——エイトマン・リボーン—— 比企谷8幡は鋼鉄の夢を見るか 作:りかるど
週末1〜3話投稿に落ち着きそうです。
小学生たちの監督を他の役員に任せ、重い足取りで進路指導室へと向かう。
暖房の効きすぎた廊下を歩きながら、八幡はこれから対峙する「山」を思い、網膜ディスプレイに表示された企画書の最終確認を行っていた。雪乃の赤ペンによって極限までデバッグされ、八幡の電子頭脳が「完遂可能」と弾き出した、鉄壁のプラン。
だが、その自信は、扉を開けた瞬間に霧散することになる。
「……なるほど、事務処理としては満点だな。だが、企画としては落第点だ」
進路指導室。平塚静は、いろはが提出した資料を一瞥しただけで机に放り出した。
「事務的すぎて華がない。比企谷、一色。……君たちはクリスマスのなんたるかを、これっぽっちも分かっていないようだな」
「え、でも、予算も工程もこれ以上ないくらい現実的ですよ?」
いろはが心外そうに食い下がるが、平塚は椅子に深くもたれかかり、天井を見上げて溜息をついた。
「理屈で聖夜を祝おうだなんて、それこそ最大のエラーだと思わないか? ……いいだろう、どういうものか見せてやろうじゃないか」
平塚は鞄をゴソゴソと探り、「じゃじゃーん!」という、その美貌にはおよそ似つかわしくない擬音と共に、四枚の紙を取り出した。
「……ディスティニーランドの、ワンデーパスポート」
雪乃が即座にそれを識別し、その瞳にパンさんガチ勢特有の鋭い光が宿る。
「ええっ! 先生、すごい! 四枚もどうしたんですか?」
結衣が目を輝かせて身を乗り出すと、平塚の表情が瞬時に氷点下まで凍りついた。
「……結婚式の二次会で当てた。……私は、一人なのに、な。……景品を決めた幹事を、あやうく真空飛び膝蹴りで『彼方』へ送るところだったよ……」
憎々しげに吐き捨てる平塚の背後に、この世の終わりのような哀愁が漂う。八幡は、網膜ディスプレイに流れるはずのない「全米が泣いた」的な悲恋映画のログを流しながら、心の中で静かに手を合わせた。
(誰か……誰かこの人を早く貰ってやってくれ……)
「これをやるから、少し『勉強』してくるがいい。……ついでに息抜きだ。ここ最近の君たちは、少し働きすぎだからな」
平塚の言葉には、教師としての、そして彼女なりの不器用な労いが込められていた。
「おおーっ! やったぁ!」「先生、ありがとうございますっ!」とはしゃぐ結衣といろは。だが、八幡と雪乃だけは、対照的に顔を歪めた。
「……先生、この時期の夢の国がどれほど論理を逸脱した混雑(カオス)か、ご存知ですか? 氷点下に近い海風に晒されながら行列を作るのは、もはや苦行の域です」
「……私も、比企谷くんに同意せざるを得ないわ。あそこは現在、一年で最も『非効率』が正当化される魔境よ」
八幡と雪乃、二人の頭脳が導き出した結論は一致していた。「寒くて混む場所には行きたくない」──その一点において、彼らの防衛本能は最大出力で警報を鳴らしていたのである。
「……とにかく、私は行かないわ。あんな混雑している場所、論理的に考えて体力の無駄よ」
雪乃は腕を組み、頑なに視線を逸らした。だが、結衣は諦めない。
「えー、そんなこと言わないでさ! 今の時期、ほら、『ホーンテッド・キャンパス』とかクリスマス仕様になってて可愛いよ? あと、ゆきのんの好きな『パンさんのバンブーファイト』だって……」
「……待ちなさい、由比ヶ浜さん」
雪乃の瞳に鋭い光が宿る。
「『バンブーファイト』は、パンさんが笹を食べているだけの至福の静寂を再現したアトラクションなのよ。そこに資本主義的なクリスマスの装飾を持ち込むなんて、パンさんの聖域を汚す無作法もいいところだわ。運営側もその辺りの世界観は徹底しているはずよ。安易な季節イベントに魂を売るパンさんなんて……そんなの見たくないわ」
「は、はうっ……。ご、ごめん、ゆきのん……」
