常闇の邪竜戦記   作:星乃 望夢

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第九話

 

しかし、こうまで好き勝手をしておいて、未だにソロモン──あの魔術王が姿を現さないとは不思議な話だ。

 

僕の今の立ち位置は人理に与する者ではない。ジャンヌ・ダルク・オルタという特異点の歪みに加担し、それを強化している邪竜だ。

 

奴からすれば、「人理焼却を邪魔しない限りは放置」という判断なのだろうか。

 

聖杯を使い、ジャンヌ・オルタを不偏の精霊として再臨させ、エリザベートを使役する僕を、彼がどう見ているのかは知る由もないが。

 

まぁ、手を出してこないのならば、わざわざこちらから出向く必要もない。

 

それにしても、ジャンヌも派手に手駒を揃えたものだ。

 

ジルが遺した召喚式から、新たにサーヴァントを召喚していたらしい。

 

吸血鬼としての属性が共鳴したヴラド三世にカーミラ。

 

「聖女」という属性に引かれたマルタ。

 

そしてこのフランスという土地柄に縁のあるシュヴァリエ・デオンと、シャルル=アンリ・サンソン。

 

対するカルデア側は、マシュの他に現地で野良サーヴァントを味方につけていくことになる。

 

竜殺しのジークフリート。あとはアマデウス、マリー・アントワネット、清姫、ゲオルギウス、そして本物のジャンヌ・ダルク。

 

本来ならば、ここにエリザベートも加わるはずだったが、彼女は僕が「美味しく」いただいてしまった。

 

ふと、記憶を巡らせる。

 

確か本来の邪ンヌ陣営には、狩人アタランテがいたはずだが……姿が見えない。魔力不足で呼ばれなかったのか、あるいは僕という異物が混じったことで弾き出されたか。

 

それに、召喚者であるキャスターのジルを僕が殺してしまったから、駒は一つ減っている。

 

……ように見えて、エリちゃんを引き込んだ僕がいる以上、戦力バランスは崩壊していると言っていい。

 

というより、僕という規格外の「裏ボス」が鎮座している時点で、まともな攻略法ではカルデア側に勝ち目などないだろう。

 

とはいえ、僕は別段、彼らの人理修復の旅を邪魔したいわけではない。

 

ただ、彼らが今の最強になった邪ンヌを倒し得るのならば、是非もなし。

 

突如として降って湧いた覇竜として、彼らの前に絶望的な試練として立ち塞がるのも悪くはない。

 

 ドクンッ。

 

思考を巡らせていると、胸の奥が騒いだ。

 

僕はオルレアンの居城から、ふらりと外へ歩き出す。

 

……この僕の「邪竜の心臓」が、酷く煩いのだ。

 

ああ、そう言えば。

 

この特異点には、ヴォーティガーンの影を宿す僕としては、決して無視できない存在がもう一人居たのだったか。

 

──アルトリア・ペンドラゴン〔リリィ〕。

 

まだ選定の剣であるカリバーンを帯び、王としての完成を迎える前。世界を旅し、理想を夢見る花の少女剣士。

 

ブリテンの卑王と、若き騎士王。

 

まだ何者でもない一人の彼女と会うのも、また一興だろうさ。

 

 

◇◇◇

 

 

気配を辿り、僕が足を運んだのはマルセイユの街だった。

 

オルレアンの居城から離れたこの地でも、戦火の爪痕は残っている。だが、僕は邪ンヌほど派手に暴れ回っているわけでもないし、基本的には玉座で留守番を決め込んでいた身だ。

 

それに、この竜鱗の如きローブを目深に羽織っていれば、そう簡単に正体が露見することはない。

 

僕の素顔を知っているのは、剣を交えたジークフリートくらいのものだろう。

 

すれ違う人々は、僕をただの旅の魔術師か何かだと思い、気にも留めない。

 

そんな喧騒の中で、僕は彼女を見つけた。

 

──白百合の騎士。

 

まだ王としての覇道を歩み始める前。選定の剣カリバーンを手に、純粋な理想を抱いて人々を救う旅をしている最中の少女。アルトリア・ペンドラゴン〔リリィ〕。

 

