争いが続く陸の孤島、アリウス自治区
これはそこに存在したある"家族”の話
(オリ生徒が少し多めなので苦手な方はブラウザバック推奨です)
一人で拠点から離れ夜空を見上げる。月の光はない、星もだ。ここの空はいつだって私たちの力ではどうしようもない分厚い雲で覆われている。
偶に流れ着いてくる本では空は様々な姿に変化するらしい。
そんな空は滅多に見ない。見ることはあっても、ほんの数十分でいつもの姿に戻る。
この灰色と黒で構成された近いようで遠く、広いようで狭苦しい、私たちをここから逃がさないようにと押しとどめ続ける何かが私たちにとっての空だった。
それでも、この空が私にとっては当たり前で、落ち着く景色なのだ。
心地よくはない。高揚を、あるいは安らぎを与えてくれるわけでもない。
この黒が、寒さが、重苦しさが、私に暖かな記憶を家族の記憶をより鮮明に思い出させてくれる。ただそれだけなんだ。
私がサオリたちと出会ったのは、あの子たちが拠点の食料庫に忍び込んだ時。
食料はあの頃も今と変わらず基調だ。見張りが巡回していたはずだったんだけど、どうやらばれずにあそこまで忍び込めたらしい。
単に運が良かったのか、それとも才能か。
それとも、運命というやつなんだろうか。
私には難しいことは分からない。でも出会えて、一緒にいれて、今の私は嬉しいし温かい。
体も心もどちらも。
だから、それでいいんだと、そう思いながらあの日のことを思い返した。
△▼△▼
...皆と任務を終えて帰路に就く。
天候に恵まれなかったこと、相手の激しい抵抗により予定よりも数日遅れての帰還だった。
怪我人を介抱しつつ移動する。
私は皆の後方に位置取り、奇襲や追手の警戒をしていた。
アリウスの旧校舎ー現在の拠点が目前に迫ってきたころ、異変に気付く。
食料庫の方に慣れない気配を感じる。
奇襲や待ち伏せ、最悪、既に拠点が乗っ取られている可能性を考慮して、皆を置いて先行し、気配を消して近づく。
任務に就かず、待機していたメンバーを確認できた。拠点は無事だ。攻撃の気配はなく、静かな様子だった。
そのまま調査を続け、食料庫にたどり着く。
僅かに開いた食料庫の扉から中を覗くと、毛玉のようなものが箱の前でもぞもぞしていて思わず体がビクッとしてしまった。
「おいしいですねえ...私一人だけこんなぜいたく......サオリ姉さんたちに申し訳なくなってきます...んー♪」
...呑気な声が聞こえてきた。嬉しそうに、一人でもぐもぐとほっぺを膨らませながら毛玉が揺れる。
毛玉は毛玉ではなく人間だった。良かった。安心した。未知の生物が侵入しているのかと思った。
安心できたことだし、この子は一体何者なのかと思って声を掛ける。
「うんうん、そうだね。自分一人だけっていうのは、ちょっとダメだよねぇ」
「えへへ、やっぱり、そう...で...ス......かね......」
小さな声ではしゃいでいた毛玉がギギギとさび付いた金属のような音を立てながらこちらを向く。
伸ばしっぱなしの青みがかった緑色の髪の毛、知らない人間に後ろから声を掛けられて怖くなったのか、伸びきった前髪のわずかな隙間から見える綺麗な目がウルウルと水気を帯びてきていた。
「こんにちは。こんなところで何をしているのかな?毛玉ちゃん?」
「ヒッ!」
こちらが声を続けて掛けると、毛玉ちゃんが私の後方にすごい速さで飛んでいく。
おお、この小ささの割には早いなと思いながら入口側に先回りして毛玉ちゃんを受け止める。
「ああ、逃げないの。ていうかそんなに小さい割に速いねぇ。びっくりしたよ、私」
「うわぁん!もうヒヨリはここでおしまいです!助けてぇ!サオリ姉さん!」
「...ん?姉さん?」
なるほど、この子は「ヒヨリ」っていう名前なのか。というか「姉さん」か...ということは、単独犯じゃなくて複数犯?
