人間を知る。言葉にすれば簡単そうだが、これが中々上手くいかない。
普通に人間に会えば魔族として敵対される。そうなれば当然待つのは殺し合いだ。これでは人間を知るどころではない。人間の使う魔法を知るにはいい場にはなったが。
ここはひとまず基本に立ち返るべき。俺が出した結論はそんなもの。
元々魔族の起源は人の言葉を真似しておびき寄せる魔物だったらしい。ならば俺もそこに立ち返る……つまり、人の真似ごとから始めるべきだろう。
『姿を変える魔法』を使えば魔族の特徴は隠せる。人を食らうのは我慢すればいいだけだ。人間と同じ食事も摂れないわけではないのだから。
身体を適当に汚して、魔族から逃げて来たと言えば驚くほどあっさりと人間の村へと迎えられた。男手はいくらあっても困らない、だそうだ。魔族に群れという概念は無いとはいえ、群れの生存のためには腕力の多い個体が多い方が有利だろう、ということぐらいは分かる。
魔族と人間の争い……いや、『共存』は相変わらず続いている。よくもまあ魔王も飽きないものだ。何十年も続けて達成できないものなんて、手段か目的のどちらかが間違っているに決まっているのに。
「ヴァルト! 今日も仕事が終わったら一杯飲もう!」
「ああ。楽しみにしておこう」
ヴァルト、というのは適当に付けた俺自身の名前だ。人と交わる中で個体名が無いのはあまりにも不便だったから。
仕事、なんて言っても小さな村では別に大したことがあるわけでもない。ただ日々農作物や家畜の世話をして、時折やって来る行商人にそれらを売り、代わりに足りないものを買う。同じ日々を繰り返していくだけで、何がしたいのかも分からない。人間が生きるというのはこのようなものなのだろうか。……とはいえ魔族も、これに魔法の研究が加わるだけで同じようなものかもしれないが。
「なあバウアー。お前は何のために生きているんだ?」
「いきなりどうしたヴァルト」
一人で考えていても答えはでない。そもそも俺は人間ではないのだから、人間が何故生きたいのかなど一人で考えて答えられるわけがない。
「ふと気になっただけだ。人間というのはどうして生きているのかと」
「ふと思うことが重ぇよ」
酒の席では大体のことは許される。酒を酌み交わすというのは要は、コミュニケーションを円滑にするための道具だ。
「生きる理由……そりゃこうして美味い酒を飲むためよ!」
「では俺がお前の酒を床にぶちまけたら……いや、二度と酒を飲めないようにしたら死ぬのか?」
「そりゃ死んだ方がマシ……ってのは冗談だ。妻もガキも居るしな。その程度で死ぬわけにはいかねぇよ」
「ふむ……利他心というやつか?」
「そう言うと俺がすげぇ立派な奴みてぇだな!」
群れの他の個体を生かすために生きる。理屈はわかる。ならば人間との共存をするためには、魔族が人間を一人たりとも殺さなければいい……不可能だな。魔族の大半は人間を餌だとしか思っていない。そもそも共存を掲げている魔王が人間を殺しているのだ。
「……バウアー。ずっと聞いていなかったことだが、どうしてお前は……というよりこの村の人間は俺を受け入れてくれたんだ? 労働力の為か?」
「あん? そんなこと気にしてたのかお前。繊細なんだな」
だが少なくとも。この村で俺は人間と共存を出来ている。無論それは俺が人を食っていないからだろうが、それにしても俺が受け入れられたこと自体にも理由があるはずだ。
「困ってる奴を助けることに理由は要らないだろうさ」
「そういうものか? それでお前になんのメリットがある?」
「アホ。そんなものねぇよ」
では何故。問う前に答えが返ってきた。
「愛だよ。汝の隣人を愛せよってな。……ああ、酔っぱらって小っ恥ずかしいこと言っちまった」
愛。番の人間がよく口にする言葉だが、他の意味もあるのか。
人間は愛している相手を傷つけない。愛している相手を守ろうとする。つまり、愛されれば人間にも迎え入れられる、ということだろうか? 何故俺が愛されるに足る相手として認識されたのかは分からないが、ともかく共存へ一歩前進だ。重要なのは『愛』であると分かったのだから。
「ありがとうバウアー。少しばかり俺の悩みも解決に進みそうだ」
「そりゃよかった。代わりに今日の代金はお前持ちだぜ?」
「任せておけ」
それからは他愛もない話だけをした。そろそろ収穫の時期が近いとか、子供の成長がどうだとかそんな話をして、夜が更ける前に、翌日に響かないようにと別れた。
「さて──」
最後に一つだけ実験をするとしよう。
「『地獄の業火を出す魔法』」
