常闇の邪竜戦記   作:星乃 望夢

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第十六話

 

「……茶番だ。王たる我が姿を見せたというのに。特に其処な魔術師。貴様の持つ聖剣、ひどく目障りだ」

 

頭上の街灯の頂から、氷点下の如き冷徹な声が降り注いだ。

見上げれば、そこには黄金の鎧に身を包んだサーヴァント──英雄王ギルガメッシュが、汚物を見るような目で眼下のサーヴァントたちを見下ろしていた。

 

彼の不機嫌は頂点に達していた。

 

まず、この場に「王」を名乗る雑種が多すぎる。彼にとって真の王とは天上天下において己ただ一人。騎士王だの征服王だの影の国の王だの、有象無象が並び立つこと自体が不敬の極みだ。

 

そして何より、あの「魔戒騎士」と名乗った者の在り方が、彼の逆鱗に触れた。

 

この世全ての財の原典を有する彼から見て、織姫の能力は、その原典すら容易く複製し、量産してしまう「創造者」のそれだ。

 

星の聖剣すら投影してみせたその手腕は、彼の蔵の価値を冒涜する行為に他ならない。

 

「王を僭称する雑種が増えたと思えば……。道化の如き馴れ合いとはな。見るに堪えん」

 

吐き捨てるような暴言。だが、それに臆するようなタマが、ここにいるはずもない。

 

「むぅ、そう言うな金ピカ。どうもこうも、余は事実として王であるからなぁ。名乗らぬ道理があるまい?」

 

征服王イスカンダルが、あっけらかんとボケた様子で、しかし豪胆に挑発し返す。

 

ピキリ、とギルガメッシュの眉間が跳ねた。一触即発の空気。

 

だが僕は内心で少々困っていた。

 

(……参ったな。予定が狂った)

 

本来の歴史であれば、ギルガメッシュがこの場で撤退するのは、先程のランスロットが原因だ。

 

ランスロットは、ギルガメッシュが射出した宝具を奪い、自らの武器として利用してしまう。それを嫌ったマスターの遠坂時臣が、王の蔵の浪費とリスクを恐れて令呪を切り、強制的に撤退させるはずだった。

 

だが、そのランスロットは、僕が全力のエクスカリバーで吹き飛ばして退場させてしまった。

 

つまり、「ギルガメッシュを帰宅させるためのトリガー」を、僕自身が潰してしまったのだ。

 

このままでは、誰があの機嫌最悪の英雄王の相手をするのかという問題が発生する。下手をすれば、この場の全員に「王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)」の雨が降り注ぎかねない。

 

だが、そんな懸念は杞憂に終わった。

 

黄金の王の赤い蛇のような瞳が、真っ直ぐに僕を射抜いたからだ。

 

「貴様だ。其処な、竜の血肉を混ぜ込んだ贋作者(フェイカー)

 

ご指名だった。

 

彼は僕の霊基に混じる「竜」の因子――それも、ブリテンを滅ぼそうとした卑王の気配を敏感に感じ取ったらしい。

 

「混ぜ物の邪竜如きが王を名乗り、我の庭で贋作を撒き散らすとは。王の格が落ちるわ。――死をもってその不敬を償うがいい」

 

彼の背後の空間が歪み、黄金の波紋が無数に展開される。

 

射出態勢に入った宝具の切っ先が、全て僕に向けられた。

 

(……やれやれ。責任を取れということか)

 

僕は覚悟を決める。

 

ランスロットを排除した責任は、僕が負うしかない。

 

「良いだろう。ならば、その在り方で相手をしよう」

 

僕は魔術回路を反転させる。

 

白亜の「アルトリア・アヴァロン」の姿が闇に染まり、重厚な漆黒の鎧へと変貌する。

 

全身から噴き出すのは、呪いのような赤黒い魔力。

 

そして、右手に握られた黄金の聖剣が、その魔力を吸って星の光を失い、底なしの闇色へと染め上げられていく。

 

 顕現したのは、卑王ヴォーティガーンの概念を纏った、黒き騎士王の姿。

 

「来い、英雄王。その慢心、我が闇で塗り潰してくれる」

 

僕は黒い聖剣モルガンを構え、空中の黄金に向けて挑発的な笑みを向けた。

 

さあ、チキンレースの始まりだ。

 

僕がこの無限の魔力で宝具の雨を凌ぎ切るのが先か、それとも君のマスターが「王の蔵の使いすぎ」を嫌って令呪を切るのが先か。

 

遠坂時臣の肝っ玉を、試させてもらおうか。

 

夜空を埋め尽くす黄金の波紋から、財宝の豪雨が降り注ぐ。

 

剣、槍、斧、鎚――その全てが、神話や伝説に名を残す宝具の原典。触れればサーヴァントの霊基すら容易く削り取る死の雨だ。

 

