——エイトマン・リボーン—— 比企谷8幡は鋼鉄の夢を見るか   作:りかるど

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第十二話:エージェント・01

 

「……また出たんだってさ。昨日の夜、美浜大橋の近く」

「例の銀色のロボット? ニュースだとテロリストの無人兵器かもって言ってたけど」

「でも、ネットに上がってる動画だと速すぎてただの銀色の線にしか見えないんだよね。あれ、本当に形あるのかな?」

 

 夏期講習の休み時間。予備校の廊下では、そんな不確かな噂話が熱を帯びていた。

 

 最近の千葉県内では、原因不明の小規模な爆発や、夜の街を裂く閃光の目撃情報が相次いでいる。人口の多い千葉ゆえに、目撃情報の数は無視できないレベルに達しており、ネット上では「千葉の銀光(シルバー・フラッシュ)」などという二つ名まで付けられていた。

 川崎沙希は、手元の参考書に目を落としたまま、その会話を静かに反芻していた。

 

(……銀色、か)

 

 数週間前。彼女は確かに見た。

 

 自分を救い出し、鋼鉄の怪物たちを圧倒的な速度で粉砕した「彼」の姿を。

 網膜に焼き付いているのは、確かに鋭い銀色の残像だ。だが、一瞬だけ動きが止まった瞬間に見えたその装甲は、闇に溶け込むような、重厚で深い黒色(ダーク・メタリック)をしていた。

 

(あまりに速すぎて、光が反射して銀色に見えてるだけ……。誰も本物の色は知らないってわけね)

 

 自分だけが真実を知っているような、妙な特別感。それを自覚して沙希は驚いた。いつも不機嫌そうだと揶揄される自分の表情が、今、鏡を見るまでもなく柔らかくなっている。

 

「……何考えてんだ、私は。あんなの、ただの夢みたいなもんじゃない」

 

 彼女は自分に言い聞かせるように顔を強張らせると、荷物をまとめて予備校を後にした。

 講習の帰り、駅前を埋め尽くす雑踏の中を歩いていた時だった。

 沙希の視線が、人混みの中で一箇所に固定(ロックオン)された。

 

「……え?」

 

 スーツを完璧に着こなし、隙のない足取りで歩く一人の青年。

 その横顔。その涼しげで、どこか虚無を湛えた目元。

 あの日、自分を救った「エイトマン」の素顔と、驚くほどに同じだった。

 

「……待って……!」

 

 思わず声が出た。しかし、都会の喧騒に掻き消される。

 青年の歩くスピードは、普通に歩いているように見えて異常に速い。ぼやぼやしていれば見失う――沙希は突き動かされるように、彼を追いかけ始めた。

 

「ハァ……ハァ……っ、ちょっと、速すぎ……!」

 

 曲がり角を幾つも抜け、辿り着いたのは街の華やかさが嘘のように消えた、薄暗い路地裏だった。

 行き止まり。見失った、と沙希が項垂れようとしたその時、背後の闇から氷のように冷たく、けれど穏やかな声が掛かった。

 

「……何か用かな? お嬢さん。こんな所までついてくるなんて」

 

 沙希は肩を跳ねさせ、勢いよく振り返った。

 そこには、先ほどの青年の姿があった。至近距離で見れば見るほど、あの夜の救世主と同じ貌(かお)をしている。

 

「……あんた。あんた、あの時の……」

「僕を尾行するなんて、感心しないな。ここはあまり治安が良い場所じゃないんだ。僕の顔に、何か付いているかな?」

 

 青年は僅かに小首を傾げ、困ったような、けれど一切の感情が籠もっていない笑みを浮かべた。

 沙希は少しだけ毒気を抜かれ、けれど逃がさないという意志を込めて青年の瞳を見つめた。

 

「……以前、会った人物と顔がそっくりだったから。気になって……」

「へぇ。どんな人物だい? 父親か、それとも恋人かな?」

「……笑われるかもしれないけど。この町で噂になってる……ロボットの顔に、そっくりなんだ。銀色に見えるけど、本当は黒い、あのロボットに」

 

 その瞬間。

 

 穏やかだった青年の周囲の空気が、瞬時に凍りついた。

 

「……今、なんて言った?」

 

 声から色が消え、冷徹な響きが路地裏の壁に反響する。

 

