ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクが『ヒーロー』になるまでの物語 作:猫禰捏涅
連日続く圧縮訓練の中、自主練やエクトプラズムとの模擬戦を繰り返すネリエルの元には、入れ替わり立ち替わりクラスメイト達が訪れた。
通常であれば訓練の最中にコスチュームの改良や戦闘スタイルの模索を行う中、ネリエルは既に完成形のサポートアイテムを持ち、戦闘スタイルもほぼ固まっているため、参考にしよう、何かしら糧を得ようと寄ってくるのである。
全員が向上心を強く持っており、貪欲で好感が持てる。
ネリエルはサポートアイテムの詳細や、新しく編み出した技、自身の経験を惜しげもなく共有した。
「……——
「おお〜!」
「カッケェ…!!」
投擲した『
着弾の勢いをそのまま穂先を展開する力に変換するため破壊力はあまり無いが、それはそれでヒーローとしては相応しい技に仕上がっている。ネリエルはこの技に名前を付け、課された課題である必殺技二つを作るうちの一つとした。
「ネルちゃんネルちゃん。それ、あの時の技の派生だよねっ?」
ネリエルの新技の観衆の一人であり、USJでネリエルの投擲も見ていた葉隠が尋ねる。
「ああ、『
「名前かっこよっ」
「イイなー」
「それも必殺技か!?」
「威力がすごかったもんね…!」
周囲にはあの時のネリエルの攻撃を見ていた緑谷もいる、というよりも彼は新たな技を編み出すためにクラスメイトに積極的に話しかけに行っているようだ。
口々に褒めてくれるクラスメイト達に、しかしネリエルは微笑みながら首を横に振った。
「アレはあの時持ってた槍ありきだから、『
「そーなんだ。ちょっともったいないね」
「そうだね…アレは私も思い入れがあるから、いつかまた使いたいな」
ほんの少しだけ『かつて』の技の再現を惜しみながらも、ネリエルは新たな槍をくるりと回し、強く握り込む。
軽く動かすことで円筒形の穂先、『
「何回見てもギミックがかっけえ!!」
「やっぱ騎士には盾だよなあ」
上鳴と瀬呂が仲良くうんうんと頷いている。
左半身を前に出して構えていたネリエルは、「あ、そういえば」と呟いた。
「両手が塞がっちゃうからあんまりやらない予定だけど…こういうこともできるよ」
両手で柄の特定の場所を握り、強く捻る。すると、『
左手に盾、右手にランスというまさしく騎士のスタイルに、周囲から歓声が上がる。
「マジの騎士じゃーん!」
「カッチョイイ〜!」
「これはなんていう技!?」
「え、考えてなかった…これにも技名あったほうがいいかな?」
ネリエルがそう首を傾げると、クラスメイト達は「そのほうがいい」と口々に言った。
「あったらカッコいいと思うよ!」
「それに技名つけたら、ちょうど課題の二個になるじゃん」
葉隠の隣でネリエルの様子を見ていた耳郎にそう言われ、ネリエルも確かにと頷く。
そこに、「そろそろ自分の訓練に戻りなさいな」と、周囲の生徒達に軽く注意をしながらミッドナイトが歩み寄ってきた。
「技名は大事よ、ネリエルさん!特に貴女はきっとビジュでも人気が出るから、ブランドイメージは固めておくべきだわ」
「びじゅ」
「ビジュアルのことだよ。ネル、ちょー美人だし」
ミッドナイトの言葉を耳郎が補足する。意味を理解したネリエルは、にこっと明るく笑った。
「ありがと。響香ちゃんだって可愛いよ」
「ありが…え?ネル、自分が美人だって自覚あったの!?」
「あ、え!?確かに!?」
耳郎は三白眼気味の目を大きく見開き、口までぽかんと開けている。葉隠は表情は見えないが、ぴょんと飛び上がって驚愕を表現していた。
そんな二人と同じく、ミッドナイトも多少驚いた様子である。
