ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクが『ヒーロー』になるまでの物語 作:猫禰捏涅
「緑谷くん…!!」
初日からマンダレイの従甥、洸汰を気にかけていた緑谷は、いつもどこかに姿を消していた彼を探しに行くべく、飛び出していってしまった。
一人ではあまりにも危険だ。追うべきか、とネリエルも“個性”を使って変身しかけたところで、飯田にガッと腕を掴まれた。
「ダメだ、君まで行かせないぞ!ネリエルくん!!」
「飯田くん、でも…っそうだ、口田くん!緑谷くんを鳥の眼で追うことはできない!?」
咄嗟に思いついてネリエルが尋ねるが、口田はブンブンと首を横に振った。小声で説明されたところによると、火事によって動物達は森から逃げ出しており、操ろうにも周辺にいないらしい。
「く…っ、それなら、ピクシーボブだけでも!」
「それは…っ」
「戦闘じゃない、救出だから!」
そう言い訳をしながら、ネリエルは飯田の手を振り払った。
「ネリエルくん!!」
「戻ってくれ、ネリエルさん!!」
「何やってんだよォオ!?」
「てめェらのような利己的なヒーローもどきは、粛清対象だ!」
マンダレイに、巨大な刃物の集合体が迫っている。
「え?」
「なに照れてんの、ウブね」
だが、スピナーの動きが突然鈍り、その隙に懐に入り込んだマンダレイがスピナーに爪の一撃を入れる。
「でぇ!!?なんて…っ、不潔な手を!尻軽めが!!」
さらに追撃を入れるべくマンダレイは構えているが、その体がピクシーボブと同じように不自然な軌道で引き寄せられていく。
「わあ!?」
「おいで、飼い猫ちゃん」
だが、そちらには虎が向かっている。ネリエルはちらりとそれを確認して、『変身』しながらスピナーのほうへと駆け込んだ。
「ミルコの…!!」
「武器に振り回されてるわよ、“
ミルコと共に職場体験で何度か見た、ステインにあてられた模倣犯。
スピナーはその類いと変わらないと判断したネリエルは冷たく一瞥して、重たげな武器を持ち上げようとしている横を駆け抜ける。
「そう同じ手!させぬわ!!」
「きゃっ」
「引石健磁、
マンダレイを引き寄せる起点になっている棒状の武器を、虎が叩き落としている。
「やだ私、有名じ…んっ」
「何をしに来た、犯罪者」
「ピクシーボブを保護しました!戦闘じゃありません!!」
虎がマグネを止めている隙に、その足元からピクシーボブをかっ攫ってしっかりと抱え込む。
体勢を立て直したマンダレイが、ピクシーボブを抱えて四足で駆けるネリエルを見て口元を歪めた。
「屁理屈…!っけど正直、助かったよ!ピクシーボブを、お願いっ!」
「はい!!」
さすがにこれ以上は、生徒の身で戦闘に参加することは許されないだろう。
ネリエルは広場からすぐに離脱し、先に森の中の小径を行っている飯田らを追いかける。
「っ!?」
その途中、ドォ…ン___…という、轟音が森から響いてきた。炎の壁の手前あたりだ。
「緑谷くんが、走っていった方角…!」
そう気づくも、腕の中のピクシーボブを放ってはおけない。
頭を打っているため、できるだけ揺らさないよう、そして周囲から突然飛び出してくる
再び、ドオォ…ン___…と低い地響きが聞こえたが、地滑りや落石ではない。
人為的な、それこそUSJで見たオールマイトのパンチに近い威力の攻撃が放たれたことを、感覚で悟る。
「! オーデル!!」
「先生っ!」
しばらく走っていると、ザザザ、と足音がした。正面から小径を走ってきたのは、相澤だった。
「ピクシーボブです!襲撃の初手でやられました、おそらく
ネリエルに抱えられたピクシーボブが頭部に重傷を負っているのを見て、相澤が歯を食い縛る。
「っわかった、お前はそのまま施設まで戻れ」
