ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクが『ヒーロー』になるまでの物語 作:猫禰捏涅
『コスチューム持って明日の11時にここな!』
ネリエルのスマホには、その日の晩のうちにミルコからのメッセージが送られてきていた。
「本当に話が進むのが早いなあ」
ミルコの戦闘スタイルのごとく迅速な動きである。
そして翌日、ネリエルは言われた通りにコスチュームを携えて、ベストジーニストの事務所、『ジーニアスOFFICE』での面接と相成った。
「よく来てくれた、オーデルシュヴァンク。いや、『ガミューサ』だったか」
ネリエルを出迎えたベストジーニストは、大怪我からの長期休養明けとは思えないほど、ビシリとした立ち姿だった。
「はい、よろしくお願いします」
「ミルコから急に連絡が来た時は驚いたよ」
オフィスの応接室の椅子をすすめられ、ネリエルはデニム生地のソファにそっと腰を下ろす。
「とはいえ、渡りに船だ。ミルコから聞いたかもしれんが、私の事務所は今、人手が足りなくてね。ストレッチ糸にも縋りたい思いだったのだ」
「ストレッチ糸……?」
「いや、例えが悪いな。君の実力は体育祭で十分に見たし、ミルコの所での活躍も聞き及んでいる。アラミド繊維といったところか」
ジーニストの独特な語彙に戸惑いつつ、ネリエルは頷く。
「長期休養は明けたが、まだ私は無理ができない体だ。よって、君には私から知識を伝えつつ、活動してもらうとしよう」
「はい!」
元気よく返事をしたネリエルに、それまで真剣な表情をしていたジーニストは、ふとコスチュームと前髪の隙間から覗く目元を和らげた。
「ついでに、爆豪のことを教えてもらえると嬉しいよ。仮免試験には落ちてしまったと聞いたんだが、どうしている?」
「轟くんと一緒に補講に参加してます。確か今日も」
「そうか。能力はある男だ、うまくやるだろう」
満足そうに頷いたジーニストは、「さて」と言い、何故かパチンと指を鳴らした。
「アレをここに」
「アレ…?」
「失礼します!」
応接室のドアが開き、女性スタッフが何やら袋を抱えて室内に入ってくる。
驚くネリエルをよそに、スタッフはテーブルの上に袋の中身をどんどん広げていく。
「私の事務所に来たからには、デニムを身につけてもらう。ジャケット、ベスト、ジーンズ…何なら小物でもいい」
「デニムを……あ、『ファイバーマスター』はデニム生地が操りやすい、でしたか」
「その通り。デニムは伸縮性・耐久性に優れた生地であり、身につけておいてもらえば、いざという時に私がサポートを行いやすい。どれがいいかな?」
ジーニストの“個性”を思い出して納得したネリエルは、目の前に並べられた様々なデニム生地の品の中から、幅の広いベルトを選んだ。
「じゃあ、これにします」
「いい選択だ。君のコスチュームのデザインを損なわず、それでいて実用性もあるだろう。早速だが、それを身につけてもらってパトロールと行こうか」
「分かりました!」
品々を持ってきてくれたスタッフに案内され、コスチュームへと着替える。
渡されたデニム生地のベルトは腰部分に巻き付けて斜めがけにすれば、動きやすさも損なわれない。いい生地が使われているのか肌触りもよく、しっかりとした作りだった。
「では、今日も心身を引き締めて活動を。タイトなジーンズのようにな」
「「「シュア!!ベストジーニスト!!」」」
集まった
その独特な挨拶に驚きつつ、事務所を出てパトロールに向かうジーニストの後に続く。
「ミルコのところとは随分雰囲気が違うだろう?」
「はい、すごく。でも協調性は私が学びたい部分なので、よかったです」
「おや、自覚していたのか」
歩道を歩きつつ少し振り返ったジーニストは、鋭い視線をネリエルに向ける。
「爆豪もそうだが、君も個人主義の面が強い。その“個性”ではそうなるのも然もありなんと言えるが、これからのヒーローは協調と連携こそ重視されるようになるだろう」
「はい」
「
ジーニストの言葉は、トップヒーローとしての確信に満ちている。
「どう矯正したものかと考えていたが、自覚しているのなら僥倖。連携の仕方や、他事務所との協力の方法を学んでいきなさい」
「がんばります!」
「よろしい」とジーニストが頷いた時、手元の端末が緊急通報を受信する。
二人は一気に表情を引き締めた。
「…向こうの通りで強盗事件が発生。ギャングらしき
「はいっ!」
ネリエルは素早く『カモシカ』となって車道に飛び出し、ジーニストは指先に絡めた糸を電柱やビルにかけ、体を浮かせて高速で移動し始める。
「
「そうですね…!」
移動しながらも、ジーニストは明確にネリエルの弱点を指摘した。
「私も今は無茶ができない。だからこそ、連携は重要だ。…——追い込みを!」