「え……だから、ロボットの……」

「……まさか。君は、『パパ』の関係者か?」

「パパ……? 何の話よ、あんた、急に……」

 

 沙希が身の危険を感じて一歩下がった時には、もう遅かった。

 青年の瞳に不気味な光が宿り、彼の右手が沙希の視界を覆う。

 

「……眠っていてもらおう。君が誰であれ、この街に『08号』と『パパ』がいる確証になったよ。君の網膜に残っている情報は、ゆっくり回収させてもらう」

「……っ、あ……」

 

 抵抗する間もなく、沙希の意識は急速に暗転した。

 青年――ケン・ヴァレリーは、ぐったりとした沙希を片手で軽々と抱きかかえる。スーツ越しに伝わるその硬度は、鋼鉄そのものだった。

 

「ようやく見つけた。08号……そして、僕を捨てたパパ」

 

 ケンの目が、夕闇に沈む千葉の街を見据えた。

 その視線は、比企谷八幡という一人の少年の日常を、根底から破壊しようとする殺意に満ちていた。

 

──

 

 

 夜の帳が下りた比企谷家の自室。

 八幡はベッドの上に仰向けになり、天井の一点を見つめたまま微動だにしていなかった。傍目には死んだように眠っているか、あるいは無気力な引きこもりの極致に見えるだろう。

 

 だが、その実態は「超技術の無駄遣い」の最前線だった。

 

(……ほう、このまとめサイトの考察、なかなか鋭いな。こっちは……ただの罵り合いか。不毛だが、それがいい)

 

 彼は今、世界最高のスーパーコンピュータである自らの電子頭脳(ブレイン)をフル回転させ、脳内で直接電脳世界(サイバースペース)にダイブしていた。キーボードを叩く手間すら省き、ミリ秒単位で数千のページを横断する。時折、脳内のスレッドで面白いレスを見つけては、現実の肉体で「ニヤリ」と不気味な笑みを浮かべる。客観的に見れば、暗闇の中で寝ながらにやけている少年――怪奇現象以外の何物でもなかった。

 

 そんな八幡の脳内ネットワークに、現実世界からの物理的なノイズが割り込む。

 

「ちょっとお兄ちゃん! いつまで寝てるの! ほら、電話だよ!」

「……ぶっ。……小町か。なんだよ、今いいところだったのに……」

 

 ダイブを強制終了し、八幡はのろのろと上体を起こした。妹の小町が、呆れた顔で八幡のスマートフォンを突き出している。

 

「川崎大志くんから。なんか、すっごいパニックになってたよ」

「……あの大志の小僧、いつの間に小町と番号交換してやがったんだ。兄を差し置いてそんな真似……小町ポイント大幅減点だぞ」

「いいから早く出てあげて! 妹として引くぐらい、向こうの声震えてたから!」

 

 八幡は毒づきながら、渋々端末を受け取った。

 

『比企谷さん!? すみません、いきなり……!』

「落ち着け。耳元でマッハ15の咆哮を聞かされる身にもなれ。……で、何があった」

『姉ちゃんが……沙希姉が、夏期講習の帰りから戻ってこないんです! 携帯も繋がらないし、塾の友達に聞いても駅前で誰かを追いかけてたって……!』

 

 八幡の電子頭脳が、瞬時に「まとめサイト巡回」から「最優先捜索任務」へとタスクを切り替える。

 

「……警察には?」

『今、母さんが連絡してます! でも、比企谷さんなら姉ちゃんとそれなりに話せるし、何か知ってるんじゃないかって……!』

「……分かった。俺も探してみる。お前は家で待機してろ。沙希が帰ってきた時、誰もいないんじゃ格好がつかねえだろ。いいな、警察との連携は解くなよ」

 

 電話を切ると、八幡はベッドから跳ね起きた。

 

「小町、ちょっと出かけてくる。……夜風に当たりたくなった」

「え、お兄ちゃん、ちょっと! そんな寝巻きみたいな格好で……!」

 

 小町が言いかけるより早く、八幡は開け放した窓から夜闇へと身を投げ出した。

 落下の途上、皮膚を構成するナノマシンが励起し、闇に溶け込む重厚な黒色(ダーク・メタリック)の装甲へと変貌する。

 

 小町が窓辺に駆け寄った時には、そこには夏の夜風の残像だけが残されていた。

 

──

 

 エイトマンは、かつて由比ヶ浜を探した時と同じように、千葉市内のあらゆるネットワークに強制介入(ハッキング)を仕掛けた。

 

(監視カメラのログ、信号機のセンサー、周辺のスマホのパケット……すべてを洗え)

 

 だが、不可解なエラーが彼の電子頭脳を苛む。

 

(……ない。手掛かりが一つも残っていない。街中のカメラのログが、特定の時間帯だけ不自然に『消去』ではなく『書き換えられて』いる。俺と同等……あるいは、それ以上のハッキング能力か!?)

