ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクが『ヒーロー』になるまでの物語   作:猫禰捏涅

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林間合宿が始まる前、ショッピングモールでは死柄木の騒ぎがあって買えていなかった水着を、耳郎、芦戸、葉隠と共に買いに行く話です。


閑話:ショッピング!

 

 

 

水着を買いに行こう。

 

そう提案したのは、芦戸だった。

林間合宿に向けた準備のためにA組の大半で行ったショッピングは、死柄木が現れるという事件が起きたために中断されてしまったため、林間合宿に必要な持ち物のいくつかは買えていない。

水着もそのうちの一つで、改めて遊びに行こう!という芦戸からの誘いのメッセージをネリエルは当然快諾した。

 

急な誘いに都合がついたのは耳郎と葉隠で、芦戸とネリエルと合わせて四人で出かけることになり、最近特に仲良くなっていた友人達とのお出かけにネリエルは足取りを弾ませた。

 

「ネルー、こっちこっち」

「あ、響香ちゃん!ごめんね、待った?」

「ううん、全然。あしみなは来てるけど水買いに行った。あと葉隠だね」

 

木椰区とは別の区にあるショッピングモールでの待ち合わせになり、噴水の近くで待っていた耳郎と合流する。

 

「わっ!きたよーっ!」

「透ちゃんっ」

 

最後に葉隠がやって来て、背後からネリエルにがばっと抱きついた。びっくりした、とネリエルはクスクスと笑う。

 

近くのコンビニで水を買っていた芦戸とも合流し、全員で目当てのセレクトショップに向かう。

 

「学校指定の水着でもいいんだけどさ、やっぱカワイイの欲しーよね!」

「そうだよね。どんなのにしようかなあ」

「ウチ、ラッシュガードも欲しい。焼けたくないし」

「わかるー!あ、あとで日焼け止め買いに行かない?」

「もちもち」

 

シーズン真っ盛りのため水着売り場は大きく拡張されており、色とりどりの水着が大量に並べられていた。

芦戸と葉隠が近くの陳列棚に駆け寄り、いくつかの水着を手に取る。

 

「これちょーカワイイー!」

「いーね、あしみな似合いそう!」

「うわ、けっこう派手だね…これいけんの?」

「ハデめらぶだよ、私」

「三奈ちゃん、華やかなの似合うもんね」

 

芦戸が手に取ったのは真っ赤なフリルが重なって南国の花を思わせる、芦戸のピンク色の肌と髪によく似合いそうな色合いとデザインの水着だ。

葉隠はその横にあったピンクの豹柄の水着を手に取り、「あしみなのヒロコスっぽい」と呟いている。

 

「ウチ、ふつーのでいいんだよな」

「えーもったいないよ耳郎ちゃん!可愛いのいこうよ!」

「いらんいらん。黒一色とかでいーのウチは!」

「それ逆にエロくない?」

「なんちゅーこと言うんだ」

 

シックな色合いの水着が並ぶコーナーに向かおうとしていた耳郎の足が、芦戸の指摘によって止まる。

 

「私は何にしようかな」

「ネルちゃんなら、爽やか系絶対似合うよー!」

「透ちゃんも似合うと思うよ。ほら、これとか」

 

ネリエルは白のレースに水色のリボンがあちこちに飾られた可愛らしいデザインの水着を取り、葉隠の体に当てる。

 

「あっ、かわいいー!じゃあネルちゃんはこれどう?」

「ん!いいかも」

 

葉隠がネリエルにすすめたのは、レモンイエローとホワイトのストライプの水着だ。

明るい色使いと白い縁取りで、ボトムスがショートパンツになっているのがスポーティな印象を受ける。

 

「ねーねー!耳郎にこれ似合いそうじゃない!?」

「ちょ、ウチはもうちょい布多いやつが…!」

「え〜?でもこれカッコ可愛いじゃん?」

 

芦戸は少し頬が赤い耳郎に、黒いホルターネックの水着を当てている。大胆に谷間が開いており、ボトムスも横が紐のタイプなので中々にセクシーである。

 

「たしかに!シルバーの金具がかっこいいね〜。耳郎ちゃんに似合うよっ」

「私も響香ちゃんにすごく似合うと思うけど、嫌なの?」

「いや布少なすぎでしょ、コレ。ウチそういうのは…」

「う〜ん…じゃあ、コレは?」

 

ネリエルは背伸びをして手を伸ばし、少し高いところに陳列されていた水着を手に取る。

 

「! あ、いい!そのぐらいで!」

「お、かっこいーじゃん」

 

