——エイトマン・リボーン—— 比企谷8幡は鋼鉄の夢を見るか   作:りかるど

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今日はここまでです
また来週


第六十九話:そして宴の幕は上がる

 

 トイザらスを出た後、八幡は人混みの波に身を任せながら、ショッピングモール内をあてもなくふらふらと歩いていた。

 巨大な吹き抜けを見上げれば、そこには巨大なクリスマスツリー。フロアには数多のショップが軒を連ねているが、店先をちらっと覗いてみても、いまいちピンとくるものがない。

 

(……というか、店に一歩足を踏み入れた瞬間に店員さんが光速で接近してくるの、どうにかならんのか)

「何かお探しですかー?」という笑顔の包囲網。エイトマンの索敵機能(対人恐怖症的直感)が働き、八幡はそのたびに、まるで追われる指名手配犯のような挙動で店を後にしていた。

 ようやく、店員が遠巻きに様子を伺うだけの、放置主義を掲げた雑貨屋に逃げ込むことができた。しかし、自由を手に入れた代償に、今度は「何を選べばいいか」という根本的な問題が八幡の前に立ちはだかる。

 

「しかし、プレゼント選びって言われてもな……。これ、誰に当たるかわかんないんだよなぁ。誰にとっても邪魔じゃなくて、かつそれなりに役に立つもの、か……」

 

 ぶつぶつと独り言(八幡の標準的な思考出力プロセス)を言いながら、棚の前で考えをまとめていると、音もなく背後に立つ気配があった。

 

「ふっふっふっ、お困りのようですな」

「おお、小町か。まあ、実際困ってはいるな」

 

 振り返ると、そこには腕を組み、仁王立ちで不敵な笑みを浮かべる小町がいた。彼女はぴっと人差し指を立てて、迷える兄に教えを説く。

 

「こういうときは『消え物』がいいよ、お兄ちゃん」

「消え物?」

「うん。形に残らないほうが重くないし。処分にも困らないじゃん」

「お、おう……。処分するの前提なのか……」

(こいつ、なんでたまにさらっと怖いことを言うんだろうな……)

 

 だが、八幡の論理回路はその言葉を即座に「合理的」と判断した。つまり、使えば消費されるもの。お菓子、紅茶、あるいはちょっとした日用品。確かに小町の言う通り、受け取った側の精神的コスト(重荷)は最小限で済む。

納得して頷く八幡に、小町はなおも追撃の手を緩めない。

 

「身に着ける系もなんかちょっと重いよねー。アクセサリーとか高いやつとかー」

「怖い……。実の妹が俺に『女の顔(深淵)』を見せてくる……。まあ、わかった。その方針でちょっと探してみるわ」

「うん、頑張って。じゃ、また後でね!」

 

 小町は満足げに頷くと、自分もお目当てのものがあるのか、人混みの中へとタタッと駆けて行った。その場に残された八幡は、軽く手を上げて妹を見送り、頭をガシガシと掻く。

 

「身に着けるものは重い、ね。まあ、そりゃそうだよなぁ……」

 

 重いものなんて贈られる側だって困る。それは、今の俺たちのような、危うい均衡の上に成り立つ関係性なら尚更だ。

 

「さて、探すかー。戸塚が喜びそうなものー、戸塚が喜びそうなものーっと……」

 

 八幡は気合いを入れ直すと、消え物という指針を胸に、手近なバスグッズの棚へと視線を移した。

 

 店内には木製のアロマディフューザーや、意匠を凝らした食器、あるいは使い道のよく分からない多国籍な小物たちが並んでいる。品揃えとしては申し分ないのだが、選択肢の多さは時に人を無力にする。八幡は今、まさにその「選択の迷宮」で立ち往生していた。

 

「あー……、何買ったもんかなぁ……。さっきから探し回っているが、何がいいのかぜんぜんわからん……」

 

 誰に当たるか不明なプレゼント。戸塚なら、雪ノ下なら、由比ヶ浜なら……。そんなシミュレーションを繰り返すほどに、正解のルートが霧の向こうに消えていく。そんな八幡の独り言を拾うように、棚の向こうから聞き馴染みのある声が届いた。

 

「あ、ヒッキー。ヒッキーもこの雑貨屋さんで探してるの?」

「ん、由比ヶ浜か。ああ、まあ、俺からするとどこからどこまでが雑貨に入るのかよくわかんないんだけどな」

 