何の変哲もない夜を迎えていたはずの村が燃える。借りていた家も、俺が世話を割り当てられていた畑も、村の子供が遊ぶのに使っていた広場も。全てが炎に包まれる。
「燃えていなければいいんだが……」
住人の大半は焼け落ちる家と運命を共にした。極わずか逃げ延びて這い出てきたような人間はさっさとトドメを刺しておく。要があるのは一人だけだ。
「ヴァルト! 無事か!? 何があったんだ!?」
「ああ、バウアー。お前こそ燃えていなくて良かった。……後ろに居るのは?」
「家族だ。ウチは幸い全員無事だった。それで、これは──」
「ん? ああ。俺が燃やした」
「は?」
「……説明するのも面倒だ。これで分かるか?」
『姿を変える魔法』を解く。人間のフリをやめてみた、随分と息がしやすくなる。知らず知らず無理をしていたらしい。
「魔族──!」
「ああ良かった。説明は要らないな?」
「……いや、要る。何故こんなことを? ずっと……仲良くしていたじゃないか」
「仲良く……まあ、お前がそう思うのならそうなのだろう。俺もまあ、多分楽しかった。それで、何故か、だったか」
魔力を撃ち出す。魔法ですらないそれは、容易く後ろにいる女と幼体……子供を消し飛ばした。
「お前は俺を愛故に助けたと言った。そして家族も愛していると。ならこうするとどうなる? 俺に答えを教えてくれ」
人間は愛している相手を傷つけられると冷静さを失う。ならばそれをしたのも愛する相手であれば。その疑問の答えは首を絞める手であった。
「ふざけたことを……! お前なんて──!」
「ああ、もういい」
魔力の放出。五月蠅い肉が静かな肉へと変わる。
「……愛にも順番があるのか? 愛されていても傷つける時もあるということか? いや、そもそも俺を拾った理由からして嘘だったのかもな……殺すのは早まったか?」
誰も居なくなった村で独り言ちる。まあやってしまったものは仕方ない。次の教材を探すとしよう。
何人殺したかはもう覚えていない。幾つ村を焼いたのかもわざわざ数えてはいない。
そして俺は、未だに愛というものがなんなのか分からずにいる。
試しにと思い人間を二人攫ってみた。姉妹と呼ばれる関係性であるらしい。他の住人は皆殺しにしたから足が付く心配はない。
「食事だ。一人分ある。どちらか好きな方が食うと良い」
大きい方の個体が勝ち取ると思った。だが、どうするのか見守っていると二人で少しずつ分け合って食べ始めた。家族などの間ではよく見られる光景ではあったが、人間は食料が不足している状態でも続けるのだろうか。
翌日も、その翌日も変わらなかった。栄養が足りていない以上生命を維持するのは難しく、二人そろって弱っていく。違いを強いてあげるなら、元の身体が小さい方が弱るのが早いぐらいか。
翌日。大きい方が小さい方へと食事を食べさせていた。そんなことをせずとも最早奪い合いすら発生しないだろうに。
「何故わざわざ分け与える? 競う相手が弱っているのだ。久しぶりに満足いくまで食べるチャンスだろう?」
「……私はお姉ちゃんだから。妹を守らなきゃいけないの」
「親にでも言われたか? 安心していい。お前にそんな言い付けをした奴も死んでいる。守る必要などない」
「……そういう問題じゃないよ」
「では何故だ? 使命感というやつか? ──ああ、いや。それが愛ということか?」
「妹を愛さない姉が居ると思う?」
「命乞いの為に子を差し出す親なら見たことがあるが」
「親子と姉妹は違うよ」
「どう違う? 何が違う? 今の俺の知的好奇心はそこなんだ。是非教えて欲しい」
「……こんな扱いをされて、素直に応じると思う?」
「ふむ。至極尤もだ」
拷問で聞き出した情報は真偽が疑わしくなる。ならば追い込んだ人間の言う言葉も信じていいのかは微妙なところだ。俺としたことがそんな単純なことを見落とすとは。
「約束をしよう。俺に愛というものを教えてくれ。代わりに……三食は渡してやろう。勿論、二人分」
「……変な魔族って言われない?」
「さあ? 魔族と知られた相手は殺しているからな。何故そんなことを聞く?」
「魔族が愛なんて理解できるとは思えないから」
「おお、魔族の事を良く知っているんだな。これは重畳」
何かを知る為にはまず観察することだ。
コイツは『妹を愛している』と言った。ならばコイツの観察を続ければ少なくとも一つの愛のパターンが分かるはずだ。
焦ることは無い。失敗したらまた別の人間を攫ってくればいいのだから。
名前について
ヴァルト→壁。 壁とでも話してろよ
バウアー→農夫 ネタバレ もう出てこない