——エイトマン・リボーン—— 比企谷8幡は鋼鉄の夢を見るか   作:りかるど

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第六十八話:クリスマスのエイトマン

 

「ただいまー」

 

 ケンタッキーで受け取ったパーティーバーレル。そのずっしりとした重みと、抗いがたいスパイスの香りを抱え、八幡は自宅の玄関をくぐった。

 靴を脱ぎ、階段をのぼってリビングのドアを開ける。暖房の効いた部屋では、ソファで丸くなっていたらしい小町が、こちらの気配に気づいて弾けるように立ち上がった。

 

「おかえり、お兄ちゃん!」

「おう、ほれ。チキン」

「ありがと♪」

 

 小町はパタパタと駆け寄ってくると、八幡が差し出した箱を恭しく受け取り、キッチンカウンターへと運んでいく。その足取りの軽さは、さながら獲物を得たリスのようだ。

 

「お母さんもそろそろ帰ってくるよ。あ、パーティーバーレル、中身チェックしていい?」

「好きにしろ。……そうか。親父は?」

 

 八幡は脱いだコートを適当にソファへ放り投げる。すると、小町がそれを目ざとく見つけ、「もう、お兄ちゃんってば……」と文句を言いながら拾い上げ、ハンガーにかけ直しながら首を捻った。

 

「さあ?」

「……さあって」

 

 あまりにも冷淡な、あるいは関心の欠片もない反応に、八幡は思わず動きを止めた。あの親父、また何か小町に嫌われるような真似でもしたんだろうか。

 可哀想に、親父。娘に邪険にされるのは世の父親の宿命(デスティニー)だとしても、こんなイブの日まで仕事から帰れないとは。社畜という名の歯車として、冷たい夜の街で摩耗し続けるその存在は、同じ男として憐れみを感じずにはいられなかった。

 

「そんなことよりさ、今日、雪ノ下さんや結衣さんと一緒じゃなくてよかったの?」

 

 不意に飛んできた小町の問いに、八幡は冷蔵庫から麦茶を取り出しながら短く答える。

 

「イブは家族と過ごすからな」

「うーん……」

 

 小町はチキンの箱を開ける手を止め、なんとも言えない微妙な表情を八幡に向けた。

 

「なに、その顔」

「……お兄ちゃん。その断り方、女子が『他に本命がいるとき』に使う定番のフレーズだよ?」

「……は?」

 

 麦茶を喉に流し込もうとした八幡の動きが、ピタリと止まる。

 

「え、女子ってそうやって断るの? やだ、『家族想いでいい子だな……』とか素直に感心しちゃう男子が超可哀想じゃん……。なんでお前は、そうやっていらない情報を俺に教えちゃうわけ?」

「お兄ちゃんは、疑り深いくせに夢見がちなところあるからね。小町が少しずつその幻想をうち砕いてあげようと思ってるんだよ。これは、妹の愛だよ?」

「ああ、そりゃありがとさん……。俺の心の平穏(アップデート)を妨げないでくれよ……」

 

 げんなりとして肩を落とす。女子、怖い。エイトマンの高性能なセンサーでも、女子の裏側に潜む深淵まではスキャンできないらしい。

 すると小町は、パーティーバーレルの豪華な中身をちらりと見てから、今度は気遣わしげに兄の顔を覗き込んできた。

 

「お兄ちゃん。別に小町たちのことは気にしないで、イブ楽しんで来てもよかったんだよ?」

「そういうわけじゃねぇよ。打ち上げとかは明日に回しただけだ。プレゼント買いに行って、それからパーティーだか何だかやるってことになったから」

「そうなの? なにそれ小町も行きたい!」

 

 俄然、瞳を輝かせて身を乗り出す小町。だが、八幡は即座に釘を刺した。

 

