ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクが『ヒーロー』になるまでの物語 作:猫禰捏涅
「オールマイトの授業はどんな感じです?」
「え!!?あ…すみません、僕保健室行かなきゃいけなくて…」
「“平和の象徴”が教壇に立っているということで、様子などを聞かせて!」
「様子!?えー…と、筋骨隆々!!です!」
「教師オールマイトについてどう思ってます?」
「最高峰の教育機関に自分は在籍しているという事実を殊更意識させられますね。威厳や風格はもちろんですが他にもユーモラスな部分等、我々学生は常にその姿を拝見できるわけですから、トップヒーローとは何をもってしてトップヒーローなのかを直に学べるまたとない___」
「オールマイトの…うわすごい美人!オールマイトの授業はどんな感じですか!!?」
「えーと、まだ始まったばかりなので…」
「オールマイト…あれ!?君「ヘドロ」の時の!!」
「やめろ」
『オールマイトが雄英教師に就任した』という一大ニュースに飛びつき、雄英高校には大量のマスコミ陣が押しかけてきた。
ネリエルは途中で捕まりつつも素早く切り抜け、インタビュアーに気付かれないまま人混みを抜けてきた葉隠と合流した。
「すごいマスコミの量!ま、私は気付かれなかったけどねー!」
「どう答えたらいいかよく分からなかったな。あ、あれ相澤先生じゃない?」
「あ、ホントだ。相澤先生、おはよーございまーす!」
「おはようございます!」
「はい、おはよう」
前から歩いてきていたのは相澤で、ネリエル達とすれ違った後は校門前に屯するマスコミ陣の前に立ちはだかった。
「オール…小汚っ!!なんですかあなた!?
「彼は今日非番です。授業の妨げになるんでお引き取り下さい」
イレイザーヘッドであるとは認識されていないまま、相澤はすげなく対応する。
「オールマイトに直接伺いたいのですが!!」
「あなた小汚すぎません!?」
「なんか見たことあるよーなないよーな…」
「ちょっと!!少しでいいのでオールマイトに…」
オールマイッ、オールマイッという声援がマスコミ陣から上がっていたが、突然校門が鉄の扉で勢いよく封鎖され、声が遠くなった。
「わっ、あれ何!?」
「侵入者防止対策だよ。今まで校内に部外者が侵入できたことはない。お前らも学生証忘れたら普通に引っかかるから気をつけろ」
「そうなんだー!?」
「気をつけます。すごいセキュリティね」
「ほら、はよ行け。もう予鈴鳴るぞ」
「はーい!」
相澤に促されて教室へと急ぐ。教室の中はマスコミからインタビューを受けた話で持ちきりだったが、ネリエル達のすぐ後に相澤が到着して一気に静かになった。
「昨日の戦闘訓練お疲れ。Vと成績見させてもらった。爆豪、おまえもうガキみてえなマネするな。能力あるんだから」
「………わかってる」
「で、緑谷はまた腕ブッ壊して一件落着か。“個性”の制御…いつまでも「出来ないから仕方ない」じゃ通させねえぞ。俺は同じ事言うのが嫌いだ。
「っはい!」
爆豪に昨日のような勢いはなく、静かに相澤の言葉を飲み込んでいるようだった。
「さて
「学校っぽいのきたーーー!!!」
わっと湧いたクラスメイト達のうち、ほとんどが挙手をしながら思い思いに立候補する。
「委員長!やりたいですソレ俺!」
「ウチもやりたいス」
「オイラのマニフェストは女子全員膝上30cm!」
「ボクの為にあるヤツ⭐︎」
「リーダー!!やるやるー!!」
ヒーロー科の生徒達の勢いに驚いたネリエルは目を瞬かせた。
「皆すごいね」
「ネリエルちゃんは立候補しないんだ?」
「うん、学級委員長って通信過程には無かったからよく分からないし。そういうお茶子ちゃんだって」
「あは…私はいいかなって!」
麗日も挙手はせず、クラスメイト達の動向を見守っている。
「静粛にしたまえ!!」
半数以上の生徒が騒がしく立候補している中、よく通る声が教室に響いた。
「“多”を牽引する責任重大な仕事だぞ…!『やりたい者』がやれるモノではないだろう!!周囲からの信頼あってこそ務まる聖務…!民主主義に則り、真のリーダーを皆で決めるというのなら…これは投票で決めるべき議案!!!」
