ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクが『ヒーロー』になるまでの物語 作:猫禰捏涅
腕に巻きつけられたギプスと包帯が鬱陶しい。
そう思いながらも、ネリエルはベッドを出て友人達と共に歩ける喜びで足取りを弾ませた。
この数ヶ月で特に仲良くなっていた耳郎、葉隠は未だ寝たきりで、八百万は念入りに頭の怪我を再検査されている。
緑谷はネリエルと同じ両腕の粉砕骨折だが、腕を長く折れたまま放置していて、しかもそのまま強敵と戦ったためぐちゃぐちゃになっていたのだという。
そのため緑谷はこの二日間意識不明だったのだが、今日あたり麻酔から目が覚めるだろうという報せを受けて、見舞いに来てくれた女子達と共に彼の病室へ向かっていた。
「ネリエル、マジで無理しないでよ?」
「大丈夫だよ!腕以外はほんとに何も無いの」
「ケロ、それでもまだ折れたままなんだから。振り回すのはよくないわ」
「げ、元気やねえ」
「お、ネリエル!」
「よーう!」
「マジで途中までしか治されてねエのな」
「ふお…!びょ、病院着はスキマが多いな…!!」
途中で男子生徒達とも合流し、ぞろぞろとかなりの大人数で緑谷のところへ向かう。
薄手の病院着姿のネリエルを凝視していた峰田は、砂藤に頭の向きを強制的に変更された。
「オーデルシュヴァンク…」
「あ、常闇くん。体調は大丈夫?」
「俺は、至極元気だ。お前のほうが…その…すまなかった。色々と、迷惑をかけた」
「大丈夫だよ。怪我が無くて良かった」
沈んでいる様子の常闇が声をかけてきて謝るが、ネリエルは微笑みながら首を振り、それ以上常闇が頭を下げようとするのをやんわりと止める。
そうしているうちに緑谷の病室へと辿り着き、先頭を切って上鳴が扉をノックしたが、中からの返答は無かった。
「あー緑谷!!目ぇ覚めてんじゃん」
上鳴が扉を開けると、両腕を分厚くギプスで保護された緑谷がベッドに横になりぼんやりとした表情をしていた。
クラスメイト達はぞろぞろと緑谷の病室へと入っていく。
「テレビ見たか!?学校いまマスコミやべーぞ」
「春の時の比じゃねー」
「メロンあるぞ、皆で買ったんだ!」
殊更に明るく緑谷に話しかける峰田の隣で、常闇が緑谷に声をかける。
「迷惑をかけたな、緑谷…」
「ううん…僕の方こそ…」
神妙に謝る常闇の後ろから、ネリエルはひょいと顔を出した。
「あ…ね、ネリエル、さん」
「うん。緑谷くん、目が覚めてよかった。私も謝りたくて」
「え…?と、いうか…その、腕…」
「ああ、いいの。これは自業自得だから。それより、ごめんね」
目覚めたばかりで事情を知らない緑谷は、ネリエルの腕が治っていないことに痛ましそうな顔をしたが、ネリエルは隠すように両腕を後ろに回し、ぺこりと頭を下げる。
「あの時、足手纏いなんて言っちゃって。それに、緑谷くんの作戦はすごかったのに、結局…取り返せなかった」
「あ……」
緑谷の瞳が、こぼれ落ちそうなほどに見開かれた。
「かっちゃ、ん…は…」
「……
ネリエルに静かな声音で断言され、緑谷はひゅっと息を呑む。
「耳郎くんと葉隠くん、それとB組の大半の人達が
「……16人だよ」
飯田と麗日の言葉に、ネリエルはそっと目を伏せた。
「オールマイトがさ…言ってたんだ……手の届かない場所には、救けに行けない…って……だから、手の届く範囲は、必ず…救け出すんだ…」
緑谷が唇を震わせながら独白する。
「ぼく…僕は、何も…できずに……!体……動かなかった…」
「じゃあ、今度は救けよう」
きっぱりとそう言ったのは、切島だった。
「へ!?」
全員が驚愕し、視線が彼へと集中する。何故か、轟と障子は驚かず静かな表情で立っており、芦戸は眉間に皺を寄せて厳しい表情をしていた。