「あー、そういや、あいつらもお礼に小町も呼ぼうとか言ってたけど……。でも、お前受験生だしなぁ」

「やだなぁ、一日や二日で学力なんて変わんないよ。別の日に二日分、やればいいじゃん!」

「それ、典型的な死亡フラグだぞ。まだ大丈夫、もうちょっといける、もしかしたら間に合うかも……。そう言いながらあっけなく過ぎ去っていくのが締切っつーもんだ。いいか小町。締切は延ばせるが、試験日は延ばせないんだぞ」

「普通、締切も延びないよ、お兄ちゃん……」

 

 小町が、深刻そうな、どころか深い同情を湛えた目で八幡を見た。

 つい先日まで合同クリスマスイベントの残務という地獄に追われていた兄の姿。そのトラウマが刻まれたログは、どうやらそう簡単には消去できそうになかった。

 

「けど、今の時期に遊んでるっつーのも、なんだかなぁ……」

 

 八幡は、小町を甘やかすことが彼女の将来にどう響くかを、兄として(あるいは唯一の肉親に近い感情を持つ者として)真剣に考え込んでいた。だが、当の本人はあっけらかんとした様子で、至ってお気楽である。

 

「だいじょぶだいじょぶ。ほら、今頃お兄ちゃんはどうしてるのかなー、また誰かに嫌われてやらかしてるのかなー? とか考えちゃって勉強に集中できないほうが、小町的には大問題だよ!」

「……まあ、気持ちはわかる」

 

 八幡は素直に認めた。自分も、ふとした瞬間に小町はどうしているか、変な虫が寄りついていないか、塾で川崎大志の野郎がこれ幸いと図々しく言い寄ったりしていないか……などと考え始めると、思考回路がオーバーヒートしそうになることが稀によくある。

 

(もしあのガキが余計な真似をしてたら、即座にデリート対象だな……)

 

 脳内の論理演算領域で不穏な「排除プロセス」が起動しかけていると、説得の好機と見た小町が、畳みかけるように追い打ちをかけてくる。

 

「あと、小町的には、勉強しろって言われるほうがやる気失くす。これ、テストに出るくらい大事なポイントだよ」

「それな。ほんとそれ。マジそれ。それ超ある。それしかないまである」

 

 八幡の魂が、かつてないほどの激しさで共鳴した。

 

「親から『勉強しなさい』って言われた瞬間に、それまでわずかに、本当に砂粒程度に存在していたやる気が一気にゼロ……いや、マイナスに突き抜けるあの現象、なんなんだろうな。あれこそが人類最大のミステリーだわ」

「でしょ? だから、明日は息抜きが必要なの! 小町のやる気スイッチを再起動させるためのメンテナンスだと思って、ここはひとつ!」

 

 小町が可愛らしく首を傾げ、「小町的にポイント高い」と言わんばかりの決めポーズをとる。

 

「……まあ、雪ノ下や由比ヶ浜がいいって言うなら、別に構わねぇけど。お前、ちゃんと自分で連絡しとけよ。俺から誘うのは……その、なんか図々しい気がするし」

「わーい、やったぁ! 任せて、小町がサクッと外堀から埋めちゃうから!」

 

 小町はガッツポーズを決めると、早速スマホを操作し始めた。

 そんな妹の楽しそうな姿を眺めながら、八幡はパーティーバーレルから立ち上るスパイスの香りに、ひとときの安らぎを感じていた。

 

「──あ、そうだ。プレゼントで思い出した」

 

 八幡はソファに放り出していた鞄を掴むと、中から丁寧にラッピングされた包みを取り出した。それを、キッチンカウンターでチキンを眺めていた小町の頭にぽんと載せる。

 

「ほい。メリークリスマス」

「……へ? これって、……小町へのプレゼント? お兄ちゃん、ありがとー! ね、開けていい?」

 

 小町は不思議そうな表情をしながらも、頭の上の包みを両手で大事そうに受け取った。包みをしげしげと眺めるうちに、じわじわと口の端が緩み、顔がほころんでいく。

 

「どーぞ。っつっても、雪ノ下と由比ヶ浜に勧められたもんを適当に買っただけだからな。礼なら二人に言ってくれ」

「……へ? 一緒に選んだの?」

 