彼女はまだ、ブリテンの滅びも、自身の末路も知らない。

 

だから当然、いずれ不倶戴天の敵となる「ヴォーティガーン」の気配になど、気づくはずもない。

 

(……花の魔術師がどこぞから覗いているかもしれないが、まあ構わないか)

 

僕は人混みに紛れ、少し離れた位置から彼女を見つめた。

 

そして、ほんの一瞬だけ。

 

針の穴を通すような精密さで、彼女へと向けて「竜の魔力」を漂わせた。

 

ピクリ、と。

 

少女の肩が震え、彼女は即座に顔を上げ、正確に僕のいる方角へと視線を向けた。

 

竜の因子を持つ者同士の共鳴。

 

僕はフードを少しだけ持ち上げ、穏やかな笑みを浮かべて歩み寄った。

 

「こんにちは、白百合の君」

 

警戒して剣の柄に手をかける彼女に対し、僕は敵意ではなく、敬意を込めて名乗る。

 

「僕は境 織姫。影の国の守衛にして、常闇の王だ。いずれ至る騎士王の御前に遇する機会を得られて、光栄だよ」

 

それは「ブリテンの邪竜」としてではなく、異界を統べる「影の国の王」としての挨拶だった。

 

カルデアとの決戦まで、まだ余暇はある。

 

この特異点の表向きのボスは、あくまでジャンヌ・オルタだ。

 

僕という「裏ボス」は、彼女が膝を屈するその時まで、優雅に暇を持て余していればいい。

 

僕はパチンッ、と軽く指を鳴らした。

 

目の前の白百合の少女剣士の霊基を読み取り、自らの術式に置換していく。

 

瞬間、身に纏っていた漆黒の竜鱗のローブが魔力の霧となって散り、その下の紫色のケルト装束もまた、その色彩と形状を変えていく。

 

現れたのは、純白の衣服に、鮮やかな青のローブ。

 

手には選定の杖。

 

それは、ここではない何処か、剪定された異聞の歴史に存在した魔術師──アルトリア・キャスターの装いを模した姿だった。

 

目の前の白百合の少女からすれば、ただ服を着替えただけにしか映らないだろう。

 

異聞帯のキャスターである「もう一人の自分」のことなど、汎人類史の、それも修行中の彼女が知るはずもないのだから。

 

ヴォーティガーンの影を宿す僕が、アルトリアの影を纏う。

 

この上ない皮肉であり、極上のジョークだ。

 

「──白百合の君。よろしければ一時の共の栄誉を、このドルイドの身に許しては貰えまいかな?」

 

僕は穏やかな笑みを浮かべ、騎士の礼に倣って手を差し伸べた。

 

彼女の碧眼が瞬く。

 

魔術師という存在は、彼女にとって宮廷魔術師マーリンを連想させるものだろう。

 

頼りにはなるが、どこか胡散臭く、油断のならない相手。そう見えているに違いない。

 

それでも構わない。

 

理想に燃え、希望を信じて剣を振るう、純粋な白百合の少女剣士。

 

彼女との出逢いは、竜にとっても、王にとっても、きっと意味のある余興(ものがたり)になるはずなのだから。

 

 

◇◇◇

 

 

その華奢な身で、人助けを厭わない一人の少女剣士。

 

彼女がいずれ至る「騎士王」の姿。その原典が、目の前の純白の少女にあることは疑いようもなかった。

 

「王は人のために生きる」。その誓いに嘘偽りはない。

 

ふと、ある記憶が脳裏をよぎる。

 

別の時空、別の聖杯戦争。

 

征服王イスカンダルは、騎士王アルトリアに対し「人のために生きても、いずれその生き方に押し潰される」と断じた。

 

王とは、鮮烈にして苛烈に夢を魅せ、欲望を肯定し、民を先導する者であると。

 

彼女のように清廉潔白なだけの王は、民を救えても、民を導くことはできない。その果てにあるのが、あのブリテンの悲劇的な結末なのだと。

 

