——エイトマン・リボーン—— 比企谷8幡は鋼鉄の夢を見るか   作:りかるど

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最後に少し投稿します


幕間:紅い想い

 

 一二月の夜風は冷たいけれど、並んで歩いていれば、不思議と寒さは気にならなかった。

 駅前を彩るきらきらしたイルミネーション。その光の粒を横目に、あたしたちはゆっくり、ゆっくりと三人の歩調を合わせて歩く。

 

 今日が、このまま終わらなければいいのに。

 

 心のどこかでそう願ってみるけれど、カレンダーの一二月二五日には終わりの時間が決まっている。どんなに楽しくても、パーティーは幕を閉じ、今はもう帰る時間だった。

 夜が深まり、人通りが疎らになってくると、あれほど鮮やかだったクリスマスカラーの街も、舞台裏の早着替えみたいにその姿を変えていく。

 近くのショッピングモールでは、作業服を着た人たちが慌ただしく動き回り、ディスプレイや看板を次々と片付けていた。

 

 クリスマスセールは年末セールに。

 緑のツリーは、凛とした門松に。

 白い雪だるまは、丸い鏡餅に。

 そして、サンタクロースのおじいちゃんは、いつの間にか七福神の見知らぬおじいちゃんたちに入れ替わっていく。

 ひとつひとつを比べれば、どこか似ているものばかりなのに、明日には全然違うものになってしまう。その移ろいの速さが、なんだか変な気分だった。

 

 そんな、どこか落ち着かない空気の中、あたしたちは駅前を離れて雪乃のマンションへと向かっていた。

 通り道にある広い公園は、遮るものがないせいで冷たい風が容赦なく吹き抜けていく。

 点在するベンチでは、カップルたちが顔を寄せ合い、内緒話をするみたいに小声で何かを囁き合っていた。

 あの人たちはきっと、周りなんて見えていないし、自分たちも見られていないと思っているんだろう。けれど、ベンチのすぐそばに立つ街灯がスポットライトのように二人を照らしていて、あたしにはそれがはっきり見えてしまう。

 なんだか変に気まずくて、あたしはわざとらしいくらいに「ぐーっ」と背伸びをした。無理やり顔を逸らし、夜空に向かって独り言みたいに呟く。

 

「んー、歌った歌った……」

 

 明るく、ちょっとおバカっぽい言い方。けれど、あたしの少し後ろからは、いつも通りのダルそうで皮肉げな声が返ってきた。

 

「結局、途中からただのカラオケになってたな……」

 

 半身で振り返ると、彼は案の定、口の端をひん曲げて呆れたようなため息を吐いている。

 けれど、その死んだ魚みたいな目は、いつもよりずっと優しかった。

 その眼差しを見て、「ああ、そっか。ヒッキーも楽しかったんだな」って思うと、あたしは頬が緩みそうになる。それを誤魔化すように、笑い交じりに声を詰まらせた。

 

「い、いいじゃん。楽しかったんだし」

 ぽしょぽしょと、言い訳みたいに小声で返していると、隣を歩く彼女が心配そうに首を傾げた。

 

「けれど、これで小町さんたちにはちゃんと御礼になっているのかしら……」

「まあ、楽しんでたみたいだし、いいんじゃねぇの」

 

 彼が興味なさそうに、そっけなく言う。そのくせ、口元は満足げに綻んでいた。

 

(ほんと、この人、小町ちゃんのこと好きすぎる……)

 

 そんな彼の様子を見ていたら、あたしもつい笑ってしまった。

 

「うん、だといいなぁ……」

 

 ちょっぴりしんみりした気分で言った後、あたしはあることに気づいた。

 

「あ、でもヒッキー、こっち来てよかったの? 別に小町ちゃんに言われたからって、あたしたちを送らなくてもよかったのに」

「そうね。私の家はすぐそこなのだし」

 

 彼女が、小道の先に高く伸びるタワーマンションを見上げた。夜の闇にそびえ立つそこは、お値段と同じくらい敷居も高く、そして駅からも近い。わざわざ送ってもらうような距離ではないんだけど。

