ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクが『ヒーロー』になるまでの物語 作:猫禰捏涅
「どうかなァ…」
「やれることはやったけど…どう見てたのかわかんないし…」
コスチュームから制服へと着替えたネリエル達は、結果発表のなめに今一度フィールドへと戻ってきていた。
ぐちゃぐちゃになっていたフィールドは少し片付けられ、開けた場所に大きなスクリーンと司会用の舞台が設けられている。
「こういう時間いっちばんヤダ」
「響香ちゃんなら通ってるよ!救助演習、大活躍だったんでしょ?」
「ええ、人事を尽くしたならきっと大丈夫ですわ」
ネリエルも多少緊張しているものの、ガチガチになっている耳郎ほどではない。
『皆さん、長いことお疲れ様でした。これより発表を行いますが…その前に一言』
いよいよ結果発表が始まった。
スクリーンの前に立った目良が、言葉と共に指を二本立てる。
『採点方式についてです。我々ヒーロー公安委員会と、HUCの皆さんによる、二重の減点方式であなた方を見させてもらいました。つまり…危機的状況でどれだけ間違いのない行動をとれたかを審査しています。とりあえず、合格点の方は五十音順で名前が載っています。今の言葉を踏まえた上でご確認下さい…』
巨大なスクリーンに、名簿が表示される。
「えっと…『オ』かな、『ネ』かな…?」
ネリエルの場合、前者なら先頭近く、後者なら中間あたりになる。
ひとまず名簿の右上あたりを見てみると、「お」の先頭に「ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンク」という記載があった。
「…あった!よかった〜!」
「峰田実!あったぜ!」
「あったァ…」
「あるぞ!!」
「よし…」
「コエ——」
「麗日ァ!!」
「フッ」
「よかった…」
「メルスィ!」
「あったぜ!」
「わー!!」
「点滴穿石ですわ」
「ケロッ」
「やったー!!」
「っしェーい!!」
「あった…けど」
A組のほぼ全員から歓喜の声が上がる。
「ねえ!!」
対して、ギリギリと歯を食いしばって悔しさを隠さない爆豪と、静かな表情のままの轟の名前は、合格者一覧に載っていなかった。
「轟!!」
ぼんやりと他のクラスメイト達を見ていた轟のもとに、夜嵐がずんずんと歩いてくる。
一拍置いて、夜嵐が勢いよく頭を下げた。
「ごめん!!あんたが合格逃したのは、俺のせいだ!!俺の心の狭さの!!ごめん!!」
「元々俺がまいた種だし…よせよ。おまえが直球でぶつけてきて、気付けた事もあるから」
地面に頭をぶつけるほど深く腰を折った夜嵐の後ろから、ハリベルも雄英生達のもとへと歩いてくる。
「轟…落ちたの?」
「ウチのツートップが両方落ちてんのかよ!」
「こちらの馬鹿のせいでな」
はあ、とハリベルが深いため息をつく。頭を下げたままだった夜嵐の肩がびくっと跳ねた。
「暴言改めよ?言葉って大事よ」
「黙ってろ、殺すぞ」
「両者ともトップクラスであるが故に、自分本位な部分が仇となったわけである。ヒエラルキー崩れたり!」
明らかに轟を見下した表情をしていた峰田は、飯田によってそっと顔の向きを変えられた。
「ひとまず、貴様は鍛え直しだな」
「ヒッ」
「いつまでうずくまっている?さっさと姿勢を正せ」
「う、うっス!」
冷たく言い放つハリベルに、夜嵐は怯えながらビシッと背筋を伸ばした。どうやらハリベルに相当厳しく扱かれているらしい。
『えー全員ご確認いただけたでしょうか?続きまして、プリントをお配りします。採点内容が詳しく記載されていますので、しっかり目を通しておいて下さい』
「オーデルさん」
「はいっ」
「尾白くん」
「は、はい!」
「上鳴くん」
「うーっス!!」
「切島くん」
「あざっス!」
「よこせや…」
「そういうんじゃねェからコレ…」
五十音順に配られてきたプリントを受け取り、早速内容を読む。
『ボーダーラインは50点、減点方式で採点しております。どの行動が何点引かれたか等、下記にズラーっと並んでます』
「86点…!」
「ネル、マジで?すごいじゃん!」
「わ、ありがとう!響香ちゃんは?」
「ウチ、81点。つかヤオモモやばいよ、94点!」
「えっ、すごい!」
誇らしげな八百万のプリントには、減点された項目の部分がほとんどない。
