常闇の邪竜戦記   作:星乃 望夢

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第十一話

 

轟音と共に、僕とジークフリートたちを隔てていた壁が粉砕された。

 

土煙の中、無様に転がってきたのは──黒い鎧のジャンヌ・オルタだった。

 

「……あ、が……っ」

 

彼女は血を吐き、膝をつこうとして、そのまま崩れ落ちた。

 

やれやれ。僕がアルトリア・リリィと一時の旅を楽しんでいる間に、彼女はファヴニールを使って街ごと「ジャンヌの母イザベル」を焼き払っていたとはね。

 

今回のジャンヌはただの聖女や裁定者ではなかった。

 

理不尽に母親を殺された、一人の村娘としての怒り。それが聖なる御旗に上乗せされていた。

 

「敗けられない意地」と「許せない怒り」。その精神的な熱量の差で、オリジナルが偽物を凌駕したということか。

 

カラン、コロン……。

 

霊基破損を起こしたジャンヌ・オルタの胸から、黄金の聖杯が零れ落ち、虚しい音を立てて転がっていく。

 

これで彼女は、聖杯という無尽蔵の魔力リソースを失った。

 

だが、それは同時に、聖杯から解き放たれ、魔力供給源が僕のみに一本化されたことを意味する。

 

彼女は聖杯を失って初めて、混じり気なしの僕だけの「竜の魔女」になれたわけだ。

 

僕は戦場を見渡す。

 

大将であるジャンヌ・オルタは敗北した。

 

しかし、遊撃のエリザベートは絶好調で、マリー、アマデウス、清姫の三騎を一人で抑え込んでいる。

 

そして僕自身も、最強の竜殺しであるジークフリートとゲオルギウスを相手に拮抗──いや、優位に立ち回っている。

 

(……全く。副将と部員が優勢なのに、大将が負けでは話にならないな)

 

盤面上の勝敗は、カルデアの勝ちだ。

 

ここから僕がなりふり構わず全力を解放し、全てを蹂躙して勝利をもぎ取ることは造作もない。

 

けれども、それは美しくない。

 

竜の魔女を下した聖女と、それを支えた盾の少女。そして彼女らを導いた星見の魔術師の英雄譚として、ここで僕が水を差すのは無粋の極みだ。

 

「──エリザベート!」

 

僕は剣を弾き、戦場に響く声で名を呼んだ。

 

「はぁーい! 呼んだ、プロデューサー!?」

 

マリーたちと追いかけっこをしていたエリザベートが、即座に反応してすっ飛んでくる。

 

彼女は敵陣の真ん中を突っ切り、僕の元へ来ると「褒めて褒めて」と言わんばかりに尻尾をパタパタと振った。

 

「いい働きだったよ、エリザベート」

 

僕は彼女の頭を撫でてやり、そして、床に伏したジャンヌ・オルタの元へ歩み寄り、片方の腕で彼女を抱き上げた。

 

「な……に、を……? 私、は……まだ…」

 

「喋るな。舌を噛むぞ」

 

僕は虚空を裂くように、漆黒の聖剣を一閃させた。

 

空間が悲鳴を上げ、黒い亀裂が走る。

 

その向こうに見えるのは、荒涼と紫煙たなびく魔境──影の国への道。

 

ジークフリートたちが追撃の構えを見せるが、僕はそれを視線だけで制した。

 

「今回は退こう。故あれば次は別の形で会いたいものだよ、星見の魔術師諸君」

 

呆然とする藤丸立香とマシュ、そしてジャンヌ・ダルクへ向けて、僕は不敵な笑みを残す。

 

そうして捨て台詞を吐き、僕は二人の「宝物」を抱えて、次元の裂け目へと消えたのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

影の国の居城に戻った僕は、すぐに客間へとジャンヌ・オルタを運び込み、治療に取り掛かった。

 

指先で空中に『治癒』と『再生』の原初のルーンを刻み、彼女の身体へと沈める。

 

「……ん、ぅ……」

 

苦しげだった彼女の呼吸が、次第に穏やかな寝息へと変わっていく。

 

アヴェンジャーとしての霊基がズタズタに傷ついていただけだ。僕のパスと繋がり、精霊として再構築されている今の彼女なら、暫く泥のように眠れば、またすぐにあの喧嘩っ早い元気な姿を見せてくれるだろう。

 

安らかな寝顔を見下ろし、僕は一つ安堵の息を吐いた。

 

部屋を出ると、今度は待ち構えていたエリザベートが飛びついてきた。

 

「プロデューサー! 部屋はどうなってるの? レッスン場はあるの?」と、尻尾をブンブン振って纏わりついてくる。

 

僕はそんな彼女の角を撫で、顎をくすぐって愛でてやることで、その興奮を鎮めた。

 

彼女もまた、新しい環境と安住の地に心が浮き立っているのだろう。

 

二人の「お土産」のケアを終えた僕は、浴室へと向かった。

 

戦場の煤と硝煙、返り血、そして……他の女たちの残り香。

 

それら全てを湯で洗い流し、身を清める。

 

これは、この城の真なる主であり、僕の最愛の師にして妻である女性への、最低限の礼儀だ。

 

新しい着流しに袖を通し、髪を整え、僕は師匠の私室の扉を叩いた。

 

「──入れ」

 

凛とした声に促され、入室する。

 

そこには、グラスを片手に優雅に書物を読むスカサハの姿があった。

 

彼女は顔を上げ、僕を見るなり妖艶に微笑んだ。

 

「お帰り、織姫。随分と賑やかになったようだな? 城の空気が少し変わったぞ」

 