 

「……まあ、ケーキとか荷物もあるしな。これくらいは別にいいよ」

 

 彼は肩を竦めるようにして、両手に抱えた袋をちょっと持ち上げた。その無骨な優しさに、雪乃が安心したような微笑みを零す。

 

「そう。それは助かるけれど……ケーキも余ってしまったし……」

 

 雪乃がヒッキーの手元にあるケーキの箱を、少し憂鬱そうに見つめた。

 サービスで三つも貰ってしまったけれど、さすがに多すぎだったかもしれない。みんなで二つまでは食べたものの、最後の一つは箱から出すことすらできなかった。

 結局、押し付けられるみたいにしてあたしたちが貰ってきちゃったけど、この感じだと、あたしが一人で食べることになりそう。想像したら、ちょっと楽しみになってきた。

 

「でもでも、一つまるまるあるのっていいよね! 夢だったの、ホール丸かじりっ!」

 

 砂糖菓子のサンタさんも、チョコのプレートも、全部ひとり占め。

 

 

 ──そう、全部、ひとり占めにしたい。

 

 

 頭の中にザザッと浮かんだ黒い思いを、あたしは慌てて振り払った。

 頬を押さえて夢見心地を装うあたしに、彼女がしらっとした視線を向けてくる。

 

「本当に食べられるのならいいけれど……。あれ、結構苦しいわよ」

「……試したことあるのかよ」

 

 彼がげんなりした様子で突っ込むと、雪乃はハッとして、恥ずかしそうに口元をモニョつかせ、ふいっと顔を背けた。

 あたしはそれを見て、くすくす笑ってしまう。

 いつもは大人びているのに、たまにすごく幼い姿を見せるのが、可愛くて。

 機械の体を持っていても、誰よりもそんな「人間らしさ」を持っている彼のことが、あたしにはとても微笑ましく思えた。

 

 あたしだけが知っている、大切な彼の秘密──。

 

 話をしているうちに公園を通り過ぎ、大通りに出た。横断歩道を渡れば、すぐそこに彼女のマンションがそびえ立っている。

 

「あ、ゆきのんち」

「比企谷くん、もうこの辺りでいいわ」

 

 横断歩道の手前で、あたしたちは足を止めた。振り返ると、彼は壊れ物を扱うような、恐る恐るした慎重な手つきでケーキの箱を差し出してくる。

 

「そうか。じゃあ、これ、ケーキな」

「はーい」

 

 あたしも、中身を揺らしたりしないように大事に受け取った。

けれど、荷物を手放して空になったはずの彼の両手は、まだ空中を泳いでいる。何かを悩むように、迷うように、そわそわと動いて、ようやく肩から吊るしたサコッシュへと伸びた。

 そして、やっぱり慎重な手つきで、恐る恐る何かを取り出す。

 

「…………あと、ついでにこれも持って帰ってくれないか」

 

 彼の手に握られていたのは、可愛らしくラッピングされた二つの包みだった。控えめにかけられた細いリボンのおかげで、それが「プレゼント」なんだってすぐにわかる。

 照れ交じりの咳払いをして、彼はぐいっとその包みをあたしたちに突き出した。

 あたしはちょっとびっくりしてしまって、「ありがとう」の言葉がすぐに出てこなかった。それは彼女も同じだったのか、ぽけっと口を開けて、不思議そうに彼の手元を見つめている。

 意外っていうか、嬉しいっていうか、驚いたっていうか……。なにその渡し方、変なの。っていうか、めっちゃ照れてるのちょっとウケる、っていうか。

 とにかく色んな思いが頭の中を駆け巡りながら、あたしはその包みを受け取った。

 

「これって……クリスマスプレゼント?」

「私と、由比ヶ浜さん、それぞれに、あるのね」

 

 彼女が驚いたみたいに、小さく息を吐く。

 あたしたちがあんまりじっくり見つめるせいで、彼はこそっと視線を逸らした。

 

