ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクが『ヒーロー』になるまでの物語 作:猫禰捏涅
一瞬で“個性”を解除し、『カモシカ』の体を消して人型になる。
そうして的を小さくして退避しながら、ネリエルは
「……っ違う!?」
しかし、ネリエルの横を駆け抜けたのは霊力の閃光ではなかった。
「
大剣の先がハサミのようにガパリと開き、中に蓄えられていた水の塊を超高速で発射する技。
霊力や霊圧の気配など欠片も無い。
しかし、今までの技と異なり『水を集める』という溜めが無くなり、攻撃が一呼吸早くなっている。
ネリエルの背後にいた幾人かが、渦巻く水の塊を避けきれずもろに攻撃を喰らった。
「ぐぁあっ!!」
「うわぁあぁっ!?」
驚愕と共に、ほんの少しの間だけ動きを止めてしまったネリエルの横をすり抜け、ハリベルは倒れ込んだ者達の元へと走る。
既に二つのターゲットを光らせられてしまっていた候補生を見つけ、素早くボールを残り一つのターゲットに押し当てて脱落させた。
つまり、ハリベルはこれで第一次選考を突破である。
「ちょっと、ハリベルー!」
「ふふ」
『カモシカ』へと再度変身しつつ着地し、抗議の声を上げるネリエルに、ハリベルが小さく笑う。
「もうっ!からかったの?」
「流石にそれだけではないさ。さっきの技名で回避を選択できるのは、お前ぐらいのものだ。最初から狙いは後ろに付けていた」
「ちょっとはからかってるんじゃない!」
「何より、あれ以上おまえと戦っていたら、また先生に『戦闘に集中しすぎるな』と怒られてしまう」
ネリエルは「あ」と口を開け、少々慌てながら槍を操って大きく振り回した。
「うぐぅっ!!?」
「
展開されるツメで対象を捕獲、ワイヤーを巻き上げて一人の生徒をあっさりと無力化しながら回収したネリエルに、ハリベルが「ほう」と感嘆の息を溢す。
「よっ、と」
「あぁぁぁあ〜……」
身動きが取れなくなった候補者のターゲットは、残り二つが光っていなかった。
ネリエルはぽんぽんとボールをそれらに当て、二人目の脱落者を作り上げる。
「これでよし!私も、攻撃に意識が寄りすぎってまた注意されちゃうところだったよ」
「なんだ、悩みは一緒だったか」
そう肩をすくめるハリベルのターゲットは三つとも光り、控室へ案内する音声が流れ出している。
ネリエルのターゲットも同じように全て光り、試験会場から早く離脱するよう促された。
自然と二人は横に並んで歩き出す。
「もう、本当にびっくりしたんだからね」
「そう拗ねるな。しかし、
ム、とネリエルは口をへの字に曲げる。それを見たハリベルはくすりと笑った。
「私とてその気持ちは味わってきているぞ。お前よりも少し多く、な」
「あ、それもびっくりした。ハリベルが先輩ってなんだか変な感じ!」
「何故なのか理由は全く分からんが、まあ一年など僅かな差だ」
まだ周囲には生徒が大勢いるため、言葉には気をつけつつ話すが、二人の話題は尽きない。
『けっこう状況動いてます!現在通過者、52…あ、53名!続々出てます!二人以上を脱落させた者もいる為、脱落は230名!そして今54人出ました、あと半分切った!早く!終われ!』
仕事を終えて早く帰りたい雰囲気を隠さない目良のアナウンスが会場に響く。
「けっこうペース遅いね」
「そうだな。連携して動いている者が多いのだろう」
「私は“個性”の都合で
「いや。士傑生はあまり集まりすぎるな、と指示されていたんだ」
「へえー!私、何も言われなかったよ」
「雄英は自由な校風が売りだろう。士傑はその逆、規則と責任を重視している」