「先生は」
「ラグドールと合流する。『サーチ』があれば、生徒を探しやすくなるはずだ。どこにいる?」
「肝試しの中間地点あたりにいるはずだけど、その周辺には火が着けられてます。虎とマンダレイは先の広場で
チッ、と相澤は舌を打つ。
「分かった、こちらで探す。お前は施設に戻って、絶対にブラドから離れず警戒しながら待機しろ。炎を放出する“個性”の
「先生、でも…」
ネリエルの“個性”であれば、戦闘への参加は許されなくとも人を救助し、安全圏まで運ぶことができる。
それを言い募ろうとした時、ガサリと森が動いた。
「先生!!」
「…あっ!?緑谷くん!?」
森の中から茂みをかき分けて姿を現したのは、洸汰を背負っている緑谷だ。
ネリエルが『変身』しているのに、その接近に気づけなかったのは、森が燃える音と匂いで感知能力が削がれているためだ。
「先生、ネリエルさん!良かった!」
「緑谷くんっ、その腕…!」
緑谷の状態は酷いもので、上半身___特に両腕がボロボロになっている。だがそんなことには気づいていないかのように、緑谷は喋り続ける。
「大変なんです…!伝えなきゃいけないことがたくさんあるんです…けど、とりあえず僕マンダレイに伝えなきゃいけないことがあって…」
「おい…」
「洸汰くんをお願いします、水の“個性”です、絶対に守って下さい!」
「おいって…」
「お願いします!」
「待て緑谷!!!」
支離滅裂に早口で話す緑谷の背中から下ろされた洸汰は、怯えた様子でキョロキョロと辺りを見回している。
ネリエルは“個性”を解き、ピクシーボブを抱えたまま洸汰のそばにかがみ込んだ。
「その怪我…またやりやがったな」
「あ…いやっ、でも…」
「オーデル。洸汰くんも一緒に抱えていけるな?」
「はい。洸汰くん、腕をこっちに回して」
「え…ぁ……」
ピクシーボブを片腕で支えながら、洸汰が首に腕を回せるよう誘導し、二人の体を抱え上げる。
ネリエルが四足歩行の『カモシカ』となると、急に高くなった視点に驚いた洸汰がぎゅっとしがみついてきた。
「大丈夫、絶対に落とさないよ」
「オーデルはそのまま施設に。緑谷、情報をまとめながら俺と一緒にマンダレイのところまで走るぞ」
「は…っ、はい!!」
「行け!」
「はい!」
ネリエルは施設の方角に、緑谷は相澤と共に森の中の広場へとそれぞれ駆け出す。
「み…緑谷、兄ちゃん…ピクシーボブ…」
「大丈夫よ、緑谷くんは強いし、相澤先生もいる。ピクシーボブも怪我はしちゃったけど、ちゃんと生きてる」
「う…うぅ……」
嗚咽を漏らす洸汰を宥めながら、施設の前へと駆け込む。
「ブラド先生!!」
「__っオーデルシュヴァンク!」
「ネリエルくん!!」
「ネリエル!!」
思いきりB組担任の名前を叫ぶと、施設の中からブラドキングが飛び出してきた。
ブラドキングの片腕でなんとか抑えられているが、先に戻っていた生徒達も扉から顔を出そうとしている。
「ピクシーボブと、洸汰くんです!ピクシーボブは頭部に重傷、洸汰くんに怪我はありませんが、火事に有効な水の“個性”です!二人を保護してください!!」
「待て、おまえはどこへ行く気だ!?」
「私の輸送能力をここで殺すべきじゃないはずです!」
「ダメだ、それは___…」
洸汰を地面に下ろし、ピクシーボブの体をブラドキングの腕に押し付ける。
ネリエルも施設の中に入れようと伸びてくる手を避けた時、頭の中にマンダレイの『テレパス』が響いた。
《A組B組総員、プロヒーロー・イレイザーヘッドの名に於いて、戦闘を許可する!!》
「相澤先生…!」
「イレイザー!?」
その言葉を聞いた瞬間、ネリエルは後ろ脚一本で体を反転させ、一気に飛び出す。
背後からブラドキングとクラスメイト達の叫び声が上がったが、爆発的な加速でそれらは一気に遠くなった。