「うん。だって、ペッシェとドンドチャッカがいっぱい褒めてくれるもの」
ネリエルの自己肯定感は、『前』でも『今』でも純粋に己を褒め、肯定してくれるペッシェとドンドチャッカによって育まれており、当然自身が美人に分類されることは自覚している。
「マジか…ガチめにルックス興味ないタイプかと思ってた」
「ね!ほんとに全然気にしてない感じっぽかったもん!」
ネリエルがそれに驕ることがないのは、単に美醜よりも強さがものを言う環境にいたのが尾を引いているためだ。
そして『今』も、顔の造形は自身の特徴の一つでしかないという認識であり、『ヒーロー』として看板になるのであれば利用する、という程度の意識である。
「強くなるのにはあんまり関係ないかな、と思って」
「まあ、そりゃあそうなんだけどさ」
「ネリエルさん、ヒーローは
「そういうものなんですね」
ミッドナイトの話は頭で理解はできている。しかし、何百年と
よってネリエルは、「身だしなみには気をつけます」と言うに留めた。
他にネリエルが多くの時間を割いているのは、エクトプラズム、そしてオールマイトとの格闘訓練だ。
特にオールマイトとの模擬戦は、ネリエルであっても押されることが多い。
ネリエルは人間の体に未だ
「———ふっ!!」
「おっ、とぉ!?嫌な攻撃だね…!」
『今』のネリエルがオールマイトにスペックの全てで劣っているのならば、優っているのは
振り下ろした槍を軽く蹴り上げることで腕で持ち上げるよりも早く動かし、さらに足元を狙ういやらしい攻撃。
オールマイトはそれを避けて体勢を崩したが、そのまま体を回転させて風圧を発生させた。
「
「っ!!」
回転と共に飛んできた裏拳を、四足で後ろに飛びさすって避ける。そうして全力で逃げていなければ、ネリエルの体は大きく吹き飛ばされていたことだろう。
弱肉強食の世界を勝ち上がり、
それでも、それらの全てを異次元のパワーとスピードでねじ伏せてくるオールマイトは、引退間近と言われていようともやはりNo.1ヒーローである。
「…ふむ、よし!今回はここまでだな!」
しかし、オールマイトの活動可能時間はどんどん短くなってきている。希望者がオールマイトと戦えるのはごくわずかな時間だけだ。
「ありがとうございました、オールマイト」
ボシュン、とトゥルーフォームに戻ったオールマイトに、ネリエルは軽く頭を下げる。
「いやいや、こちらこそだ。ネリエル少女は戦うたびに巧みになっていくものだから、私も気が抜けない!」
「少しずつ
「……なるほど!」
ネリエルの
「もうこんな時間だね!」と話題を逸らすように言い、ネリエルと戦っていた岩山上のフィールドから降りようとする。
「オールマイト、よければ背中に」
「いやいやいや、私、重いし!ネリエル少女にそんなことさせられないよ!」
「このフィールドを希望したのは私ですし、三人はいけるのでオールマイト一人なんて余裕ですよ!」
二人が岩山の頂上で戦っていたのは、足場の悪い場所での戦闘訓練をネリエルが希望したためだ。
残る活動時間を節約するためだろう、マッスルフォームにはならずに岩山を降りようとしていたオールマイトの前に、ネリエルは脚を折って屈んだ。
「岩山から要救助者を運搬する訓練にもなりますし。ね?」
「…そうかい?なら、背中をお借りしようかな」
「ええ、どうぞ」
そろそろと背中にオールマイトが跨り、鎧に足を置いて鞍のベルトを握ったのを確認して立ち上がる。
背中の上でオールマイトが「おおっ」と歓声を上げた。
「実は馬に乗ったりしたことが無いんだ。初めての経験だよ!」
「そうなんですか!お忙しそうですもんね…降りるのでしっかり掴まっててくださいね」
「ああ!」