 

 明らかに何者かが意図的に情報を隠蔽している。この千葉で、エイトマンの索敵を逃れられる存在など、本来あり得ないはずだった。

 打つ手なしかと思われたその時、エイトマンの視界の端に、不気味な飛行物体――スパイ・ボールが浮遊しているのを捉えた。

 

「……またお前か、デーモン。川崎を拐(さら)ったのは貴様の仕業か!」

 

 エイトマンが拳を固めた瞬間、スパイ・ボールから青白い立体映像(ホログラム)が投影された。

 

「ククク……相変わらず血の気が多いな、08号……いや、エイトマン。だが、今回は心外だな。この私が、わざわざ二度も同じ娘を狙うような芸の無い真似をすると思うかね?」

 

 投影されたデーモン博士は、不快そうに肩をすくめて見せた。

 

「デーモン、貴様が関わっていないと言うのか?」

「嘘を言う必要がない。今回の件は、もっと厄介な連中だ。……アメリカの諜報部隊、その極秘エージェントが千葉に上陸している。目的は君だ、エイトマン。いや、君を創った『あの男』の回収と言ったほうが正しいかな」

 

「……アメリカ? 何の話だ」

「エージェントの名は『ケン・ヴァレリー』。私の07号よりも遥かに冷徹で、完成された兵器だ」

 

 ヴァレリー。

 その聞き覚えのある名に、エイトマンの論理回路が激しく火花を散らした。

 

「……ヴァレリーだと……? それは、谷博士の本名じゃないか!」

「ご名答。奴こそは君の兄弟子、サイボーグ01。そして、谷博士がかつて向こうに捨ててきた……実の息子だよ」

 

 最強の兄弟機、そして「パパ」への歪んだ執着を持つ復讐者の影が、八幡の日常を飲み込もうとしていた。

 

──

 

 夜の闇を裂き、エイトマンは千葉の郊外に佇む「谷製作所」へと急行していた。

 本来は闇に溶け込む深黒(ダーク・メタリック)の機体だが、マッハの領域に達したその速度は、追随する光を反射し、目撃者の瞳には鋭い銀光として焼き付く。

 

「……おい、いつまでついてくるつもりだ、デーモン」

 

 背後から不気味な羽音を立てて並走するスパイ・ボールに対し、エイトマンは通信回線越しに鋭く言い放った。

 

「ククク、そう邪険にするな。私の興味は今、君とサイボーグ01……ケン・ヴァレリーの戦いにのみある。ヴァレリーが誰を誘拐しようが、そんな瑣末なことには関心がないのだよ」

 

 スパイ・ボールから響くデーモンの声には、純粋な好奇心と悪意が混じっていた。

「瑣末だと? 川崎は人間だぞ。貴様の実験材料じゃない」

「私からすれば、いまだ未完成な戦闘兵器の君が、完成された01号にどう立ち向かうか。そのデータさえ手に入れば、川崎沙希の命など誤差の範囲だ。……おっと、着いたようだね」

 

 二つの影は、一見するとただの寂れた町工場にしか見えない谷製作所の敷地内へと滑り込んだ。

 工場の隠し扉が開き、地下の秘密研究所へと降り立つ。そこには、すでに作業台で端末を叩いていた谷博士の姿があった。スパイ・ボールは遠慮なく浮遊し、デーモンのホログラムを室内に投影する。

 

「……ほう。こんな辺鄙な場所に最新鋭の電子加速器があるとは。谷君、君も随分と『妙な気分』にさせてくれるじゃないか」

「……デーモンか。相変わらず招かれざる客だな」

 