ハリベルは左手で制帽の位置を直す。
「この帽子も、自律を促すために着用を義務づけられているんだ」
「そうなんだ!それカッコいいよね」
「それなりに気に入っている。…アパッチ達も、似合っていると褒めてくれたからな」
「…!」
エミルー・アパッチ、フランチェスカ・ミラ・ローズ、シィアン・スンスン。
ハリベルの
「…私のこと、覚えてるかな?」
「いや、覚えていない。…おまえのほうは?」
「覚えてないよ。でも…ずっと一緒にいてくれるから、それでいいの」
「ああ……私もだ」
抽象的な会話だが、それで二人はお互いの
それでもハリベルはネリエルと同じく穏やかな顔をしており、
そこから無言で、しかし心地の良い沈黙を保ったまま『ANTE ROOM』と看板が掲げられた通過者用の控室へと入る。
ネリエルと同じく、早々にクラスメイトの輪からは離脱していた轟が先に控室の椅子に座っており、ネリエルに気づいて片手を挙げた。
「お。オーデル」
「お疲れ様!」
「お疲れ。…どうも」
ハリベルに向かって轟は小さく頭を下げる。
「早いね、轟くん」
「ちょっと走ったらすぐ囲まれたから、迎え討ってた。三つ目を当てるのが結構面倒だったな」
「そうだよね」
轟の言葉にネリエルは深く頷いた。
隣で、ハリベルは奥にいた夜嵐の大きな話し声に振り返っていた。
「夜嵐、もう少し声量を落とせ」
「あっ、ハリベルセンパイ!スミマセン!」
「だから、声が大きい」
「あっちにあるキーでターゲット外せる。ボールバッグも一緒に棚に戻せってよ」
「ありがとう!」
ハリベルと揃って控室の奥に行き、それぞれの体に装着していたターゲットを外す。
ボールバッグも棚に返していくらか身軽になった二人は、テーブルに置かれていたスポーツドリンクを手に取った。
「ちょっとお腹空いてきちゃったなー」
「ふ…相変わらず食べるのが好きだな」
「大好きだよ!
「
ハリベルもネリエルと同じく、味も色彩も豊かな現世の食事を楽しんでいるようだった。
『66…68名通過!残りは32名です!』
「あ、皆!」
控室の中に人が増えてくる中に友人達の姿を見つけ、ネリエルは大きく手を振った。
「あっ、ネル!お疲れー」
「ネリエルさん!やはり通過されていましたのね」
「さすがね、ネリエルちゃん」
共に動いていたらしい耳郎と八百万、蛙吹、障子が揃っている。
雄英生が増えたことで、自然とネリエルの隣にいるハリベルに視線が集まった。
「ハリベルさん…でしたでしょうか」
「ああ。一応士傑の二年だが、気にしなくていい。ただのネリエルの友人だ」
「うわわ…ネルもすごいけど、ハリベル先輩もすっごい…」
耳郎は口元を押さえ、ハリベルのスタイルに目が釘付けになっている。
ハリベルが耳郎を見て、コスチュームの襟元から覗く鋭い目元をほんの少し和らげた。
「体育祭、見ていたよ。ネリエルといい連携をしていたな」
「ほぁ!あ、あれはネルがマジでうまくて…」
「ハチマキの取り合いをずっとやっててくれたのは響香ちゃんでしょ!」
「わっ」
ぎゅ、と抱きついたネリエルに、耳郎は少し照れ臭そうながらも誇らしげに笑った。
巻きついたネリエルの腕をぽんぽんと叩く。
「あれおもろかったし、またやってみたいよね。今回は個人戦だったけど、チーム戦とかあればさ」
「うん、私も楽しかった!」
『現在79名!ガンガン進んでいい調子ですよ———』
話しているうちにも通過者はどんどん増えていき、控室が人で埋まっていく。
ハリベルはその中に同級生を見つけて歩み寄っていった。
「毛原」
「ああハリベル。さすが、早いな。……肉倉は?」
「いない。そちらと一緒じゃなかったのか?」
