常闇の邪竜戦記   作:星乃 望夢

13 / 17
第十八話

 

翌朝。

 

アインツベルン城の応接間には、重苦しい空気が張り詰めていた。

 

本来ならば、サーヴァントであるセイバーと顔を合わせることを避けるはずの男――衛宮切嗣が、そこに居たからだ。

 

彼の目的はただ一つ。昨日、戦場の理を根底から覆したイレギュラー、織姫という魔術師の真意を確かめることにある。

 

「……単刀直入に聞く。君の目的は何だ」

 

切嗣の冷たい瞳が、向かいのソファに座る僕を射抜く。

 

僕は紅茶を一口啜り、淀みなく答えた。

 

「単純明快な、騎士としての忠誠だよ。かつて魔導師として彼女を導いたが、今は一介の騎士として、我が君に剣を捧げる。それ以上でも以下でもない」

 

「導いた魔導師、か。アーサー王伝説において、王を導いたとされる夢魔との混血……マーリンなのか、君は」

 

「買い被りだ。あのような偉大な『花の魔術師』ではない」

 

僕は静かに首を横に振る。

 

「僕はただ、冬月のように……ほんの一時の夢として彼女を導いた、しがない『魔導師(ドルイド)』に過ぎない」

 

切嗣は眉をひそめ、昨夜の戦闘データと照らし合わせる。

 

「では、あの『影の国』の王という名乗りは?」

 

「事実だ。幼少期に影の国へ迷い込み、今なお生ける伝説の師スカサハに鍛えられ、師を降して影の国の王となった」

 

「……その上で、あの黒い聖剣か」

 

「師によって人造魔竜へと作り変えられたこの身に、卑王ヴォーディガーンの影を宿した結果だ。ゆえに僕は、ブリテンの常闇の騎士王としての性質も有している」

 

ケルト神話の魔境と、アーサー王伝説の深淵。

 

それらを無理やり接ぎ木したような、あまりにデタラメな経歴。

 

切嗣の表情に、「馬鹿げている」という色が浮かぶ。英霊としての属性が散らかりすぎている。そんな都合のいい英雄が存在してたまるか、と。

 

「……信じ難いな。そんな神話のパッチワークのような英霊が――」

 

「待ってください、切嗣」

 

その時、僕の隣に控えていたアルトリアが、静かに、しかし断固とした声で割って入った。

 

「貴方は前提を間違えています。織姫は、英霊ではありません。彼は……『生者』です」

 

「――は?」

 

切嗣の思考が、一瞬停止した。

 

魔術師殺しとしての長年の経験が、その言葉の意味を咀嚼し、そして最大の警戒音を鳴らす。

 

「生きている、だと? 生身の人間が、サーヴァントと一騎打ちをして押し勝ったと言うのか」

 

「ええ、そうです」

 

「…………」

 

切嗣は懐から煙草を取り出し、咥えたが、火をつけることはしなかった。

 

英霊ならば、令呪という縛りがある。システム上の限界がある。

 

だが、生きた人間が英霊を凌駕する力を持っているなら、それは制御不能の災害だ。

 

「……そっちの方が、益々タチが悪い」

 

彼は吐き捨てるように言った。

 

危険すぎる。この男は、聖杯戦争の盤面をひっくり返しかねない最大のジョーカーだ。もし彼が聖杯を求めて裏切れば、アインツベルン陣営は瞬時に壊滅する。

 

その殺気にも似た警戒心を読み取り、僕はカップを置いて彼を真っ直ぐに見据えた。

 

「安心したまえ、衛宮切嗣。僕は、聖杯になど興味はない」

 

「……何?」

 

「僕がこの戦争に参列するのは、ひとえに我が君への忠義のため。彼女が望むなら聖杯を取るし、彼女がそれを破壊すると言えばそれに従う。勝利の末に、君たちが聖杯をどう扱おうと……それに口出しするつもりはないよ」

 

それは、魔術師としてではなく、アルトリア個人の騎士としての宣言。

 

切嗣はしばらく僕の目を無言で探り――やがて、短く息を吐いて立ち上がった。

 

「……いいだろう。今はその言葉を信じる。だが、その力が僕たちの作戦を阻害すると判断すれば、容赦はしない」

 

「ああ。君らしい判断だ」

 

交渉成立、とは言えないまでも、互いの立ち位置の確認は終わった。

 