 谷博士は端末から目を離さず、短く応じた。エイトマンは装甲を解除し、比企谷八幡の姿へと戻りながら博士に詰め寄る。

 

「博士、のんびりしてる暇はない。俺のクラスメートが攫われた。……デーモンから聞いたぞ。『ケン・ヴァレリー』……サイボーグ01。あいつは一体、何者なんだ?」

 

 その名を口にした瞬間、谷博士の手がピタリと止まった。博士は重い溜息をつき、静かに頭を押さえた。

 

「……ついに、来てしまったか」

 

谷博士が続けて答えるより早く、デーモンのホログラムが嘲笑うように口を開いた。

 

「ククク、焦っているなエイトマン。君のスペックなら、犯人の『顔』くらいは既に特定できていると思ったのだが……。私のスパイ・ボールが捉えた映像を見せてやろう」

 

 スパイ・ボールから投影された青白い映像。そこには、意識を失った川崎沙希を片手で抱え、路地裏を悠然と歩く「スーツの男」の姿が映し出されていた。

 

「……っ!? なんだ、これ……」

 

 八幡の電子頭脳(ブレイン)が、一瞬のフリーズを起こした。

 映像に映る男の顔。それは、鏡の中や変身の瞬間に垣間見える、あの鋼鉄のヒーロー――「エイトマン」としての自分自身の貌と瓜二つだった。

 

「……俺のエイトマンとしての顔? なんであいつがその顔をしてるんだ。……まさか、俺のデータを盗んで流用したのか?」

 

 八幡の問いに、博士は再び重い溜息をついた。

 

「……違うよ、比企谷君。流用されたのは君の方だ」

「……え?」

 

 博士は椅子を回転させ、八幡とデーモンのホログラムを交互に見つめた。その瞳には、科学者としての鋭さよりも、一人の男としての深い後悔が滲んでいた。

「……5年前、私がアメリカの諜報部隊を脱出する際、私はあちらに妻子を残してきたんだ。……あの映像の男、ケンのことだよ。ケンは私の息子だ。私の才能を色濃く継ぎ、いずれはこの研究の後継者にしようと、私が手塩にかけて育てた……愛息子だった」

 

 八幡は絶句した。デーモンが肩をすくめて追撃する。

 

「愛息子を、自分がデザインした『理想の兵器』の顔に改造したのかね? 谷君、君の倫理観も相当なものだ」

「違うと言っているだろう! ……比企谷君、君が今纏っている『エイトマン』の顔は、私がケンの顔を元に設計したものなんだ。私は、あの子の面影を……自分の最高傑作の中に残しておきたかった。それがこれほど残酷な形で再会することになるとは思わなかったがね……」

 

 博士の声が、苦痛に震えていた。

 

「ケンは今、組織の忠実な猟犬……サイボーグ01として活動している。あの子は、自分を捨てた私を憎んでいる。自分の顔を元にした『エイトマン』が、私と共にあることも、耐え難い屈辱だろう」

 

 デーモンが冷ややかに呟く。

 

「ククク……滑稽だな。愛が憎しみに変わり、その憎しみが世界最強の兵器を動かすエネルギーになるとは。エイトマン、君には理解できるかね?」

 

 八幡は答えず、ただ拳を握りしめた。

 ヒーローとしての自分の顔が、実は自分を造った男の「未練」の象徴だった。そして、そのオリジナルの顔を持つ男が、自分を殺しに来ている。

 

「……ケンは、私がコンタクトを取れば必ず現れる。沙希くんを無事に返すには、私自身が彼と向き合うしかない」

 

 谷博士は重い足取りで立ち上がり、通信室へと向かって歩き出した。その丸まった背中は、偉大な科学者のものではなかった。取り返しのつかない過ちを犯し、そのツケを払おうとする、一人の父親の背中だった。

 

「……博士。あんた一人で行かせるわけにはいかねえよ。……俺の看板(コードネーム)とその面(つら)を背負わされてる以上、偽物(俺)には偽物なりのケジメの付け方がある」

 

 八幡は再びエイトマンへと変身し、夜の闇を見据えた。川崎沙希の命、そして谷博士の過去。すべてが「決闘」という一点に向けて収束し始めていた。

 

──

 

