常闇の邪竜戦記   作:星乃 望夢

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第八話

 

「ひ、ひぃぃ! た、食べないでよぉぉ!?」

 

瓦礫の影で尻餅をついたエリザベートは、涙目で悲鳴を上げた。

 

無理もない。目の前にいるのは、あの最強の竜殺し・ジークフリートと互角以上に渡り合い、その身に「王」としての覇気を纏う怪物だ。

 

半人半竜である彼女の本能が、警鐘を鳴らしまくっている。

 

──けれど、それと同時に。

 

彼女の竜としての血が、ドクンドクンと熱く脈打っていた。

 

(な、なによコイツ……。怖い、すっごく怖いけど……)

 

織姫が見下ろす視線。そこには捕食者としての冷徹さと、庇護者としての優雅さが同居している。

 

溢れ出る魔力は芳醇で、その立ち姿はあまりにも美しい。

 

竜の世界において、力こそが正義であり、強さこそが魅力だ。

 

すなわち、ファヴニールすら平伏させる織姫は、彼女にとってこの上なく魅力的な「雄」に見えてしまっていた。

 

「……で、でも、アンタ私のこと『お嬢さん』って言った?

もしかして、私を狩りに来たんじゃなくて……私のマネージャー志望?」

 

恐怖とときめきが混線し、彼女は上目遣いで問いかけた。

 

僕はその反応に口角を緩め、彼女の前に跪くと、その尖った角に優しく触れた。

 

「ああ、そうだとも。ふむ……近くで見ると、なかなか悪くない面構えだ。うちの魔女は怒鳴ってばかりで情緒がないからな。軍には君のような、華のある竜が必要だと思っていたところだ」

 

僕は彼女の手を取り、エスコートするように微笑む。

 

「どうだ? 僕の元に来ないか。君が望むなら、最高のステージと、世界を焼くほどのスポットライトを用意してやろう」

 

「……っ!!」

 

エリザベートの顔が、尻尾の先まで真っ赤に染まる。

 

コロリ、と彼女の乙女回路が陥落した音がした。

 

「い、行く! 行くわよ! アンタ、なかなか見る目があるじゃない! いいわ、私の『プロデューサー』にしてあげる!」

 

彼女が僕の腕に飛びつこうとした──その時だ。

 

凄まじい着地音と共に、僕たちのすぐ真横に巨大なファヴニールが降り立った。

 

その背から、黒い炎を纏った修羅が、ヒールの音も荒々しく歩み寄ってくる。

 

「──お・ま・ち・な・さ・いッ!!」

 

地獄の底から響くような声。

 

ジャンヌ・オルタだ。彼女は般若のような形相で、僕とエリザベートの間に割って入った。

 

「なによアンタ! 私が上空で指揮を執ってる間に、何しれっとナンパしてんのよ! しかも相手は野良サーヴァント!? 竜なら何でもいいわけ!?」

 

「人聞きが悪いな、ジャンヌ。これは戦力増強のためのスカウトだ」

 

「嘘おっしゃい! 全部見てたんだからね!『お嬢さん』だの『華がある』だの……私には『やかましい』とか『働け』しか言わないくせに、なんでこの珍妙なトカゲ女にはそんな甘い声出してんのよ!!」

 

彼女は僕の胸倉を掴み、ガクガクと揺さぶる。

 

どうやら口説き文句もしっかり聞かれていたらしい。いつもの倍増しで嫉妬の炎が燃え盛っている。

 

「あら? 何よこのヒステリー女」

 

すると、今まで震えていたエリザベートが、僕の腕にしがみついたまま強気に言い返した。

 

後ろ盾(プロデューサー)を得たアイドルは強い。

 

「この人は私の才能を見抜いてくれたのよ! 古い女は引っ込んでなさい! これからは私の時代なんだから!」

 

「あぁん!? 誰が古い女よ! 私は生まれたてのアヴェンジャーよ! というか、その腕を離しなさいこの泥棒猫! その邪竜(オトコ)は私の所有物よ!」

 

「いーや! プロデューサーは私のよ!」

 

ギャーギャーと喚きながら、僕を挟んで火花を散らす二人の竜属性女子。

 

