常闇の邪竜戦記   作:星乃 望夢

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第十五話

 

その一撃は、冬木の闇に潜む全ての魔術師たちの度肝を抜いた。

 

剣と槍の打ち合いではない。それは局地的な災害だった。

 

「……あり得ない」

 

スコープ越しに戦場を監視していた魔術師殺しの指が、凍りついたように動かない。

 

暗視スコープの映像が、セイバーの放つ熱量と魔力光でホワイトアウトしかけている。

 

彼は知っていた。セイバーのステータスは優秀だが、あくまで常識の範疇だと。

 

自分の魔術回路が平凡である以上、彼女の性能は制限されるはずだった。

 

だが、現実はどうだ。

 

あの出力は、戦略兵器に近い。戦車どころか要塞を一撃で粉砕しかねない質量兵器だ。

 

そして、切嗣の眼は逃さなかった。

 

セイバーの背後、悠然と佇むあの「キャスターのような姿をした魔術師」から、太く、力強い魔力のパスがセイバーへと供給され続けている事実を。

 

「あの魔術師が……本体か。僕のサーヴァントを乗っ取り、燃料を無限に注ぎ込んでいるとでも言うのか……?」

 

制御不能の第三勢力。その言葉の意味を、彼は最悪の形で理解した。

 

彼の描いた戦術マップは、たった今、白紙になった。

 

 

◇◇◇

 

 

優雅に傾けていたワイングラスが、床に落ちて赤い飛沫を散らした。

 

アサシンを通じて送られてくる視覚共有。そこに映る光景に、遠坂時臣の余裕が剥がれ落ちる。

 

「……綺礼、これは何だ?」

 

『事実です、師よ。セイバーの魔力総量は計測不能。この冬木の龍脈すら超えている可能性があります』

 

「馬鹿な……! 一介の魔術師にあれほどの魔力供給が可能だと!? それに、あの背後の魔術師……英霊ではないのか? 何者なのだ!」

 

彼の想定では、最強のカードは自身の召喚したアーチャー──ギルガメッシュであるはずだった。

 

だが、あのセイバーの単純火力は、英霊の格という概念すらねじ伏せる暴威だ。

 

聖杯戦争のルールそのものを破壊する「イレギュラー」の出現に、時臣は初めて焦りを滲ませた。

 

 

◇◇◇

 

 

「ひ、ひぃぃぃっ!?」

 

鉄骨の影で、ウェイバーは腰を抜かしていた。

 

あの埠頭から放たれているプレッシャーが、人が触れてはいけないレベルの「神秘」の塊であることを。

 

「なんだよあれ! あんなの勝てるわけないじゃん! もうサーヴァントじゃないよ、あんなのただの怪獣だよぉぉッ!」

 

「ほう! 小柄な騎士と侮っていたが、中々にどうして、嵐のような覇気ではないか!」

 

 ガタガタ震えるマスターの横で、巨躯のライダー──イスカンダルだけが、目を輝かせてその光景を見つめている。

 

だが、その豪放な王ですら、警戒の色を隠しきれてはいなかった。

 

 

◇◇◇

 

 

そして、最も死を身近に感じているのは、現場に居合わせた彼だった。

 

(冗談ではない……!)

 

彼は、嘲笑と共に颯爽と登場し、ランサーに加勢するつもりだった。

 

だが、足が動かない。

 

一歩でもあの黄金の暴風圏内に踏み込めば、自分の優秀な防御礼装(月霊髄液)ごと蒸発させられるという、本能的な恐怖。

 

あの魔術師は、ランサーに「高潔なる勝利を」と言った。

 

だが、その裏にあるメッセージは明白だ。

 

『我が君の邪魔をするなら、蟻のように踏み潰すぞ』と。

 

ケイネスは脂汗を流しながら、歯噛みすることしかできなかった。

 

 

◇◇◇

 

 

僕は『創造』の起源を励起させ、目の前で黄金の粒子を纏うアルトリアの霊基を読み取った。

 

……間違いない。

 

僕が竜の心臓の代行をしていることで、彼女の出力が跳ね上がったのではない。これは、彼女が「全盛期に戻った」だけのことだ。

 

