After the surprised Rainy   作:くのみち

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第三章:蛇足、無粋、エピローグにて

その後信号に捕まる不運はありながら、どうにかこうにか五分の遅刻で済ませた俺は例の喫茶店でハルヒの怒号と共に迎え入れられることになった。

 

聞く話によると、俺が合流して以降《神人》などの出没は認められなかったようだ。

まあ確かに、俺に諸々と愚痴ってからはほぼ通常運航モードだったからな。きっと古泉たちの工作とやらも、それほど過激なことはしていなかったのだろう──。

 

ついでに適当に腹に物を詰めて元気をフルチャージするや否や、夏休みの野望を嬉々としてこれでもかと俺たちに説法なさる団長殿。

古泉は普段と同じく涼やかなスマイルでハルヒの補佐を務め、朝比奈さんはぽかんとした目でハルヒを見つめていたと思いきやハルヒの一挙手一投足に怯えてみせ、そして長門は──どこを見ているのかもわからない顔で静かに料理を頬張っていた。

ああ、やはりこれが俺の日常なんだと再確認させられる。無論数刻前までの佐々木とのひと時もまた、愛おしくも平和な、理想的な日常の時間であったことは疑いようもないのだが。

 

そうして嵐のような個人的二次会を経たのちに女子連中を見送り、今日の荷物を隠してきたコインロッカーへと向かいがてらの家路を俺は歩んでいた。

 

 

「お供しますよ」と要らん世話焼き付きでだ。

 

「本日は申し訳ありませんでした。もう少しだけ涼宮さんを引き留められていればよかったのですがね」

「構わん。佐々木も大体は満足できたようだからな……俺の方こそ無茶ぶりをしたものだが」

「いえいえ。ですが……非常に危ない橋を渡っていた、ということはお伝えしておきます。恥を忍んで僕に相談してくださったこと、『機関』を代表してお礼を言わざるを得ません」

「ほう?」

「あなたがどこで何をしていたのかは推察に頼る他ないですが。ええ、観覧車の中で何をされていたのやら。そこまでは追っていません」

 

やはり俺たちの方でも監視はしていたか。まあ、いいだろう、続けろ。

 

「どこから説明しましょうか。───まずは報告、という形で行きましょう。

今日の涼宮さんは、午後のある瞬間までは確かにおとなしくされていました。まして、我々の行動に対し何らかのサインを示すこともね」

「ふむ」

「しかし、問題は午後です。覚えていらっしゃいますか? 今日、唐突にゲリラ豪雨が来た時のことを」

「ああ。確かあれは本当に唐突でやばかったが……

 

────まさか」

 

俺は息を呑む。ロッカーから荷物を回収したことで気が抜けてたのもあり、思わず赤信号を渡りそうになったところその手を古泉に引き留められた。

まさかあの豪雨は……ハルヒの仕業だと。そう言いたいのか古泉。

 

「ええ、そのまさかです。そしてあの瞬間に閉鎖空間が発生していました。この時期の天候が不安定であることは否めませんが……たったの三分そこらで、この街周辺に唐突の豪雨を降らせるなんて現象が起きるなんてのは極めてまれな気象現象です。閉鎖空間の発生も伴っていた以上、涼宮さんの能力の介入は確定的でしょう。

それを踏まえて言えば、本日の天候自体が少々異様でもあります。午前中は特に何もなかった以上は五分五分といったところですが、降水確率に反して素晴らしい行楽日和とはなりました。こちらは仮に涼宮さんが関与していたとして、酷暑での妨害くらいは起きていたのやも、程度ですがね。

さてここで本題に戻りますが、閉鎖空間が生じた瞬間に涼宮さんが何をしていたと思います?」

 

何をって、そうだな。

ありゃ確か午後の三時ごろか。あのクソ暑い中で、特に予定もないと来れば……あいつだって敢えて外に出ることもないかもしれん。ふん、まあ俺の理解の及ばぬ何某かの企みで、炎天下の中笑いながらハミングなんぞでもしていたとて驚かんがな。

とはいえ仮に俺がハルヒなら……今日は本来降水確率九十パーセントとかだったはずだ。敢えてこれといった予定も立てず、その分明日に備えて元気を充電しておこうという行動指針を取るがな。

 

が、俺に予想できるのはここまでだ。あとは本当に妄想する他ない。答えはなんだ。

 

「ええ。では答え合わせをいたしましょう。『昼寝』です」

 

……はあ? 昼寝だと?