「一人でどこかに行ってしまったんだ。…なる程。嫌な予感がするね」
身体中が毛で覆われた士傑の生徒とハリベルは何やら話し込んでいる。
装備を外し、スポーツドリンクを口にしている八百万が疲れた様子でため息をついた。
「ふう…あと21枠ですか。まだ残っているようで、すぐに埋まってしまいそうですわね」
「あちこちで乱闘が起きていた。轟やオーデルのように、単独で速攻を狙うのも正解の一つではあったな」
「ええ、ぐちゃぐちゃでもう何が何やら、という感じだったわ」
「雄英生というだけで狙われましたもの。皆さま、無事に切り抜けられているとよいのですが…」
八百万達はチームで連携していたものの、通過するまでに相当苦労したらしい。
『さて立て続けに3名通過、現在82名となり残席はあと18名ー!』
終盤に近づいてきて、逆に実況のテンションが少し上がっている。
そのアナウンスの後に控室に入ってきたのは、爆豪と切島と上鳴、緑谷と麗日と瀬呂でそれぞれ動いていたらしい計6人だ。
八百万がほっとした表情で真っ先に駆け寄っていく。
「皆さん、よくご無事で!心配していましたわ」
「ヤオモモー!ゴブジよゴブジ!つーか早くね皆!?」
「俺たちはついさっきだ。轟とオーデルが早かった」
「爆豪も絶対もういると思ってたけど、なる程!上鳴が一緒だったからか」
「はァ!?おまえちょっとそこなおれ!」
「ターゲットを外すキーが奥にあるわ。ボールバッグと一緒に返却棚に戻せって」
一気に雄英生が増えたことで周囲が騒がしくなる。
「A組はこれで12人か。あと9人」
「アナウンスでは通過82名…枠はあと18人…。飯田さん、大丈夫かしら…」
「飯田くん…?」
「モモちゃん、飯田くんがどうかしたの?」
「それが…」
八百万が説明したところによると、飯田はその機動力を活かし、他校の生徒に分断されてしまったA組を集めようと奔走していたらしい。
自分のことなど気にもせず、フィールドを駆け回る飯田のおかげで、八百万達もうまくチームアップが機能するようになった、と。
「飯田くんらしい、ね…」
「そやけど、もうあと少ししか枠が…」
『ハイ、えーここで一気に8名通過来ました———!残席は10名です』
飯田と特に仲のいい緑谷と麗日が、響いたアナウンスを聞いて眉を下げる。
「A組は…」
「あと9人…これ…全員はもうムリかなあ…」
耳郎もアナウンスを聞きながら、残念そうにぽつりと呟いた。
『2名通過!!残りは8名!!——7名!5名!続々と!この最終盤で一丸となった雄英が!コンボを決めて通っていく!』
しかし悲観的な予想を覆し、実況でA組の生徒達がどんどん選考を通過していくことが伝えられ、皆の顔が明るくなる。
「え」
「マジか!!」
「コレいけるんじゃね!?」
「いやまだわかんねーよ!」
『0名!100人!!今埋まり!!終了!です!ッハ——!!』
今までで一番テンションの高い実況と共に、第一次選考の終了が告げられる。
『これより、残念ながら脱落してしまった皆さんの撤収に移ります』
「コレどうなった…!?」
「わからん、こっちに来ないことには…!」
固唾を飲んでA組の生徒達が控室の入り口を見つめる。
しばらくして控室の扉が開き、入ってきた10人のうちなんと9人が雄英生だった。
「えっ!?すごい!!」
「マジか、えっこれ…全員通った!?」
さすがに驚いたネリエルと、指差して人数を数えた耳郎の側にハリベルが寄ってくる。
「毎回マークされるらしい雄英が、全員通るとは。私のクラスメイトと違って優秀だな」
「ハリベル。あれっ、士傑は落ちちゃった人がいるの?」
「ああ。肉倉というんだが、一人で突っ走ったようなんだ。士傑の帽子を被った、糸目の男を見なかったか?」
