——エイトマン・リボーン—— 比企谷8幡は鋼鉄の夢を見るか   作:りかるど

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 投稿が遅れてすみません
 またちょくちょく投稿していきます。


第百一話:機械兵団の脅威

 

 

 中米に巣食う麻薬カルテルは、世界でも類を見ない凶悪さと残忍さでその悪名を轟かせていた。

 暴力による恐怖支配と、薬物密売がもたらす莫大な利益によって、国内のあらゆる利権や社会インフラを掌握する闇の帝国。その強大な影響力は地方自治体にとどまらず、軍や警察組織の深部にまで介入し、時には政府関係者や大統領候補でさえ白昼堂々暗殺される事態に至るほどだった。

 文字通り、カルテルは公的機関でさえ無視できない、手を出せない絶対的な存在だったのだ。

 

 ──そう、昨日までは。

 

 堅固な防壁と重火器で要塞化されたカルテル幹部の居住地を、無数のマシナリーたちが取り囲んでいた。完全包囲を敷いた彼らは、感情の一切を削ぎ落とした無機質な瞳を屋敷に向けている。

 

『15分以内に全ての武装を放棄し、投降せよ。拒否すれば一斉捜査を実行する』

 

 拡声器から響くのは、たった一日でGenesisの手によって作り替えられた警察からの声明だった。しかも、その背後には正規軍のマシナリー部隊が控えているとの情報もある。

 屋敷内に立て籠もる幹部連は、身動き一つ取れずにいた。

 いや、もはやどうしようもなかったと言ってよい。長年培ってきた買収も脅迫も、感情なき鋼鉄の人形たちには一切通用しないのだから。

 

「まともな返答など端から望んじゃいないな」

「ああ、あんなものは形だけの降伏勧告だ」

「施設を取り囲んでる者たちは全てマシナリーか……」

 

 谷製作所のラボでモニターを見つめていたコズマが、鼻で嗤うように呟いた。八幡と谷博士も同意する。

 

 要塞内に潜む大勢の人員に対し、たった15分で全武装を放棄させて投降させるなど物理的に不可能に近い。初めから殲滅と実験データの収集が目的であるのは明らかだった。

 現場では、人形そのものといった姿勢の交渉役が、これまた寸分違わぬ機械音声で同様の内容を淡々と繰り返していた。

 

 ──ズガァンッ!!

 

 すると、その交渉役の頭部が激しい衝撃とともに大きく弾んだ。

 八幡の視覚センサーが、要塞側からの大口径ライフルによる狙撃だと即座に察知する。

 極限の恐怖とプレッシャーに耐えかね、ついに痺れを切らしたカルテルが、破滅への引き金を引いた瞬間だった。

 カルテル側の狙撃により決裂が決定的となり、防壁の銃眼や窓という窓から無数の自動小銃や重機関銃が一斉に火を噴いた。

 夜闇を切り裂く轟音とマズルフラッシュ。大量の鉛玉が包囲部隊へと容赦なく降り注ぐ。

 

 しかし、現場は驚くほど静かであった。

 

 撃たれている部隊側からは、悲鳴も怒号も、身を隠そうとする足音すら上がらない。ただ、弾丸が硬質な躯体に当たって弾け飛ぶ乾いた金属音と火花だけが、無機質に散るばかりだった。

 やがて、大口径ライフルで頭部を撃ち抜かれ倒れ伏していたはずの交渉役が、何事もなかったかのようにゆっくりと立ち上がる。

 

『発砲を確認。相手側による明確な敵対行動と判定。これにより、投降勧告プロトコルは破棄されました』

 

 交渉役は反撃を受けたことによる交渉決裂と、その場合の規定対処をつらつらと無感情に告げる。そして、不気味なまでに静かに笑みを浮かべた顔のまま、自らの手で側頭部の『凹み』をゴキリと力任せに押し戻し、背後に控える同機たちへ向けて告げた。

 

