ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクが『ヒーロー』になるまでの物語 作:猫禰捏涅
被災現場、と聞いて記憶に新しく思い出されるのは、神野区における
オールマイトとトップヒーロー、警察らが協力して『脳無』を掃討するまでには約二時間だった。
しかし、さらにそこから住民全員の安否確認をし、神野区の被害状況の全容を把握するには約三日もの時間がかかったという。
さらに街の復興には年単位の時間がかかるが、これでも災害対応に適した様々な“個性”が使われることで、相当に短縮されている。
ネリエル達ヒーロー候補生に求められているのは、神野のような大規模な災害に居合わせた者として、その後に繋がる対応をどれだけ早くできるか、という動きなのだろう。
「災害の初動対応…か」
周囲は何やら騒がしいが、ネリエルは静かに集中を深めていた。
先程の第一次試験でも出そうになった、ネリエルの
戦闘があればそちらに集中しすぎてしまう、というのは担任の相澤、格闘訓練のエクトプラズム、さらにオールマイトからも度々注意を受けている部分だ。
その意識を『今』に於いて改善するため、そして『救助』に高い適性があると評された“個性”を活かすため、ネリエルは様々な思索を巡らせていた。
そんな中、控室にジリリリリ、と巨大な警報の音が鳴る。
同時に、ネリエルは表情を引き締めて『カモシカ』へと変身した。
『
端的に演習の
「響香ちゃん!」
「…! オッケー!」
ネリエルは耳郎の名前を呼び、『カモシカ』の背中に鞍のサポートアイテムを展開した。察した耳郎が、素早くネリエルの背中によじ登る。
耳郎の体を支えつつネリエルは周囲を見回し、さらに
『道路の損壊が激しく、救急先着隊の到着に著しい遅れ!』
「障子くん、乗って!被害の大きそうな区域に、私が二人を
ネリエルが声をかけた耳郎と障子は、A組の中で飛び抜けて索敵能力が高いが、同時にそれほど機動力は無い二人である。
当然の如くネリエルは二人の
「大丈夫なのか、俺は重いが」
「平気だから、早く!」
『到着する迄の救助活動は、その場にあるヒーロー達がとり行う』
体育祭でチームを組んだ耳郎はスムーズだったが、障子は戸惑っている。
しかし、案に乗ることを決めたらしい障子はネリエルの背中に跨った。
『一人でも多くの命を救い出すこと!!!』
スタートの号令と同時に四つ足で地面を蹴り、爆発的な勢いで飛び出す。
「うお…っ」
「障子、ウチのことも支えて!」
「あ、ああ!」
ある程度慣れていた耳郎に対し、後ろに体を逸らしかけた障子は慌てて触腕を伸ばして鞍をしっかりと掴み、体を安定させ直している。
「とりあえず一番近くの都市部ゾーンへ行こう!なるべくチームで動くぞ!」
巨体ではね飛ばしてしまわないよう気をつけながらも、A組のクラスメイト達と共に動く。
「早速子どもが!!」
「ひっ、ひっ、ひ、あ゛あ゛あ゛あ゛んたすげでええ!!」
「あっち…!おじいちゃんが!!ひっ、潰されてえ!!」
「ええ!大変だ!!どっち!?」
「なァんだよそれえ減点だよォオ!!!!まず私が歩行可能かどうか確認しろよ、呼吸の数もおかしいだろォ!?頭部の出血もかなりの量だぞォ!?仮免持ちなら被害者の状態は瞬時に判断して動くぞ」
「そういう事…!」
採点を行うのは「HUC」であることを、ネリエルは理解する。
「こればかりは訓練の数がものを言う!!視野広くぅ、周りを見ろォ!!」
「誰か、その子をお願い!響香ちゃん、向こうの空いてる場所に下ろすね!そのあたりで索敵を!」
「りょーかい!」
少し走った先、崩落した家屋の群れの近くで耳郎を背中から降ろす。
これほど大規模な災害対応の訓練をしたことがない一年生であるA組の生徒達に比べ、上級生らは既に救助のために行動を始めている。
「無理はしないで、力仕事は他の人に任せてね」
「分かってる、何かあったらスピーカーで叫ぶから!」
それに追いつかんと、ネリエルの背から滑り降りた耳郎は早速地面に『イヤホンジャック』を突き刺し、彼女に最も適した役割である索敵に徹し始めた。
「オーデル、恐らく向こうのマンション近くに要救助者が多い」
「了解、そっちで下ろすね。道中にもいたら教えて、私が運ぶから!」