 

思わず頓狂な声が出る。こいつは何度俺を困惑させれば気が済むのだろう。

いやまあそりゃあ……ハルヒだって昼寝のひとつやふたつはするだろ。現に部活の時も退屈な時なんか頬杖ついてうたた寝こいててりするしな。

何故そんなことでこいつはここまで深刻そうな顔をしているのだ。

 

「ええ、認識は間違っていません。その昼寝です。午睡、英語ではn、a、p、と綴る行為ですね。

ここで重要なのが、涼宮さんが特別に何かを感知できる状態になかったことは本来確定的な状況だったということです。

乱暴な仮定ですが、頭を打って意識不明だったとか、重病のための手術中で麻酔を打たれてただとか、そういう状況と等価です。

にも拘わらず閉鎖空間は生じ、我々は《神人》との戦闘を余儀なくされました。尤も昼寝中ということで精神状態自体は安定していたのか、非常に弱い個体でしたけどね」

 

どういうことだ。お前は何を俺に伝えたい。

 

「まずは今日起きたことの続きを報告させてください。まずは本日、涼宮さんに対して使用していた簡単なプロテクトの説明をしましょう。

それはずばり、彼女の使用できる通話機器に軽い通信妨害を発生させるものでした。退屈させるのも危険ですのでネット環境の遮断などはしませんでしたが、もしあなたへの連絡を試みた場合は不通になるか、周辺での電波障害を起こすといった用意。加えて彼女はそこまで思い至りませんでしたが、必要ならば公衆電話を止める用意もありました。

要するに、徹底的にあなたに対する連絡手段のみを排除したという訳ですね。先ほど涼宮さんの携帯が不調だと申し上げましたが、それもその一環です。

それに加えて万が一あなたのいる街に涼宮さんが向かおうとした場合、一時的に周辺地域の交通網を停止させるなどの検討もありました」

「あー…………今更ながら、それはマジですまんかった」

 

交通網の一時封鎖などという物騒すぎる文面で、流石の俺もこいつに罪悪感を覚えざるを得なかった。俺としてはただ友人と遊ぶ程度の感覚でいたが、よもやそこまで。

 

「構いませんよ、この程度の工作活動はあなたが関与しないところで無数に為されていますから。むしろこの夏の涼宮さんの活動予定は去年の夏を遥かに凌駕しそうですし、いい訓練になったくらいです。

……こほん、それよりも続けましょう。あれは午後五時過ぎ頃の出来事でした。あの遊園地も実に混雑していましたが、結論から言えばこれも恐らく涼宮さんによる妨害の影響です。というのも……今申し上げたプロテクトが一時的に破壊されたと共に、閉鎖空間の強度向上が確認されたためです。おそらく、あなたがたが遊園地に入るくらいの頃合いで。

一応、現代科学では機械そのものを検知して直接ハッキングを掛けたりしない限り、破壊不可能なはずのものはご用意させていただいたのですがね。何せ設計のごく一部、間接的にではありますが、長門さんの協力も得たプログラムでしたから」

「な──」

 

淡々と語る古泉だったが、俺は驚きを隠せずにいた。

今更すぎる表明だが、俺は長門有希という存在に絶大な信頼を置いている。一友人としては言うまでもないが、そのスーパーハッカー的能力において恐らくこの地上で叶う地球人類は存在しないと妄信しきっていた。

そんな長門の手の入ったモノを破壊したという事実。一体ハルヒは何をしでかしたというんだ?