ワクワクとした様子のオールマイトに微笑みながら、ネリエルはゆっくりと岩山を降りていく。
背中の上にいるのは要救助者と仮定して、飛び跳ねるのは控えて振動を与えないように。
そうやって静かに、しかし身軽に斜面を下るネリエルの頭上で、ボコッ、と不穏な音が鳴った。
「今、何か…っ、上だ!」
オールマイトも気がつき、頭上を見る。
ネリエルも見上げた先、隣の岩山から砕けた岩の塊が降ってきていた。
「っ掴まって!」
「ぅおっ!!」
後ろに回した手でオールマイトを支えつつ、思いきり四足の脚で地面を蹴る。
斜面の途中から飛び出したためわずかな時間滞空する中、
「あれは…!」
「緑谷くん!?」
緑色の人影———緑谷は、空中で体を捻って脚をしならせ、大きく振り回した。
今までのようなパンチではなく、蹴り。
その一撃で、大きな岩塊は粉砕された。
「ネリエルさん、オールマイト!大丈夫ですか!?」
「ええ、大丈夫!」
「問題ないよ!」
ネリエルはゆっくりと速度を落とし、弧を描いて着地した緑谷の近くへと寄る。
「何、緑谷!?サラッとすげえ破壊力出したな!」
「おめーパンチャーだと思ってた」
緑谷のコスチュームは、腕にはサポーター、脚には金属のソールが追加されている。
興味深そうに寄ってきた上鳴と切島、オールマイトを背から下ろして人型になったネリエルに、緑谷はソールを持ち上げて見せる。
「破壊力は発目さん考案の
「発目さん…ああ、体育祭の」
「そう、その人。まあ、方向性が定まっただけでまだ付け焼き刃だし、必殺技と呼べるものでもないんだけど…」
恥ずかしそうにそう言う緑谷に、オールマイトはにこりと笑った。
「いいや!多分付け焼き刃以上の効果があるよ。こと仮免試験ではね」
緑谷は訝しげな表情をしたが、背後でボボボッ、と爆発音が聞こえて冷や汗を流しながら振り返った。
『爆破』を器用に逆噴射に使い、爆豪が地面に着地する。
「オールマイト…」
「ああ、さっきのは爆豪少年だったか。すまないね、訓練の邪魔をしてしまったかな?」
「……チッ!!気ィつけろや!ここで怪我したら俺とやれなくなんだろォが!」
「爆豪少年とは明日だったね。確かに、気をつけるよ」
最後に大きく一つ舌打ちをして、爆豪はまた『爆破』で飛び、岩山へと戻っていった。ちょうど岩塊が落ちてきた場所だったため、どうやら爆豪の訓練の余波で起こりかけた事故だったようだ。
「うーん……」
爆豪は緑谷のことは睨みつけていたが、ネリエルのほうは一瞥もしなかった。
ネリエルとしても接し方にはまだ迷っているため、ほんの少し苦く微笑んで爆豪の後ろ姿を見送る。
「それより…!皆もコスチューム改良したんだね!」
「あ!?気付いちゃった!?お気付き!?」
「ニュースタイルは何もおめーだけじゃねえぜ!俺ら以外もちょこちょこ改良してる、気ィ抜いてらんねえぞ」
上鳴と切島のコスチュームもまた、細かなところに変化が見られる。身を乗り出した緑谷に、二人は胸を張った。
「だがな、この俺のスタイルチェンジは群を抜く!度肝ブチ抜かれっぞ、見るか!?いいよ!?すごいよマジで!!」
上鳴はどうやら自慢したくてたまらないらしい。
体育祭で苦戦させられた相手でもある上鳴の戦闘方法にはネリエルも興味があったため、聞こうとしたところで体育館の入り口付近が騒がしくなった。
「そこまでだA組!!!午後からは我々が
「B組」
「カーーッタイミング!」
ブラドキングがB組の生徒達を引き連れてやって来ていた。
「イレイザー、さっさと退くがいい」
「まだ10分弱ある。時間の使い方がなってないな」
相澤がブラドに言い返していると、A組の前に堂々と燕尾服のコスチュームを身に纏った物間が姿を見せる。
「ねえ知ってる!?仮免試験って半数が落ちるんだって!