「そびえ立ってんじゃねーか!!何故発案した!!!」
喧騒を鎮めたのは飯田で、しかし彼の右手も真っ直ぐ上に挙げられている。
「日も浅いのに信頼もクソもないわ、飯田ちゃん」
「そんなん皆自分に入れらあ!」
「だからこそここで複数票を獲った者こそが、真にふさわしい人間という事にならないか!?どうでしょうか先生!!!」
相澤は興味なさげにもぞもぞと寝袋の中に潜り込んでいく。
「時間内に決めりゃ何でもいいよ」
「ありがとうございます!!!」
「では、投票用紙を創りましたので、一枚ずつ取って回してくださいませ」
「ありがとう、八百万くん!!」
八百万が作った小さな紙片が配られていく。ネリエルは手元にきた紙を見つめ、うーんと首を捻った。
「どうしようかな…」
ボディがオレンジ色をしたお気に入りのボールペンを唇に押し当てて少し悩んでから、さらさらと紙に名前を書く。
八百万が投票箱を携えて席の間を回ってきた。
「箱も作っちゃったんだ、すごいね」
「この程度はお安い御用ですわ!」
八百万はふふん、と胸を張りながら投票用紙を全て回収し、教卓の上に開けて仕分けていく。黒板に全員の名前を書いて、その横に正の字で得票数が示された。
「これが結果ですわ…」
緑谷に三票、八百万に二票、その他ほとんどの生徒にはそれぞれ一票が入っている。八百万は集計しながら悔しそうな表情になっていた。
「僕三票ーーー!!!?」
「なんでデクに…!!誰が…!!」
「まーおめぇに入るよか分かるけどな!」
緑谷が驚いて叫び、爆豪が怨嗟の声を上げている。ネリエルの前で麗日がそちらから視線を逸らしながら下手な口笛を吹いており、ネリエルはくすりと笑う。
飯田がガタリと席から立ち上がり、眼鏡の位置を忙しなく直した。視線の先、飯田の名前の隣には一本の線が引かれている。
「1票…俺に入っている!?」
「あら?ご自分で入れたのではないのですか?」
「いや、ぼ…俺は別の人に入れた!誰かが…」
「ハイハイ、もう決まったんならいいだろ。委員長が緑谷、副委員長が八百万な」
八百万と緑谷が教壇に立つ。
「うーん、悔しい…」
「ママママジでマジでか…!!」
「緑谷なんだかんだアツイしな!」
「八百万は講評の時のがかっこよかったし!」
「じゃあ早速仕事だ。これ昨日の戦闘記録とオールマイトからの講評な、配ってけ」
相澤から渡されたプリントを八百万と緑谷が手分けして列ごとに配っていく。
「それぞれの良かった点と反省点はそこに書かれている通りだ。どうやったら改善できるのかを記録見て考えろ。まず自分一人で何も考えないはナシだ。どうしても分からないって時だけ放課後にでも聞きに来い」
「うおすげー!」
「これがトップヒーローの視点…!」
「これで
相澤はまたもぞもぞと寝袋の中に戻っていった。
『Allmight』というサインが書かれたプリントに目を落とす。戦闘訓練での動きが分かりやすく文章に起こされており、下部にオールマイトからの講評が書かれていた。
「…!」
口頭での講評の際にはなかった文言が追加されていることに気づく。
『背中の武器は使わない方針なのかな?それもいいが、いざという時には素早く取り扱えるよう動きを練習しておきなさいね!』という文章だ。
ネリエルが槍を使うのを躊躇ったことはオールマイトに見抜かれていたらしい。
「これがプロかあ…」
ネリエルはしみじみと呟き、大事にプリントをファイルに収納した。
「ネリエル!スマホ持ってきた!?」
「うん、持ってきたよ」
「充電切れてたりしない?上鳴に充電してもらう?」
「大丈夫、ちゃんと電源も入る!」
「もしかして普段電源入れてない…?」
昨日の放課後、クラスメイト達は反省会と同時に皆で連絡先を交換していた。しかしネリエルはまたもやスマホを家に忘れてしまっていたためできず、操作方法もあまり分からないと言うと、芦戸と耳郎から昼休憩の時に色々と教えてもらえることになったのだ。
「よーし、みっちりレクチャーしちゃうぜ!」