「よし、できることが増えた…!」
ネリエルの思考は既に切り替わっている。猛烈な勢いで駆けて目指すのは、木が燃える音に混じって戦闘音が響いてきている方角だ。
「っ!!?」
《
「爆豪くん___!?」
また頭の中に響いた『テレパス』で、森中の音を聞き分けるべく耳をそば立てる。
「爆豪くんは轟くんとペア…!爆発音か、氷の音がする方角に!」
意識を集中すれば、轟の攻撃らしき氷壁が構築される音が微かに聞こえた。
「よし…!」
小径を走れば、相澤と緑谷を追って広場に行ける。だがプッシーキャッツの二人に加えて相澤も参加し、相手は
ネリエルはプロヒーローの力を信じて小径ではなく森の中へと突っ込み、氷の音が聞こえてくる方角へ真っ直ぐに走った。
普通の人間であれば、道の無い森の中では木の根や隆起した地形に足を取られるが、『カモシカ』であればそのようなことは関係がない。
「ここには、いないか…!」
肝試しのルートの帰りを横切るように走ったが、他の級友やB組の生徒達の姿は見当たらなかった。だが、確実に戦闘の音は近づいている。
『ガァアアアアアア゛ア゛!!!』
「っ!?この声___!」
ネリエルの耳が、聞き覚えのある声を聞き取った。
「『
“個性”伸ばしの訓練中、ネリエルが駆ける岩山の下に掘られた洞窟の中から響いていた叫び声。
暗闇の中では凶暴性が増すという常闇の“個性”、『
「まさかっ!!」
『オォオ゛オ゛オ゛ッ!!!』
バキバキバキッ!!と木を薙ぎ倒しながら、『
咄嗟に思いきり跳躍してかわしたが、あの腕に吹っ飛ばされては無事では済まないと一瞬で悟った。
「暴走してるんだ…!」
『アアアァァァア゛ア゛!!』
ネリエルが跳びさすった場所に、『
ネリエルはそれを再び跳んで避けつつ、腕の動きを冷静に観察した。
「音…あるいは、動き?」
攻撃を繰り出す動き自体は、大振りで単調だ。
ネリエルはタンッ、と跳躍しながら人型に戻り、太い木の枝に着地して息を潜めた。
「いや、どっちもか…」
体が小さくなり、音も立てないように潜むネリエルを見失ったのか、『
(『
できる限り足音を殺しながら、肝試しのルートと時間からおおよその位置を逆算し、常闇と障子の後に出発した爆豪と轟がいそうな場所を目指す。
「っ、オーデル…!」
「障子くん…!緑谷くんも!」
その途中、同じように音を殺しながら移動している障子を見つけた。その背中には流石に動けなくなったらしい緑谷が背負われている。
「常闇くんの暴走を止めないと…!」
「ああ、俺の『複製腕』で音を立てて、爆豪と轟がいるほうに誘導できないかと…」
「それで今はこっちに来ないのね」
障子は自身の触腕を長く伸ばしている。その先に生やした口や手で音を立て、なんとか『
「かっちゃんが、狙われてる…!し、常闇くんも、助けたい…!かっちゃんの、『爆破』、なら…!」
「…分かった。それなら、私が誘導する。緑谷くんはもう動かないで」
「……っ!」
意識を保つのも限界に近いのだろう、緑谷の顔はひどく青ざめている。障子もまた、鋭い刃物で斬られたような傷を体のあちこちに作っていた。
「障子くんは、爆豪くんと轟くんを探して!」
「分かった…!頼む!」
障子の触腕が伸ばされている方角へと、四足歩行になりながら駆け出す。
わざと派手に地面を蹴散らし、大きく蹄の音を立てるようにすれば、『
『オ゛ァアアア゛ア゛!!!』
「オーデル、こっちだ!氷が見えた!」
「ええ!」
『
それでも障子の声に導かれ、ジグザグに跳ねて攻撃を避けつつ、『
「氷…!」
足元が凍りついていて、あちこちに氷壁がある。
轟の攻撃範囲に入ったことを察して、ネリエルは氷の山を蹴った。
「爆豪!轟!どちらか頼む___…光を!!!」