「…………まあ、クリスマスだから」

 

そして、めっちゃ早口で何かをぶつぶつと言い始めた。

 

「タイミング的にもちょうどいい機会だったから、まあ、物のついでって言ったら言い方悪いが……、だからまあ、クリスマスプレゼントだな」

 

 勝手に何かを納得して、一人でめっちゃ頷いているけれど、まともに聞き取れたのは最初だけで、あとはごにょごにょ言及していてさっぱりわからなかった。

 でも、とにかく彼がめちゃめちゃ照れていることだけははっきりと伝わってきて、あたしと彼女は顔を見合わせ、くすりと微笑みを交わす。

 

「……開けても、いいのかしら」

「ん、まあ」

 

 彼女が戸惑い気味に聞くと、彼は相変わらずそっぽを向いたまま、曖昧な返事をする。

 けれど、あたしたちは彼のそんな言い方にはもう慣れているから。躊躇うことなく、そのリボンをしゅるりと解いた。

 包み紙もリボンも、大切な贈り物だって知っているから。ゆっくり丁寧に、時間をかけて、あたしたちは包みを開けた。

 そして、手の中に現れたプレゼントを見て、あたしと彼女は小さく息を呑んだ。

 

「わぁ……」

「シュシュね……」

 

 笑みを含んだ彼女の声に、彼は安心したみたいなため息を吐いた。どんな反応をされるのか、本当はすごく不安だったのかもしれない。そんな心配、しなくていいと思うけど。

 あたしは掌に載せたシュシュをきゅっと握りしめる。

 淡い色合いのシュシュは、ふわふわ、ふかふか。まるで降り積もったばかりの雪みたいに柔らかくて、優しい雰囲気を纏っていた。

 ちょっと気になって、ちらって隣を見ると、彼女は小鳥とかひよことか、あるいは小さなハムスターでも持つときみたいに、両手で大事そうに包み込んでいる。その手の中にあるのは、あたしのと同じデザインのシュシュだ。

 

「あたしとゆきのん、お揃いだね!」

 

 言うと、彼女もちらってあたしのシュシュを見て、頷いた。けれど、すぐに「うん?」って、ちょっとだけ首を傾げる。

 

「由比ヶ浜さんがブルーで、私が、ピンク? ……なんだか逆のような気がするけれど」

 

 暗がりの中であんまり見えなかったっていうか、人のプレゼントをまじまじ見るのはなんだか気が引けて、さっきまではちょっとしか見ていなかったけれど。よくよく見たら、確かに二人の色は入れ替わっていた。

 言われてみれば、あたしが自分で選ぶ色はだいたいピンク系が多くて、彼女が選ぶ色はモノトーンとか寒色系が多い。

 

 ……もしかして、渡す相手を間違えちゃった?

 

 なんて、一瞬だけ思いかけたけれど、そんなわけないってすぐに思い直す。

 こういう時、彼はすっごく慎重にちゃんと準備して、なんだったらちょっと気持ち悪いくらいに、渡し方とかタイミングとかを考えるタイプのはずだから。スマートに渡せるように、家で練習していてもおかしくない感じ。いや、それはやっぱりおかしいけど。ていうか、全然スマートじゃなかったけど。

 だから、これには彼なりの考えが、きっとあるんだなってわかる。

 

「いや、それでいい、と俺は思うんだが……」

 

 彼は別に説明なんかしてくれない。

 でも、なんとなく。

 なんとなくだけど、あたしにはちょっとだけわかる気がした。

 もし言葉で説明されたら、逆にわかんなくなっちゃうような話。あたしと彼女の関係とか、あたしたち三人の関係に、どこか似ている。

 それはきっと、隣の彼女もわかっているんだと思う。

 

「そう……」

 

 彼女はそれ以上聞くことなく、ただ静かにそう言って、掌のシュシュから顔を上げると、柔らかに微笑んだ。

 

「御礼、というならありがたくいただくことにするわ」

「うん、ヒッキー、……ありがとね。大事にする」

 

