——エイトマン・リボーン—— 比企谷8幡は鋼鉄の夢を見るか   作:りかるど

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サイボーグ009とは関係ありません



第九十一話:戦鬼たち

 

 完全修復を遂げたエイトマンの前に立ち塞がる、六人の鋼鉄の戦鬼たち。夕闇が迫る墓地の重苦しい空気の中で、その中から一際大柄なサイボーグが、駆動音を荒々しく響かせながら前に進み出た。

 赤と黒の不気味なツートンカラーに彩られたその機体は、ズシンと重々しく地面を踏み鳴らしてエイトマンを見下ろす。先ほど八幡に向けて躊躇なくナイフを投げつけて寄こした、あの巨漢に間違いなさそうだった。

 

「そいつがNo.08のボディか。データで見るより、ずいぶんとヒョロっちいんだな?」

 

 巨漢のサイボーグは合成音声の混じる耳障りな声で、目の前のエイトマンを傲然と嘲笑した。

 

「No.08じゃない。エイトマンだ」

 

 エイトマンは静かに、しかし断固としたトーンでそう告げた。

 言い終わると同時、エイトマンの脚部スラスターが瞬時に爆発的な推進力を生み出す。ゼロ距離へと一気に肉薄し、その勢いのまま重いストレートを大柄なサイボーグのボディへと叩き込んだ。

 

 ガギィィィンッ!!!

 

 鈍く硬質な金属衝突音が墓地一帯に響き渡り、赤と黒の巨体が派手に後方へと吹き飛んでいく。

 エイトマンはその手応えに溺れることなく、すぐさま周囲に展開する他のサイボーグたちへと視線を走らせた。一瞬の隙も与えない連撃。着地と同時に、最も近くに潜んでいた別の一体へと手刀を繰り出す。

 しかし、標的となったサイボーグは優れた反応速度を見せ、バックステップの回避行動をとってエイトマンの間合いから綺麗に飛び退いた。

 

(チッ、反応が速いな……)

 

 大きく後退した敵に向かい、即座に追撃へ移ろうと移動の姿勢をとったエイトマンだったが、その背後から信じがたい声が鼓膜に届いた。

 

「なんだぁ? 今のカスみてぇな攻撃はよぉ」

「何……?」

 

 エイトマンのメインカメラが捉えたのは、先ほど直撃を喰らって吹き飛んだはずの、あの巨躯のサイボーグの姿だった。

 男はまるで何事もなかったかのように、埃を払う動作をしながら、ムクリと起き上がってきたのだった。

エイトマンは、立ち上がる男の姿を見て、思わず動きを止めた。メインカメラが捉えるその巨躯には、直撃したはずの胸部に僅かな拳の跡が残っているに過ぎない。

 

(頑丈だな。今のあの一撃、確実にコアを捉えたはず……)

 

 その動揺を見逃すほど、敵は甘くはなかった。先ほど手刀を回避したサイボーグが、エイトマンの硬直を好機と捉え、烈風を伴う強烈な蹴りを繰り出す。

 

 ガギィッッ!!

 

「ちっ……!」

 

 咄嗟に両腕で顔面をガードしたエイトマンだったが、衝撃を殺しきれず、大きく後方へと弾かれた。土煙を上げながら後退し、なんとか元の位置に着地する。

 

(ダメージ0……。本当に効いてないのか?)

 

 視覚センサーが直前の攻撃結果を分析し、相手に全くダメージが通じていないことを無情に表示していた。

 

「おまえのチンケな攻撃など、効くわけねぇだろうが! ボケが!」

 

 胸部の拳痕を無造作に撫でつけながら、巨漢のサイボーグは、金属製の拳をギリギリと鳴らし、嘲笑と共に前に出る。

 

「俺たちは軍から選りすぐられたエリートサイボーグ部隊なんだぞ? パワー、スピード、全てが最新の戦闘データに基づいて設計された『最新型』よ」

「最新型……。その性能とボディ形状、アメリカ製か」

「その通りだ。おまえのような試作段階の出来損ない風情が敵う相手じゃねぇんだよ」

 

 得意げに笑う男に対し、エイトマンは冷静に状況分析を続ける。

 

(米軍の最新型か……。確かに、俺がロールアウトしたのは約二年前だ)

 