「実は、俺と轟と、芦戸と…障子とでさ。昨日、ネリエルを見舞ってから、八百万んとこ行こうとして」
「私は、反対だよ」
「……俺も反対だ」
「いや…そりゃー、そう言われるだろうけどよ…」
切島の言葉を遮るように芦戸は硬い声を出し、障子はいつも通り落ち着いていた様子だが、しっかりと首を横に振る。
「どう、したの…?」
「…俺ら…八百万が、警察とオールマイトと話してるとこ、聞いちまったんだ。八百万はあの時、森の中で脳無に追われてたらしいんだけど、とっさに発信機を創って、B組の奴に協力してもらって脳無にくっつけたらしい」
「八百万は受信デバイスを『創造』して、警察に渡してた。脳無が、発信機をくっつけたまま帰ったなら、
「でも、オールマイトと警察は、後は任せろって言ってたよ」
切島と轟の説明に、芦戸が付け足す。その表情は険しい。
「っ、けどよ……!」
「……つまりその、受信デバイスを…八百万くんに創ってもらう…と?」
飯田の確かめる言葉に、切島は後ろめたそうな顔をしながらも、否定はしなかった。
大きく息を吸い込んだ飯田が、口を開く。
「オールマイトの仰る通りだ、プロに任せるべき案件だ!
「んなもんわかってるよ!!でもさァ!何っも出来なかったんだ!!」
飯田に怒鳴られても怯まず、切島は血を吐くように苦しげに怒鳴り返す。
「ダチが狙われてるって聞いてさァ!!なんっっも出来なかった!!しなかった!!ここで動けなきゃ俺ァ———ヒーローでも男でもなくなっちまうんだよ!!」
切島の大音量の声に、上鳴が慌てて口元に人差し指を立てる。
「切島、落ち着けよ!こだわりは良いけどよ、今回は…」
「飯田ちゃんが正しいわ」
「飯田が、皆が正しいよ———でも!!なァ緑谷!!まだ手は届くんだよ!」
バッと振り返った切島が、緑谷に手を差し出す。
「……昨日も聞いたけど、やっぱ無謀だよ。ヤオモモから発信機のヤツがもらえたとして、それ辿って自分らで救出に行くなんて……」
「
芦戸の苦言に、しかし轟の意志は固いようだった。
「ふっ———ふざけるのも大概にしたまえ!!」
「待て、落ち着け」
声を荒げる飯田を、障子が包帯が巻かれた腕を差し出して静止する。
「切島の「何も出来なかった」悔しさも、轟の「眼前で奪われた」悔しさもわかる。俺だって悔しい、だが…これは感情で動いていい話じゃない。…そうだろう?」
障子はわずかに振り向き、少し後ろに下がっていたネリエルに話を振った。爆豪を救けに行きたいと、憚らず口に出していたネリエルを咎めるようでもあった。
ネリエルは軽く首を傾げ、後ろ手に回していた腕を出す。緑谷よりもギプスは薄く指先も動かせるが、確実に骨は折れたままだ。
「腕が
「…体調が万全で約束も無ければ、飛び出していた、と?」
「うん。だって、救けなきゃいけないから」
障子に問われて頷いたネリエルに、飯田がまた肩を怒らせる。
「ネリエルくんまで、そう言うのか…!!」
「でも……」
ネリエルは言葉を切り、切島と轟を見る。
「私はそう約束しちゃったし、皆も戦闘許可は解除されてるけど。二人の考えは…
切島と轟の眼は、戦いに行くことを覚悟した眼では無かった。二人は間違いなく、戦いを回避することに努めようとしている。
ネリエルの問いかけに轟と切島が力強く頷いた。
飯田はさらに何か言おうとしていたが、そこで「お話中ごめんねー」と言いながら医師が現れ、話は終わりになった。
ネリエルは「耳郎と葉隠んとこ行こ!」と急かしてきた芦戸と共に一行の先頭あたりを歩いていたが、優れた聴覚は切島がこっそりと緑谷に囁いた内容を聞き取っている。
八百万には受信デバイスのことを頼んでおり、決行するなら今晩であること。緑谷が誰よりも悔しいはずであること。