意識を集中し周囲の気配を探る。......近づいてきているのが一つ、少し遠くに動いていない気配が一つ。この二つの気配がこの子の言う姉さんのことかな。
そんなことを考えているとテンポの速い足音に続いて、扉が勢いよく開かれる音と子供の声が私の耳に届いた。
「ヒヨリ!大丈夫か!?」
「サオリ姉さん!助けてえ!」
なるほど、この子が「サオリ」か。こちらが振り向くと同時に、サオリと呼ばれた子が攻撃を仕掛けてくる。
武器は小ぶりのナイフ、まっすぐ態勢を低くしながら私に突っ込んでくる。
片方の手はおそらく何も持っていない、こっちに向かってくる姿勢から見て、銃も隠し持っているかな。
この子の大きさ的におそらく拳銃。上手い、この年からこんな動きができるのはかなりの才能だ。
でも
(やっぱり、嫌だなぁ。こんなに小さい子が盗みをして銃を持っての攻撃もしなきゃいけないなんて)
ヒヨリと呼ばれていた子を脇に片腕で抱え直し、構える。サオリはナイフをこちらの顔に向けて投げながら、銃口を向けてくる。
ナイフの狙いも、拳銃への持ち替えもスムーズ。本当に良くできていると思いながらナイフを指先でキャッチした後に、逆手に持ち返る。
こちらがナイフをキャッチしたのに一瞬驚きながらも、走る速度は緩めずに連続で発砲してくる。弾丸の形、速度、ただの拳銃か、なら問題なし。
躱せる攻撃は回避しつつ、避けきれないものはナイフで切り落としていく。
距離が詰まってきたので、瞬間的にヒヨリという子を手放し、急接近する。
銃身を掴んで銃口を上に向けさせ、サオリの腹に少し強めに掌底を叩き込む。
意識を落とし、拳銃を掴む手が緩んできたことを確認しながらその体を抱え、一度離したヒヨリも落ちる前に回収する。
「...あれ?なんか一瞬私浮いたような...ってサオリ姉さん!大丈夫ですかぁ」
「大丈夫だよ。少し眠ってもらっただけだから、少し経てばこの子なら目を覚ますでしょ。それと...」
ヒヨリと呼ばれた子に答えながら入口に目を向けると、少しだけ人の形をした影が見える。
この子の強さ、戦い方からして隠密ができないとは思えない。そのやり方を仲間に教えていないとも思えない。
となると、いつも一緒にいる子がやられて少し動揺しているのかな?うまく隠れているつもりだろうけど、正直分かりやすい。
「そこに隠れている子、出ておいで。大丈夫、ひどい目に遭わせたりなんてしないからさ」
「......信用できない...というか何をしたの?今の」
ヒョコっと子供が入口の方から顔だけ覗かせる。気配からして先ほどの少し離れていたものに間違いないだろう。
この年齢の子たちのことだから、全員まとまって動いているはず。派閥外の子の気配はもう他にないみたいだし、これで全員ここに集まったかな?
「できるなら、信用してほしいかな。私もむやみやたらに暴力を振りたいわけじゃないし、それに、何をしたのって言われてもねえ...ただこの子を空中に置いといて、こっちの子を殴って、両方回収しただけだよ?」
「......じゃあ、今すぐサオリ姉さんとヒヨリを解放して」
「うーん...それは、そっちがちゃんと顔を見せてくれないと無理かな」
いまだにかなり警戒しているのか、相変わらず顔を僅かだけこちらに見せながら、小さな少女はこちらと言葉を交わしてくる。
......まいったな、そろそろ皆が戻ってくる。拳銃打たせちゃったから侵入者がいることくらい分かってるだろうし。
(この状況、見られたらまずいだろうなぁ)
入口に一つの気配がフッと現れる。会話と考え事に集中してて上手く感じ取れなかった。この隠密は狙撃手か。攻撃されたらまずい。
「狙撃手!やめろ!」
「......なにさ、隊長。ちっちゃいとはいえ、侵入者だよ」
「...え」
狙撃手ーアマネの接近に全く気づいていなかったのか、子供の小さな息を吐く音が聞こえる。
アマネは私の言葉を聞いて動きこそ止めているが、依然として銃を子供の頭に向けている。
膠着状態になっていると、何人かの足音が徐々にこちらに近づいてくるのが分かった。...戻ってきちゃったか。
「...怪我人は医務室に運んだ。他の部屋を見て回ったが、特に襲撃された様子もない」
副隊長ーメグミが入口から食料庫に入ってきて、私の目を見ながらそう呟く。他の二人は入ってこない、というよりかは足音が離れていってる。
次に、その目は侵入者である三人の子供たちを捉える。目をつぶり、上を向いて何かを考えたあとに数拍置いてから、深いため息を私に見せつける様に吐いた。
「...また面倒事を持ち込んだのか、お前は...」
心外だ。またとは何だ、またとは。
確かに、独断で路上にいた子を仲間に加えたり、圧政を敷いている派閥に単独で殴り込みをかけたり、勝手に他の派閥に侵入して、殲滅して派閥ごと吸収したこともあった...けど...
まずいね。色々考えてみると、反論の余地が全くないや。
「...いやー、そんなこと...ないと、思うんだけどな...」
「ならもっと自信をもって言え。自信を」
呆れたような視線を向けながら、メグミは食料庫を見て回り始めた。
物資の管理の総括をやっているのはメグミだから、その目で被害がどのくらい出ているのか確かめておきたいのだろう。
「アマネ、もう警戒を解いていいぞ。こいつがいるんだ。私たちがわざわざ目の前で監視する必要なんてない。あいつらと合流して、物資と人員の確認に行ってくれ」
「...りょーかい。じゃあまた後でねー、たいちょ♪」
「お疲れ様、後でね」
メグミの言葉を聞いて狙撃手の殺気が霧散する。いつもの雰囲気に戻った狙撃手は銃をしまってここから離れていく。
あの子も平時と戦闘時では雰囲気がかなり異なる。さっきまで銃を向けられていたからなのか、入り口にいた子はその変わりように目を開かせながら驚いていた。
「...そこそこの量の食料が盗まれているな。...特に袋のようなものが見当たらないが、そこの三人がこの場で食っていたのか?」
「いや、この子が一人で食べてただけだよ?」
「は?この量を?一人でか?」
そうだよと肯定すると、懐疑的な目を私に抱えられているヒヨリに向ける。恐ろしいのか、私の腕の中で身をよじらせて何とかその視線から逃れようとしていた。
...続けて、私の顔を苦虫を噛んだような顔で見つめてくる。
「...アイ、こいつら、どうするつもりだ?」
「え?保護する」
「...そうか」
私がどう答えるのか、察してはいたのだろう。先ほどよりも長いため息が食料庫に響いた。