『──以上の結果から、攻撃開始の許可を申請します』

 

 言語による返答は一切無かった。

 だが、マシナリー部隊は全ての命令系統が瞬時にネットワークで同期している。指揮官からの承認コードは、わずか数ミリ秒で全機のプロセッサへと伝達されていた。

 掃射を続けていたカルテル側も、次第にその異常事態を察し始める。

 撃ち尽くした弾倉を投げ捨て、どれほど狂ったように銃弾を浴びせようとも、目の前の人形たちは一歩も後退せず、血の一滴すら流していない。

 

 ダメージゼロ──その決定的な事実を確認したカルテル側の構成員たちの顔が、恐怖と戦慄に歪んでいく。

 

 そして、包囲網を敷く鋼鉄の軍団へ、全機一斉に『攻撃開始』のシグナルが送られた。

 

 

──

 

 

 結果は、もはや「戦闘」や「交戦」と呼ぶことすら憚られるほど、一方的かつ無機質な蹂躙だった。

 前衛に立つマシナリーたちは、寸分の狂いもなく隊列のフォーメーションを維持したまま歩を進める。降り注ぐ鉛弾の豪雨を装甲表面で火花とともに弾き飛ばし、足元で炸裂する手榴弾の爆風や衝撃波をものともせず前進を継続する。重機関銃を設置した銃眼や、車輌の突入を防ぐための分厚い強化鋼鉄の防壁・防弾扉を、まるで濡れた紙でも破るかのように素手で軽々と引きちぎり、極めて整然とした無駄のない動作で鋼鉄の影が次々と雪崩れ込む。

 

「ひ、怯むな! 撃て! 撃ち殺せェッ!!」

 

 パニックに陥った構成員たちが至近距離からショットガンを乱射し、手榴弾を投げつける。だが、炸裂する爆風の中でもマシナリーたちの歩調は乱れない。

狙いすましたような無駄のない挙動で、次々とカルテル側の武器を掴み、銃身ごとへし折っていく。

 銃を奪われ後ずさる男の首を、マシナリーの硬質な指先が無造作に掴み上げる。

 

「た、助け──」

 

 命乞いの言葉が紡ぎ切られるより早く、ゴキリと鈍い破断音が響き渡った。哀れな男の体は、ただのゴミのように路傍へと投げ捨てられる。

 

 それは戦闘などと呼べる代物ではなかった。

 

 徹底的かつ機械的な『害虫駆除』の作業。

 そして現場は奇妙なほどの静寂に包まれていく。

 要塞の奥深くから、カルテル側の構成員たちの錯乱した絶叫や散発的な銃声が響くものの、それも一つ、また一つと確実に途絶えていき、冷たい静寂へと塗り潰されていく。八幡は突入した部隊が小銃や拳銃といった火器を一切携行していなかった事実を視覚ログから読み取っていた。故に、彼らがどのような手段で敵を「排除」しているのか──その冷徹かつ残酷な意味を察知し、思わずこめかみを押さえる。

 

(これが……超人類が作り出した『マシナリーの軍隊』……)

 

 痛みも恐怖も、憐憫や躊躇という情動すら持たない集団による殺戮の合理性。そのおぞましさを八幡はまざまざと見せつけられていた。

 圧倒的な力。命令のままに標的を破壊し尽くす鋼鉄の人形たち。かつて自分がその力を振るいかけた時、どれほど危うい境界線に立っていたのかを思い知らされる。

 

 やがて、一体のマシナリー兵が屋敷から姿を現すと、崩れかけた外壁のコンクリートを怪力で強引に引き剥がし始める。

 露わになった瓦礫の陰には、まるで廃棄された資材のようにうず高く積み上げられた「物言わぬ残骸」の山があった。それが先ほどまで生きて銃を構えていた人間たちの成れの果てだと理解しながらも、八幡は決してそのモニターから目を背けなかった。ただ、胸の奥底のリアクターが激しく軋むほどの猛烈な嫌悪感と、黒い憤りが渦巻いていた。