 いくらこの身体が谷博士の最高傑作といえど、サイボーグの技術進歩は凄まじい。二年も経てば、型落ちのロートルと言われてもおかしくはない。最新ゲームも数年経てばワゴンセール行きも珍しくないのだ。そういえば、某狩猟ゲームの新作は一年経たずにワゴン行きしたっけ……等、余計な思考を挟みつつ、相手のスペックを観測する。

 

「005! 何をモタモタしている」

 

 その時、控えていた別のサイボーグが、痺れを切らしたように声を上げた。手刀を避けた、あの反応速度の速い一体だ。

 

「無駄話はするな……。とっととそいつをスクラップにして回収するぞ」

「うるさい! リーダーは俺だ! 偉そうに指図するんじゃねぇ!!」

 

 005と呼ばれた巨漢が顔を大きく歪ませて怒鳴った。その声には、凄まじい苛立ちが混じっている。彼はエイトマンを睨みつけると、拳を大きく振り上げ、明らかに『パワー』を溜めているように、ギリギリと音を鳴らし始めた。

 

「──オラァアアアアア!!!」

 

 そして、溜めに溜めたパワーを一気に真下に向け解放した。

 

 ドガァアアアアアン!!!

 

 005の拳が地面に叩きつけられた瞬間、衝撃波が地盤を爆砕し、凄まじい爆音が墓場全体に鳴り響いた。

 激しく舞い上がる土煙。その視界不良の闇を切り裂くようにして、ゴウッと勢いよく音を立てて拳を振りかぶる005が目前に迫る。

 

「食らいなぁ!!!」

「チィッ……!!」

 

 エイトマンは短く舌打ちし、その直撃を紙一重のところで回避した。

 避けた先にある大きな墓石を、005は一切減速することなく粉砕していく。まるで装甲車だ。立ち塞がるあらゆる障害物を力任せに木っ端微塵にしながら、エイトマンを容赦なく追い詰めていく。

 

「自己紹介がまだだったな小僧!! 俺は005。殺人機械(マーダー・マシン)と呼ばれた男よ!!」

「碌でもないあだ名だな。デブと呼んだ方がわかりやすいんじゃないか?」

「抜かせ!!!」

 

 エイトマンの憎たらしい軽口を歯牙にもかけず、005は両手を固く組んだハンマー撃ちをお見舞いする。

 再び間一髪でそれを横へと避けると、今度は彼がいた場所の地面が、クレーターを作るかのように爆砕した。

 

「なんなの、アイツ……。普通じゃない、イカれてる……」

 

 別の墓石の陰に身を隠していた沙希は、物陰からその光景を見守りながら、思わず戦慄の声をこぼした。

 これまで彼女が目にしてきたサイボーグ──エイトマンやサイボーグ・01(ケン)のようなスマートな前例と比べると、あの005という男からは、知的な印象が微塵も感じられなかった。

 ただ相手を完全に破壊することだけを目的とした、極めて危険な存在。それが沙希の抱いた、005に対する率直な印象だった。

 

(そうだ。装甲とパワーに特化した近接戦闘型。それがこいつの最大の特徴……。シンプルイズベストと言ったところか)

 

 沙希と同様に、エイトマンもまた激しい猛攻を捌きながら冷静に005を分析していた。さらに言えば、自分を確実に仕留めるための刺客ならば、当然、あの能力も搭載されている可能性が高い。

 油断のならない相手だった。これ以上沙希の近くで戦うわけにはいかない。

 

「No.08! 相手は005だけではないぞ」

 

 その時、これまで戦況を静観していた残りのサイボーグたちが一斉に不気味な駆動音を響かせた。

 エイトマンの予想通り、六人の戦鬼たちは各自一斉に『加速装置』を起動。その姿が陽炎のようにブレ、超高速移動を開始する。

 

(超音速移動、開始(スタート)!!)

 

 エイトマンもほぼ同時に胸のスイッチを点火し、超音速へと加速して迎え撃つ。

 次の瞬間、七人全員が同時に音速の壁を突破した。衝撃波が空気を激しく揺らし、彼らは常人には視認すら不可能な、神速の超高速戦闘へと身を投じた。

 

 

──

 

 

(始まった……。今、アイツが戦ってる)

 

 古い墓石の陰に深く身を潜めながら、川崎沙希はただ息を呑むことしかできなかった。

 さっきまで目の前にいたはずのエイトマンも、そして彼を包囲していた不気味な男たちも、すでにその姿はどこにもない。いや、いないのではなく、生身の人間である沙希の目では、もう彼らの動きを捉えることが不可能なのだ。

 

 ドガァアアン!