在りし日のブリテンを統治し、異民族を蹴散らし、幻想種すらねじ伏せた騎士王。

 

サーヴァントという器、聖杯戦争というシステム上の枷に無理やり押し込められていたその力が、解放されたに過ぎない。

 

今の彼女こそが、正真正銘の騎士王アルトリア・ペンドラゴンなのだ。

 

(これならば……勝てる)

 

僕は確信する。

 

この出力、この輝きならば、あの遠坂時臣が召喚した「最古の英雄王」ギルガメッシュですら圧倒し、倒しきれるだろう。

 

彼が振るう乖離剣エア──その世界を分つ理不尽な覇光さえ、今のアルトリアが放つ星の聖剣の輝きならば、真正面から押し流し、呑み込めるはずだ。

 

そう、勝利を確信した、その刹那だった。

 

「■■■■■■■――ッ!!!」

 

怨嗟とも咆哮ともつかぬ、狂ったノイズが夜気を引き裂いた。

 

アスファルトを砕き、漆黒の凶弾がアルトリアの背後へと肉薄する。

 

「──させない」

 

反応したのは、アルトリアではない。僕だ。

 

僕は瞬時に魔術回路をフル回転させ、キャスターから『アルトリア・アヴァロン』の姿へと変転する。

 

左手に杖を、右手には星の光で創造した『星の聖剣』を。

 

僕は滑り込むようにアルトリアの背中を庇い、振り下ろされた黒い鉄柱──いや、何かを掴んで武器とした街灯を、聖剣の腹で受け止めた。

 

火花が散る。

 

重い。鉛のような執念が籠もった一撃。

 

「……ッ、まさか、いや……早すぎる」

 

目の前で赤黒い魔力を噴き上げる、全身甲冑の黒騎士。

 

アルトリアの放つあまりに強大な「王の気配」に当てられて、理性を失った獣の本能が刺激されたか?

 

兜の隙間から漏れ出る赤い光。そこから伝わる波動を、僕は知っている。

 

狂化によって歪められてはいるが、その剣技の冴えは隠しようがない。

 

「……『湖の騎士』ランスロット!」

 

かつて円卓の並ぶ者なき最強の騎士。

 

王を誰よりも敬愛し、それゆえに狂った悲劇の騎士が、王の光に誘蛾灯のように引き寄せられ、今ここに立っていた。

 

火花が散る鍔迫り合い。

 

怨嗟の唸りを上げる黒騎士の腕力は、狂化の恩恵も相まってデタラメな領域にある。だが、竜の心臓を持つ僕の身体能力もまた、英霊のそれを凌駕している。

 

「──シッ!」

 

僕は気合一閃、受け止めていた鉄柱を聖剣で押し返し、その反動を利用して黒騎士の胴へ蹴りを叩き込んだ。

 

黒い鎧が後方へ弾き飛ばされる。

 

僕はその隙を逃さず、アルトリアの前に立ちはだかるように間合いを詰め、彼女の視界から黒騎士を遮断した。

 

「我が君! この狂犬は私が引き受けます。どうか後ろへ!」

 

アルトリアが何か言いかけるより早く、僕は加速する。

 

彼女に、この騎士の正体を悟らせてはならない。

 

あの真面目すぎる王が、変わり果てたかつての筆頭騎士の姿を見れば、その心は再び千々に乱れるだろう。その隙は、この戦場では致命傷になる。

 

「■■■■──Arrrruuuu──!!!」

 

体勢を立て直した黒騎士が、王の名を呪詛のように叫びながら、獣の如き跳躍で襲いかかってくる。

 

手にした鉄柱が無軌道に振り回され、周囲の空気を切り裂く。

 

(……哀れな)

 

僕は、その赤く発光するスリットの奥を見据え、胸中で独りごちた。

 

湖の騎士ランスロット。円卓最強と謳われた武の体現者。

 

王を誰よりも愛し、尊敬し、それゆえに許されざる恋に落ち、王を裏切った男。

 

その果てが、これか。

 

理性も、誇りも、騎士道も、全てを狂気に塗りつぶし、ただ王への執着のみで現界した亡霊。

 