ちら、と見た背後では爆豪と轟が、全身を黒い服で包んで頭部から刃物を伸ばしている、
「肉」
咄嗟にその
「あ゛っ」
ドガン!!という音と共に、黒ずくめの
「かっちゃん!」
「障子…緑谷、オーデル!?常闇が…」
「早く“光”を!!!常闇が暴走した!!!」
「爆豪くん!!轟くん!!」
何度も振り下ろされる『
「見境なしか。っし、炎を…」
「待てアホ」
だが、動こうとする轟を爆豪が止めている。
そして、一度は『
「肉〜〜〜駄目だぁああ〜肉〜〜〜にくめんんん〜駄目だ駄目だ許せない」
明らかに正気ではない様子だ。
「その子たちの断面を見るのは僕だぁああ!!!横取りするなぁあああああ!!!」
だが、常闇自身にはともかく、『
肥大した腕と頭が刺し貫かれてもダメージはなく、そのまま刃を食い止めた。
『強請ルナ___三下!!』
突き刺された刃ごと、狂気の
何十本もの木々を薙ぎ払い、地面を抉り取ってなお、『
『ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛暴レ足リンゾォア゛ア゛ア゛ア゛!!!』
『
『ひゃん!』
拍子抜けするほどあっさりと、『爆破』と炎によって『
「はぁ…!よかった!」
「ハッ…ハッ…」
常闇は荒い息を吐きながら膝をついた。『
「てめェと俺の相性が残念だぜ…」
「……?すまん、助かった…」
「俺らが防戦一方だった相手を、一瞬で…」
「常闇、大丈夫か。よく言う通りにしてくれた」
常闇に障子が手を差し伸べる。
ネリエルは黒ずくめの
「障子…オーデル…悪かった…緑谷も……俺の心が、未熟だった。複製の腕がトバされた瞬間…怒りに任せ、
常闇の独白に、ネリエルはそっと微笑む。マスクに隠されているが、障子もまた常闇を責めるような表情は絶対にしていないのは明らかだ。
「私は怪我もしてないし、今は気にしないようにしよう。…轟くん、その人運ぶよ」
「ん…いや、そうだな。頼む」
轟が背負おうとしていたB組の生徒を受け取り、背中におぶる。
「…おまえ達なら、そう言うだろうな」
「そうだ…!
「爆豪…?命を狙われているのか?何故…?」
「わからない…!ただ、とにかく今は施設に戻るのが一番安全だと思うんだ」
緑谷の言葉に、ネリエルも頷いた。
「なる程、これより我々の任は爆豪を送り届けること…か!」
「ええ。でも、広場ではまだプッシーキャッツが交戦中のはず…緑谷くん、相澤先生はラグドールを探しに?」
「うん、森の奥に……」
「…合流したいけれど、今はダメね。森を突っ切って真っ直ぐ戻りましょう」
「
轟にそう言われ、少し考える。
「…なら、先頭の索敵は障子くんにお願いできる?私は殿をやるわ。
「構わない。施設の明かりに向かって、真っ直ぐ進めばいいんだな」
「よし…!後方でネリエルさんが索敵するなら、安心だ。轟くんの氷結…更に常闇くんさえ良いなら、
頷き、ネリエルは一行の後方へと回る。
「このメンツなら正直…オールマイトだって怖くないんじゃないかな…!」
「何だこいつら!!!!」
「爆豪くん、早く前に行って」
「指図すんじゃねェ!!!」
爆豪は反射的に怒鳴ってきたが、ネリエルは軽く首を傾げるだけだ。
「私に抱えられるほうがいいの?もう一人ぐらいいけるけど」
「あ゛ぁぁ゛っ!!?」
「嫌なら早く前に。私のほうがあなたより索敵能力が高いんだから、そのほうが合理的でしょ」
「く…っ、クソ女ァア゛!!!」
「爆豪、おまえ中央歩け」
平然としたネリエルの反応と淡々と指示を出す轟に、爆豪はさらに沸騰した。
「黙れ…!!!俺に指図すんじゃねェって言ってんだろうが!!!」
肩を怒らせ、爆豪がずんずんと他を無視して歩き出す。
一行は慌てて爆豪の周囲を囲むように隊列を組み、周囲を警戒しながら進み始めた。