 谷製作所の地下、通信室。

 谷博士が震える指でコンソールを叩き、暗号化された特殊コードを発信した。数秒の沈黙の後、大型モニターにノイズが走り、一人の青年の姿が映し出された。

 ケン・ヴァレリー。エイトマンと同じ貌(かお)を持つ、サイボーグ01。

 

「……ケン。私だ。聞こえるか」

『五年ぶりですね、ドクター・タニ。正確には、あなたが祖国を裏切り、研究所を爆破して逃亡してから、一千八百二十五日目です』

 

 ケンの声には、父を呼ぶ温かみなど微塵もなかった。極めて事務的で、まるで出来の悪い報告書を読み上げるような冷徹さが、通信室の空気を凍りつかせる。博士は胸を締め付けられるような思いで、それでも声を絞り出した。

 

「……そんな呼び方はよしてくれ。親子の縁を切ったのは承知している。だが、私は……それでも君の父親だ。ずっと、君の身を案じていたんだ」

『不要なセンチメンタリズムです。今の私にあるのは、命令と、その完遂のみだ。あなたの案じている「息子」は、あなたが研究所を捨てた日に機能停止しました』

 

 ケンの背後には、意識を失ったまま横たわる川崎沙希の姿が見える。

 

『私の任務は二つ。一つは、五年前に軍事研究所から重要機密と共に脱走した反逆者、ドクター・タニの身柄拘束。……ドクター、大人しく投降してください。本国へ戻り、軍法会議を受けるべきだ』

「……断る。あんな、人間を部品としか思わぬ場所へ戻るつもりはない。私はここで、自分の過ちを清算しなければならないんだ」

『拒絶は死を意味します。……たとえ腕ずくでも、あなたを連れ戻す。それが組織の判断だ』

 

 ケンの冷酷な言葉を遮るように、エイトマンが通信室へと足を踏み入れた。

 

「……おい。その前に聞かせろ。川崎は……その女は無事なんだろうな」

 

 モニターの中のケンが、わずかに反応した。自分と同じ貌を持ちながら、重厚な黒色(ダーク・メタリック)の装甲を纏った「08号」を、彼は氷のような瞳で見つめ返す。

 

『……川崎沙希のバイタルは正常です。彼女は我々の目的ではない。……だが、エイトマン。君こそが、僕のもう一つの任務だ』

「……任務だと?」

『祖国の裏切り者であるドクターを死刑台に送ること。そして……最新にして最悪のコピーである君の、身柄奪取、もしくは完全な破壊。それが僕に与えられた「もう一つの任務」だ』

 

 ケンは沙希を抱え上げ、画面をのぞき込むように告げた。

 

『明日の午前四時。九十九里浜、今から指定するポイントの最果ての海岸に来るがいい。ドクター、そしてエイトマン。そこに、この女も連れて行く』

「……っ、待て、ケン!」

『通信を終了します。……最後の決闘を、楽しみましょう。ドクター』

 

 プツン、と画面が暗転した。

 静まり返った室内で、谷博士は力なく椅子に崩れ落ちた。一人の親として、愛息子が自分を死刑台へ送り、自分の造ったロボットを破壊しようとする現実。親子の縁は切れていると自分に言い聞かせても、その絶望は、彼の背中をより一層小さく見せていた。

 八幡は、自分の拳をじっと見つめた。

 鏡写しの自分。オリジナルの貌を持つ、最強の兄弟子。

 

(……リセット、か。あいつは、博士の過去も、俺の存在も、全部消し去るために来たってわけだ)

 

 エイトマンの排熱スリットから、静かな蒸気が漏れる。

 自分はコピーかもしれない。谷博士の「未練」が生んだ、代用品かもしれない。

 だが、この体には、由比ヶ浜から貰ったエプロンの感触も、雪ノ下の毒舌への苛立ちも、川崎沙希を守らなければならないという「本能」も刻まれている。

 

「……悪いな、博士。家族の喧嘩に首を突っ込むのは趣味じゃないが……。俺の顔を勝手に名乗って、俺の大事な日常を壊そうとする奴を、黙って見過ごせるほど、俺の回路は理性的じゃない」

 

 エイトマンは、静かに通信室を後にした。

 夜明けまで、あと数時間。

 九十九里の砂浜で待つのは、救いか、それとも完全なる破壊か。

 比企谷八幡……エイトマンの、宿命の決闘が始まろうとしていた。

 

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