その姿には、かつての栄光のかけらもない。あるのは、癒えることのない後悔と断罪を求める渇望だけだ。

 

その身に滲む底なしの哀愁に、僕は胸を締め付けられるような憐憫を覚える。

 

――だが。

 

僕は鉄柱の乱打を、星の聖剣で巧みに受け流し、逸らし、弾いていく。

 

狂ってはいるが、その技術は錆びついていない。『無窮の武練』。如何なる精神状態にあっても十全の戦闘能力を発揮する、武の極致。

 

だが、その技が繰り出される動機に、僕は静かな憤りを抱く。

 

お前は、今まさに始まろうとしていた、騎士王と槍兵による高潔な決闘を邪魔した。

 

互いに名乗りを上げ、敬意を払い、技を競い合う。あの美しい瞬間に、土足で踏み込み、泥を塗ろうとした。

 

それは、騎士としての死に場所すら見失った、亡者の嫉妬か?

 

「王の威光に惹かれて迷い出たか、悲劇の騎士よ」

 

僕は彼と刃を交えながら、王には聞こえぬよう、囁くような声で告げた。

 

「だが、お前に王の御前に立つ資格はない。その狂気で、我が君の誇り高い戦いを穢そうとした不義――この守護者(アヴァロン)が断罪する!」

 

僕は防御から攻撃へと転じる。

 

守りの杖を背後に回し、右手の聖剣に膨大な魔力を注ぎ込む。

 

星の光が刃となり、夜の闇を切り裂くように輝きを増した。

 

「御免、ランスロット卿。――せめて、王の記憶にない場所で散るがいい!」

 

僕は右手に掲げた星の聖剣に、竜の心臓から汲み上げた莫大な魔力を奔らせる。

 

もはや手加減の必要はない。この亡霊を、王の御前から退かせるためならば。

 

「――光よ。道を拓き、影を払え!『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』――ッッ!!」

 

真名解放。

 

夜の倉庫街が、昼間以上の光量で塗り潰された。

 

刀身から解き放たれたのは、熱線や衝撃波の類ではない。純粋な魔力によって編まれた「光」の奔流。

 

あらゆる闇を祓い、不浄を焼き尽くす、規格外の黄金の輝きが、一直線にバーサーカーへと襲いかかった。

 

轟音と共に、空間そのものが震える。

 

直撃すれば、サーヴァントといえど霊核ごと蒸発しかねない極大の威力。

 

だが。

 

「■■■■■■――AAArrruuuuッッ!!!」

 

黒騎士は、その光の濁流の中で咆哮していた。

 

彼は両手に掴んでいた二本の街灯――自身の宝具能力でDランク相当の魔剣へと昇華させた鉄塊を、自身の目前で十字に交差させたのだ。

 

星の聖剣の直撃を、ただの鉄柱で受け止める。正気の沙汰ではない。

 

だが、『無窮の武練』による最適化された防御姿勢と、狂化による痛覚遮断、そして何より王への妄執が、その奇跡を成し遂げた。

 

街灯は赤熱し、ひしゃげ、今にも溶解しそうになりながらも、辛うじて致命的な光の奔流を食い止めていた。

 

やがて、光が収束する。

 

もうもうと立ち込める蒸気と粉塵の中、黒騎士はまだ立っていた。

 

全身の鎧は焼け焦げ、ところどころから黒い魔力の霧が漏れ出している。深手なのは明らかだった。

 

「■■、■……ォ、オォォォ……ッ!」

 

それでもなお、怪物は戦意を失っていない。

 

兜のスリットから漏れる赤い光が明滅し、さらなる魔力を求めてマスターへと渇望の信号を送る。

 

だが、それが限界点だった。

 

これ以上の魔力消費は、マスターの命に関わると判断されたのか、あるいは単純に制御不能と見なされたのか。

 

唐突に、黒騎士への魔力供給が断たれた。

 

「――」

 

咆哮が途絶える。

 

黒騎士の輪郭が、急速に曖昧になっていく。

 

まるで最初からそこに存在しなかった幻影のように、その漆黒の巨体は風に溶ける闇霧となって霧散し、夜の闇へと消えていった。

 