 プレゼントを開けようとしていた小町の指先が、ぴたりと止まった。

 

「……まあ、なりゆきで」

 

 八幡が視線を逸らしながら答えると、小町はにやりと、どこか邪悪な――あるいは全てを見透かしたような笑みを浮かべた。

 

「ほーう、なるほどねー。そうですかー、一緒にねぇ」

「……なんだよ、そのムカつく顔と言い方」

 

 腹立つ。じとっとした視線を小町に向けるが、彼女は相変わらずニヨニヨと笑いながら、生暖かい眼差しを八幡に投げかけてくる。

 

「いやいや、これは嬉しさのあまり笑顔になってるだけだよ。今の報告こそが小町にとって最高のクリスマスプレゼントだったのです」

「そうかよ。ま、喜んでるなら何でもいい」

 

 八幡がぶっきらぼうに言い捨てると、小町は指をぴっと立て、ふむんと偉そうな態度をとった。

 

「あ、でもね、お兄ちゃん。女の子にプレゼント贈るとき、『他の女の子と選んだ』なんて言っちゃだめだよ。それ、小町的にポイント低いから。まあ、小町は妹だから全然いいけど。ていうかむしろ嬉しいけど。お兄ちゃんと雪乃さん結衣さんが合わさって最強に見えるまである」

「はいはい。人に物贈るような機会はめったにないと思うが、一応覚えとくよ。さて、じゃあ、ちゃちゃっと飯の準備しちゃうか」

「おー! あ、そうだ、明日のこと結衣さんにメールで聞いとかないと……」

 

 小町からのアドバイスを軽く聞き流しつつ、八幡はキッチンへと向かった。

 

(……最強に見える、か。あいつらにとっちゃ、迷惑な話だろうな)

 

 電子頭脳の片隅で、今日の部室でのやり取りを反芻する。

 明日になれば、またあの場所で会える。そんな当たり前のことが、今は何よりも確かな未来として感じられていた。

 キッチンの包丁の音が、静かな夜の比企谷家に響く。

 この先に待つ絶望など、微塵も感じさせないほどに、穏やかな聖夜の始まりだった。

 鋼鉄の身体に宿った電子の鼓動が、今は穏やかに、平和なリズムを刻んでいる。

 この平穏が、明日も明後日も、ずっと続くのだと。

 

 この時の八幡は、何の疑いもなく信じていた。

 

 

──

 

 

 クリスマスイブの喧騒が嘘のように、空気が凛と冷え切った朝。

 八幡と小町は、待ち合わせ場所である駅前の大型ショッピングモールへと向かっていた。

 街は昨日以上に色めき立っている。街路樹を飾るオーナメントが冬の陽光を反射し、スピーカーからは軽快なクリスマスソングが絶え間なく流れる。その浮かれた空気と同調するように、小町は先ほどからノリノリで鼻歌を口ずさんでいた。

 

「朝から元気だな、お前」

「そりゃあ、クリスマスだし! これから雪乃さんと結衣さんとお買い物するわけだし! その後、パーティーしてプレゼントを交換するわけだし! やっぱテンション上がるよー!」

 

 前を歩いていた小町が、くるっと軽やかにターンして振り返る。どうやら小町は事前にスケジュールを完璧に把握しているらしい。なんなら兄より詳しいくらいだ。我が妹ながら、優れた情報収集能力(データベース構築)だと感心する。

 ショッピングモールの入り口に目をやると、人混みの中に、見慣れた二人の姿があった。

 

「やっはろー!」

 

 八幡たちに気づいた結衣が、ぶんぶんと大きく手を振ってくる。その隣では、雪乃が長い黒髪を風になびかせ、凛とした佇まいで待っていた。

 

「結衣さん、やっはろー! 雪乃さんも、こんにちは!」

 

 小町が元気よく駆け寄っていく。

 

「こんにちは。……少し、早かったかしら?」

「いや、俺たちもちょうど着いたところだ」

 

 八幡が視線を向けると、結衣は「えへへ」といつものように笑った。

 

