——エイトマン・リボーン—— 比企谷8幡は鋼鉄の夢を見るか   作:りかるど

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西葛西って東京だったの!?千葉かと思ってたわ!(煽り)


第三十話:強襲、葛西臨海公園

 

 

 サイバーのメインシステムの現在地、東京都、西葛西。

 

 目的地を定めたエイトマンが、その脚部のブースターを点火しようとした瞬間、通信回線に谷博士の緊迫した声が割り込んだ。

 

『待て、比企谷くん! 迂闊に動くな!』

「博士? 時間がないんだ、一刻も早くメインサーバーを叩かないと……!」

『今、千葉から東京へ繋がるすべてのインフラは、サイバーの完全支配下にある。国道357号線、京葉道路、そして湾岸エリアの全空域……。奴は都市機能防衛用の迎撃システムをすべて起動させた。さらに――』

 

 博士の声が一段と低くなる。

 

『――サイバーのメインシステムは、地上にはない。葛西臨海公園の直下、地下百メートル地点に構築された超高耐性ジオフロント内に隔離されている。接近すれば、無数の自動迎撃ドローンと対空砲火の餌食になるぞ!』

 

「地下百メートル……? 要塞に引きこもるつもりか!」

 

 エイトマンの網膜ディスプレイに、東京湾沿岸のシミュレーション結果が表示される。無数の赤点がエイトマンの予測進路を埋め尽くしていた。対空ミサイル、自動追尾ドローン、そして制御を奪われた警備ロボットの軍勢。

 それは、たった一人の「鋼鉄の救世主」を葬るための、都市そのものを使った巨大な檻だった。

 

「クソッ……。辿り着く前にエネルギーを使い果たすわけにはいかねーんだよ」

 

 八幡が焦燥に駆られたその時、足元で待機していたベラボットが、猫の目を不敵に明滅させた。その寸胴なボディから、電磁ロック式の固定クランプと、不釣り合いなほど巨大な可変後退翼が展開される。

 

「『お任せくださいにゃ〜ん♪ 騎乗(ライディング)モード、オンラインだにゃん! エイトマン、私の背中にしっかり乗ってくださいにゃん!』」

「……これに乗れっていうのか?」

「『最短ルートで、最高にエキサイティングな空の旅をお届けしますにゃん! 急ぎましょう、にゃ〜ん!』」

 

 エイトマンは意を決して、ベラの円筒形のボディの背に飛び乗った。足裏の電磁吸着ソールがベラの外殻と強固に連結され、八幡は鋼鉄の騎馬に跨る騎士の如き姿となる。

 

 瞬間、ベラの背部と翼端から青白いプラズマが猛烈な勢いで噴射された。

 

 ――ズガァァァァァァン!!

 

 衝撃波と共に、エイトマンを乗せたベラは東京湾をなぞるように高速飛行を開始した。海面をわずか数メートルで滑走し、凄まじい水煙を後方に引き連れる。

 

「『迎撃ドローン接近検知だにゃん! 振り落とされないようにご注意くださいにゃん!』」

 

 ベラは「にゃーん」という気の抜けた音声を垂れ流しながらも、物理法則を無視した鋭角的な旋回を見せる。八幡はベラの背に低く伏せ、風圧を逃がしながら周囲の脅威をスキャンし続けた。ミサイルの光条が稲妻のように空を切り裂き、二人を追う。ベラが散布する銀色のチャフと、エイトマンの精密な姿勢制御が、追尾システムのロックオンを次々と無効化していく。

 

「『左からミサイルだにゃん! 猫騙し(電子デコイ)射出、完了だにゃん♪』」

 

 海面を、そしてビル群の合間を、文字通り「縫う」ようにして高速巡航するその姿は、大海を駆ける一筋の銀光だった。

 

「見えたぞ……! 葛西臨海公園、大観覧車だ!」

 

 エイトマンの視覚センサーが、地表の不自然な熱排気口を捉える。その遥か深淵、地下百メートルに『超人サイバー』の心臓が脈動していた。

 

 葛西臨海公園。

 

 かつて家族連れやカップルが笑いさざめいた広場は、今や無機質な殺意が徘徊する「神」の禁域と化していた。Cyberの支配下にある警護用多脚ロボットたちが、紅いモノアイを冷たく光らせながら、暗闇の中で獲物を待ち構えている。

 

『――検知。高熱源体、急速接近。仰角四五度、距離三〇〇』

 

 ロボットのセンサーが夜空を裂く青白い光を捉えた刹那、その演算結果を凄まじい爆撃が上書きした。

 

「『配膳の時間だにゃ〜ん♪ 本日のメニューは火薬の盛り合わせだにゃん!!』」

 

 上空から舞い降りたのは、突撃を開始したベラボット――ベラだった。

 寸胴なボディの左右に展開されたコンテナから、Dr.デーモン秘蔵の『マルチプル・ペンシルミサイル』が一斉掃射される。

 

 シュババババババッ!!