切嗣は背を向け、部屋を出て行こうとする。

 

僕はそんな彼の背中に問いかけた。

 

彼が聖杯に託す「願い」の正体。それを確かめずして、共闘を続けることはできないと判断したからだ。

 

「衛宮切嗣。単刀直入に聞くよ。君は聖杯を手にした時、何を願う?」

 

僕の問いに、彼の眼光が鋭くなる。

 

もしその願いが、アルトリア――我が君の願いと決定的に反するものであるならば、あるいは彼女に害をなすものであるならば、最後の決着はサーヴァント同士ではなく、僕と彼との間でつけなくてはならない。

 

その殺気を感じ取ったのか、切嗣の右手――令呪の刻まれた甲が微かに熱を帯びた。

 

「……無駄だよ。止めておきなさい」

 

僕はその動きを鼻で笑い飛ばす。

 

「令呪は確かに強力な強制力を持つ。だが、今の僕に対して自害や絶対服従を命じても、跳ね飛ばされるのがオチだ。僕の霊基は君が思っているような、従順な使い魔のそれではない。……それに、この話を避けていては、互いに譲れない『線引き』が見えてこないだろう?」

 

脅しではない。純然たる事実としての警告。

 

切嗣は舌打ちしたくなるのを堪えるように僕を睨みつけ、やがて憎々しげに、その悲願を口にした。

 

「……戦いの根絶。そして、恒久的な平和だ」

 

それは、彼が血の道を歩んでまで追い求めた理想。

 

だが、その答えを聞いた僕は、静かに首を横に振った。

 

「成る程。……けれども切嗣、それを聖杯に願えば、この星から人間は誰一人居なくなるぞ」

 

「……どういう意味だ」

 

「言葉通りの意味さ。いいかい、人とは『競う』ことで生きる存在だ。他者より強く、他者より先へ、他者より上へ。その闘争本能こそが、人に夢と希望、そして野心を齎し、文明を発展させてきた」

 

僕は彼に、残酷な真理を突きつける。

 

「戦いの根絶とは、即ちそれらを奪うことだ。争いのない世界を聖杯という願望機に丸投げすればどうなるか。物理的に人間を全て消滅させるか……或いは、人間の精神から闘争心や感情を去勢するか。その二つに一つだ」

 

切嗣の表情が凍りつく。

 

彼が求めているのは「平和」という結果だけだ。だが、その過程を聖杯がどう解釈するか。最短距離を行くならば、争う主体を消すのが一番早い。

 

「人は争うことを止めるだろう。だが、それは夢も希望も野心もない、完全な停滞した世界の到来だ。現実と絶望と虚無。人はその管理された平和という箱庭の中で、諦観の内に壊死するだけの存在に成り下がる」

 

それが、彼の正義の果てにある地獄。

 

僕はさらに言葉を重ね、その願いが招くであろう「敵」の存在を告げる。

 

「それを分かっていて、なお戦いの根絶と恒久平和を望むのならば止めはしない。……ただ、その時はおそらく『抑止力の守護者』が現れるだろうね」

 

「抑止力……?」

 

「この星の意思である『ガイア』と、人の無意識の集合体である『アラヤ』。彼らは人類の存続と発展を望む。停滞と死を招く君の願いは、彼らにとって排除すべき癌細胞でしかない。――いや、それだけじゃないな」

 

 僕は天を仰ぎ、遥か彼方にある月の電脳世界を幻視する。

 

「月の観測者である『ムーンセル』もまた、観測対象である人類の死を是とはしない。君がその願いを叶えようとした瞬間、月の王が何らかの干渉を行うか、或いは人類の死因を修正する為に動き出すだろう」

 

地球の守護者と、月の観測者。

 

聖杯戦争という枠組みを超えた、世界そのものの防衛本能。

 

その名は、衛宮切嗣にとって未知の響きを持っていたのだろう。

 

彼は警戒を緩めぬまま、乾いた声で僕に問うた。

 

「ガイアとアラヤ……星の意思と霊長の無意識。魔術師ならばその概念は知っている。だが……その『ムーンセル』とは何だ。聞いたこともない」

 

無理もない。この世界線において、月の真実は未だ静寂の闇に眠っている。

 

だが、僕にとっては既知の事実であり、この宇宙において無視できない絶対的な観測者だ。

 