 

 空気そのものが強引に引き裂かれ、爆発するような凄まじい衝撃音が、墓地のあちこちから時間差を置いて五月雨式に鳴り響く。

 時折、空間が不自然に歪み、火花のような鋭い閃光の残影がパチパチと走るだけ。そこは完全に常識を超えた、神速の超常世界だった。

 

(とにかく……下手に動いたら絶対に巻き添えを食う。大人しくここにいるしかない……)

 

 沙希は砂埃が舞う中で自分の身体をできるだけ小さく丸め、その場にじっと留まった。鋼鉄の怪物が音速で激突し合う戦場において、生身の肉体など掠っただけでも容易く消し飛んでしまう。恐怖がなかったわけではない。だが、それ以上に彼女の意識を引きつけていたのは、その異常空間の中に響き渡る「音」だった。

 

 ──キィィィィィィィィィィィィィン……

 

 激しい金属音や地面の爆砕音が乱れ飛ぶ中で、一際切れ味の鋭い、高音の旋律が静かに耳の奥へと滑り込んでくる。

 

(この音……アイツだ……)

 

 沙希はその甲高い音の響きを、はっきりと記憶していた。

初めて出会ったあの日の夜から、自分の危機に、あるいは誰かのピンチに、何度も何度も空気を切り裂いて駆けつけてくれた、あの独自の移動音。

 周囲で鳴り響く他のサイボーグたちの鈍く重苦しい駆動音とは、根本的に違っていた。アイツの発する音だけは、誰よりも鋭く、そして、どこまでも綺麗だった。

 吹き荒れる衝撃波の風に髪をなびかせながら、沙希の胸の内にすとんと、揺るぎない確信が落ちてくる。

 

 たとえ相手が何人いようが、どれほど最新の性能を誇っていようが、そんなものは関係ない。この世界を切り裂くような鋭さと美しさが、何よりも雄弁に物語っていた。

 

 ──アイツが、エイトマンが負けるはずがない、と。

 

 沙希は確かな信頼をその目に宿し、音速の嵐の向こうにいる鋼鉄の背中を見つめ続けた。

 

 

──

 

 

 超音速戦闘の極限状態において、通常の電波や音声による通信手段は意味をなさない。エイトマンが使用するフォノン・メーザーのように、サイボーグ同士の高速通信は特殊な超高周波装置を用いて行われる。常人の数千数万分の一という、果てしなく引き延ばされた時間の隙間で、信じられないほどの情報量と会話の応酬が交わされていた。

 

「こいつがNo.08の実力か? 噂ほどではないな!」

 

 包囲網を形成する一人が、戦闘行動の最中でありながら余裕を崩さずに超高速通信を飛ばしてくる。それを皮切りに、八幡の脳内へ次々と侮蔑のノイズが叩き込まれた。

 

「005の言う通り、ただの型落ちのロートルか」

「データによれば雷を放ち、竜巻さえ起こすとあるが、とても信じられんな」

「全くだ。あまりにも低レベルな戦闘力だ」

「ウオーッ! 俺がブッ潰してやる!!」

 

 次々と自身に対する容赦のない悪口雑言が浴びせられる。だが、この程度の陰口や罵倒に今さら参るほど、比企谷八幡の精神は柔にはできていない。中学時代から全方位の拒絶をグラビティのごとく浴び続けてきた男だ。今更サイボーグにディスられたところで、心へのダメージは皆無に等しかった。

 

 ──だが。流石にこれだけ言われっぱなしというのも、それはそれで最高にムカつくものがあった。

 

(勝手なことばかり言いやがって。……低レベルだぁ?)