小さな声だったが、A組一行の後ろのほうにいた者であれば聞こえていたかもしれない。
「………」
ネリエルは無言のまま、ただ芦戸と共に廊下を歩く。
自身の病室に戻れば、事情聴取の際に塚内から渡された官用名刺があるが、そこに記された番号に病院内の公衆電話からかけようとも思わない。
明日になればリカバリーガールが骨折の治療のために来るそうだが、その頃には彼らの行動は終わっているだろう。
芦戸もまた、爆豪救出のために動くだろう彼らのことは気になっているようだったが、ネリエルと同様に見て見ぬふりをすることに決めたらしい。
それよりも、耳郎と葉隠の様子を気にして早足になっていた。
「お邪魔しまーす」
「お邪魔します」
耳郎と葉隠は、同じ症状であるためか同じ病室に寝かされていた。腕に栄養剤の点滴がつけられているぐらいで他に何も器具は無く、穏やかに眠っているだけにしか見えない。
ネリエルはギプスの隙間から出た指で耳郎の手に触れ、葉隠は手探りで腕のあたりを探してからそれぞれの体温を確かめ、ほっと息を吐いた。
「響香ちゃん、透ちゃん…」
「もうそろそろ目ぇ覚ますはずって、先生言ってたよ」
「…よかった、本当に。
「発想がコワいな」
芦戸はそう言って苦笑いしつつ、耳郎と葉隠のベッドの間にパイプ椅子を二つ並べた。そのうちの一つにどさりと腰掛け、思いきり背もたれにもたれ掛かる。
ネリエルは「ありがとう」と言ってもう一脚に座り、耳郎と葉隠の様子を見ながら、ぐでっと脚を伸ばしてだらけている芦戸に寄り添った。
「………ショージキ、どっちの気持ちも分かるんだよねー」
「そうだね」
「ネリエルは切島派っしょ?」
「うー…ん。どうだろ」
首を傾げたネリエルを、芦戸が後ろに反らしていた頭を起こしてじっと見つめる。
「…切島くんは、爆豪くんが友達だから救けたい、って感じだよね」
「そだね。言ったっけ?私、切島と中学一緒なんだけどさ。そん時と雰囲気はちょい違うけど、友達を大事にするヤツなのは変わんないよ」
「緑谷くんも、幼馴染だし大切だから…だと、思う。うん、すごく…」
「……えなに、どしたの」
芦戸は心配そうな表情で、ネリエルの顔を覗き込んだ。ネリエルの声は小さく、顔に笑顔は無い。
「私は……友達だから、クラスメイトだから、とかじゃなくて。…なんていうか、“ヒーローなら救けなきゃいけない”っていう、考え方だったから」
「……あー、ね?けど、それは責任感強すぎじゃない?」
「そう、かな」
ネリエルが首を傾げると、芦戸は「そーだよ!」と言いながら再び椅子の背に体重を預けた。
「障子と轟から攫われた時の状況ちょっと聞いたけどさ。
「うん」
「逃げろって言われてんのにさ。ダメじゃんね」
「でも…あの時、私が無理に抱えてでも逃げればよかったかな」
「やめときなって。そんなことしてたら、爆豪に怪我させられてたかもよ」
「…そこまでするかな?」
「するかもって思われちゃう時点でダメでしょ、ヒーロー候補生として」
ネリエルは曖昧に微笑む。芦戸が深いため息をついた。
「だいたい、爆豪はアレじゃん」
「うーん…」
「ハッキリ言って、ネリエルを敵視してんじゃん?クラスメイトなのにだよ!そりゃライバルかもしんないけどさあ、さすがに行き過ぎってずっと思ってたよ」
「それは、別に気にしてないんだけど」
「ネリエルが気にしてないから気にすんの、爆豪は!」
ネリエルよりも余程爆豪の心理を読み取れている芦戸に、納得して深く頷く。
「そっかあ…そういうことなんだね」
「そーゆーコト!だから、ネリエルがそこまで背負わなくてもいーんだよっ。…ん?」
きっぱりとそう言ってから、振動を感じたのか芦戸はポケットからスマホを取り出す。