 八幡は手に取っていた、用途不明なアジアンテイストの置物をそっと棚に戻した。すると、それを見ていた結衣がトコトコと隣にやってきて、可笑しそうに苦笑する。

 

「うーん、確かに結構何でもありだったりするから、難しいかもね……」

「『何でもあり』ってのは、実質的に『何もない』のと同じだからな。人によって定義が変わるものって、後々絶対ろくなことにならないんだよ」

 

 プレゼントに限らず、共通認識の取れていないプロジェクトはいつだって破綻の種だ。こういう時こそ、グランドデザインを明確にしたWin-Winのイノベーションが必要なのではないだろうか。いかん、思考の意識が不必要に高くなっている。

 そんな八幡の内心の毒づきを知ってか知らずか、結衣は人差し指を突っつき合わせながら、考え考え、言葉を繋いだ。

 

「そんなに難しく考えなくてもいいじゃん。ほら、大事なのは気持ちっていうか……、これなら喜んでくれるかな、って考えてくれたんだなぁっていう気持ちが、一番嬉しいわけで。……だから、何でもいいんだよ」

 

 結衣はふんわりと微笑む。その言葉は温かく、正論のように聞こえる。けれど、八幡は思う。

 

(……気持ち、か)

 

 伝わらない気持ちや、プロトコル(通信規約)の合わない想いに、どれだけの価値があるだろうか。相手の受信機が対応していない信号を送っても、それはただのノイズとして消えてしまう。気持ちがあればいいという考えは、時に独りよがりな押し付けになりはしないだろうか。

 そんな冷めた思考を抱えながらも、八幡は結衣の隣で、彼女が選ぶ「気持ち」の詰まった雑貨たちを眺めていた。

 八幡はふっと短いため息を吐いた。

 

「『何でもいい』が一番困るんだよなぁ……。それにさ、お前、実際プラモとか貰ったらちょっと困るだろ」

言うと、結衣はぱちぱちっと何度か瞬きをしてから、困ったようにちょっと目を逸らす。

「あー……。いや、それは、まあ、ちょっと……。どう思われてるのかな、って心配にはなっちゃう、かも」

「だろ? わざわざ贈り物をした相手に気を遣わせるのもなんだしな。そうなると、いやでも真剣に選ぶことになる」

 

 渡したときに、一瞬の間が空いてから「……あ、ありがとー」とか無理矢理テンションを上げたふうに言われた日には、たぶん死にたくなってしまう。そんな最悪のシミュレーションを思い描いてしまい、げっそりしながら棚を漁っていると、結衣がふっと笑みをこぼした。

 

「ヒッキーって、変なとこ真面目なんだから……。それじゃ、あたしももうちょっと真剣に選ぼうかなーっと」

「おう、そうしとけ。誰に当たるかわかんないもんだしな」

「そうだよね」

 

 言いながら、二人は食器だの小物だのを手にしては棚に戻す。その静かなやり取りの中、結衣が意を決したように、少しだけ言いづらそうに口を開いた。

 

「…………でも、当たるといいな。その、あたしの誕生日のお返し、ヒッキーにちゃんとできてなかったし……」

「え?」

 

 問い返して、それがいったい何のことを指していたか、八幡の脳内メモリが即座に検索を実行する。もうずいぶんと前のように感じるが、たかだか半年前のことだ。雪乃と一緒に贈った、あの誕生日プレゼントのことを言っているのだろう。けれど、あの時は誕生日にかこつけて、ただただ自分の手前勝手な感傷を清算するための贈り物だった気がする。

 

「あー、いや、あれはそういうもんでもないから気にすんな。もともとこっちからのお返しのつもりなんだ。お返しにお返ししてたら、いつまでたっても終わらん」

 

 たぶん、これも手前勝手な理論なのだと思う。けれど、他の論理を今はまだ持ち合わせていないから、こういう言い方しかできない。

けれど、結衣は八幡のほうを見るでもなく、そっと囁くように言った。

 

「終わらなくても、いいと思うけど……」

 

 そのなにげない一言が、八幡の心臓の奥底にトゲのように引っかかる。

 

「……そう、かもな」

「……うん」

 

 お互い、つい黙ってしまった。

 

「終わらない関係」なんて、これまでの人生で一度も想像できたことがない。それはたぶん夢想とか幻想とか、あるいは理想とかいう「無いもの」であって、きっと現実にありえるものではないのだ。