言っていることは性格が悪いが、こうもストレートだといっそ清々しい。
「つか物間のコスチュームあれなの?」
「『コピー』だから変に気をてらう必要はないのさ、って言ってた」
「てらってねえつもりか」
そしていつものことであるので、A組の生徒達は物間の煽りは綺麗に受け流していた。
「しかし…もっともだ。同じ試験である以上、俺たちは蠱毒…潰し合う
「だから、A組とB組は別会場で申し込みしてあるぞ」
「ヒーロー資格試験は、毎年6月・9月に全国三ヶ所で一律に行われる。同校生徒での潰し合いを避ける為、
常闇の懸念に答えた相澤とブラドの言葉に、物間は明らかに「ホッ」と安堵のため息を吐いた。
「直接手を下せないのが残念だ!!」
「ホッ、つったな」
「病名のある精神状態なんじゃないかな」
気を取り直すように物間はまた高笑いをしていたが、その途中でネリエルと目が合い、ぽかんとした表情になる。
「あ……」
「…どうかした?」
「あーいや、その…」
周囲では他校のヒーロー候補生と仮免の枠を競うことについて話しているが、挙動不審になった物間のほうが気になり、ネリエルは彼に歩み寄る。
ネリエルが心配そうに顔を覗き込むと、物間は一度咳払いをしてから芝居がかった仕草で片手を差し出した。
「オーデルシュヴァンクさん。少し気になることがあるんだが、いいかな?」
「私で分かることなら」
「分かること、というか…君の“個性”についてだ」
「……私の?」
首を傾げたネリエルに、物間は先程までとは打って変わって思慮深げな表情をする。
「君の“個性”は、『カモシカ』…脚を大型偶蹄類の体に変えるという力だよね?」
「ええ、そうよ」
「本当に、それだけかい?」
「え?」
虚を突かれたネリエルは目を見開く。物間はコスチュームの腰につけたタイマーを指差してみせた。
「知っての通り、僕の“個性”は『コピー』。
「だいたい…」
「そう、“個性”の性質によっては『コピー』できない、あるいは
言われて、ネリエルは体育祭での騎馬戦を思い出す。
終盤に物間が乗る騎馬とすれ違った際、ネリエルは物間に触れられていた。あれは、『コピー』をしようとしたということだったのだろう。
だが、何か理由があって『コピー』はできず、物間はあの後、ネリエルの“個性”を使う様子は無かった。
「…できなかったの?どうして?」
「さあ?聞いた限りのオーデルシュヴァンクさんの“個性”の性質なら『コピー』できるはずなんだけどね、何でかできなかった。だから、『カモシカ』とは別の何かがあるんじゃないかと思ったんだけど…」
「……おい、もうそろそろ交代の時間だぞ。何やってる」
「あ、先生」
話し込んでいた物間とネリエルの近くに、相澤がぬっと現れる。B組の拳藤も心配そうな表情で近寄って来ていた。
「えーと、ネリエルさん。なんかヘンなことされてない?大丈夫?」
「大丈夫だよ、拳藤さん。“個性”のことでちょっと気になることがあったから話してたんだ」
「…あ、もしかしてネリエルさんの“個性”が『コピー』できなかったってやつ?」
物間は拳藤にも事情を話していたらしい。頷いた物間に、相澤が少し驚いた表情で問い返した。
「『コピー』できなかった?どういうことだ」
「専門家じゃないんですから、分かりませんよ。それに僕ときたら、ほとんどの“個性”は『コピー』できちゃうので、できないほうのサンプルケースが少ないんです」
「何でだろうね…?」
思い当たることといえば『前世』の記憶のことだが、『カモシカ』の“個性”の性質自体に何か影響があるのかはネリエルにも分からない。