「まずは昼飯ね、行こ」
「うん!」
三人で食堂へと向かい、ネリエルと芦戸は日替わり定食を、耳郎はカレーを購入して一角に集まる。
「いただきまーす!」
「いただきます。ネル、スマホ見せてくれる?」
「いただきまーす。はい」
ネリエルがポケットからスマホを取り出し、机の上に置いた。ケースもストラップも付けておらず、購入した時のままの状態だ。
「え、最新のやつだ!カメラの画質もいいのにもったいなーい」
「兄が買ってくれたの。性能がいいものに越したことはないだろうって」
「いいお兄さんじゃん。てかケース入れてないのめっちゃ気になるんだけど。落としたら画面割れちゃうよ?」
「あっ…持ち歩かないから忘れてた。あったほうがいいかな?」
「自由ではあるけど、大体の人は着けるかな。ほらあたしも!」
「ウチも」
芦戸のスマホには豹柄でショッキングピンクの派手なカバーが着けられ、背面にハートのシールや、中学時代のものであろう制服姿でのプリクラが貼ってある。
耳郎のスマホカバーは透明なタイプで、スマホリングが取り付けられ、カバーの中にスタイリッシュなロゴのステッカーが入っていた。
「わ、可愛い!そっか、こういうこともできるんだ!いいかも…」
「ストラップとかも付けれるしね。あ、駅の近くにカワイー雑貨屋さんあるんだよね!スマホカバーも売ってたし、見に行ってみる?てか今日いける?」
「ウチは全然いける。でもネルってバス通学っしょ?」
「電車でも帰れないわけじゃないよ、最寄駅からは徒歩10分くらいだから。私も雑貨屋さん行きたい!」
「じゃあ行こ行こー!」
「これでケースは解決かな、よかったー」
放課後に友達と出かける予定ができ、ネリエルは嬉しそうに微笑んだ。
「ん、ごちそうさま。ネル、とりあえずウチらを友達追加しとこーよ」
「友達、追加…?もう友達じゃないの??」
「そうじゃなくて!いやそうなんだけど違くて、メッセのアカウント!」
ネリエルと耳郎のやりとりに、味噌汁を飲んでいた芦戸が咽せた。
「けっほ…!ヤバい、ネリエルおもろすぎ!」
「ちょ、ネル、ロック開けて!」
「あ、うん」
「操作していい?」
「どうぞ?」
「うわ…アプリほぼ初期状態だ……」
ロックを解除したネリエルのスマホを受け取り、耳郎がドン引きした声を出した。
「マジで触ってないんだね…お兄さんたちとの連絡はどうしてるの?」
「電話で取ってるよ。その時は電源を入れて使ってる」
「え、向こうからかかってきた時は!?」
「あんまり…ないかな?兄の一人が在宅でお仕事してるから、基本的に家にいるし。ちょっと遠くに出かける時は電源を入れて持ち歩くよ」
「わりと放任主義な感じなんだね…」
「そうかも。好きなことやりなさいって言ってくれるんだ」
「でもさあ真面目な話、雄英生ならいつでも連絡取れるようにしといたほうがいいかもよ?」
真剣な表情の耳郎に、ネリエルは「どうして?」と首を傾げた。
「朝いたでしょ、マスコミ。オールマイトのことがなくても、雄英生ってだけでいちゃもん付けられたり、ああいう取材されたりとかもあるらしいんだよ」
「え…そんなことがあるの?」
「うん、あるあるだって聞いた!雄英の制服も有名だしねー。雄英体育祭とかでもっと有名になるし!」
「ウチの親父が心配性でさあ。さすがにGPSは断固拒否したけど、電源はずっと入れておいて充電は切らさないようにって言われてるよ」
「そうなんだ…」
「あっ、あたし分かった!ネリエルあれでしょ。通信で在宅学習だったから、今までは連絡取る必要なかったんでしょ?」
「あ……そうかも!」
「あーね、納得」
芦戸の指摘に、ネリエルと耳郎は深く頷く。
「確かに、これからは家を離れる時間も多くなるし…連絡手段は必要よね」
「そゆこと!てことでー、あたしのアカも追加してー!」
「あ、お兄さんのアカウントは追加されてるんだ。ついでにネルのはグループに招待しとくね」
「グループ?」
「うん、A組の皆で喋れる部屋作ってあるんだー」
耳郎と芦戸がそれぞれのスマホ画面に出したQRコードを読み取らせ、ネリエルのアカウントに連絡先を追加させた。