尋ねられ、ネリエルと耳郎は首を横に振る。
「見てないよ」
「ウチも見てないス」
「そうか、ありがとう。まったく、アイツは…」
全員が通ったことに歓喜するA組の生徒達を見ながら、ハリベルは小さくため息を吐く。
「ちょっと…問題のある人なの?」
「影響を受けやすくて、思い込みが激しい。ステインと…神野の事件以降、特に顕著でな。優秀ではあるんだが…」
『えー100人の皆さん、これご覧下さい』
控室に響いたアナウンスに顔を上げ、パッと光ったスクリーンを見る。
脱落してしまった候補者達が撤退し、無人になったフィールドが映し出されている。
何事かと見ていると、ビルや岩山の上部分が爆破されていった。
「え!?」
「何故…」
どんどんフィールド全体が爆破されていき、災害を受けた地域のようにあらゆる建造物が崩れた状態になる。
『次の試験でラストになります!皆さんにはこれからこの被災現場で、バイスタンダーとして救助演習を行ってもらいます』
「救助、演習…!」
「パイスライダー…?」
「現場に居合わせた人のことだよ。授業でやったでしょ」
「一般市民を指す意味でも使われたりしますが…」
授業のことを思い出し、ネリエルは最終試験で求められていることを大凡理解する。
『ここでは一般市民としてではなく、仮免許を取得した者として——…どれだけ適切な救助を行えるか、試させて頂きます』
「む…人がいる…」
「あ、ホントだ」
「え…あァ!?」
障子の言葉でネリエルも気付き、全体的にぐちゃぐちゃになったフィールドに向かって歩いていく大勢の人々の姿を見つけた。
「あアア!?老人に子ども!?危ねえ、何やってんだ!?」
『彼らはあらゆる訓練において、今引っ張りダコの
薄汚れた格好をした彼らは、災害現場から逃げるのではなく、慣れた様子で逆にその奥へと入っていく。
『傷病者に扮した「HUC」がフィールド全域にスタンバイ中、皆さんにはこれから彼らの救出を行ってもらいます。尚、今回は皆さんの救出活動をポイントで採点していき、演習終了時に基準値を超えていれば合格とします。10分後に始めますので、トイレなど済ましといてくださいね——…』
「…なる程な」
ネリエルの隣でハリベルが一つ頷いた。
「ネリエル、また後で。この内容ならどこかで協力することもあるだろう」
「あ、うん!」
「……ああ、それと」
士傑高校の生徒達の元へ戻ろうとしていたハリベルが、足を止める。
ハリベルはそっとネリエルの耳元に顔を寄せ、囁いた。
「…先程はブラフで
「え」
「
○ティア・ハリベル
ヒーロー名はもちろん『ティブロン』。
“個性”は『
“個性”で集める水は常に高速で渦巻いているという特徴がある。速度や威力を高められるのは長所だが、多少速度を調整できるだけで渦巻くのは止められないので、操作を誤ると自分にも味方にも怪我をさせてしまうのが短所。
一度に集められる水は
その落ち着いた責任感のある性格からクラスの副委員長に選ばれ、毛原 長昌(委員長)を補助している。
思春期の高校生という未知の生物に、そこそこ振り回されている様子。
○3獣神
三人共
アパッチとスンスンはハリベルより一つ年下、ミラ・ローズは同い年。
それぞれの“個性”は、アパッチが『大鹿角』、ミラ・ローズは『獅子牙』、スンスンは『蛇感覚』であり、それぞれかつての
残念ながらどれも攻撃力が高くなく、ハリベルと同じ士傑高校ヒーロー科を目指したが合格できなかった。学力が足りて普通科に合格できたスンスン以外の二人は別の高校。
それでも、将来はハリベルのサイドキックになるかサポートで支えたいと努力している。