常闇の邪竜戦記   作:星乃 望夢

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第十話

 

オルレアンの居城。

 

先ほどまでの白百合の騎士との語らい、そして「星の守護者」としての清冽な魔力は、今の僕の肌からは一滴も残らず削ぎ落とされていた。

 

代わりに溢れ出すのは、重く、粘つくような漆黒の魔力。

 

影の国の王としての理性を、あえて「卑王ヴォーティガーン」の怨念に近い属性へと反転させる。

 

僕の起源『創造』と、世界を上書きする『空想具現化』。

 

そしてエミヤのそれを遥かに凌駕する精度で放たれる根源接続者の行使する『投影』。

 

これらを掛け合わせ、僕は自身の器を「黒き騎士王」へと変貌させた。

 

色白の肌に、冷酷な黄金の瞳。

 

纏うのは、光を吸い込むほどに深い黒の重装甲。

 

そして右手に握るのは、星の聖剣が反転した、極光を放つ漆黒の魔剣――『約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)』。

 

鏡に映るその姿は、冬木の特異点Fでカルデアが対峙した『セイバー・オルタ』そのものだ。

 

だが、中身は決定的に違う。

 

これは霊基として固定された英霊ではない。

 

本物の『竜の心臓』を駆動させ、ブリテン島そのものの意志……神代の回帰を願う「卑王」の影を纏った、生ける災厄だ。

 

「……ふふ。くふふ……はははは!」

 

低く響く笑い声。

 

騎士王の姿を借りながら、その立ち居振る舞いにはヴォーティガーンとしての傲岸不遜さが滲み出る。

 

僕が呼吸をすれば、城内には常闇が溢れ、ジャンヌ・オルタが使役する竜たちが、本能的な恐怖に喉を鳴らして平伏した。

 

僕は玉座に深く腰掛け、魔剣を傍らに立てた。

 

カルデアの者たちがこの城に辿り着いた時、彼らは絶望するだろう。

 

冬木でようやく退けたはずの『黒き騎士王』が、さらに強大な、本物の『竜の王』としての出力を以て立ち塞がっているのだから。

 

解析不能の生体反応。

 

サーヴァントを遥かに超える質量。

 

そして、かつてアルトリアを苦しめた『叔父』の気配を纏う存在。

 

これこそが、この特異点に僕が用意した、最高の『試練』だ。

 

「……さて。勇者たちよ。君たちが、このフランスを救うというのなら、僕はそれを黙って見ていよう。だが、もしこの僕を──ブリテンを、そして世界を飲み込まんとした『卑王』の影を越えようとするのなら。その時は、君たちの魂を丸ごと、この漆黒の極光で浄化してあげよう」

 

僕は黄金の瞳を妖しく光らせ、城の扉の向こう……遠くから近づいてくる『人理』の気配を待ち構えた。

 

今の僕は、影の国の王・境織姫ではない。

 

人理の旅路を終わらせる、最後の壁。

 

黒き騎士王の皮を被った、覇竜ヴォーティガーンの顕現だ。

 

「楽しみだよ、藤丸立香。君のその『人間』としての意志が、この絶対的な『暴力』を前にして、どこまで輝きを失わずにいられるか」

 

黒い鎧が軋む音と共に、フランスの夜はさらに深い、絶望の色へと塗り潰されていった。

 

 

◇◇◇

 

 

瓦礫と化した玉座の広間に、人理を繋ぎ止めんとする最後の一行が踏み込んだ。

 

正面には、憎悪の焔を纏い、黄金の聖杯をその身に宿した「竜の魔女」ジャンヌ・オルタ。

 

そしてその傍らには、「竜の歌恋姫」として君臨するエリザベート・バートリーが、凶悪なまでに研ぎ澄まされた魔力を湛えて立っている。

 

だが、彼らが何よりもまず足を止め、その背筋に消えない戦慄を走らせたのは、階段の踊り場に立ち塞がる「黒い影」だった。

 

漆黒の甲冑。

 

冬木で一度は退けたはずの、あの冷徹なる騎士王の姿。

 

しかし、そこから放たれるプレッシャーは、かつてのそれとは比較にならない。

 

呼吸一つで空間を軋ませ、黄金の瞳が放つ魔圧は、ただの「反転した英雄」という枠組みを遥かに超え、このブリテン島そのものを食らい尽くさんとした「卑王」の絶望を具現化していた。

 

「……遅かったな、星見の魔術師。そして、人理の盾よ」

 

僕は、右手に投影した漆黒の魔剣『エクスカリバー・モルガン』を無造作に下げ、冷たく、そして絶対的な力を持つ者の声で告げた。

 

「ジャンヌ。貴様はそこの『オリジナル』と、その盾の小娘を相手にしろ。エリザベート。貴様は……そうだな、そこの賑やかな三人の相手だ。好きなだけその歌を叩きつけてやれ」

