ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクが『ヒーロー』になるまでの物語 作:猫禰捏涅
「よろしくね、障子くん」
「ああ、よろしく」
「授業の最初はいなかったから障子くんが何ができるのかを知らないんだけど、教えてもらえる?」
「ああ。俺の“個性”は『複製腕』だ。この腕の先に、身体の一部を複製できる。さっきの試合では耳を複製して索敵役をしていた」
障子の複数ある腕のうちの一つに、にゅっと耳ができた。
「すごく便利ね!そうなると…今回も索敵と、後は尾白くんの迎撃をお願いしたいな」
「オーデルシュヴァンクが峰田に対応すると?」
「ネリエルかネルでいいよ、長いでしょ?尾白くんには悪いけれど、今回のルールで厄介になるのは峰田くんだから。多分向こうもそれを分かってて、峰田くんを主軸に攻めてくるはず。それまでは障子くんには索敵に集中してもらったほうがいいと思うんだけど、どうかな?」
「それでいいと思う」
「ありがとう。じゃあ障子くんは『核兵器』のそばにいてもらって、私はこのフロアの壁沿いを周回してようかな」
「周回…?」
「うん」
ネリエルは“個性”を使って変身し、『核兵器』が真ん中に置かれたフロアの壁際に行ってゆっくりと歩き回り始める。
「建物に潜伏してる
「…確かにそうだ」
「あ、でも索敵の邪魔かな?」
「いや…腕を伸ばせば問題ない。それほど足音もないし、大丈夫だ」
「よかった!…そろそろ5分ね、よろしく!」
「ああ」
障子が全ての触腕に耳を生やし、四方に伸ばしていく。できる限り静かに歩くよう気をつけつつ、ネリエルは外へ続く窓や廊下側のドアを警戒しながらフロアを回る。
しばらくして、障子の腕から声が上がった。
「……外壁を毛皮で擦っているような音が下から上がってきている。尾白だな」
「わかった。峰田くんは?」
「おそらく、あのボールをあちこちに投げながら進んでいる。ビルの中にその音が反響しているし、本人の体重が軽いから聞き分けづらいが、廊下の北側から来ている」
「尾白くんは陽動も兼ねた動き、峰田くんは障子くん対策をしながら二人で揃って突入…かな。私は廊下側を警戒するから、窓側をよろしく」
「了解」
フロア全てを回るのをやめ、廊下側の壁沿いをゆっくりと歩いていく。八百万や瀬呂のように設置できるものを持たない以上、侵入者への対策はそうするしかない。
(
背中の馬上槍にちらりと目をやってから、ネリエルは周囲の警戒に戻る。
「……!来た」
「こちらもだ」
動物系の“個性”として、平常時よりも強化された聴覚が微かな足音を捉える。
障子も窓の一つに向かって身構えており、『複製腕』に拳が形成されている。
「ええいこの二人相手じゃ隠密なんて意味ねえよいくぞオラァアアアア!!!」
「はぁあああっ!!」
ヤケ気味の声と共に、ドアの陰から粘着質のボールがポポポポポ、とネリエルに向かって飛んできた。同時に『尻尾』を活用して窓から飛び込んできた尾白が障子に襲いかかる。
「危、ない!厄介ね本当に!」
「全部避けてんじゃねぇかよぉおおお!!」
タン、と四足で軽く横に飛び跳ねたネリエルは、峰田の“個性”のラッシュを躱す。障子が『複製腕』で尾白と押し合いになっているのを横目で確認して、すぐさま次の行動に移る。
峰田は自身の足元にボールをくっつけており、それをトランポリンのように使ってネリエルの脇をすり抜けようとした。
「くそおおぉお!!」
「っと、それ跳ねるんだ!」
「ぎゃー!!!?」
ネリエルは軽く前脚を蹴り上げてから、思いきり床を踏みつけた。
コンクリート造りの床にビシリと大きなヒビが入り、近くを通った峰田が体勢を崩したところにすぐさま駆け寄ってテープを腕に巻きつける。
「確保!」
「ひぇええええ強すぎるぅ……」
「障子くん、そのまま!」
尾白の『尻尾』は腕を伸ばした『複製腕』に巻き取られている。
ネリエルが確保テープを構えながら駆けていくと、尾白が焦った顔で『複製腕』を振り解いて床に着地した。『尻尾』はかなりのパワーがある上に、本人の体捌きも優れている。