僕はやれやれと溜息をつきつつも、その騒がしさを心地よく感じていた。

 

「……退屈はしなさそうだな」

 

最強の邪竜王と、嫉妬深い竜の魔女と、恋する竜のアイドル。

 

フランスを焦土に変える、実に愉快で最凶な旅一座の結成だった。

 

 

◇◇◇

 

 

「──あー、あー! マイクテス、マイクテス! 聴きなさい、わが愛しのプロデューサー! そして愚民ども! これが私の魂の叫び! 新生エリザベートのデビューライブよ!!」

 

瓦礫の山を即席のステージに見立て、エリザベートが尻尾をマイク代わりに握りしめる。

 

そして、彼女は大きく息を吸い込み――世界を破壊した。

 

「ラ~~~~~~~~~~~~ッ!!!!!」

 

 それは歌声ではない。指向性の音響兵器であり、物理的な衝撃波だった。

 

大気が悲鳴を上げ、周囲の窓ガラスが一斉に砕け散る。

 

空を飛んでいたワイバーンたちは白目を剥いて墜落し、地面のマムルーク兵たちは泡を吹いて気絶していく。

 

「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁッ!? や、やめ……耳が、私の耳が腐るぅぅぅぅ!!」

 

一番の被害者は、最前列にいたジャンヌ・オルタだった。

 

彼女は頭を抱えて地面を転がり回り、苦悶の表情で叫んでいる。

 

無理もない。人の感性、あるいは通常の英霊の聴覚でこれを聴けば、それは精神と肉体を破壊する拷問以外の何物でもないからだ。

 

だが。

 

その破壊の嵐の中で、僕だけは、腕を組んで静かにその歌声を聴いていた。

 

(……なるほど)

 

平然としている僕を見て、ジャンヌ・オルタが「あんた鼓膜イカれてんの!?」と涙目で睨んでくるが、そうではない。

 

竜の炉心を持つ僕の聴覚は、この音波を「騒音」として処理していなかった。

 

これは、竜の言語(うた)だ。

 

それも、極めて原始的で、情熱的すぎるほどの……求愛の歌(ラヴソング)

 

――『貴方、好き! 大好き! 強い雄! 私のものになって!』

 

――『貴方の遺伝子が欲しい! 今すぐ巣作りしたい! 卵産みたい!』

 

――『私の鱗を舐めて! 貴方の火炎を私の中に注ぎ込んで!』

 

直訳すれば、概ねそんな内容が延々と、大音量で叫ばれているのだ。

 

(……参ったな)

 

僕は頬を掻いた。

 

うるさいのではない。あまりにド直球すぎて、聴いているこちらが小っ恥ずかしくなってくるのだ。

 

発情期の木っ端竜たちですら、もう少しオブラートに包んだり、情緒のある鳴き声を上げるものだ。

 

ここまで明け透けで、欲望丸出しの求愛を公衆の面前で叫ぶとは。

 

彼女は純粋無垢な顔で歌っているが、竜の感性を持つ者からすれば、これは全裸で「抱いて!」と叫びながら練り歩いているに等しい。

 

「~~♪ 私、鮮血魔嬢! 貴方のハートをチェーンソーッ!」

 

フィナーレの破壊音波が炸裂し、ジャンヌ・オルタがピクリとも動かなくなった。

 

エリザベートは満足げに荒い息を吐き、キラキラした目で僕を見てくる。

 

「どう!? どうだった、プロデューサー! 私の愛、届いた!?」

 

僕は咳払いを一つして、努めて冷静な「王」の仮面を被り直した。

 

「……ああ。痛いほど届いたとも。これほど熱烈なアプローチは、竜の世界広しといえどそうはお目にかかれない。色々な意味で、破壊力抜群だったよ」

 

そう僕が答えると、エリザベートはばぁっと花が咲くようなキラキラとした顔を浮かべて僕に抱き着いて来た。

 

 

◇◇◇

 

 

僕は、常に身に纏っているローブをバサリと広げた。

 

それは本来、魔導師──ドルイドであることを示す証だ。

 

だが、僕の場合、その意味合いは大きく異なる。

 