僕はそれを、漆黒に染まった聖剣を振るい、打ち払い続ける。

 

(やれやれ。これでは、ギルガメッシュの相手がランスロットから僕に変わっただけじゃないか)

 

僕は内心で悪態をつきながら、飛来する宝具の軌道を冷静に見極める。

 

速い。重い。そして数が多い。だが――それだけだ。

 

使い手の技量が伴っていない、ただ宝具の性能に任せて射出するだけの、雑な投擲攻撃。

 

(……この程度、師匠の繰り出す朱槍の雨に比べれば、児戯にも等しい)

 

影の国での修行時代。神殺しの魔槍が、殺意を持って、しかも神域の技術で正確無比に急所を狙って降り注いできたあの地獄。

 

それを凌ぎきれなければ、僕はとっくの昔に身体中を貫かれて死んでいる。あの日の絶望感に比べれば、ただ真っ直ぐ飛んでくるだけの財宝など、止まって見えるほどだ。

 

高ランクの宝具が直撃し、黒い聖剣が大きく火花を散らす。だが、刀身には刃こぼれ一つない。

 

当然だ。僕が手にしているのは、ただの魔力による贋作ではない。

 

聖剣の守護者たるアヴァロンの概念を纏い、『創造』の起源と空想具現化によって、根源から投影し造り出した、もう一つの「本物」の星の聖剣なのだ。

 

雑多な宝具をいくら投げつけられようと、決して折れることなどあり得ない。

 

「――フン、雑種風情が。小賢しいわ!」

 

頭上から、苛立ちの混じった声が降ってくる。

 

確かに、ギルガメッシュは英雄王としてデタラメな強さを持っている。その蔵の中身は無限に等しく、英霊としての格も最上位だ。

 

けれどもそれは、あくまで「サーヴァントとして」という枠組みの中での話だ。

 

対して、僕は生者。

 

常闇の邪竜ヴォーティガーンの影を取り込み、その心臓を有し、無限の魔力を生み出す、影の国の騎士王。

 

元は魔導師で、師匠に鍛えられたのは槍術だ。

 

だが、この剣技だけは違う。

 

魔術の片手間ではなく、槍術の余技でもなく、一人の騎士として彼女の隣に立つに相応しい自分であるために積み上げた鍛錬の結晶。

 

それが、今僕が振るっている剣技だ。

 

魔力や宝具の性能に頼ったものではない。人が死ぬ気で磨き上げ、神域へと至らせた『人の持つ神技』。

 

「この程度の“投げやり”な攻撃で……我が剣が曇るものかッ!!」

 

僕は吼え、踏み込む。

 

降り注ぐ宝具の雨を、黒い旋風となって斬り払いながら、黄金の王が待つ街灯の下へと肉薄した。

 

 

◇◇◇

 

 

夜空を埋め尽くす黄金の財宝が、たった一振りの黒い聖剣によって悉く弾き返されていく。

 

それは、奇跡としか言いようのない光景だった。

 

「ほぅ、ほう! 見事! 見事なり!!」

 

戦車の上で、征服王イスカンダルが膝を叩いて快哉を叫ぶ。

 

彼の審美眼は、それが単なる魔力任せの防御ではないことを見抜いていた。

 

「見よ坊主! あれは獣の暴れ方ではない! 千の宝具の軌道を見切り、最小限の動きで捌く、研ぎ澄まされた戦士の舞だ! いやはや、魔術師と名乗ったが、とんだ食わせ者ではないか!」

 

「ひぃぃ……! あ、ありえないよ! あいつ、本当に現代の魔術師なの!? やってることがサーヴァントのトップクラスと同等かそれ以上じゃないか!」

 

隣でウェイバーが悲鳴を上げる。魔術的な常識で測れば、生身の人間がサーヴァントの繰り出す宝具の雨の中を生存している時点でバグそのものだ。

 

そして、その絶技に魅入られているのは、傷を癒やされたランサー、ディルムッドも同様だった。

 

「……なんと、清廉な」

 

彼は騎士として、その剣技の芯にあるものを見ていた。

 

先程の治療のルーンもそうだが、あの魔術師──否、騎士の行動には一本の筋が通っている。

 

敵の猛攻を前にしても一切乱れぬ体幹。呼吸一つ乱さず、ただ守るべきもののために剣を振るう、滅私の境地。

 

それは、彼が理想とする騎士の在り方そのものだった。

 

「よもや、これほどの武人と同時代に相まみえるとは。……聖杯戦争、我が主には悪いが、これだから辞められん」

 

三者が三様に感嘆と畏怖を抱く中。

 

ただ一人、特別な感情でその背中を見つめる者がいた。

 

