ばされた峰田は地面に叩きつけられ、それでもプルプルと震えながらネリエルに向かって手を伸ばしていたが、大柄なたらこ唇の男子生徒に「お前さすがに自重したほうがいいぞ」と声をかけられていた。

 

五種目めはソフトボール投げだ。

ネリエルは八百万から説明を受けながら、蛙吹と麗日が種目をこなすのを眺める。

蛙吹は舌でボールを巻き取り、思いきり振り回して投げていた。

 

「…『75.3m』。次」

「ケロケロ。やっぱり腕よりもいい記録が出たわ」

「梅雨ちゃんすごーい!」

「ありがとう。でも、お茶子ちゃんのほうがすごい記録が出そうよ」

 

円の中に入った麗日は、五指の指先をぴとりとボールにくっつけている。

 

「セイ!」

 

『ゼログラビティ』により引力の軛から放たれたボールはふわりと浮き上がり、投げる力に押されたままふよふよと進んでいく。

これどうなるんだろ、とネリエルが思っていると、相澤の手元の端末が『♾️』という数値を表示した。

 

「♾️!?すげえ!!♾️が出たぞーーー!!!」

 

麗日は嬉しそうに笑いながら、両手の肉球を合わせて“個性”を解除した。戻ってきた麗日を、ネリエルは素直に褒める。

 

「お茶子ちゃん、♾️って!すごーい!!」

「いやぁ、えへへ。相性がよかっただけだよ!」

「そんなことない、やっぱりすごい“個性”だよ!」

「ありがとう!あ、ネリエルちゃん早く行かないと」

「っと、そうだった。行ってくるね!」

 

ネリエルはクラスメイト達から離れつつ、“個性”を使って変身し円の中に入った。

 

「よーし」

「……オーデルシュヴァンク、ちょっと待て」

 

少し助走をつけようと後ずさったところで相澤に声をかけられ、動きを止める。

 

「一度ボールは投げずにモーションだけやってみろ」

「? はあい」

 

よく分からない指示だったが、ひとまず従って投げるモーションだけを行う。

四足でステップを踏みつつ、大きく腕を振りかぶった___ところで、前脚が円の外にはみ出してしまった。

 

「あっ!」

「やっぱり、円から出ちまうな。オーデルシュヴァンク、円の大きさは悪いが全国基準だから変えられん。四足でやるならその場にとどまったままか、二足で助走をつけてやるかだ。選べ」

 

相澤が一度止めたのは、こうなることを予測していたかららしい。ネリエルは頷いた。

 

「それなら、四足で円から出ないようにしてやります」

「ん、気をつけてやれ」

「はあい。四足のほうが踏ん張りが効くから……あ、先生」

「なんだ」

打っても(・・・・)いいですか?」

「……まあ、アリだ。とりあえずやってみろ」

「やった!」

 

ネリエルは相澤の了承を確認して、ボールを握り直した。ただし、体を向ける方向を記録線のあるほうと真逆に変える。

 

「後ろ向き……?」

「ああ…そういうことですか」

 

ネリエルはひょい、とボールを頭上から体の後ろに投げ上げ、それと同時に後ろ脚で地面を蹴り上げる。

 

「よっ、と!」

 

浮いた後ろ脚のところにちょうどボールが落下し___パカァン!!という音と共に、高く遠くに蹴り飛ばされた。

 

「うおおお!!?」

「そういうことかぁー!!」

「蹴りっていいんだ!?」

「これも“個性”の活用の範疇でいいだろう。次」

 

端末に表示された記録は『110.5m』となっている。ホームラン級の飛距離と考えれば十分だろう。ネリエルは満足して“個性”を解除した。

 

「ネリエルちゃん頭いい!」

「ありがとう!円からはみ出たらいけないなら、投げるよりあっちの方が飛ばせそうと思って」

「体力テストを受けたことがないんでしたわね?むしろそれだからこそ出てきた発想のようですわ」

「そうね、普通は『投げる』っていう固定観念が入っちゃうわ」

「確かにそうかも!」

「私も発想を変えてみますわ。大砲を使えば良さそうですわね」

「大砲!?」

 

ええ、と頷いた八百万が、徐にジャージの上着の裾を捲り上げ始めた。

 

「わー!?」

「百ちゃん、ダメよ隠さなきゃ」

「大きめの物を作るなら、大きい表面積のところでないと難しいのです」

「そうなんだね」

 

麗日と蛙吹が八百万を体で隠す。ネリエルも近くに寄ってそれに参加し、八百万がお腹から黒い金属のパーツをいくつも作り出すのを興味深く眺める。

 

「これを組み立てるの?」

「ええ、本当はもっと大きなものを作りたかったのですが、少々時間が足りませんので。これをこうして組み立てて…角度を調整すれば、完成です!」

「おお〜」

 

八百万によって手際良く金属のパーツが組み立てられ、ボールを弾にして込められる大砲が完成した。

 

「ほんとに何でも作れるのすご!」

「時間さえあればもっと大きなものも作れるのね」

「ええ、表面積の限界と組み立て時間がありますので、大きなものにはどうしても時間はかかりますが」

 

四人で話しているうちに、順番はどんどん進んで八百万の番が近づいてくる。

 

「死に晒せえ!!!」

 

爆豪の暴言と爆破音が響いてくる。

八百万が大砲をごろごろと転がして運びながら眉を顰めた。

 