もし、彼女が「人のための王」という殻を破り、覇道を行く「王としての路」を征ったなら──その果てには、聖槍を携えた嵐の王としてのアルトリアが待っているのかもしれない。

 

この白百合の君が、どの未来を選び、どうなるのか。

 

それは僕にはわからない。

 

ただ……その旅路の途中、ほんの一時でも袖振り合った縁。

 

この影の国の王にして、常闇の邪竜──ブリテンを飲み込む卑王の影を宿す僕だからこそ、彼女にできる「導き」があるはずだ。

 

焚き火の爆ぜる音だけが響く夜。

 

剣の手入れをする彼女の背中に、僕は静かに声をかけた。

 

「……リリィ。君の剣は正しい。清く、美しい」

 

彼女が振り返る。その瞳には一点の曇りもない。

 

だからこそ、危うい。

 

「けれど、覚えておいてほしい。正しさは時として、人を傷つけ、人を遠ざける。君が完璧な騎士であり続けようとすればするほど、周囲の人間は君の輝きに目が眩み、その孤独を理解できなくなる」

 

円卓の崩壊。モードレッドの反逆。ランスロットの不義。

 

それらは全て、彼女が「王」として正しすぎた故に、人の弱さに寄り添えなかった結果だ。

 

『王は人の心が分からない』──そう嘆いて去った騎士の言葉が、呪いのように彼女を縛る未来。

 

「理想を抱いて溺死する前に……周りを頼りなさい」

 

僕はドルイドの杖を突き、諭すように告げた。

 

「君は一人で全てを背負おうとしている。だが、王一人で国は成らない。弱音を吐くことも、誰かに背中を預けることも、王の強さの一つだ。騎士として己を律するあまりに……君自身が『人』であることを、見失わないでください」

 

 それは、これから茨の道を歩む彼女へ送る、最初で最後の、精一杯の忠言(はなむけ)だった。

 

 

◇◇◇

 

 

突如として、僕たちの前に巨大な影が落ちた。

 

現れたのは、ワイバーンではない。正真正銘の「竜種」だった。

 

ふむ。竜の中では木っ端トカゲの部類だが、今の「白百合の騎士」にとっては荷が勝ちすぎる相手だ。

 

僕が『強化』や『防御』の魔術で支援し、彼女の天性の才能があってなお、ギリギリで致命傷を避けて立ち回れているという程度。

 

今まではワイバーンの群れが相手だったが、いよいよ、この一時の夢のような旅路も終わりのようだ。

 

「はぁ、はぁ、くっ……!」

 

苦戦し、カリバーンを杖代わりにして辛うじて立つアルトリア。

 

僕は静かに、彼女を庇うように前へと出た。

 

「いけません、織姫殿! 下がっていてください! 竜相手に、魔術は……!」

 

彼女が悲鳴を上げる。当然の反応だ。竜種が持つ強力な対魔力の前では、生半可な魔術など霧散してしまうことを彼女は知っている。

 

けれども、僕は肩越しに微笑みかけ、心配は要らないと返した。

 

「なに、見ていてくださいリリィ。僕は少し特殊でね。魔術であっても竜殺しを成し遂げる、しがない魔導師(ドルイド)なのですよ」

 

──さて。

 

この旅の終幕を飾るには、『選定の杖と共に歩むキャスター』の姿では、少々品が劣るというもの。

 

僕は体内の「邪竜の心臓」の鼓動を跳ね上げ、莫大な魔力を全身に行き渡らせた。

 

周囲の大気が鳴動する。

 

術式を置換する。

 

鴉の濡れ羽色だった僕の黒髪が、見る間に光を帯び、眩いばかりの黄金の輝きを放ち始めた。

 

「あ……その、姿は……?」

 

彼女が息を呑む。

 

纏っていた青いローブと白い服が光の粒子となって再構成されていく。

 

現れたのは、楽園の妖精の旅装ではない。

 

聖剣の騎士の概念と一体化した、人理の守護者――『アルトリア・アヴァロン』の霊衣。

 