一気にまくしたてられた結衣が気圧されて後ずさる。いろはは「……何なんですか、雪乃先輩。ちょっと引くんですけど」と八幡の耳元で囁くが、八幡は(……まあ、こだわりがあるのは悪いことじゃない)と、電子頭脳の片隅で雪乃の情熱を、ある種の機能美としてポジティブに評価していた。
「とにかく、私はお断りよ。寒いし、混むし、非効率の極みだわ」
「…………ゆきのん」
結衣が、今度は雪乃の制服の裾をぎゅっと掴んだ。潤んだ瞳で、縋るように見上げる。
「あたし、ゆきのんと一緒に行きたいな。……最近、ずっとアレだったから。選挙とか、会議とか、ゆきのんずっと無理してたでしょ? だから、ね?」
「う……。そ、それは、……」
結衣の直球の「お願い」に防戦一方となった雪乃。雪乃の瞳は激しく動揺し、ついに八幡に救難信号を送った。
(……助けて、比企谷くん)
その切実な救難信号をキャッチした八幡は溜息をつき、脳内のリアクターをフル稼働させた。雪乃が「自分の意志を曲げずに、結衣の誘いに乗るための論理」を瞬時に構築する。
「……そういえば、小町へのプレゼント選びのロケハンとして丁度いいかもな。あそこの限定グッズ、小町が欲しがってたんだ」
「……。……そう、小町さんのためなら、仕方ないわね。あの子に粗悪な土産を渡すわけにはいかないもの。……お土産選びの視察なら、私の知見を貸してあげてもいいわ」
ホッとして肩の力を抜く雪乃。自分への言い訳が立ち、ようやく行く理由を見つけた彼女は、どこか安堵した表情を見せた。
「やった! さすがヒッキー! じゃあ決まりだね!」
はしゃぐ結衣を見て、八幡は(……小町、お前をダシに使って済まない)と心の中で手を合わせる。
だが、ふと隣を見ると、一色いろはが「むーっ」とアヒル口を尖らせて八幡を睨んでいた。
「……どうした、一色。そんなアヒルみたいな顔して。餌ならやらんぞ」
八幡が呆れたように声をかけると、いろはは「むーっ」という効果音が聞こえてきそうな表情を崩さないまま、ふんとそっぽを向いた。
「いいえー? なーんか、今のやり取り見てたら、私だけ置いてけぼりっていうか、お邪魔虫なのかなーって思っただけですよ。三人で『いつもの空気』出されちゃうと、こっちは肩身狭いんですけど」
「お邪魔虫なのは、むしろ俺の方だろ。女子三人に男一人とか……構図的にバランス悪すぎるだろ」
八幡がぼやくと、平塚が「まあ、取材も兼ねているんだ。このメンバーで妥当だろう」と、煙草を吸う代わりにペンを回して話を切り上げた。
だが、そこで雪乃がふと何かを思い出したように、指先を顎に添えて腕を組んだ。
「……そういえば、少し問題があるわ。チケットは四枚あるけれど、私は年間パスポートを持っているの。だから、一枚余ってしまうわね」
その言葉を聞いた瞬間。
いろはの目に、獲物を捉えた捕食者のような──いや、計算し尽くされた「あざとい光」が宿った。
「えっ! 雪乃先輩、年パス持ってるんですか!? さすがガチ勢! ……じゃあ、一枚余るなら、もう一人呼んだ方がいいですよね。バランス的に。男女比とか、大事ですし!」
いろはは先ほどまでの不機嫌さが嘘のように、俄然元気になって身を乗り出す。その豹変ぶりに、八幡の網膜ディスプレイには「危険・予測不能なパラメータ」の文字が激しく明滅した。
「……誰を呼ぶ気だ。一応、事前に聞いておく権利が俺にはあると思うんだが」
「えー? ヒ・ミ・ツですっ。当日までのお楽しみですよ、先輩」
いろはは人差し指を唇に当てると、パチリと完璧な角度でウインクをしてみせた。
「あ、でも先輩。私が誰を呼んでも、嫉妬して不機嫌になったりしないでくださいね? そういうの、重いですし、今のなしですから」
「……お前、自分の好感度が天元突破してる前提で喋るのやめろ」
八幡はため息をついた。