 

「ハッ、当然の結果だな」

 

 モニターを見るコズマが嘲笑を漏らす。生身の人間が、一切の情動と恐怖を排除された超人兵士の軍団を相手に五分と持ちこたえられるはずがないのだ。

 谷博士は何も言わず、ただ静かに、だが指関節が白く染まるほど拳を固く握りしめていた。

 

 その時──先ほど頭部を撃たれた交渉役が、無表情のまま隊列からつかつかと歩み出た。

 そして、上空の衛星カメラへ向かって、芝居がかった大仰な仕草で両手を広げてみせる。

 

『──どうですか。これが、現在の我々の戦力です』

 

 そのガラス玉のような瞳の視線は、単なる上空ではなく、明らかに『モニター越しで見つめる八幡たち』の存在を正確に捉えていた。

 交渉役の端末──いや、その背後でこの鋼鉄の軍団を遠隔操作している黒幕が、海を越えてエイトマンへと明確なコンタクトを突きつけてきたのだ。

 交渉役のマシナリーは頭部に僅かに凹みを残したまま、不気味な薄笑いを浮かべ、瞬き一つすることなく淡々と話し続ける。

 

『エイトマン、まずは挨拶としましょうか。承知の通りでしょうが、我々は超人類……Genesisです』

 

 マシナリーはあっさりと自らの正体を明かした。正体を隠す必要すら感じていない、圧倒的な優位性と傲慢さの証左だった。

 

『そしてご覧の通り、Genesisが有するマシナリー部隊の性能は、現段階でどの国のそれよりも実用段階にあると証明されました』

『先ほどの戦闘で我々の戦力を周知した大国も、快く契約してくれましたよ。いずれ世界のあらゆる紛争地域に、我々超人類のマシナリー部隊が起用されるでしょう』

『いずれ世界を席巻するのは我々となります。エイトマン、あなたもどこに属するべきか、慎重に検討することを願います。では、またお会いしましょう』

 

 一方的にエイトマンに対して告げたマシナリーは、そのまま何事もなかったかのように隊列へ戻って行った。

 谷博士が操作卓を叩いてモニターを消す。暗転した黒い画面には、険しい顔をした八幡の表情が映り込んでいた。

 

「くっくっく……どうやら奴らはお前にご執心のようだな?」

 

 コズマが嫌らしい笑みを浮かべながら八幡に話しかけてくるが、八幡は一切反応せず無言を貫いた。

 そんな八幡に、谷博士が重々しく言葉をかける。

 

「明らかな挑戦か、あるいは懐柔の意図があってのことか……どちらにせよ、奴らの狙いは君だ。近いうちに奴らは、必ず君の前に現れるだろう」

 

 谷博士の予言とも言える台詞から、八幡の電子頭脳に即座に浮かび上がったのは、かつて自身を完全破壊寸前まで追い詰めた漆黒の魔王──『エルケーニヒ』の禍々しい姿だった。

 

(勝てない……。今の性能のままじゃ、あいつらには絶対に太刀打ちできない)

 

 先ほどから電子頭脳内で幾重にも戦闘シミュレーションを繰り返しているが、弾き出される結果は限りなく絶望的だった。

 切り札である極超音速移動も、ベラの電力供給による超電導システムも、奴らの前では決定打にならない。あの超重力と100万馬力のパワーに捕まれば、瞬く間にすり潰されてお終いだった。

 手詰まりの状況に再び頭を抱えそうになった、その時──。

 プシューと音を立ててラボの自動ドアが開いた。

 

「フン、やはりこうなったか」

 

 つかつかと無遠慮に足を踏み入れてきたのは、ステッキを片手に黒マントを翻したデーモン博士だった。

 

「デーモンくんか……君は本当に神出鬼没だな。それで、一体何の用かね」

 