「ああ」
『複製腕』で耳を増やし、あちこちに向けて伸ばしていた障子の言葉に従い、ネリエル自身も強化された聴覚で耳を澄ましながら走る。
奥のマンション群は、控室の近くで人が多かった住宅街エリアと異なり、まだ救助者の人数は揃っているとは言えなかった。
「そこの瓦礫の下にいる!」
「すぐに助けよう!」
「俺らもやるぞ、どこだ!?」
「パワー系、手伝え!」
偶然だが、高い索敵能力と共にかなりのパワーも持ち合わせる障子を連れてきたのが功を奏した。
手伝おうと集まってきた候補者達と、背から降りた障子もネリエルと共に大きな瓦礫へと取りつく。
「大丈夫だ、そのまま持ち上げろ!」
「いくぞ…せぇ、の!!」
他の瓦礫が崩れてこないかを気をつけつつ、声を合わせて瓦礫を動かしていく。
ネリエルは四足のまま
「いた、奥だ!」
「私行くよ、支えてて!」
一人の候補生が“個性”の作用か体を瞬時に縮め、空いた隙間の中へと飛び込んでいく。
こういった判断の早さという部分では、上級生達はネリエルらよりもやはり一歩進んでいる。
「高齢の女性!恐らく脚を骨折してる…けど、頭部は大丈夫、受け応えもしっかりしてる!このまま救護所まで運んで!」
「私が運びます!」
瓦礫の奥から聞こえてきた声に、ネリエルはすぐさま声を上げた。
運ぶとなれば、その場にいる候補生達の中でネリエル以上に適した“個性”の者はいない。
「よい、しょ…!うん、じゃあキミ、よろしく!あんまり揺らさないようにね!」
「はい!障子くん、あとよろしく」
「ああ」
瓦礫の奥から助け出されてきた要救助者を受け取り、ネリエルはしっかりと両腕で抱え込む。
「大丈夫、すぐだから…!」
「ヨシ……」
呻いていた「HUC」の人が小さく呟いていたが、ネリエルは気にせず勢いよく駆けていく。
すぐに救護所に設定されている控室が見えてきて、傷病者への対応をしている候補生が、駆け込んだネリエルに気がついた。
「怪我の程度は!?」
「高齢女性、足の骨折です。頭部に負傷はなし、受け応えもできてます」
「分かった、骨折なら向こうで対応してもらって!」
「はい!」
指示された場所に女性を運ぶと、受け取った候補生が「アンタは早く他のとこ行って運んでこい!」と叫ぶ。
ネリエルは頷き、再び現場へと駆け出した。
「今回は、運ぶのが私の役目…!」
見た目にも分かりやすく運搬能力の高いネリエルには、すぐにあちこちから声がかかった。
「この人、救護所まで運んでもらえる!?」
「はい!」
「こっちは軽傷だが気分が悪いらしい!いけるか?」
「大丈夫です、背中にももう一人いけます!」
「なら、この人を!」
「運びます!しっかり掴まって」
腕に二人、背中に一人を乗せてネリエルは救護所へと駆け戻る。
ネリエルが運搬役に徹することを察した他の候補生が、素早く傷病者達を受け取り、すぐさま送り出してくれた。
「その人、運びます!」
「いや軽傷だ、そのまま徒歩で行ってもらう。それよりあっちのビル街のほうを見てきてくれ!」
「はいっ!」
慣れている様子の候補生の指示に従い、ビル街のほうへと駆け出そうとする。
その瞬間、巨大な破砕音と共に救護所近くの壁が爆発した。
「———っ!?」
同時多発的に、あちこちから爆発音が響いてくる。
ネリエルは、爆破されたフィールドの映像と、
「マジかよ…!!」
「ギャングオルカ!」
周囲から上がった悲鳴と、救護所にいた緑谷の叫びに、ネリエルもヒーローチャートにあった名前を思い出す。
「『シャチ』の“個性”の…!!」
チャートにおいて高いランクを維持しているだけでなく、動物系の“個性”を持つヒーローとして、情報を調べていたことがある。
ネリエルは最大限の警戒と共に、背中に収納していた
「…っ、いえ、ダメね」
しかし、首を振ってギャングオルカに向かって駆け出そうとしていた足を止める。
『
「どう動く!?ヒーロー!」
つい攻撃へと傾きそうになる意識を正し、
「もっと対ギャングオルカに適した人はいる、それよりも私は…!」
ネリエルが以前調べた情報からして、ギャングオルカの弱点は乾燥である。
轟や爆豪のような炎・爆発系の“個性”等のほうが、ネリエルよりも余程適しているだろう。
「皆を避難させろ!奥へ!