耳郎が自分のスマホを片手ですいすいと操作し、もう片手にはネリエルのスマホを持って操作しているのを興味深く眺める。
「これでオッケー、と」
「あと何人だっけ?」
「あと五人ぐらいで全員かな。はい、ありがと」
「こっちこそありがとう。あ、ねえ…」
ネリエルが返されたスマホを受け取り、操作方法を聞こうと口を開いた瞬間、ウウ〜〜〜!!と大音量の警報が学校中に鳴り響いた。
「何何何!?」
「サイレン!?」
『セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんは速やかに屋外へ避難してください。繰り返します___』
「セキュリティ3て何!?」
「避難って、」
「響香ちゃん三奈ちゃん、行こう!」
「あ、うん!」
ネリエルはアナウンスを聞いて素早く立ち上がり、芦戸と耳郎を促す。周囲の生徒達も慌てて席を立って走り出しており、喧騒の中で「侵入者だ!」と叫ぶ声が聞こえた。
「侵入者ァ!!?」
「え、ヤバいじゃん…!どうなってんの!?」
「少なくとも
「うん、でも、わ、ちょっとヤバ…!」
「三奈ちゃん!」
出口へと殺到する人波に押され、転びかけた芦戸の腕を掴む。
「っごめ、ありがと!」
「ううん!響香ちゃんは大丈夫?」
「何とか!手繋いどこ!」
耳郎の手を握ると、『イヤホンジャック』も伸びてきてネリエルの腕に巻きついた。三人で何とかまとまることはできたものの、後ろからどんどん人が押し寄せてくる。
しかしネリエルは強靭な体幹により倒れるようなことはなく、芦戸と耳郎は自然とネリエルにくっついた。
「これ出口向かってる!?」
「うん、あそこに見えてる!」
背が高いので『EXIT』の文字も見えている。そのため、少し前方の人混みから突然ふわりと誰かが浮き上がってきたのもよく見えた。
「っ、え…飯田くん!?」
「え何!?」
おそらく麗日の“個性”で宙に浮かんだ飯田は、ズボンの裾を捲り上げ、『エンジン』を発動した。
「ヌォオ!!?」
「わー!!?」
無重力状態で急に推進力を得た飯田の体はぐるぐると勢いよく回転しながら飛んでいく。
そのままバゴン、と『EXIT』の看板の上に非常出口のシルエットのような体勢で叩きつけられた。
「飯田くん!」
「大丈ー夫!!」
かなり痛そうな音がしたが、飯田はものともせずに大声で叫んだ。
「ただのマスコミです!なにもパニックになることはありません、大丈ー夫!!ここは雄英!!最高峰の人間に相応しい行動をとりましょう!!」
目立つ場所からの明瞭な声掛けに、徐々に生徒達が落ち着きを取り戻していく。
「何だアレ…」
「なに?マスコミ?侵入者が?」
「そうっぽい」
ネリエルの腕を掴んで背伸びをした耳郎が人混みから頭を出し、「やっぱ飯田だ!」と声を上げた。
「なにアレどうなってんの?」
「多分だけど、お茶子ちゃんに浮かせてもらったんだ。それで『エンジン』で飛んでいってあそこに」
「マジか!飯田すげー」
「よくそんなこと咄嗟にやったね」
「あのままだと押されて怪我をしていた人がいたかも。飯田くんが声を掛けてくれてよかったよ」
いくらか静かになった生徒達に向けて、集まってきた教師陣が声を張り上げている。危険性はないので屋外へ避難の必要はなし、教室か食堂に焦らず戻れとの指示だ。
ネリエル達はまだ食事途中だったため、今度は走らずゆっくりと流れる人波に従って席へと戻った。
「あ、ひっくり返ってなかった!よかったー!」
「正直ビビったね…。マスコミって言ってたっけ?」
「うん。あ、あれかな」
食堂の窓から見える外に目を向けると、教師達によって押し留められている機材を抱えた一団が見えた。
「うわ、マジじゃん」
「鉄の壁があったはずなんだけど…乗り越えてきたのかな」
「あたしも見たけどけっこー高かったじゃん?機材抱えては無理じゃない?」
「確かにそうね。じゃあどうやって…」
「あ、警察」
「不法侵入だもんねー」
相澤は『今まで校内に部外者が侵入できたことはない』と言っていた。そんな実績のある最高峰のセキュリティを、マスコミだけで突破できるものだろうか。