首を傾げたネリエルに、物間が再び手を差し伸べた。
「一応、触れるのが十分じゃなかったっていう可能性もある。それと、僕も自分の“個性”への理解は進めたいから、できればもう一度『コピー』を試させてもらえないかと思ってさ」
「ああ、そういうこと。いいよ」
「ちょっ」
ネリエルは手袋を外し、ぽんと物間の手に右手を乗せる。物間以上に隣の拳藤が慌て、ネリエルを物間から庇うようにしながら引き剥がした。
「ネリエルさん無防備すぎ!てかそんな簡単にいいの!?」
「“個性”はとっくに知られてるし、私の『カモシカ』は鍛錬しないと使いにくいよ。“個性”の『コピー』なら、その練度までは複製できないんじゃないかなって思ったんだけど」
「……そうだね、その通りだよ」
ネリエルの言葉を物間はあっさりと認めた。自分の手のひらを眉を顰めて見つめている。
「…やっぱり、『コピー』できてる感じがないような…?あの時は『スカ』だと思ったけど、違うかもしれない…」
「やっぱダメだったの?物間」
「……ああ、うん。『カモシカ』は、コピーできない。あるいは、『コピー』できても僕は使えない。理由はちょっと分からないけど、ひとまずそれははっきりしたよ」
「俺の『抹消』は効果があるぞ。作用する“個性”の系統は、物間の『コピー』と似ているはずなんだがな…」
相澤と物間、どちらも相手の“個性”ありきで“個性”を発揮する二人が、揃って首を捻る。
ネリエルも拳藤と顔を見合わせ、首を傾げて頭の上に疑問符を浮かべた。
「……まあ、“個性”は未だブラックボックスの部分も多い。オーデルと物間、どちらの“個性”に起因しているのかも分からん以上、ひとまずそういうこととして進めるしかない。あるいは、専門機関に調査を依頼すれば何か分かるかもしれないが…」
「いやあ、別にそこまでは。オーデルシュヴァンクさんの“個性”だけってわけでもないですし」
「仮免試験のほうに集中したいです」
「そりゃそうだよね」
物間、ネリエル、拳藤は互いに頷いた。
「検証に付き合ってくれてどうも。君の“個性”を使えないのは残念だけど、僕の手はそれだけじゃないしね。もし戦うことがあれば『コピー』の真髄を見せてあげるよ!」
「すっごく強力な“個性”だよね。楽しみにしてる!」
「煽らないと会話できないのか、アンタは。ごめんねネリエルさん、また喋ろ!」
「うん!拳藤さんも、またね」
体育館の出口に向かいつつ手を振るネリエルに、拳藤は愛想良く笑って手を振り、物間は尊大な態度で腕を組んでいたが、拳藤から後頭部に軽いチョップを受けて渋々と片手を挙げた。
◇
「フヘエエエ毎日大変だァ…!」
「圧縮訓練の名は伊達じゃないね」
「あと一週間もないですわ」
夕飯を食べて風呂に入った後、反省会も兼ねて談話スペースに集まった女子達の輪の中で、ネリエルはゆっくりと体をほぐしていた。
「ヤオモモは必殺技どう?」
「うーん、やりたいことはあるのですがまだ体が追いつかないので、少しでも“個性”を伸ばしておく必要がありますわ」
「梅雨ちゃんは?」
「私はよりカエルらしい技が完成しつつあるわ。きっと透ちゃんもびっくりよ」
「ネルちゃんは…もう色々とできてたね!」
「ん、もうちょっとやりたいことはあるんだけどね」
「すごいな〜!お茶子ちゃんは?」
話を振ってくれる葉隠に微笑みながら答える。葉隠は麗日にも話しかけたのだが、当の麗日はぼんやりとした表情で飲み物を啜っている。
「お茶子ちゃん?」
「うひゃん!!」