 

僕が顎で指示を出すと、ジャンヌ・オルタとエリザベートが不敵に、あるいは狂おしく笑いながらそれぞれの戦場へと飛び出していく。

 

後に残ったのは、僕を包囲するように構える、二人の「竜殺し」の英雄。

 

ジークフリートと、聖ゲオルギウス。

 

「……そして。我が前に立つ二人の『竜殺し』よ。貴殿らだけは、僕自らが相手をせねば、この城の均衡が崩れてしまう。この身に宿る『常闇』が……貴殿らのその清廉なる刃を、心底から欲しているからね」

 

ドクン、ドクン……と、漆黒の魔力が脈動し、僕の背後には巨大な『卑王の影』が翼のように広がる。

 

ジークフリートは、かつて対峙した時以上の「天敵」の気配に、バルムンクを握る手に力を込めた。ゲオルギウスもまた、アスカロンを構え、その瞳に静かな、しかし峻厳な決意を宿す。

 

「……やはり、貴殿は。ただの竜ではない。その影……かつてブリテンを呑み込もうとした、常闇き竜の……。すまない。だが、ここで貴殿を止めなければ、人理の明日は潰える」

 

「……何という巨悪。これほどまでの『竜の概念』を一身に背負う者が、この世に在るとは。主よ。私に、この邪悪を断つ力をお与えください!」

 

「……ふふ。悪、か。是非もなし。僕はただ、僕の愛する宝石たちを守るための『夜』でしかない。貴殿らがその眩すぎる『光』を以て僕を穿とうとするのなら、僕はそのすべてを、この常闇の極光で浄化してあげよう」

 

僕は『エクスカリバー・モルガン』を正門へと向け、魔竜の心臓をフル稼働させた。

 

溢れ出す漆黒の魔力は、もはや影の国の王としての理性を焼き切り、ただ「敵を粉砕する」ためだけの、覇王の意志へと変貌していく。

 

「──来い、竜殺しの英雄たちよ。貴殿らの伝説が、この『卑王の影』を断ち切れるかどうか……。このフランスの終焉を以て、証明してみせろ!」

 

漆黒の騎士王へと姿を変えた僕は、爆発的な魔力放出と共に、二人の英雄へと肉薄した。もはや名乗る必要はない。

 

今の僕は、人理を拒絶し、神代を留めんとした、絶対的な『拒絶』そのものなのだから。

 

オルレアンの居城が、三つの戦場の激突によって、崩壊へと向かって震え始めた。

 

 

◇◇◇

 

 

玉座の間を、二色の聖なる輝きと、全てを飲み込む漆黒の闇が二分していた。

 

ゲオルギウスが展開する守護の聖域『アスカロン』の加護が、空間そのものを聖別し、邪悪なる竜の息吹を遮断する。

 

その聖域を足場に、ジークフリートが幻想大剣『バルムンク』を唸らせ、神速の連撃を叩き込む。

 

二人の「竜殺し」による、完璧な連携。

 

だが、黒き甲冑に身を包んだ僕は、その猛攻を片手で握る黒き聖剣のみで捌き続けていた。

 

「……ぬぅんッ!」

 

重い金属音が響き、ジークフリートの大剣が弾かれる。

 

竜殺しの英雄たちが驚愕に目を見開く。彼らの攻撃は通じているはずだ。だが、僕の纏う「卑王」の概念──ブリテン島そのものを化身とした巨大すぎる質量が、彼らの剣撃を「浅い」ものへと変えていた。

 

「硬い……! 竜の鱗というより、これは『世界』そのものを斬っているような手応えだ……!」

 

ジークフリートが苦悶の声を漏らす。

 

その均衡を崩そうと、後方で戦況を見守っていた藤丸立香が叫んだ。

 

「マシュ! 今だ、二人の援護を!」

 

「はい、マスター! シールド、展開します!」

 

マシュ・キリエライトが盾を構え、僕の死角へと疾走する。

 

その動きを、僕は兜の奥の黄金瞳で冷ややかに捉えた。

 

円卓の盾。騎士王が信頼した絶対の守り。……だが、今の僕の前では、それはあまりに脆い。

 

「……邪魔だ。小娘」

 

僕は足元の石畳を踏み砕き、膨れ上がった常闇の魔力を爆発させる。

 

黒い衝撃波が、肉薄していたジークフリートとゲオルギウスを強引に吹き飛ばし、強制的に距離を作らせた。

 

ぽっかりと空いた空間。

 

そこに踏み込んできたマシュへ向けて、僕は黒く染まった聖剣を、上段から無造作に振り下ろす構えを取った。

 

切っ先に収束するのは、光ではない。星の光さえも飲み込み、国一つを影に沈める「穴」としての絶望。

 