「早いな。これで全員か? 揃ってるならさっさと行こうぜ。この人混みに長くいるのは、俺の精神衛生上よろしくない」

 

 クリスマス特有の混雑にうんざりしながら八幡が言うと、結衣がぱっと人差し指を立てて、それを制した。

 

「ちょっと待って。さいちゃんも呼んでるから!」

「そうか。じゃあ、戸塚が来るまで一生ここで待ち続けよう。なんなら、俺の人生の全時間をここに捧げてもいい」

「うん、それでいいんだけど……なんか、ヒッキーが言うと釈然としない感じ……」

 

 結衣がうーんと首を傾げて唸る。そこへ小町が声をかけた。

 

「雪乃さん、結衣さん。クリスマスプレゼント、ありがとうございました!」

ショッピングモールの中へと歩き出しながら、小町が改めて二人に向かって頭を下げた。昨夜、八幡から渡された包みを思い返しているのか、その表情は実に晴れやかだ。

「いえ、喜んでもらえたならそれでいいわ」

 

 雪乃は薄く微笑み、気にするなとばかりにさらりと首を振る。結衣も隣で「うんうん」と嬉しそうに頷いていた。

「いやー、兄にああいうセンスを期待するのはちょっとアレですから。お二人に選んでもらえて本当によかったです!」

 

 小町がしみじみと語ると、八幡も隣で「いや、ほんとそれな」と言わんばかりに深く頷く。実際、二人の助力がなければ、今頃小町に何を渡していたか分かったものではない。にこにこ顔の小町を見て、結衣もさらに目を細めた。

 

「あ、うん。確かにいくつかアドバイスはしたけど、最後に決めたのはヒッキーなんだよ?」

「そうね。普段ろくに考えない癖に、あの時は最後の最後の最後まで悩んでいたわね……」

 

 雪乃が指先で長い黒髪をくるりと巻き、呆れたような、それでいてどこか感心したような視線を八幡に向ける。すると小町が、意外そうにぽけっと口を開けた。

 

「……へ? そう、なんですか?」

「いや、そういうこと言わなくていいから! ほんとやめて、マジで言わないで……!」

 

 八幡は顔を背け、早歩きで二人を追い越そうとした。こういうものは「あー、適当に買ったわ」とクールに渡すのが正解なのであって、「本気で悩んで選び抜いた」なんて事実をバラされるのは、エイトマンの装甲を剥ぎ取られるより恥ずかしい。

 小町からのじっとりとした熱い視線に耐えきれず、八幡は強引に話題を逸らすことにした。

 

「ていうか、ろくに考えないってなんだよ。俺ほど常に思考を巡らせている人間はそうそういないぞ。その場で固まって銅像になれるレベルだ」

 

 雪乃が口元に手をやり、こらえきれないといった様子でクスクスと笑う。

 

「あら、ごめんなさい。……『ろくなことを考えない』、というのが正しかったわね」

「それなら一理あるから間違ってない。……って、おい」

「いいんだ……あはは。あ、でもね、小町ちゃん。ヒッキー、ほんとにちゃんと考えてて……。小町ちゃん?」

 

 結衣がフォローを入れようと声をかけたが、当の小町は一点を見つめたままフリーズしていた。数秒後、ようやくシステムが再起動したように肩を震わせる。

 

「……はっ! しまった! またお兄ちゃんの捻デレスキルに騙されるところだった! と、とにかく、お二人ともありがとうございました。それと、……お兄ちゃんも、ありがと」

 

 小町は「騙された」と毒づいてみせたが、その頬は心なしか緩んでいる。八幡も小町のその素直な感謝に、気恥ずかしさからふいっと視線を反対側へ逸らした。

 

「ん。まあ、大したことじゃない。気にすんな」

「えへへ、そうだね」

 

 結衣が二人を見て、くすりと笑みをこぼす。雪乃もまた、穏やかな表情で比企谷兄妹のやり取りを見守っていた。そこには、血の通った温かな日常が、確かに流れていた。

 

