それはそうと本編の座村さんがとても二次創作しやすい状況になっちゃった…
今回は短めです!
シャーレ執務室は、生徒が来ない昼に不思議なほど静かになる。
キヴォトスの中心にある施設だというのに、ここだけ時間が少しゆっくり流れているようだった。大きな窓から柔らかな光が差し込み、机の上に置かれた書類やタブレットの影を長く伸ばしている。外から聞こえる街の音も、ここまで届く頃にはどこか遠いもののように感じられた。
机の端に腰掛けながら、座村清市は一本の刀を膝の上に置いていた。
飛宗。
黒い鞘に収められた日本刀。銃器が当たり前のこの都市では、あまりにも場違いな武器だった。だが座村にとっては、それが一番手に馴染む道具でもある。
鞘から刀を抜く。
鋼が鞘を離れる音が、静かな執務室に細く響いた。
座村は白い布を取り出し、ゆっくりと刃を拭く。
刃先から棟へ、そしてもう一度刃先へ。丁寧に、いつも通りの手順で。
昨日の戦闘は、それなりに激しいものだった。違法改造銃を持った不良たちに囲まれ、ワルキューレの部隊が包囲戦をしていた現場。普通の人間なら近づくことすら躊躇するような状況だったが、座村はそこで刀を振っていた。
だが、刃には傷一つない。
それを確かめるというより、ただの習慣のように座村は布を動かす。
その様子を、少し離れた場所から観察している存在がいた。
空中に淡く浮かぶホログラム。青い髪の少女。
シャーレの管理AI、アロナだ。
アロナは腕を組みながら、じっと座村を見ていた。視線は刀に向いている。
「先生、その刀……また手入れしてるんですね」
静かな声だったが、どこか疑問が混ざっている。座村は布を動かす手を止めず、軽く首を傾けた。
「ん? ああ、まあな。使った後は拭いとくのが癖みたいなもんだ」
アロナは小さなホログラム画面をいくつか展開する。そこには昨夜の戦闘ログが映っていた。
銃を構える不良たち。
その中心に立つ黒い影。
フレームが飛び、武器が次々と壊れていく映像。
アロナは少し眉を寄せる。
「昨日の戦闘ログ、全部確認しました。ワルキューレ公安局からも共有されていたので」
座村は苦笑する。
「ずいぶん熱心だな」
「当然です。シャーレの先生の行動ですから」
アロナは画面を拡大した。
そこには、武器が割れる瞬間のフレームが映っている。だが、座村の姿はほとんど見えない。
ただ、黒い影のようなものが一瞬だけ残っているだけだった。
「先生の動き、カメラが追えてません」
アロナは淡々と続ける。
「フレームが飛んでます。普通の生徒でも、ここまで記録が乱れることはありません」
座村は肩をすくめた。
「カメラの調子が悪かったんじゃないか」
「違います」
即答だった。
「複数のカメラで同じ現象が起きています」
アロナはさらに別の映像を出す。銃が真っ二つに割れる瞬間。だが刀の軌道は映っていない。
「先生、何したんですか」
少しだけ、声の調子が変わる。
座村は布で刃を拭きながら答えた。
「何って言われてもな。飛んできた弾とか銃とか、ちょっと壊しただけだ」
「ちょっと、じゃありません!」
アロナは腕を組む。
「銃器破壊十七件。武装解除成功率百パーセント。負傷者ゼロ」
少し間を置いて続けた。
「普通じゃありません!」
座村は小さく笑う。
「この街じゃ、普通ってのもあんまり意味ないだろ」
確かにその通りだった。キヴォトスは普通の街ではない。銃撃戦が日常に混ざり、学生が軍事装備を持つ都市。
それでも。
それでも座村の戦い方は異質だった。
アロナはいかにも納得がいっていない顔をして、うんうんと唸っていた。
執務室に静かな時間が流れる。外から遠くの街の音が聞こえる。
車の走る音。
誰かの笑い声。
遠くで鳴るサイレン。
キヴォトスの日常だ。
やがてアロナが口を開く。
「先生」
「ん?」
「怖くないんですか」
座村は少し考える。
「何が?」
「銃とか爆弾とか」
アロナは窓の外を見る。
「この街って、結構危ないですよ」
昨日の映像を思い出しているのだろう。座村も窓の外へ顔を向けた。
遠くに見える学園都市の建物。
その間を走る道路。
学生たちが歩いている。
どこにでもある光景だ。
だが、ここではいつ戦闘が起きてもおかしくない。
座村はゆっくり答えた。
「怖いかどうかで言えば……まあ、怖いこともあるな」
アロナは少し驚いた顔をした。
「あるんですね!」
「そりゃあるさ」
座村は苦笑する。
「でもな」
少しだけ間を置く。
「生徒のほうが、もっと危ない場所に立ってるだろ」
ワルキューレの部隊。
トリニティの戦闘部隊。
ゲヘナの問題児たち。
この都市では、学生が最前線に立つことが珍しくない。
「だから、大人が後ろに引くわけにはいかない」
静かな言葉だった。
アロナは少し黙った。
それから、小さく笑う。
「先生って、そういうことさらっと言いますよね」
「そうか?」
「はい」
アロナは首を傾げる。
「ずるいです」
「何がだ」
「そういうこと言われると、怪しいって言いづらくなるじゃないですか」
それを聞いた座村は思わず苦笑した。
「まだ怪しいと思ってるのか」
「思ってます」
即答だった。
え~?と座村がぼやいた後、執務室にはまた静けさが戻る。
アロナは再び刀を見る。
飛宗。
黒い鞘。静かな存在感。データベースには登録されていない武器。
アロナはゆっくり言った。
「でも」
「ん?」
「昨日の現場、先生がいなかったら大変だったと思います」
戦闘ログが再生される
宙を舞う手榴弾。一般人がいる方向へ飛んでいく。
その瞬間。
画面いっぱいに広がる黒い羽。
アロナは少し目を細める。
「あれ、なんですか」
座村は頭をかく。
「さあな」
「先生」
「ん?」
「絶対知ってますよね」
座村は少し笑った。
「まあ、ちょっとした手品みたいなもんだ」
アロナはため息をつく。
「先生、本当に説明する気ないですよね」
「説明できるほど立派なもんじゃないんだよ、タイミングが来たら言うよ」
そう言って、座村は刀を鞘に納めた。
カチ、と小さな音。その音は、妙に静かな余韻を残した。
アロナはその音を聞きながら思う。
この人は不思議だ。
ヘイローもない。特別な装備もない。データにもほとんど情報がない。
それなのに。
キヴォトスの戦場で、平然と立っている。
そして何より。
生徒たちが、この人を信頼している。
ワルキューレのカンナ。
ゲヘナの生徒たち。
トリニティの学生。
誰もが同じ言葉を使う。
「先生」
その呼び方には、尊敬が混ざっている。
アロナは小さく呟いた。
「……やっぱり先生は先生ですね」
座村は少し照れくさそうに笑う。
「それ、褒めてるのか?」
「もちろんです」
アロナはにこっと笑った。
「シャーレの先生なんですから」
執務室の外では、キヴォトスの街が今日も動いている。
遠くでまた、サイレンが鳴った。