そんな一抹の不信感を残しつつも、いつしか話題は別のことへと移り変わっていった。
「今日の帰りの
「時間がないものね。私も興味はあるけど、やっぱり難しいかなあ」
「7限まである時あるし、無理っしょ。ウチもパス」
そう話していた
「でっでは他の委員決めを執り行なって参ります!………けど、その前に、いいですか!委員長は、やっぱり飯田くんが良いと…思います!」
緑谷は緊張からかぶるぶると震えながら、それでもしっかりと断言した。
「あんな風にかっこよく人をまとめられるんだ。僕は…飯田くんがやるのが
「あ!良いんじゃね!!飯田食堂で超活躍してたし!!緑谷でも別に良いけどさ!!」
「非常口の標識みてえになってたよな」
緑谷の言葉に次々と賛成の声が上がる中、ネリエルはすっと手を挙げた。
「ねぇ緑谷くん。モモちゃんの気持ちはどうなるの?」
「あ」
緑谷はハッとした顔になり、隣の八百万を見た。
「飯田くんに入れたのは私だよ。だから飯田くんが委員になること自体に不満はないけど、緑谷くんの票も飯田くんに入ったとしたら、三人が二票ずつでしょ?」
「あの一票はネリエルくんだったのか…!確かにそうなると、我々三人の得票数はフラットだ!」
「うん。緑谷くんが辞退するなら、委員はモモちゃんと飯田くんの二人でいいと思う。でも、委員長がどっちになるかは話し合ったほうがいいんじゃない?モモちゃんだって『委員長』に立候補したんでしょ」
「…ありがとうございます、ネリエルさん」
八百万は優しく微笑んでから、「ですが」と続けた。
「食堂での飯田さんの働きを私も見ておりましたの。あの行動からして、委員長は飯田さんが相応しいと思いますわ。私は副委員長で不満はありません」
「ん、そっか。それならよかったよ」
「何でもいいから早く進めろ…時間がもったいない」
「すみません。でも友達を蔑ろにされるのは嫌だから」
「ごっ、ごめん八百万さん!独断であんなこと言っちゃって…!」
ネリエルがさらりと言った言葉に青ざめた緑谷が、大慌てで八百万に頭を下げる。八百万は横に首を振って緑谷の頭を上げさせた。
「大丈夫ですわ、ちゃんと納得いたしましたから。私は私に票を入れてくださった方に恥じないよう副委員長をしっかりと勤めます」
「八百万くん、ネリエルくん…!すまない!八百万くんの意思を無視してしまうところだった!そしてありがとう!俺を委員長に相応しいと言ってくれたことに恥じない働きをすると誓おう!」
◇
「やー、あん時のネリエルかっこよかったー!」
「そうかな?」
「飯田で決まりみたいな流れだったじゃん。あそこで口出せんの強いよ」
「ヤオモモもちゃんと納得してたし、よかったよね!」
放課後、ネリエルは耳郎と芦戸と共に駅のほうへと歩いていた。話題はやはり委員長決めに関することである。
「クラス委員ってどういうことをする人なの?」
「んー、基本は雑用!ほら、プリント配ってたみたいに先生をちょっと手伝ったり、連絡事項をクラスに伝達したりとかが多いかな」
「あとはクラスのまとめ役みたいな感じ。ヤオモモと飯田なら良い感じにやってくれるっしょ。二人とも責任感強いタイプみたいだしさ」
「そうね、あの二人なら安心!」
「あ、着いたよー!ここ!」
芦戸の案内で駅ビルの中に入っている雑貨屋に辿り着く。カラフルな色合いの食器類や、可愛らしいぬいぐるみやフィギュア、たくさんの種類の雑貨が陳列されている。
「可愛いお店…!」
「ケースはね〜、こっち!」
「お、結構種類あるじゃん。ウチも替えようかなー」
スマホの種類ごとに分けられた回転ラックには形も色も様々なスマホケースがぶら下げられており、ネリエルはその多彩さに目を輝かせた。
「この辺がネリエルの機種のやつだね。何色が好きとかある?」
「オレンジ、かな」
「いーね、可愛い!これとかどう?めっちゃキラキラ!」
芦戸が示したのはベースはオレンジだがラインストーンが散りばめられているデザインのものだ。ネリエルは「ちょっと派手かな…?」と首を傾げた。
「だよね、これはあたしが好きなタイプのやつ!シンプルめのが好き?」
