悟飯「ボク、秀知院に通いたいな」 作:親子孫
悟飯が白目をむいていた日から数日が過ぎた。
「いまは慣れてきたが、やっぱスゲェな孫。この体にどうやってそんな……」
「会長さん達もちょっといります?」
なぜ悟飯が他人の目を憚らずに、弁当を机の上に広げているのかというと。
◆◆◆
あの日、白目をむいた悟飯はソファーに寝かされ、白銀と四宮による藤原への折檻が行われた。ある時はドスを効かせ、ある時は安心させるような一言から、反転し口撃を行い、またある時はシンプルに正論をぶつけ、藤原から見て二人は鬼のように映ったという。
悟飯がショックを飲み込んで目を覚ました頃には、逆に藤原がでソファーに倒れていた。
「……え、ふっ藤原さん?」
「う゛う゛〜〜〜〜っ、ごべんなざい
「!? ちょっとコレ!なんなんですか二人ともコレ!」
悟飯の気つけには、充分過ぎる光景だった。ソファーに座る悟飯に、対面して泣き喚きながら頭を下げる藤原。その後ろで鉄の笑顔の面を被っている四宮と白銀が微笑みかけ続けている。
起きがけの悟飯には、いや誰にとっても異様な光景であった。状況の把握ができずに、視線を右往左往させている悟飯を見かねて、白銀が咳払いをして説明し始める。
「藤原は今回ちょっとやらかし過ぎだからな……謝らせた」
「そんな!ボク怒ってなんか」
「違いますよ孫くん。貴方が怒っているかどうかは関係ありません。これはこちらが、藤原さんが謝らなければならないことです」
「ごめんね?私、孫くんが隠してるって知らなくってえええ!」
「ま、もういいだろ。悟飯も怒ってないしな。藤原もこれに懲りたら行動の前に頭を働かせろよ」
「はい……」
親しき中にも礼儀あり、と言うが、これは生徒会のメンバーの悟飯に対する礼儀である。悟飯が許すも許さないもまずは関係なく、礼儀として謝罪は必須。その倫理観は、この秀知院生徒会とあろうものなら、普通は持ち合わせている。
流石に今回は、悟飯のプライバシーを暴き、信頼関係を裏切った行為として、藤原になんだかんだ甘い二人もしっかり釘を刺した。これにより、藤原が一ヶ月の若干のしおらしさを持つ藤原となることが確約された。
「悟飯、もしかしてこれを隠したかったから、あの時も逃げてたのか」
「はい……ごめんなさい」
「謝る必要なんてねえよ。逆に勝手に詮索して悪かった。俺からも謝らせてくれ」
「いやいやいや!会長さんが謝ることなんてないですよホントに。ボク、一緒にご飯に誘われたとき凄く嬉しかったんですよ」
悟飯がそう言うと、白銀は照れたように少し目線を逸らす。その様子を四宮が面白そうに眺めている。小っ恥ずかしそうな白銀が可愛らしくてたまらないのだろう。
そして藤原は、先ほどの説教の中で約束されせられた『二週間コーヒー淹れ当番』の任を果たすべく、お盆を持ってこの場から離れていく。その背中からは、罪悪感が重く重くのしかかっているように見えた。
藤原がコーヒーの準備をするためポットの側へ歩いていく。そこで悟飯はここまでずっと抱いていた疑問を、思い切ってぶつけてみる。
「気持ち悪く思わないんですか、ボクのこと」
沈黙……。質問の意図を汲めなかった二人は、互いに顔を見合わせ首を傾げた。悟飯は胸が張り裂けそうになるほど緊張しながら質問したのに、何の反応もなく、困惑する。
悟飯は、もう生徒会にいられないと覚悟した。白銀たちからさえも怪物を見るような視線を送られるのは、悟飯も耐えられない。白目をむいた理由は、せっかく手に入れた初めての友情を手放さざるを得ないと考えると、脳みそに吹雪に直撃したような衝撃が走ったためである。
藤原が、目覚めた瞬間に頭を下げているとかいう珍光景を目にしていなければ、悟飯は別れを思い浮かべて泣いていた。
「気持ち悪いって、どういうことだ?」
「だって、あんなに食べる人間なんていないじゃないですか。ボクがおかしいのは分かってるんです。小さいころから、他人よりずっと食べる量が多くて。誰かにそれを見られると、ギョッとした目で驚かれるんです。ボクが入学したてのころだって、遠くでヒソヒソなにか話してて……」
「それはきっと、貴方を尊敬するあまり目の前に直接立つことが出来ない方々なのでしょう。ファンクラブかもしれませんよ?ふふ、いいじゃないですか、大食いでも」
「ていうかギャル曽根とかなら全然あんくらい食べる気がするしな」「ギャル曽根って誰です?会長」