ジーニストは、通信機に向かって端的に指示を出す。
ネリエルにも配られている通信機からは『シュア!!』と元気の良い返事が聞こえ、既にジーニストの
「あそこだ。既に糸は張られている」
ジーニストの
車で逃げようとしているのだろう、強盗したらしい金の入った袋を抱えた数人が大通りにおり、
「後は、絡め取るのみ!」
電柱に引っ掛けた糸から自身の体を射出するようにして、ジーニストはギャング達の頭上へと飛び上がった。
「逃がしはせん!!」
「ギャァアッ!?」
「クソ、ベストジーニストだ!!」
「…衣服とはすなわち現代の檻。お縄だ」
「速い……!」
ついでとばかりに、彼らが抱えていた袋もふわりと浮き上がり、近くにいた
「くっ、クソぉぉっ!!」
「むっ」
一纏めに拘束されていた
「いでぇっ!ぢぐしょぉっ!!」
一回り小さくなった体は衣服をすり抜け、ずるりと拘束から這い出した。
「は——っ!」
ネリエルは即断し、背中の槍を素早く抜いて構える。
『カモシカ』の脚で一気に飛び出し、振り抜く———が、その穂先は
「おっと。反応が早いな、ガミューサ」
「ぐ……ぁ…」
「……あなたこそ」
ジーニストの対応のほうが、ネリエルよりも一歩早かったということだ。長期休養明けで病み上がりとは思えない速度である。
空中からジーニストがネリエルの傍に降り立った。
「余計な手出しをしてしまったかな」
「いえ。私では、殴って気絶させることしかできませんから」
「ふむ。拘束や捕縛の手段が無いということか。しかし、そう悲観することでもないぞ」
歩き出したジーニストに、ネリエルもついて行く。
「No.2…いや、オールマイトが引退したのならば次期No.1か。エンデヴァーは知っているだろう」
「もちろん」
「彼も、拘束手段が数多くあるというわけではない。むしろ直接攻撃の技の方が多い。そこを補っているのは、彼の
「やっぱり、
呟いたネリエルに、ジーニストは「どちらでも」と言う。
「ミルコのような活動方針を貫くもよし。エンデヴァーのように不足を
「できる範囲…」
「適材適所、ということだ。君の戦闘スタイルは、私のような拘束系“個性”と相性がいい。連携力を高める機会だと捉えて励むといい」
「はい!」
「ところで、爆豪は敬語は使っていなかったぞ。ミルコ相手には使っていないんだろう?君もその方が楽ならそうして貰って構わない。私は気にしないし、咄嗟の時の反応にも影響するからな」
そう言われ、ネリエルはほっと肩の力を抜いた。
「なら、そうさせてもらおうかな」
「その方が自然でいい」
ジーニストは頷く。
そこから暫くパトロールを続けていると、大通りより外れた道から、甲高い悲鳴が微かに聞こえてきた。
二人は弾かれたように反応し、動き出す。
「あちらだ、すぐ向かうぞ!」
「了解!」
繊維を使って滑るように移動するジーニストと、変身して爆発的な脚力で飛び出すネリエル。
悲鳴が聞こえた道に飛び込んだのは、ほぼ同時だった。
「あれだ!よし、やれるな?ガミューサ」
「ええ!」
「何かあればサポートする、全力でいけ!」
返事の代わりに、一気に加速する。
目標は、若い女性に触手のような腕を絡みつかせ、路地裏へと引っ張りこもうとしている男だ。
「———
ネリエルの声に、男が咄嗟にこちらを向いた。
だが、その時には既に攻撃は放たれ、真っ直ぐに男の足元を狙う。
「ぅあァっ!!?」
「はっ!」
両足をまとめて掬い取られ、バランスを崩した男の腕から女性をすれ違いざまに掻っ攫う。
女性は何が起きたか分からず固まっているが、その身に怪我は無いことを確認して、片手でしっかりと抱え込んだ。
「放せぇええええ!!!」
「放すわけないでしょう」
ワイヤーを一気に巻き取り、倒れ込みながら引き寄せられてきた男の体を、ネリエルは硬い蹄で踏みつけて固定した。
「もう大丈夫よ」
「ぁ……は…は、い……っひ、ひぐ…ぅっ!」
腕の中に向かって微笑むと、女性は真っ白な顔でぼろぼろと泣き出してしまった。
「———よくやった。ガミューサ、君はそのまま女性の保護を。私が拘束しよう」
ジーニストの言葉と同時に、男の体が腕の触手ごと自身の服でがっちりと固められた。
ネリエルは変身を解除し、
女性はなかなか泣き止まず、警察に引き渡すにもネリエルから離れようとしなかった。
応援で呼ばれた女性警官が駆けつけて説得し、ようやく女性はパトカーに乗り込んだ。
「ぁ……のっ!あ、ありがとう、ございました!ガミューサ、さん…!」
「怪我がなくて良かった。ゆっくり休んで」
「…はい…!」
女性は泣き濡れながらも、なんとか立ち直ろうとしている様子だった。
事に及ぶ前に助け出せて良かったと、ネリエルはそっと安堵の息を吐く。
「職業用ミシンのように迅速な対応、見事だったよ」