「爆豪さんという方…ヒーロー志望とは思えないほど口が悪いですわね」

「そうだね。なんだか、あのモサモサ頭の人に突っかかってるみたいだし」

 

確かに、爆豪は投げ終えて円から出ながら、次に控えている黒髪の男子生徒をひどく敵意のこもった視線で睨みつけている。

飯田が円に向かう男子生徒の背中を見ながら、「緑谷くんはこのままだとマズいぞ…?」と呟いたことに、バッと振り返って噛みついた。

 

「ったりめーだ!無個性のザコだぞ!」

「無個性!?彼が入試時に何を成したか知らんのか!?」

「は?」

 

飯田に聞き返す爆豪の声は恐ろしくドスが効いている。

 

「あの子、緑谷くんっていうのね。彼、無個性なの?」

「いや、そんなわけないよ!私見たもん!」

「そうなの…、…?」

 

麗日に尋ねて否定が返ってきたところで、ネリエルは肌が粟立つ感覚を感じると同時に素早く後ろを振り返った。

 

「……?」

「ネリエルちゃん?」

「どうかされましたか」

「いえ…なんだか、すごく強い気配がした気がしたの」

「気配?」

 

体育館のほうをじっと見る。

しかし特に人影は見当たらず、ネリエルは首を傾げた。

 

「…気のせいかな?」

「私もたまに野生的な感覚が働くことがあるわ。本当にそこに誰かいたのかもしれないわね」

「そういう時あるよね。さっきの、梅雨ちゃんも感じた?」

「いえ、私は特に何も感じなかったわ。でもネルちゃんの感覚は正しいんじゃないかしら」

「え、なんか怖い話してる…?幽霊とか…!?」

「ううん、多分人間!ちょっとこっちを見たとかそのぐらいだと思うから!」

「ほんまに…??」

「ほんとほんと!」

「怖がらせてごめんなさいね」

 

危機や気配に敏感な動物系“個性”あるあるだったのだが、蛙吹とネリエルの会話に怯えてしまった麗日をきゅっと抱きしめる。蛙吹もきゅっと麗日に抱きつき、麗日は「あったか…あっちょっとひんやり…」とうっとりとした。

 

ソフトボール投げはモサモサ頭の男子生徒___緑谷が『46m』という記録を出した所で、その近くで相澤の髪の毛がなぜかザワザワと揺めきながら逆立っている。

何かただ事ではない雰囲気だ。

 

「な…今確かに使おうって…」

「“個性”を消した」

「! “個性”を消す“個性”なんだ、相澤先生」

「マジか…!」

「つくづくあの入試は…合理性に欠くよ。おまえのような奴も入学できてしまう」

「消した…!!あのゴーグル…そうか……!抹消ヒーロー、イレイザーヘッド!!」

 

(ヒーロー科の『先生』にぴったりね)

 

赤く輝き“個性”を抹消する目と、隙のない立ち姿。ネリエルは相澤が優れたヒーローであり教師であることをより強く確信する。

 

「イレイザー?俺…知らない」

「名前だけは見たことある!アングラ系ヒーローだよ!」

「アングラでヒーロー…?不思議ね」

 

「見たとこ…“個性”を制御できないんだろ?また行動不能(・・・・)になって、誰かに救けてもらうつもりだったか?」

「そっ、そんなつもりじゃ…」

 

相澤の首元に巻かれていた細長い布がシュッと伸び、狼狽える緑谷の体に巻き付いて引き寄せる。

 

「どういうつもりでも、周りはそうせざるを得なくなるって話だ。昔、暑苦しいヒーロー(・・・・・・・・)が、大災害から一人で千人以上を救い出すという伝説を創った」

 

(あ…オールマイトのことよね)

 

ネリエルは今まで学んできた近代史の中で、心当たりのある事件を思い返す。

 

『ヒーロー』を目指して学ぶにあたって必ず登場するのが、ナチュラルボーン・No.1ヒーロー、オールマイト。

この世界での話ではないが規格外(・・・)の力を持つ者たちを知るネリエルからしても、彼の実績は驚愕するしかないほどのものだった。

 

「同じ蛮勇でも…おまえのは一人を救けて木偶(デク)の坊になるだけ。緑谷出久、おまえの“力”じゃヒーローにはなれないよ」

 

相澤の厳しい言葉と視線に、緑谷は完全に気圧されてしまっている。

 

「“個性”は戻した…ボール投げは二回だ。とっとと済ませな」

 

突き放すように言われ、緑谷は呆然としながらふらふらと円の中へと歩いていった。

 

「大丈夫かな……」

「うーん…」

 

麗日は緑谷のことを素直に心配しているようだが、ネリエルの視線は少し厳しい。

 

(これで萎縮してしまうようなら、元よりやめておいたほうがいいんじゃないかしら。彼、『戦うこと』に向いていないように見えるし…)

 

「彼のことが心配?僕はね……全っ然」

「ダレキミ」

「指導を受けていたようだが」

「除籍宣告だろ」

 

緑谷は少し様子が変わり、クラスメイト達のざわめきが耳に入っていないようで独りブツブツと何かを呟いている。

ネリエルは麗日の頬をもちもちと弄びながら、緑谷がゆっくりと投球フォームを取るのを見ていた。

 

「見込み、ゼロ……」

 

(_____! 違う!)

 

ゾワ、とネリエルの肌が粟立つ。

緑谷の手からボールがリリースされる、その瞬間だ。

 

「どう、いう……!?」

 

同じだった(・・・・・)

体育館の影にいた、何か(・・)と。

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