 綺麗であればあるぶんだけ、それは維持するのが苦しくて。八幡は結衣に返せる言葉を見つけられなかった。

 そんな沈黙を、由比ヶ浜が明るい笑顔で自ら破る。

 

「あ、そうだ。もうすぐね、ゆきのんの誕生日なんだ」

「そういや、そんな話聞いたな」

 

 細かい日にちまでは知らないが、確か冬だったはずだ。結衣は棚から何かを取っては、それをすぐに戻す。そんなことを何度か繰り返してから、ちらりと八幡を見た。

 

「あたしの誕生日のときってさ、プレゼント、ゆきのんと三人で買いに行ったよね」

「ああ」

 

 結衣は一度、気のない返事をすると、手にしていた雑貨をことりと棚に置き、そのままじっと棚を見つめていた。

 

「じゃ、今度はあたしと、つ、付き合って、ほしいな……。その、買い物……」

 

 八幡も視線を棚にやり、さっきまで結衣が手にしていた雑貨をなんとなく手に取ってみる。買い物、ということであれば、特に断る理由もない。と思う。

 いつだか一緒に出掛ける約束をしていたが、それとはまたちょっと違うはずだ。これについては、もう少しだけ気楽に考えてもいいのかもしれない。

 ひっそりと、誰にも気づかれないようなため息を吐いて、八幡は顔を上げた。

 

「ん……。買い物、な……。まあ、ただの買い物なら別にいつでも」

「うん……」

 

 結衣は短い返事をして、ちょっと困ったように顔を逸らす。その視線の先に雪乃がいることに気づいた。雪乃もまた、この店にプレゼントを選びに来たらしい。

 

「あ、ゆきのんだ。じゃ、この話はまた今度ね。おーい、ゆきのーん!」

 

 口早にそう告げると、結衣は雪乃のもとへぱたぱたと駆け寄っていった。その背中を見送りながら、八幡は肺に溜まっていた熱い空気をそっと吐き出す。

 

「あら、由比ヶ浜さんに比企谷くん」

 

 振り返った雪乃の肩に、結衣が親しげに手を乗せた。その距離感は、この数ヶ月で積み上げられた確かな時間を物語っている。

 

「ゆきのん。もう何買うか決まった?」

「いえ、まだよ。小町さんにいろいろアドバイスを貰っていたのだけれど……」

「その割には、小町の姿が見えないけど……」

 

 八幡が周囲を見渡しながら尋ねると、雪乃が静かにフロアの一角を指差した。

 

「小町さんなら、そこよ」

 

 指し示された方向を見ると、そこには「人をダメにする」という触れ込みで有名な巨大なビーズクッションが展示されていた。そして、その上に埋もれるようにして、小町が極楽浄土にでも辿り着いたかのような表情でまったりと沈み込んでいる。

 

「……おい。何やってんだ、お前は」

「あ、お兄ちゃん。いやー、これすごいよ。小町がダメになっちゃう。……でもね、お兄ちゃん」

 

 小町はゆっくりと、未練がましそうにソファから立ち上がりながら、ニヤリと意味深な笑みを浮かべた。そして、八幡と結衣の間を交互に見やりながら、とんでもないことを口にする。

 

「小町は人をダメにするソファより、お兄ちゃんをダメにする奥さんが欲しいなー、なんて。ね、結衣さん?」

「へっ!? え、え、いや、そのー、あたしは、えっと……」

 

 不意打ちを食らった結衣が、顔を真っ赤にして口をパクパクとさせる。言葉にならない動揺が、目に見えるほどの熱量となって彼女を包み込んだ。

 かたや、雪乃はといえば、そんな小町の邪悪なアピールを一蹴するように鼻で笑った。

 

「小町さん、残念だけどその願いが叶うことはないでしょうね。比企谷くんには無理よ」

「えー、そうですかー。小町しょんぼり。早く誰かに引き継ぎたいのに……」

(おい、最近お前、お兄ちゃんを処分しようとしすぎじゃないか? もうちょっと兄離れは遅くてもいいんですけどね、小町さん……)

 

 雪乃が小町の無駄なアピールを鮮やかに打ち切ってくれたことには感謝するが、その「無理よ」という断定の速さには若干の納得がいかない八幡であった。

 すると雪乃は、すぐ傍にあった同じ素材の小さなクッションを手に取り、その感触を確かめるように撫でさすってから、満足げに頷いた。

 

「このサイズでも、猫には充分よね。ね? 比企谷くん」

「……お前の判断基準、完全に猫中心になってるな。……まあ、考えとく。俺、他にもいろいろ見てくるわ」

 