電子頭脳で計算するまでもない。一色いろはが「男女比のバランス」などという名目で、わざわざ自分から声をかける相手など、世界に一人しかいない。
八幡は、目の前で楽しそうにスマホを操作し始めた一色と、小町へのお土産リストを脳内で構築し始めている雪乃を交互に眺め、これから始まる夢の国での取材を思って、そっとこめかみを押さえるのだった。
──
翌日の土曜日。冬の朝特有の、鼻の奥がツンとするような冷気が街を包んでいた。
八幡は最寄り駅のホームで、定刻通りに滑り込んできた京葉線に乗り込む。今回の目的は「クリスマスイベントの取材」。あくまで公務であり、遊びではない。そう自分に言い聞かせながら、ガタンゴトンと揺れる車内で網膜ディスプレイのスケジュールを確認する。
電車が葛西臨海公園を過ぎたあたりで、車窓の景色が一変した。
重厚な石造りの外壁、空に突き刺さるような白亜の城、そして時折激しく煙を上げる活火山の稜線。
「………………おー」
さしたる興味がないはずの八幡の口から、小さな独り言が漏れた。
電子頭脳は「人工的な建造物による視覚的誘導」と冷静に分析しているが、本能的な領域では、その圧倒的な非日常感にわずかな高揚を禁じ得ない。千葉県民にとって、ここは単なる遊園地ではない。日常のすぐ隣に鎮座する、物理法則すら書き換えられた聖域なのだ。
目的地である舞浜駅に着くと、八幡は吸い寄せられるように電車を降りた。
ホームに流れる発車ベルは聞き慣れたディスティニーの名曲。柱の時計は歪な形をした独特の意匠。駅からして、もはや「今から君たちはディスティニーで遊ぶのだ」という強引なパッチを脳内にあててくる。
改札を出ると、そこはもう「夢の国」の入り口だ。
高揚した気分を悟られぬよう、ポケットに手を突っ込んで周囲を見渡す。
「ヒッキー、やっはろー!」
よそでその挨拶をするのはやめろ、と喉元まで出かかった言葉を飲み込む。
声の主を確認するまでもない。
そちらを見れば、ぽんぽんのついた可愛らしいニット帽を被った由比ヶ浜が、ちぎれんばかりに大きく手を振っていた。
「……おう、早いな」
その隣には、白いコートの襟を立てて、凛とした佇まいで立つ雪ノ下がいた。冬の陽光を反射する黒髪が、風に揺れてわずかな光の粒子を振りまく。
とりあえず奉仕部の面々は揃った。
「五分前集合は社会行動の基本よ。遅刻というエラーログを残さなかったことは評価してあげるわ、比企谷くん」
雪ノ下はこともなげに言うが、その瞳はいつもよりわずかに潤んで、周囲の装飾を細かくスキャンしているように見える。
「いや、俺より早かったんだな。由比ヶ浜も」
「そうそう、ゆきのん早かったよね! あたしも結構早く来たつもりだったんだけど、ゆきのんが一番最初だったよ」
「……電車が混むのが嫌だっただけよ。余計な推測(メタデータ)を挟まないでちょうだい」
雪ノ下はふいっと顔を背けた。
その拍子にふわっと揺れた黒髪。
(……雪ノ下、こいつディスティニー超楽しみにしてたんだろうなぁ)
八幡は、自分の電脳が捉えた彼女のわずかな高揚感を、しみじみとログに記録した。
「あとは一色か」
「あ、いろはちゃんならそっち」
由比ヶ浜が指差すほうを見れば、一色がちょうど駅のコンビニから出てきたところだった。さらに、その後に続いて出てくる存在がいる。葉山隼人だ。
(……まぁ、予想通りだったな)
一色のことだ。泣きついたり、追いすがったり、あの手この手を使って頑張って誘ったんだろう。たぶん今日はこの五人で回ることになるんだろう。
そう考えていた八幡の予測演算は、次の瞬間、脆くも崩れ去った。
葉山の後ろから、三浦が出てきたのだ。さらに、三浦の後ろには戸部と海老名さんまで続いている。
……ここまでは、まだ「いつもの集団」として理解の範疇だ。だが、そのさらに後ろから。
「…………川崎?」
海老名さんの後ろからヌッと長身長髪の少女、川崎沙希が現れた。
……なんで?