「真堂…さん!?」
試験前にA組に声をかけにきていた、傑物学園高校の生徒が素早く指示を出す。
「インターバル1秒程の震度でたたみかける!」
振動と共に地面が大きく割られたが、ギャングオルカは瞬時に距離を詰めてきた。
キィン、という超音波による攻撃で、真堂がほんの僅かしか粘れず倒されてしまう。
「…っ!」
「この実力差で、殿一人…?なめられたものだ…!」
人部分の背に一人、『カモシカ』の背に一人、さらに両腕に小柄な人間二人を抱え、ネリエルは救護所の奥へと傷病者達を避難させていた。
自分が抑えるべきか、と一瞬迷った瞬間、横合いから大規模な氷の槍が撃ち込まれてくる。
「轟くん!」
轟の“個性”によって氷の壁ができた後ろから、クラスメイト達が駆けつける。
「緑谷、オーデル!避難か!?手伝う!」
「皆!どこにいたの!?」
「向こうの水辺付近さ!皆、街の方に行ったから手薄なとこにいたんだが、
「それよりも、早く運んで!」
「わ、ネル!人だらけ!手伝う手伝う!」
合計四人も運んでいるネリエルの声に、芦戸が近くに座り込んでいた傷病者に肩を貸し、尾白や常闇も避難を手伝い始める。
「ふぅきィイイイイ飛べえええっっ!!!」
その時、上空から大声と共に突風が吹き込んできた。
「
雄英への入学を蹴って士傑生になったという異端児、夜嵐である。
「今のうちに!」
「うんっ!」
範囲攻撃に長けた轟と夜嵐、うまく連携できれば
「もうちょっとだ…!」
「バリケードが作られてる、その向こうに!」
足の早いネリエルはバリケードの向こうに四人の傷病者を下ろし、さらに別の傷病者を避難させるべく引き返す。
「…オイ、何やらあの二人…言い争いをしていないか?」
『
「ハァ!?」
「…してるね。こんな時にどうして…」
ネリエルの耳にも、夜嵐と轟が言い争う声は聞こえていた。
二人ともそれぞれの“個性”で攻撃しようとしているが、轟の炎は風でかき消され、夜嵐の風は熱で浮いて狙いが定まらなくなってしまっている。
「…っ、止めてくる!」
“個性”で強化された身体能力で傷病者を運び終えた緑谷が、二人に向かって飛び出していく。
以前は攻撃するたびに腕や拳を壊してしまっていた緑谷は、蹴りをメインにしたスタイルへと変更し、大幅に機動力も攻撃力も上がっている。
彼を信じて任せ、ネリエル達は傷病者の避難に集中した。
「もう少し、あと数人だ!」
「バリケード強化しねえと…!」
「誰かいける“個性”の奴!」
大半の候補生も避難を完了させようと努力している。
だがその間に、轟と夜嵐はギャングオルカの超音波攻撃と、サイドキック達のセメントガンによって行動不能にさせられてしまっていた。
「まずい…、っ?」
大勢の傷病者をバリケードへの向こうへと運び込みながら、
見上げた先には、金の髪を靡かせ、白い大剣を振り上げたハリベルの姿があった。
「——ハリベル!」
足の裏を水の渦で支えながら宙に浮いているハリベルが、大量の水を頭上に集めている。
「
大剣の振り下ろしと共に、ネリエルとの戦闘時よりも大規模な、渦巻く大瀑布がギャングオルカ達を襲う。
同時に、水であるが故に轟の炎を打ち消し、夜嵐の風もその大質量によって散らしていた。
「士傑の…っ!」
「どいてろ」
緑谷が取り残されてしまっていた真堂の襟首を掴んで離脱したが、動けなくなっていたはずの真堂が手を動かして地面を割り、さらに
「ハリ、ベル…センパイ…!!」
「無様だな、夜嵐」
「ぐぅ…!っでも、アンタじゃ…オルカには、相性が…!!」
ギャングオルカの攻撃によって倒れている夜嵐を、ハリベルは再び水を集めながら冷たい視線で一瞥する。
「相性が悪かろうが、ろくに連携が取れていない貴様らよりはマシだ。…
水の槍が
真堂が割った地面をさらに深く抉り、足元を悪くしていく。
「ドリルのような…しかし、水か。フフ」
「触れれば切り裂かれるぞ」
大剣に纏う水を高速で渦巻かせながら、ハリベルが不敵に笑うギャングオルカの目前へゆっくりと降りてきた。
「ハリベルが止めてくれてるうちに!」