 これ以上ここにいると、実家の猫のためにクッションを買わされた挙句、財布のライフポイントまで削られかねない。八幡は適当に言葉を濁して、その場を辞することにした。

 

「うん、じゃあ、また後でね!」

 

 結衣たちに見送られる形で、八幡は再び人混みの中へと足を踏み出した。

 

 

──

 

 

 ショッピングモールを出た後、八幡たちは結衣の案内に従い、駅前にある馴染みのカラオケルームへとやってきた。通された部屋は少し広めで、持ち込みの荷物を置くと一気に「秘密基地」のような趣きになる。

 

「はい、みんな持った? せーのっ!」

 

 結衣の小さな掛け声を合図に、一斉に音と光が弾けた。

 パパパンッ!!

 

「メリークリスマース!」

 

 カラフルなテープが宙を舞い、クラッカーの乾いた音が室内に響き渡る。続いてシャンメリーの栓が小気味よく抜かれ、グラスが軽く触れ合う。皆がそれぞれの表情で、この「聖夜」の始まりを祝っていた。

 一方で、八幡はチキンを口に運びながら、どこか落ち着かない様子で部屋を見渡す。

 

「で、なんでまたカラオケなんだ……?」

「えー、だってゆきのんちだと、あんまりうるさくすると苦情来ちゃうじゃん。ここならケーキとかも持ち込めるし、ね?」

 

 皿を並べながら答える結衣の言葉に、八幡は「や、まあ、別にいいんだけどさ……」と、それ以上の追求を止めた。確かに、このメンバーで雪ノ下のマンションに押し寄せるのは、色々な意味でリスクが高い。

 

「はい、八幡。チキンもあるよ」

「おお、サンキュ」

 

 隣の戸塚から回ってきた皿を受け取る。向かいでは平塚先生が、まるでお正月のような晴れやかさで自分と材木座のグラスにシャンメリーを注いでいた。

 

「八幡、肉はいい。肉はいいぞ……。揚げ物は戦士の心を癒してくれる……」

「まあ、飲め飲め。シャンメリーだけどな、ガハハ!」

 

 材木座が至福の表情でチキンを頬張り、平塚先生が上機嫌にお酌をする。

 チキンを食べ、ケーキを分け合い、グラスを傾けながら他愛もない話に興じる。誰もがこの瞬間を楽しんでいる。だが、八幡の脳内にある理屈っぽさが、ふとした瞬間に首をもたげた。

 

(……待てよ。これが本当にクリスマスなのか?)

 

 一度生まれた疑問は、八幡の中で無視できないノイズとなって膨らんでいく。彼はゆっくりとグラスを置き、氷の音をカランと鳴らした。

 

「なぁ、ちょっといいか……」

「なにー?」

 

 ケーキを口いっぱいに頬張っていた結衣が、不思議そうにこちらを向く。八幡は彼女の曇りのない瞳を見つめ、静かに問いかけた。

 

「これって……誕生日会とか、部活の打ち上げとかと何が違うんだ?」

「えっ」

 

 結衣の動きが、彫像のように止まった。

 

「いや、ほら。場所はまたカラオケだし、飯食って、ケーキ食って、乾杯して……。これが『クリスマスの正しい過ごし方』でいいのか? 正直、ただウェイウェイやってるのと大差ない気がして、今、俺のアイデンティティが激しく揺らぎそうなんだが」

「そ、それはえっとー……」

 

 言葉に詰まった結衣が、助けを求めるように視線を泳がせる。その先にいた小町が、これ以上ないほど嫌そうな顔をして言い放った。

 

「めんどくさっ! お兄ちゃんめんどくさっ!!」

「……全くだわ。誕生日会と何が違うのか、私まで気になり始めてしまったじゃない」

「はっ! まずい、めんどくさいのが雪ノ下さんにまで伝染してるっ!!」

 

 空気が一気に「比企谷化」しかけたその時、戸塚がパッと顔を輝かせて手を叩いた。

「あ、でも、ほら! 八幡、プレゼント交換があるよ! こういうのって、すごくクリスマスっぽいよね」

「おおっ、それもそうか!」

 

 八幡は即座に納得した。誕生日なら主役に贈るだけだが、「交換」という相互の儀式は確かにクリスマス特有のものだ。

「ナーイス! 戸塚さんナーイス! というわけで、プレゼントこーかーん! はい、皆さん、真ん中のテーブルに集めますよー!」

 