対してネリエルは、要救助者の優先順位の付け方がうまくできていなかったこと、最終盤の戦闘で避難の手を止めてしまったこと等から減点されていた。
「やっぱり、戦闘は他の人に任せるべきだったってことだね」
「まーでも、それ以外は応急手当の知識とかで改善できそうじゃん?ウチもその辺まだ弱いって言われてるんだよね」
「まだ一年生ですし、応急処置の訓練などはまだ行われていませんもの。その辺りはこれからですわ」
全員にプリントが行き渡ったのを確認して、目良の話が再開される。
『合格した皆さんは、これから緊急時に限りヒーローと同等の権利を行使できる立場となります。すなわち、
淡々と、しかし重要な内容の演説が続く。
『皆さんご存知の通り、オールマイトという
オールマイトの名前が出たことで、全員が様々な感情と共に表情を変える。
何故なら、オールマイトの引退は既に秒読みと言われており、近日中に引退会見が行われることが噂されていたからだ。
『次は皆さんがヒーローとして、規範となり抑制できるような存在とならねばなりません。今回はあくまで、
A組の視線が自然と爆豪、轟の両名へと向かう。
『点数が満たなかったからと、しょげてる暇はありません。君たちにもまだチャンスは残っています。三か月の特別講習を受講の後、個別テストで結果を出せば、君たちにも仮免許を発行するつもりです』
爆豪や轟、夜嵐の他にも落ちてしまったらしい者達の顔色が変わった。
『今、私が述べた“これから”に対応するには、より“質の高い”ヒーローがなるべく“多く”欲しい。一次はいわゆる“おとす試験”でしたが、選んだ100名はなるべく育てていきたいのです』
「だから途中で止めなかったんだ…」
ネリエルは納得し、頷く。
『そういうわけで、全員を最後まで見ました。結果、決して見込みがないわけではなく、むしろ至らない点を修正すれば合格者以上の実力者になる者ばかりです。学業との並行で、かなり忙しくなるとは思います。次回4月の試験で再挑戦しても構いませんが———…』
目良の言葉に対し、爆豪や夜嵐が気合十分に特別講習への参加を表明する。
「やったね、轟くん!」
「やめとけよ、な?取らんでいいよ楽にいこ?」
「すぐ……追いつく」
最後に希望を残して、仮免許試験は終了した。
◇
「よし、送れたっ」
「お兄さんに?」
「うん!すぐ返事きたよ、二人ともおめでとうって!」
渡された仮免許証の写真を撮り、ペッシェとドンドチャッカに送ればすぐに祝福の言葉が返ってきた。
その温かさに微笑み、ネリエルは大事に仮免許証をカードケースの中にしまい込んだ。
「おーい!!轟!!また講習で会うな!!けどな!正直まだ好かん!!」
夜嵐が勢いよく走りながら、轟に向かって実に正直に叫ぶ。
「先に謝っとく!!ごめん!!」
「どんな気遣いだよ」
「こっちも、善処する」
「……すィ☆ 彼は——大胆というか、繊細というか…どっちも持ってる人なんだね☆」
夜嵐はまた勢いよく走って士傑の一行に戻っていくが、その先にハリベルが腕を組んで仁王立ちをしているのを見つけ、びくりとなって直立不動の姿勢を取った。
「…帰ったら、まずは近接戦闘の訓練だな」
「はいっス!!!」
「ネリエル」
夜嵐への冷たい言葉とは一転して、ハリベルはネリエルへ優しい声をかける。
「ハリベル!すぐ連絡するね!」
「ああ、どこかで予定を合わせて会おう」
「うんっ、またね!」
僅かに微笑みながら手を振るハリベルに、ネリエルも満面の笑みで振り返す。
「眼福だぜ……」
「マジちょー美人だよなあ…」
「士傑の美人率えぐくね?」
「あのライダースーツの人もエロかった…」
男子生徒達がこそこそと話している。
そこにぬっと相澤が現れ、「早くバスに乗れ」とA組を急かした。
「とっとと帰るぞ。あと委員長、副委員長」
「はい!」
「何でしょうか」
「帰ったら、とりあえず風呂入らせろ。そんで、夕飯前に談話スペースに全員集めとけ。俺も後で行く」
「…? 分かりました!」
「かしこまりましたわ」
相澤の少々不可解な指示に、飯田と八百万は首を傾げつつも従順に返答をした。
「なんか、先生急いでんね?」
「ね。何だろう?」
「反省会とかじゃない?ヤダなー!」
芦戸の懸念は確かにあり得る話だったが、実際のところがどうだったのか。
それは、寮に帰ったネリエル達が談話スペースで見たテレビで判明することになる。
◇
