——エイトマン・リボーン—— 比企谷8幡は鋼鉄の夢を見るか   作:りかるど

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第三話:鋼鉄の告白

薄暗い廃ビルの屋内に鋼鉄の男が立つ。

アメリカ、ロシア、中国。大国が総力を以て手に入れようとした、最新最強の戦闘兵器。

否、本来は宇宙開発という人類の夢のために産み出された科学の結晶。

その名は——ロボット08号。

 

またの名を——『8マン』。

 

「ふん、名前などどうでもいい。そのボディ、返してもらうぞ!」

 

男たちが一斉に引き金を引き、無数の弾丸が八幡を襲う。だが、八幡の網膜ディスプレイには、弾丸の軌道が止まっているかのように表示されていた。

 

「……遅い」

 

八幡が再び地を蹴ると、一瞬にして男たちの背後へと回り込む。拳を振るう必要すらなかった。加速の衝撃波だけで、屈強な男たちは木の葉のように舞い、壁へと叩きつけられていく。

 

「な、なんて速さだ……これが、超音速移動装置(Super Sonic Movement System)か……!」

 

リーダー格の男が絶望に顔を歪ませる。八幡は無言のまま、小町を縛り上げていた縄を指先で弾くように切断した。

 

「……小町」

 

縛られていた縄を指先で弾き飛ばし、八幡は妹の安否を確認しようとした。だが、その直後、視界の端で真っ赤なアラートが点滅を始めた。

 

——原子炉、電子頭脳、稼働超過。

——ただちに冷却を開始せよ。

——冷却用MAXコーヒーを摂取せよ。

 

「ん……? へ?」

 

急激な脱力感が八幡を襲う。膝から力が抜け、視界がぐらりと揺れた。

鉄の体が地面に叩きつけられる。金属同士が激突する鈍い音と共に、八幡の意識は急速に遠のいていった。関節の隙間からは、過負荷に耐えかねた回路が発する白煙がプスプスと虚しく立ち昇る。

 

「……っは、はは! そうか、そういうことか!」

 

倒れた八幡を見下ろし、武装集団の生き残りが狂ったように笑い声を上げた。

 

「この小僧、自分の限界も知らずに加速装置を使いやがったな! 精密機械にかかる負担を考えもせずに……冷却剤もなしに行動するなど、自殺行為も同然だ!」

 

男は勝ち誇ったように銃を構え直す。

 

「まあ、こっちは仕事がやりやすくて助かる。どれ、大人しく回収させてもらうぞ」

 

引き金に指がかけられたその時、冷ややかな声が廃ビルの中に響き渡った。

 

『——全く、だからあれほど忘れるなと言ったものを』

「な、何だ!?」

 

闇の中から姿を現したのは、一人の白髪の老人だった。

 

「世話のかかる子だ」

「……ヴァレリー! 祖国の恥さらしが!」

 

男が叫ぶ。国際犯罪組織「黒い蝶」にとって、その老人は何としても確保すべき最重要目標だった。

 

「国際犯罪組織の者に恥さらしとは言われたくないな。それに、私は国を捨てた身だ。ヴァレリーという名もその時に捨てたよ。ここにいるのは、ただの不法入国者さ」

 

谷博士は淡々と告げる。

 

「黙れ、老いぼれが! 組織は貴様の頭脳だけを必要としている。手足を潰すくらい、平気でやると思え!」

「やってみたまえ。遠慮はいらんよ。さあ、撃ちたまえ」

 

挑発に耐えかねた男が、至近距離から銃弾を放つ。

乾いた銃声。だが、その弾丸が老人に届くことはなかった。

 

——ブォン!

 

「は……?」

 

男が目を見開いた時には、すでに老人の姿は目の前から消えていた。

 

「ああ、言い忘れたが……」

 

背後から聞こえる声。

 

「私も、弾丸(たま)より速いぞ」

 

——ドゴッ!

 

重い衝撃音が響き、男は言葉を発することなく崩れ落ちた。

谷博士は、自分の拳を眺めて溜息をつく。

 

「やれやれ、加減が難しい。プロトタイプのボディでは精密さに欠けるな。さて、彼を回収して——」

 

その時、倒れていた八幡の体が、異様な振動を始めた。

 

「……っ、ウ、ーーン……」

「何!? まさか、電子脳は停止したはずだ!」

 

谷の表情が驚愕に染まる。八幡の体からは、先ほどとは比較にならないほどの高熱が放出されていた。

 

「予備電子頭脳か! 無意識のうちに起動するとは……待て、彼らともう戦う必要はない! それを使ってはならん!」

 

だが、意識を失ったままの八幡の体は、生存本能に近いプログラムに支配されていた。

 

ヴィィィィィィィィィィン……!