 小町の号令により、停滞しかけた空気は一気に華やかなイベントへと塗り替えられていった。

 

「はい、これでいいかな」

 

 戸塚をはじめ、皆が小町のテキパキとした指示に従い、色とりどりの包みをテーブルの中央へと並べていく。プレゼントが出揃ったことを確認すると、小町が満足げに頷いた。

 

「オッケーです! じゃあ混ぜますよー」

「シャッフルタアアアアアイムッ!」

 

 材木座の無駄に気合の入った咆哮を合図に、小町がプレゼントをぐるぐるとランダムに混ぜ合わせ、交換のルールを説明し始めた。

 

「いいですかー? これから音楽をかけて、止まったところで手元にあるプレゼントをゲットでーす。あとはまあ、空気読みながらやっていきましょう」

「……この子、いろいろ気を遣う割にときどき説明がすごく雑よね」

 

 雪乃の至極真っ当な指摘に、八幡も心中で同意する。初心者に優しくない仕様は、格ゲーなら速攻で過疎化するパターンだ。

 

「まあ、やってみたほうが早かろう。では、音楽スタートだ!」

 

 平塚先生がリモコンを操作すると、カラオケのスピーカーからパーティー用の陽気なメロディが流れ出した。

 途端、それまで賑やかだった部屋に奇妙な静寂が訪れる。全員が無言で、回ってきた包みを右から左へと機械的に受け渡していく。その光景は、どこかシュールな宗教儀式のようでもあった。

 

「……この妙な沈黙は何なのかしら」

「なんか、思ってるよりすげー地味だな……。なあ由比ヶ浜、こういうもんなのか?」

「う、うーん……。まあ、だいたいこんな感じ、かなぁ。案外クリスマスっぽいことのほうが、盛り上がらなかったりするんだよね」

 

 結衣の少し残念そうな言葉と同時に、ブツリと音楽が途切れた。

 

「はーい、じゃあ、まずはお兄ちゃんのプレゼントから開けてこー!」

 

 小町に指名され、八幡は目の前に置かれた無骨な銀色のラッピングを手に取った。丁寧に……というよりは、爆発物でも扱うような慎重さで包装を解いていく。

 

「俺からか。どれどれ……。おっ、これって……USBフラッシュメモリか」

「げふこんげふこんおこぽーん。どうやら我からのプレゼントのようだな」

妙な咳払い(?)をしながら材木座が名乗り出る。八幡は意外さに目を丸くした。

「おお、材木座からなのか。お前これ、普通に超実用的じゃねぇかよ。どうしたんだいったい」

 

 あの材木座が、他人の役に立つものをチョイスした。その奇跡に戦慄すら覚える八幡だったが、材木座は眼鏡をくいっと押し上げ、不敵な笑みを浮かべた。

「心配するな、八幡。ちゃんとプロットと設定資料は既に入れてある!」

「……どうしよう、それ、物理的に粉砕したいぐらいにいらねぇ」

「ふははははっ! 冬休み中にばっちり読み込んで、感想を送るがよい! さて、我のプレゼントは誰からかなーっと!」

 

 絶望する八幡をよそに、材木座は自分の前の包みをガサガサと開け始めた。

 

「お、な、ななんとなんとっ! これは、クッションではないかっ!」

 

 材木座の手には、ふにゃりとした独特の質感を持つクッションが握られていた。それを見た結衣が声を上げる。

 

「あ、さっきの『人をダメにするシリーズ』のやつだ!」

「ということは、比企谷くんからのプレゼントかしら?」

「ああ。さすがにソファはデカいし高いしで手が出なかったから、クッションのほうをな」

 

 雪乃の問いに答えつつ、八幡は材木座の反応を伺う。材木座はクッションをポムポムと叩き、具合を確かめていた。

 

「うむ、なかなかよいな。今日からはこれを抱いて寝ることとしよう」

「よせ、やめろ、気持ち悪い」

 

 制止など聞こえていない様子で、材木座は早速そのクッションを横に置き、頭を預けた。

 

「どれ、少し試してみるか……。お? うぬぬ……こ、これはっ!」

 

 材木座がカッ! と目を見開く。

 

「まったりと絡みつく温かさと、ぬるふおわっとした柔らかさがはにゃあっと形を変化させ、体にフィットして……。あ、我、もう、これダメ……。おおおおちいいいいてええゆううくううううううううう! ……がくっ」