『ニュース速報です。本日18時より、オールマイトの引退会見が行われるとのことです。ニュース速報です———…』
相澤が何故帰るのを急がせ、全員が談話スペースに集まるよう指示したのか。
その理由は、テレビから流れ出した速報と、どのチャンネルに変えてもどこかの記者会見場を映し出している映像から明らかだった。
「オール、マイト……」
「引退…会見…」
「嘘だろ…!?」
オールマイトがいずれ引退することは、以前から予告されていた。
しかし、今高校生の者達は、生まれた時から絶対的なヒーローとしてオールマイトが活躍しているのを見てきた世代だ。
そんな彼の引退に対してどこか実感が湧いていなかったのか、呆然としている表情の者がほとんどである。
「っと…間に合ったか。全員いるな?」
「先生」
バタバタと急いで寮に入ってきた相澤が、談話スペースにA組全員が揃っていることを確認する。
帰ってきてからもずっと働いていたのか、コスチューム姿のままだ。
「全員、見逃すなよ。一つの…『時代』の節目だ」
相澤の言葉に、全員が表情を引き締めてテレビに注目する。
しばらくすると、会見場が奇妙な沈黙に包まれる。
その沈黙の中、ブラックのスーツで身を固めたオールマイトがゆっくりと登壇し、数多のマイクが据え付けられた演台の前で深く一礼した。
バシャバシャバシャ、と数多のフラッシュが焚かれる。
『———この度は、
引退会見は、そんな謝辞と共に静かに始まった。
真っ先に述べられるのは、これまで支えてくれたファンやスタッフ、メディアに対する感謝。
そして、改めて現役を引退することの表明。そこまでは通常の引退会見と同じだが、オールマイトは壇上で深々と頭を下げた。
『…“平和の象徴”と称えていただきながら、私自身の衰えと…怪我の後遺症による引退という結果となったこと、何より…犯罪を
長い時間頭を下げてから、ゆっくりと前に向き直ったオールマイトは、沈痛な表情をしている。
「本気、なんだ…」
「マジで謝ってる…」
犯罪の撲滅。
清く美しい言葉だが、それが実現不可能な話であることは誰もが分かっているだろう。
しかし、そんな夢のような理想を実現できなかったことを、オールマイトが本気で悔いているのが画面越しであっても伝わってくる。
その後、オールマイトは記者団からの質問を受け付けた。
記者会見場には入りきらないほどの記者達が詰めかけていたが、指名されたのはほんの数名である。
質問が集中したのは、やはり神野区の事件で発覚した、
———
『プロヒーローおよび警察と密に連携し、捜査を続けます。現役は引退しますがヒーロー免許の返納はしないため、今後も協力体制を築き、
———引退の決め手となったのは、やはり神野区での事件でしょうか?怪人『脳無』の群れの半分以上をオールマイトが制圧しましたが、あの時に限界を迎えてしまったということでしょうか。
『いいえ。以前公表した通り、私は過去の事件で大怪我を負い、その後遺症とそれに伴う力の衰えに悩まされてきました。神野区での作戦があろうとなかろうと、近い内に引退になることは決まっておりました』
———
『…世に不安を齎す
「責任って、そんな!」
「悪いのは
「なんでオールマイト一人に!」
「……理不尽に思うだろうが、それが大多数の声ってやつだ。プロになりゃこんな言われ方をするのはよくあるから、いちいち気にしてちゃ話にならねえぞ。とはいえ、この記者は主語がデカすぎるが」
世間が全てオールマイトを非難しているかのように話し、彼一人に全ての責任があるかのような言い方をする記者に、批判が集まる。
相澤も生徒達を宥めつつも、不快そうに眉を顰めていた。
———長い現役生活、本当にお疲れ様でした。これからは後進の育成にも力を入れられていくということですが、貴方の後を繋いでいくヒーロー達やその候補生、そして貴方のファン達に何かメッセージをいただけますか。
最後の記者はオールマイトに肯定的な者だったようで、言葉の端々や質問の内容からは深い敬意と気遣いが感じられた。
オールマイトも少し嬉しそうに微笑み、口を開く。
『……——私が引退しても、“平和の象徴”の意味が消えるわけではありません。今まさに平和のために戦う者達がいて、彼らに憧れて同じ場所を目指す若者達がいる。そして誰もが心に持つ、大切なものを守りたいという意思がある限り、“平和の象徴”は絶対に潰えない』