「あ、さいちゃん来たみたい。おーい、こっちこっち!」

 

 結衣の声につられて視線を向ければ、人混みの向こうからこちらを見つけて駆け寄ってくる戸塚の姿があった。

 

「はちまーん!」

 

 冬の街の喧騒を通り抜けて、戸塚彩加がこちらを見つけ、パッと顔を輝かせて駆け寄ってくる。その姿は、冷たく乾燥したショッピングモールの空気を一瞬で浄化し、マイナスイオンで満たしていくかのようだった。

 八幡は、そのあまりの眩しさに、思わず抱き留めんばかりの勢いで一歩前へと踏み出す。だがその直後、戸塚の背後から怒濤の勢いで迫りくる、巨大な「猪」のような影を視認した。

 

「はちまーん!」

「あー……材木座、きちゃったかー……」

 

 猛スピードで突進してきた材木座義輝は、八幡の数歩手前で「ふしゅるるるーっ」と荒い息を整え始めた。一方その頃、結衣はすでに到着した戸塚に笑顔で声をかけている。

 

「さいちゃん、やっはろー!」

「うん、やっはろー!」

 

 その爽やかな挨拶の交換に、八幡は「やはり挨拶というのはいいものだ」と、心の底から全肯定の意志を固めていた。女子高生の造語である「やっはろー」も、戸塚の口から放たれれば聖なる祝詞に等しい。だが、その感動をぶち壊すように、復活した材木座がしゅたっと芝居がかった手つきで手を上げた。

 

「うむ、八幡。やっはろー!」

「……おう」

 

 八幡は、この挨拶を男が(特に材木座が)やることで生じる猛烈な気恥ずかしさに、胃のあたりが縮む思いだった。それにしても、材木座は相変わらず八幡にしか挨拶をしない。他の女子陣に対する配慮が一切ないのも、実に材木座らしい振る舞いだった。

 

「お、おう……。で、誰が材木座呼んだの?」

 

 八幡が結衣と雪乃に小声で確認すると、二人とも「はて?」という怪訝な顔で首を傾げた。

 

「え? ヒッキーが呼んだんじゃないの?」

「てっきり、あなたの担当だとばかり思っていたのだけれど……」

「いや、呼んでないけど……」

 

 三者三様に困惑する。しかし、どんな疑問も「材木座だから」の一言で片付けられるのが材木座の材木座たる所以だ。結局、誰も彼の行動原理を深く追及する気にはなれず、なし崩し的に受け入れられることとなった。

 

「……まあ、いい。どうせそのうち礼はしようと思ってたしな」

「うむ。禿げたくなければ細かいことは気にするな。して、今日はいったいなぜ集まったのだ?」

 

 材木座が不遜に言い放つと、小町が結衣と雪乃に視線を向け、全体の流れを確認する。

 

「えーっと……、これからクリスマスパーティーをするので、その前に買い出しと交換用のプレゼントを買う、でいいですよね?」

「うん! じゃあ、みんな揃ったし、行こっか!」

 

 結衣が元気に頷き、一行はショッピングモールの中へと進み始めた。雪乃も「そうね。手早く済ませましょう」と同意し、いつものまとまりのない、けれど賑やかな集団が動き出した。

 

 

──

 

 プレゼントといえばおもちゃ

 そしておもちゃといえばトイザらスである

 そういうわけで交換用のプレゼント選びのため、一行はトイザらスへと足を踏み入れた。

 男子組は色とりどりの玩具を前にしてどこか乗り気だが、結衣は少し露骨な顔をして足を止めた。

 

「えー、ここ入るのー?」

「まあまあ。パーティーグッズとかありそうですし、いいじゃないですか」

 

 小町が宥めるように結衣の腕を取り、店内へと促す。

 

「言われてみれば確かにそうね。クラッカーとかあるのかしら」

 