同じホルターネックのデザインだが、胸がほぼ覆われる仕様で、ボトムスもハイウエストのため、腹がちらりと見えるぐらいで露出はかなり少ないほうだろう。

 

「うん、ウチこれ第一」

「私、なかなかピンとこないなあー」

「葉隠はどんな色でも似合っちゃうから、逆にね?」

 

芦戸の指摘に、全員が確かにと頷く。

 

「ネリエル、いいのあった?」

「うん、これとかどうかなって」

 

気になっていた水着を手に取って、友人達に見せる。

白地にブルーの花模様が散らされたもので、ネリエルとしては夏らしくていいと思って選んだのだが、耳郎は渋い顔をし、芦戸は「わーお」と目を丸くして、葉隠は透明な手で口元らしきところを覆った。

 

「ネル、それはちょっと…」

「私は全然イイと思うけど、学校だと止められるかもね〜」

「ネルちゃん、大胆すぎるよそれはー!」

「……そう?」

 

首を傾げたネリエルが手にしている水着は、布面積は最低限、その小さな布を繋いでいる紐も細く、ボトムスに至ってはサイドで軽く蝶結びにされているだけである。

 

そっ、と他三人の手によってその水着は棚に戻され、ネリエルはよりスポーティなデザインの水着が並ぶ場所にさりげなく誘導された。

 

「動きやすそうでいいと思ったんだけど…」

「紐がほどけちゃったらどうすんだよ!」

「ほら、こっちとかどう?」

「これも似合いそうー!」

「あ、いいね」

 

次々に手元に差し出される水着を前に、ネリエルはダメ出しされた水着のことはすっかり忘れ去る。

その中から手に取ったのは紺色のもので、カップ全体がリボンのようなデザインになっているのが可愛い水着だ。

ボトムスはフルバックで、腰回り全体が覆われるデザインになっていることに耳郎がうんうんと頷く。

 

「いーね、これなら安心」

「そう?ならよかった」

「私これにしよっかなー」

「私もとりあえず決まったよ!試着ってできるのかな?」

 

芦戸は深みのあるボルドーのビキニ、葉隠は白地にドット柄のタンキニを携えている。

試着について店員に尋ねてみると、「服の上からしていただければ大丈夫ですよ」という返答があった。

 

「ま、そりゃ素肌の上にはダメだよね」

「みんな薄着だしサイズは分かるっしょ」

「おっけー、じゃ後で!」

 

それぞれ個別の試着室に案内され、選んだ水着を服の上から着る。

ネリエルの今日の服装は、黒のショートパンツに白のタンクトップを合わせ、ミントグリーンのシアーシャツを羽織っている格好だ。

 

「うん、いい感じ」

 

シャツだけ脱いで水着の上下をショートパンツとタンクトップの上から身につけ、サイズが問題ないことを確認する。試着室のカーテンからひょいと顔を出してみれば、ちょうど同じように着替えたらしい芦戸も試着室から出て来ていた。

 

「お、いいじゃんネリエル!大人っぽい!」

「ほんと?三奈ちゃんも素敵!深い赤がすごく似合ってる」

「マジ?よかった、ちょっと背伸びしすぎたかなって思ったんだけど」

「おーっ二人ともいいねー!」

 

クロップドTシャツとショートパンツの上からドット柄のタンキニを身につけた葉隠も試着室から出て来たが、あまり気に入っていないのかくるくると体を回して首を傾げている。

 

「透ちゃんもすごく可愛い!」

「うーん…でも、ちょっとイメージと違うかも…」

「若干子供っぽい?」

「そうそれー。やっぱり別の気になってたやつ取ってくる!」

 

葉隠はさっと水着を脱ぐと、試着室のコーナーから飛び出していった。

 

「てか耳郎遅いね?大丈夫ー?」

「響香ちゃーん?」

「………思ってたより横が空いてた」

 

芦戸とネリエルの声にそろそろとカーテンを開けた耳郎は、グレーのTシャツと黒のパンツの上に水着を身につけている。

確かに体の全面はほぼ布で覆われているのだが、両サイドが大きく開いており、クロスした紐で繋げてあるデザインだ。水着がハンガーに吊るされている時には分からなかった部分である。

 

「あー結構空いてんね!どうする?」

「すごくかっこいいとは思うけど…」

「まあ、このぐらいならいい…かな」

「あ、耳郎ちゃんも着てるー!いいね、めちゃ似合う!」

「ありがと」

 