八幡の電子頭脳は、完全に想定外の変数を検知し、処理落ち寸前のエラーメッセージを吐き出し始めた。
目元をきゅっと押さえてから、再度その光景を確認する。
由比ヶ浜と雪ノ下←わかる。
一色と葉山← まぁ、わかる。
三浦、戸部、海老名さん←わからん。
川崎さん←なんで?
「おい、なんであいつらもいるんだ……」
予想外の光景に説明を求めて二人を見る。すると、雪ノ下は視線をついっと由比ヶ浜に動かし、由比ヶ浜はぎくりと肩を揺らした。
「え、えーっと……」
視線を逸らしながら由比ヶ浜がニット帽のぽんぽんをわしわし触った。いつものお団子髪の代わりらしい。
「だ、だってもともと遊ぶ予定だったし……。そ、それに、いろはちゃんの味方だけするってわけに行かないじゃん! あたしも板挟みで大変なんだよー!」
由比ヶ浜が頭を抱える。すると、雪ノ下がふっと短いため息を吐いた。
八幡もため息を吐きたいところだったが、その前に言うべきことがある。頭を抱えてうじうじする由比ヶ浜にじろっと目を向ける。
「勝手に連れてくるんじゃありません。ちゃんと面倒見れんのか?」
「ちゃ、ちゃんと見れるし!」
がばっと顔を上げて由比ヶ浜が言う。すると、それを見ていた雪ノ下が口を開いた。
「なら、いいんじゃないかしら。私たちはあまり関わることもないでしょうし」
「ゆきのん……」
由比ヶ浜はなんだか感動しているふうに雪ノ下を見ているが、(お前、あれだぞ、今のはただの『私には関係ないから好きにしなさい』宣言だぞ……)と八幡は思う。
それにしても、葉山に引っ付いて三浦たちが来るのは、まあわかる。しかし川崎までどうしているのだろうか?
結衣に聞くと、いろはが選挙の件でお世話になったから連れてきたらしい。いつのまに懐いたのだろうか。選挙の際にプロモーションビデオを一緒に撮った辺りから交流があったのはわかるが、意外な取り合わせだった。
そんな沙希と目が合うと、鋭く睨まれた。相変わらず目つきが鋭い……。
「妹ちゃんのお土産買うんだって」
結衣がそう付け加えた。
妹いたのかと、同じ妹を持つもの同士、八幡の電子頭脳が奇妙なシンパシーを検出し、勝手に親近感のフラグを立てていた。
「先輩、おはようございますー!」
いろはが、周囲のカップルたちに負けないほどの快活な声を上げて合流してくる。
「ああ……」
八幡が短く挨拶を返すと、その隣に立つ葉山隼人も、いつもと変わらぬ柔和な微笑を浮かべて声をかけてきた。
「……やぁ、比企谷くん」
「おう……」
交わす言葉はそれだけだった。だが、二人の間には、言葉を補って余りあるほどの濃密な視線が交錯していた。生徒会選挙という泥沼の戦いにおいて、互いの本質を利用し、暴きあった者同士。八幡の電子頭脳は、葉山の笑顔の裏にある微かな「気まずさ」を検知し、反射的に視線を逸らした。
そんな感傷に浸る暇もなく、八幡の背筋にゾクッとした戦慄が走る。
(……はっ! この気配、殺気……いや、腐気か!?)