しかし確保テープは囮であり、ネリエルは走りながら四足に力を込め、一気に飛び上がる。天井の高いフロアを選んで『核兵器』を設置したため頭をぶつけることもなく、ネリエルの体は呆気に取られている尾白の背中側に着地した。
「よ、っと!」
「っうわっ!!?」
トン、と軽く尾白の背中を後ろ脚の蹄で蹴り飛ばす。尾白がよろめいた隙に障子が『複製腕』を伸ばし、彼の手に確保テープを巻きつけた。
『
オールマイトのアナウンスが響く。ネリエルはすぐに“個性”を解き、尾白に駆け寄った。
「尾白くん、蹴ってごめんね!怪我はしてない?」
「ああ、いや全然大丈夫!あざにもならないと思うよ」
「ああ、よかった!」
「峰田、大丈夫か」
「強すぎるぜネリエル…そんなところもイイ…」
「大丈夫そうだな」
峰田が障子に助け起こされていると、クラスメイト達を引き連れたオールマイトが地下から上がってきた。
「四人ともお疲れ様!!尾白少年は怪我はしなかったようでよかった!では、講評と終了の挨拶を一緒にやるからこちらに!」
「ネリエルちゃん、お疲れ!すごかったねえ!」
「ありがとうお茶子ちゃん!」
「ぴょーんって!まさか尾白んこと飛び越えちゃうとは思わなかったー!!」
「三奈ちゃんの宙返りもすごかったよ」
全員で移動した先は駐車場のような開けた場所で、オールマイトがゴホンと咳払いをした。ネリエルはすっと背筋を正す。
「まずはネリエル少女!ほぼ完璧な動きだった!最初の巡回するところね、あれはヒーローとしてはすごくやりづらくなる!四足でありながら身軽な動きも素晴らしい!一つ気になるところとしては、『核兵器』の近くで地面にヒビをいれちゃったことだな!」
「気をつけます」
「障子少年、索敵の動きもよかったし尾白少年のパワーを止めたのもグッドだ!最後にネリエル少女の意図を組んですぐ確保テープを巻きに動けたのも冷静だった!気になったのは、ネリエル少女のプランは結果としては合理的だったとはいえ、君から何も提案が出なかったことだね!」
「はい。…もう少し、発言するようにします」
「峰田少年!『もぎもぎ』で音を散乱させながら近づく作戦はすごくよかった分、突入の瞬間が雑になっていたのが実に勿体無い!君の“個性”はもっと応用もできるはずだぜ、頑張って見つけてくれ!尾白少年、突入までの動きも障子少年との格闘も終始巧みだった!自分でも分かっているだろうが、最後のネリエル少女の攻撃は『尻尾』でガードできるようになろうな!」
「あーい……」
「背後からの攻撃にも…!頑張ります!」
四人の返事に、オールマイトは満足そうに笑みを深めた。
「さて、お疲れさん!!緑谷少年以外は大きな怪我もなし!しかし真摯に取り組んだ!!初めての訓練にしちゃ、皆上出来だったぜ!」
「相澤先生の後でこんな真っ当な授業…何か拍子抜けというか…」
「真っ当な授業もまた私たちの自由さ!それじゃあ私は緑谷少年に講評を聞かせねば!着替えて教室にお戻り!!」
スチャリと手を挙げたオールマイトは、土煙を巻き上げながら猛スピードで出口へと消えていった。
「わぷ」
「? 急いでるなオールマイト…かっけえ」
「よーし、着替えよー!ヤオモモ、毛布ありがとー!」
「よろしければそのまま貰っていただいて構いませんわ。風邪を引かないようにしてくださいまし」
「ほんと!?めっちゃ嬉しー!」
葉隠が毛布を体に巻きつけたまま、ぴょんと飛び上がって喜びを表現した。
「実はまだ寒かったんだよね!轟くんの“個性”めちゃ強ー!」
「葉隠は相手が悪かったね、あれは」
「足くっついちゃって動けなかった!」
「ビルごと凍らせちゃうなんてすごいなあ」
「あと強いのはヤオモモと常闇だよね。全然バリケード破れなかったもん」
「ありがとうございます。振動と電撃に強く耐久性の高い素材を選びましたので、対応できてよかったですわ」
「ネリエルも動きヤバかった!室内だから不利かなって思っちゃってたんだけど、全然そんなことなかったね!」
「広いところのほうが動きやすいのは間違いないけれど、そうね。うまく峰田くんの『もぎもぎ』を避けられてよかった。三奈ちゃんこそ、砂藤くんに負けてなくてすごかったよ!」
「あの時はいける!って思ったんだけどねー!」
訓練の感想を各々喋りつつ、着替えを終えて廊下に出ると、男子達も何人かがちょうど出てきたところだった。