戻って来た葉隠が褒めると、耳郎は少し照れくさそうにしながらも素直に笑う。

葉隠はボトムスがスカートタイプで水色のフリルがたくさんの水着を持ってきており、すぐに着替えて試着室から出てきた。

 

「うん、これのがいいかもー!」

「そうね!さっきのも良かったけど、水色のほうがもっと似合ってる」

「爽やか〜!」

「シャーベットみたいで美味しそう。これで決まり?」

「あー、私もうちょい選んでいい?」

「全然いーよ。ウチもラッシュガード見たい」

 

ネリエルと葉隠は、今手に持っている水着でほとんど決まっているが、芦戸と耳郎は選び直すことになった。

 

売り場に戻り、意外に優柔不断な芦戸がああでもないこうでもないと水着を選ぶ横で、耳郎は日焼け対策のラッシュガードを白にするか黒にするかで悩んでいる。

ネリエルは葉隠と共にパーカータイプのラッシュガードを手に取り、水着に合わせてみていた。

 

「やっぱりこういうのは必要だよっ。日焼け防止も露出防止も!」

「そっかあ、わかった」

「ねーねーこれどっちのがいいと思う?」

「えー、右。紫いいじゃん」

「だよねー。つか耳郎、何その全部覆う系ラッシュガード。許さんけど」

「あしみなチェック必要ってマジ?」

 

芦戸は水着をいくつかの候補に絞って悩みながらも、三人のラッシュガード選びにも口を出している。

 

「よっし、決まり!この紫のにする!」

「三奈ちゃん、サイズ合わせはいいの?」

「さっきのと同じブランドだしいけると思うけど、一応合わせるわ」

 

芦戸が最終的に選んだのは紫色のビキニで、金色のハートチャームがカップの間やボトムスの両サイドについているのがゴージャスだ。

候補のラッシュガードも手に取った三人と共に試着室に行き、芦戸が水着の試着を終えるのを待った。

 

「ん、ピッタリ!デザインもいいしこれに決めた!」

「いーね、似合う」

「大人っぽーい!」

「すごく可愛い!」

 

これで四人とも購入する水着は決定した。芦戸はラッシュガードは既に持っているらしく、他三人だけ水着にそれぞれ似合うラッシュガードを追加してレジに並んだ。

 

「次日焼け止めだっけ」

「それも買いたいんだけど、とりあえずカフェ行かない?私喉乾いちゃった!」

「確かに、少し小腹が空いてきたかも」

「ネリエル、早いって!」

 

朝ごはんはしっかり食べてきたのだが、もうお腹を空かせているネリエルに全員が笑う。

 

「じゃースタベ行こうよ!期間限定のスイカフラペ気になってて」

「それ私も見た!限定のタンブラーちょー可愛くない?」

「三奈、この前もスタベのタンブラー買ってなかった?」

「お部屋がタンブラーだらけになっちゃうよ」

「大丈夫、もうなってるから」

 

無駄に顔をキリッとさせた芦戸がサムズアップする。

 

しかし、四人が水着を買ってから向かった流行りのカフェは、非常に混み合って人だらけだった。特に家族連れが多い。

 

「あ〜激混み〜」

「やっぱりなー。どうする?」

「そうだね…もうそろそろお昼だし、フードコートに行って、もっ?」

 

そう提案しようとしたネリエルの足元に、軽い何かがぶつかった。

 

「ん?」

「あら?どうしたのかな」

 

ネリエルにぶつかってきたのは、小学校にも入っていないだろう年齢の女児だった。

きょとん、とした表情でネリエルを見上げて、首を傾げる。

 

「まぁじゃない…」

「まぁ?ママってこと?」

「わ、もしかして迷子?」

「ありゃりゃ、大変だ」

 

女児のふわふわとした髪の毛は、鳥の羽のような質感をしており明るい緑色である。おそらくは、似た髪色のネリエルを見て母親だと勘違いしたのだろう。

ネリエルはかがみ込んで女児と目を合わせ、にこっと微笑んだ。

 

「こんにちは。髪の毛、私とお揃いね」

「ん!うん!おそろい!」

「私、ネルっていうの。お名前は?」

「トワリねえ、トワリだよ!よんさい!」

「トワリちゃんね。年も言えて偉いね!」

「えへへえ」

 

トワリという名前らしい女児は、褒められてにこにこと嬉しそうに笑う。ネリエルとトワリが話している間に、他三人はさりげなく周囲にトワリの親がいないか見回して探している。

 

「トワリちゃん、ママときたの?」

「うん、まぁときた!あっち、あっちからね、きたの」

「ママはあっち?」

「んー…んん、わかんない…まぁ、どっかいっちゃった…」

 