「そう…かも?」
「てかオレンジ好きなの意外。三奈とかさ、自分がピンクだからピンク好きじゃん?ネルもコスチュームのラインとか緑だったから、緑が好きなのかと思ってた」
「うん、もちろん緑も好きよ。でもオレンジは…なんていうか、思い出の色なの」
呟くようにそう言ったネリエルに、芦戸がぱぁああっと顔を輝かせた。
「ねえちょっと甘酸っぱい香りがするんだけど!!何!?恋の話!!?」
「え、ええ?恋…?」
「待ってネル、ツインテのリボンがオレンジじゃん…!?そういうことだったりする!?」
「ちょ…たぶんなんか違う、そういうことって何!?」
「これは……!」
「まさか、無自覚…!?」
芦戸と耳郎は口に手を当ててネリエルを凝視している。ネリエルはどこか居た堪れなくなり、ツインテールにつけたリボンを指で弄る。
「これは普通に買ったものだし…。思い出は…私が弱かった時に、守ってもらったことがあるの。それで今度は、私が守れるようになりたいな…って。だから、恋ではない…かな…」
俯きながらのネリエルの言葉に、芦戸が悲鳴を上げた。
「あまじゅっぱーい!!!待ってヤバい!!健気じゃん!!」
「そうだね、それは確かに恋じゃないかもしれないよね!!よしネル、とりあえずその守りたいって気持ちはめちゃくちゃ大切にしてな!!?」
「う、うん!」
ものすごく早口になった耳郎に押され、ネリエルはとりあえず頷いた。
「はあ…入学から怒涛だったから、こういうのなんかめちゃくちゃ沁みる…」
「曖昧な感じがさ、いいよね…。守りたいってのもロックでさ…」
「わかる…」
「二人とも大丈夫…?」
「全っ然大丈夫」
「むしろめっちゃ元気になった。ケース選ぼ、オレンジ色で一番いいやつ買お」
「シンプルなものでいいんだけど……、あ」
ひとまず二人が落ち着いたところでラックを回してみると、一つのスマホケースがネリエルの目についた。
「これ……」
「何何どういうやつ!?」
「お花だ、かわいーね。機種も対応してる」
「うん」
オレンジ色をベースに、デフォルメされた白い花がワンポイントでついているデザインのものだ。
(苺の花って…こんな感じだったよね)
こっそりとそう考え、ネリエルはそのスマホケースを手に取った。
「白いお花になんかあったりする…??」
「えっ!?」
何故か内心をぴたりと言い当てられ、思わず肩が跳ねる。芦戸がにまりと笑った。
「へ〜、ほ〜ん?白いお花ね〜?」
「ちょっと三奈、やめてやりなって」
「いやっ、何も無いよ!とにかくこれにするから!買ってくる!」
口では芦戸を止めているものの、耳郎も表情が緩んでいる。ネリエルがレジに向かう後ろについてきて、二人揃ってにやにやとしていた。
「あ、そのまま着けてっていいですかー?」
「はーい、ケース開けちゃいますねー。返品交換はできなくなりまーす」
「ほらネル、着けちゃいなよ。カバーなしはフツーに危ないよ」
「あ、うん」
芦戸が店員に声をかけると、ケースの梱包が開けられて中身だけを渡される。耳郎に言われるままスマホを取り出し、そっとケースをはめ込んだ。
「カンペキ!」
「めっちゃいいじゃん」
「…うん。ありがとう」
ネリエルはスマホを裏返し、右下の端にぽつんと咲いた白い花を見つめた。瞳をキラキラとさせている芦戸がネリエルの顔を覗き込む。
「やっぱ白い花になんかあるでしょ!?」
「な、無いよ!っもう、帰ろ!」
「あっ、ごめんってー!からかいすぎたー!」
「あははっ!」
耳郎の笑い声が弾ける。早足で歩き出したネリエルを追いかけ、二人の手がポンと肩に置かれた。
「強くなれるように頑張ろ!あたしも頑張る!」
「っそれは、もちろん」
「守りたいってめっちゃカッケーよ。応援してる!」
「…ありがとう」
友達からの温かなエールに、ネリエルは少し頬を赤く染めながら頷く。
(一護に……私が、恋?ううん、そんなことは…でも…)
ほんの少しだけ心に引っ掛かりを残しながら、ネリエルは帰路についた。
「私の立場は…!?」ってなってるヤオモモのシーンは可哀想可愛いけど、今回は気持ちに折り合いをつける時間を作ってみました。