ロック画面に出た通知の文字を読むと、芦戸の表情が一気に険しくなった。
「どうしたの、三奈ちゃん」
「……これ」
ネリエルに向けられた画面には、ニュースアプリの記事が開かれていた。
「雄英高校、本日謝罪会見を予定……」
「悪いのは攻めてきた
「……そうだね」
吐き捨てるような芦戸の言葉に、ネリエルも同意する。しかし芦戸はネガティブな事柄を振り払うように頭を振り、にかっと笑った。
「あーやめやめ、暗いのはナシ!楽しいこと考えよ!てかせっかく夏なんだし、海とかプール行こうよ、みんなで!合宿で水泳の授業あるはずだったけど潰れちゃったしさ」
「いいね、楽しそう!せっかく水着も買ったんだもんね」
「ネリエルのないすばでー見たーい」
「ふふ、なあにそれ」
他愛もない雑談が続く。
途中で看護師が診察のためにネリエルを呼びに来るまで、昏々と眠り続ける耳郎と葉隠にも聞かせるように、二人は話し込んでいた。
◇
記者会見場として使用される予定のラウンジ、その近くの休憩室を臨時の会議室として、雄英高校校長である根津、1年A組担任の相澤——イレイザーヘッド、1年B組担任のブラドキングが臨時会議を行っていた。
謝罪文の精査、記者会見の場で出していい情報の選別、想定される質問への返答、エトセトラ。
それらを決める他にも、事情聴取に時間を取られていたイレイザーヘッドとブラドから、根津はここ二日間の報告を受けている。
事件の内容自体はすでに共有されていたため、根津が特に詳しく聞きたがったのは、ネリエルの病室で行われた事情聴取についてである。
「……なるほど、興味深いね」
ネリエルが語った黒霧の『ワープゲート』に関する推測、そしてネリエルがイレイザーとブラドに溢した『前世の記憶』について、根津が溢した第一声はそのようなものだった。
「興味深い…ですか。黒霧に関することはともかく、『前世の記憶』はさすがに信じられないです」
「言葉を飾らずに言えば…いささか、荒唐無稽なような気がしますね」
イレイザーとブラドのそれぞれの感想に、根津は「そうでもないよ」と言った。
「確かに、彼女の出まかせや作り話という可能性も当然あるのさ。だが、他にもこうは考えられないかい?例えば…」
根津は小さな指を立て、にこりと笑う。
「ネリエルさんの“個性”が、本来は『カモシカ』ではなく、『先祖の記憶から“個性”や経験を再現する“個性”』である可能性さ」
根津の仮説にイレイザーは「ああ…」と呟き、ブラドは深く頷く。
「確かに“個性”が遺伝するものである以上、その可能性も考えられますね。『カモシカ』もまた、その“個性”の一部であるとすれば筋が通る!」
「過去に『ワープ』系の“個性”もあったなら…」
「もちろん、これも推測でしかないけれどね。私がその一例であるように、“個性”には多くの可能性があるのさ」
その可能性の広さを示すように、根津は両手を広げる。
「そして、それ以上に無限の可能性を持つのが、子供達だ」
イレイザーとブラドの表情が引き締まる。
「ネリエルさんの言葉を戯言、世迷言として片付けてしまうのは簡単だし、
「はい」
「その通りです」
「ヒーロー科を擁する学校の教育者であり、“個性”の専門家として、我々が楽な道を選び、彼ら彼女らの可能性を狭めることはあってはならないと思うのさ」
“個性”教育の最先端を走り続ける偉
「ネリエルさんのことは、相澤くん。君がしっかりと見極め、導いていけばいい。君ならきっとできると信じているのさ」
「…はい」
「さて、まず今からは子供達…爆豪くんの可能性を潰そうとする、
根津はぴょんと椅子から飛び降り、原稿を片手にネクタイを整えた。
同じくスーツで固めたイレイザーとブラドも、記者会見場へと向かう根津の後に続く。
生徒達の可能性を、守るために。