ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクが『ヒーロー』になるまでの物語 作:猫禰捏涅
45.記者会見〜家庭訪問
診察を終えて戻った病室の中でネリエルはテレビをつけ、ぼんやりと雄英高校校長および1年A組とB組の担任による記者会見を眺めていた。
見知った顔の人がテレビの向こうにいるというのはあまり現実感のある光景ではなく、ヒーロー科の担任二人がコスチュームでなく黒いスーツを着ているのもあって、より見慣れない。
普段と違い、きっちりと髪を固めた相澤の頭が深々と下げられる。しかし、意地の悪い記者からの質問に対して、相澤は下から睨め付けるように鋭い視線を向けていた。
『行動については、私の不徳の致すところです。ただ…体育祭での
「先生…」
つまりは、爆豪が
普段の粗暴な言動はともかく、爆豪がヒーローを目指す姿勢はストイックそのものだ。彼が
「ネル、無理はしていないかい」
「……んー、うん、大丈夫」
「…そうか。あまり気負わないようにな」
面会に来てくれているペッシェの言葉にも上の空で返事をして、ネリエルはため息をつく。
「……ねえ、ペッシェ」
「うん?」
「私ね、前世…うん、たぶん前世の記憶があるんだけど」
「………なるほど、賢い子だとは思っていたがそうだったのか」
「んー…ペッシェとドンドチャッカは、信じてくれても…普通は、そうじゃないよね」
「私たちは、ネルがデタラメを言ったり嘘をついたりするような子じゃないって知っているからなあ」
ペッシェの手がネリエルの頭に伸び、よしよしと撫でる。それに少し微笑み返して、ネリエルはテレビに顔を向けた。
画面の中では記者会見の最後に、揃って頭を下げる三人の姿が映っている。
こんな大事な会見を控えていたのに、戯言としか思えないような言葉を聞かせてしまったことを、申し訳なく思った。
「さあネル、明日には治ると言ってもまだ腕は折れているんだから。もう眠いなら寝てしまいなさいね」
「んー…そうだね。おやすみ…」
「おやすみ」
ペッシェの優しい声と、涼しい病室の中でかけられた柔らかなブランケットに眠りを誘われ、目を閉じる。
夕食後に飲んだ鎮痛薬の副作用もあり、かなり早い時間に眠ってしまったネリエルは、神野区で起きた事件の顛末を、翌朝のニュース番組で知ることとなった。
◇
雄英高校の謝罪会見のすぐ後、プロヒーロー達と警察が合同で
黒霧とは別の『ワープ』系の“個性”を使用し、主犯らは
そして、バーを装ったアジトとは別に存在していた廃倉庫のアジトから、約
それらが文字通りの肉壁となり、また広範囲へと散った『脳無』によって市民もまた人質のようになってしまい、
約100体の『脳無』を捕獲、行動不能にするまでにかかった死闘の時間は、およそ二時間。
多くのプロヒーローが重傷を負い、長期の活動休止を余儀なくされた者もいたほどの激しい闘いとなった。
その中で、最も衝撃的な出来事として話題を掻っ攫ったのは、オールマイトの
ネリエルは既に知っていたが、オールマイトが実際には骸骨のように痩せ細った男性であることが、『脳無』と戦う中で中継の映像によって晒されてしまったのだ。
しかし、オールマイトは『脳無』から最も集中的に狙われながらも、たった一人で59体もの『脳無』を確保、あるいは行動不能に。
そして重軽傷者はいるものの、市民の死者数はゼロに抑え、さらには活動時間の限界を超えて真の姿を晒しても戦い続けたオールマイトを、人々は盛大に讃えた。
戦いの後に行われた会見には、オールマイトは真の姿で登壇した。
そして、真の姿をこれまで隠していたことを謝罪し、かつて負った大怪我により、“個性”を使用して活動できる時間は短くなり活動の限界が近づいていることを発表した。
平和の象徴、永遠のNo.1、ナチュラルボーン・ヒーローと呼ばれた男の事実上の引退予告に、世間は揺れ続けている。
◇
『雄英高校 全寮制導入検討のお知らせ』という書類が、怪我の完治後に退院して家に戻ったネリエルの元に届いて、数日後。
ネリエル、ペッシェ、ドンドチャッカ、バワバワが住む家に、オールマイト———真の姿のオールマイトと、相澤が家庭訪問に訪れていた。
ネリエルは
オールマイトと相澤は、ネリエルが気落ちしているようであればメンタルケアもしなければ、と気合いを入れてやってきていた。
しかし。
「んぶぶぶぶぶ…」
「バワ!ウ〜!バワ、バワ!!」