「ああ、早く避難を済ませよう」
ハリベルは明らかに囮となるために、堂々とした態度で視線を引きつけながら立っている。
「かかれぇ!」
「やんべやんべー!」
「全員ゴチゴチに固めてやんよお!」
先攻して襲いかかってくるギャングオルカのサイドキック達は、携えたセメントガンをハリベルに向かって次々と撃ち込む。
「ふ…っ!!」
それを水の槍で時に撃ち落とし、時に身を翻して避けながらハリベルは捌いていく。
「…っ!!」
「ク、ソォ…っ!!!」
そんなハリベルを援護するように、力無く倒れながらも轟が発した炎と、それを巻き込むように夜嵐の風が立ち上った。
「…ほう」
サイドキック達の後方で機を伺っていたギャングオルカが、炎の渦に閉じ込められる。
「おい後ろ!後ろ見ろ!」
「シャチョーが炎の渦で閉じ込められた!」
「マズくないか!?」
「シャチっぽいシャチョーは、乾燥に滅法弱い!!」
「…ならば」
そう焦るサイドキック達を、ハリベルは“個性”を使うことなく、鮮やかな踏み込みと共に大剣を振り抜いて殴り倒す。
「ぐわーー!?」
「ぎゃあ!!」
「そっちはいい!とりあえず
炎を止めないために『
しかし、『半冷半燃』である轟は氷の壁でそれを止め、地面に倒れたまま対応してみせた。
「ヘルプに戻るか」
「いや待て!」
救護所のほうを襲撃するか、ギャングオルカの援護に戻るか迷ったサイドキック達を、飛び込んできた緑谷が蹴り倒していく。
「ぐおェ!!!」
「はっ!」
「い゛っ!!?」
ネリエルも緑谷とほぼ同時に現着し、ハリベルに向かって撃たれようとしていたセメントガンを腕ごと叩き落とした。
「借りる!」
「尾白くん!」
「怪我人の避難済んだって!すぐにもっと加勢くるぞ!」
少し遅れて駆けつけた尾白も、セメントガンを逆に利用して何人かのサイドキックを固め、さらに蹴りを入れて一人無力化する。
「加勢する!」
「きたよーっ!!」
常闇、芦戸も対
「あとは怪我人の安全確保…!」
「こいつらの排除だ!」
傷病者を避難させ、怪我人も後ろに退かせれば他の候補生達も参戦できるようになる。
新技の“保護色”で潜み、不意打ちで何人ものサイドキックを倒した蛙吹、“個性”で毛を大量に伸ばした毛原によって、次々に
「ふ…っ!」
「はぁっ!」
ネリエルとハリベルは、自然と互いの背中を預けるような位置を保ちながら、槍と大剣で
もう少しでギャングオルカが閉じ込められた炎の渦に辿り着く、となったその時、炎も風も内部から発せられた超音波攻撃によって霧散させられた。
「で?次は?」
炎と風による乾燥は、装備していたボトルの水を被ることで克服される。
同時に放たれた超音波は、攻撃を打ち消すと同時に近くまで迫っていたネリエルとハリベルの耳も劈いていた。
「…っ!いた…っ」
特に聴覚が強化されているネリエルは、苦痛に顔を歪める。それでも槍を大きく肩の後ろに引き、穂先をギャングオルカに向けた。
ネリエルの隣でハリベルも大剣を突き出し、水を集めている。
必然、ギャングオルカの視線はその二人へと向かう。
「二人から———離れて下さい!!!」
派手に暴れる二人が注目を集める一方で、こっそりとギャングオルカの後ろに回っていた緑谷が、奇襲をかけた。
「…っ!!」
声を上げたことで完全とは言い難いものになってしまっていたが、それでも超パワーで蹴りが放たれる。
腕で蹴りは防いだものの、じりりと押されたギャングオルカに向けて、ネリエルとハリベルが同時に構えた。
「———っ
「
その瞬間、ビ———ッという警報と共にアナウンスが会場中に響いた。
『えー只今をもちまして、配置された全てのHUCが危険区域より救助されました。まことに勝手ではございますが、これにて仮免試験全工程、終了となります!!!』
ガシャン、ガシャンとそれぞれの得物を下ろす。
ネリエルは『カモシカ』を解除し、ハリベルは集めていた水を霧散させ、二人は視線を合わせて僅かに微笑んだ。
ハリベルが水の渦を使って若干浮いてましたが、ほんの少し滞空できるだけで自在に飛べはしません。そのため、大規模な