 雪乃もふむと考えてから頷き、戸塚も「うん、探してみようよ」と賛同した。八幡は、クラッカーという単語に意外なほどの食いつきを見せた雪乃に対し、(雪ノ下さん、結構ノリノリでパーティー楽しむ気じゃねぇか……)と内心で毒づきながら、一行に続いて店内へ入っていく。

 クリスマス特有のディスプレイが施された店内は、おもちゃ屋さん独特のファンシーさも相まって、さながらプチ「夢と魔法の国」のような様相を呈していた。先ほどまで渋っていた結衣も、いつの間にか「わあっ」と楽しそうな声を上げ、棚を眺めている。

 そんなわくわくする空間を歩いていると、八幡は前方のプラモ棚の前で、不自然にしゃがみこんでいる見知った背中を見つけてしまった。

 

(……平塚先生?)

 

 八幡が言葉に詰まっていると、その人物――平塚静もこちらに気づき、のそりと立ち上がって声をかけてきた。

 

「おや、比企谷……」

「せ、先生……」

「あ、平塚先生!」

 

 後ろに続いていた結衣たちも、先生の姿を見つけて駆け寄る。

 

「こんなところで、どうされたんですか?」

 

 結衣が無邪気に問いかけると、平塚は一瞬だけ視線を泳がせ、不自然に咳払いをした。

 

「う、うむ。あれだ……。し、仕事だ」

 

 その瞬間、八幡の電子頭脳に搭載された表情解析機能が火を噴いた。瞳孔の揺らぎ、発汗量、声のピッチの微細な変化を冷静に分析する。

 

【解析結果:虚偽の可能性 100%】

 

 あまりに純度の高い嘘に、八幡は思わず顔を引き攣らせた。

めっちゃ言い淀んでいるし、大して暖房も強くないのに脂汗をかいている。しかし、結衣は一片の曇りもない目で平塚を見つめていた。

 

「へー、大変ですね。せっかくのクリスマスなのに」

「うっ、ぐぬっ……。う、うん、まあ仕事だからな……。生徒指導の一環だ。冬休みではしゃいで問題を起こされても困るからな。い、いやー、まいったなー。仕事でプライベートがあれだからなー。近頃じゃ夕食の話題でさえ仕事に汚されていてなー。あっはっはっはっ……」

「先生、目が笑ってない……」

 

 平塚の空虚な笑い声が響く中、隣の戸塚が怯えたような目で彼女を見ていた。

 ひとしきり笑い声を上げると、平塚の中で何かが吹っ切れたのか、不意に賢者タイムのような冷静さを取り戻す。

 

「……で、私は仕事なわけだが、君たちはどうしたんだ?」

「あたしたち、これからパーティーしようと思ってその買い物に。あ、そうだ、先生もよかったらどうですか?」

 

 結衣の屈託のない誘いに、平塚は腕を組み、瞑目して考えるふりをした。

 

「ふむ。……まあ、あまり羽目を外されてもなんだ。少しお邪魔しようかな。……どうせ予定もないし……」

 

 最後の方の、消え入りそうな小声の付け足しに、小町が首を捻る。

 

「仕事はどこ行っちゃったんですかねー……」

「よせ、小町。聞いてやるな」

 

 八幡はそっと妹の肩を掴んで制した。幸い、平塚の耳には届かなかったのか、彼女は一転してウキウキとした様子で棚を漁り始める。

 

「そうと決まれば、俄然楽しくなってきたな! ほら見ろ、比企谷! 楽しいおもちゃがたくさんあるぞー!」

 

 その豹変ぶりを見て、雪乃がぽつりと呟いた。

 

「急に元気になったわね……」

「開き直っちゃったんだろうなぁ……」

 

 八幡も同意する。まあ、切り替えが早いのはいいことだ。プラスに解釈しようとしていると、平塚は棚から次々と商品を引っ張り出しては、眩しいほどの笑顔をこちらに向けてきた。

 

「男の子はいつだって、銀河の彼方にある夢を追いかける生き物なんだよ……」

 

 そんな平塚先生の言葉が聞こえてきそうなほど、トイザらスの模型コーナーは熱気に包まれていた。

 