悟飯は拍子抜けした。四宮が自分に気を遣って、いいように捉えられるようにしたのは悟飯でも理解でき、そこは申し訳なさを感じる。しかし、自身を責める、恐れるような感情は行動のどこをとっても感じられない。
それは、今この場にいない藤原も同様である。悟飯は心臓の拍動が落ち着いていくのを自覚する。友人における信頼関係というものを、ある地球に住むナメック星人は別として、初めて目の当たりにした。
(よかったああ〜〜〜〜……)
「もし食べる場所がなくて隠れて食事をとるくらいなら、生徒会室で食べればいいんじゃありません?ノックもしないでこの生徒会室にやってくるような無礼者は、この秀知院にはいないでしょうし」
「いいんですか?会長さん」
「もちろんだ。さ、早く食べないと時間が無くなるぞ。生徒会が授業に遅れるなんて許されないからな」
悟飯は、弁当を急いでかき込み始めた会長の様子をポカンと眺める。しかし、その心は晴れやかに澄み渡っていっていた。大食漢でも良いと許されたように感じたからである。
そしてある希望を抱く。まだまだ悟飯には話せない秘密がいくらでもある。大食いなことなど、悟飯の抱える秘密の中では軽いものだ。しかし、この調子なら、この友人たちならば、あるいは─────。
満面の笑みで、悟飯は残る大量の弁当を、脅威のスピードで片付けていくのだった。
◆◆◆
「ねえ孫くん!?これはちょっととは言いませんよ!」
「えっ?だってコレふた口でいけるくらいの量ですよ」
悟飯にとってはそうだが、普通に一品ぶんくらいの量を四宮に渡した。四宮は見ていなかったので気付かなかったが、白銀の弁当箱は半分ほど悟飯の渡されたオカズたちで満たされている。
白銀は水筒のお茶で口にパンパンに詰まったものを喉に流し込み、声を大にして悟飯へツッコミを入れる。
「お前基準のふた口は俺ら基準の『もう一品』なんだよ!」
「コーヒー入りましたよ〜〜」
「あと藤原はなんで食中にコーヒーを出す?カフェオレじゃないんだぞ」
藤原がティーカップを白銀の目の前に置く。湯気がまだ立っているのは淹れたてなことを示している。食後にいい感じの温度となるという、普段なら素晴らしい藤原の配慮だったが、この時ばかりは嫌味としか思えなかった。
しかし残すことは許されない。四宮は家柄ゆえの教育方針により、食事を残すということは無礼極まりない行為と叩き込まれており、白銀も家庭環境から、食事の大切さは誰よりも知っていると思っている。
そして何より嬉しそうな顔でオカズを渡してきた悟飯に申し訳ない。白銀と四宮は決心する。暫しのあいだ瞑目し、悟りを開いたかのように開眼すれば。
「うおおおおおお!!」
「はああああああ!!」
(やっぱり母さんの料理は美味しいや)
高速で箸が動き、料理が咀嚼される。その隣で悟飯はのほほんとした顔をしながら、二人の三倍の速度で料理が腹の中に消していく。その必死の形相を見ながら、藤原は席を離れていて良かったと安堵する。
やっと弁当箱の中を空にした二人は、もう悟飯からの施しを受けることはしないと決めた。藤原も同じ轍は踏むまいと、同様に考える。のち新たに生徒会の一員となる生真面目系女子がやってくるまで、悟飯のオカズは分けられることはない。
◆◆◆
またある日。今日は藤原の『二週間コーヒー淹れ当番』の最終日である。別に藤原はコーヒーを淹れることは苦に思っていないが、それでも自主的にいつもやろうと思うのと、やらなければならないでは心持ちが変わってくるので、今日の藤原は少し機嫌が良かった。
「みなさんコーヒー入りましたよ。どうぞ孫くん!」
「ありがとうございます」
「かぐやさんも!」
「ありがとう」
「会長もど………! か……会長もしかして」
席の近かった順から、コーヒーを配っていく藤原。その足取りはどこか軽快であった。悟飯、四宮の前にカップを置き、最後のひとつを会長席に座る白銀に届けにいく。
白銀の眼前にコーヒーをサーブし、二週間前の罪の禊ぎを終えようとする藤原だが、白銀の自慢げな表情に動きを止める。そして視線は白銀が見せつけるように手に持った板へ。
「ついに
「フフ……まあな」
世はIT時代!スマホ不要論を唱えていたド堅物の白銀も近頃の通信料の低価格化もありようやく重い腰を上げた!(四宮の策略の一環ではある)
高校生活に於いてスマホの重要さは今更語るまでもない。
(ケータイかぁ。そういえばボク持ってないな)
……一応、語っといたほうがいいのかもしれない!