蛙吹に肩をつつかれ、麗日は飲み物を噴き出しながら驚いていた。
「お疲れのようね」
「いやいやいや!!疲れてなんかいられへん、まだまだこっから!……のハズなんだけど、何だろうねえ、最近ムダに心がザワつくんが多くてねえ」
そう呟く麗日の隣で、芦戸の顔がぱっと輝いた。
「恋だ」
「ギョ」
珍妙な声を出した麗日は、顔を真っ赤にしてわたわたと手を振り回す。
「な、何!?故意!?知らん知らん!」
「緑谷か飯田!?一緒にいること多いよねえ!」
「チャウワチャウワチャウワ」
「浮いた」
ぎこちなく裏返った声で言いながら、麗日が自身の体を“個性”で浮かせ、空中でくるくると回り始める。
ここまであからさまでは流石にネリエルも気がつき、小さく悲鳴を上げて口を押さえる。
「お茶子ちゃん、やっぱり…?」
「ぜーったいそうじゃん!?誰ー!?どっち!?誰なのー!?」
「ゲロっちまいな?自白した方が罪軽くなるんだよ」
「違うよ本当に!私そういうの、本当…わからんし…」
真っ赤な顔でふよふよと浮かんでいる麗日を見て微笑んでいた蛙吹が、やんわりと制止する。
「無理に詮索するのはよくないわ」
「ええ、それより明日も早いですし、オヤスミしましょう」
「ええーー!!やだもっと聞きたいー!!何でもない話でも強引に恋愛に結びつけたいーー!!!」
「ふふっ!」
恋バナに関しては特に暴走する芦戸に、ネリエルはくすくすと笑う。
「こうなったらネリエルの恋バナ聞いちゃる!!オレンジの人のことは結局どう思ってんのー!?」
「え、えー!?」
ぐりん、と芦戸が急にネリエルに顔と話の矛先を向けた。
オレンジの人、とは黒崎一護のことで間違いない。ネリエルはぽぽ、と頬をピンク色に染めた。
「一護のことは……えっと」
「いちご?オレンジの人、いちごって言うの!?」
「あれ?言ってなかったっけ」
「聞いてないよー!!」
「何?オレンジなのにイチゴ??どういうこと??」
「ちょっとネル!詳しく!」
ネリエルのスマホカバーがオレンジである理由を知らない葉隠が盛大に首を傾げ、眠そうな顔をしていた耳郎まで身を乗り出してくる。
「一つを護る、で一護なの。名前だよ」
「あ、へえー!カッコいいじゃん!ねえ顔は!?顔もカッコいい!?」
「写真とかないの、ネル」
「ないよ、会えてないんだもん。でもたぶん、今の基準でも顔はカッコいいよ」
「ダメだ、ネルちゃんほんとルックスに興味なさすぎ!」
若干自信のなさそうなネリエルの肩を、葉隠が揺すぶる。
ネリエルの自覚は薄いが恋バナが盛り上がりかけたところで、八百万が「皆さん、明日に響いてしまいますわよ」と声をかけた。
深夜に差し掛かりかけていたため、芦戸や耳郎、葉隠は残念そうだが解散となる。
明日からも圧縮訓練は続くため、睡眠時間を削ってしまっては保たないことは体で全員が分かっていた。
「じゃーおやすみ!ネリエル、また絶対恋バナすっからね!」
「馴れ初めとか聞きたい。おやすみ〜」
「私も私も!逃げちゃダメだからね、ネルちゃん!おやすみ!」
「皆好きだね、恋バナ…おやすみ」
◇
芦戸を筆頭に女子達は隙あらば恋バナをしたがったが、圧縮訓練のスケジュールはそれを許さず、あっという間に一週間が経ち、仮免許取得試験の当日となった。
試験会場となる国立多古場競技場にやって来た雄英高校1年A組の生徒達は、辺りを見回す者、深呼吸して落ち着こうとしている者、ただ静かに集中力を高めている者と様々だ。
ネリエルはその中で常と変わらず、薄く微笑みながら軽い足取りで降り立った。