「そういうセリフは──俺をブッちぎってから言え!!」

 

 その低レベルとやらのスピードがどういうものか、身を以て教えてやろうではないか。ここまで超音速の檻の中で交戦し、敵六体の機動データを収集・分析した結果、すでに電子頭脳は明確な解答を導き出していた。

 

 少なくとも、ここにいる最新型を気取る連中は──エイトマンのトップスピードより遥かに遅い。

 

極超音速移動(ハイパーソニックムーブメント)開始(スタート)!!」

 

 極超音速移動装置を起動。エイトマンの胸部に宿る超小型原子炉が唸りをあげ、その出力と速度を瞬間的に引き上げる。

 

「何ぃッ!?」

 

 驚愕の通信すら置き去りにして、前方を走る一人のサイボーグに対し、黒い旋風と化したエイトマンが一瞬で追いつき、その背後へと肉薄した。

瞬時加速(ハイパーアクセラレーション)』──ただでさえ超音速を得意とするエイトマンが、その汎用速度であるマッハ2.3から極超音速移動へと移行した時、約3.7倍以上の加速によって、その速度は瞬間的にマッハ8.5まで上昇する。

 

 あまりの加速の鋭さに、光学センサーや目視に頼る相手の視界からは、エイトマンの機体が文字通り『消えた』ように錯覚してしまうのだ。単純にベースの最高速度を引き上げるより、実戦においては遥かに効果的な戦術だった。

 だが、エイトマンの猛攻は単なる加速だけに留まらない。

 

 ガギィンッッ!!

 

「があっ!?!?」

 

 標的となったサイボーグは、地面の砕ける硬質な音を聞くと同時に、自身の身体が上下逆さまに、縦に猛回転していることに気づいた。だが、気づくのが遅すぎた。

 エイトマンが放った極超音速のキックは、確実に『超音速移動中の』サイボーグの軸足を捉え、完璧に転ばせていた。超音速を維持したままバランスを崩した 物体が、そのまま地面に接触すればどうなるか。結果は自明だった。

 

 ズギャガガガガガガガガガ!!!

 

 一瞬で激しい火花と金属粉を撒き散らし、地面を深く削りながら、そのサイボーグは制御を失った弾丸となって墓地の外壁へと激突した。

 

「002!……クソッ!!」

 

 仲間の悲痛な叫びも虚しく、もうもうと煙を上げて転がる002と呼ばれたサイボーグの側に、エイトマンが音もなく現れた。そして、転がるその装甲を、爪先で軽く蹴飛ばした。

 

「安心しろ。加減はしてある、死んじゃいねぇよ」

 

 その双眸は蒼白く発光している。どうやら、エイトマンとしての『慣らし運転』は、今ここで完全に終了したようだった。

 

「二体同時にかかれ!!」

 

 一対一の格闘戦では不利と瞬時に悟ったサイボーグたちが、連携して同時にエイトマンへと襲いかかる。しかし、その二体が再び超音速移動に移行しようとしたその瞬間こそが、エイトマンにとっては狙い澄ました最大のデッドスポットだった。

 音速の壁──すなわち『ベイパーコーン』を突破して超音速の領域へと突入するまさにその瞬間、機体表面にかかる空気抵抗と衝撃波の急変により、あらゆる物体の挙動は最も不安定な状態になる。

 

 ズバァアアアアアアア!!

 

 エイトマンはその一瞬の隙を見逃さず、両腕の兵装からプラズマ・シューターを発射した。激しい紫電の奔流が、防護の甘くなった二体のボディに直撃する。

 

「ぐああああ!?」

「ば、バカな!?」

 

 移行期の極めて不安定だった挙動が、プラズマの強烈な熱量と電磁負荷によって一気に均衡を崩される。制御を完全に失った二体は、まるで凧の糸が切れたかのように、あらぬ方向へと派手に吹き飛んでいった。

 

「超音速移動を甘く見たツケだ」

 

 黒煙を上げて転がる敵を見下ろし、エイトマンは短く呟いた。

 エイトマンは、この超音速移動という技術が孕む本当の恐ろしさを誰よりも、熟知していた。

 周囲からはいとも容易くマッハの世界を縦横無尽に駆けているように見えるかもしれない。だが実際は、常に自壊のリスクという綱渡りを強いられながら行使しているのだ。剛体と化した見えない空気の壁を抉るたびに、身体のフレームは悲鳴のような軋みを上げ、相手よりコンマ数ミリでも有利な位置を奪うために、電子頭脳は限界を超えた超並列演算を強いられる。

 さらに、空気摩擦によって体表温度は瞬時に数百度を超え、わずかな挙動のミス、コンマ一秒の判断の迷いがそのまま自らを滅ぼす致命傷となる。超音速はエイトマンにとって最大の武器であると同時に、自らを滅ぼす諸刃の剣でもあるのだ。

 