 

「そう驚くことでもありませんよ。基幹部分は我々のお手製で、長門さんには小手先の部分にちょっとしたブーストをしていただいただけです。次の機会までにもう少し根本的な設計を改善せねばならないでしょうね。

そうして涼宮さんは一時的に我々団員に連絡を取れる状況になり……辛うじてあなたへの連絡を取る寸前で再度プロテクトを構築しました。長門さんに再依頼し、更なる強度アップも施したモデルです。

それから僕への連絡が来る可能性も考慮し、閉鎖空間の処置を仲間に任せて脱出。読み通り連絡が来たので僕は涼宮さんからの通達通りに合流しました。その間何とか時間を稼いだことで、先ほど僕が連絡を入れるまであなたを隔離することには辛くも成功したという訳です」

「結構ガチの水際作戦だった、という訳か」

「はい。そして……時系列としては最後の『報告』をしましょう。

あなたがたが観覧車に乗ってからは一旦のところ小康状態になっていました。しかし、ゴンドラの搭乗時間からの経過時間的に恐らく頂点部付近に到達したときです。今までにない、凄まじいエネルギーでの情報爆発が観測されたのです。

僕は涼宮さん達と行動を共にしていたのでこの目で見たわけではないのですが、閉鎖空間も急速に拡大。≪神人≫の規模も……恐らく最低でも、あなたと涼宮さんが去年、閉鎖空間に閉じ込められた時と同等以上のものになっていたという報告が入っています」

「……それで?」

「もちろん我々もただ黙っていた訳ではありません。戦力を結集した上でプロテクト強度を概念レベルで引き上げ────委細は省きますが、結果として辛くもこの情報爆発の折にプロテクト及びこの世界そのものの破壊には至らず、僕の端末による間接連絡という形に収まりました。

そしてあなたが来ると約束したその瞬間、情報爆発及び閉鎖空間、神人の規模はいずれもまず十分の一に減退。あなたが喫茶店に現れた瞬間に、当初の一パーセント未満に。そして十分も話したころには完全に沈黙した──という訳です」

「…………」

「個人的私見を申しますと、おふたりの友人関係は涼宮さんや我々のそれとは別に、健全ないち男女として尊ばれるべきものです。これっきりにしろ、等とは決して言いませんし、言う権利もありません。が……」

「分かってる。次は…………なるべく早めに相談しよう」

「助かります」

 

いち男女というのは相変わらず大いに誤解させていそうだったが、今は藪蛇になりそうだったので黙っておいた。それに……なんだ。正直なところ一切否定の余地がない。色々と時系列があまりにも出来すぎているし心当たりもありすぎる。

 

とはいえまあ、こいつらのハルヒから世界を守る活動にどうにか害がなく、それでいて佐々木の立場も守られるよう、極力真実のみで誤魔化してみせようじゃないか。何度も言うがあいつも我が十人の友人のうちの貴重な一人なのだ。万に一つでも俺のせいであらぬ噂が立ったら困る。

 

「では、僕からの『報告』は以上です。次はあなたに『質問』をさせてください。

まずはゲリラ豪雨の時の話に戻りますが。佐々木さんとどちらに向かわれる予定でしたか? 本来の場所に行こうとするも唐突の雨に阻まれた、といった様子だったそうですが」

「どこってっと、あー……そうだな、あの時は何事もなければカラオケに行くつもりだったよ。映画を観たあとで、それからちょっと休みがてらとな」

「……なるほど。では雨が止んだ後は?」

「いや、特に予定はなかったよ。遊園地にしてもこれはすぐえげつない人の数だったから諦めようかとも思ったが、半端な時間だったんで少し立ち寄った。あいにく人は減りそうになかったんで、唯一人の少ない観覧車だけ乗ってきたという訳だ」

 