(……あの方は、本当に……)

 

アルトリアは、胸が熱くなるのを抑えきれなかった。

 

今、彼が纏っているのは、ブリテンを滅ぼそうとした憎き敵、卑王ヴォーティガーンの概念だ。

 

全身から噴き出す赤黒い雷光は、呪いそのもの。放たれる覇気は、まさしく魔王のそれだ。

 

だが、その漆黒の鎧が繰り出す剣技は、あまりにも清く、美しい。

 

彼女には分かってしまう。

 

あの動きの一つ一つが、才能や魔力に驕ることなく、血の滲むような鍛錬の末に獲得された「人の技」であると。

 

そして、何のために彼がそれを磨き上げたのかも。

 

『再びその旅路へ。その戦場への栄誉を共にすることを許されるか?』

 

先程の誓いが蘇る。

 

彼は、騎士王である自分の隣に立っても恥ずかしくない自分であるために、この神技を身に着けたのだ。

 

卑王の呪いすらも己が力とし、ただ一人の王(わたし)の騎士として、最強の英雄王に挑む姿。

 

「……貴方という人は、どこまで私に与えてくれるのですか」

 

アルトリアは、風に舞う黄金の髪を押さえ、その黒き背中に、万感の思いを込めた視線を送り続けた。

 

 

◇◇◇

 

 

いくら「本物」の聖剣で打ち払おうとも、相手の蔵は無尽蔵。

 

このまま防戦一方ではジリ貧だ。いずれこちらの集中力が切れるか、千日手に陥る。

 

僕は瞬時に決断し、手札を切ることにした。

 

「――光を呑め、常闇の邪竜の咆哮を聴くが良い。『卑王鉄槌・約束された勝利の剣(エクスカリバー・ヴォーティガーン)』!!」

 

黒き聖剣を、横薙ぎに一閃。

 

放たれたのは、光ではない。

 

邪竜の膨大な魔力と、ブリテン島そのものかのような質量を乗せた、漆黒の重力破砕光。

 

射線上にあった黄金の財宝ごと空間を歪曲させ、全てを飲み込みながら破壊の暴風が突き進む。

 

空が悲鳴を上げる。

 

ギルガメッシュはその破滅的なエネルギーを瞬時に察知し、跳躍して回避した。

 

だが、彼が踏み台にしていた街灯は、影も形もなく消滅し、分子レベルで虚空へと還った。

 

黄金の王が、アスファルトの上に着地する。

 

物理的なダメージはない。だが、そのプライドには致命的な傷が入った。

 

「痴れ者が……。天に仰ぎ見るべきこの我を、貴様らと同じ大地に立たせるか、雑種ッ!」

 

彼を中心に、大気がビリビリと震えるほどの殺気が膨れ上がる。

 

背後の空間がさらに大きく歪み、先程までとは比較にならない数の宝具の切っ先が顔を覗かせる。

 

本気だ。

 

もはや「王の財宝」の出し惜しみをするつもりはないらしい。

 

(……さて、どうなる)

 

僕は黒き聖剣を構え直し、油断なく彼を見据える。

 

僕の魔力はまだ余裕がある。受けて立つことは可能だ。だが、遠坂時臣はどうだ?

 

これ以上の戦闘は、街を消し飛ばしかねない。秘匿義務も何もあったものではない。

 

その時。ギルガメッシュの動きがピタリと止まった。

 

虚空を見つめ、不愉快そうに眉をひそめる。

 

「――貴様如きの諫言で、王たる我の怒りを鎮めろと? 大きく出たな、時臣……」

 

令呪だ。

 

遠坂時臣が、強制撤退の命令を下したのだ。

 

ギルガメッシュは数秒ほど沈黙し、僕と、そして後ろに控えるアルトリアを睨め付けた後、フンと鼻を鳴らして宝具のゲートを閉じた。

 

「……雑種ども。次までに有象無象を間引いておけ。我と見えるのは、真の英雄のみで良い」

 

捨て台詞と共に、その黄金の姿が霊体化の粒子となって夜風に溶けていく。

 

圧倒的なプレッシャーが、潮が引くように消え去った。

 

「スゥ、ふぅぅぅ……」

 

僕は大きく息を吐き出し、残心と共に、ガチガチに入っていた肩の力を抜く。

 

こちらの手札を見計らう為に、時臣がギルガメッシュをそのまま戦わせる可能性も考慮していたが……どうやら、あの慎重な魔術師は「王の蔵」のリスクを避ける方を選んだようだ。

 

(まったく……ギルガメッシュに目を付けられるなんて、生きた心地がしなかったな)

 

表面上は涼しい顔を崩していないが、内心では冷や汗まみれだった。

 

やはり、あの金ピカは心臓に悪い。

 

 

 

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