スマホと呼ばれるその黒い板は、高校生にとって命の次に大事なものとして扱っても過言ではない代物である。友人との雑談や遊びの約束を行い、情報を入手し娯楽を楽しむ媒体とし、告白というイベントさえケータイで行う例もある。
学校の連絡もスマホの教育用アプリを介して行われることもあり、無ければ学校生活がままならないこともある。それ程までにその黒い板は人間の生活に於いて重大な役割を果たしているのだ。
「なんと言っても買わないの一点張りだった会長が……ようこそ文明社会に……!」
「人を原始人みたいに言うんじゃない」
(そんなに大事なのか、その『スマホ』ってやつは)
悟飯は二人の会話を聞き流しながら、スマホという物について考えていた。横目で白銀のスマホを観察する。しかし見た目から得られる情報は全く皆無で、話についていけない悟飯は内心焦りながら座っていた。
ちょうどこの頃同時に、白銀と四宮の心理戦が始まっている。ラインのIDを訊く訊かれるというしょーもないことで、あれこれ思考を巡らせている。
白銀と四宮がプライドをかけた勝負を繰り広げている中、悟飯は静かにコーヒーを口に含む。藤原がスマホを取り出し、白銀のスマホと近付けて何やら操作をしている。スマホという存在をあまり知らない悟飯には、遠巻きに見ている現状、そこで何が起こっているのか分からない。
(けど、聞きに行ったら、『そんなことも知らないのか』って思われそうだしな……)
(四宮め、なぜ訊いてこない!俺の連絡先だぞ、その価値をわかっているのか?)
(会長、無駄ですよ。私からはぜーったい訊いてやりません。異性である私に会長が恥ずかしがりながら訊いてくるのに『意味』があるのではないですか)
(今日は久々にラーメン食べたいなぁ)
様々な思惑が交錯する生徒会!白銀と四宮は互いに顔色を窺いつづけ、悟飯はその二人をさらに窺う。
「あれ!会長このプロフィール画像って……?」
「ああ。俺が子供の頃の写真だ」
「かわいー!この頃から目つき悪ーい!」
「目つきに関しては結構なコンプレックスだから触れてくれるな」
白銀が行った四宮釣り出し作戦。それは四宮だけではなく、悟飯にも相応の効果があった。
白銀の子供の頃の写真というのは、白銀が自ら見せなければ見ることはできない代物だ。しかも、それで盛り上がっているというのに、自分だけ見ることはできずに蚊帳の外なのは一定の寂しさがある。
好奇心と孤独感、それらを利用した作戦。白銀は策の完成のため、更なる一手を打つ。
「だがこれはちょっと恥ずかしいな。やっぱり別の写真に変えておこう。そうだな、三分後に変えよう」
わざとらしく少し大きな声で宣言する白銀。
(時間制限なんて卑怯な!)
(べ、別に見に行ってもいいよね。これは写真が気になるだけ、うん。そうだ、写真を見にいくだけだから怪しくない……)
さらに時間制限をかけることで逼迫させる。判断力と時間を奪い、突発的に行動させることで四宮の心は揺れ動く。同時に悟飯の好奇心も膨らむ。
そしてついに我慢の限界を迎えた悟飯が立ち上がる。対面で自身と同じく不動を決め込んでいた悟飯が動いたことで、四宮はさらに焦る。このままでは、この話題に乗れなかったのは自分だけになるかもしれない、と。
自分から連絡先を聞くのは許されないが、この中で孤立するのも、四宮のプライドが許さない。そこで四宮はある秘策を打つ。
「あれ?四宮さん……?」
「ぐすっ…会長は……ひどいひとです」
白銀は四宮の心中を勝手に推察し、原因だと思われる画像を四宮たちに見せてしまう。それで四宮が元気になるかもという善意の行動。しかし、判断力を奪われていたのは白銀の方だった。
罠だと気付いたことには時すでに遅し。白銀が見せた画像は彼女の脳内に即座にインプット。白銀は唯一の切り札を失い再び戻ってくるは四宮の絶対的優位!
(これで会長のIDは訊く必要がなくなりました)
(くそっ、逆転の目は……!)
慌てふためく藤原と、労せず目的を達せた悟飯をよそに、二人は策謀を練る。反撃の一手は隠し持っている白銀だが、それはかなり奥の手。そしてその思考を封殺せんと畳み掛ける四宮。
その複雑に絡んだ心理戦の中に、ぴちょんと。ひとつの雫が落ちたような衝撃が訪れる。
「あっ、そうですよ!ガラケーだからライン出来ないかぐやさんの前でラインの話ばかりするの確かにひどいですよね〜〜〜〜〜〜」
(ガラケーってなんだろ?また分かんないのが出てきちまったぞ)
しじまが生徒会室に広がる。ガラケーさえわからない悟飯はもう救えないが、藤原の発言の意味を理解した二人は心の中で叫ぶ。
((ガラケーってライン出来ないの!?))