トワリは小さな手でカフェのほうを指差したが、すぐにふらふらと指先が迷う。

カフェの外壁はガラスで中を見通せるがトワリに似た雰囲気の人は見当たらなかった。

 

「じゃあ一緒にママを探そうか、トワリちゃん」

「うん!さがす!トワリがね、まぁ見つけてあげるの!」

「トワリちゃんかっこいいねえ」

「インフォメーション、たしかあっちだよ」

「うん、分かった。…抱えたほうがいいかな?」

「そうだね…」

「あ!」

 

そっと囁きながら作戦会議をする四人を他所に、トワリはぱっと顔を輝かせていきなり走り出した。

 

「えっ!?」

「ちょ、マジか」

「あ〜やんちゃなタイプだな?」

「トワリちゃん!」

「まぁとトワリね、ふんすいすきなの!ふんすいにまぁいる!」

 

何の根拠もないことを自信満々に言い出すのも幼児らしい言動だが、突然走り出した小さな体はすぐに人混みに紛れて見失いそうになる。

ネリエルは慌ててトワリに追いつき、そっと小さな腕を掴んで引き留めた。

 

「トワリちゃん、ネルが抱っこしようか。高いところ、平気?」

「んー!へーき!だっこ!」

「よかった。はい、おいで」

 

ネリエルがしゃがんで手を広げると、トワリは楽しそうにしながら抱きついてくる。二人に追いついてきた芦戸達もほっと息を吐いた。

 

「ナイス、ネリエル!」

「幼児こわ…脈絡なさすぎ…」

「ちっちゃい子ってこんなもんだよ〜!それにしてもトワリちゃんかわいいね!」

「???」

 

ネリエルに抱き上げられたトワリのまろい頬を、葉隠の透明な指先がちょんとつつく。見えないのに触られている感触と、服だけが目の前に浮いている光景にトワリは釘付けになっている。

 

「ふく…??」

「透明人間だよ〜!こんにちはトワリちゃん!」

「こんにちは…??」

「あいさつできて偉いねえ!」

「今のうち今のうち」

 

トワリが葉隠に気を取られている間に、ネリエルは耳郎と芦戸に急かされて脚を早める。

少し歩いた先にあったインフォメーションに辿り着くと、四人の女子高生に女児という組み合わせに、何かを察したらしい係員がすぐにカウンターの中で立ち上がった。

 

「こんにちは、何かご用事ですか?」

「たぶん迷子です。四歳の女の子でトワリちゃん、そこのスタベの前で保護しました。近くに保護者らしき人は見当たりませんでした」

「ありがとうございます。すぐに他階のインフォメーションにも確認しますね」

 

耳郎の素早く的確な説明に、係員が頷いて内線電話を取る。俄かにカウンターの中が慌ただしくなった。

 

「あのね、あのね、トワリね」

「うん」

「ネルのこと、まぁだと思ったの。でもね、あのね…」

「んー?」

 

トワリがきらきらと目を輝かせながらネリエルの耳元に口を寄せる。

 

「ネルって、おひめさま?」

「え?」

「ぷいんせすなんでしょ!きらきらって、へんしんできるんでしょ!」

 

手も筒状にして秘密の話をしたかったようだが、元気なトワリの声は他の三人にも筒抜けだった。

 

「あれかな?最近の子供向けアニメで、お姫様だけど変身して戦うやつ!」

「んっ、ふふっ、間違ってはないんじゃね?」

「そういや緑髪のキャラもいた気がする〜」

 

そっと友人達から囁かれたアシストに感謝しつつ、ネリエルはどう答えたものかと首を捻る。

ここまでのネリエルの対応は、実はヒーロー基礎学で習った内容の見様見真似であり、ネリエル自身はそれほど小さな子供の相手に慣れているわけではない。そのため、こうやってイレギュラーな質問となると戸惑ってしまう。

 

「えーっと…」

「トワリね、みんなとへんしんぷいんせすごっこするとき、えめらるどやくなの」

「そうなんだ」

「ネルも、えめらるど?」

「……えっと、ごめんね、ネルはプリンセスじゃないんだ」

「…?ネル、ぷいんせすじゃないの?」

「うん」

 

トワリが悲しそうな表情になってしまう。うまく答えられなかったことを申し訳なく思いつつ、ネリエルがそっと口を開いた時、遠くから「トワリー!!」という誰かの声が聞こえた。

 