後に残されたのは、深くえぐれたアスファルトの爪痕と、ひしゃげて融解しかけた二本の鉄柱だけだった。

 

黄金の光が収束し、夜の闇が戻ってきても、冬木の街に潜む観測者たちの混乱は収まるどころか、爆発的に膨れ上がっていた。

 

 

◇◇◇

 

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー)』。

 

それは、聖杯戦争に参加する者ならば知らぬはずのない、騎士王アーサーの象徴。星の光を束ねる最強の聖剣。

 

だが、それを放ったのはアルトリアではない。

 

つい先刻、「影の国の守衛にして王」と名乗り、スカサハに師事したと宣言した、あの謎の魔術師だ。

 

「おかしい! 絶対におかしいよライダー!」

 

ウェイバーは頭を抱え、鉄骨の上でのたうち回っていた。

 

時計塔で学んだ知識が、目の前の現実を全力で否定している。

 

「あいつ、自分で言ったじゃないか! 影の国! スカサハの弟子! つまりケルト神話体系の英霊だろ!? 使うなら魔槍ゲイ・ボルクとか、原初のルーンでしょ!? なんでブリテンの至宝をぶっ放してんのさ! 神話体系が違うじゃん! 著作権どうなってんの!?」

 

「ううむ。余の遠征でも、ケルトの魔境とブリテンの王が繋がっているという話は聞かぬが……。しかし坊主よ、あれは贋作や幻術ではないぞ。あの光は正真正銘、星の輝きであった」

 

ライダーの言葉に、ウェイバーはさらに顔を青くする。

 

本物? じゃあなんだ、あいつはケルトとブリテンのハイブリッドとでも言うのか?

 

「……理解不能だ」

 

時臣は、優雅さをかなぐり捨て、眉間に深い皺を寄せていた。

 

アサシンからの報告、そして遠見の魔術で捉えた魔力波長。

 

その全てが「あれは本物の聖剣である」と示している。

 

「『投影』魔術による贋作……? いや、有り得ん。神造兵装の複製など、神代の魔法使いでもなければ不可能。百歩譲って複製できたとして、ランクが下がるはずだ。あれほどの出力を、オリジナルと同等かそれ以上で放つなど……」

 

影の国の王を名乗るキャスターが、セイバーの最強宝具をで扱う。

 

クラスの法則も、英霊の属性も、全てがデタラメだ。

 

「ルール無用のイレギュラー……。この聖杯戦争、私の想定以上に乱れが生じているというのか?」

 

黒騎士が霧散し、黄金の光が収まると、倉庫街には再び重苦しい静寂が戻った。

 

だが、戦いは終わっていない。

 

ランサー、ディルムッド・オディナ。

 

先ほどのアルトリアによる規格外の「魔力放出」の直撃を受けた彼は、無事ではなかった。額からは血が流れ、呼吸は荒い。傍目にも明らかな窮地だ。

 

しかし。

 

「……ふ、ふふ。まさか、これほどの怪物揃いとは」

 

彼は笑っていた。

 

その手足は微かに震えている。だが、それは死への恐怖ではない。

 

ケルトの戦士としての本能が、眼前に立つ二人の規格外――「竜の如き騎士」と「聖剣を振るう魔術師」を前にして、歓喜に打ち震えているのだ。

 

「我が主よ、お許しを。このディルムッド、ここで果てるかもしれませぬ。だが……これほどの武人を前に、槍を引くことなど出来ようか!」

 

彼は血を拭い、再び双槍を構え直した。その瞳に宿る闘志の炎は、傷つく前よりもなお激しく燃え盛っている。

 

(……やれやれ。見事な騎士道だが、困ったな)

 

アルトリアの斜め後ろで、僕は内心で溜息をついた。

 

このまま戦えば、我が君が勝つ。だが、それは先程の黒騎士の乱入で水を差された後の、ただの消耗戦だ。

 

そんな泥仕合で、彼のような惜しい男が死ぬのは「面白くない」。

 

我が君の復帰戦を飾るには、舞台が汚れすぎている。

 

アルトリアが再び剣を構え、ディルムッドが決死の覚悟で踏み込もうとした、その刹那だった。

 

突如として、冬木の夜空に雷鳴が轟いた。

 