それを聞いた古泉は神妙な顔をして顎に手を添え、それから十秒。今度は俺の顔を睨みつけてきた。

いや、睨みつけてというのは比喩だ。こいつ自身はいつも通り笑顔を浮かべていたのだが。なんというか、雰囲気が全く笑っていなかった。

 

「その後、観覧車で何が起きたのか。そればかりは本当に神に誓って存じ上げないと申しておきましょう。

もしこれが嘘であるならば、あなたに一生糾弾されてもよいと。

その上で、今の話を聞いて、ひとつの仮説が立ちました。

恐らくですが、涼宮さんは『二人きりの環境』を作らせまいとしていたのではないでしょうか。もしやすれば僕の電話による介入も、涼宮さんによって操作されたものでは、と」

 

どういうことだ。その時昼寝をしていたハルヒが俺たちの行動に気づいていたと?

 

「本来予定が全く入っていなかった今日、唐突に涼宮さんは何らかの無意識によって、お二人の何かをキャッチしたのです。憶測に頼る他ないですが、昼寝という無意識の行為が、却って本来通ずるはずのないはずの何かに接触出来てしまったのかもしれませんね。

恐らく、あなたと佐々木さんに対する涼宮さんの印象は、あくまでも単なる旧き知人という認識だったでしょう。

しかしそれでも、異性同士であることもまた疑いようのない認識です。そこを踏まえますとまず、カラオケは言うまでもなく密室です。そこをガードしようとしたのではないかと」

「待て待て。理屈は分からんではないが、それで大雨だと?

ヤドクガエルの雨でも降らせるなら別だが、単なる雨じゃ確実性が全くない。その気になれば強行突破も可能じゃないか」

「ええ、ですが結果としてそうはならなかった。それが全てです。その結果あなたと佐々木さんの走りゆく方向はカラオケという他に誰もいない密室ではなく、それなりに人の目もある素知らぬ軒下になりました。その結果だけで充分なのです。

さて、もしかしたら軒下でもちょっとした妨害があったかもしれませんが、そこまでは流石に僕達も掴めていません。その様子であれば恐らく仮にあっても軽微なものだったでしょうが。おや、心当たりが?」

 

いやまさか、な。

確か、佐々木が普段より五度だか何度だか俺の顔がそっぽを向いている、と言っていたが。まさかそれもハルヒの奴が無意識で俺にそうするように、と?

 

「…………ふむ。…………それでは……ええと、お尋ねしますが。

佐々木さんといる時、その体勢を変えることは出来ましたか?」

 

やけに考え込むじゃないか。

ああ。佐々木に指摘されたんでな。気分も悪かろうしそっからは面を突き合わせて話してたぞ。

 

「そうですか。なるほど、それは恐らく無関係ですかね。涼宮さんの影響があれば、向き合った時点で恐らく何らかの妨害があるはずです。どちらかというとそれは別の要因でしょう。

例えば豪雨の時に、彼女に何かしてしまったとかそういう記憶があるんじゃないですか?そういう心理で、なんとなくそっぽを向くようになってしまった、だとか」

 

ふむ、そうだな……豪雨の時、ねぇ。

 

 

────ああ。一つ合点の行った話は、思い出した。

あのいつぞやの雨のときの、全く毒にも薬もなることのない夏の終わりの話を。

だけどそれは、

 

 

「……やれやれ」

「いかがです?」

「色々思い出そうとしたが、雨にはよく振られていたもんでな。もしかしたら何かやっちまったのかもとしか言えん。

今しがた色々記憶を辿ったが、生憎とお前に話せるようなことはなかったよ」

 

 

この話はこいつに話しても面倒になる予感しかしない。

しないし、なんだか話してやるのも癪だった。

俺以上に何だか、佐々木のやつに悪い気がしてならない。

そう、こいつに話せることは何もない。これは俺にとっての代えがたい真実だった。

 