 

 そのまま、材木座のシステムが強制シャットダウンされたように沈黙が訪れた。

 

「……おお、材木座が静かになった。便利だな、このクッション」

 

 静まり返った室内で、八幡は改めて「人をダメにする」技術の恐ろしさを再確認するのだった。

 一人眠りに落ちてしまった材木座をよそに、プレゼント交換はさらに進んでいく。

 

「えっと、じゃあ次は平塚先生、行ってみましょうか!」

 

 小町に指名され、平塚先生が「うむ」と頷きを返して、手元のプレゼントを手に取る。

 

「なかなか可愛らしいラッピングだな……。んーっと、お、ハンドクリームか」

 

 いったい誰の贈り物やらと先生が視線を巡らせると、戸塚があ、と小さく口を開いた。

 

「あ、はい。今の時期って乾燥するので……。それにシアバターも配合されてて、すごくしっとりですよ。僕も部活のときによく使ってるんです」

「さ、さいちゃん、すごい……」

「圧倒的な女子力です……」

 

 結衣と小町が戦慄する。無論、平塚先生の衝撃はそれどころの騒ぎではなかった。

 

「そうか、これが女子力……。私もこのハンドクリームを使えば身につくのかなぁ……。はぁ、うるおい、欲しいなぁ……。かっさかさだもんなぁ、私……」

 

 平塚先生は「かっさかさ、かっさかさ」とうわごとのように繰り返す。そのあまりに切実な呟きに、部屋の空気までかっさかさに乾いていく気がした。それを敏感に感じ取り、小町が慌てて話題を切り出した。

 

「はっ! しまった! また空気がめんどくさくなった! さー、次は小町ですよー! おっ、なんだかおしゃれラッピング……。中身はー、あ、紅茶の茶葉ですね。ということは雪乃さんからだ!」

 

 包みの中には、洗練された四角い缶。部室でも見かけた覚えのある、雪乃行きつけのブランドのものだ。小町に当てられ、雪乃が穏やかに微笑み返す。

 

「ええ。あまり癖のない定番どころを見繕ってみたのだけれど……。ただ……」

「ただ?」

 

 小町が先を促すと、雪乃はちらりと八幡に視線を向けた。

 

「小町さんも、やっぱりコーヒー派だったりするのかしらと思って」

 

 言われてみれば、八幡は電子頭脳の冷却用として、日に5本以上はMAXコーヒーをキメている。部室でも常に缶を手にしているため、妹の小町も日常的にコーヒーを飲んでいるのでは、と雪乃が心配するのも無理はない。

 が、それは杞憂というものだ。小町は嬉しそうに紅茶の缶を胸に抱きしめる。

 

「いえ、そんなことないですよ! まあ、普段は兄に合わせて飲むことも多いですけど。でもでも、むしろこれを機に、兄ともども紅茶に目覚めちゃったりして! エレガント比企谷兄妹ですよ!」

「うむ。自分の趣味が広がっていくのもプレゼントをもらう楽しみだな」

 

 ハンドクリームを塗りながら平塚先生が言うと、小町もうんうんと頷く。

 

「そうですよね! じゃあじゃあ、雪乃さんもプレゼント開けてみましょうか」

「そうね」

 

 雪乃が目の前の包みに手を伸ばすと、結衣が「あ!」と、ぱあっと顔を輝かせた。

 

「それあたしのだー!」

「あら、これはバスソルトかしら。パッケージも可愛い……、由比ヶ浜さんらしいわね。素敵だと思うわ」

「でしょ! これね、スクラブとして使ってもいいんだよ!」

「……なんかすげー女子っぽい会話だな……」

 

 雪乃と結衣がキャピキャピと盛り上がっているのを傍らで眺めつつ、八幡がそんなことを思っていると、平塚先生が「ぱしっ」と自分の膝を打った。

 

「しまった、バスソルトか……。由比ヶ浜とちょっと被ってしまったな……」

「え、先生がそんなお洒落なものを?」

 

 意外すぎて八幡が問い返すと、平塚先生は「あいたー」とばかりに額を押さえる。

 

「ああ、まさか現役女子高生とセンスが被ってしまうとはなー。いやー、まいった、まいったなー」

(……この人、めっちゃ嬉しそうなんだが)

 

「先生のセンスが若い」という事実に悦に入っている平塚先生の視線の先には、戸塚が手にしているプレゼントがあった。結衣がその包みに、キラキラとした好奇心の瞳を向ける。