「大きい会場だねー」
「ネル、緊張しないの?ウチしまくりなんだけど…」
「響香ちゃんなら大丈夫だよ。絶対受かる!」
「ありがと、そう考えてなきゃだよね…」
「オイラも緊張しまくりだ…試験て何やるんだろう、ハー仮免取れっかなァ」
耳郎を励ますネリエルを峰田はチラチラと横目で見ている。そんな峰田の後ろから、だるそうに体を折り曲げた相澤が姿を現した。
「峰田、取れるかじゃない。取ってこい」
「おっもっモチロンだぜ!!」
静かな威圧感に、A組の全員が自然と相澤の言葉を聞く姿勢になる。
「この試験に合格し、仮免許を取得できればおまえら
珍しくストレートな相澤の激励と共に、クラスで盛り上げ役の数名が円陣を組み始める。
「っしゃあなってやろうぜ、ヒヨッ子によォ!!」
「いつもの一発決めてこーぜ!」
ネリエルも円陣の中へと入り、友人達とぎゅっと寄り集まる。
「せーのっ、“
「
切島が雄英高校定番の声かけの音頭を取ろうとしていたが、突然背後から上がった大声によって遮られてしまう。
驚いて全員が振り返った先には、大柄な体躯に軍帽を被った男子生徒がいた。
「勝手に他所様の円陣へ加わるのは良くないよ、イナサ」
「ああ、しまった!!」
明らかに他校の生徒であり、同校の先輩らしき人に注意されている。
男子生徒は思いきり体を反らしながらやたらとキレのある動作で腰に手を当てた。
「どうも大変、失礼致しましたァ!!!」
軍帽が吹っ飛び、地面にぶつけるほどの勢いで坊主頭が振り下ろされる。言葉遣いは丁寧だが勢いがものすごい。
「なんだこのテンションだけで乗り切る感じの人は!?」
「飯田と切島を足して二乗したような…!」
上鳴と瀬呂にそう評された男子生徒は、ガバリと顔を上げる。
「東の雄英、西の士傑」
ざわめく周囲からの情報と、ぼそりと呟かれた爆豪の言葉で、ネリエルも男子生徒が纏う制服に見覚えがあることに気づく。
トップヒーローを目指すのであれば、登竜門であり名門として必ず名が挙がる高校の一つ、士傑高校の制服だ。
「一度言ってみたかったっス!!プルスウルトラ!!自分雄英高校大好きっス!!!雄英の皆さんと競えるなんて光栄の極みっスよろしくお願いします!!」
大声でそう叫ぶ男子生徒の額からは、血が滴ってきていた。
「……あ、夜嵐くん」
勢いがよすぎてブレていたため見えにくかったが、ネリエルは男子生徒の顔に見覚えがあった。
「すごい前のめりだな、よく聞きゃ言ってることは普通に気の良い感じだ」
「ネルちゃん、知ってる人?」
「うん。入試の時、同じ会場にいたから」
「…え?ネルちゃんの入試って……」
「推薦だ。昨年度…つまりおまえらの年にそれを受け、トップの成績で合格したにも関わらず、何故か入学を辞退した男だ」
「え!?じゃあ、1年!?ていうか、推薦トップの成績って…」
緑谷が驚いた顔で隣の轟を見る。ネリエルのほうにも緑谷の視線が向いたため、ネリエルは「そうだよ」と頷いた。
「実技でトップだったから覚えてる。私もてっきりB組にいると思ってたけどいなくて、不思議だなって…」
「雄英大好きだって言ってんのに、なんで入学は蹴るんだ…?」
「変なの」
士傑高校の生徒達は、周囲からの視線を気にすることなくぞろぞろと去っていく。
不可思議な邂逅にA組の生徒達は首を傾げつつも、気を取り直して試験会場へ向かう準備を始めた。
ネリエルもスクールバッグに入れた持ち物を思い浮かべ、忘れ物が無いか確認する。
最後に若草色の髪に手櫛を入れて整えていると、
「———ネリエル」