「……まあ、いいでしょう。では次ですね、観覧車の件です」

「それに関しては、最初に一つ異議を唱えたい」

「いいでしょう、どうぞ」

「二人きりにさせたくないのだと言ったが、それだと観覧車だけ空いていたのは説明がつかん。どういうことだ」

 

観覧車なんて、こうして落ち着いて考えてみれば格好の密室だ。カラオケを塞ぐような徹底ぶりときたら、観覧車となればもはや営業停止処分を食らっていてよさそうなものだが。

 

「ええ、これに関してはいくつかの要因が考えられます。まず……これは単純比較できるものでもないので、スタローンとヴァン・ダムの強さ比べくらいの単純な気持ちでお答え下さい。

涼宮さんはインパクトがあるものと、ゆったりとして静かなもの。どちらを好むでしょうかね?」

「そりゃあ……インパクトがある方だろうな」

「ええ、僕も同意します。そしてその価値観は、あなたがたにも適応されるもの、と考えていたとしたら如何でしょうか?」

「他の派手なアトラクションに比べて、静かに回るだけの観覧車はあいつにとって魅力的でもなんでもないから、俺たちにとっても魅力的でない。優先度が低く済んだと?」

「仮説でしかありませんが、ね。比較的楽しめないアトラクションならば許容し、あるいは楽しめても長大な行列を超えたなら許容しなくはない、くらいのスタンスでしょう。

あなたがたが遊園地に到着したとき、すなわちプロテクトが破壊されたとき、涼宮さんの力は一時的に増大していたと言えます。

先ほども申した通り、ああも混雑していたのも偶然ではなく、涼宮さんによる妨害の可能性を否定できません。かくも彼女は自分にとって魅力的なレジャーを、あなたがたに対しすべて封殺してみせた、という訳です。まあ、結果論からの演繹でしかありませんがね。

ああ、これについては、恐らく「妨害ではあるが、悪意はない」ということを先に言っておきます」

 

まあ、そう説明されてしまうと、あいつならやりかねん、としか言えないわけだが。

 

「さて、僕が聞きたいことはもう察されているのではないですかね。お察しの通り観覧車のことです。

これは想像ですが、僕が連絡を入れる直前、何らかの核心に迫る行為に至りかけていたのではないですか? そしておそらく涼宮さんはそれを阻止しようとしていた。……というシナリオは、どうでしょうか?」

「どうだかな。あいつのことだ、案外本当に衝動的に動き出したのかもしれんぞ」

「というと?」

「そうだな……あー。ほら古泉、おまえにも覚えはないのか? ふと昼下がりに昼寝をしていて、目覚めたら夕方。ああ一日無駄にした!ってな焦燥感がな。ハルヒのことだ、そうと決まれば早急に動いても何ら不思議じゃないだろう」

「なるほど、極めて妥当な仮説です。僕個人としても是非支持させて戴きたい。

その後あなたが来て十分もしないうちに発生していた閉鎖空間がすべて消滅した、という事態がなければですがね」

「団員が全員揃って、愚痴りに愚痴って鬱憤も晴れた、ってな解釈じゃダメなのか?」

「ええ。そう、願いたいものです」

 

古泉は苦笑いをして、遠い星空を見上げていた。

そうだそうだ、そのまま流れ星にでも祈っているがいい。どこに飛んでるかは知らんがね。

 

「しかし、最悪の可能性を一つ。あなたには伝えねばなりません。

否、伝えることですら実の所危険かもしれませんので……それ故、これは僕の稚拙な妄想である、独りごちているだけとご理解ください」

 

勿体ぶるな、男の焦らしプレイなんぞに需要はない。

ああいやそうだな、どうしてもってなら部費の足しにそこらのネットショップでASMRでも売ってやれ。執事とかどうだ、女相手なら一人や二人は買うかもしれん。その末にいっそオラオラ系に路線転向でもしたらその物好きは泣いて喜ぶかもな。

 

「ええ、僕も時間をかけるつもりはございません。五秒でいいので時間を止められればもっと言いたいこともありますが。

 

もし──もしですよ? 