「ムーンセル・オートマトン。元々は異星の文明が地球を観測する為に築いた、超古代の観測装置だ」

 

僕は夜空を見上げるように視線を上げ、彼に語り始めた。魔術の世界に生きる彼にとっても、それはあまりに突拍子のない、SFじみた真実かもしれない。

 

「月の内部に存在するエネルギー集積体であり、地表という殻を除いた月の全てが『聖杯』そのものだ。その構造、技術体系は人類の知恵を遥かに凌駕している。過去・現在はおろか、未来永劫において解析不能。人類の思考形態では決して理解できない領域にある、神の遺物だ」

 

切嗣が息を呑む。僕の言葉が虚言でないことを、魔導師としての僕の瞳から読み取ったのだろう。

 

「その機能は単純にして至高。地球の誕生から現在に至るまで、全てを克明に観察し、記録することだ。地球上の全生命を忠実にシミュレートし、確かな未来予測すら可能とする。人類の全データベースとも言える莫大なメモリー。生態、歴史、思想、魂に至るまで……全地球の記録にして設計図。まさに神の遺した自動書記装置だ」

 

僕は言葉を継ぐ。

 

それはただの記録媒体ではない。

 

「七つの階層からなる七天の聖杯(セブンスヘブン・アートグラフ)。その処理能力の前では、現存する人類のあらゆるコンピューターなど、石を並べて計算しているのと変わらない。神の頭脳、神のキャンパス。技術レベルが向上し、月の内部を探知できるようになった知的生命体へ、次のステージへの移行と、神に等しい能力を約束する禁断の箱。故にこれを『月の聖杯』と呼ぶ」

 

それがムーンセルだ、と告げると、切嗣は呆然と立ち尽くしていた。

 

冬木の聖杯など、所詮は地方の一魔術儀式に過ぎないと思わせるほどの、圧倒的なスケールの差。

 

「だからこそ、切嗣。君のように人類の行く末に深く介入し、害をなしかねない願いは危険なんだ。これは根源に至ろうとする魔術師たちにも言えることだが……こと人類の存亡に関わる願いに対しては、世界は過敏に反応する」

 

僕は指を折りながら、彼が直面するであろう「敵」を数え上げる。

 

「まず、アラヤによって『霊長の守護者』が送り込まれる。これは全人類の無意識の代弁者だ。仮にそれを退けられたとしても、そこに星の意思であるガイアが加担すれば、その力は星そのものの代行者となり、桁違いの出力で君を圧殺しに来る」

 

そして、さらに最悪のケースを提示する。

 

「加えて、月の王が人類の死因を修正するプログラムを送れば、君は月そのものの代表者をも相手取ることになる。星二つ分の意思と、神に等しい演算能力を相手に、たった一人の魔術師が抗えると思うかい?」

 

切嗣の顔から血の気が引いていく。

 

この世界は、そうして様々な意思が複雑に介在し、人類という種を生かすためのシステムで動いている。彼の願いは、そのシステムの根幹を破壊しかねないバグなのだ。

 

「……だが、その願いを叶える方法もあることにはある」

 

「なに……?」

 

絶望に沈みかけた彼に、僕は敢えて最悪の「抜け道」を提示した。

 

「つまりは、君自身が『争いを生む人間を殺し尽くす装置』になることだ」

 

「──ッ!?」

 

切嗣が顔を上げる。その瞳に宿るのは希望ではない。

 

「君はこれまで通り、十を生かすために一を殺す事をし続ける存在になる。それを願うのならば、あるいは抑止力を騙す事は可能だろう。彼らは『人類の存続』さえ守られれば、手段は問わない場合があるからね」

 

 だが、と僕は冷徹に結論づける。

 

「その最果てにあるのは、やはり争う全人類を敵に回して殺し尽くす、孤独な殺戮者の完成だ。君の願いは、人が持つには果てしなく重く、遠く、そして無理がある」

 

平和を願えば願うほど、彼は血の海に沈んでいく。その矛盾からは逃れられない。

 

「それでも、その願いを貫き通すというのならば是非も無し。……君は君の願いに殉じるといい。ただ、その時は僕たちも全力で、君の前に立ちはだかることになるだろうがね」

 

残された切嗣は、何も答えなかった。

 

ただ、その拳が白くなるほど強く握りしめられていることだけが、彼の内なる葛藤を雄弁に物語っていた。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。