 

 数十発の極小ミサイルが精密な誘導で地面を穿つ。

 ドォォォォン!! と連鎖する爆炎。警護ロボットたちは、自らの装甲が熱量に溶けるのを理解する間もなく、白銀の閃光の中に霧散していった。

 

 その白い閃光の残光の中から、一筋の銀光が滑り込んできた。

 

 爆撃によって生まれた死角を突き、高速で肉薄するベラに乗ったエイトマンだ。

 

「行くぞ、ベラ! 先行して道をあけろ!」

「『了解だにゃん! 特急便の通り道、確保しますにゃ〜ん!!』」

 

 ベラは地上数メートルで急激に加速をかけると、残存するロボットの一体へ真正面から体当たりを敢行した。

 ボディからデーモン博士の趣味全開な『高出力マニピュレーター』が四方に展開される。

 

 ガキィィンッ!!

 

 ベラの鋼鉄の腕が周囲のロボットを紙細工のように掴み、力任せに薙ぎ払い、別の機体へと叩きつける。火花とオイルが舞う乱戦の中、エイトマンは加速を維持したままスライディングに近い低空着地を見せた。

 

「――そこをどけッ!!」

 

 そのまま走りながら、進路を塞ごうとした大型ロボットのその巨大なモノアイに向かって、十万キロワットの出力を一点に凝縮した右拳を叩き込んだ。

 

 パキィィィィィン!!

 

 強化ガラスとセンサーユニットが粉砕され、ロボットの巨躯が後方へと吹き飛ぶ。

 その背後に見えたのは、公園の地下百メートルへと続く、巨大な貨物搬入用スロープの入り口。

 

「ベラ! 地上の雑魚を任せていいか!」

「『お任せくださいにゃん! 外の害虫は一匹残らず掃除しておくにゃ〜ん♪』」

 

 ベラが旋回し、背部のガトリング砲を唸らせながら「殿(しんがり)」の態勢に入る。

 八幡は一度も振り返らず、暗黒の深淵へと続くコンクリートの回廊へと身を投じた。

 

 駆動音が遠ざかり、再び静寂が近づく。

 だが、それは安寧ではない。

 「超人サイバー」が心臓を脈動させる、最深部(奈落)へのカウントダウンだった。

 

 

──

 

 

 地下通路に配備された警備ドローンを紙細工のように引き千切り、エイトマンはついにメインサーバールームの前室へと到達した。

 そこは、無数の事務机とサーバーラックが整然と、しかし不気味に並ぶ一本道の回廊だった。ここを抜ければ、サイバーの本体がある心臓部だ。

 

 だが、その「一線」を越えようとした瞬間、エイトマンのセンサーが強烈な圧力を感知した。

 正面の棚の影から、音もなく滑り出してきた一台のロボット。

 

 迎撃用戦闘型アンドロイド『Finger:α(アルファ)』。

 

 それは無骨な兵器ではなく、人間を模したしなやかなフレームを持っていた。右拳を顔の横に添え、腰を深く落として足を大きく広げる――中国拳法の「構え」を完璧にトレースしている。

 

(……ただの機械じゃない。この構え、格闘術の最適化プログラムか……!)

 

 エイトマンが慎重に間を詰めようとした、その時。

 背後の空気が、不自然に爆ぜた。

 

 振り返ると、そこには同型のロボット『Finger:β(ベータ)』が、死神のような沈黙を纏って立っていた。

 

 挟み撃ちか――。

 エイトマンが即座に正面へ向き直ると、驚愕のログが網膜を駆けた。

 

(……消えた!?)

 

 つい先ほどまで不敵に構えていたαの姿が、どこにもない。慌てて背後を再確認するが、そこにいたはずのβもまた、霧が晴れるように消失していた。

 

(死角を利用した超高速移動か。……姿を見せず、気配だけで俺の演算リソースを削るつもりか……!)