 

あそこで僕による妨害が成立せず……おふたりがあの中で『何か』を成就させていたとしたら。

敢えて、その『何か』が具体的に何なのかは、あなたの愛しの彼女に免じて口には出さずにおきます、が────」

 

 

古泉は意味深長に言葉を紡ぎ、押し黙ると、どこか遠い目で見上げていた星空から、再び俺の方を向いて笑いかけた。

 

その笑みはまるで温度を感じられない、とても俺の知る古泉一樹という人間がするものとは思えぬ絶対零度の……というのは、果たして俺の錯覚だったのだろうか。瞬きを経ると普段のどことなく胡散臭い清涼スマイルそのものになっていた。

ああ、佐々木もだったがやはり人の表情を読むのは難しい。

 

 

「────ふむ。いやはや星空とは実に綺麗なものですね。夏の大三角形の観測も乙なものです。今日の佐々木さんも、あの星々のようにキラキラと輝いて見えていたのではないですか?」

「ほざけ。興味があるなら直接連絡してナンパの一つでもしてくればいい。連絡先くらいなら教えてやる、ついでに俺の知る自称ナンパの達人のもな」

「……っふ。困ったものです。僕にそういう魅力的な遊びにかまける時間がないのを知っておきながら誘惑するとは」

「そいつは知らん。精々今の自分の立場を恨むこったな」

「これはお手厳しい。ですがそれはないと言っておきましょう。僕にとっての今の最大の楽しみは、やはりどこまで行っても我らが団長の追っかけなのでね」

「ああ、そうだろうな」

 

そんな涼宮ハルヒの追っかけ第何号だかに、俺は最後の疑問を呈してやることにする。

 

「今日の一連の変わった出来事が、誰でもないハルヒによるものであることは理解した。

あいつの能力がいつどこで、どのように行使されたのかもな。しかし俺には、分からないことがもう一つある」

「何です?」

「何故やったのか、だ」

 

最後に残ったのはホワイダニット。どうしても理解に苦しんだ。確かにいつぞやこの古泉が語ったように、俺が素知らぬ女と良くしているのが気に喰わなかったという線もないとは言えない。

考えてみればだ、俺だって目の前であの朝比奈さんが全く知らない男とイチャイチャしていたら焦燥感とかは覚えるかもしれん。

朝比奈さんは俺にとっての至福の天使であると共に、既にかけがえのない信頼に足る先輩であり、善き友人……等と言うのはおこがましいかもしれないが、そういった健全な繋がりも感じつつあるのは事実だったからだ。

ともすればハルヒも、流石にこの一年少しで俺に対し、そうした親愛の一ミクロンくらいは抱いているのやもしれぬ。

 

しかしだ、それで世界を壊したかもしれないとなれば、それはやはり余りにもオーバーキルではないのか。俺は真の「何故」に到達できていないような気がしてならなかった。

 

「貴方がもしそれを本気で言っているのであれば、僕は一度この両の手で貴方に殴打の雨を振らせることすら検討するのですが……

いえ、それは涼宮さんが望まないことだ。不可能なことを考えても埒があきません。

色々な可能性は考えられますが、ここは少しだけ楽観的な想像をしましょうか。よしんば楽観的でない見方が正解だったとして、今あなたと僕は現にここに普段通りの生存を許されている。

これはつまり、どちらの見方でも構わないという証左ですよ」

 

御託はいい。早く聞かせろ。

 

「いや、正直なところこれは僕にも推し量る他ありません。ですが……そうですね。涼宮さんは、いわゆる恋愛感情というものを抜きにして、あなたに無意識で妬いていたのかもしれません」