赤い髪の男子生徒が「お!」と片手を挙げる。芦戸が知り合いのようで、気安く手を振って応えた。
「切島、お疲れー!」
「おう、芦戸もお疲れ!更衣室で話してたんだけどよ、教室で反省会しねえか!?」
「え、いーじゃん!やろやろ!皆もどう!?」
「あ…私は私用がございまして。ぜひ明日にでも聞かせてくださいませ」
「あー私も!」
「ヤオモモと葉隠は明日ね、全然いーよ!皆はー?」
芦戸の問いかけに、ほとんどの生徒が残るとの返事を返す。
「デクくん心配だし…」
「そんなに怪我が酷かったの?」
「うん…右腕でパンチしたらしいんだけど…たぶん、粉砕骨折とかで」
「わ…心配だね。“個性”の制御がきかないのかなあ」
「緑谷、顔とか左腕も爆豪の『爆破』でやられてたしねー」
「あれは爆豪がヤバすぎでしょ。あんなん躊躇なく人に撃てるとか…」
教室に戻る集団の中に爆豪はいない。
「動きはめっちゃすごかったけどね!『爆破』で飛べるし!」
「戦闘センスはピカイチだよね。けど、それを言うならネルもか」
「私?」
「そーそー!ネルちゃん、判断も動きも早くて本当にすごかった!」
「私は最初の動きに感心したわ。確かに、屋内にいる
「実戦ならヨーイドンで始まるわけないしなー。入試のこと思い出すわ」
耳郎がしみじみと言い、推薦組であるネリエルと八百万が興味を示した。
「一般入試のことでしょうか?」
「そっか、推薦とは違うか。一般はポイントが付けられたロボを壊すか動きを止めろって内容だったんだよね。スタートの合図はあったんだけど、サラッと始まった感じでさ」
「0ポイントのデッカい妨害ロボもいてねー!あと試験の時は知らされてなかったんだけど、ロボのポイント以外にも『救助ポイント』があったんだよ!」
「先生達の採点式でね!ヒーローになる素質見られてるって感じだよね!」
葉隠が大きく腕を広げて、妨害ロボの大きさをなんとか表現しようとしている。
「ネル達は推薦の試験ってどうだったの?」
「筆記試験はそちらと変わりないと思います。実技試験のほうは、3kmの障害物競争でしたわ」
「障害物競争!?」
「雄英のことだから『障害物』が色々とヤバそー!」
「ええ、様々な険しい障害物がございましたわ」
「こう言ってるけど、モモちゃんはすっごいクリアが早かったんだよ!“個性”でその時に合ったものを創っていくのが本当に上手だったの。グループの中で一位取ってたよね?」
「そんな…ネリエルさんこそ、ほとんどの障害物を軽々と避けていらっしゃいましたし、そちらも一位だったでしょう?」
「相性に助けられたところもあるけどね、結構面白かった!」
険しい荒れ地や山岳地帯、遊園地のアトラクションまで用意されていたマラソンのコースを思い出す。ネリエルの『カモシカ』とは実際相性のいい試験内容であり、一般社会で生きていく中では持て余す能力を存分に発揮できる機会だった。
「かなり内容違うんだね!」
「飛べる奴とかめちゃくちゃ有利じゃない?」
「そうだね、『風』を起こす個性の人はほとんど飛んでる状態ですっごく早くゴールしてた」
「一位取ってたってこと?…あれ?でも轟とは違うよね、B組にいんのかな」
「うん、今のところ姿を見てないからそうかな。轟くんはその人と同じグループで二位だったよ」
「え、マジ?意外かも、全部一位取ってるかと思ってた」
耳郎がちらっと教室の後ろに目を向ける。当の轟は鞄に荷物をまとめて帰る準備をしており、切島と上鳴が声をかけているが全て無視されている。そのまま誰とも目を合わせることなく、教室の後ろの扉からさっさと出ていってしまった。
「無視されちまった!迷惑だったかな」
「やーまあ、轟は反省点とかなかったっしょ。圧倒的すぎたもん」
「あれはなー、どうしようもねえっつーか」
「轟さんは相変わらずですわね」
「ずっとあんな感じなの?」
「そうだね。入試の時にも話しかけられなかったなあ」
「悪い方ではないとは思うのですが…」
「イケメンなのにちょっと雰囲気怖いよね!あっヤオモモ、途中まで一緒に帰ろー!」
「ええ。では皆さん、また明日」
「また明日ねー!!」
「また明日!」
「ばいばーい!」