「金持ちだろ買い替えろ!」
「幼稚園から使ってる携帯で愛着があるんです!今更変えられません!」
本日の勝敗 両者敗北
◆◆◆
舞空術をやめ、その建物のだだっ広いベランダに降り立つ。そのまま扉を開けて廊下を進んでいると、分かれ道がある。右手に行くとリビングで、左手側は今の悟飯の寮みたいなものである部屋がある。
悟飯は左手側に曲がり荷物をベッドに置くと、部屋を出てリビングの方に歩いていく。
「あら悟飯くん、おかえりなさい」
「ただいまですブルマさん。トランクスくんたちはいないんですか?」
「ああ、アイツとトレーニングルームよ。身長伸びないわよって言っても、ぜーんぜんトレーニング辞めないんだから、困っちゃってるのよねー」
「ははは、やっぱりトランクスくんもサイヤ人ですね」
そんな他愛のない会話を、家主のブルマと行う。悟飯はソファーに腰掛け、ぐぐーっと伸びをすると、だらんと背もたれに体重を預けてくつろぐ。このカプセルコーポレーションは悟飯のもうひとつの家として、定着しつつある。
ブルマも、最近の悟飯と話すのは好きになってきている。一年前までとは全く違う、友達のことや学校であった楽しいことを嬉しそうな顔で語る悟飯。それを見ていると青春を再び体験しているようで、ブルマは自分も老いたなと心の中で呟く。
この姿をチチに見せてやりたいと思いながら、会話に花を咲かせていく。
「あ、そういえばブルマさん。スマホ、って知ってますか?」
「スマホ?それがどーしたの」
「友達がついにそれを買ったって自慢してて。生活にすごい大事らしいんですけど、ボク知らなくて」
ブルマは驚いた。まさか、スマホさえ知らないとは。こんな超世間知らずなところは、父である孫悟空と似ていると思う。性格は真反対のような親子だったが、こういうところを見ると、親子と再確認する。
「スマホっていうのは、簡単に言えば通信機よどこでも持ち運べる、ね」
「でもボク、通信機なら持ってますよ、腕時計型のヤツ。これはスマホじゃないですよね」
「通信機よりも機能が多いのがスマホなの。写真も撮れるし、調べ物もできるし、ゲームとかもできるわね。あとは、文章で誰かと会話できたり」
「へー、いいですね、便利そうで」
悟飯ももう高校生である。スマホのひとつでも持っておかなければ、最大限にその青春を味わえるかどうかは難しい。ブルマは少し考えたのち、悟飯にある提案をする。
「チチさんがなんていうか分からないけど、買ってみる?スマホ」
「買うって、そんな簡単に決められるものなんですか?」
「じゃ、今週末、チチさんの許可が下りたらね。トランクスも連れてくわ」
質問をスルーされ、勝手に話を進めるブルマを強引と思う。まぁ、悟飯もその気であったため心の中でムッと思うだけに留まる。
後日の孫家のこと。悟飯はスマホのことを相談する。田舎育ちのチチも当然そんなものは知らず、悟飯に「それは勉強に必要なもんだか?」と尋ねる。その言葉に、断られるような気配を悟飯は感じるも、嘘をついてまで欲しいものではなく、正直に答える。
「友達といっしょに使いたいなって思って……」
「なら構わねえだ」
「いいんですか?」
「オラは確かに勉強を頑張ってほしくて学校へ行かせたけんど、いっしょに悟飯に友達を作ってやりてえっつても思ってただ。そんなら、おめえの友達づくりに協力してやるのが親ってもんだ」
悟飯は素直に驚き、同時に感謝と感動の念を覚える。チチは代わりに、「友達をオラのとこに連れてくるだ」という約束を悟飯と交わした。弟の悟天にもその話をすると、ついていきたいとせがまれ、ブルマの許可が降りたので、四人でケータイショップへ行くことになった。
◆◆◆
同時に、東京四宮別邸でもスマホの話が持ち上がっていた。主人である四宮かぐやがスマホについて恥をかき、知識不足の解消のため近侍にある指令を下していたのである。
「早坂、今週末、スマホについて調べておいて」
その近侍は主人の無茶振りに対応し続けるプロである。そして自分の趣味であるパソコンいじりに知識を活かせるかもしれないと、いつもの指令よりは楽な仕事として了承する。
「承りました、かぐや様」
『早坂愛』───それが彼女の名前である。