 呆れたようにため息を吐く谷博士に対し、デーモン博士は片手を軽く挙げて形式ばかりの挨拶を済ませると、すぐにその鋭い眼光を八幡へと向けた。

 

「比企谷、私の予想通り超人類どもが本格的に動き出したぞ。貴様もそろそろ、己の進むべき道への『覚悟』を決める時ではないのか?」

 

 試すような、そしてあからさまに挑発するような物言いでデーモンが言い放つ。

 

「いきなり部屋に入ってきて何を言い出すんだ」

 

 八幡は心底迷惑そうに眉をひそめて返した。だが、デーモンの言う覚悟がどのような意味を持つのか──超人類、そしてあの『エルケーニヒ』との全面対決を意味していることは、痛いほど理解できていた。

 そんな二人の緊迫した空気に、ソファーに深く腰掛けていたコズマが不躾に割り込んでくる。

 

「おいエイトマン、この無駄に態度のデカいジジイは一体何者だ?」

 

 コズマの無礼極まりない問いかけに、デーモンがギロリと殺気の籠もった視線で睨みつけた。視線と視線がぶつかり合い、その間に目に見える火花が散るかのような一触即発の空気が漂う。

 

(態度のデカさで言えば、アンタも似たようなもんだろうが……。つーかこんな所で戦闘とかやめろよマジで。千葉からここら一帯が消し飛びそうだし)

 

 八幡は内心で呆れ果てながら毒づいた。

 デーモンはコズマの顔をじっと値踏みするように見据えると、鼻でフンと嗤った。

 

「知っているぞ、その下品な面。……米国の異端の科学者、コズマだな。とうとう本国にも居場所が無くなって、こんな極東の片隅まで尻尾を巻いて逃げてきたか」

 

 その言葉に、コズマも瞬時にデーモンの正体を察知した。爬虫類のような瞳を細め、侮蔑を込めて笑い返す。

 

「へっ、言わせておけば……かつてのソ連時代の亡霊め。ロシア政府に首輪をつけられた飼い犬の分際で、偉そうに吠えるんじゃないよ」

 

 八幡の予想通り、二人の相性は初対面にして最悪だった。しかし、国家の枠組みに囚われず自らの知性と狂気を信奉する、脅威的な頭脳の持ち主という点だけは気味の悪いほど共通していた。

 コズマをそれ以上相手にする価値なしとばかりに無視し、デーモンは谷博士と八幡に向き直って要件を切り出した。

 

「下らん雑音はどうでもいい。比企谷、貴様に『悪い知らせ』と『良い知らせ』が一つずつある」

「……良い知らせから聞かせてもらえるとありがたいな」

 

 八幡が促すと、デーモンは黒マントを翻しながら不敵に口元を吊り上げた。

 

「そうだな。では良い知らせからだ。我が情報網が、世界を牛耳らんとするあの超人類ども──『Genesis』の連中が潜伏する本拠地の座標を、ついに特定したぞ」

「Genesisの本拠地を特定した、だと……?」

 

 デーモンの放った言葉に、研究室内の空気が一変した。

 谷博士は険しい表情で眉根を寄せ、ソファーのコズマは胡散臭そうに口元を歪める。八幡は電子頭脳の処理クロックを引き上げ、全身のセンサーを研ぎ澄ませた。

 

「元より私は科学者であると同時に、祖国ロシアの特務工作員でもあるのでな」

 

 ステッキの石突きをコツンと床に鳴らし、デーモンは事も無げに言ってのけた。

 

「以前からGenesisの存在とその異常なオーバーテクノロジーは、我が国においても最大の不確定要素であり、看過できぬ脅威と見做されていた。周辺小国をまとめ上げ、覇権を維持してきたロシアにとって、奴らの技術が反体制派や属国へ渡ることは国家の瓦解を意味するからだ」

「それで……その肝心の本拠地は、一体世界のどこにあるのかね?」

 

 谷博士の問いかけに、デーモンは室内の全員をゆっくりと見回した後、小さく息を吐き出してその座標を口にした。

 