「沈め。──『卑王鉄槌・約束された勝利の剣(エクスカリバー・ヴォーティガーン)』!!」

 

極光ならぬ、極闇の奔流が放たれた。

 

それは斬撃というより、横薙ぎにされた暴風雨、あるいは崩落する山脈そのものだった。

 

「──宝具、展開! 『仮想宝具 疑似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)』!!」

 

マシュが悲鳴に近い気合と共に、白亜の壁を展開する。

 

黒き奔流と、想いの城壁が激突する。

 

だが、その拮抗は一瞬だった。

 

盾が割れたのではない。マシュという「個」の質量では、僕が放った「呪いの重力」を支えきれなかったのだ。

 

「きゃぁぁぁぁぁぁぁッ!?」

 

マシュの身体が、展開したロード・カルデアスごと、木の葉のように彼方へと吹き飛ばされる。

 

黒い魔力の波に飲まれた彼女は、そのまま玉座の間の反対側──激しい炎と怨嗟が渦巻く、ジャンヌとジャンヌ・オルタの戦場へと、砲弾のように叩き込まれた。

 

「マシュ!!」

 

藤丸の絶叫が響く。

 

僕は黒き剣から立ち上る闇の煙を払い、吹き飛ばされた盾の乙女と、体勢を立て直そうとする二人の竜殺しを、悠然と見下ろした。

 

「……円卓の盾か。悪くない硬さだが、僕の『影』を受け止めるには、まだ想いの重さが足りないな。さて、邪魔者は消えた。……次はお前たちの番だ、竜殺し」

 

二人の竜殺しは、マシュが吹き飛ばされた方向を一瞥すらせず、油断なく僕を見据えていた。

 

流石は英雄。個の武勇において、彼らに慢心も隙もない。

 

けれども、概念的な相性は絶対ではない。

 

「確かに君たちの剣は竜の鱗を裂き、その命を断つ理を持つ」

 

僕は漆黒の聖剣をだらりと下げ、玉座の間を歩く。

 

一歩踏み出すたびに、床から黒い泥のような影が湧き出し、ゲオルギウスの展開した聖域を物理的に侵食していく。

 

「だが、竜殺しが殺せるのはあくまで『竜』だ。国を統べ、星を喰らい、理すら飲み込む『王』を殺す道理は持ち合わせていない」

 

「……聖域が、塗り潰されるだと!?」

 

「来るぞ、ゲオルギウス殿!」

 

ゲオルギウスが聖剣アスカロンの輝きを強めるが、僕の放つヴォーティガーンの権能──『光を飲み込む穴』としての性質が、その祈りを無慈悲に咀嚼する。

 

僕は瞬動した。

 

魔力放出による超加速。

 

反応できたのはジークフリートのみ。

 

バルムンクと黒いエクスカリバーが火花を散らす。

 

力比べ。竜の炉心を持つ僕と、竜の血を浴びた彼。

 

筋力は互角か。だが──。

 

「ぬ、ぐぅ……ッ!?」

 

ジークフリートが呻く。

 

剣の重さが違う。

 

僕の剣には、ブリテン島という「世界」の質量が上乗せされている。

 

一合、二合と打ち合うたびに、彼の足が床にめり込み、膝が折れそうになる。

 

「どうした、英雄。ファヴニールはもっと頑強だったぞ?」

 

「……貴公、は……ッ! 邪竜の暴威を持ちながら、その剣技、その覇気……まるで、騎士王そのものではないか……!」

 

ジークフリートは脂汗を流しながら、必死に僕の剣をいなす。

 

彼には見えているのだろう。

 

目の前の怪物の背後に立つ、聖剣の王の影が。

 

「光栄だよ。だが、終わりだ」

 

僕は剣を大きく振りかぶる。

 

ゲオルギウスが横から割り込もうとするが、僕は左手から『影の槍』を数本生成し、牽制として放って彼を釘付けにする。

 

ジークフリートが覚悟を決める。

 

バルムンクの刀身が、限界を超えた魔力を帯びて青銀に輝く。

 

「──邪竜よ! この一撃に、我が魂を込める!」

 

「いいだろう。その輝き、我が永久(とこしえ)の闇で呑み込んでやる」

 

最強の幻想大剣と、最凶の卑王鉄槌。

 

互いの必殺が激突しようとした、その刹那だった。

 

ドクン。

 

僕の心臓が、大きく跳ねた。

 

剣を振るう手が、ほんの一瞬だけ止まる。

 

壁の向こう。

 

マシュを吹き飛ばした先にある、もう一つの戦場。

 

そこで燃え盛っていた二つの炎──ジャンヌ・ダルクと、ジャンヌ・オルタの魂の光が、今まさに一つの決着を迎えようとしていた。

 

 

 

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