 

「えー、どんなのだろ、超気になる! さいちゃん、開けてみようよ」

 

 結衣の促しに、戸塚が「うん。開けてみるね……」と、比較的簡素な包みを丁寧に解いていく。そこには、お洒落なバスグッズを期待していた場の空気を一変させる、ででんとした大きな箱が鎮座していた。

 箱の表面に躍る文字を見た結衣は、「えーっと……」と戸惑いを隠せない。

 

「温泉の素詰め合わせ……」

「確かにバスソルトと系統は似ているわね。……なのに、何かが決定的に違うわ」

 

 雪乃がこめかみを押さえながら、その圧倒的な「家庭感」に眩暈を覚えたように呟く。小町もコメントに窮したようで、苦笑いを浮かべた。

 

「うーん、女子……というよりは、……お、おば、おっ、大人な感じですねっ!」

「うっ……。すごく、気を遣われているのが分かってしまう……」

 

 平塚先生がぐぬっと呻いて崩れ落ちそうになった瞬間、戸塚がぱあっと花が綻ぶような笑顔を浮かべた。

 

「でも、僕温泉好きだからすごく嬉しいです! これで毎日、旅行気分になれるね」

 

 その天使の微笑みに、沈みかけた空気は一気に救い出された。八幡も心の中で(戸塚が喜んでるなら正解なんだよ……)と深く頷く。

 

「う、うんっ……。まあ、男子的にはこっちの方が嬉しいよな」

「だ、だろー? 君たちにはまだ早いが、長風呂の後のビールとか最高に気持ちいいぞ!」

 

 平塚先生が即座に持ち直し、やたらと男前なアドバイスを送る。その様子を見ていた小町が、ポツリと悲しげに漏らした。

 

「小町、先生が結婚できない理由がなんとなーく分かりました。そこらの男性よりよっぽど男らしいからなんですねー……」

「……否定できないのが辛いな」

 

 八幡が同意すると、先生は「やかましい!」と照れ隠しの声を上げた。

 

「じゃあ、最後はあたしだね!」

 

 結衣が自分の前に置かれた、可愛らしくラッピングされたプレゼントに手を伸ばす。

 

「ということは、小町からのプレゼントですね!」

「小町ちゃんからのかー。なんだろ、すっごい気になる。開けていい?」

「どうぞどうぞ!」

 

 小町に勧められ、結衣が包みを解くと、中から爽やかで甘い香りがふわりと立ち上がった。

 

「あ、石鹸だー! ありがと!! これ、今すごい人気のやつなんだよねー」

「そうなんですよ! 小町も使ってるんですけど、香りも超いい感じですよ!」

 

 ほう、と八幡は感心する。女子同士のプレゼント交換というのは、なるほど「ジ・女の子」という感じの華やかさがある。だが、ふとある違和感が彼の思考回路にノイズを走らせた。

 

「……あれ? お前、そんな石鹸使ってたのか。そのわりに家で見たことないんだけど」

「ああ、うん。小町がお風呂入るときだけ持ってってるの。お父さんとお兄ちゃんに使われたらやじゃん? なんかキモいし」

 

キモい。

 

 その容赦ない三文字の弾丸が、八幡の鋼のハートを滅多刺しにした。

 

「ええっ……、そ、その言い方ひどくない? お兄ちゃん、今ちょっとショック受けたよ……」

「比企谷くん、顔が死んでるわよ……。まあ、自業自得ね」

 

 雪乃にまで追い打ちをかけられ、八幡が本気でヘコみながらチキンの骨を見つめていると、結衣が何かを思いついたようにパン! と手を叩いた。

 

「そうだっ。ゆきのん、これ今日一緒に使ってみようよ。ほら、さっきのバスソルトも! 超楽しみ!」

 

 結衣が名案を思いついたとばかりに声を弾ませる。

 

「……それは構わないけれど。え? まさか、一緒に入る気じゃないわよね?」

 

 雪乃の戸惑いを含んだ問いに、結衣は「え? でも、そうしないと一緒に使えないし……」と、これまた至極当然のように首を傾げた。

 

 八幡の超電子頭脳は、その瞬間、禁断の領域へと足を踏み入れてしまう。湯気の中に浮かぶ美少女二人のシルエット。あまりにも高精度なレンダリングが、ありもしない光景を網膜に映し出した。

 

(おい待て、それは……八幡的に、というか生物学的に非常に危ない光景だろ……)