「世界中に散布した我がスパイボールの情報網が導き出した結論だ。……Genesisの真の心臓部は、ここ日本。そして他ならぬ『千葉県』だ」

 

 静寂が、まるで重たい鉛のように研究室を満たした。

 八幡は一瞬、自身の聴覚センサーが深刻なエラーを起こしたのではないかと疑った。だが、電子頭脳の記録ログには寸分違わぬ文字列が克明に刻まれている。間違いではない。

 

「……千葉だと? 冗談だろ……」

 

 思わず口から漏れ出た八幡の呟きに、デーモンは冷淡に視線を返す。

 

「冗談でこんな極東まで足を運ぶものか。Genesisは日本の政財界の中枢は元より、千葉の県議会や地域行政、経済界の深部にまで何重にも根を張り巡らせている」

 

 県議会──その単語を聞いた瞬間、八幡の脳裏に『雪ノ下』の文字が嫌でも浮かび上がった。

 考えたくもない最悪の推論だが、雪ノ下陽乃がGenesisの観測者として暗躍している以上、千葉に絶大な影響力を持つ名家・雪ノ下家そのものが、奴らの巨大な隠れ蓑として組み込まれていても何らおかしくはなかった。

 敵の本拠地が判明したという事実は、Genesisを討つための情報としては確かに「良い知らせ」なのかもしれない。

 

 だが、八幡にとってそれは、愛着のある日常と守るべき場所が底知れぬ怪物の巣窟だったと突きつけられる、「最悪の知らせ」に他ならなかった。

 そして、本当の悪夢はここから始まった。

 

「さて、比企谷」

 

 デーモンの鋭い眼光が、凍りつく八幡を冷酷に射抜いた。

 

「ここからが、本題の『悪い知らせ』だ」

「……」

 

 八幡が無言で頷くと、デーモンはマントの襟元を指先で整え、氷のように冷徹な声音で語り始めた。その内容は、彼が属する祖国ロシアの極秘軍事行動に関するものだった。

 

「先ほどのメキシコにおける戦闘実験の結果を受け、Genesisはついにアメリカ合衆国政府との間でマシナリー部隊の正式な供給契約を結んだ。……これはロシアにとっても、もはや無視できる段階を完全に越えたことを意味する」

「……どういうことだ」

「ロシア首脳部は、超人類およびGenesisを『国家の存亡に関わる明白な脅威』と公式に認定した。そして奴らの真の本拠地が千葉にあると掴んだ以上、下される結論は一つしかない。ロシアは現在、千葉県に対する直接的な軍事攻撃を極秘裏に計画・準備している」

「は……? 千葉への攻撃……!?」

 

 八幡は耳を疑い、思わず声を荒らげた。

 

「そんなバカな話があるか! 一般市民が何百万人も暮らしてるこの街を、他国の軍隊が攻撃するなんて通るわけがねぇだろ!」

「そうだぞデーモンくん! 日本は主権国家だ、そんな暴挙が許されるはずがない!」

 

 谷博士も激しく机を叩いて抗議の声を上げる。だが、ソファーのコズマだけは「ほう、ロシアの連中も焼きが回ったかと思えば、随分と思い切った真似をする」と面白そうに下品な笑みを浮かべていた。

 

 デーモンは激昂する八幡と谷博士を冷ややかな視線で見据え、感情の一切交じらない声で言い放つ。

 

「主権国家だと? 笑わせるな。日本がロシアの安全保障を脅かす国際テロ組織の温床となり、それを自力で排除もできずに野放しにしてきたのだ。元凶ごと焦土に変えて殲滅するのは、軍事的な防衛行動として極めて合理的かつ当然の判断よ。文句があるなら、これまで連中の寄生を許してきた日本政府を呪うことだな」

「あんた……!」

「私の掴んでいる情報によれば、すでに長距離巡航ミサイルを中心とした飽和爆撃の準備が最終段階に入っている」

 