それは、数多の時空において「騎士王アルトリア」が至りうる一つの極点であり、僕がこの終幕に用意した、王の理想(ありかた)を魅せるための戦装束だった。

 

「さあ、刮目せよ白百合の君。これが、いずれあなたが目指すべき──『王』の輝きだ」

 

僕は右手を虚空に翳した。

 

自身の『創造』の起源が、人造魔竜の強大な魔力と混ざり合い、この世界には本来存在しないはずの「星の息吹」を形作っていく。

 

大気が震え、黄金の粒子が渦を巻く。

 

「──九つの門を閉ざし、影の国より来たれ。我が槍、我が剣。我が『創造』の果てにある、星の希望を」

 

目の前の巨大な竜が、たじろいだ。

 

生物としての本能が、僕の放つ圧倒的な「格」の差に恐怖したのだ。

 

竜を屠る者は、より強大なる竜。

 

そして竜を導く者は、星そのものの意志。

 

「……さて。次なる一撃。その身を以て、楽園の夢へと還るがいい」

 

僕は黄金の髪をなびかせ、アルトリア・アヴァロンの神々しき姿のまま、大地を蹴った。

 

リリィの碧緑の瞳には、今の僕がどう映っているだろうか。

 

恐ろしい邪竜か。それとも、自分がいつか辿り着くべき、眩すぎるほどの「理想」の姿か。

 

どちらでもいい。

 

ただ、この旅路の締めくくりに相応しい、王としての『美学』。

 

それを今、このフランスの荒野に刻み付ける。

 

「──『真円集う約束の星(ラウンド・オブ・アヴァロン)』!!」

 

放たれたのは、槍の物理攻撃ではない。

 

魔術によって創造された、純粋な「星の光」そのもの。

 

神代の魔導師としての真髄を見せつけるように、僕はその光の一撃で、目の前の災厄を跡形もなく飲み込み、浄化してみせた。

 

断末魔すら上がらない。

 

ただ、暖かな光の中で、竜は塵となって霧散した。

 

キラキラと、光の残滓が雪のように舞い散る中。

 

僕はゆっくりと振り返り、呆然と立ち尽くすリリィへと、優しく微笑んだ。

 

「……見事な、一撃でした」

 

彼女は震える声で、ようやくそれだけを紡いだ。

 

その瞳は、僕の姿――彼女の未来の可能性の一つである『守護者』の輝きに釘付けになっている。

 

憧れ、畏怖、そして希望。

 

その純粋な眼差しが、少しだけ胸に刺さった。

 

「往きなさい、アルトリア」

 

僕は杖を地面に突き、静かに告げた。

 

「僕の役目はここまでだ。この先、君の剣を必要とする人々が待っている。そして君自身も、多くの出会いと別れを経て、その剣の重さを知ることになるだろう」

 

「織姫、殿……? お待ちください、貴方は一体……」

 

彼女が縋るように手を伸ばす。

 

だが、その指先が僕のローブに触れることはない。

 

僕の身体は、足元から徐々に光の粒子となって解け始めていた。

 

「名乗るほどの者ではないよ。ただの、通りすがりの幻影だ」

 

僕は嘘をついた。

 

いずれ敵対する邪竜の名など、今の彼女には不要な呪いだ。

 

今の彼女に必要なのは、前へと進むための「祝福」だけ。

 

「自信を持ちなさい。たとえその道がどれほど険しくとも、君の胸に宿る星の光は、誰にも奪えない。君は、君が思うよりもずっと強く、誰よりも立派な王になれる」

 

「──ッ!」

 

僕の言葉に、彼女はハッとして目を見開く。

 

そして、込み上げる涙を堪えるように、強く、強く頷いた。

 

「……はい! 決して、忘れません!」

 

「良い旅を、白百合の君よ」

 

その言葉を最期に、僕の輪郭は完全に崩れ去った。

 

風が吹き抜ける。

 

黄金の輝きは空へと溶け、あとには浄化された清浄な空気と、荒野に咲く一輪の花のような彼女だけが残された。

 

 

 

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