リビングのラグの上に寝転がったネリエルの顔を、モップのようなもさもさとした黒灰色の毛並みをした大型犬のバワバワが尻尾を振り回しながらべろべろと舐めている。
拍子抜けしてしまったオールマイトと相澤は、呆気に取られた表情でネリエルとバワバワが戯れているのを見ていた。
「……あれは、大丈夫なのですか?」
「ああ…バワバワというんですが、どうも寂しがりで。ネリエルが家を開けることになるのを察しているようで、しばらく前からずっとべったりなんですよ」
オールマイトと相澤をリビングに迎え入れたペッシェは、苦笑しながらも温かい目で一人と一匹を見守っている。
「……っぷは!もー、バワバワ!ちゃんと戻ってくるってばー!」
「バワバワバワ!!」
「んあー!べたべたになるー!このやろー!」
ネリエルがバワバワの毛並みをもしゃもしゃと揉みくちゃにする。その側でドンドチャッカが笑いながらバワバワの体を押さえ、「ほら、顔を洗ってくるでヤンスよ」とネリエルを解放した。
「ありがとドンドチャッカ!ごめんなさい先生、すぐ戻ります!」
ぴょんと飛び起きたネリエルはオールマイトと相澤に一礼して洗面所へと駆けていく。
「はは、バタバタとしていて申し訳ない。どうぞお掛けに」
「失礼します」
ペッシェが二人をダイニングテーブルに案内し、ドンドチャッカが紅茶を注いだカップを並べる。
「ふう、さっぱりした」
「バワバワ!」
「もう!膝で我慢して!」
「バワ!」
顔を洗って戻ってきたネリエルがペッシェの隣に座ると、バワバワがすぐにネリエルの膝に頭を乗せた。ドンドチャッカはその側に屈んで、バワバワが飛びかからないように抑えている。
癒される光景ではあったが、オールマイトと相澤は表情を引き締め、きちりと頭を下げた。
「…では、本日はお時間いただきありがとうございます」
「いえいえ。寮体制のことでしょう、是非お願いしたいと思っています」
あっさりとそう言ったペッシェの隣で、ネリエルもこくりと大きく頷いた。
相澤とオールマイトは驚きを隠しきれずに目を見開く。
「……そう…、ですか。USJのことも、あったというのに…良いのですか?」
「あったからこそです。あの事件の時、雄英高校の対応はとても真摯なものでしたし、単なる一軒家に雄英高校以上のセキュリティなんて求められません。であれば、ネリエルのことを預けるのは最善でしょう。なあ?ドンドチャッカ」
「そうでヤンス。でも、心配はするでヤンスよ?定期的に連絡はしてほしいでヤンス」
「もちろん。ビデオ通話するから、バワバワも話そうね」
「クーン」
ネリエルがそう言いながらわさわさと頭を撫でると、寂しそうな鳴き声を出したもののバワバワも大人しくなった。
その様子を微笑ましげに見てから、ペッシェは徐に一枚の書類を取り出した。
「お越しいただいた場で言うのもどうか、とも思ったのですが…一つ要請というか、依頼がありまして」
「何でしょうか」
ペッシェの言葉に、オールマイトと相澤が姿勢を正す。ペッシェが差し出した書類を見て、二人は驚愕に目を見開いた。
「ネリエルのためのサポートアイテムで…私が設計した、新しい『槍』です」
「移動の補助とか、捕獲とか…そういうサポート面に特化した『槍』を設計してほしいって、私がペッシェにおねだりしたんです」
「…これは確かに、役立ちそうですね」
「素晴らしい設計案だ…お兄さんは優秀なのだね、ネリエル少女!」
「ふふ、そうでしょう?」
衒いもなく褒められ、少し照れ臭そうに笑ったペッシェは、オールマイトと相澤を見つめて真摯に言葉を紡ぐ。
「…ネリエルは強い子です。しかし腕の長さには限りがあり、“個性”も強力ですがあくまで近接特化。であれば、このような『槍』を持つのがよいと思うのです。USJで色々とあって、一代目は差し戻しになったとは聞きましたが…この二代目であれば、どうでしょう?」
「……確定とは言えませんが、これであればおそらく通ると思います。今のオーデルの穴を埋める、良い設計です」
「ええ。それに、これから先ヒーローはより強く、候補生であってもプロ並みの動きを求められていくでしょう。お兄さん達の思いと共に、我々がネリエル少女を導いて参ります」
ペッシェとドンドチャッカが顔を見合わせて笑う。
「よかった。これからも、ネリエルのことをよろしくお願いします」
「よろしくお願いするでヤンス!」
「バワ!バワバワ!」
二人に同意するように吠えたバワバワの頭を、ネリエルは微笑みながら優しく撫でた。
「ではまた学校でな、ネリエル少女!」
「遅刻するなよ」
「はーい!」
まだ訪問先はあるからと急ぎ辞していく二人の教師を、ネリエルはバワバワと共に見送る。