「……ただいま帰りました、師匠。事後報告になって申し訳ありません。少々、訳ありの『迷い子』たちを拾ってきまして」

 

僕が苦笑しながら詫びると、彼女は可笑しそうに喉を鳴らしてグラスを傾けた。

 

「ふふ、構わんさ。『英雄、色を好む』と言うからな。強き者が多くの伴侶を侍らせ、その愛を注ぐのは世の常、英雄の性だ」

 

彼女は立ち上がり、僕の元へと歩み寄ると、自然な動作で僕の頬に手を添えた。

 

「それに、お前は強欲な竜の王だ。気に入った財宝を二つ三つ、巣に持ち帰ったところで誰が文句を言う? 私とて、その程度のことで目くじらを立てるほど狭量な女ではないつもりだぞ?」

 

その瞳にあるのは、嫉妬や怒りなどではない。

 

愛弟子の成長と、その甲斐性を楽しむような、絶対的な正妻としての余裕だった。

 

ジャンヌ・オルタやエリザベートを連れ帰ったことなど、彼女にとっては取るに足らない些末なことらしい。

 

「……敵いませんね、貴女には」

 

「当然だ。誰の師匠だと思っている」

 

彼女は悪戯っぽく笑うと、僕の胸に顔を埋めた。

 

「だが、外で拾ってきた菓子をつまむのもいいが……。帰ってきたのなら、まずは『本妻』の味を確認するのが筋というものではないか?」

 

甘く、危険な響き。

 

僕はその誘いに乗るべく、愛しき女王の腰に手を回した。

 

 

◇◇◇

 

 

僕の性格が、フランスに居る時と影の国に居る時とで異なっているのは、ある種の必然だったと言える。

 

あの日、僕を召喚したのはジャンヌ・ダルク・オルタ――「竜の魔女」だ。

 

彼女が深層意識で望んだのは、自身に従い、共に全てを焼き尽くす「最強の邪竜」だった。

 

召喚者の願いは、召喚される者の霊基に色濃く反映される。彼女の強烈な渇望は、僕の内にある「卑王ヴォーティガーン」としての因子を過剰なまでに励起させたのだ。

 

竜とは、本質的に強欲な生き物だ。

 

全てを欲し、全てを奪い、全てを己が掌中に収めようとする。

 

僕に、そんな強欲な竜としての側面が顕著に表れていたのは、ごく自然の理だった。

 

その暴走しかけた自我が、落ち着いたのは、アルトリアと出会ったからこそだ。

 

彼女を導く「アルトリア・キャスター」という魔導師の役割。

 

彼女を守護する「アルトリア・アヴァロン」という聖剣の守護者の概念。

 

そして、卑王の力を制御するために、「セイバー・オルタ」という反転した騎士王の殻を被り、ヴォーティガーンの性質と掛け合わせることで相殺する。

 

これら全ての要素が複雑に組み合わさって、ようやく僕は僕という個の輪郭を保てていた。

 

そう考えれば、認めざるを得ないだろう。

 

ジャンヌ・オルタに召喚された直後の僕は、間違いなく彼女の願った「竜」の色に、誰よりも深く染め上げられていたのだと。

 

影の国でやる事など、大抵は決まっている。

 

寝る、食う、そして鍛錬。以上!

 

この世の果てにある魔境での生活は、至極シンプルで、そして退屈だ。

 

娯楽なんて何もないこの影の城において、最近不定期に開かれるエリザベートの破壊的ライブコンサートが、皮肉にも唯一の「娯楽(刺激)」と言えるかもしれない。

 

それ以外と言えば、古びた書物を読むか、自分で歌でも唄うかくらいしか暇を潰す術がないのだから。

 

「──ふっ!」

 

竜を探して三千里、ではないが、荒野で適当に見繕った竜に向けて、僕は武器を振るった。

 

手にしているのは、馴染んだ『賢者の杖』でも、必殺の『呪いの朱槍』でもない。

 

光を飲み込む漆黒の聖剣。

 

僕はその黒刃を振るい、硬い竜の鱗を紙のように切り裂いた。

 

折角だから剣でも強くなってみろ、とスカサハ師匠に言われたからだ。

 

(……確か、師匠のお気に入りだったクー・フーリンは、幼少のセタンタの頃は剣を嗜む剣士だったか?)

 

ふーむ、と切り伏せた竜の骸を見下ろして思考する。

 

やっぱり師匠からすると、クー・フーリンのようなタイプが好みなのだろうか?

 

とはいえ、僕がルーン魔術、槍術、そして今こうして剣術を身に着けているのは、偶然の一致でしかない──はずだ。

 

ただ、常闇の邪竜ヴォーティガーンの影を宿す身としては、この「黒き騎士王」の姿と剣術の方が、妙に肌に馴染むのは拭えない事実だった。

 

指先一つで世界を塗り潰せるような全能感と、破壊衝動。

 

最近だと、槍と杖を併用することも少なくなってきている。

 

僕は心の中で、あの白百合の少女との記憶を反芻する。

 

『賢者の杖』は、あのアルトリア・リリィとの、一時の夢のような旅の大切な思い出だ。

 

中途半端な気持ちで振るうべきではない。あれは、大切な記憶の宝箱の奥深くにしまっておこう。

 

いつかまた、彼女と出会った時に。

 

「魔術師様」ではなく、一人の「剣士」の騎士として、彼女の隣に立っても笑われないように。

 

その為に己を鍛え上げる。

 

「──次だ」

 

感傷を断ち切るように、僕は漆黒の聖剣を構え直し、次なる獲物へと視線を向けた。

 

 

 

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