四六時中、僕の炉心から溢れる竜の魔力を浴び続けたこの布地は、繊維の一本一本に至るまでが変質し、竜の鱗の如き硬度と魔術耐性を帯びている。

 

すなわち、このローブは衣服であって衣服ではない。

 

僕の魔力に呼応して展開する、強靭な『竜の翼』そのものだ。

 

「──っ!?」

 

「きゃっ!?」

 

僕はその翼を、目の前の二人の少女──ジャンヌ・オルタとエリザベートに覆い被せるように閉じた。

 

視界が闇に閉ざされる。

 

だがそれは冷たい闇ではない。濃厚な魔力と体温、そして圧倒的な支配欲に満ちた、竜の腹の中のような安息地帯。

 

僕は常闇の邪竜。ブリテンの卑王、ヴォーティガーンの影さえ取り込み、己がものとした覇竜だ。

 

この翼に抱かれた君たちは、もう逃げられない。

 

「僕の大切な宝物として、その宝物庫に収められる至高の宝石だ。それが竜の性、強欲で貪欲な竜の在り方なんだ」

 

腕の中で身じろぎする二人の体温を感じながら、僕は耳元で囁く。

 

「竜を従える魔女、ジャンヌ・ダルク・オルタ。恋を唄う竜の歌姫、エリザベート・バートリー。君たちはもう僕の宝物だ。勝手に壊れることも、誰かのものになることも許さない」

 

僕は翼をより強く抱き締め、逃げ道を完全に塞いだ。

 

「──諦めてくれ。一度掴んだ財宝を手放すほど、僕は気前のいい王じゃない」

 

「……な、なによそれ。所有物扱いなんて、ムカつく……」

 

 暗闇の中で、ジャンヌ・オルタの悪態が聞こえる。けれどその声は熱を帯び、抵抗する力は驚くほど弱い。

 

「す、素敵……! これが『強引なプロデューサー』の愛の形なのね……!」

 

エリザベートに至っては、恍惚とした吐息を漏らしてすり寄ってくる始末だ。

 

強欲なる竜の翼の下、二つの宝石は、確かに僕の手の中にあった。

 

オルレアンの居城に戻った僕は、ジャンヌ・オルタとエリザベートを寝室へと連れ込み、その身を骨の髄まで貪り喰らうように抱き潰した。

 

それは単なる快楽の追求ではない。

 

人としての情念と、竜としての熱。そして炉心から溢れる膨大な魔力を、直接彼女たちの霊基へと流し込み続ける「儀式」だ。

 

生まれたばかりの復讐者という名の生娘と、夢見がちな純潔の竜の乙女には、少々刺激が強すぎたかもしれない。二人は熱に浮かされ、僕の腕の中で何度も意識を飛ばし、そのたびに僕の色に染め変えられていった。

 

けれどもこれで、僕たちは切っても切れない繋がりで結ばれた。

 

エリザベート・バートリーは、主を持たぬ野良サーヴァントから、僕の直属の「使い魔」へ。僕が死なない限り、その霊基が消滅することはない。

 

ジャンヌ・ダルク・オルタもまた、聖杯に依存する危うい存在から、僕という供給源を得て現世に定着する「精霊」へと昇華された。

 

僕という、無尽蔵の魔力を生み出す心臓と繋がった君たちは、もうそう安々と負けるような安い竜ではなくなったのだ。

 

そもそも、この僕が囲った「竜の巫女」と「竜の歌姫」が、有象無象に簡単に敗北するなんてことは、僕のプライドが赦さない。

 

「──さあ、思う存分に焼き尽くして、歌い上げてくれ」

 

僕は窓辺に立ち、夜明け前の空を見上げた。

 

「その憎悪と、その恋を。君たちの激情で、この小さな世界を満たしてやれ」

 

準備は整った。役者は揃った。

 

あとは、彼らが来るのを待つだけだ。

 

カルデアのマスター。勇者を束ねる凡人の君よ。

 

数多の英霊を従え、この特異点の修正に挑む救世主。

 

その意志の剣をこの僕に突き立てに来る時が、今から愉しみでならないよ。

 

 

 

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