先にオールマイトがタクシーへと乗り込んだのだが、何故か「あ」と口を開けた相澤が戻ってきた。
「先生?」
「オーデル……その、『記憶』のことだが」
「ああ…一応、本当のことなんですけど。信じられないですよね」
諦めの滲むネリエルの言葉に、相澤は首を横に振る。
「いや、疑っているわけじゃない。オールマイトはA組の副担任のような扱いになるので、彼にも共有していいかという確認だ。こっちの義務で校長にはもう報告してしまったが、嫌だというのであればオールマイトには共有しない」
「ああ、そういう。問題ないです。オールマイトのご負担にならないなら」
「このぐらい負担でも何でもない。大事なのはお前の気持ちだが、問題無いなら共有させてもらう。一緒に向き合い方を考えていこう」
「はい!ありがとうございます」
「バワ!」
本当にいい先生だなあ、としみじみと思いながらネリエルは元気よく返事をした。
バワバワも相澤のことをすっかり気に入ったらしく、撫でろとばかりに頭を上げて尻尾を振り回している。相澤は少しだけ表情を緩めてバワバワの頭をひと撫でしてから、急ぎ足でタクシーへと乗り込んでいった。
「さよなら、先生!」
「バワ!バワ!」
◇
途中から手分けして行っていたA組の生徒達、およびその父兄への家庭訪問を終え、オールマイトと相澤は雄英高校の会議室の一室で合流した。
これからの寮体制や、授業に向けての打ち合わせのためである。
そして、詳細なことは職員会議で決めるため手短に打ち合わせを終えた後、オールマイトは相澤からネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクという特異な少女の『記憶』の話を聞かされ、頭を抱えていた。
「前世の、記憶…!ネリエル少女は、そんな話を…」
「荒唐無稽だとは思います。しかし、先ほど話した校長の推測であれば筋は通りますし、そういった話をすることは本人が発している何かしらのサインであることも多い。これから生徒とより密に接するというなら、話しておこうと思いまして。オーデル本人にも許可はもらっています」
「そうか…うん、確かに生徒としてはあまりにも戦い慣れているというか、熟達しすぎているというか、そういう面はあったね。生まれ変わり、前世の記憶と言われると、むしろ納、得……」
「……何か?」
不自然に言葉を途切れさせたオールマイトに、相澤は訝しげに声をかける。
オールマイトはどこか焦った様子でぶんぶんと首を振り、「いや、何でも無いよ!!」と少し裏返った声で返事をした。
「…そうですか。何か気になることがあるなら共有してくださいね。少々…デリケートな話になりそうですから」
「もちろんだ、相澤くん。君の方針に従うよ。さ、今日はもう遅い。明日に備えて休もうか!」
オールマイトはあからさまに話を逸らそうとしていたが、相澤は眉を顰めながらもそれ以上追求はせず、打ち合わせはそこで解散となった。
先に相澤を帰らせ、一人になった会議室の中でオールマイトは深々とため息をつく。
彼の脳裏には、神野区にて邂逅した仇敵———
脳無と市民を盾に、ひたすら逃げに徹するAFOに向け、オールマイトが挑発のために叫んだ「逃げるのか」という言葉。
『永遠の前には、君との戦いなど甘露にもならない』
それに対してAFOが返してきた言葉と声音には、気味が悪くなるほどに温度というものが存在していなかった。
そのままAFOはオールマイトの方を一切振り返ることなく、黒霧ともまた別の『ワープ』で姿を消してしまったのだ。
「永遠………永遠の、命?…生まれ変わり……転生……」
オールマイトはよく知っている。
AFOという
自らを頂点に据えるためであれば手段を問わない、自分本位が過ぎる存在であるかを。
オールマイトが思索を巡らせながら呟いた言葉は、そんなAFOがいかにも好みそうなものであることは間違いなかった。
そも、AFOは既に普通の人間の寿命はとうに超えて世界の裏側で生き続けていると思われる。さらに寿命を伸ばす、あるいは永遠に手を伸ばそうとしても不思議ではない。
「そんな……ことが、あり得る…のか?」
理性はあまりにも突拍子が無いと断じている。しかし、永遠の命を得て裏社会に君臨し続けるAFOの姿を想像してしまったオールマイトは、ぞくりと背筋を粟立たせた。
「…………守らなければ」
小さな声で呟いたオールマイトの誓いは、誰も聞き届けていない。
それでも確かな重みを持って、彼自身の胸中へとずしりと落ちた。
神野事件