 

 エイトマンの電子頭脳に、冷たい緊張が走る。

 慎重に、一歩ずつ扉に向かって歩を進める。静まり返った室内。だが、空気のわずかな揺らぎさえもが、致命的な一撃の予兆に感じられた。

 

 ――ガシャァァァァァァンッ!!

 

 突如、右横のデスクを内側から突き破り、αが弾丸のような踏み込みを見せた。

 テコンドーの鋭い旋回蹴りと、中国拳法の流麗な打撃を組み合わせた変幻自在の『足技』。それは一撃での破壊ではなく、エイトマンにガードを強要し、その演算リソースの全てを「正面」に割かせるための高度な拘束だった。

 

「……っ、こいつ……速いッ!」

 

 激しい足技の応酬に意識を奪われた、その瞬間。

 

 ――ドゴォォォォォンッ!!

 

 背後から、一切の予兆なくβの重い蹴りがエイトマンの腰椎部を直撃した。

 凄まじい衝撃。ハイマンガン・スチールのフレームが軋み、エイトマンの巨躯が前のめりに吹き飛ぶ。

 即座に態勢を立て直そうとするが、振り返った時には、またしてもβの姿はない。

 そして正面には、いつの間にか距離を詰め、再び泰然と構え直したαがいた。

 

(なるほどな……。よく考えられた戦術だ……)

 

 αが正面からエイトマンを翻弄し、防御を誘発させる。そして、エイトマンの全演算能力がαの処理に割かれた瞬間、死角からβが全パワーを乗せた不意打ちを叩き込む。

 二本指で獲物を摘み潰すかのような、非情で完璧な連携。

 

「……一人で戦う孤独を教えてやるってか。……生憎だが、ぼっちの戦い方ってのは、そんなに綺麗(スマート)なもんじゃねえんだよ」

 

 エイトマンの光学センサーが、青く、より深く沈み込む。

 敵のコンビネーションの「周期」を読み取り、その死角を逆手に取るための逆転戦術(ロジック)を、八幡は構築し始めた。

 

「……っ、ちょこまかと!」

 

 エイトマンは足元の事務デスクを力任せに蹴り飛ばした。数百キロの質量が弾丸となって正面の『Finger:α』を襲う。だが、αは微塵の動揺も見せず、流麗な連続バク転でその軌道を回避。さらに着地の反動を利用し、後方宙返りからの鋭い両足蹴りをエイトマンの胸部へと叩き込んだ。

 

 装甲を火花が走る。衝撃そのものは致命的ではない。だが、それはエイトマンの演算リソースをコンマ数秒奪う、あまりにも完璧な「隙」の創出だった。

 

 ――ガァン!!

 

 案の定、直後に背後からβの重い蹴りが飛来する。エイトマンは反射的に体を捻り、かろうじて直撃を免れたものの、装甲表面が削れる嫌な感触が伝わってきた。

 

(……高度すぎる。機械の正確さで『武術』をやりやがる。まずは、あのふざけた機動力を封じねえと……!)

 

 八幡の電子頭脳が高速で戦術を組み替える。正面の通路は視界が開けすぎている。相手の「蹴り」を最大限に活かせる舞台(フィールド)だ。

 

 エイトマンは素早く左右を確認すると、正面の扉へ向かう最短ルートを捨て、側面の狭い事務備品通路へと転がるように飛び込んだ。

 それを「逃走」と判断したのか、αが即座に追撃に移る。

 

 ――それこそが、八幡の仕掛けた『罠』だった。

 

「引っかかったな、ガラクタが!」

 

 狭隘な通路。ひっくり返った棚や剥き出しの配管が入り乱れるその場所で、エイトマンは素早く反転。αが跳躍し、再び鋭い蹴撃を繰り出そうとしたその瞬間――。

 

 ――ガキンッ!!

 

 鈍い金属音が響いた。

 αの長く伸びた脚が、周辺の頑強な支柱構造物に引っかかったのだ。広い空間なら致命的な武器となるその脚が、狭い迷路の中では自らを縛る「枷」に変わる。

 

「ここだ!!」

 

 一気に肉薄するエイトマン。αのセンサーが激しく明滅し、即座に回避行動を演算するが、物理的に絡まった脚がそれを許さない。

 八幡は迷わず、αの無防備な顔面へ鋼鉄の拳を叩き込んだ。

 

 戦闘領域の強制的な変更。相手の有利を地形によって潰す。

 

 脚を封じられ、上半身のみの攻撃に徹せざるを得なくなったαに対し、エイトマンは左手のフェイントを織り交ぜた猛攻を開始した。

 皮肉なことに、アンドロイドの優れすぎた動体視力は、エイトマンが放つ「人間臭い予備動作」を過敏に読み取りすぎてしまう。六度、七度と繰り返される高速のフェイントに演算を狂わされたα。そのガードが完全に割れた瞬間、エイトマンの全力の右ストレートが顔面を貫いた。

 

 ドゴォォォォン!!