「あ!」

「あれ、トワリちゃんのお母さんじゃない?」

「ほんとだ!髪の毛がそっくり!」

「……よかった」

「あ!まぁー!まぁー!」

 

トワリと同じ、鳥の羽のような質感の明るい緑色の髪をした女性だ。女性を見たトワリも元気に手を振ったので、彼女がトワリの母親で間違いないだろう。

インフォメーションの係員に誘導され、女性は非常に焦った表情で息を切らして駆け込んできた。

 

「ああ!トワリ!トワリ、よかった…!」

「まぁー!!」

 

ネリエルの腕の中からトワリが腕を伸ばす。ネリエルはそっと母親の腕にトワリを受け渡し、小さく安堵の息を吐いた。

 

「ありがとうございます、ありがとうございます…!」

 

ぺこぺこと頭を下げる母親によると、エスカレーターの直前でトワリと繋いだ手を離してしまい、母親だけ上階に行ってしまったのだという。

別の店に気を取られたトワリがどこかに姿を消してしまうのを見送るしかなく、大慌てで下の階に戻ろうにもエスカレーターもエレベーターも混み合っており、やむなくフロアの端に位置する階段を駆け降りてきたらしい。母親は息を荒くして汗だくになっている。

 

「本当にすみません、私が手を離してしまったから…!」

「いえいえ、無事でよかったです!」

「トワリちゃんとってもいい子でしたし!」

「とりあえずお母さん落ち着いて」

 

なんとか息を整える母親に、トワリは無邪気に「あのねあのね」と話しかけている。

 

「トワリね、ネルがね、えめらるどだと思ったの!」

「え…?エメラルドって、変身プリンセスの?」

「でもちぁうんだって!ねえ、ネルってなにやさんなのー?」

 

しきりに首を傾げているトワリに、母親も困った顔をしている。

ネリエルの横からひょいと芦戸が身を乗り出し、にこっと笑った。

 

「お姉ちゃんたちはねえ、ヒーロー見習いだよ!」

「ひーろー…?るびぃ、ひーろーなの?」

「あは、ルビーだと思ってくれてたんだ!嬉しいな〜!」

「私たちは変身プリンセスじゃないけど、ヒーローになるためにがんばってるんだよっ」

「ひーろー!すごーい!」

「あ…!貴方たち、雄英の生徒さん…?」

 

四人の顔を見回して気づいたらしい母親も、明るい笑顔になる。

 

「トワリ、よかったねえ。ヒーロー見習いさんに助けてもらっちゃったね」

「ネルもひーろー?すごいっ!」

「…ふふ、そうだよ。今ね、ヒーローになるために頑張ってるの」

「トワリ、おうえんするー!あのね、ぷいんせすらいとふる!」

 

女児らしい応援の仕方に、「可愛いなぁ」と耳郎がトワリの頭を撫でている。

 

「またねー!ばいばーい!」

「バイバイ!」

「またね!」

「元気でねー!」

 

またぺこぺこと頭を下げる母親と共に、楽しそうに手を振るトワリが遠ざかっていく。同じく手を振り返してそれを見送ってから、四人は互いに顔を見合わせて笑った。

 

「びっくりしたねえ!」

「やーでもちっちゃい子ってやっぱ可愛いわ」

「癒された〜!トワリちゃん、ネリエルにめっちゃ懐いてたね!」

「そうかな…私、ちゃんとできてた?」

「できてたできてた!」

「よかったぁ」

 

ネリエルはようやっと体の力を抜いた。トワリの小さな体を抱き上げたのはいいものの、ふにゃふにゃとした皮膚の柔さと、その奥の骨の細さを、内心は恐ろしく思っていたのである。

異形型を含む“個性”を持つネリエルは、幼児の骨程度は少し力を込めるだけで折ることができてしまうのだから。

 

「これもヒーロー活動っちゃヒーロー活動だよな」

「だね〜!私こういう時どうしよっかな、姿が見えたほうがいい時もあるもんね?」

「うーん、難しいね…」

 

確かに、最後までトワリはほとんど葉隠を認識できていなかった。

 

「いずれは災害救助の授業とかあるかもね!その時はガンバろ!」

「おー!」

「つか次何しようとしてたっけ?ふつーに忘れた」

「あーそうだ、喉乾いたってかもうお腹空いた!」

「うん、ぺこぺこ!どこかレストランでも行かない?」

「行こう行こう!」

 

純粋に心から応援されたという嬉しさを胸に留めて、四人は明るく笑いながら歩き出す。

街の片隅で誰かのヒーローになった、そんな日のこと。

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