「ほら、比企谷、宇宙戦艦ヤマトのブラックタイガーだぞ。こっちにはキャプテン・ハーロックのアルカディア号、それにトチローのデス・シャドウ号なんてのもあるぞ。うーん懐かしいなー。やっぱりロマンだよなー」

 

 プラモの箱を手に取り、瞳を少年のように輝かせる平塚先生。そのラインナップは、感性的には八幡たち男子組に近いものがあったせいか、材木座も猛然と食いつく。

 

「おおっ見ろ八幡! 1/1スケールのコスモドラグーンがあるとは!! これでおまえも宇宙をさすらう戦士になれるぞ!」

「ああ、そうだな。お前、体型的にはトチローっぽいもんな。池袋あたりをうろつく戦士(笑)にはなれるんじゃないか?」

 

 材木座の丸っこいフォルムを眺めながらニヤッと言う八幡に、戸塚が横からひょこっと顔を出して微笑みかけた。

 

「あ、そういえばヤマトってちょっと前にリメイクされたんだよねー。僕はどっちかっていうと999派だけど……」

「……そうだな、俺も999は……好きだ。最高だ」

 

 戸塚がメーテルのような黒いコートと帽子に身を包んでいる姿を脳内メモリに秒速でレンダリングし、デレっとする八幡。当然、鉄郎のポジションは譲る気はない。メーテルはいつだって男の子の青春の幻影なのだ。たとえ隣にいるのが「男の娘」だったとしても。

 

 一方、女子組はというと、少し離れた安全圏から防護服越しにウイルスを見るような冷めた視線を送っていた。

 

「……はぁ、男子ってそういうの好きだよねー。ていうかちょっと話が古くてわかんないし」

「男の子はいつまでたっても男の子ですから。呆れを通り越して、もはや保護者目線になりますよねー」

 

 溜息をつく結衣を、小町が慣れた手つきで宥める。その横では雪乃が、未だにプラモを熱く語る引率の大人を見て首を傾げていた。

 

「平塚先生もそこに混ざっているのはなぜなのかしらね……。あの人のプライベートが心配だわ」

(……いや、雪ノ下さん。この世には不思議なことなど何もないのだよ。平塚先生は平塚先生なのだから)

 

 そんな悟りを開きながら、八幡はわりと本気でプラモが欲しくなってきた。特にこの、アナライザーのプラモ。このチャーミングなフォルム、俺の自室の殺風景な棚に彩りを与えてくれるんじゃないか?

 にやりと嫌な笑みを浮かべて手を伸ばそうとすると、結衣がパンパンと手を叩きながら強引に割って入ってきた。

 

「はい、ダメダメ。誰に行くかわかんないプレゼントなんだから! ヒッキーも中二も、もっとちゃんと考えろし!」

「むっ、そうか……」

「ぐぬぬ、定めの風に吹かれたか……」

 

 鋭い一喝を受け、八幡と材木座はおとなしくプラモを棚に戻した。ならば、もっと一般受けする別の松本零士作品を……と、再び手を伸ばそうとした八幡の手首を結衣がピシッと叩く。

 

「はい、選び直し! プレゼントは一人ひとつまでっ!」

「お前は俺の母ちゃんかよ……」

 

 遠巻きに男子組の惨状を見ていた小町が、うーんと少し考えてからポンと手を打った。

 

「兄たちに付き合ってると、いつまで経っても買い物が終わりそうにないですから、ここからは一旦自由行動でいいですかね?」

「うん、そのほうがいいかもね」

 

 戸塚が同意すると、結衣も「はいっ!」と元気に手を挙げる。

 

「さんせー! じゃあ、それぞれ買い終わったら、1階のケーキ屋さんの前に集合ね」

「ええ、ではまた後で」

 

 雪乃の言葉を合図に、一行は三々五々に散っていった。

 さて、俺もプレゼントを選ぶとするか……。

 八幡は、去っていく結衣の背中を見送りながら思った。

 

 

 




今日はあと一回投稿する予定です
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