「というと?」

「春先に佐々木さんと涼宮さんが邂逅したも、ひょっとしたら涼宮さんは、佐々木さんの「貴方の親友」というステータスへの、一つの憧憬のようなものがあったのではないかといったお話をさせて戴きましたね。

いやはや、この話もまるで二十年近く昔のことかのように懐かしく感じるのは、実に光陰矢の如しという言葉を考えた先達に唸るばかりですが……ともかく涼宮さんもそもそも、恋愛感情というものに対し芳しい印象を持っておられません。

だからこそ、その恋愛感情の発露たる行動の一つであるデートには並々ならぬ関心があっても不思議ではないでしょう。『なぜこんなことを好むのか』というシンプルな疑問です。純粋な興味本位、それに近付くためのダイレクトな行動をいち早く為していた貴方に対し、例えば──

『ちょっとキョン、あたしを差し置いてなに面白いことをしているの?』

……などといった具合で、色々ちょっかいを出していたのでは、と」

 

ああ、それはそれは声真似以外完璧な推理と願いたい。実に迷惑な話だ。

ついでにいうと、その声帯で女声の真似をされても気色悪いだけだった。

 

「そうは言っても勿論、過度な接触は厳禁でしょう。男女二人で密室に入るだの、ましてや観覧車の中で……というのは、彼女にとってもまた、恋愛感情以前の不適切なものと認識されていたのですよ。

これも涼宮さんのお言葉が目に浮かぶようです。『エッチなのは駄目よ! 死刑だから!』とでも言って、あなたに釘を刺していたんじゃないですかね。

普段の活動でも覚えがあるんじゃないですか? 長門さんや朝比奈さんと二人きりで部室に居たり、そうしたクジを引いたりした時に涼宮さんから冷やかされたりする経験。決して一度や二度ではないでしょう」

「ふん。冷やかしね」

 

声色を変えても無駄だぞ、お前に似合うのは落ち着いた執事とかだ。実は元秘密警察のメンバーで、今はどこぞのお嬢様のSPをやっているだなんて設定はどうだ。

しかし世界の危機だっただのなんだのというから一体どれ程の理由がと戦々恐々していたが、こうして考えてみれば確かにどれも、俺の知るハルヒの行動原理としては納得できてしまった。

あいつは冷やかしでなんつー真似をしてくれてんだ。

 

「ともかく恐らく涼宮さんは、あなたがたに強い興味があったという訳ではないのです。

きっとあなたがたが健全な友人関係であられるうちは、仮に今日のように秘密会合のひとつやふたつをしていてもきっと過剰なアクションはないでしょう。

ああ、仮に今後、佐々木さんとご友人以上の関係になりたい、というのであれば別かもしれませんがね──その際はその階段を登る前に一度、僕や長門さんにお声がけ下さい」

 

確約は出来ないな。何せこちとら不器用なものでな。

起きえぬことを誓うなぞ、器用な真似は甚だ御免こうむる。

 

「今までの一年強に観測された紛れもない事実として、涼宮さんはあなたやあなたの行動に興味を抱いています。

そしてそのあなたがSOS団の一員であるからには、そこに相応しい規範も伴うべし。

涼宮さんはそう願っていた、そして今後もそうであるのではないでしょうか。僕たちも今後は立ち振る舞いを案じねばなりませんね」

 

全くだ。

冷やかしで世界の危機に陥れるとあらば、いよいよボタンの付け違えで槍が降るくらいは起きかねん。

 

「ええ、困ったものです。

と───では僕はこれで。お疲れでしょうからゆっくりお休み下さい」

「ん? おお……」

 

古泉の唐突な別れのあいさつに一瞬怯んだが、確かに気付けば俺たちはいつもの坂を登り終え、俺の家のかなり近所まで来ていた。

「また明日な」と見慣れた分かれ道で古泉に別れを告げ、そのまま家の玄関へ滑り込む。

 

 

                 *

 

 

そうしてドアを開くと忽ち「キョンくーん、おかえりー」と何も知らぬ無垢な妹の声が聞こえてきた。

 