 

空間が歪むほどの電磁ノイズが走り、八幡の指先からバチバチと青白い火花が散る。

 

「ぐっ、間に合え……!」

八幡の腕が、無意識に何者かへ向けて突き出される。

 

カッ!

 

指向性電流波(プラズマ・シューター)——その出力、10万キロワット。

 

ドゴォォォォォォォォォン!!

 

ビルの天井を貫き、夜空を割るような雷光が迸った。

間一髪、谷博士が八幡の腕を上空へと逸らしていた。もしそのまま水平に放たれていれば、廃ビルごと周囲は消滅していただろう。

 

「……ふぅ、間に合った」

 

八幡の体から熱が引き、激しい放電が収まっていく。

谷は懐から一本のマックスコーヒーを取り出すと、八幡の口元に運んだ。

 

「ほら、君の大好物だぞ」

 

意識の混濁したまま、八幡は本能的にその液体を飲み干した。

ごくごく、ごく。

冷たい感覚が全身の回路を巡り、オーバーヒートした「脳」が再起動していく。

 

「…………はっ」

 

八幡が目を開けると、そこには見覚えのある老人の顔があった。

 

「気がついたかね?」

「あ、アンタ、確か……病院の。いや、それより俺は、小町は!?」

 

慌てて身を起こそうとする八幡を、谷が手で制した。

 

「聞きたいことは山ほどあるだろう。とりあえず、私についてきてくれるかな?」

 

いきなりついてこい、と言われても困る。知らない人にホイホイついていって、パワーアップの実験体にされて失敗する展開は、野球ゲームのサクセスモードだけで十分だ。あのゲーム、野球よりミニゲームの方が面白いんだよな。

 

「残念だが、私は『ダイジョーブ』なんて無責任なことは言わんよ。パワポケなら3が一番好きだがね」

「……あら、ご存知で?」

 

八幡の思考を読み取ったかのような返答に、八幡は戦慄した。

 

「冗談はその腐った目だけにしといてもらえんかね。さっさと彼らと妹さんを運ばにゃならん」

 

谷博士はひょいと、意識を失った武装集団の男たち二人を、左右の肩に軽々と担ぎ上げた。

 

「……いや、小町はともかく、大の大人を担ぐのは流石にきついっすよ」

「何も覚えとらんのか? 今の君なら余裕だよ。表に車があるから早くしてくれたまえ」

 

スポーツとは無縁の自分に、そんな重労働ができるわけがない。そう思いながらも、八幡は倒れている大男の襟元を掴んだ。

 

ヒョイ。

 

「あ、れ?」

 

軽い。

かつては自分より遥かに大きく、恐ろしく感じたはずの「大人」が、まるで綿菓子のように軽く感じられた。

八幡は驚愕しながらも、残りの男たちを次々と担ぎ上げていく。

 

「何をしとるか。それで最後だぞ」

 

見れば、谷博士はすでに十人以上の男たちを車へと運び終えていた。あんなにひょろりとした体のどこに、そんな筋力が隠されているのか。

 

「いや、勝手についていくことになってますけど、どこに行くんですか?」

八幡の問いに、谷博士は夜の帳を見つめ、静かに答えた。

「……そうだな、強いて言えば」

 

老人の目が、月明かりを反射して鋼鉄の色に輝く。

 

「君が生まれた場所だよ、8マン」

 

ハイエースに揺られること数十分。辿り着いたのは、地図にも載っていないような山奥の廃墟だった。

街灯一つない闇の中、車のライトに照らされたその光景は、火曜サスペンスや土曜ワイド劇場なら間違いなく死体を埋める場面だ。

 

「ここが私の隠れ家であり、秘密の研究所だ。君はここで完成したのだよ」

 

谷博士に促されるまま地下施設へ足を踏み入れると、そこは「地下施設」という言葉から想像する以上に、得体の知れない機械で埋め尽くされていた。

一言で言えば、悪の秘密結社の基地だ。ショッカーのロゴが壁に貼ってあっても驚かない自信がある。

中枢にあるテーブルには、なぜか用意されたかのようにマックスコーヒーが置かれていた。

「自己紹介がまだだったね。私の名はヴァレリー。君の前では谷方位(たに・ほうい)と名乗ったかな」

「谷……方位……」

 

その名前を聞いて、八幡の脳裏にあの日——交通事故に遭ったあの瞬間の記憶が蘇った。

 

「あの日、助けてくれたのはアンタだったんですね。でも、何で俺なんかに……?」

「私もできるなら関わるつもりはなかった。だが、私の研究を狙う輩に、君と接触したことを気づかれてしまった。すまない」

 