 

 デスクの仕切りごとαを吹き飛ばし、エイトマンは荒い排熱を吐き出した。

 

(上手くいった……。パワーや速度の問題じゃねえ。相手の土俵を壊し、自分の領域に引きずり込むこと。……あの『最強の刺客』から学んだことだ)

 

 闇雲に加速するだけが戦いではない。

 かつて九十九里で死線を彷徨った、ケン・ヴァレリーとの戦い。あそこで得た経験が、今、神の知能を凌駕する武器となっていた。

 

「感謝するぜ、ケン。……おかげで、ようやく『ぼっち』らしい戦術(やりかた)を思い出した」

 

 エイトマンは、残る一体――姿を隠している『β』を炙り出すべく、今度は敢えて広い空間へと、ダメージを負ったαを追い込んでいった。

 次の戦術は、もう決まっている。

 エイトマンは再び広い空間へと躍り出た。

 

 広い場所に出たことで、自らの『蹴り』を最大限に活かせると判断した『Finger:α』は、即座に姿勢を立て直し、再び獲物を屠るための死の舞踏を開始する。旋回、跳躍、そして全パワーを乗せた中段蹴りがエイトマンを襲う。

 だが、それこそが八幡の描いた『作戦』の最終段階だった。

 

「――来るとわかっている攻撃を、まともに食らうほど俺は善良じゃないんでね」

 

 エイトマンの光学センサーが、αの脚部の動きをミリ単位で先読みする。回避ではない。彼はあえて踏み込み、放たれた蹴撃を両手で抱え込むようにガッチリとキャッチした。

 

 ガキンッ!!

 

 凄まじい衝撃がエイトマンの腕の装甲を軋ませるが、そのグリップは微動だにしない。最高の演算能力を持つエイトマンにとって、パターン化された武術の最適解など、一度捉えてしまえばただの記号に過ぎない。

 

「……終わりだ」

 エイトマンは捕らえた脚を軸に、αの巨躯を投げ飛ばすように回転させた。αの重力センサーが狂い、頭頂部が床と平行になったその刹那、エイトマンは自らの出力を一気に臨界点まで引き上げた。

 

 ――ズ、ドォォォォォンッ!!

 

 音速を超えたエイトマンの右足が、αの無防備な首筋を完璧に捉えた。

 超金属骨格がひしゃげ、電子頭脳と胴体を繋ぐ中枢神経系(ケーブル)が完全に断裂する。機能不全を起こしたαは、糸の切れた人形のように崩れ落ち、二度と動くことはなかった。

 

「あと、一体!!」

 

 相棒を失い、連携という最大の武器を封じられた『Finger:β』が、潜伏を解いて猛然と襲いかかってきた。死角からの急襲を捨てた、怒りにも似た(あるいはシステム的な緊急復旧のための)真正面からの突撃。

 だが、今のエイトマンにとって、直進するだけの質量など止まった標的も同然だった。

 

 キィィィィン!!

 

 エイトマンは前腕部の装甲をスライドさせ、そこから高振動の『エイトマンナイフ』を展開。

 

 加速に頼らず、ただ最小限の動きで、すれ違いざまにβのボディを切り裂いた。

 

 ――パシュッ……。

 

 一瞬の静寂。

 数歩進んだところで、βの胴体は斜め一直線に分断され、派手な火花を散らして爆散した。

 かつてケン・ヴァレリーとの死闘で骨身に染みた「相手の土俵を奪う」戦術。ただ闇雲にクロック周波数を上げるだけが勝利ではない。相手を自分の領域へと引きずり込み、確実に仕留める。

 

 エイトマンは右手のナイフを収納し、激しく排熱する肩の関節を一つ、鳴らした。

 

「ケン。……あんたに教わった『泥臭いやり方』が、一番の近道だったよ」

 

 残骸を乗り越え、エイトマンはついにメインサーバールームの巨大な重厚扉の前に立った。

 この向こうに、人類を『最適化』という名の監獄へ閉じ込めようとする超人サイバーがいる

 エイトマンは鋼鉄の拳を扉に添え、比企谷八幡としての意志を込めて、そのゲートをこじ開けた。




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