 その致命的なリスクを最小限に留め、彼に超高速戦闘の権利をもたらしているもの──。

 それこそが、谷博士によって計算され尽くしたボディ表面の空気の流れの制御、完璧な流体力学によって生み出された『エアロ効果』に他ならなかった。芸術的なまでに滑らかなボディ形状こそが、彼を極限の摩擦から守り、最新型すら圧倒する神速の駆動を可能にしているのだ。

 

「捕まえたぞ! No.08!!」

 

 プラズマの強烈な放出を終え、エイトマンが両腕を下げようとしたまさにその刹那だった。背後の死角から躍り出た影が、強引にその身体を組み伏せる。

残っていたサイボーグの一体が背後から飛びかかり、羽交締めの形でエイトマンの上半身をガッチリと固めていた。

 

「よし、006! そのままNo.08を抑えろ!」

「やれ! 001!!」

 

 超高速通信のノイズが脳内で交差する。エイトマンは超合金のフレームを軋ませて抵抗するが、サイボーグのパワーで完全に対策され、上半身の自由を奪われては思うように身動きが取れない。相手も任務を遂行するために必死ということだろう。

 そう考えている間にも、前方から001と呼ばれたサイボーグが、直線軌道で猛然と肉薄してくるのが見えた。

 

(上半身が動かせないが──それだけだ)

 

 エイトマンは瞬時に思考を切り替えると、自由になっている右脚に爆発的な駆動エネルギーを充填した。

 

 ゴッッ!!!

 

 思い切り地面を蹴り抜く。超強力な脚力によって前方に向かって爆散した砂利や小石が、極超音速の慣性を乗せて、迫り来る001の前面に文字通り『鋼鉄の壁』として展開された。

 

 ズドドドドドドド!!!

 

「う、ぐぁああああ!?」

 

 金属を猛然と叩く凄まじい打撃音が連続して響き渡ると同時に、全身を蜂の巣にされた001が糸の切れた人形のように崩れ落ちた。

 たとえ小さく軽い小石であっても、超加速中の高速移動時に正面衝突すれば、その相対速度によって機関銃の弾丸と同等、あるいはそれ以上の破壊力を持つ。空中に浮かぶ砂利と小石は、超音速の世界においては正しく最悪の即席トラップとして機能したのだ。

 

 気がつけば、あれほど傲然としていた敵の部隊も、残るサイボーグは005と、背後で拘束を続ける006のみとなった。

 

「くっ、どうなってる!? 最新型のサイボーグたちが、手も足も出ずに一瞬でやられただと……!?」

 

 006の声に、明らかな動揺と恐怖のノイズが混じる。未だ羽交締めされながらも、エイトマンは極めて冷徹に、論理的な結論を述べた。

 

「性能に対して練度が低い。それだけだ」

「何だと!?」

「ドッグファイトにも似た高速サイボーグ同士の戦闘を制するのは、単なるカタログスペックじゃない。一瞬のコンマ秒の中で自ら状況を生み出し、戦況を支配する者。──そして、より強い意志を持つ者だ」

 

 それを可能とする百戦練磨の戦闘経験こそが、今のエイトマンの土台を支えていた。しょせん、与えられた最新性能に頼り切っているだけのサイボーグ兵では、敵わなくて当然だった。

 

「もうやめておけ。おまえたちは、ケン・ヴァレリーの足下にも及ばない」

「ケン……サイボーグ・01のことか!? 奴は任務に失敗した脱落者だ! そんなやつより俺たちが劣っているなど、あり得ない!」

「あいつは自らの性能を完全に引き出す方法を、自分で理解して戦っていた。おまえらとは雲泥の差だ」

 

 バチッッ!!

 

 逆上した006の拘束する力が強くなるのを感知し、エイトマンは全身の出力を一気に高めて放電した。強烈なスパークを浴びた006は、たまらず拘束を解くことで感電から免れる。

 

 しかし、そのまま逃げるかと思いきや、006はエイトマンとは全く反対の方向──沙希が身を隠している墓石に向かって、猛スピードで突進していった。

 

「動くな、08……!」

「うっ……」

 

 鋭い脅迫の声にエイトマンがメインカメラを向けると、視線の先では、墓石の陰から引きずり出された川崎沙希が、006の冷たい金属の右手に細い首を掴まれていた。

 

「人質か……」

「そうだ、卑怯だろうと何とでも言え。我々にとって、失敗は絶対に許されないのだ」

 