ひと足先に帰る八百万と葉隠を見送ったところで、爆豪が一人俯きながら教室に入ってきた。
「お、爆豪戻ってきた!なあ、訓練の反省会やらね!?オメーめちゃくちゃアツい試合してたしよ!」
明るく話しかけにいった切島に、爆豪は一言も言葉を返さない。俯いたまま、思い詰めた表情をしている。
ネリエルはふと眉を顰め、徐に口を開いた。
「爆豪くん。貴方は訓練で緑谷くんに怪我をさせたそうだけれど、謝ったの?それとも、今から謝りに行くの?」
「ウッセェな!!!俺がデクに謝るワケねえだろうが!!!」
「ひっ…」
爆豪の暴言はほとんど反射的に返された。隣で麗日が肩を跳ねさせたが、ネリエルは怯むことなく言葉を続ける。
「『戦闘』訓練とはいえ、同じクラスメイトでしょう。どうして謝らないの?」
「はぁああ゛!?俺がデクに謝る必要なんざ一ミリもねぇわ!!!」
ネリエルを睨みつけている爆豪の手から、ボンッと爆発が起きる。それを冷めた視線で見やり、ネリエルは首を傾げた。
「威嚇行動かしら?そういうことはやめておいたほうがいいと思うわ。それより…」
「ウゼェんだよ死ねスカシ女!!!」
爆豪はネリエルの言葉を遮ってそう吐き捨て、ドカドカと大きな足音を鳴らしながら教室を出ていった。
ネリエルの周囲から大きく安堵の息を吐く音が上がる。
「ネル、煽りすぎだって…!」
「爆豪くん怖すぎる…よく冷静に会話できるね、ネリエルちゃん」
「煽るつもりはなかった…というか、今の爆豪くんは普通のことでも煽りと思ってしまいそうね」
「確かにネリエルが言ってたのはフツーに正論なんだけどさ!爆豪には通じないでしょ!」
「そうかな…」
入学二日目にして、爆豪は腫れ物に触れるように扱われている。あまりにも周囲、特に緑谷への態度が酷いためであり、彼らの反応は当然だろう。
(それでも…理性と言葉があるのに、相互理解を諦めるのはきっとよくない。爆豪くんはノイトラにほんの少しだけ似ているけれど、
前世の頃から変わらないネリエルのスタンスである。
因縁深い相手___ノイトラ・ジルガとはついぞまともな対話は叶わなかったものの、爆豪や緑谷は違うとネリエルは確信していた。
「おお緑谷来た!!!おつかれ!!」
爆豪が教室から出ていった後に少しして、緑谷がコスチュームのまま扉から顔を覗かせた。切島と芦戸、砂藤がわっと駆け寄る。
「いや何喋ってっかわかんなかったけど、アツかったぜオメー!!」
「へっ!?」
「よく避けたよー!」
「一戦目であんなのやられたから、俺らも力入っちまったぜ」
「俺ぁ切島鋭児郎、今皆で訓練の反省会してたんだ!」
「私芦戸三奈!よく避けたよー!」
「蛙吹梅雨よ、梅雨ちゃんと呼んで」
「わわ…」
「俺!砂藤」
「騒々しい…」
緑谷が狼狽えている中、常闇が机に座り足を引っ掛けている。その横で並んで立っていたネリエルと麗日に、すすっと上鳴が近づいてきた。
「麗日、ネリエル、今度飯行かね?何好きなん?」
「え?おもち…」
「んー、ご飯はなんでも好きかな」
「机は腰かけじゃないぞ、今すぐ辞めよう!」
「ブレないな、飯田くん。…あれ!?」
飯田がロボットのような動きで常闇に向かって腕を振る中、麗日は緑谷の三角巾で吊られた腕を見て心配そうに駆け寄っていった。
「デクくん、怪我!治してもらえなかったの!?」
「あ、いや、これは僕の体力のアレで…あの麗日さん…それより、かっちゃんってどこに……?」
「え?えっと、引き止めたんだけど…さっき怒りながら帰っちゃったよ」
「ついさっき!?」
「え、うん…」
「ありがとう!!」
「あれ!?緑谷ー!?」
「ごめん反省会はめちゃくちゃ参加したいんだけどまた今度で!僕着替えなきゃだし先に帰ってて!!」
麗日から爆豪の動向を聞いた緑谷は、少しフラフラしながらも急いで走っていってしまった。
「でっ、デクくん爆豪くん追っかけてっちゃった!?」
「マジかよ…」
「さ、さすがに訓練終わってっし、爆破されるとかはねーと思うけど!」
「大丈夫だと思う。…うん、よかった」
ネリエルの目は、何かを決意した緑谷の表情を捉えていた。緑谷は爆豪との対話を諦めていないのだ。ネリエルはそのことを感じ取って、静かに柔らかく微笑んだ。
戦闘訓練が2話で終わるとは思わんかった。