それは自然現象ではない。あまりに強大な魔力の奔流が、大気を引き裂く音だ。

 

「「――ッ!?」」

 

両者が同時に空を見上げる。

 

そこには、雷を纏った神牛が引く、巨大な戦車(チャリオット)が浮かんでいた。

 

そして、その御者台には、筋肉の塊のような巨漢が仁王立ちし、眼下の戦場を見下ろしていた。

 

「――双方、剣を収めよッ!! 王の御前である!!」

 

雷光と共に、戦車が両者の間に強引に割り込むように着地した。

 

アスファルトが砕け散り、もうもうたる土煙が舞い上がる。

 

その土煙の中から、豪放磊落な声が響き渡った。

 

「まったく、堪え性がのうていかん! これほど見事な闘気、これほど熱い戦いを前にして、高みの見物など出来るわけがなかろう!」

 

現れたのは、ライダー――征服王イスカンダル。

 

彼の乱入により、張り詰めていた決闘の空気は、物理的に粉砕されたのだった。

 

(……良いタイミングだ。礼を言うよ、征服王)

 

僕は小さく口元を緩めた。

 

「我が名は征服王イスカンダル! 此度の聖杯戦争ライダーのクラスを得て現界、我が軍門に降り、聖杯を譲る気概のある者はおらぬか!」

 

雷鳴と共に現れた巨漢は、開口一番、とんでもないことを言い放った。

 

真名の隠匿など知ったことかと言わんばかりのカミングアウト。そして、敵同士である者たちに対し、配下になれというあまりに傲慢な提案。

 

だが、その場にいた三人の騎士の答えは決まっていた。

 

「……戯れ言を。我が槍、今世の主君への忠義に捧げている身」

 

ディルムッドが呆れと共に即答する。

 

「僕とて同じだ。先ほど、我が君へ剣を捧げると誓ったばかりでね。鞍替えなどという不義は、騎士の道に反する」

 

僕も肩をすくめて同意する。

 

「私はブリテンの王として、祖国の救済を願う者。貴様の配下になど下れるものか、征服王!」

 

そして当然、アルトリアも凛と拒絶した。

 

しかし、イスカンダルはへこたれない。

 

「ぬう、そうか。……だがまあ、待遇は応相談だぞ?」

 

「「くどいッ!!」」

 

食い下がる巨体に、ディルムッドとアルトリアの声が重なった。

 

先程までの死闘の緊張感はどこへやら。場は完全に弛緩しきっていた。

 

「うわぁぁぁん! なにやってんだよお前ぇぇ! 結局、真名バラして勧誘失敗して終わっただけじゃないか、バカーッ!!」

 

戦車の御者台で、小柄なマスター――ウェイバー・ベルベットが頭を抱えて喚いている。

 

あまりに締まらない結末。これ以上、剣を交える空気ではない。

 

(……やれやれ。これでは痛み分けだな)

 

僕はため息をつき、剣を収めると、瓦礫の前で立ち尽くすディルムッドへと歩み寄った。

 

「――っ」

 

ディルムッドが警戒し、身構える。

 

だが、僕は敵意がないことを示すように両手を広げ、彼のみぞおち――魔力放出の直撃を受けた傷跡へ指先を向けた。

 

「動かないでください」

 

指先から放たれたルーンの光が、彼の傷を包み込む。

 

生命力を付与する治癒の術式。見る見るうちに、彼の傷が塞がり、顔色が戻っていく。

 

「貴殿……これは?」

 

目を丸くする彼に、僕は淡々と告げる。

 

「戦いにおいて助力はできません。ですが、先ほどのような邪魔が入った不完全燃焼のままでは、我が君も不服でしょう。次の手合わせへの助成です。是非もなし、と受け取りを」

 

万全の状態で、最高の騎士王と、最高の槍兵が競い合う。

 

それが見たいという、僕の個人的なワガママだ。

 

「……ふっ。敵に塩を送られるとはな。かたじけない。この借りは、次なる決闘の全力をもって返させて頂く」

 

 ディルムッドは自身の胸をさすり、苦笑交じりに、けれど清々しい表情で僕を見た。

 

 

 

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