 

「おい、百合ヶ浜……間違えた、由比ヶ浜。そういう話は帰ってからやれ、帰ってから。……なんか、ほら、……アレだから」

 

「アレ」という極めて曖昧な、しかし「男子的に限界である」というニュアンスを含んだ言葉に、結衣は最初こそきょとんとしていたが、やがてその言葉の意味を察したのか、頬が瞬く間に朱に染まっていった。

 

「…………あ、う、うん」

「由比ヶ浜さんのバカ……」

 

 雪乃が消え入りそうな小声で、顔を伏せながら呟く。そんな真っ赤な顔をして言われると、八幡まで恥ずかしくなってくるというものだ。それを小町がニコニコとした慈愛に満ちた(あるいは邪悪な)笑顔で見守っているのが、居心地をさらに悪くさせる。

 

「ゲフンゲフンモルスア……。ふーむ、目が覚めたらいつの間にやらおかしな空気になっておるぞ……?」

「あ、中二さん、今起きたんですねー。もうちょっと、あと三百年くらい寝てても良かったんですけどねー」

 

 起き上がって不思議そうに首を捻る材木座に、小町がうふふと意味深な毒を吐く。材木座の再起動によって、密室を支配していた妙な熱気は、少しだけ平熱へと戻っていった。

 ともあれ、今回のメインイベントともいえるプレゼント交換は無事終了した。あとは何をすればいいのだろうか。

 

「プレゼント交換、終わっちゃったなー……。もうクリスマス要素、残ってないんだけど」

 

 八幡の呟きに、結衣も小町も「むむっ」と考える。そして、小町がパッと顔を上げた。

 

「はっ! クリスマスといえばクリスマスソングですよ!」

「そ、それだあっ!」

 

 小町の提案に結衣が力強く賛同すると、二人は一気に盛り上がりを見せる。

 

「むしろもう、他に思いつかないレベルです!」

 

 小町が鼻息荒くこくこくと頷く。一方で、「歌えばクリスマスっぽくなるのかしら……」と、雪乃だけが懐疑的な様子で眉根を寄せていた。

 

「クリスマスソングって印象的なのが多いし、聴くだけでもそんな気分になるよね」

 

 戸塚が穏やかにフォローを入れると、材木座も何故か深く感銘を受けたように腕を組んだ。

 

「左様。主題歌というのはその作品の顔ともいえる。まさにフェイスソングッ! 歌が描き出す情景というのもあるものだ」

 

 材木座がなんだかいいことを言って一人で納得しているが、向かいに座っている平塚先生はもう、既に出来上がっている様子だった。お酒はないはずなのだが、完全に行事の雰囲気に酔っている。

 

「お、なんだ歌うのか。いいぞー、歌え歌え! 君たちが歌わないなら、私が『シングルベル』を熱唱しちゃうぞー!」

「平塚先生、本当に酔っているのかしら……」

 

 雪乃が呆れたように溜息をつくが、そんな平塚先生の勢いに当てられたのか、結衣がマイクを握って勢いよく立ち上がった。

 

「はいっ!! 由比ヶ浜結衣、歌います! ……ほら、ゆきのんも!」

「え、ちょっ、なぜ私まで……」

 

 結衣からマイクを差し出され、雪乃は最初こそ全力で拒否の姿勢を見せた。しかし、一切の曇りがない結衣の「ニッコリ笑顔」の圧力に屈し、しぶしぶといった手つきでマイクを受け取った。

 

「ウェーイ!」

 

 小町が二人の門出(?)を祝うように、シャカシャカと激しくタンバリンを打ち鳴らす。

 イントロが流れ始めると、それまでの喧騒が嘘のように、室内が澄んだ空気へと塗り替えられていった。

 結衣の明るく弾むような歌声と、雪乃の透き通った涼やかな歌声。二人の声が重なり合い、不揃いだったハーモニーが、カラオケルームの安っぽいスピーカーを通して「特別」な音へと変わっていく。

 

(……まあ、こんな機会でもなければ、あの二人のクリスマスソングなんて聴けやしないからな)

 

 八幡は背もたれに体を預け、二人の背中を見つめた。

 賑やかで、少し面倒くさくて、けれど温かい。

 これが自分たちらしいクリスマスの過ごし方といえなくもない、かもな。

 

 

 ──八幡の電子頭脳(自意識)が、そんな肯定的なログを静かに記録していった。

 

 

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