八幡が慌てて振り返ると、そこには海老名姫菜がいた。「腐ひっ、腐ふふ……」と怪しい吐息を漏らし、眼鏡の奥の瞳を爛々と輝かせていたが、八幡と目が合った瞬間に、何事もなかったかのようにパッと手を振ってみせた。
「はろはろー。ヒキタニくん、今日よろしくねー」
「あれー? ヒキオもいんのー?」
海老名の後ろから、三浦が不機嫌そうに、けれどどこか楽しそうに顔を出した。すると、隣にいた戸部がぶはっと吹き出して爆笑する。
「いやいや優美子、ヒキオとか超ウケるわー! ヒキタニくんだし! マジまじ、ヒキタニくん、今日はアゲてこーぜ!」
(……うん、どっちも違うんだけどね)
八幡が溜息をつきながら視線を巡らせると、最後尾にいた沙希と目が合った。彼女は相変わらず鋭い目つきで、ぶっきらぼうに「……よろしく」とだけ口にする。
「お前も、妹へのお土産か?」
「……いろはにあれこれ言われて、なんだかんだで連れてこられただけよ」
肩を竦めてぼやく沙希だったが、その口元は微かに緩んでおり、満更でもなさそうな様子が伺えた。
「じゃあ、みんな揃ったみたいですし、行きましょうか!」
いろはの号令で、総勢九名の凸凹グループが歩き出す。入場待ちの列に並び、チケットをパスに引き換え、エントランスゲートの回転扉をくぐる。その瞬間、パーク特有の甘い香りとメロディが、八幡の電子頭脳に「夢の世界への入国」を告げるシグナルを送信した。
ゲートをくぐった先に広がるのは、現実の物理法則を強引に上書きするような圧倒的な光景だった。
正面の広場には、天を突くほど巨大なクリスマスツリー。色とりどりのオーナメントが冬の陽光を反射し、無数のイルミネーションが夜の主役を待たずにきらめいている。
西洋風の建物が軒を連ねるメインストリートの先には、あの白亜の城。
「…………」
それは、クリスマスをモチーフにした往年の映画で見かけるような、完成された虚構。
八幡の電子頭脳は、色彩、構図、空気感のすべてが「幸福」という一点に最適化されていることを瞬時に分析し、感嘆のログを書き込んだ。エイトマンの機械的視点から見たこのテーマパークは、群集心理を巧みに高揚させる、ある意味芸術的なまでの『演算』によって成立していることが理解できた。
「……さて、仕事するか」
一応、取材という側面もある。八幡はブルゾンのポケットからデジカメを取り出し、パシャパシャとシャッターを切り始めた。コミュニティセンターの殺風景な会議室を彩るための、視覚的リソースを集積していく。
一方その頃、女性陣は「すごーい!」「きれーい!」とキャーキャー言いながら、巨大ツリー前での撮影待機列に真っ先に並び始めていた。
雪乃も由比ヶ浜に腕を引かれ、少し困惑気味ながらもその輪の中にいる。ああいう華やかな空気には慣れていなさそうだが、視線はツリーの装飾を細かくスキャンしており、パンさんガチ勢としての観察眼を光らせていた。男性陣も、葉山が当然のように列に加わったおかげで、逃げ場を失いそれに続く形となった。
ふと、隣を見ると、沙希も同じようにデジカメを構えて風景を撮っていた。
「なんだ、おまえも取材か?」
声をかけると、沙希はレンズから目を離さずに、どこか張り切った様子で答えた。
「……せっかくだし。色々撮って帰った方が、喜ばれるからね」
その「喜ばれる相手」が誰なのか、聞くまでもなかった。
自宅で待つ妹のために、最高の一枚を持ち帰ろうとする姉の横顔。