デーモンの口から次々と信じがたい現状が飛び出してくる。

 

「それだけではない。マシナリーの驚異的な戦闘能力と防御力を確実に絶つため、状況次第では戦術核──すなわち最終手段の投下すら選択肢に含まれている。……あのモスクワの大統領は本気だぞ、比企谷」

 

 最後の口調は驚くほど穏やかに聞こえた。それが余計に現実味を帯びてくる。

 デーモンがつまらない嘘やハッタリを弄する男ではないことくらい、八幡も痛いほど理解していた。

 

 日本が。

 小町が今日受験に向かったこの街が。

 雪乃や結衣と過ごしてきたこの千葉が。

 本物の戦場になり、業火に包まれて消滅する──。

 

 これは空想でも悪夢でもない、すでにカウントダウンが始まっている決定事項なのだ。

 自らの足元が底なしの暗闇へと崩れ去っていくような、激しい目眩と絶望に襲われる八幡。

 全身の金属フレームが冷たく凍りつく中、デーモンは鋭く言葉を継いだ。

 

「──だがな、比企谷」

 

 デーモンは極めて真剣な面差しで八幡に目を向けた。

 

「──私とて、この国で得られる貴重な研究環境や、日本そのものが灰燼に帰すのをただ黙って見過ごすつもりはない」

 

 デーモンはステッキを床に突き立て、八幡を見据えながら言葉を続けた。

 

「ゆえに本国上層部にある提案を持ちかけ、一定の時間的猶予を取り付けてきた。……エイトマン、貴様がロシア軍の本格介入より先に超人類を、Genesisを完全に殲滅するならば、日本への総攻撃を中止するという約束だ」

 

 静まり返るラボの中に、デーモンの重々しい宣告が響き渡る。

 

「私は貴様に、そのタイムリミットを伝えるためにここへ来たのだ」

「ハッ!」

 

 その言葉を聞いたコズマが、鼻から嘲笑を漏らした。

 

「おいおい、ロシアの犬め、頭がイカれたか? いくらそこのエイトマンが高性能だと言ったところで、たかが単機のマシナリーだぞ。国を丸ごと買い取ろうとする規模の組織に、たった一人で挑んで勝てるわけがなかろう」

「今のままの『手加減されたエイトマン』であれば、貴様の言う通り到底不可能な話だろうな」

 

 コズマの嘲笑を歯牙にもかけず、デーモンは冷然と返した。

 

「だが……かつてアメリカが設計し、想定していた『完全なる破壊兵器』としてのエイトマンならば、話は別だ」

 

 デーモンの鋭利な眼光が、デスクの傍らで固まる谷博士へと向けられる。

 

「谷……いや、ヴァレリー。お前なら、今すぐにでも比企谷のリミッターを解除し、全てを圧倒する完全な破壊兵器へと再改造できるはずだ。違うか?」

 

 谷博士は何も答えず、苦渋に満ちた表情のまま固く目を伏せた。

 その沈黙が何を意味するか――技術的には完全に可能であるという事実を、八幡は痛切なまでに悟った。

 

「……私は……」

 

 絞り出すような谷博士の声が震える。

 

「比企谷くんを……彼を、人殺しの兵器に改造することだけは絶対に……!」

「ならば仕方がない」

 

 拒絶しようとする谷博士の言葉を、デーモンは容赦なく遮った。冷酷な論理だけを積み重ねるように、八幡の顔を正面から見据える。

 

「兵器への改造を拒むというのなら、今のエイトマンの出力のまま奴らに勝つ道は一つしか残されていない。……奴らが進める計画そのものを、根底から無に帰すことだ」

「計画を……無にする……?」

 

 八幡の問いに、デーモンは氷のように冷たい声音で、決定的な一言を言い放った。

 

「Genesisが次代の支配者として目をかけ、その計画の要としている器──『雪ノ下雪乃』。あの女を、貴様の手で殺せ」

 

 

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