 あたしもさっき言い損ねてしまっていた言葉をはっきり口にして、言葉よりもちゃんと伝えようと、そのシュシュをぎゅっと抱きしめる。

 

「ああ。まあ、扱い方は任せるけど……」

 

 照れくささを誤魔化すみたいに口早に言って、彼はそっと目を逸らした。あたしもちょっと恥ずかしくなって、お団子髪をくしくしいじりながら、こそっと視線を外す。

 ちらっと視界に入った歩行者信号が、青色に変わる。それをきっかけにしたみたいに、彼はひらと手を上げた。

 

「じゃ、じゃあ、またな」

「う、うん、またね! ……おやすみなさい」

 

 あたしと彼女は頷き合って、静かに歩き始めた。

 けれど、嬉しいとか恥ずかしいとか、色んな気持ちがいっぱいあって、気づくとちょっと早足になってしまう。手の中のシュシュみたいに、足元までちょっとふわふわしている気分。

 少し火照った頬に、一二月の冷たい夜風が気持ちよかった。

 その風はあたしのマフラーをはためかせ、隣を歩く彼女の長い黒髪も靡かせる。街灯の光を返すくらいにつやつやと艶めく彼女の髪が、ほんの一瞬、ふわって広がった。

 すると、彼女は髪を押さえて、足を止める。

 細くて長い指先でそっと髪を梳きながら、大事そうに握りしめていたままのシュシュを見ると、彼女は照れくさそうに口元をモニョつかせた。

そして、長い髪をしゅるりと手櫛でまとめた。少し慌てているのか、普段の彼女よりもちょっぴり雑に、あたふたしながら。

 最後に手元のシュシュでくるりと結ぶと、バランスを気にするみたいに毛先を二、三度撫でる。

 その姿に、あたしはつい見惚れてしまった。

 イルミネーションみたいに、ちかちか、ちかちかと点滅する信号に照らされて、「これで大丈夫かな」「おかしくないかな」って、悩むような、照れるような彼女の表情は。

 今までで一番可愛くて、その薄いピンクが、ものすごく似合っていた。

 オレンジの街灯の下でもはっきりわかるくらいに色づいた頬を気にしたのか、彼女は一度だけ、そっと口元を撫でる。

 そして、目を瞑って気持ちを落ち着かせるように小さく、小さく息を吐くと、くるりと後ろを振り向いた。

 

「比企谷くん」

 

 その声は、いつもと同じトーンだった。

 大人っぽくて、冷静で、凛とした涼やかな声。

けれど、そうやって普段通りに呼びかけるために、彼女はいくつも、いくつも手順を重ねている。

 それが可愛らしくて、いじらしくて、微笑ましくて、あたしはつい見守ってしまっていた。

 彼女が彼を呼ぶ声は、決して大きくはなかったけれど、他に人通りもない密やかな夜の街では十分だったみたい。

 彼はゆっくりと、半身で振り返る。横断歩道の真ん中で立ち尽くす彼女を見て、驚いたみたいだった。

 

 

 ──その時の彼の顔は、いつものような死んだような目ではなくて。

 ──彼女を見る時だけ戻る、少年のような澄んだ目。

 ──あたしには、決して見せてくれない顔。

 

 

 目が合うと、彼女はひとつにまとめ直した髪をそっと撫でる。ピンクのシュシュがゆらと揺れて、彼の瞳がそれを追う。

 彼女は髪を撫でていた手を止めると、静かに息を吸った。

 

「……メリークリスマス」

 

 腕を上げればいいのか下げればいいのか困ったみたいに、胸の前で止めて、中途半端に開いた掌をそっと左右に振る。

 おやすみとか、ありがとうとか、またねとか、そんなたくさんの言葉の代わりに、彼女は一言そう言った。

 

「お、おお。……メリークリスマス」

 