 気勢を上げる敵に対し、エイトマンは焦る様子もなく、何事もないかのように静かに一歩、また一歩と歩みを進めた。

 

「仕事熱心な社畜だな。俺ならそんなもん、死んでもなりたくはないけどな」

「動くなと言ったはずだ! この女の命がどうなっても──」

「川崎、目……閉じろ」

 

 006の恫喝を完全に無視し、エイトマンは沙希にだけ静かに命じた。その言葉を聞いた沙希は、パニックに陥ることもなくゆっくりと頷くと、小さく呼吸を整えながら、アイツを信じてそっと目を瞑った。

 

 ──その瞬間、エイトマンの姿が、陽炎のように『ブレた』。

 

「何……がっ……!?」

 

 気づいた時には、すべてが終わっていた。

 006がその違和感を言葉にし終えるよりも早く、凄まじい衝撃音とともにその右腕が根元から両断され、派手なスパークを放ちながら地面に転がる。

 そしていつの間にか、沙希を優しく横抱きにしたエイトマンが、006の遥か後方に静然と着地していた。それと同時に、さっきまで006の正面で歩いていたはずのエイトマンの姿が、陽炎のように煙となって掻き消える。完全な『残像』だった。

 

「──は、速すぎる……!」

「おまえが遅いんだよ」

 

 自身の腕が切断されたことすら遅れて認識した006が、絶望の声を漏らす。

人質を取ったという安心感から、その場に棒立ちで硬直するなど、超音速の世界においては「どうぞ狙ってください」と標的を晒しているようなものだった。

 

「後は、おまえだけだが……まだこれ以上、続きをやるか?」

 

 いとも簡単に沙希を救出し、彼女を一度地面へと降ろしたエイトマンは、先ほどからずっと戦況を静観し続けていた005へと青い双眸を向けた。

 

 005は感情の読めない足取りで、のっそりと、腕を失って漏電している006へと近づいていく。

 

「ゼ、005……頼む、助けてく……」

 

 すがるように見上げる006。しかし、次の瞬間──

 

 バギャッッ!!!

 

 助けを求めるその哀れな懇願は、005が無造作に振り下ろした、巨大な右腕の一撃によって完全に叩き潰された。頭部から腰の辺りまで無残に殴り潰された006の残骸が、激しい火花を撒き散らしながら、地面に文字通りのスクラップとなって崩れ落ちていく。

 

「バカが! つまらねえ真似して足引っ張りやがって!!」

「あ、あいつ……仲間を、平気で……」

 

 吐き捨てるようにそう言い放つ005のあまりの残虐非道さに、物陰の沙希は激しい嫌悪感を露わにし、息を呑んだ。

 エイトマンも同様だった。あの005という男は本当にイカれている。これ以上沙希をやつに関わらせることは、一瞬の巻き添えすら命の危険を意味していた。なんとしても、今ここで完全に機能停止に追い込む必要がある。

 

「川崎、もう少しここにいてくれ。危なくなったら迷わず逃げろ。いいな?」

「う、うん……わかった」

 

 005から目を離さないまま、八幡は沙希を再び安全な物陰へと誘導し、彼女を守るようにして殺人機械の前に立ちはだかった。

 

「使えなくなったら仲間であっても即処分か。どこまでもイカれてんな、おまえ」

「あー!? ジャップの分際で調子に乗るんじゃねぇぞ、小僧……! 貴様程度、最初から俺一人で十分なんだよ!」

 

 005は不気味な駆動音を響かせて首を左右に鳴らし、その巨躯を再び大きく構えた。エイトマンもまた、重心を低くして戦闘態勢をとる。互いにジリジリと間合いを詰め、墓地の緊張感が極限まで高まっていく。

 

「おい、No.08。サンドウィッチは好きか?」

 

 不意に、005がニヤリと下劣な笑みを浮かべながら話しかけてきた。

 

「……それなりにはな」

「じゃあ今から奢ってやるぜ! ──具材はもちろん、おまえだァアアア!!」

 

 005の両腕を合わせた強烈無比なハンマー打ちが、大気を引き裂いて炸裂する。超音速でそれを回避したエイトマンだったが、彼が直前までいた場所の地面と周囲の墓石は、凄まじい衝撃波によって木っ端微塵に爆散した。

 

 怪力無双の005と電光石火のエイトマン

 

 設計思想の全く異なるもの同士が、今激突する。

 

 

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