ああ、お前の言うことは少なくとも一つ当たっていると褒めてやるぞ古泉。俺は確かにお疲れだ。この妹にまともな言葉を返す元気すら怪しい。

古泉に対しては、概ね嘘は言わなかったはずだ。恐らくあいつは、何も言わないだけでだいたいの顛末は察しているのだろう。その上で敢えて見逃すのなら、こちらからつつくこともあるまい。

 

ただ、少しだけ気に掛かることもないではなかった。古泉ではなく、佐々木の今日の態度だ。

 

あれは本当に、ただふざけていただけだったのか、と。

本人はテンションを上げていたと冗談めかして言っていたが、実は佐々木なりに真剣だったのではなかろうか。あの観覧車での告白も、実は────

 

なんてな、奴に限ってそんなものに罹患する姿はまったくもって想像できない。

それよりも今はとにかく眠い。こんな杞憂を考えちまうくらいにはな。

 

 

そうして今日一日を無事に終えたことに強い安堵を覚えた俺は、勝手を知った我が家の空気を吸うや否や強烈な眠気に襲われた。水着の洗濯は……いい、明日やろう。眠たすぎるし、この妹めに見つかっても面倒そうだ。

ふらふらと入浴し、湯船で寝てしまわないよう必死に意識を保ち、それからどうにか髪を乾かし、下着一丁で部屋の電気を落として俺はベッドに伏せ……

 

 

 

といったところでyou got mail.と無機質に鳴る携帯の音を、辛うじて意識を飛ばす寸前で聞き入れた。

 

 

「ああ……なんだ。誰だ…………佐々木?」

 

 

あー……帰り、ほっといた詫びも、入れとかねーとな……

 

最後の最後、ほんの少し残った罪悪感を燃料として気力を振り絞り、起き上がって携帯を開く。

 

 

そこには……

 

 

『今日はありがとう。先刻の約束通り写真を送るよ』

 

という文章共に、一枚の画像データが入っていた。

 

 

それは、観覧車の中での記念撮影。

ふ、今見ると俺の表情はだいぶ傑作だ。どうにか口角は上がっているが、目がまるで一文字じゃないか。どうもフラッシュか陽光かで唐突に目をやられていたらしい。

かたや佐々木は……うん。なかなか楽しそうな顔をしていやがる。この顔を見ただけで、先ほどの古泉からのラッシュを躱しきった甲斐があったというものだ。

 

 

写真が傑作だったのもあり、ほんの少しだけ和んで一瞬眠気が収まる。けれど身体の怠さは正直で、やがてすぐ意識は吸い込まれていくことが予感された。

 

すると再び携帯が鳴り、you got mailの追撃が来た。

 

 

『見たかい? 

返事は無用。お互い疲れているだろう』

 

 

……

 

 

うむ……………お言葉に、甘えることとした。

 

…………何か詫びるにしても、明日だ……な。

 

 

 

 

…………それからもう一度。

 

 

 

『それと最後にもう一枚だけサービスだ。

他言無用、僕に対しても感想不要だよ。

 

 

 

 

 

…………これ以降もさらに文が続く予感はあったのだが、全文を読み切る前に俺は意識を落としていたらしい。

翌日そのメールは強烈な気付け薬になり、穏やかなる俺の夏休み黎明期は、この圧倒的な存在によって激変した。結果としてその日一日の活動はあのハルヒをしてただの下働きで俺を褒めるという驚天動地が起きるわけだが。

 

まあ、その話はいつか、機会のあった時にでも話せばよいだろう。それよりも今は、言ってやらねばならん言葉が一つある。

 

 

 

 

『おやすみ、キョン。今日限りの、たったひとりの愛しき人よ』

 

 

「……その髪の長さじゃ苦労しただろ。ああ、無粋だろうが言わせてくれ。

 

────似合ってるぞ」




キョンもげろ。
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