 彼はぽけーっとしていたけれど、はっと気づいて、すぐに顎の先だけで二、三度頷いてそう返す。

 他になんの言葉もなかったけれど、それ以上は必要ないみたいに、彼女はくすって微笑むと、急ぎ足で戻ってくる。

 冷たい風が吹きつけているわけでもないのに、マフラーを口元まであげて。その頬を覆い隠しながら。

 彼女が渡り終えると、点滅していた信号がふっと赤く色づく。

「お待たせ」とか「全然」とか、そんな何でもないやり取りをほとんど無意識にしながら、あたしはもう引き返せない横断歩道の向こうを見る。

 彼は見守るように、見送るように、見届けるように、ちょっとけだるげで所在なさげに佇んでいた。

 

 あたしも、何か言ったほうが良かったかなって、ちょっとだけ後悔してしまった。

 

 横断歩道の向こう側とこっち側は、別に大して離れてるわけじゃないから、大きな声で言えばきっと届くはず。

 でも、あれ以上の言葉なんてすぐには思いつかないから。

 だから、あたしは腕を上げて、ひらりと大きく手を振った。手首にはめた薄いブルーは、夜に紛れて見えないかもしれないけど。

 彼が小さく頷きを返してくるのを見てから、彼女と並んで歩き出す。

 

 一二月の夜風はやっぱり冷たくて、ちくちく刺すように痛い。

 

 あたしは気づかないうちに、寒さを紛らわすように身を竦ませて、左手にはめたシュシュをきゅっと握りしめていた。

 

 

 

 

──

 

 

 気づいてしまった。

 ずっと昔から、自分が気づいていたことに、気づいてしまった。

 もしかしたらそうなのかなって。

 たぶんそうなんだろうなって。

 思っていたくせに、わかっていたくせに。

 聞くことも、言うことも、確かめることも、諦めることもしていなかった自分に気づいてしまった。

 気づいてしまったら、もう知らない振りなんてできない。

 引き返せないし、踏み出せない。目を逸らすこともできない。

 だけど、もう気づいてしまった。

 

 

 

──ずっと前から、好きだったんだ

 

 

 

 

 ザーーーーッと頭に激しいノイズが走る。

 

 一瞬、視界が紅く染まったような気がして、あたしは思わず足元を凝視した。

 

 

 ──それで、あなたはどうしたいの?

 

 

 あたしではない『私』の声が、耳のすぐ傍で囁いたような気がした。

 

 

 ──あなたは、彼をどうしたいの?

 

 

 ……あたし、は……

   あたしは、

 

 

 ──あたしは、彼が、ほしい。

 

 

「由比ヶ浜さん?」

 

 隣を歩く彼女の声で、ハッと、我に返った。

 

「大丈夫? 少し、疲れているようだけれど……」

「あ……。う、ううん、平気平気!!」

 

 さっき頭に浮かんだ『想い』を無理やり振り払う。

 けど、振り払えば振り払うほど、その想いは熱を帯びて、どんどん強く、ハッキリとしていくのがわかる。

 

 彼が、ほしい。

 彼女に向けるような、彼のあの澄んだ視線がほしい。

 彼女に向けるような、彼のあどけない想いがほしい。

 

 

 

 ──彼が、彼女にそうするように。

 ──彼に、愛されたい。

 

 

 

 あたしの心にある、小さな灯のような想いがどんどん大きくなって、全身を灼いていく。

 けれどあたしは、その痛いくらいの熱さを……

 

 

 とても、心地よく感じていた。

 

 

 信号が赤に変わる。

 隣を歩く雪乃の髪で揺れるピンクのシュシュを見つめながら、私は自分の左手首にあるブルーを、もう一度強く握りしめた。

 胸の奥で響くノイズは、もう止まらない。

 加速する鼓動。

 心地よい熱。

 

「メリークリスマス、ヒッキー」

 

 もう届かない距離にいる彼に向けて、私は声に出さずに呟いた。

 

 

 ──結衣の瞳が、街灯の光を吸い込んで一瞬だけ紅く、そして深く沈んだことに、隣を歩く親友も、去り行く彼も、まだ誰も気づいていなかった。

 




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