「ありがとう」
「さて、もう少し回ったら事務所に戻ろうか」
「まだずいぶん早いけど?」
首を傾げたネリエルに、ジーニストは「少し休もう」と声をかける。
「連続で2件対応したからな。それと、話しておきたいことがある。君の実績と今日の動きを見て、組み込んで問題ないと判断した」
まだ日も暮れていない早い時間であるが、ジーニストの気遣いにネリエルは頷く。
オフィスに戻ると、ゆったりとソファに腰掛けたジーニストは、出されたお茶を啜っていたネリエルに一組の資料を渡した。
「指定
「えっ」
「この二つの団体が急速に、もやい結びのように強く結びついて……どうした?」
資料に書かれた団体名を見て固まったネリエルに、ジーニストが不審そうな視線を向ける。
「いえ……聞き覚えがある気がするけど、多分、響きが似てるだけの、別物。関係ないはず…」
「……そうか。話を続けても?」
「…ええ、大丈夫」
ネリエルの脳裏には、『前』にとある戦いの末で肉体を失い、
その法人の名前に響きは少し似ているが、綴りは全く異なる。偶然だろうと思い直し、ジーニストの話に耳を傾けた。
「…この二つの団体が、ここ数週間で急速に結び付きを強め、協力体制を築いているという情報が入った。極秘裏に調査したのは、サー・ナイトアイと警察だ」
「ナイトアイ…?あ、オールマイトの元
「知っていたか。調査に適した“個性”を持っていてな、妙な動きをする『死穢八斎會』の若頭に目をつけていた」
ぴら、と渡された写真にはペストマスクをつけた若い男が写っていた。
「ヤクザ…よね?」
「その通り。過去に解体され、今も監視を付けられている団体だ。それがこの宗教法人、『
「目的が不明?」
ネリエルは眉を顰める。
「組織が動く時というのは、大抵何がしかの目的があるのが普通だ。しかし、それがどうにも見えない」
「そんなことがあるんだ…」
「ナイトアイ事務所がその目的について詳しい調査を行っているが、彼らはヒーロー1人、
ジーニストは資料に目を落とす。
「『死穢八斎會』と『
「もちろん、参加します」
迷いなくネリエルは言い切る。ジーニストはほんの僅かに目を細めたが、それがどういった感情によるものなのかは読ませない、微かな動きだった。
「分かった。…近日中に連絡をする。誰にもこの話はしないように、口にチャックをかけておきたまえ」
ジーニストはネリエルの手から資料を回収する。極秘の案件ということで、資料の持ち出しも出来ないのだろう。
内容だけ頭に叩き込んだネリエルに、ジーニストが一本の指を立てる。
「一つ、言っておこう。私がチームアップの要請をされる時は大抵、
◇
ネリエルが会釈をして帰っていったオフィスで、ベストジーニストは独り言ちる。
「……しかし、まさか
ジーニストは、膨大な数のファンやマスコミの誰にも悟られることなく、突然オフィスに現れた
『……
『はい。他に同じ要請をしているのは、エッジショットさんです。“個性”が調査に適していますし、ジーニストさんと仲良くてたまにチームアップもしてるでしょう。うまく協力して調査を行ってもらいたいんです』
『ふむ。その理屈は分かるが、何故エンデヴァーには要請しない?今期の集計からして次のトップは彼だろう。無論、じき追い抜くつもりではいるが』
『ハハッ、頼もしいですね〜!…まあ、エンデヴァーさんはこういう泳がせる方針は苦手そうじゃないですか。それに裏の事情をあまり広めたくなくて…それより、シロクロはっきりした時に真正面から打ち破ってもらいたいな〜という考えでして。ほら、わりと小さい子もいることですし、迷いを無くすために?』
『彼も割り切ることはできると思うが…まあ、いいだろう。できる範囲で協力はしよう』
『アリガトウゴザイマース!』
軽薄な口調と態度だったが、表情は真剣そのものだった。
そこに嘘はないと判断して、ジーニストはホークスに秘密裏に協力することを決めた。エッジショットも凡そ同じ判断を下したのだろう。
そして偶然にも、リストのうちの一人である雄英生が飛び込んできたのだ。
ジーニストは、彼女への印象を回顧する。
「ホークスが
ジーニストは自分の口から出た例えに、首を横に振る。
ホークスからジーニストへは様々な資料が共有され、その中にネリエルのものもあったが、幼少期から雄英生となるまで、経歴のどこにも不審な点は無かった。
唯一気になるところといえば、彼女が赤ん坊の頃から孤児として孤児院にいたという部分ぐらいだ。
「……赤ん坊に何かできる訳でも無し。それが仕事とはいえ、公安の考えすぎのように思えるが…要請されたからには応えよう、襟を正してな」
真っ直ぐに伸びた背筋と共に、ジーニストは凛とした声で宣言した。
ジーニストの語彙考えるのめちゃ楽しい。