オールマイトは力強い視線で真っ直ぐに前を向き、ゆっくりと手を上げた。
痩せ細った体が、一瞬で威圧感を感じるほどの分厚い体躯となり、画面の向こうの誰かを真っ直ぐに指差す。
『次は、君だ』
オールマイトの引退会見自体は、ほんの十五分ほどで終了した。
だが、その後はどのチャンネルでも会見の様子を繰り返し流している。
「オールマイトの言葉を深く考えるのはいい。だが、抱え込みすぎるな。思い詰める前に、友達でも先輩でも、先生でも親でもいいから話せ。いいな?…よし、ならさっさと飯食って寝ろ。体は間違いなく疲れてるから早く休め」
雄英の教員達も忙しいのだろう、相澤はそれだけ言い残してすぐに寮を出ていった。
作り置きしてあった夕飯を温めて食べている間にも、テレビからは何度も何度もオールマイトの言葉が流れ、同時に意地の悪い質問も幾度も聞かされるため、誰かが途中で電源を切った。
普段の談話スペースでの夕飯時、A組はかなり騒がしい。
しかし今日ばかりは誰もが何かを考え込んでいる様子で、言葉少なにひたすら箸を動かしていた。
仮免試験に受かったことを共に喜び合う雰囲気でもなく、夕飯後はすぐに解散となって、全員がそれぞれの部屋へと帰っていった。
「んー…」
自室へと帰ったネリエルは、スマホを手に取り、仮免許証と同じぐらい大事に持って帰ってきていたカードを取り出した。
書かれていたIDをアプリに打ち込み、現れたアカウントに早速メッセージを送る。
メッセージの相手———ハリベルからは、すぐに返信がきた。
『久しぶりだ』
「…ふふ」
普段の本人と同じく言葉は簡潔で少ないが、冷たいというわけではない。
ハリベルは同胞と子供には優しい性格であることをネリエルはよく知っており、気にせずメッセージに返信していく。
「私も、会えて嬉しい」
『そもそも存在しているのかどうか。いたとしても、日本で会えるものなのかと懸念していた』
「日本…そっか。そうだよね」
ネリエルは物心ついた頃には既に日本にいたが、ルーツは海外ではないかと周囲から聞かれることがよくある。
“個性”があることで人々の外見は多様化しているが、ネリエルの顔立ちもスタイルも日本人離れしており、名前も明らかに海外風のものだからだろう。
黒崎一護は日本にいたからと、あまり気にしてこなかった部分だった。
ふと、ネリエルは考え込む。
「……名前が書かれた紙と一緒に施設に預けられたから、この名前だけど。言われてみたら……」
『おそらくはグリムジョーのものと思われる痕跡が、海外にあったからな』
「……えっ!!?」
巨大なビーズクッションに寝そべっていた体勢から跳ね起き、画面を食い入るように見ながら慌ててメッセージを打ち込む。
混乱したネリエルのメッセージにハリベルが返してきたのは、海外のニュース記事のURLだった。
『課題で紛争地域のことを調べていた時にたまたま見つけたんだが、この名前で偶然とは考えにくいだろう?』
「ギャング…名前が、『
ネリエルも英語はある程度読めるので、それが紛争地域で活動するギャングに関する記事であることは理解できた。
『ボスについては男という情報しかなかったが、組織は主に東欧〜中東辺りでかなり積極的に活動していて、民衆からは割合慕われているらしい』
紛争地域、特に行政が腐敗してしまっている場所では、汚職だらけの警察よりもある程度統制の取れたギャングやマフィアのほうが市民から頼りにされる、ということはままある話だ。
記事の内容にも、政府よりもギャングのほうが余程治安維持に貢献している、という皮肉が滲んでいた。
「グリムジョーらしいといえばらしい、かも…」
世界屈指で治安のいい日本にいるよりも、グリムジョーの戦いを好む性質と、『王を目指す』という野心を考えれば、より戦いの多い海外でギャングのボスを張っているのは似合いのように思える。
『私もそう思う。今の所そう考える根拠は名前しかないが、一応この組織の動向は追っていくとしよう』
「そうだね」
賛成、とスタンプをぽこんと送ると、ハリベルからもスタンプが返ってくる。
おやすみ、と書かれたプラカードを掲げるデフォルメされた可愛らしいサメのスタンプだ。
「ふふっ!」
『色々あって疲れているだろう。またな』
「うん、また」
関係性は変わり、言葉を交わす手段も変化した。
それでも変わらない同胞の優しさに、ネリエルはそっと微笑んでスマホの画面を消した。