八幡は、記録データを集積しながら、この鋭い目つきの少女の中に宿る深い家族想いを感じ取り、(……こいつも、本質的には俺と同じタイプだな)と、勝手なシンパシーをデータベースに蓄積していった。
そして、ようやく自分たちの撮影順が回ってきた。
「ハイ、並んで並んでー!」
係員の威勢のいい声に促され、凸凹グループが巨大ツリーの前に整列する。全員での集合写真を撮り終えた後、自然とグループごとの撮影へと移行した。
三浦が葉山の腕を確保し、そこにいろはが滑り込んでの三人ショット。雪乃と結衣が並んで撮り、戸部が海老名にツーショットを迫って玉砕する……。
そんな喧騒の中、なぜか最後に取り残されたのは八幡と沙希だった。
「……あ、じゃあ、お二人も撮りますねー!」
係員が気を利かせたつもりでカメラを構える。
「え?」「は?」
二人の声が重なった。沙希もまさか八幡とツーショットになるとは思っていなかったらしく、白い肌がわずかに赤く染まっていく。
それを見た瞬間、八幡の電子頭脳が、最悪のタイミングで過去の重要ログを強制再生(フラッシュバック)した。
(……九十九里浜。あの時、エイトマンに変身していた俺に、こいつが……)
月明かりの下で交わされた、不測の接吻(キス)。
その感触と、今の川崎の照れた表情がリンクし、八幡の思考回路は一気にショートした。頬に熱が集中し、冷却ファンが回る隙もない。
「……あの、お二人とも、もっと寄ってください! 間にツリーが入っちゃいますよー!」
係員が余計な世話を焼く。断るタイミングを逃した二人は、ギクシャクした動作で肩が触れ合う距離まで接近した。沙希から漂う微かな石鹸の香りと、彼女の肩の震えが直接伝わってくる。
「……っ」
「……べ、別に、変な意味ないからね」
俯きながら呟く沙希の顔は、今やリンゴのように真っ赤だった。八幡もまた、目を泳がせながら「分かってる……」と掠れた声で返すのが精一杯だった。
パシャリ。
シャッター音がやけにスローモーションに響く。
その様子を背後で見ていた奉仕部の二人は、言葉を失っていた。
「ヒ、ヒッキー、サキちゃんと……ええっ!? 何か、凄いいい感じに見えるんだけど……!」
結衣が両手を頬に当ててドギマギしている。まさかの伏兵出現に、いろはも「先輩、あんな目つき鋭い人といつの間に……?」と、引き攣った笑顔で呟いている。
──だが、何よりも八幡の生命維持装置を恐怖させたのは、隣に立つ雪乃だった。
彼女は、完璧に「無」を演じながら、それでいて氷点下の極寒を纏った『氷の微笑』を浮かべて八幡を凝視していた。
(……待て、雪ノ下。これは事故だ。不可抗力によるエラーなんだ……!)
八幡の電子頭脳は、パーク内のどんなホラーアトラクションよりも恐ろしい「静かな怒り」を検知し、最大級の警報を鳴らし続けていた。
撮影が終わると、八幡は逃げるように沙希から距離を取った。
だが、本当の地獄はその先にあった。
「……川崎さんと、随分仲がよろしいのね、比企谷くん。あのような『親密なデータ』、取材に必要かしら?」
雪乃の背後に、物理的な吹雪が見えた気がした。彼女の瞳に宿る「氷の視線」は、パーク内のどんな防寒具も貫通するほどの冷気を放っている。
しかしよく見ると、心なしか抱えた腕の指先が震えてるのは、彼女も動揺を隠しきれていない証でもあった。当然だが今の八幡にそれを察する余裕など一ミリも無い。
(……平塚先生、ここ、全然『息抜き』になりません……)
八幡の切実な思いが、ここにはいない恩師へ向けられた。
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