老人は深々と頭を下げた。だが、八幡にはまだ納得できないことがあった。なぜ、接触しただけで小町までが狙われなければならなかったのか。

 

「……谷さんの研究と、俺に何の関係があるんですか?」

 

谷博士は、一瞬の間を置いてから静かに、だが重く告げた。

 

「それは、君が私の研究の集大成だからだ」

「はい……?」

 

ボッチは世界中に掃いて捨てるほどいるが、その一角を担うだけの平々凡々な高校生が、世界を揺るがす研究の集大成? なんの冗談だ。

だが、八幡の理性は、これ以上続きを聞くことを拒絶しようとしていた。これを聞いてしまえば、取るに足らない、それでも穏やかだった日常が崩壊してしまう予感があった。

 

「単刀直入に言おう。比企ヶ谷君。……君はあの事故で死んだ。今の君はロボットなのだ」

 

ほら、やっぱり碌でもない話だ。

初対面の相手に「お前は死んでいる」などと言う奴がいれば、まず間違いなく頭の可哀想な人だと認定するだろう。

 

「は、はは。見た目によらず冗談がキツいですね」

「君の本当の体は、あの日ただの肉塊になった。間違いなく即死だった。どんな優秀な外科医でも、あれを治すことは不可能だったんだ」

「あの、谷さん、もう……」

 

これ以上は不味い。聞きたくない。

 

「私は君の脳から全ての情報を引き抜き、データ化し、研究中だったロボットの電子頭脳に転写した」

「ちょ、ちょっと待ってください! それってあれですか、サイボーグってやつですか?」

 

仮面ライダーのように、体の一部を機械化した、まだ人間と言い張れる存在。八幡は縋るように問いかけた。

 

「違う。君に生身の部分は残っていない。頭から爪先まで、100%機械だ。比企谷八幡の記憶を持った、完全なロボット……8マンだ」

 

——8マン。エイトマン。八幡。8幡。

 

「……マジ、なんですね」

 

八幡は呟いた。理性が、機械のように冷たく無感動に、それが真実であると告げていた。

あの日以来覚えていた違和感。異常な身体能力、視覚、聴覚。腹は減らないのにマックスコーヒーだけを欲する体。

 

「驚かないんだな」

「……理解できちゃいましたから」

 

谷博士は、自身の過去についても語り始めた。日系アメリカ人としてNASAで宇宙開発用ロボットを研究していたこと。だが、国家の上層部がその研究を軍事転用し、疲れ知らずのロボット軍団を作ろうとしたこと。

 

「科学とは人類を幸福に導くもの。技術とは決して戦争兵器の落とし子であってはならん! それが私のプライドだ!」

 

老博士の演説は、理想論に聞こえた。だが、その瞳には嘘偽りのない情熱が宿っていた。

八幡は思う。この老人は、とんでもなくお人好しなのだと。

 

「……感謝してますよ、博士。こうやって愚痴を叩けるのも、小町と毎日話せるのも、アンタのおかげなんですから」

 

八幡の言葉に、谷博士は救われたような、穏やかな笑みを浮かべた。

 

「ありがとう。……さて、今後の対処だが、君には通常通りの生活を送れるよう手配するよ」

 

谷博士は、小町や武装集団の記憶を操作し、八幡ではなく自分こそが「8マン」であるという偽の記憶を植え付けると言い出した。

 

「でも、それじゃアンタが危ない目に……」

「なに、私とてプロトタイプのボディを持つ者だ。戦闘経験では君を上回るよ。自分でやらないで他人に強いるほど、私は卑怯ではない」

 

どこまでもお人好しな科学者だ。

 

「君が8マンであることは、決して人に知られてはいけない。食事は食べたふりをして、後で胸部から廃棄すればいい。……ああ、それと一つ」

「なんですか?」

「原子炉の冷却に、マックスコーヒーが使用できるように改造しておいたよ。飲み食いができないのは可哀想だからね」

 

「ドラえもんか俺は」

 

それからの処置はあっという間だった。

 

翌日。

全ては元通り。いつもと変わらない、腐った目をして机に突っ伏すボッチ生活が戻ってきた。

ただ、一つだけ誤算があった。

 

(……何で、女子の体が裸に見えるんだよ!?)

 

透視装置の暴走。使いこなすまでは、この視覚的拷問に耐えなければならないらしい。

さらに、大事な部分が「反応」しないことへの博士の回答は、「機械に性欲なんてあるわけないだろう、バカかね」という冷酷なものだった。

俺の苦難と、煩悩の板挟みにされた学校生活がスタートした。

この一年後、ある作文がきっかけで変な部活に入り、そこで出会う変な奴らが、俺の鋼鉄の人生に多大な影響を与えることになるとは、今の俺には知る由もなかった。

 

 




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